第51話 白狐神、畑守り隊を結成する
ガランとドランを送ってから、湖畔拠点は少し静かになるはずだった。
「ブンブンブブブン、ブブブブン、ブンブン!ミミ号!仏恥義理なのじゃ!」
こびゃっこがミミの背中に乗って、湖畔の草地を直管コールしながら爆走し、昭和の暴走族と化している。
静かになったのは、主にドランの酒と工事とツチノコへの熱量である。
ロクとリーファは、夕方になって戻ってきた。バギーの音が湖畔の西側から近づいてきた時、ユキは祠の前でこびゃっこを抱えていた。
「ロク、リーファ、かえってきた」
「ああ。予定より少し早いな」
バギーが拠点へ入ってきた。ロクが運転席から降り、リーファも助手席から降りる。2人とも疲れてはいるが、表情は明るい。
「ただいまっす」
「戻ったわ」
「お疲れ。ガランたちは?」
「湖の東端側の街道に近い地点まで送ったっす。そこからマウンテンバイクで王国方面へ向かったっす」
「問題なかった?」
「はい。ガランさんもドランさんも、最初よりだいぶ乗り方が安定してたっす。ただ、ドランさんは最後まで『この二輪の馬、酒を積めんのが難点だ』って言ってたっす」
「馬じゃないし、旅立ちの目的が酒なのは分かってた」
リーファが苦笑した。
「それより、ヒカルさん。距離計を見た方がいいわ」
「距離計?」
俺はバギーのトリップメーターを確認した。往復距離から計算して、湖の南岸沿いに移動できる範囲だけでも、ここから東端近くまで約250キロメートル。
「……250キロ?」
思わず声が出た。湖だぞ。湖の端まで250キロ。
琵琶湖どころの話ではない。いや、俺の元世界の感覚で湖と言われると、徒歩や車で一周できるようなものを想像してしまうが、この世界の湖はスケールが雑すぎる。
「途方もなく大きいな」
俺が呟くと、リーファが真顔で頷いた。
「むしろ、バギーで半日ほどで戻ってこられる方が異常よ。普通ならこの距離は、馬でも何日もかかるわ」
「現代車両、やっぱり反則か」
「反則ね」
こびゃっこがミミの背中からふわりと浮いて、俺の肩に降りた。
「ヒカルの道具はだいたい反則なのじゃ」
「神使様に言われると説得力があるな」
「びゃっこは常識側じゃぞ」
「ぬいぐるみが日本酒飲んで、魔犬に乗って暴走行為してる時点で、常識側を名乗るな」
こびゃっこは、二本足で前足をワキワキさせた。
「細かい男じゃのう」
「大雑把な人間でも目に付く」
ユキは俺の袖をつかんだ。
「おっちゃん、みずうみ、おおきい?」
「ああ。すごく大きい」
「ユキの、むれのばしょも、おおきい?」
「拠点はまだ小さいな。でも周りはとんでもなく広い」
「むれ、ひろげる?」
「今は広げるより、まず足元を固める」
「だんどり」
「そう。段取り」
ユキが満足そうに頷いたところで、こびゃっこが急に俺の肩から顔を覗かせた。
「そういえば、ヒカルよ」
「なんだ?」
「畑はやらんのか?」
「畑?」
「そうじゃ。先代の守護者、橘宗一郎は盛んに畑をやっておったぞ。米、麦、豆、芋、野菜。湖畔の暮らしは畑で支えられておった」
俺は少し黙った。畑…。考えていなかったわけではない。ただ、住居、トイレ、風呂、洗濯、診療所、祠、ガレージ、報告、警戒、シオン救出……やることが多すぎて、畑まで手が回らなかった。
だが、食費を考えると無視できない。
今はポイントで何でも買えている。けれど、人数が増えれば消費も増える。こびゃっこまで大食漢だった。あの体積でどんぶり飯を要求する生き物は、家計に優しくない。
「……食費を浮かすには、確かに畑は必要か」
「うむ。しかも、びゃっこには豊穣の加護がある」
「豊穣?」
「作物の育ちを早める。今の力なら、成長をおおよそ倍にできるのじゃ」
「倍?」
俺は目を見開いた。
「作物の成長速度が倍って、かなりすごくないか?」
「すごいのじゃ。もっと褒めるがよい」
「ただ、まだ無理は出来ないんだろ?」
「もちろんじゃ。広すぎる畑はまだ無理じゃ。ユキも幼神三段になったばかりじゃし、びゃっこも本調子に戻りつつあるとはいえ、昼寝は必要じゃ」
「昼寝前提の豊穣神使」
「昼寝は神事じゃ」
「便利な神事が多いな」
俺は倉庫の設計スペースを見た。ガレージの図面。食堂ウッドデッキの図面。型枠、鉄筋、土間コンクリート。
