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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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6/18

第6話 白狐神と魚釣り



 昼飯にすると決めた瞬間、ユキの行動は早かった。


「さかな」


 こびゃっこを胸に抱えたまま、湖の方へ向かおうとする。


「待て待て待て」


 俺は慌ててユキのフードをつかんだ。


「ぐえ」


「水辺に突撃するな」


「さかな、いる」


「いるからって突撃するな。湖は川より危ない」


「ユキ、つよい」


「強い五歳児は信用しないって何度言えば分かる」


「ユキ、かみさま」


「神様でも足を滑らせたら濡れる」


 ユキは湖を見て、それから自分の白いワンピースを見た。


「ぬれる、いや」


「だろ」


「しゃわーは、いい」


「湖に落ちるのはシャワーじゃない」


 ユキは真剣に考えたあと、こくりと頷いた。


「湖、あぶない」


「よし。学習したな」


「おっちゃん、だっこ」


「なんでだ」


「だっこなら、ユキ、おちない」


「俺が落ちる可能性を考えろ」


「おっちゃん、よわい?」


「弱い。特に腰が」


 俺は湖畔の浅瀬を見ながら、改めて鑑定を使った。



【鑑定結果】

名称:湖畔の浅瀬

水質:良好

深さ:足首〜膝程度

危険:ぬかるみ、滑りやすい石あり

生物反応:小魚、貝類、水棲昆虫

魔物反応:近距離にはなし

備考:水辺作業時は足元注意



「近くに魔物はいない。けど足元は危ない」


「ぬかるみ」


「そう。ズボッといくやつ」


「ユキ、ズボッといや」


「俺も嫌だ」


 魚を取るなら方法がいる。ユキの放電で魚を取ることもできるらしいが、さすがにそれを常用するのは怖い。感電漁法の是非以前に、白狐神幼女が湖でぱちぱちやる絵面が危なすぎる。


 俺は四十の手習いを開いた。候補にはすでに出ていた。



【手習い:釣り】

必要魔石ポイント:500


取得内容:

・淡水釣り基礎

・魚の見分け

・釣り具の扱い

・餌の扱い

・魚の締め方、捌き方

・水辺の安全基礎


関連ショップ:

釣竿、リール、釣り糸、針、ルアー、餌、バケツ、クーラーボックス、魚処理道具、簡易魚探など。



「500ポイントか……」


 残高を確認する。



【現在保有ポイント】

魔石ポイント:4,395



 神棚やこびゃっこで少し使った。それでも、500なら出せなくはない。魚が安定して取れるなら、食費の節約になる。水辺の安全知識もありがたい。なにより、湖畔を拠点にするなら釣りはほぼ必須だろう。


「取得するか」


「なに?」


「釣りの手習い」


「つり?」


「魚を取る趣味だ」


「ユキ、魚とれる」


「ぱちってするのは禁止ではないが、今日は普通に釣る」


「ふつう?」


「竿と糸で魚を誘う」


「さかな、だまされる?」


「言い方!」


俺は手習いを取得した。



【手習い:釣りを取得しました】


取得内容:

・淡水釣り基礎

・釣り場選び

・仕掛け作り

・魚の見分け

・魚の締め方、捌き方

・水辺の安全基礎


【釣りショップが解放されました】



 頭の中に、また知識が流れ込む。


 水の流れ。

 魚のいる場所。

 浅瀬と深場。

 仕掛け。

 餌。

 針の扱い。

 魚を傷めない締め方。


 昨日の狩猟ほど重くはない。

 むしろ、少し楽しい感じすらある。


「釣りって、こういう感覚なのか」


 無趣味だった俺は、釣り堀すら行ったことがない。道具の名前も怪しい。だが今は、どの竿が必要か、どの仕掛けが無難か、なんとなく分かる。四十の手習い、かなり便利だ。


 釣りショップを開く。


 初心者用淡水釣りセット。

 子供用釣竿。

 バケツ。

 魚つかみ。

 折りたたみ椅子。

 クーラーボックス。

 釣り用ライフジャケット。

 長靴。

 偏光サングラス。


「ライフジャケットもあるのか」


 水辺の安全は大事だ。特にユキ。ユキは白狐神だが、泳げるかどうか分からない。


「ユキ、泳げるか?」


「およぐ?」


「水の中を進む」


「川、あさいところ、ばしゃばしゃ」


「つまり、泳げないな」


「ユキ、つよい」


「泳げない強者は危険なんだよ」


 俺は子供用ライフジャケットを購入候補に入れた。それから自分用も。湖に近づくなら着るべきだ。


 釣竿は初心者用セットでいい。ユキ用に短い竿も買うか迷ったが、五歳児に針は危ない。


 まずは見学だ。ただ、ユキが黙って見ているとは思えない。なので、針のない練習用の子供竿も一応買う。紐の先に魚型のおもちゃがついたやつだ。


 バケツ、魚つかみ、まな板、包丁、塩、アルミホイル、簡易グリル。キャンプショップと重複するものもあるが、釣り用は魚処理に向いている。



【購入合計:魔石ポイント420】

購入しますか?



