第60話 白狐神、監督様になる
トトとミーシャへ新しい仕事道具を渡したあと、俺とニナは畑倉庫の中へ入った。
農具。肥料。堆肥。防虫ネット。支柱。散水用品に収穫籠。畑で使う物は、思っていた以上の速さで増えていた。
壁際には一応まとめてあるものの、床へ直接置かれた袋や箱も多い。
使うたびに持ち上げて、その下を確認しなければならない。湿気も溜まりやすい。物が増えれば、どこに何があるかも分かりにくくなる。
「棚が必要だな」
「棚、つくる?」
ニナがすぐに反応した。
「ああ。今日は二台作ろう」
「ニナも?」
「もちろん。ただし、無理はしない」
「安全第一」
「そこは完璧に覚えたな」
下段には重い物。中段には毎日使う物。上段には、軽くて使用頻度の低い物を置く。薬品や肥料は、子供が勝手に触れない位置へ置き、蓋付きの収納箱へ入れる。
棚そのものも、荷物を載せた状態で倒れないよう、壁と床へ転倒防止金具で固定する。
俺は収納から、棚板、柱材、金具、木工ネジを取り出した。
「板、ここ」
ニナが棚板を押さえる。
「水平は?」
「泡、まんなか」
「よし」
小型水平器の気泡を確認し、下穴を開ける。棚の組み立てには、ビスを何本も打たなければならない。
ニナは短柄ラチェットと手回しドライバーを使えるようになっていたが、すべてを手作業で行うと時間も力も必要になる。そこで、新しい工具を渡すことにした。
「ニナ」
「なに?」
「手を出せ」
ニナが両手を前へ出す。俺は、その上へ細長い工具を載せた。
充電式のペン型インパクトドライバー。普段は真っすぐな棒状。グリップ部分を曲げれば、ピストル形にもなる。
先端へビットを取り付け、トリガーを押すと回転する。狭い場所での小径ビス締めや、家具、棚の組み立てに使いやすい工具だ。
ニナは、工具を受け取ったまま固まった。
「これ……」
「前に約束した、ニナ用だ」
「ニナの?」
「そうだ。ただし、使う時は先端を人へ向けない。回転中の先端には触らない。ビットを替える時は、必ず電源を切る」
「うん」
「大きなボルトや長いビスを、無理に締めない。これは小さい仕事向けだ」
「小さいけど、回る?」
「回る」
「べんり?」
「かなり便利だ」
ニナの目が輝いた。
「べんり……」
「今にも崇めそうな顔をするな」
腰道具も追加した。ビットホルダー。小型の差し金。巻尺――コンベックス。鉛筆ホルダー。小型ドライバー。結束バンド。作業用手袋。
ただし、全部を腰へぶら下げれば重くなる。日常的に携帯する物は、必要最低限にする。残りは、ニナ専用の工具箱へ収納した。
黄色い蓋に、緑十字のステッカー。側面には『ニナ』と名前を入れてある。
「工具箱も、ニナの?」
「ああ」
「増やしていい?」
「必要な物だけな」
「いっぱい必要」
「その判断は、俺も一緒にするぞ」
「べんりな物、いっぱいある」
「工具沼へ入りかけてるな」
ニナは子供には重い工具箱を、軽々と赤いワゴンへ積んだ。ペン型インパクトドライバーは、腰の専用ホルダーへ収める。
緑十字の入った黄色いヘルメット。腰道具に赤いワゴン。七歳とは思えない現場装備になってきた。
こびゃっこが空中で腕を組む。
「昭和の大工は、腰袋に玄能、差し金、墨壺を下げ、鉛筆を耳へ挟んでおったものじゃ」
「また古い現場の話か」
「職人の背中は格好よかったぞ」
「今の安全基準は、今の物を使うからな」
「ニナも、みみ、はさむ?」
ユキが自分の狐耳を触った。
「鉛筆を耳へ挟まなくていい。落ちるし危ない」
ニナは鉛筆ホルダーを腰へ差し、満足そうに頷いた。
「今の方が、べんり」
「その通りだ」
◇
まずは、端材で練習する。ビットを、ビス頭の十字溝へ垂直に当てる。
強く押しつけすぎず、低速で回し始める。締め込みすぎる前に止める。
「ゆっくりな」
「うん」
「ビス頭から外れないように」
ウィン――カカッ。小さな音とともに、ビスが木材へ入った。ニナはトリガーから指を離した。
「入った」
「少しだけ深い。次は、頭が木の表面と揃うところで止めよう」
「もう一回」
二本目。今度は、ちょうどよい位置で止まった。
「できた」
「ああ。上手だ」
「もっと」
「棚を組みながらな」
ニナは夢中になってビスを打った。もちろん、全部を任せるわけではない。俺が板を押さえ、位置と水平を確認する。