やりたい。とてもやりたい。だが、今後の食糧事情を考えると、優先順位を変えるしかない。
「……工事はいったん図面作成で中断する。畑を作ろう」
「おっちゃん、はたけ?」
ユキが首を傾げる。
「野菜を育てる場所だ」
「やさい、うえる?」
「そう。食べるためにな」
「にくは?」
「肉は畑からは出ない」
ユキの顔が少し曇った。
「はたけ、よわい?」
「その判断基準やめような」
こびゃっこが胸を張る。
「芋は偉いぞ。稲荷寿司には米がいる。野菜は汁物にも入る。肉を支えるのが畑じゃ」
「にくを、ささえる?」
ユキの耳が立つ。
「そうじゃ。肉の隣に芋。肉の横に野菜。肉の下に米。つまり畑は肉の仲間じゃ」
「はたけ、えらい」
「こびゃっこ、今の説明かなり雑だが助かった」
俺は四十の手習いを開いた。
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【手習い候補】
園芸
必要魔石ポイント:900 pt
取得内容:
・家庭菜園基礎
・土作り
・畝作り
・苗の植え付け
・水やり管理
・追肥
・病害虫の基礎対策
・収穫時期の見極め
・簡易温室、育苗、支柱立て
関連ショップ:
種、苗、培養土、肥料、堆肥、支柱、防虫ネット、農具、草刈り機、耕運機、簡易物置、散水用品、園芸資材
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「園芸か」
畑というより家庭菜園から入るらしい。だが今の俺にはちょうどいい。いきなり農家スキルではなく、まずは手が届く範囲の畑だ。
「取得」
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【手習い:園芸を取得しました】
【園芸ショップが解放されました】
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知識が頭に流れ込む。
畑の場所。
水はけ。
日当たり。
畝。
苗。
肥料。
連作障害。
支柱。
防虫。
収穫時期。
頭の中が一気にホームセンターの園芸コーナーになった。
「……思ったより大変だな」
こびゃっこが呆れた顔をする。
「今、取得したのか?」
「ああ」
「おぬし、本当に反則じゃな。普通は数年かけて覚えることを、ぽんと買うでない」
「俺もそう思う」
「自覚があるならよい」
「よくはないが、助かってる」
まず何を植えるか決める。
ジャガイモ。
さつまいも。
トマト。
キャベツ。
ナス。
スイカ。
とうもろこし。
どれも使い勝手がいい。芋は腹持ちがいいし、トマトやナスは料理の幅が広い。キャベツは炒め物、汁物、サラダ。とうもろこしとスイカは子供たちが喜びそうだ。
園芸知識によれば、普通の栽培ではジャガイモはおおむね3か月前後、さつまいもは4か月以上、トマトやナスは苗からなら比較的早く収穫が始まる。
キャベツは品種によって差があり、とうもろこしも2か月半から3か月程度。スイカは受粉後の管理が重要で、実が大きくなってからが勝負らしい。
こびゃっこの豊穣の加護で倍に早まるなら、かなり違う。
「種からじゃなく、苗でいく」
「なぜじゃ?」
「早い。失敗しにくい。今は食料化が目的だ」
「よい判断じゃ。宗一郎も最初は苗から増やした」
「先代守護者と同じ方向なら安心するな」
「ただし、おぬしは道具を出しすぎる」
「そこは否定しない」
畑の場所は、拠点南側の小川の反対岸にした。
拠点本体からは少し距離があるが、水が近い。湖畔側より安全で、平らな土地もある。万が一、虫や匂い、土埃が出ても生活区と少し離せる。
「畑へはバギーで移動する」
俺が言うと、ロクが頷いた。
「南側なら、森の匂いも確認できるっす。パトロールにもなるっすね」
「そうだ。畑作業ついでに周辺確認もする」
リーファが地図を覗き込む。
「小川の反対岸なら、弓の射線も取りやすいわ。見通しがある場所を選べば、警戒もしやすい」
「じゃあ、場所はそこだな」
ユキが手を上げた。
「ユキ、いく」
「行く。ただし畑は泥がある」
「ながぐつ?」
「そう。長靴だ」
「こびゃっこも?」