「取得と合わせて920か」


 まあ、必要経費だ。


「購入」


 足元に道具が現れる。ユキがこびゃっこを抱えたまま、ぴょんと近づく。


「おっちゃん、またいっぱいだした」


「釣り道具だ」


「さかなのどうぐ」


「そうだ」


 まずユキにライフジャケットを着せる。白いワンピースの上に、子供用の明るい色のライフジャケット。神秘性はだいぶ薄れた。ただ、安全には代えられない。


「おっちゃん、これ、なに?」


「水に落ちても浮きやすくする服だ」


「うく?」


「沈みにくい」


「ユキ、しずむ?」


「分からん。だから着る」


「こびゃっこも?」


 ユキは腕のぬいぐるみを見る。


「こびゃっこは濡れると困るから、収納かテントで待機だ」


「こびゃっこ、まつ?」


「湖に落ちたら大変だろ」


 ユキは悩んだ。かなり悩んだ。眉間にしわを寄せ、尻尾を揺らし、こびゃっこをぎゅっと抱きしめる。


「こびゃっこ、ぬれる、いや」


「だろ」


「でも、さかな、みせる」


「釣れたら見せよう」


「やくそく?」


「約束だ」


 ユキはこびゃっこをテントの中にそっと置いた。


「こびゃっこ、まってて」


 それから、俺を見た。


「こびゃっこ、さみしい?」


「すぐ戻るから大丈夫だ」


「ほけん?」


「濡れない保険付き」


「よし」


 俺もライフジャケットを着た。四十歳のおっさんが異世界の湖畔でライフジャケットを着て、白狐神幼女と釣りをする。


 この光景を会社の同僚が見たら、たぶん疲れてると思われる。いや、同僚がいなくてよかった。


「まずは釣り場選びだ」


 俺は湖畔を歩き、水面を観察する。釣りスキルが働く。


 水草の影。

 小魚の群れ。

 流れ込みの近く。

 浅瀬と深場の境目。


 小川が湖へ流れ込む場所の少し横がよさそうだ。


「ここだな」


「ここ?」


「ああ。魚が寄りやすい」


「ユキ、においする」


「どんな?」


「さかな。みず。ぬるい石」


「ぬるい石?」


「うん」


「俺には分からん世界だ」


 俺は折りたたみ椅子を出し、竿を準備する。仕掛けはシンプルな餌釣り。針の扱いは慎重に。


 ユキは横でじっと見ている。


「おっちゃん、それ、ちくってする?」


「針だからな。触るなよ」


「さかな、ちくってする?」


「魚には申し訳ないが、そうなる」


「さかな、かわいそう?」


 予想外の問いだった。ユキは肉も魚も食べる。森で一人で生きてきた。だが、だからといって何も感じないわけではないらしい。


 俺は少し考える。


「食べるために取る。遊びで無駄にはしない」


「むだ?」


「取ったなら、ちゃんと食べる。必要以上には取らない。命を粗末にしない」


 ユキは真剣な顔で頷いた。


「ひつようなぶん」


「ああ」


「さかなに、ありがとする?」


「そうだな。ありがとうする」


「わかった」


 そういうことは、大事にした方がいい。この子は神様だ。でも、まだ五歳児でもある。何をどう教えるかで、きっといろいろ変わる。


 俺は餌をつけ、竿を振った。仕掛けが湖面に落ち波紋が広がる。


「おお」


 ユキが目を輝かせる。


「おっちゃん、糸、なげた」


「これで魚が食いつくのを待つ」


「まつ?」


「そう。釣りは待つ趣味らしい」


「ユキ、まつの、できる」


「本当か?」


「できる」


 十秒後。


「まだ?」


「早い」


 二十秒後。


「さかな、まだ?」


「早い」


 三十秒後。


「おっちゃん、さかな、いない?」


「いる。待て」


「ユキ、ぱちってしたら、とれる」


「今日は普通に釣る」


「むー」


 待つのは苦手らしい。俺は子供用の練習竿を渡した。


「これは針がない。こっちで遊んでろ」


「これも、つり?」


「練習だ」


 ユキは真剣に竿を持った。紐の先についた魚型のおもちゃを湖には入れず、地面にぽとんと落とす。


「とれた」


「それは魚のおもちゃだ」


「ユキ、つった」


「まあ、練習としては成功だ」


 ユキは嬉しそうに何度も魚のおもちゃを釣り上げた。


