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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第58話 一方オリエント王国では(後編)


 王との謁見を終えた日の夕方。ドランは、王都西区の職人街にある馴染みの酒場へ向かっていた。


 石造りの建物が並ぶ通りには、木材、鉄、石粉、油、革の匂いが混じっている。昼間なら、鋸や金槌の音が絶えない場所だ。


 だが、日が傾けば職人たちは仕事場から酒場へ移動する。それは仕事の話をするため。弟子を叱るため。材料の値段へ文句を言うため。そして最後には、誰が一番強い酒を飲めるかで揉めるためだ。


 ドランは両手に荷物を抱え、石段を上がっていた。右手には、ヒカルから預かった酒と食料。左手には工具箱。


 そして背中には、折り畳むこともできないマウンテンバイクを、そのまま担いでいる。


「重い」


 後ろを歩くガランが言った。


「なら、降ろして自転車を押せ」


「見せ方が大事なんじゃ」


「背負う必要はないだろう」


「職人は第一印象で食いつかせねばならん」


「酒場へ自転車を背負って入る男の第一印象は、たぶん変人だ」


「わしは元から変人扱いされておる」


「それを誇るな」


 酒場の看板には、鉄の杯と石槌が描かれていた。店名は《槌と麦酒亭》。職人街でも古くから続く店だ。


 ドランが勢いよく扉を開ける。


「親父! 戻ったぞ!」


 店内の視線が、一斉にドランへ集まった。


 次の瞬間。


「ドランだ!」


「生きてたのか!」


「レイシスへ行って首輪をつけられたって聞いたぞ!」


「東風の牙が全滅したって噂もあったな!」


「いや、王国を捨てて鉱山王になったって聞いたぞ!」


「誰じゃ、最後の噂を流した奴は!」


 ドランが怒鳴る。酒場の奥から、腹の出た人族の店主が顔を出した。


「戻って早々うるせえぞ。しかも何だ、その車輪は」


「新しい乗り物じゃ」


「酒樽運びか?」


「人が乗る」


「車輪が二つしかねえぞ」


「それで走る」


「倒れるだろ」


「止まる時はな」


「欠陥品じゃねえか」


「足をつけば倒れん!」


 店内から笑いが起きた。ドランはマウンテンバイクを床へ下ろす。


「笑うなら乗ってみろ!」


「その前に酒だ」


 奥の大きな卓から声が飛んだ。座っていたのは、腕の太い人族の男だった。


 50歳前後。短く刈った灰色の髪。日焼けした顔。作業着の袖には、まだ木屑がついている。


 大工棟梁、グレゴール。古い木組みと王国式建築に精通し、腕も確か。


 気難しい職人気質ではあるが、新しい技術を頭ごなしに否定せず、実物を見て良し悪しを判断する男として知られている。


「お前が酒場へ持ち込んだ物に、ろくでもない物は多い。だが、面白くない物は少ない」


「褒めておるのか?」


「半分だけな」


 グレゴールの横には、若い猫族の女性が座っていた。赤茶色の髪を短くまとめ、耳の先には黒い毛がある。


 細身だが、腕と背中には高所作業で鍛えられた筋肉がついていた。


 屋根職人、ミネット。


 足場や梁の上を平地のように歩き、急勾配の屋根でも怯まず作業する、屋根工事の専門家だ。


「ドラン、ずいぶん遅かったにゃ」


「その語尾、まだ直っとらんのか」


「方言にゃ」


「どこの地方の方言じゃ」


「私の生まれた村では普通にゃ」


「村の者は、全員そう喋るのか?」


「半分くらいかにゃ」


「残り半分は?」


「普通」


「それは方言ではなく、個人差じゃろ」


 ミネットは麦酒を一口飲んだ。


「あんまり細かいことを気にすると、屋根から落ちるにゃ」


「どういう理屈だ」


 さらに隣には、痩せた人族の男がいた。髪を後ろへ撫でつけ、指には塗料の跡が残っている。


 内装職人のエリオット。


 壁、床、建具、収納、仕上げを得意とし、見た目の美しさと日々の使いやすさの両方へこだわる男だ。


 エリオットは、マウンテンバイクを見て眉を寄せた。


「その乗り物、色が地味だな」


「最初に見るのが色か」