ニナが下穴へビスを入れる。最後の締め込みは、必要に応じて俺が確認する。
ユキ監督も、少し離れた場所から見ていた。
「ニナ、ゆび、だいじょうぶ?」
「大丈夫」
「おっちゃん、いた、おさえてる?」
「押さえてる」
「こびゃっこ、じゃましないの」
「びゃっこは技術顧問じゃ」
「棚の上へ座ってるだけだろ」
「荷重試験じゃ」
「まだ固定してない棚へ乗るな!」
こびゃっこを下ろしてから、作業を続けた。昼前には、頑丈な棚が二台完成した。
「棚、できた」
「よし。次は収納だ」
肥料。
園芸用土。
予備のプランター。
支柱金具。
防虫ネット。
散水ノズル。
収穫籠。
それぞれの棚へラベルを貼り、置き場所を決める。
トトのスケッチブックと色鉛筆は、低い位置の個人棚。ミーシャの水やり手袋と小さなじょうろも、その隣。ニナの工具箱は、湿気を避けた作業台下の専用区画へ置く。畑で作業する時には、ここから赤いワゴンへ積み込む。
「三人の場所」
ミーシャが言った。
「ああ。使ったら戻す場所だ」
「間違えない」
「ほかの人の物を使う時は、声をかける」
「はい」
ユキは、空いている一角を指した。
「ユキの?」
「監督用の棚が欲しいのか?」
「うん」
「何を置くんだ」
ユキは考えた。
「おやつ」
「畑倉庫を私物のお菓子置き場にしない」
ユキが真面目な顔になる。
「かんとくたいへん、おやつひつよう」
「おやつは否定しないが、食堂で食べろ」
こびゃっこが隣の空き棚へ着地した。
「では、びゃっこの非常用稲荷寿司備蓄庫に――」
「ナマ物を常温の棚へ置くな」
「冷蔵庫を置けば解決じゃ」
「問題を設備追加で押し切ろうとするな」
◇
棚が完成したあと、畑倉庫へ電源と照明を追加した。
これまでは昼間に使うことを前提に、充電式ランタンだけで済ませていた。だが、夏へ近づけば、早朝や夕方の作業が増える。
雨の日に、倉庫の中で農具を整備することもある。そこで、天井へLEDベースライトを二台。
作業台の上へ、手元用のLEDバーライトを取り付ける。入口脇には照明スイッチを取り付けた。
電源は、屋根へ設置するソーラーパネルと専用ポータブル電源から取る。配線の露出部分は保護管へ通す。
雨水が入り込まないよう、屋外からの引き込み部には防水処理を施した。ポータブル電源は棚の下段へ置く。ただし、周囲を塞がず、放熱用の空間を確保する。
「電気、来てる?」
ニナが壁のスイッチを見た。
「来てるぞ」
「押していい?」
「どうぞ」
ニナがスイッチを押す。ぱっ。天井が明るくなった。
「おお」
ミーシャとトトが同時に声を上げる。昼間でも、倉庫の奥まで明るい。作業台のライトを点けると、工具や小さな部品も見やすくなった。
「夜でも、棚が見える」
「ただし、子供だけで夜に畑へ来るのは禁止だ」
「はい」
「暗くなる前に拠点へ戻る。大人と一緒でも、橋の上は走らない」
「分かった」
◇
倉庫の屋外には、拠点周辺で使っている物と同型の、アンティーク街灯風ソーラー式ガーデンポールライトを追加した。
畑正門。倉庫前。水場。主要通路。そして橋へ向かう道。間隔を空け、夜に歩く場所が分かるよう配置する。
明るすぎて、畑全体を昼間のように照らす必要はない。作物や虫の活動へ影響しないよう、足元を中心に照らす柔らかな光にした。
ユキはポールライトの列を見て、満足そうに頷いた。
「はたけも、よる、まよわない」
「夜に畑へ遊びに来るなよ」
「ユキ、かんとく」
「監督でも夜間巡回は禁止だ」
「こびゃっこも、いる」
「こびゃっこが一緒でも駄目」
「びゃっこは夜目も利くぞ」
「お前がユキを連れ出しそうだから言ってる」
「ミミに乗って、夜の畑を巡回するだけじゃ」
「お前、直管コールしながら『夜の白狐街道を爆走じゃ!』と叫びたいだけだろ」
「……夜の方が雰囲気が出るのじゃ」
「却下」
◇
照明工事と並行して、拠点側にも人感センサーライトを設置した。
畑倉庫の入口。診療所の玄関。五棟ある住居の各玄関。
合計七台。いずれもソーラー充電式で、人や動物の動きを感知すると自動で点灯する。
玄関の鍵や足元を確認できる程度に角度を調整し、窓へ直接光が入らないようにした。