こびゃっこが胸を張る。
「びゃっこは浮ける」
「ずるい」
「神使特権じゃ」
翌朝、俺たちはバギーで南側の小川を越えた。簡易の板橋はまだないので、浅い場所を選んで渡る。いずれここにもちゃんと橋を作りたい。工務店スキルが橋梁工事基礎を持っているせいで、やりたいことが増える。困る。
畑予定地に着くと、まず草刈りからだ。
俺は押して刈るタイプの草刈り機を出した。エンジン式ではなく、充電式の自走補助付き。音はそこそこするが、刈払い機より子供に近づける危険が少ない。
「これで草を刈る」
ニナがすぐに覗き込む。
「押す?」
「そう。押して進む。刃が下で回るから、近づかない」
「危ない」
「かなり危ない。ニナは今日は触らない。見るだけ」
「わかった」
ユキが監督ヘルメットをかぶって言う。
「あんぜんだいいち」
「その通り」
こびゃっこは草刈り機を見て、ふわふわ浮きながら前足をワキワキさせた。
「昔の芝刈り機よりずいぶんスマートじゃな。昭和の庭先なら、お父さんが汗だくで押しておったぞ」
「また昭和の庭事情が出た」
「縁側、麦茶、蚊取り線香。夏の三点セットじゃ」
「畑前に風情を出すな」
草刈り機を押して、畑予定地の草を刈る。刈った草は集めて、あとで乾燥させて敷き草に使う。園芸スキルが「捨てるな、使える」と主張してくる。
続いてツチノコで軽く整地する。
「ツチノコ、はたけ、つくる」
ユキが真剣に見守る。
「ツチノコの仕事がどんどん増えるな」
「ツチノコ、えらい」
「重機が拠点の功労者になってる」
地表の大きな石をどけ、軽く均す。畑部分はふかふかにしたいので転圧しない。転圧するのは、畑脇の通路と物置小屋の予定地だ。
物置小屋の場所には砕石を敷き、レーキで均す。ニナが赤いワゴン台車で砕石袋や道具を運ぶ。ミーシャとトトは小さなバケツで軽い石を運ぶ。
「重いものは持たなくていいぞ」
「これくらいなら大丈夫」
ミーシャが慎重に運ぶ。
「ぼく、こっち置く?」
トトも少し得意げだ。
「ああ。そこに頼む」
ニナはレーキを握り、真剣に砕石をならしている。
「平ら?」
「少し高い。手前に引いて」
「こう?」
「そう。上手いな」
「地面、考えること多い」
「多いぞ。水が溜まると困るからな」
こびゃっこがふわふわ浮きながら言った。
「ニナは筋がよいのう。宗一郎の時代なら、工房に弟子入りさせられておったぞ」
ニナが顔を上げる。
「工房?」
「道具を作ったり、直したりする場所じゃ」
「行きたい」
「今もう半分くらい工房にいるぞ」
俺が言うと、ニナは倉庫の方角を見て、少しだけ頷いた。
「たしかに」
「納得するのか」
砕石を敷いた後は、地面ぶるぶるの出番である。
「正式名称プレート転圧機だ」
俺が言う前に、ユキが言った。
「じめんぶるぶる、しゅつどう」
「負けた」
ドランがいないので、今日は俺が操作する。地面ぶるぶるが小屋予定地の砕石を締め固めていく。
ぶるるるるるる。
ユキが真剣に見ている。
「じめん、がんばってる」
「頑張ってるのは機械と俺だ」
「じめんも、がんばる」
「そうか。地面も参加者か」
こびゃっこが頷く。
「大地への敬意は大事じゃぞ」
「急に神使っぽいことを言ったな」
「びゃっこはもともと神使じゃ!」
小屋の基礎が整ったところで、12畳の物置小屋を設置する。農具、肥料、支柱、防虫ネット、収穫かご、散水用品を入れるためだ。畑のたびに倉庫から全部運ぶのは効率が悪い。
「配置指定展開」
収納から物置小屋を出し、基礎の上に置く。水平を確認し、アンカー固定の位置を決める。
ロクがぽつりと言った。
「ヒカルさんの収納、何回見ても反則っすね」
「俺もそう思う」
リーファが笑う。
「でも便利よね」
「そこなんだよな」
物置小屋が立つと、畑らしさが一気に増した。
次は耕運機だ。
俺は小型の管理機タイプの耕運機を出した。家庭菜園向けだが、パワーは十分。畑を広げるなら後で大きいものがいるかもしれないが、最初はこれでいい。
「これは土を耕す機械だ」
ユキが首を傾げる。
「つち、まぜる?」
「そう。ふかふかにする」
「つち、ふとん?」
「植物の布団だな」
「やさい、ねる?」
「寝るというか、根を張る」
「ねっこ」
