第56話 白狐神、群れと橋を渡る
橋台基礎が完成した翌朝。
朝食を終えた俺たちは、畑東正門の先にある小川へ集まった。
両岸には、昨日までの作業で作った砕石基礎と鋼製支承がある。その間を、幅約4メートルの小川が流れている。
水深は約30センチ。
今までは、バギーで浅瀬まで回り込み、水しぶきを上げながら渡っていた。今日、その不便が終わる。
「おっちゃん」
青ライン入り監督ヘルメットをかぶったユキが、小川を指した。
「きょう、はし、でる?」
「ああ。今日こそ出す」
「おおきい、たべないはし」
「食べない分類を残すな」
こびゃっこはミミの背中に乗り、前足の先をワキワキさせた。
「いよいよ開通式じゃな!」
「まず設置工事だ」
「テープカットは?」
「ない」
「くす玉は?」
「ない」
「紅白饅頭は?」
「朝から食べ物へ行くな」
「橋とは祝い事じゃぞ」
「安全に置けてから祝え」
全員が橋の設置場所へ集まる。マリベルとアルノは診療所の仕事を区切ってから来た。リリア、ミーシャ、トトも見学する。
危険範囲には赤白のコーンとバーを置き、子供たちは十分離れた場所から見る。
本来なら、完成した幅6メートル、長さ12メートルの鋼橋を架けるには、大型クレーンが必要だ。
だが、俺には配置指定展開がある。重量物を収納から指定位置へ出せる。
それでも、失敗すれば橋が傾く。支承から外れれば、川へ落ちる。誰かが近くにいれば大事故になる。
「全員、線の内側へ入らない」
「はい」
「ユキもだぞ」
「ユキ、かんとく。はいらない」
「こびゃっこも」
「びゃっこは浮けるぞ」
「駄目だ」
「む」
「神使でも落下物の下へ入るな」
「安全第一じゃな」
「そうだ」
俺は深呼吸した。吸って、吐く。怖くないわけではない。だが、怖いからこそ確認する。橋軸よし。支承位置よし。周囲退避よし。高さよし。向きよし。
橋本体を収納から選択する。完成済み鋼製仮設橋。全長12,000ミリ。全幅6,000ミリ。滑り止め付き路面覆工板。主桁、横桁、補強材、端部材。両側ガードレール、高さ1,100ミリ。
「配置指定展開」
空間が、低く震え次の瞬間、巨大な鋼製橋が両岸の上に現れた。
ドン――。重い音が地面へ響いた。水面が揺れる。鳥が一斉に飛び立つ。
幅6メートルの路面覆工板が、畑側と拠点側をつないでいる。
「おお……」
ロクが声を漏らした。
「これは、橋っすね」
「見れば分かる」
「いや、そうじゃなくて……本当に道が空中へできたっす」
リーファも目を見開いている。
「町の橋より立派じゃない?」
「仮設橋だけど、車両用だからな」
ニナは言葉もなく橋を見つめていた。主桁。横桁。床版。連結部。支承。ガードレール。視線が忙しい。
「ニナ」
「……鉄が、いっぱい」
「そうだな」
「下、太い」
「主桁だ。橋の重さと、通る車両の重さを支える」
「触っていい?」
「固定確認が終わってからな」
「待つ」
「偉い」
ユキはガードレールを見上げた。
「ニナと、おなじ」
「高さが大体な」
ニナがガードレールの横に立つと、上端がほぼ頭の高さだった。
「本当に1ニナじゃな」
こびゃっこが言った。
「単位にするなと言っただろ」
「橋幅は、およそ5.5ニナ」
「横向きに並べるな」
「橋長は、約11ニナ」
「ニナで測るな!」
ニナ本人はガードレールへ背中をつけ、真顔で言った。
「測りやすい」
「お前まで認めるな」
橋本体を支承へ固定し、端部ストッパーを締結する。ボルトを規定トルクで締め、緩み止めを確認。
橋端と地面の間には、砕石を入れて進入路を作る。
いきなり鋭い段差をつけると、バギーの底を擦る。ツチノコで土を運び、砕石を載せ、緩い勾配を作る。
砕石を均し、地面ぶるぶるで締める。再びレーザーで高さを確認。
橋面へ雨水が溜まらないことも確認する。昼過ぎ、ようやく人が渡れる状態になった。
「最初は俺が歩く」
俺はヘルメットをかぶり直し、橋の中央へ進んだ。路面覆工板の上で、安全靴が硬い音を立てる。コツコツコツ。幅6メートル。人が歩くには広すぎる。
両側のガードレールも高く、安心感がある。橋の下では、小川が今までと変わらず流れている。
中央で止まり、揺れを確認。問題なし。反対岸まで渡る。
「大丈夫だ」
次はロクとリーファ。その後、ユキたちも歩いて渡った。ユキは橋の中央で立ち止まり、下を覗いた。
「おみず、した」
「乗り越えるなよ」
「のりこえない」
「ガードレールが高くてよかったな」
「ニナくらい」
「そうだな」