診療所は夜間の急患を考え、少し広めに照らす。住居は眠りを妨げないよう、点灯時間を短く設定した。
まだ外は明るいが、設置確認のためライトをテストモードにして、ロクが住居の前を横切る。
ぱっ。
「おっ」
ライトが点いた。
「勝手に点いたっす」
「動きを感知した」
ロクが一歩戻る。消える。また前へ出る。点く。戻る。消える。前へ出る。点く。
「面白いっすね」
「遊ぶな」
「いや、動作確認っす」
「五回目からは遊びだ」
「自分、狼族っす」
「狼族を魔法の免罪符にするな」
こびゃっこがライトの前を飛び回った。
反応しない。
「む?」
もう一度、ゆっくり横切る。やはり点かない。
「びゃっこを無視したぞ!」
「小さすぎるんじゃないか」
「神使差別じゃ!」
「センサーに神格を判断する機能はない」
こびゃっこはミミの背へ着地した。ミミが一歩進むと、ライトが点いた。
「ほれ見よ! 副隊長には反応した!」
「体格の問題だな」
「びゃっこの威厳が、機械に伝わっておらぬ」
「赤外線センサーへ威厳を要求するな」
ユキが玄関前を歩くと、ぱっと点灯した。
「ユキ、ついた」
「ユキには反応したな」
「こびゃっこ、ちいさいから?」
ユキの無邪気な一言に、こびゃっこが固まった。
「……小さくとも、態度は大きいのじゃ」
「それは自覚してるんだな」
◇
「そうだ。ユキにも、監督用の仕事道具があるぞ」
俺が言うと、ユキの耳が立った。
「ユキの?」
「ああ。さっき監督用の棚を欲しがってただろ」
「おやつ、おけるの?」
「おやつ用ではない」
「む」
俺は収納から、黄色い紐のついた小さなホイッスルを取り出した。子供用だが、玩具ではない。軽く吹いても音が通り、水に濡れても使える樹脂製の物だ。
「これはホイッスル。笛だ」
「ふえ」
「畑や工事中危ないことがあった時や、皆を呼びたい時に吹く」
ユキは両手で受け取り、じっと見つめた。
「からあげ、できたとき?」
「それは食堂から呼びに来る」
「おやつ?」
「おやつの号令にも使わない」
「じゃあ、いつ?」
「工事中に注意する時。誰かが転んだ時。危ない虫や動物を見つけた時。橋の近くで危険なことをしている人がいた時。それから、俺たち大人をすぐ呼ばないといけない時だ」
「わかった」
「意味もなく吹くと、本当に危ない時に誰も驚かなくなる。だから遊びでは使わない」
「だいじなときだけ」
「そうだ」
首へ直接掛けると作業中に引っかかる可能性があるため、紐には力がかかると外れる安全部品がついている。
畑作業のある日は監督用の棚に置き、畑へ出る時だけ身につけてもらう。普段の日や工事のある日は、作業倉庫の壁に掛けて置く。
「一度だけ、音を確認してみよう。人へ向けず、畑の外へ向かって短く吹くんだ」
ユキは両手でホイッスルを持ち、畑の通路へ向き直った。
「いく」
「短くだぞ」
ぴいっ!小さな体から出たとは思えないほど、澄んだ音が畑へ響いた。
ミミとクロメの耳が同時に立つ。少し離れた場所にいたロクも振り返った。
「初めて聞く音っす。かなり聞こえるっすね」
「緊急時に使う物だからな」
ユキは嬉しそうにホイッスルを握った。
「ユキ、みんな、よぶ」
「危ない時だけだぞ」
「からあげたべたいときは?」
「普通に相談してくれ」
「む」
俺はもう一つ、収納から黒いケースを取り出した。中に入っているのは、手のひらへ収まるほど小さな双眼鏡だ。
小型だが、明るく見える高性能な物で、防水処理もされている。接眼部の幅を狭く調整できるため、ユキの顔でも使える。
「こっちは双眼鏡だ」
「そうがんきょう」
「遠くを見る道具だ。監督なら、畑の向こうや橋の方も見ないとな」
ユキは双眼鏡を受け取った。
「ちいさい」
「小さいけど、よく見えるぞ」
落下防止用のストラップを手首へ通し、使い方を教える。
「最初に、真ん中を曲げて、左右の丸が一つに見えるようにする」
「ひとつ?」
「そう。それから中央のつまみを回して、はっきり見えるところへ合わせる」
俺がユキの手を支え、橋の方へ向けた。
「どうだ?」
ユキはしばらく黙っていた。
「おっちゃん」
「何だ」
「はし、おおきい」
「近くに見えるだろ」
「ロクも、いる」
橋の近くにいたロクが、こちらへ手を振った。
「ロク、ちかい」
「実際に近づいたわけじゃないぞ。遠くの物を大きく見せている」