「形は悪くない。黒だけでは重い印象になる。泥除けへ細い線を入れれば、もっと見栄えがする」


「これは山道を走る道具じゃぞ」


「道具にも美しさは必要だ」


「ヒカルと話が合いそうじゃな」


 別の卓には、ドワーフの女性が座っていた。太い三つ編み。小柄だが広い肩幅。革の前掛けの下から、鍛えられた腕が見えている。


 鍛冶師のボルガ。


「鉄の話なら聞くよ」


 彼女は短く言った。


「酒の話なら、もっと聞く」


「相変わらずじゃな」


「お前に言われたくない」


 窓際には、狐族の兄弟がいた。兄のカイル。弟のレイル。赤褐色の耳と尾を持ち、顔立ちはよく似ている。


 兄は落ち着いており、弟は何か思いつくたび、すぐ口へ出す。


 二人は土木工事と水路施工を専門にしていた。


「湖畔の話なんだろ?」


 カイルが尋ねた。


「水が豊富なら、用水路を引ける」


 レイルが続ける。


「排水路も必要だ。水がある場所は、水を逃がす道もいる」


「話が早いのう」


 最後に、酒場の隅で一人静かに飲んでいるドワーフがいた。


 石工のバドル。


 低い背丈。太い指。顔の半分を覆う黒髭。滅多に喋らず、石を見れば産地や硬さ、割れる方向まで分かると言われている。


 ドランが声をかける。


「バドル」


「聞こえている」


「湖畔へ行かんか」


「石はあるか」


「あるぞ。多分お前さんが見た事のない質が良い石材だ」


「質だけではないぞ。使える石かが問題だ」


「保証する。現地で見ろ」


 バドルは杯を置いた。


「それなら、行く理由になる」


「決まりか?」


「まだだ」


 面倒な職人たちが揃っている。だが、全員、腕だけは確かだった。


     ◇


 ドランは大きな卓の上へ、ヒカルから預かった品を並べた。


 ウイスキー。日本酒。ワイン。高級ハム。サラミ。缶詰の焼き鳥。


 短柄ラチェット。水平器。金属製の小型巻尺スケール。替刃式の鋸。箱入りの木工ネジ。そして、黒と青の小型電動ドライバー。


 さらに自分の腕時計を外し、卓の中央へ置く。


「湖畔にいる異界人、守護者ヒカル殿からの土産じゃ」


 真っ先に反応したのは、鍛冶師のボルガだった。電動ドライバーを手に取り、先端や握り部分を確かめる。


「何だい、これは」


「回す道具じゃ」


「見れば分かる。何の力で回す」


「中に電気を溜める仕組みがある」


「でんき?」


「雷を小さくして箱へ詰めるようなものじゃ」


 ガランが口を挟んだ。


「その説明は、たぶん正確ではない」


「わしにも詳しく分からんのじゃ」


 ボルガが引き金へ指を掛けようとすると、ドランが工具を取り戻した。


「待て。まずは、わしが見せる」


 ドランが引き金を引く。


 ウィン――。


 先端が勢いよく回転した。


 グレゴールが眉を上げる。


「その音は何だ」


「電動ドライバーという道具じゃ。握れば先端が回る。ネジを締めるのも、緩めるのも、これ一つじゃ」


 ドランは卓へ木材を一本置いた。その横へ、小さな紙箱を載せる。箱を開くと、中には木工ネジが大量に入っている。


「これを使う」


 ミネットが一本つまみ上げた。


「細いにゃ。釘じゃないのかにゃ?」


「ネジじゃ。先を見てみい」


 職人たちが顔を寄せる。鋭く尖った先端。一定の間隔で刻まれた螺旋。


 揃った太さ。揃った長さ。そして頭部の中央には、十字形の溝が正確に切られている。


「全部……同じだ」


 エリオットが箱から数本を取り出し、卓へ並べた。


「長さも、軸の太さも、頭の大きさも、溝の位置も揃っている」


 グレゴールは一本ずつ指先で転がし、眉間へ深いしわを寄せた。


「これを一つずつ、鍛冶師が削ったのか?」


「違うらしい。工場という場所で、大量に同じ形へ作るそうじゃ」


「大量に?」


 ボルガが、ドランからネジを奪うように受け取った。


「待って。螺旋の間隔まで、ほとんど同じ」


「そうじゃ」


「曲がりもない。軸が真っすぐだ。頭の中心へ、正確に溝がある。どうやって作っている」


「それを知りたければ、湖畔へ来いと言うておる」


「卑怯な勧誘するな!」


「効いておるではないか」


