第52話 白狐神、畑守り隊と初出陣する
畑を作った翌朝。俺はいつもより早く目を覚ました。理由は畑が気になったから……ではない。
「おっちゃん、にげるな……」
「むにゃ……畑は気合いじゃ……」
右腕にはユキ。胸には白い尻尾。額の上には、こびゃっこ。そして、白狐神と守護神使によるダブルの寝言。
「……朝から豊穣どころか、俺の睡眠量が不作だ」
こびゃっこが俺の額の上で寝返りを打った。
「むにゃ……竹刀は精神注入棒なのじゃ……」
「畑からさらにヤンキー道場へ行くな」
ユキが俺の袖をぎゅっと握る。
「おっちゃん……やさい……こんじょう……」
「ユキまで染まってる……」
俺は深呼吸した。吸って、吐く。マインドフルネスは、怒りや恐怖だけではなく、朝の白狐神サンドイッチにも有効らしい。いや、有効であってほしい。
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朝食後、畑の確認へ向かうことになった。メンバーは俺、ユキ、こびゃっこ、ニナ、ミーシャ、トト、リーファ、ロク。
マリベルとアルノは、診療所で薬草干しの作業。リリアは洗濯と食堂の段取りだ。
バギーに乗る前、こびゃっこが当然のようにミミの背中へ乗った。
「畑守り隊、出陣じゃ!」
「待て待て待て。畑へはバギーで行く」
「む」
「ミミを畑まで走らせたら、到着前に遊びになるだろ」
「遊びではない。偵察じゃ」
「昨日、直管コールを叫びながら爆走してたよな」
「そ、それは士気向上じゃ」
「便利な言い換えを覚えたな」
ユキが青ライン入りヘルメットをかぶる。
「ユキ、かんとく」
「今日は畑の監督だな」
「やさい、みる」
「引っこ抜くなよ」
「ぬかない。みる」
ニナは小型メジャー、手袋、移植ごてを腰道具に入れていた。
「ニナ、今日は計測係か?」
「高さ、見る。土、見る」
「頼もしいな」
「べんりな畑にする」
「畑は便利さだけじゃないぞ」
こびゃっこがふんぞり返る。
「畑は愛情と根性じゃ」
「根性から離れろ」
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俺達は南側の小川を越え、畑に向かう。結局こびゃっこはミミに乗って、得意げにバギーの横を並走する。
「こびゃっこ、はやい」
ユキがはしゃいでいる横で、その様子をじっとロクが見ている。
「ロクも乗りたいのか?」
そう俺が聞くとロクが慌てて、
「じ、自分狼族っす」
「こびゃっこは白狐のぬいぐるみだぞ。ロクが乗った方がまだ違和感がない」
ミミに乗っているこびゃっこが、前足の先をワキワキさせながら反論する。
「失礼な。びゃっこは白狐の特攻隊長じゃぞ」
「お前、昨日畑守り隊の隊長と言ってただろ」
賑やかな雰囲気でバギーは畑に到着。辺りを見回すと昨日植えたばかりの苗は、思ったよりもしゃんとしていた。
トマトの葉は少し濃くなり、ナスの苗も背筋が伸びたように見える。キャベツの苗は丸まる準備をしているような、なんとも言えない気配を出していた。
「……根付くのが早いな」
俺が鑑定する。
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【鑑定結果】
名称:トマト苗
状態:良好
備考:豊穣の加護により根付き促進中。水分量やや適正。数日以内に支柱固定推奨。
【鑑定結果】
名称:キャベツ苗
状態:良好
備考:豊穣の加護により生育促進中。防虫対策継続推奨。
【鑑定結果】
名称:ジャガイモ種イモ
状態:良好
備考:発芽準備中。土寄せ時期に注意。
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「ちゃんと効いてる」
こびゃっこが胸を張った。
「当然じゃ。びゃっこの豊穣加護じゃぞ」
「すごいな」
「もっと褒めるがよい」
「はいはい、すごいすごい」
「雑じゃ!」
ユキはトマトの苗の前にしゃがんだ。
「やさい、げんき?」