トトは少し怖そうにミーシャの手を握っていた。
「落ちない?」
「この柵を越えなければ落ちないぞ」
「走らない」
「それがいい」
ニナは橋の端にしゃがみ込み、床版とガードレールの固定部を観察している。
「ボルト、多い」
「緩むと危ないから、定期点検する」
「ニナも見る」
「一緒にやろう」
「うん」
こびゃっこはミミの背に乗り、橋の入口に立った。
「開通式じゃ!」
「まだバギーの試験がある」
「テープカットは?」
「テープはない」
「くす玉は?」
「ない」
「紅白饅頭は?」
「食べたいだけだろ」
「開通式とは、そういうものじゃ!」
「最後しか目的が残ってないぞ」
最後にバギーを通す。まずは荷物を降ろし、俺1人で運転する。全員を橋から離れさせ、時速10キロ以下で進入。
前輪が橋へ乗り、路面覆工板が低く鳴る。後輪も乗り、中央で一度停止。橋の沈み、異音、支承のずれを確認。問題なし。そのまま畑側へ渡り切った。
「通った!」
ミーシャが声を上げ、ユキも両手を上げた。
「バギー、はし、わたった!」
「ああ。成功だ」
往復したあと、支承と端部を再点検する。ボルトの緩みなし。砕石の沈み、わずか。追加転圧で修正。
鑑定。
⸻
【鑑定結果】
名称:湖畔拠点南側鋼製橋
状態:完成・良好
寸法:
・全長 12メートル
・全幅 6メートル
・ガードレール高 1.1メートル
主構造:
・大型H形鋼主桁
・鋼製横桁
・鋼製床版
・鋼製ガードレール
・砕石転圧橋台
・鋼製支承
用途:
・歩行者
・自転車
・ワゴン台車
・オフロード作業バギー
・小型建設機械
状態評価:
良好
注意:
・橋上は徐行
・大雨、増水後に点検
・橋台沈下、端部緩み、床版損傷を定期確認
・重車両通行時は単独通行
・正式道路化の際は進入路を再整備
⸻
「完成だ」
畑東正門から橋を渡り、拠点へ戻る。時間を測ってみた。所要1分40秒ほど。今までは、浅瀬へ回って約5分かかっていた。しかも水へ入らない。
「かなり短くなったな」
ロクが頷く。
「これなら畑の見回りも楽っす。異変があれば、すぐ行けるっすね」
リーファは橋の向こうから祠を見た。
「畑から祠、食堂、湖がつながったように見えるわ」
「ああ。一本の生活道路になった」
ユキは俺の袖を引いた。
「おっちゃん」
「ん?」
「はし、むれの、みち?」
俺は橋を振り返った。畑がある。小川がある。祠がある。食堂がある。湖がある。そして、その先には住居と診療所と倉庫がある。
「ああ。群れの道だな」
ユキは満足そうに頷いた。
「むれの、はし」
「それでいい」
こびゃっこがミミの背中で胸を張る。
「では正式名称は、白狐神仏恥義理大橋――」
「却下」
「白狐街道一番橋――」
「却下」
「肉と野菜をつなぐ橋――」
ユキの耳が立った。
「それ、いい」
「よくない。橋の名前が物流説明になってる」
橋が完成すると、俺の頭には次の工事が浮かんだ。
畑の東正門から、さらに南へ道を伸ばす。そこから少し向きを変え、湖の浜辺へ出られる南側入口を作る。
新しい南入口から畑までは約200メートル。畑から橋を渡り、拠点側の浜辺までは約300メートル。
合計約500メートル。道幅は6メートル。まず草を刈り、表土を除去する。路床を整形。必要な場所には側溝を設け、下層砕石を敷く。上層砕石を敷く。転圧する。当面は砕石舗装。将来はアスファルト舗装。
「500メートル、幅6メートル……」
面積は約3,000平方メートル。
今のツチノコと地面ぶるぶるでも、やろうと思えばできる。だが、時間がかかりすぎる。
「道路を作るなら、ブルドーザーが欲しいな」
ニナが即座に振り返った。
「ブルドーザー?」
「前に大きな板が付いていて、土を押して地面を作る重機だ」
「大きいツチノコ?」
「働き方は少し違うが、土を動かす仲間ではある」
「見たい」
「まだ買わないぞ」
「今は?」
「その言い方、俺から習ったのか?」
さらに砕石を締め固めるなら、ロードローラーが必要になる。アスファルト舗装まで進めるなら、仕上げにタイヤローラーも欲しい。
ロードローラーは鉄の輪で締める。タイヤローラーは複数のゴムタイヤで、舗装表面を揉むように締める。
ニナへ説明すると、目が完全に輝いた。
「鉄の地面ぶるぶる。タイヤの地面ぶるぶる」
「大体そうだが、ブルブルと言うよりも、地面ゴロゴロだな」
俺は、自分で言っておいて、しまったとおもった。すかさずユキが言う。
「じめんごろごろ、おおきい?」
「ああ、大きいぞ」