「さかな!」


「はいはい」


「また、さかな!」


「それは同じ魚だ」


「このさかな、えらい」


「練習に付き合ってくれてるからな」


 そうこうしていると、俺の竿先が小さく動いた。


「お」


 釣りスキルが告げる。


 焦るな。

 待て。

 合わせるタイミング。


 竿先がぐっと引き込まれた。


「来た」


「さかな!?」


「静かに」


 俺は竿を上げる。軽いが、確かに引きがある。糸の先で何かが暴れている。


 ユキが目を丸くする。


「おっちゃん、さかなとたたかってる」


「戦いではない」


「さかな、つよい?」


「小さい」


 水面が跳ねた。銀色の魚が上がってくる。手のひらより少し大きい淡水魚だ。俺は慎重に取り込み、バケツに入れた。


 ユキが覗き込む。


「さかな!」


「ああ。釣れたな」


「おっちゃん、すごい!」


「釣りスキルがすごい」


「さかな、ぴちぴち」


「食べるなら、すぐ処理する」


 俺は魚を鑑定する。



【鑑定結果】

名称:銀鱗魚

分類:淡水魚

食用:可

味:淡白

推奨調理:塩焼き、スープ、燻製

危険:なし



「食べられる」


「たべる?」


「ああ。ただし、ちゃんとありがとうしてからな」


 ユキはバケツの魚を見た。そして、小さく手を合わせるような仕草をした。


「さかな、ありがと」


 俺も軽く頭を下げた。


「ありがとう」


 その後、もう一匹釣った魚と締めて、捌く。釣りスキルのおかげで手順は分かる。狩猟の解体ほど精神的な抵抗はない。魚なら、なんとか普通にできる。


 ユキは真剣に見ていた。


「おっちゃん、さかな、きれいにする」


「食べる準備だ」


「さかな、にく?」


「魚肉だな」


「さかなも、にく」


「広い意味ではそうか」


「ユキ、さかなにく、すきかも」


「まだ食ってないだろ」


 俺は塩を振り、串に刺す。キャンプスキルで簡易グリルを準備。火はカセットコンロを使う。


 ユキは少し離れて見ている。


「火、ちいさい」


「ああ。管理してる」


「おっちゃん、火、じょうず」


「褒められると悪い気はしないな」


 魚を焼く。じゅう、と音がする。脂が落ち、香ばしい匂いが立ち上がる。


 ユキの鼻がひくひく動く。


「さかな、いいにおい」


「塩焼きだ」


「しお、えらい?」


「今日、分かる」


 焼き上がった魚を少し冷ます。骨を取り、ユキに小さな身を渡した。


「熱いから気をつけろ」


「ユキ、つよい」


「熱いものは強さ関係ない」


「ふーする」


「そう。ふーしろ」


 ユキは真剣に魚の身に息を吹きかけた。


「ふー」


「もう一回」


「ふー」


「よし」


 ユキは魚を口に入れた。もぐ。耳が立つ。もぐもぐ。尻尾が揺れる。


「……さかな」


「どうだ?」


「うんみゃあ!しお、えらい」


「魚は?」


「さかなも、えらい」


「よかったな」


「にくとは、ちがう」


「そうだな」


「でも、えらい」


「合格か」


 ユキは頷いた。


「さかな、またとる」


「必要な分だけな」


「ひつようなぶん」


 俺も食べる。淡白だが、臭みは少ない。塩だけでも十分うまい。異世界の魚、なかなかいける。


「これは食料源として期待できるな」


 湖に魚がいる。

 釣りで取れる。

 食用可。


 しかもポイント消費を抑えられる。拠点としての湖畔の価値がさらに上がった。昼飯は、釣った銀鱗魚の塩焼きと、ショップで買ったパン、野菜スープになった。


 ユキは魚を食べ終えると、すぐテントへ走った。


「こびゃっこ!」


 こびゃっこを抱えて戻ってくる。


「こびゃっこ、さかな」


 もう魚はほぼ骨だ。


「見せるの遅くないか?」


「こびゃっこ、さかなみた」


「まあ、見たな」


「こびゃっこも、ありがと」


 ユキはこびゃっこを魚の骨の前にちょこんと座らせた。白狐のぬいぐるみが、何かを祀っているようにも見える。


 いや、逆か。祀られる側っぽい。俺は苦笑しながら、食器を片付けた。