「元気だな」
「こんじょう?」
「根性じゃなくて、根付きだ」
「ねづき」
「そう。根っこが土に慣れること」
「ねっこ、がんばる」
「まあ、それは合ってる」
トトがキャベツの苗をじっと見ている。
「虫、まだいない」
「いい観察だ」
「虫、こわいけど、見る」
「怖いのに偉いな」
トトは少しだけ胸を張った。
ミーシャは水やり用のジョウロを持っている。
「水、これくらい?」
「今日は土の表面が少し乾いてるから、根元にゆっくり。葉にばしゃっとかけすぎない」
「うん」
ミーシャは丁寧だった。配る量や順番に敏感だった子が、今は水の量を気にしている。こういう変化を見ると、胸の奥が少し温かくなる。
ニナはとうもろこしの列を見ていた。
「まっすぐ」
「とうもろこしは複数の列で植えた方が受粉しやすいらしい」
「花粉、落ちる?」
「そう、ちゃんと覚えたな。風で上から下へ落ちる」
「風、大事」
「そうだな」
ニナは真剣に頷いた。
「とうもろこし、構造、面白い」
「将来、車の整備士じゃなくて農業関係の職人になる道もあるぞ」
「農業関係?」
「畑で使う道具や機械だ」
ニナの目が光った。
「それも、べんり」
しまった。またニナの興味範囲を広げてしまった。
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午前中は畑の初期管理をした。トマトとナスに支柱を立て、キャベツには防虫ネットを張る。スイカの周囲にはつるが伸びる予定の場所を確保する。
さつまいもは水切れしないよう、根元を確認。ジャガイモの畝は踏まないように目印を追加した。
こびゃっこは畑の上をふわふわ飛びながら、やたら偉そうに指示を出す。
「そこはもっと優しく水をやるのじゃ」
「はいはい」
「苗は赤子じゃ。赤子を高圧洗浄する者はおらぬ」
「例えが現代的だな」
「びゃっこは俗世にいたし、ヒカルの知識も少し見てたからの」
「勝手に見るな」
「夢で見えるのじゃ」
「プライバシーが畑の土より柔らかい」
ユキはこびゃっこの真似をして、トマトに向かって言った。
「やさい、よくそだつ」
「いい声かけだ」
「にくを、ささえる」
「そこも忘れないな」
「だいじ」
リーファは畑の周囲を見ていた。
「ここ、獣除けも必要ね」
「やっぱり?」
「ええ。小動物ならまだしも、森には大きいものもいるわ。匂いで寄る可能性はある」
ロクが地面を見ながら頷いた。
「足跡は今のところないっす。でも、畑の匂いが強くなったら変わるっす」
「簡易柵も必要か」
また仕事が増えた。畑は植えたら終わりではない。むしろ始まりだった。
こびゃっこが俺の肩に乗る。
「分かったか、ヒカル。畑とは毎日じわじわ仕事を増やす生き物なのじゃ」
「今すごく実感してる」
「だが、糧となる」
「それが強い」
「食は正義じゃ」
「こびゃっこが言うと重く感じるな。ほぼ本人の食欲からきているが」
「何か言ったかの?」
「何も」
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畑から戻り、午後は昨日購入した苗とは別に、試食用の野菜や果物を出すことにした。
理由は単純だ。畑に植えたものが、最終的にどういう食べ物になるのかを、子供たちに知ってもらうためだ。
それと、ユキが昼前からずっと言っていたからである。
「おっちゃん、やさい、うんみゃあ、いつ?」
「今日、少し試食する」
「いま?」
「夕食でな」
「いまは?」
「昼食は別」
「ユキはかんとく。やさい、まてる」
「そう言いながら袖を引っ張るな」
夕食の準備では、畑で育てる予定の野菜を使った。
キャベツとトマトのサラダ。
ジャガイモのフライドポテト。
さつまいもの甘煮。
ナスの味噌炒め。
焼きとうもろこし。
スイカ。
もちろん、肉もある。ユキの精神安定のためだ。
「野菜だけだと、ユキが畑への信頼を失いそうだからな」
俺が鶏肉を焼いていると、こびゃっこがうむうむ頷いた。