 この世界にも、ネジは存在している。ただし、その多くは鍛冶職人による手作りだ。頭部の溝は、一本だけのマイナス形状。


 長さや太さは、一本ごとに微妙に異なる。同じ箱へ入っていても、大きさが揃っておらず、作業の途中で工具を替えることも珍しくない。


 溝が浅すぎる物。中心からずれている物。軸がわずかに曲がっている物。螺旋の間隔が不均一な物。それが当たり前だった。


「この十字の溝は何だ?」


 グレゴールが尋ねる。


「先端が外れにくい形じゃ。専用の先を使う」


 ドランは電動ドライバーへ十字形のビットを取り付けた。


 木材へネジを立てる。


「よく見ておれ」


 ウィン――。


 ネジは迷いなく木材へ食い込み、数秒で頭まで沈んだ。


 職人たちが黙った。


「……終わりか?」


「終わりじゃ」


「今ので?」


「今のでじゃ」


 グレゴールは締め込まれたネジを確認し、木材を持ち上げた。


「下穴もなく、木を大きく割らずに入った」


「先端が尖っておるからな。材によっては下穴を開けるが、普通の木材なら、そのままでも入る」


「もう一度やれ」


 ドランが隣へ二本目を打ち込む。


 ウィン。


「もう一度」


 ウィン。


「もう一度」


「おぬし、自分でやれ」


 電動ドライバーを渡され、グレゴールは恐る恐る引き金を引いた。


 先端が空中で回る。


「おおっ」


「まだ木へ当てておらんじゃろうが」


「分かっている!」


 グレゴールはネジを立て、工具を押し当てる。


 ウィン――。


 少し斜めにはなったが、ネジは木材へ入った。グレゴールの目が変わる。


「……これは、人を駄目にする道具だ」


「便利な道具と言え」


「一日かかる仕事が、半日になる」


「慣れれば、もっと縮むかもしれんぞ」


「職人の腕が要らなくなるのか?」


「逆じゃ」


 ドランは腕を組んだ。


「同じ時間で、より多く、より正確な仕事ができる。道具が仕事を奪うのではない。単純な締め付けへ取られていた時間を、腕の必要な仕事へ戻すんじゃ」


 グレゴールは再び、箱の中の木工ネジを見た。


「工具より、こちらの方が恐ろしいな」


「ネジがか?」


「ああ。どれを取っても、同じ物が出てくる」


 グレゴールは数本のネジを、きれいに並べる。


「寸法を決めて図面を引けば、その通りに組める。一本ごとの差を、職人が勘で調整しなくていい」


 エリオットも頷いた。


「収納棚や建具を複数作る時も、仕上がりを揃えやすい」


 ボルガは悔しそうに木工ネジを睨んでいる。


「これほど揃ったネジを、必要なだけ用意できるなら、家具も建具も道具も変わるぞ」


「釘とは使い分けるのか?」


 グレゴールが尋ねた。


「ヒカルによれば、何でもネジにすればよいわけではないそうじゃ。力のかかり方、材の種類、解体の予定、施工速度。それぞれに向き不向きがある」


「便利な方を使うだけではなく、使い分けも考えているのか」


「ヒカルは、そういう男じゃ」


 ミネットが木工ネジの箱へ顔を近づける。


「屋根板や下地を留めるのも早そうにゃ」


 ドランは笑いながら、電動ドライバーと木工ネジの箱を指した。


「湖畔には、これ以外にもある。丸ノコ。レーザー距離計。水平を光で出す道具。見たこともない金具。守護者ヒカル殿は、それらを使って住居も診療所も祠も建てておる」


「工具は支給されるのか?」


 グレゴールが聞く。


「働く者には、仕事に応じて支給すると言うておる。良い仕事をするなら、必要な道具は惜しまぬ男じゃ」


 グレゴールは、木材へ並んだ四本のネジを見つめた。


「湖畔で三か月だったな」


「まずはな」


「……道具を見るだけだ」


「見るだけでなく、使いたいとは思わんか?」


「まだ行くとは言っていない」


 そう答えながらも、グレゴールの手は電動ドライバーを離していなかった。


     ◇


 次にグレゴールが興味を示したのは、金属製の巻尺スケールだった。細い金属の帯を引く。するすると伸びる。


「目盛りが細かい」


「ミリとセンチじゃ」


「このまま止まるのか?」


「そこを押せ」


 カチ。巻尺が固定される。


「戻す時は?」


「指を離す」


 シュルルルルッ!