 その時だった。湖面の遠くで、水が大きく揺れた。


「ん?」


 俺は顔を上げる。風ではない。魚の跳ね方でもない。もっと大きな何かが、水の下で動いたように見えた。


 ユキの耳がぴんと立つ。


「おっちゃん」


「ああ」


「おおきいの、いる」


 俺はすぐにライフルへ手を伸ばした。鑑定を使うが距離が遠い。



【鑑定失敗】

距離が遠すぎます。

対象の詳細を取得できません。


【推定】

大型水棲生物、または水棲魔物の可能性あり。



「やっぱりいるか」


 湖が大きければ、当然大型生物もいる。問題は、こちらへ来るかどうかだ。湖面の揺れは遠ざかっているように見えた。


 ユキはこびゃっこを抱え直し、俺の後ろに隠れる。


「こわいか?」


「おおきいの、こわい」


「近くには来てない。大丈夫だ」


「とりい、する?」


「湖の中に効くか分からない。だが、拠点側は強化しよう」


 俺は湖に近い側にも鳥居を描くことにした。


 地面の四隅だけではなく、湖側に二つ追加する。


「ユキ、頼む」


「うん」


 ユキは指先を立てた。


「まもの、くるな。みずのなかのも、くるな」


 ぱちっ。鳥居が光る。もう一つ。


「ここ、ユキのところ。おっちゃんのところ。こびゃっこのところ」


 ぱちっ。結界が湖側にも広がった。



【鑑定結果】

名称:簡易連結結界

基点:鳥居紋 六箇所

効果:低級魔物の侵入抑制

範囲:約二十メートル四方+湖畔側補強

術者:白狐神ユキ

補助:サコン・ヒカル

状態:安定

備考:水棲魔物への効果は限定的ですが、上陸抑制には一定効果が期待できます。



「上陸抑制か。十分ありがたい」


「おっちゃん、くる?」


「今は来てない。けど、湖の中にも何かいる。だから勝手に水へ近づかないこと」


「ユキ、さかな、とる」


「俺と一緒の時だけだ」


「むー」


「むーじゃない。さっきの大きいやつに食われたらどうする」


 ユキはこびゃっこをぎゅっと抱いた。


「たべられる、いや」


「だろ」


「おっちゃん、まもる?」


「ああ。守る」


「こびゃっこも?」


「もちろん」


「しっぽも?」


「尻尾も」


「にくも?」


「肉は守るというより食うものだ」


「にく、まもって、たべる」


「哲学みたいに言うな」


 ユキは少し安心したように息をついた。


 俺は湖の遠くを見る。大型水棲魔物の可能性。これで、湖畔拠点の課題が一つ増えた。


 水源と魚があるのは利点。だが、水の中に何がいるか分からないのは危険。つまり、拠点作りには湖側の防衛も必要だ。


「キットハウスを建てるなら、やっぱり少し高い位置だな」


 湖から近すぎる場所は駄目だ。水辺は便利だが、危険でもある。


 緩やかな斜面の上。

 湖から距離を取る。

 見晴らしを確保。

 結界の鳥居を周囲に配置。

 水汲み場は別途決める。

 湖に近づく時は必ず二人で。


「方針修正だな」


 俺は地面に書いた。


 一、湖畔は拠点候補として有力。

 二、ただし湖内に大型水棲魔物の可能性あり。

 三、建設位置は湖から距離を取り、高台側。

 四、水汲み場と釣り場は限定。

 五、結界を湖側に強化。

 六、ユキの単独水辺行動は禁止。


 ユキが覗き込む。


「にく、ない」


「今回は安全方針だ」


「さかなは?」


「釣り場限定って書いてある」


「ユキ、ひとりで、みず、だめ?」


「駄目」


「おっちゃんとなら?」


「いい」


「じゃあ、おっちゃん、いつもいる」


「拘束が強いな」


「おっちゃん、ユキの群れ」


「群れは水辺監視も担当するのか」


「うん」


 ユキは当然という顔で頷いた。俺は苦笑しながら、釣り道具を片付ける。魚はニ匹だけ。必要な分だけ。今日はそれで十分だ。


 昼飯を終えると、ユキはこびゃっこを抱いてテントの前に座った。白い尻尾の上に、白い狐のぬいぐるみ。その向こうには湖。さらに奥には、何かがいるかもしれない深い水。


 平和なようで、危険もある。異世界の拠点作りは、やはり簡単ではない。


「セルフビルドだけじゃなく、防災系の手習いもいるかもな」