「肉と野菜の同盟じゃな」
「平和条約みたいに言うな」
「白狐神肉野菜不可侵条約じゃ」
「長いし意味が分からない」
リリアはサラダを盛り付けながら笑った。
「でも、彩りが綺麗ですね」
「トマトがあると一気に食卓が明るくなるな」
マリベルも頷く。
「野菜が増えるのは良いことです。体調回復にも役立ちます」
ユキがこっそり聞いた。
「やさい、からだ、えらい?」
「体には偉い」
「にくは?」
「肉も偉い」
「どっち、えらい?」
「比べない。両方大事」
ユキは少し考えた。
「むれ、おなじ?」
「そう。食べ物も群れだ」
「ごはんの、むれ」
「また新しい概念が生まれた」
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試食を兼ねた夕食始まった。まずキャベツとトマトのサラダ。ユキはトマトをじっと見る。
「赤い」
「トマトだ」
「じゅーす?」
「中は少し水っぽいけど、野菜だ」
ユキは小さくかじった。
「……すっぱい。あまい。つめたい」
「どうだ?」
「うんみゃあ……でも、にくじゃない」
「そりゃそうだ」
ミーシャはキャベツを食べて驚く。
「しゃきしゃきする。少し甘いかも」
「おっ分かるか、その通りだ。生でも食べられる野菜だな」
トトはトマトを慎重に噛んで、少し笑った。
「口の中で水が出る」
「いい感想だ」
ニナはキャベツの断面を見ている。
「葉、重なる。丸くなる。構造、すごい」
「キャベツを建築物みたいに見るな」
次にフライドポテト。これは強かった。ユキが1本食べた瞬間、耳が立った。
「うんみゃあ!」
「早いな」
「これ、やさい?」
「ジャガイモだ」
「やさい、えらい!」
「一気に評価が上がった」
こびゃっこも小さなフォークで刺して食べる。
「ほほう、懐かしいの。芋を油で揚げる。これはよい。昭和の遊園地でも、こういうものを紙の容器で食うたのう」
「また懐かしい方向へ行った」
「ケチャップをつけるのじゃ」
「あるぞ」
「分かっておるではないか!」
ケチャップを出すと、こびゃっこは前足をワキワキさせた。
「赤き甘酸っぱい文明じゃ」
「ケチャップに壮大な肩書きをつけるな」
さつまいもの甘煮は、子供たちに大好評だった。
「甘い!」
ミーシャが目を丸くする。
「おいも、甘い」
トトも嬉しそうだ。ユキは真剣に食べた。
「これ、しあわせのいも」
「新分類だな」
「ホットミルクは、しあわせのおゆ。これは、しあわせのいも」
「なるほど」
こびゃっこが頷いた。
「さつまいもは偉大じゃ。石焼き芋屋の声を聞くと、財布が勝手に開く」
「神使の俗世生活、妙に生々しいな」
ナスの味噌炒めは大人組に好評だった。リーファが一口食べて頷く。
「これ、濃い味でご飯に合うわね」
「ナスは油と味噌に合うんだ」
マリベルも感心している。
「柔らかいですね。薬草とは違うけれど、体を温める料理として良さそうです」
すっかり米食に慣れたロクは、白飯をかき込みながら言った。
「これ、肉なしでも飯が進むっす」
「ロク、それはかなりの評価だな」
「でも肉も欲しいっす」
「正直でよろしい」
焼きとうもろこしは、香ばしい匂いで全員を引き寄せた。醤油風調味料を塗って炙ると、湖畔拠点に縁日みたいな匂いが広がる。
ユキが鼻をひくひくさせる。
「これ、いいにおい」
「とうもろこしだ」
「きいろい、つぶつぶ」
ユキはかじった。ぷちぷち、と音がする。
「うんみゃあ! つぶ、あまい!」
ニナは芯を見ている。
「粒、並ぶ。全部、同じ方向。すごい」
「ニナ、本当に見るところが職人だな」
こびゃっこはとうもろこしを抱えようとして、サイズ的に無理だった。
「大きすぎるのじゃ」
「切るか?」
「切るのじゃ」
「稲荷寿司の時は切るなって言ったのに」
「相手による」
「基準が自由だな」
最後はスイカ。切った瞬間、赤い果肉が現れた。子供たちが一斉に声を上げる。
「赤い!」
「水が多そう」
「種、ある」
ユキは両手で小さく切ったスイカを持った。