「おおっ!」


 グレゴールがわずかに身を引いた。ミネットが笑う。


「棟梁、びびったにゃ」


「驚いただけだ」


「耳がないから分かりにくいにゃ」


「お前は、人の反応を耳で判断するな」


 グレゴールは巻尺を何度も伸ばし、目盛りと先端金具を確認した。


「測る道具としては優秀だ。紐より速い。湿気でも長さが変わりにくい」


「図面もあるぞ」


「図面?」


「ヒカル殿は、箱の中の光る板で建物を描く。寸法を入れれば、上から見た形、横から見た形、基礎の鉄の位置まで出せる」


 グレゴールの顔から笑いが消えた。


「冗談ではないな?」


「本当じゃ」


「誰が描く」


「ヒカル殿本人じゃ。今は、車両三台を収める建物を設計しておる」


「木造か?」


「鉄筋コンクリートの基礎へ、組み立て式の建物を置く予定じゃ」


「鉄筋……コンクリート?」


「鉄の棒を組み、石のように固まる物を流し込む」


「見たことのない工法だ」


「だから呼びに来た」


 グレゴールは、巻尺と電動ドライバーを交互に見た。


「新しいから良いとは限らん」


「分かっておる」


「だが、良い物なら学ぶ価値はある」


「そう言うと思ったぞ」


「まだ行くとは言っていない」


「酒を飲んでから決めろ」


「お前の勧誘は、最後がいつもそれだな」


     ◇


 ミネットはマウンテンバイクへ近づき、前輪を回した。


「軽いにゃ」


「持ち上げてみろ」


 彼女は両手で車体を持ち上げる。


「梯子より軽い」


「人を乗せて山道を走れる」


「屋根の上は?」


「走るな」


「瓦屋根なら?」


「なおさら走るな」


「冗談にゃ」


「目が本気だったぞ」


 ミネットはサドルへまたがった。ドランが慌てる。


「待て! 店の中で乗るな!」


「少しだけにゃ」


「壁へ突っ込むぞ!」


「猫族は平衡感覚がいいにゃ」


 ミネットはペダルへ足を乗せた。そのまま、酒場の中をゆっくり一周する。客たちが慌てて杯を持ち上げた。


「おお!」


「乗れてるぞ!」


「初めてだろ?」


 ミネットは卓の間を抜け、入口近くでブレーキをかけ、片足を地面へついた。


「簡単にゃ」


 ドランの顔が引きつる。


「わしは乗れるまで、何度も転んだんじゃぞ」


「方言のおかげにゃ」


「平衡感覚じゃろ!」


「にゃはは」


 ミネットはマウンテンバイクのフレームを撫でた。


「湖畔まで、これで行けるの?」


「お前たちが出る時は馬車を使う。材料と道具が多いからな」


「現地では貸してもらえる?」


「ヒカルへ頼めば、移動用に用意するかもしれん」


「屋根の点検が速くなるにゃ」


「屋根へ持ち上げる気か?」


「建物の周囲を見る時に使うだけにゃ」


「今度は本当に冗談だろうな」


     ◇


 エリオットは、缶詰を手に取っていた。


「この金属容器は、どう開ける?」


「そこに輪がある」


「これか」


 指を掛けて引く。ぱきっ。蓋が開き、甘辛い焼き鳥の香りが広がった。周囲の視線が集まる。


「肉が入っている」


「見れば分かる」


「どれほど持つ?」


「開けなければ、かなり長い」


「魔法保存か?」


「違う。加熱してから、空気が入らぬよう密閉しておるらしい」


 エリオットは一口食べた。黙る。もう一口食べ、麦酒を呑んだ。


「酒に合う」


「そこへ着地するか」


「保存できて、容器にもなり、開ければすぐ食べられる。現場向きだ」


「ヒカル殿は、他にも色々持っておるぞ」


「内装材は?」


「床材、壁材、断熱材、塗料、金物、棚、机、椅子。必要になれば、いろいろ出してくる」


「色は選べるか?」


「選べる」


「木目は?」


「多分」


「金具の色も?」


「多分」


「多分ばかりだな」


「全部わしに聞くな! 本人へ聞け!」


「では行く」


「お前も決断が早いな」


「選べる材料が多い現場は面白い」


 内装職人一名。参加決定である。


     ◇


 狐族の兄弟は、水平器へ夢中になっていた。カイルが、透明な管の中の気泡を見る。


「中央へ入れば水平か」


「そうじゃ」


 レイルが反対側を少し持ち上げる。


「傾くと気泡が動く」


「水路の勾配確認に使えるな」


「もっと長い物もあるのか?」