「じゃあ、じめんぶるぶるのおや」
「親子関係を作るな」
こびゃっこが得意げに言う。
「昭和の道路工事といえば、前方に作業中の赤い旗、鉄板の音、そして片側交互通行じゃ」
「この世界で交通整理するほど車両はいない」
「赤い棒を振っておる者が、妙に格好よく見えたものじゃ」
「お前、何を見て育ったんだ」
「俗世じゃ」
「範囲が広すぎる」
俺はノートへ書いた。南側入口。幅6メートル。入口から畑まで約200メートル。畑から橋、祠前、食堂前を経由し浜辺まで約300メートル。砕石舗装。将来的にアスファルト舗装。
必要機械候補。ブルドーザー。ロードローラー。タイヤローラー。
側溝施工。道路照明。南入口門。案内標識。書けば書くほど、道路建設計画になっていく。
「俺は、どこへ向かってるんだろうな」
リーファが笑った。
「町を作っているんじゃない?」
「まだ住人は十数人だぞ」
「でも、住居、食堂、診療所、祠、畑、倉庫、橋があるわ」
「そう言われると、もう村の入口だな」
マリベルも静かに頷いた。
「人が増えれば、道は必要になります。職人たちが来るなら、なおさらです」
ガランとドランが職人を連れて戻ってくる可能性がある。
その時、畑や橋や南側入口は、湖畔拠点が一時的な野営地ではなく、長く暮らす場所だと示すものになる。
俺は橋を見た。大きな鋼材。高いガードレール。両岸をつなぐ幅6メートルの床版。たった3日で、小川の向こう側が遠い場所ではなくなった。
橋というのは、不思議だ。
距離そのものを短くするわけではない。それでも、渡る手間と不安をなくすことで、向こう側を近くする。
「おっちゃん」
ユキが橋の中央から呼んだ。
「はやく」
「走るなよ」
「はし、わたって、ごはん」
「結局そこか」
こびゃっこはミミの上から叫ぶ。
「開通記念の赤飯と唐揚げじゃ!」
「赤飯は用意してない」
「では白飯でもよい!」
「妥協が早いな」
「橋は腹が減るのじゃ!」
「橋は減らない。お前が減ってるだけだ」
夕方、食堂タープには橋の完成祝いとして、炊き込みご飯、鶏の唐揚げ、キャベツの千切り、具沢山の味噌汁を並べた。
ユキは唐揚げを食べ、満足そうに尻尾を揺らす。
「はし、えらい」
「唐揚げを食べながら言うと、橋への評価か分からないな」
「はしで、にく、はやくくる」
「肉の物流基準だった」
ニナは味噌汁を飲みながら、橋の図面を見ている。
「ガードレール、1ニナ」
「その単位、定着させないからな」
「分かりやすい」
「べんりでも駄目だ」
こびゃっこが小さな茶碗を持ち上げた。
「では、橋の完成と南街道計画に、乾杯じゃ!」
「お前の中では、もう街道なのか」
「白狐街道、総延長500メートルじゃ!」
「規模だけ聞くと短い散歩道だぞ」
「だが幅6メートルじゃ。立派なものじゃ」
「それはそうなんだよな……」
橋ができた。次は道。その次はガレージ。食堂ウッドデッキもある。
畑の管理も続く。シオンを救うための情報整理も必要だ。
ガランとドランの帰還準備もいる。道路用重機の購入候補まで増えた。
段取りが、また新しい段取りを連れてきた。俺が頭を抱えると、ユキが胸を張った。
「おっちゃん、はしのひと」
「また役職が増えた」
「みちのひと」
「増やすな」
「なんでもがかり」
「最終的にそこへ戻すな!」
こびゃっこが唐揚げを抱えたまま頷いた。
「よいではないか。橋も道も飯も作る。昭和なら『一人総合商社』と呼ばれたところじゃ」
「褒め言葉なのか、それ」
「たぶんの」
「たぶんで締めるな!」
こうして湖畔拠点に、初めて車両が通れる橋が完成した。
畑から拠点まで2分未満。肉と野菜と群れをつなぐ、幅6メートルの立派な橋だ。
ただし正式名称は、まだない。
少なくとも「白狐神仏恥義理大橋」と「肉と野菜をつなぐ橋」だけは、全力で阻止するつもりである。
⸻
【収支報告】
異世界生活49日目
日付:五の月8日
オリエント王国歴952年
開始残高:488,721 pt
今回の購入:
・橋進入路用砕石、路床補強材、土留め材、安全標識、コーン、区画バー 1,780 pt(約178,000円)
・1日分の作業用飲料、軽食、橋完成祝い用食材、唐揚げ材料、米、野菜類 110 pt(約11,000円)
今回支出合計:1,890 pt(約189,000円)
現在残高:
488,721 pt − 1,890 pt = 486,831 pt
円換算目安:
486,831 pt × 100円 = 約48,683,100円相当
続く