ユキは双眼鏡を下ろし、肉眼でロクを見る。もう一度、双眼鏡を覗く。
「ちかくなった。とおくなった。ちかくなった」
「面白いのは分かるが、見ながら歩くなよ」
「ころぶ?」
「転ぶ。それから太陽を絶対に見ないこと」
「おひさま、だめ」
「目を傷めるからな」
こびゃっこが双眼鏡の前へ浮かんだ。
「びゃっこも見せよ」
「これはユキ監督の仕事道具だ」
「びゃっこは名誉監督じゃぞ」
「自称だろ」
ユキは双眼鏡を抱え、こびゃっこを見た。
「こびゃっこ、ちかくで、みる?」
「うむ!」
ユキは双眼鏡を目へ当てたまま、こびゃっこへ一歩近づいた。
「近すぎると見えないぞ」
「まっしろ」
「びゃっこの神々しさで視界が埋まったのじゃ」
「毛しか見えてないだけだ」
畑作業の日は双眼鏡も、使い終わったら専用ケースへ戻し、畑倉庫の監督用の棚へ置く。ユキの棚へ入る最初の物は、おやつでも稲荷寿司でもなかった。
ホイッスルと双眼鏡。本当に誰かを見守り、危険を知らせるための道具だ。ユキは自分の棚を見て、満足そうに胸を張った。
「ユキ、かんとくさま」
「監督の、さま、は良いのか?」
「かんとくの、さま、いやじゃない」
「そうか。大切に使えよ」
「まかせる?」
「俺に任せるなよ」
「ユキが、まかされる」
「それなら正解だ」
その日の畑倉庫は、単に物をしまう場所から、皆が作業を始める小さな拠点へ変わり始めていた。
夕方。畑周辺のガーデンポールライトが、日が傾くにつれて一つずつ点灯した。
橋へ続く道。畑正門。倉庫前。水場。柔らかな光が、足元をつないでいく。畑倉庫の中では、ニナが完成した棚をもう一度確認していた。
ペン型インパクトドライバーは充電台へ。ビットはケースへ。工具箱は作業台下。腰道具は専用フック。赤いワゴンは壁際へ寄せ、車輪の土を落とす。
「全部、戻した」
「確認した。完璧だ」
「明日も使う」
「棚の緩みを見てからな」
「うん」
倉庫には棚ができ、道具を戻す場所ができた。ニナには、自分で管理する工具ができた。そして、日が落ちても作業場所や帰る道が分かる灯りが増えた。
道具を増やすだけでは、暮らしは整わない。使う場所を決め、戻す場所を決め、誰が管理するかを決める。それを続けて、初めて設備は生活の一部になる。
「おっちゃん」
ユキが、明るくなった畑倉庫を見上げた。
「ここも、おうち?」
「野菜と道具の家みたいなものだな」
「じゃあ、あかり、いる」
「ああ」
「くらいと、さみしい」
ユキは、入口のライトを見て頷いた。
「これで、さみしくない」
畑倉庫に感情があるとは思わない。それでも、暗かった建物へ灯りがついただけで、確かに人が使う場所らしく見えた。
⸻
【収支報告】
異世界生活50日目
日付:五の月9日
オリエント王国歴952年
開始残高:486,256 pt
今回の購入:
・充電式ペン型インパクトドライバー、予備バッテリー、ビットセット、専用ホルダー
260 pt(約26,000円)
・ニナ用工具箱、差し金、コンベックス、ビットホルダー、小型ドライバー、腰道具追加品
190 pt(約19,000円)
・畑倉庫用木製棚2台分の木材、金具、精密木ネジ、転倒防止材
210 pt(約21,000円)
・畑倉庫用LEDベースライト2台、作業台用LEDバーライト、スイッチ、配線、保護管、防水部材
180 pt(約18,000円)
・畑倉庫用ソーラーパネル、取付金具、専用ポータブル電源
1,180 pt(約118,000円)
・畑用ソーラー式ガーデンポールライト10基
280 pt(約28,000円)
・ソーラー式人感センサーライト7基
210 pt(約21,000円)
・作業用飲料、軽食、電気工事用消耗品
40 pt(約4,000円)
・ユキ監督用ホイッスル、安全分離式ストラップ
10 pt(約1,000円)
・ユキ監督用小型高性能双眼鏡、防水ケース、落下防止ストラップ
150 pt(約15,000円)
今回支出合計:2,710pt(約271,000円)
現在残高:
486,256 pt − 2,710 pt = 483,546pt
円換算目安:
483,546pt × 100円 = 約48,354,600円相当
続く