ニナは耕運機の刃を見ている。
「回る。土、砕く。危ない」
「正解。絶対近づくな」
「安全第一」
「完璧だ」
耕運機を動かすと、固かった地面がほぐれていく。土の匂いが上がる。こびゃっこが目を細めた。
「よい土の匂いじゃ。懐かしいのう」
「先代の湖畔も、こんな匂いだったのか?」
「もっと広かった。畑も水路も家もあった。人の声と、エルフの歌と、鍬の音がしておった」
そう言った後、少しだけ沈黙が続いた。だが、こびゃっこはすぐに俺の肩へ飛び乗る。
「まあ、最初は小さく始めるのがよい。いきなり大農園をやると、ヒカルが過労で干し芋になる」
「俺を保存食にするな」
「干しヒカルじゃ」
「嫌すぎる」
畝を立てる。ジャガイモとさつまいもは別の畝。トマトとナスには支柱を用意する。キャベツには防虫ネット。スイカはつるを伸ばせる場所を広めに取る。とうもろこしは受粉しやすいように、1列ではなく複数列で植える。
「思ったより計画性がいるな」
「畑も段取りじゃ」
こびゃっこが言う。
「お前、段取りを完全に使いこなしてるな」
「ヒカルの口癖じゃからの」
苗はショップで購入した。
ジャガイモは芽出し済み種イモ。
さつまいもは根付きやすい苗。
トマト、ナス、キャベツ、スイカ、とうもろこしは定植適期の苗。
園芸スキルで鑑定すると、この世界の気候にも適応する「異世界対応仕様」と出た。便利すぎて少し怖い。
「苗、赤ちゃん?」
トトが聞く。
「植物の子供みたいなものだな」
「やさしくする」
「ああ。乱暴にしない」
ミーシャは苗を見て、少し緊張している。
「これ、本当に食べ物になるの?」
「時間がかかるけどな」
「みんなで育てるの?」
「そうだ」
ユキが胸を張った。
「むれの、やさい」
「そう。群れの野菜」
「にくを、ささえる」
「そこも覚えていたか」
植え付けは慎重に進めた。
ジャガイモは深さを見て植え、土をかける。
さつまいもは斜めに差し込み、しっかり水をやる。
トマトとナスは支柱を立てる予定位置を確保して植える。
キャベツは浅植え気味にして、防虫ネットの準備。
スイカは広めの場所へ。
とうもろこしは列を揃える。
ニナは植え付け位置をメジャーで測っていた。
「間隔、大事」
「そう。近すぎると育ちにくい」
「人も、近すぎると、ぶつかる」
「急に人生の真理みたいなこと言ったな」
ユキはこびゃっこを抱えて、畑の真ん中に立った。
「こびゃっこ、ほうじょう?」
「豊穣じゃ」
「ほうじょう」
「うむ。作物がよく育つように、少し力を貸す」
「ユキも?」
「ユキは祠と水の力がある。畑の水をきれいに保つ助けになる。だが、今日はびゃっこがやる」
こびゃっこはふわりと浮いた。
小さな白いぬいぐるみが、畑の上で前足を広げる。ふわりと淡い白金色の光が広がった。
派手ではない。爆発もしない。苗が一瞬で巨大化するわけでもない。ただ、植えたばかりの苗の葉が、少しだけしゃんと立った。
土の匂いがやわらかくなり、風が畑の上を撫でる。
ユキの耳がぴくりと動いた。
「やさい、よろこんだ?」
ユキが小さい声で言う。
こびゃっこは満足そうに頷いた。
「うむ。根付きやすくなった。成長も早まるじゃろう。ただし、世話を怠れば普通に失敗するぞ」
「魔法で全部解決じゃないんだな」
「当然じゃ。畑は毎日の世話が本体じゃ」
「耳が痛い」
「ヒカル、毎朝見るのじゃ。水、虫、葉の色、土の乾き。全部じゃ」
「仕事が増えた」
「それだけ食べ物も増える」
「確かにそれは強い」
ミーシャが畑を見回した。
「私、水やり手伝える?」
「もちろん。朝にやろう。やりすぎは駄目だから、量は決める」
トトが手を上げる。
「ぼく、葉っぱ見る」
「虫を見つけたら呼んでくれ」
「虫……」
トトの耳が少し倒れた。
リーファが笑う。
「私も見るわ。虫は弓で射ないから安心して」
「それは安心していいのか?」
ロクが鼻をひくつかせる。
「畑を荒らしそうな獣が近づいたら分かるっす」
「頼む。畑を荒らされると困る」
こびゃっこがミミの背中にふわっと降りた。
「畑守り隊、結成じゃ!」
ユキが目を輝かせる。
「はたもりたい」
「隊長は誰だ?」
俺が聞くと、ユキは少し考えた。
「こびゃっこ」
「当然じゃ」