「ある」


「レーザーという光で、高さを測る道具もあるらしいぞ」


 兄弟の耳が同時に立った。


「光で?」


「離れた場所の高さが分かる」


「水を流さなくても?」


「基準を作れるそうじゃ」


 レイルが立ち上がる。


「兄さん」


「ああ」


「行こう」


「待て。条件を聞いてからだ」


 カイルはガランを見る。


「湖畔では、何を作る予定だ」


「現在分かっている範囲では、ガレージ、食堂、排水設備、生活道路。今後は水路や畑も必要になる可能性が高い」


 ガランは、畑がすでに作られていることを知らない。約50メートル四方の畑が、緑の柵で囲まれていることも。小川へ幅6メートルの鋼製橋が架かったことも。


 南側道路の計画が始まったことも知らない。だから、この時点では可能性として話すしかなかった。


「水源は?」


「巨大な湖と、複数の小川がある」


「地形は?」


「湖岸は草地と砂利浜。少し離れれば森林。拠点周辺は比較的平坦だ」


 カイルは弟を見る。


「三か月では足りないかもしれないな」


「なら半年いる?」


「勝手に期間を伸ばすな」


 レイルは笑った。


「面白そうだ」


「条件次第だが、俺たちも参加する」


 土木・水路職人二名も決まった。


     ◇


 バドルは黙ったまま、日本酒を飲んでいた。小さな杯を口へ運び、ゆっくり味わう。


「どうじゃ」


「米の酒だな」


「知っておるのか?」


「古い石碑に、稲と酒の記録があった」


「王から聞いた。昔は、白狐神の里で米を作っておったそうじゃ」


 バドルの手が止まった。


「白狐神の里?」


「湖畔に戻っておる」


「本当か」


「幼い白狐神ユキと、守護神使様がおる」


 酒場の空気が、少しだけ変わった。ここまで道具や酒の話で騒いでいた職人たちも、静かになる。


 オリエント王国に暮らす者なら、白狐神の伝承を知らない者は少ない。特に古い職人家系には、白狐神の里から伝わった技術の話が残っている。


 石積み。水路。木組み。薬草乾燥小屋。冬を越すための貯蔵庫。畑の排水方法。多くは形を変えながら、今も王国で使われていた。


「先代の里は、滅びたのではなかった」


 ガランが言った。


「守護神使様が、先代白狐神しらゆきと住民を別世界へ逃がした。今の湖畔には、新たな白狐神ユキと、守護者ヒカル殿がいる」


 グレゴールが腕を組む。


「守護者は何者だ」


「異界人だ」


「信用できるのか」


「俺は信用している」


「お前がか」


「ああ」


 ガランは正面から答えた。


「ヒカル殿は強い。俺でも剣では敵わない。だが、その力を自慢せず、子供の寝床と食事を先に整える男だ」


 ミネットの耳が動く。


「子供がいるのかにゃ」


「猫族の姉弟、ドワーフの少女、そして白狐神ユキ。ほかにも、レイシスから逃れてきた者たちを保護している」


 ボルガが低く言った。


「奴隷だった者かい」


「ああ」


「なら、行く理由が増えた」


 バドルがようやく杯を置く。


「白狐神の新しい里に、石工は必要か」


「必要になる」


「何を作る」


「今は祠がある。これから基礎、石積み、側溝、道、橋台、建物も増えるだろう」


「石を見せろ」


「現地でな」


「なら行く」


 石工一名も決定した。


     ◇


 残るは、棟梁グレゴールと屋根職人ミネットだった。


 もっとも、ミネットはすでにマウンテンバイクへ夢中で、参加する気が顔へ出ている。


「私は行くにゃ」


「早いな」


「美味しいご飯、新しい道具。行かない理由がないにゃ」


 これで六人。全員の視線がグレゴールへ集まる。グレゴールは、ヒカルからの高級ハムを一枚取り、ゆっくり食べた。


 次に日本酒を一口。腕時計を見る。巻尺を見る。木工ネジを見る。最後に、手から離していなかった電動ドライバーを卓へ置く。


「ヒカルという男は、俺たちを安い労働力として呼んでいるのか」


「違う」


「王国の命令か」


「違う」


「白狐神のためなら、黙って働けと言うつもりか」


「それも違う」


 ドランは真面目な顔で答えた。


「ヒカル殿は、こちらの通貨を持っておらず、給金を払えないことを気にしておった。代わりに食事、酒、作業服、道具、住む場所を用意すると言った。嫌なら断ってよいともな」