「これ、くだもの?」
「野菜でもあるけど、果物みたいに食べる」
「どっち?」
「難しい質問だ」
こびゃっこが得意げに言う。
「スイカは夏の王者じゃ。縁側、うちわ、蚊取り線香、そしてスイカ。種をぷぷっと飛ばすのが作法じゃ」
「最後の方は、作法じゃない」
ユキが目を輝かせた。
「たね、とばす?」
「飛ばさない」
「こびゃっこ、いった」
「こびゃっこは、昭和のお行儀の悪いお子様だったからな」
「びゃっこは守護神使じゃ!」
スイカを食べると、ユキの尻尾が揺れた。
「つめたい。あまい。みずいっぱい。うんみゃあ」
「気に入ったか」
「すいか、えらい」
「また偉い食べ物が増えた」
トトは種を丁寧に皿へ出している。
「これ植えたらスイカになる?」
「なる可能性はあるけど、ちゃんと育てるには管理がいる」
「畑、すごい」
「ああ。すごいな」
⸻
夕食後、俺たちは食堂で畑守り隊内の係を決めた。
水やりはミーシャと俺。葉や虫の確認はトトとリーファ。道具と小屋の整理はニナ。害獣確認はロク、畑守り隊副隊長でもあるミミとクロメ。畑監督はユキ。豊穣加護担当は隊長こびゃっこ。
「ユキ、かんとく」
「びゃっこは総監督じゃ」
「総監督?」
「偉そうな響きじゃろ」
「理由が薄い。隊長で充分だ」
ミーシャが笑った。
「じゃあ、ヒカルさんは?」
「俺は……畑初心者兼責任者かな」
こびゃっこが前足を上げた。
「違うぞ。ヒカルは何でも係じゃ」
「雑すぎる」
ユキがこくこく頷く。
「おっちゃん、なんでも」
「否定しにくいのがつらい」
マリベルが静かに笑った。
「でも、自給できるものが増えれば、拠点は強くなります」
リーファも頷く。
「野菜が育てば、長く暮らす場所という意味が強くなるわ」
ロクが外を見た。
「畑ができたってことは、守る範囲も増えるっす」
「そうだな」
俺は頷いた。
「明日から簡易柵と獣除けも考える。水場への小橋も必要だ」
また仕事が増える。だが、不思議と嫌ではなかった。畑は手間がかかるが、手間をかけた分だけ、ここが暮らしの場所になっていく。
白狐神の群れの家。その言葉が、少しずつ形になってきた。
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その夜。俺はいつものようにセミダブルのベッドへ入った。ユキは当然のように俺の右側。こびゃっこは枕の間の籐カゴベッド。
「今日は畑で疲れたから、みんな大人しく寝ような」
「うん」
「うむ」
返事はよかった。だが、夜中。
「やさい……こんじょう……」
「芋は裏切らぬ……」
「おっちゃん、にげるな……」
「スイカの種は飛距離が命じゃ……」
「寝ろ!」
俺は小声で突っ込んだ。ユキは俺の腕を抱きしめ、こびゃっこは籐カゴから半分はみ出していた。そして俺の胸には、今日も白い尻尾。
畑は豊かになりそうだ。俺の睡眠だけが、今日も不作だった。
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【収支報告】
異世界生活43日目
日付:五の月2日・第四曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:649,511 pt
今回の購入:
・追加支柱、防虫ネット固定具、苗札、園芸ひも、簡易柵用下見資材 210 pt(約21,000円)
・試食用キャベツ、トマト、ジャガイモ、さつまいも、ナス、とうもろこし、スイカ 85 pt(約8,500円)
・夕食用鶏肉、米、調味料、油、飲料、子供用ジュース 160 pt(約16,000円)
・畑用ジョウロ追加、軍手、虫よけ、手拭き用品、保存容器 95 pt(約9,500円)
今回支出合計:550 pt(約55,000円)
現在残高:
649,511 pt − 550 pt = 648,961 pt
円換算目安:
648,961 pt × 100円 = 約64,896,100円相当
続く