 災害対策。

 水害。

 野営防衛。

 ロープワーク。

 救急。

 場合によっては水泳やカヤック、ボートの知識も必要になる。


 趣味由来スキル。最初はどうかと思ったが、幅広い。生きるために必要なことは、だいたい誰かの趣味になっている。


「世の中の趣味人ってすごいな」


「しゅみじん?」


「好きなことを突き詰める人たちだ」


「おっちゃんは?」


「俺は無趣味だった」


「むしゅみ?」


「好きなことが特になかった」


 ユキは不思議そうな顔をした。


「おっちゃん、にく、すきじゃない?」


「嫌いではないが、趣味ではない」


「しゃわーは?」


「趣味ではない」


「こびゃっこは?」


「買っただけだ」


「とりいは?」


「詳しくない」


「じゃあ、おっちゃん、なにすき?」


 俺は答えに詰まった。何が好きか急に聞かれると、出てこない。仕事は好きというほどではなかった。休日も、ただ休んでいた。食事も、腹を満たすため。買い物も、必要だから。そうやって四十歳まで来た。


「……分からんな」


「わからない?」


「ああ。俺は、自分が何を好きなのか、あんまり考えずに生きてきた」


 ユキはこびゃっこを見た。それから湖を見て、俺を見た。


「おっちゃん、ユキすき?」


 直球だった。五歳児は時々、四十男の逃げ道を潰してくる。


「嫌いじゃない」


「すき?」


「……まあ、好きだな」


 ユキの耳が立った。


「ユキ、すき」


「ああ」


「もっと」


「ユキは大事だ」


 ユキの尻尾がぶんぶん揺れる。


「ユキ、おっちゃん、すき」


「そうか」


「こびゃっこも、すき」


「うん」


「にくも、すき」


「知ってる」


「さかなも、すきになった」


「今日増えたな」


「おっちゃんも、すき、ふえた」


「俺の?」


「うん。ユキ、すき。こびゃっこ、すき。とりい、すき。さかな、ちょっとすき」


 俺は少し笑った。


「そうか。趣味って、そうやって増えるのかもな」


「しゅみ?」


「好きなことを、ちょっとずつ増やすことだ」


 ユキは真剣に頷いた。


「ユキ、おっちゃんのしゅみ?」


「それは言い方が危ない」


「む?」


「いや、何でもない」


 俺は湖を見た。大きな水面。仮拠点。鳥居結界。いつか建てるかもしれないキットハウス。そして、最初の寝床に作る約束をした祠。無趣味だった俺に、やることが増えていく。


 釣り。

 キャンプ。

 拠点作り。

 祠作り。

 神獣幼女の世話。


 趣味と呼ぶには、命がかかりすぎている。だが、不思議と嫌ではなかった。


「さて」


 俺は立ち上がる。


「午後は湖畔の周辺をもう少し調べる。魔物の足跡、木材になりそうな木、キットハウスを建てる位置、それから水汲み場」


「さかなは?」


「夕方にもう一回だけ釣る」


「にくは?」


「夜は肉も出す」


 ユキは立ち上がった。こびゃっこを胸に抱き、白い尻尾を揺らす。


「ユキ、がんばる」


「何を?」


「おっちゃんのしゅみ、ふやす」


「それは頼もしいような、怖いような」


「まず、さかな」


「結局そこか」


 湖面の遠くで、また小さく波が揺れた。大型の何かは、まだいるのかもしれない。でも今のところ、こちらには来ない。


 俺はライフルの位置を確認し、釣り道具を収納し、ユキのライフジャケットをもう一度締め直した。


「よし。行くぞ」


「おっちゃん」


「ん?」


「こびゃっこも、いく」


「濡らすなよ」


「こびゃっこ、つよい」


「ぬいぐるみは強くない」


「ユキが、まもる」


「ならいい」


 こうして俺たちは、湖畔の調査を再開した。拠点作りは、思った以上にやることが多い。だが、ひとつずつ進めるしかない。


 四十の手習い。四十歳から始める趣味と生活と、神様の世話。……改めて考えると、やっぱり重すぎる。


 でも隣でユキがこびゃっこを抱えて歩いている。それだけで、まあ歩く理由には十分だった。


続く

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