「腕の上下は問わないのか」


「腕が良く、話を聞ける職人を連れてきてほしいとは言われた」


「新しい工法を、俺たちへ押しつけるか」


「多分、相談する。あやつは図面を引くが、現場で分からぬことは人へ聞く」


 グレゴールは、木材へ打ち込まれた木工ネジを見た。


「守護者と呼ばれるほどの力を持ち、剣ではSランクに勝ち、異界の道具を出し、それでも職人へ相談するのか」


「そういう男じゃ」


「面白いな」


 グレゴールは杯を空にした。


「行こう」


 ドランが大きく笑った。


「よし!」


「ただし、条件がある」


「何じゃ」


「俺たちは客ではない。現場へ入る以上、仕事の判断では意見を言う」


「当然じゃ」


「危険な工事なら止める」


「ヒカル殿も安全第一じゃ」


「異界の工法でも、納得できなければ質問する」


「望むところじゃろ」


「それから、この木工ネジをもう一箱用意しろ」


「今は見本だけじゃ!」


「なら湖畔へ着いた日に頼む」


「結局、そこが決め手ではないか!」


「技術を確かめるためだ」


「電動ドライバーを握ったまま言っても説得力がないぞ」


 大工棟梁グレゴール。屋根職人ミネット。内装職人エリオット。鍛冶師ボルガ。土木・水路職人カイルとレイル。石工バドル。合計七人。


 湖畔へ向かう職人チームが決まった。


     ◇


「出発は二週間後だ」


 ガランが全員へ説明した。


「早すぎないか?」


 エリオットが尋ねる。


「王都から湖畔までは遠い。馬車と荷車を使う。道中の安全確保も必要だ」


「普通なら何日かかる」


「湖東側まで、およそ二週間。そこから湖畔拠点までは、迎えが出る予定だ」


「今度は、あの二輪車で行かぬのか?」


 バドルがマウンテンバイクを見る。


「職人七人分の道具と資材を背負って走れるなら止めない」


「無理だな」


「だから馬車だ」


 警護は、ガランの後輩にあたるAランクハンターチームへ依頼することになった。


 東風の牙が近衛騎士団を退き、ハンターとして活動し始めた頃から面倒を見てきた若いチームだ。現在は王都を拠点とし、護衛、魔物討伐、街道警備を中心に活動している。


 その夜遅く、ガランはハンターギルドを訪れた。


     ◇


 ギルドの面談室に集まったのは、Aランクチーム《蒼岩の盾》の四人だった。


 リーダーは、人族の重盾戦士オルフェン。副長は、犬族の槍使いセルド。斥候は、猫族の女性ナージャ。魔術師は、エルフの青年フィン。


 オルフェンはガランを見るなり、背筋を伸ばした。


「ガラン先輩。お久しぶりです」


「堅くなるな。同じハンターだ」


「SランクとAランクでは違います」


「階級の話をしに来たんじゃない」


 セルドが机へ身を乗り出す。


「湖畔の任務だと聞きました」


「耳が早いな」


「王城へ自転車で突入したという噂も聞きました」


「突入していない。正門で止まった」


「ドワーフが草むらへ飛んだとも」


「それは事実だ」


「やっぱり」