こびゃっこが胸を張る。
「副隊長は?」
「ミミ、クロメ」
「魔犬が副隊長」
「ユキは?」
「かんとく」
「また監督が増えた」
ニナがぼそっと言う。
「私は、道具係」
「完璧な人員配置だな」
畑作業がひと段落すると、夕方近くになっていた。畑はまだただの苗の列だ。それでも、拠点の南側に新しい場所ができた。
住む場所。食べる場所。洗う場所。治す場所。祈る場所。そして、育てる場所。湖畔拠点が、また一つ暮らしに近づいた気がした。
帰りのバギーで、ユキが俺の隣で言った。
「おっちゃん」
「なんだ?」
「やさい、いつ、たべれる?」
「気が早い」
「にくを、ささえるの?」
「支えるまでには時間がかかる」
こびゃっこが後ろから言った。
「豊穣の加護で早くなるとはいえ、待つのも畑じゃ」
「まつ?」
ユキが眉を寄せる。
「ユキ、まつの、できる」
「本当か?」
「できる」
「昼飯の時も似たようなこと言って、30秒で『まだ?』って言ったよな」
「それは、にく」
「野菜なら待てるのか」
ユキは真剣に考えた。
「やさいは、ちょっと、まてる」
「ちょっとか」
こびゃっこが胸を張った。
「安心せい。びゃっこが見ておる。苗が怠けたら叱るのじゃ」
「苗は怠けないだろ」
「昭和の畑では、気合と根性で育てたものじゃ」
「作物に根性論を持ち込むな」
「水をやれ! 肥料をやれ! 太陽を浴びろ! そして立派な芋になれ! これぞ畑の青春じゃ!」
「スポ根農業やめろ」
ユキが両手を上げた。
「やさい、こんじょう!」
「覚えなくていい!」
その日、湖畔拠点に新しい合言葉が増えた。
安全第一。段取り。むれ、おなじ。そして、野菜、根性。……最後のやつだけは、早めに忘れてほしい。
でも、夜になってユキが寝言で小さく呟いた。
「やさい……こんじょう……にく、ささえる……」
こびゃっこも籐カゴベッドの中で、むにゃむにゃ言った。
「気合いじゃ……畑の魂じゃ……校庭10周……」
「スポ根を畑に混ぜるな」
俺は白い尻尾に胸を押さえられながら、天井を見た。
工事。祠。診療所。水。畑。四十歳から始める手習い生活は、ついに農業にまで手を出した。
無趣味だった俺の人生は、異世界に来てから趣味どころか職業欄が毎週増えている。
そのうち名刺を作るなら、こう書くしかない。
サコン・ヒカル。
白狐神保護者。
仮設工務店。
診療所補助。
料理係。
畑初心者。
……そして、寝床を白狐神幼女と守護神使に占拠される係。
最後は絶対に職業ではない。
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【収支報告】
異世界生活42日目
日付:五の月1日・第三曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:659,111 pt
今回の購入:
・手習い:園芸 900 pt(約90,000円)
・押して刈るタイプの充電式草刈り機、予備バッテリー、安全カバー類 680 pt(約68,000円)
・小型耕運機、予備爪、燃料・保守用品 1,450 pt(約145,000円)
・畑用12畳物置小屋、固定金具、棚、農具ラック 3,200 pt(約320,000円)
・砕石、砂、基礎ブロック、転圧用補助材、畑通路用資材 1,100 pt(約110,000円)
・鍬、レーキ、スコップ、移植ごて、ジョウロ、散水ホース、収穫かご 520 pt(約52,000円)
・支柱、防虫ネット、園芸ロープ、マルチ、苗札、園芸手袋 460 pt(約46,000円)
・ジャガイモ種イモ、さつまいも苗、トマト苗、キャベツ苗、ナス苗、スイカ苗、とうもろこし苗 380 pt(約38,000円)
・堆肥、苦土石灰、元肥、追肥用肥料、土壌改良材 720 pt(約72,000円)
・畑作業用長靴、子供用軍手、虫よけ、飲料補充、軽食 190 pt(約19,000円)
今回支出合計:9,600 pt(約960,000円)
現在残高:
659,111 pt − 9,600 pt = 649,511 pt
円換算目安:
649,511 pt × 100円 = 約64,951,100円相当
続く