 ナージャが笑う。


「その乗り物、あとで乗せてください」


「任務を受けるならな」


「受けます」


「まだ内容を説明していない」


「新しい乗り物がある場所へ行けるなら受けます」


「職人にも同じ反応の者がいたぞ」


 ガランは依頼内容を説明した。職人七人の移動警護。王都から湖東側まで約二週間。


 湖東側で、東風の牙か湖畔側の迎えと合流。その後、白狐神の湖畔拠点で三か月間、東風の牙と共同警備。


 目的は職人の安全確保。湖畔拠点周辺の警戒。レイシス神務院への警戒。魔物や害獣への対処。


 もちろん、白狐神ユキや守護者ヒカルへ命令する立場ではない。


「現地では、ヒカルの方針へ従え」


 オルフェンが頷く。


「王国軍ではなく、現地警備員として動くということですね」


「そうだ。余計な威圧はするな。特にユキは敬称を嫌う」


「白狐神へ敬称なしで話すんですか?」


 フィンが青ざめる。


「本人が『ユキはユキ』と言う」


「でも、神ですよね」


「神だ」


「幼い姿ですよね」


「五歳くらいだ」


「どう接すれば……」


「他にも子供達がいる、ユキだけ特別扱いしないで、同様に接して欲しい」


「そこが重要なんですか?」


「重要だ」


 ガランは真顔だった。


「ユキは群れの公平を大切にする。子供たちには自分と同じ物を、同じ量だけ配る。それをヒカル殿も徹底している」


 ナージャが感心する。


「良い守護者ですね」


「ああ」


「神務院は、その白狐神を狙っているんですか」


 オルフェンの表情が変わった。


「可能性が高い。白狐神の力、結界、神気、隷属術式への干渉。利用しようとする理由はいくらでもある」


「なら、警護は必要です」


「ただし忘れるな。ヒカル殿は、お前たちより強い」


「先輩よりも?」


「剣では、俺でも勝てない」


 四人が黙った。セルドが小声で言う。


「俺たち、警護に必要ですか?」


「強さだけが警備ではない。交代、巡回、監視、伝令、人員整理。やることは多い」


「なるほど」


「それにヒカル殿は、放っておくと工事と料理と子供の世話を全部一人でやろうとする」


「何者なんです、その人」


「守護者で、工務店で、料理係で、医療補助で、何でも係だ」


「最後だけ雑ですね」


「本人が、そう呼ばれている」


 《蒼岩の盾》は、正式に依頼を受けた。表向きはハンターギルド経由。報酬は王国とギルドが負担する。


 三か月間の長期任務だが、白狐神の里とレイシス神務院に関わる重要任務として、通常より高い報酬が設定された。四人は二週間後、職人たちと共に出発する。


     ◇


 それから四日。ガランとドランは、王都で必要な準備を整えた。


 王命書。大使任命書。魔石の入った大型箱。近衛騎士団派遣の通知。特使派遣の通知書。職人七人の名簿。


 《蒼岩の盾》への依頼書。湖畔へ持ち帰る補給品。魔石箱は重量がありすぎるため、王国側の収納持ち職員に、湖東側の中継拠点まで運ばせる手配をした。


 ガランとドランは先に湖畔へ戻り、ヒカルへ報告する。


 湖東側までは王国の騎馬伝令隊が荷物を運び、そこからは東風の牙かバギーで回収する予定だった。


 出発の朝。二人は王都東門の外で、マウンテンバイクを確認していた。


 タイヤの空気。ブレーキ。チェーン。変速機。荷物の固定。予備チューブ。修理工具。水筒。非常食。


 ガランは腕時計を見る。


「よし。出発だ」


 ドランはサドルを睨んでいる。


「また、これへ乗るのか」


「行きは喜んでいたじゃないか」


「尻が未来を知ってしまった」


「何を言っている」


「尻だけ王都へ置いていけんかのう」


「無理だ」


「予備の尻は売っておらんか」


「ヒカルでも出せないと思うぞ」


「厚い座布団なら出せる」


「帰ったら頼め」


 城門の衛兵たちが集まっていた。四日前、草むらへ倒れたドランを見ていた者たちだ。


「今度は転ばないでくださいよ」


「任せろ!」


 ドランは胸を張って、マウンテンバイクへまたがった。右足をペダルへ乗せる。左足で地面を蹴る。ふらつく。


「おおっ」


「前を見ろ!」


「見ておる!」


「壁へ行っているぞ!」


「壁が寄ってきたんじゃ!」


「壁は動かない!」


 どうにか街道へ出る。衛兵たちから拍手が起きた。


「やかましい!」


 ドランが振り返って怒鳴ったため、今度は道端の杭へぶつかりかける。


「前を見ろと言っただろう!」


「見送りへ返事をしただけじゃ!」


 ガランは先へ走り出し、ドランも遅れて追う。王都の城壁が、少しずつ遠ざかっていく。


 湖畔へ戻れば、報告することが山ほどある。守護神使の古い名。白夜参上。王国との友好方針。大使任命。近衛騎士20名。銀狐族の特使。


 そして、ヒカルのスキルで換算すれば、およそ3,000,000ptになる魔石。


 七人の職人とAランクハンターチーム。ヒカルがどんな顔をするか、ガランには想像できなかった。


「ガラン!」


 後ろからドランが叫ぶ。


「何だ!」


「湖畔へ戻ったら、最初に何を食う!」


「報告が先だ!」


「報告しながら食えばよい!」


「行儀が悪いぞ!」


「稲荷寿司なら、守護神使様も喜ぶ!」


「お前が食べたいだけだろう!」


 ドランは笑った。


「米の飯が待っておるぞ!」


「だから前を見ろ!」


 マウンテンバイク二台が、東の街道を進んでいく。


 その頃、湖畔ではガランとドランが知っていた景色に、畑が増え、緑の柵が増え、小川には幅6メートルの鋼製橋が架かり、さらに南側道路の計画まで始まっていた。


 たった数日。されど、ヒカルへ数日与えるということは、設備が一つか二つ増えるという意味ではない。


 段取りが新しい段取りを呼び、拠点そのものが形を変えるという意味だった。


 ドランが湖畔へ戻った時、鉄の橋を見てどれほど騒ぐのか、ガランはまだ知らない。ただ一つだけ確かなことがある。静かに驚くことだけは、絶対にない。


続く

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