第50話 白狐神、群れを見送る
翌朝、ガランが俺に話を切り出した。
「ヒカル。そろそろ一度、オリエント王国へ戻る必要がある」
食堂タープの朝食後だった。空気が少し引き締まる。
「報告か」
「ああ。神務院、奴隷管理局、白狐神、こびゃっこ殿、祠、シオン。報告すべきことが増えすぎた」
「確かにそうよだな」
増えすぎである。異世界生活は、なぜこうも報告事項が渋滞するのか。
ガランは続けた。
「全員で戻るわけにはいかない。湖畔の守りも必要だ。俺とドランで行く。ロク、リーファ、マリベルは残る」
ロクが頷く。
「周辺警戒は任せてくださいっす」
リーファも静かに言う。
「森側と湖畔側は見ておくわ」
マリベルは診療所の方を見た。
「私は薬草と診療所を動かし始めたいです。アルノさんもまだ完全ではありませんし」
「助かる」
ドランは腕を組んだ。
「ワシも行くのは構わんが、基礎工事を途中で離れるのは惜しいな」
「…ドラン、相談がある」
俺はドランを見た。
「王国側で、職人を呼べないか?」
「職人?」
「ああ。大工、石工、鍛冶、土木に詳しい人。ただ給金は払えない。なんせこっちの通貨がないからな」
「ふむ」
「ただし、美味い酒と飯、作業服、こっちでは珍しい工具や道具は支給できる。もちろん、危険がある場所だから無理強いはしないが」
ドランの髭が動いた。
「酒と飯と工具か」
「露骨に反応したな」
「職人にとっては強い餌だ」
「言い方」
ガランも少し笑った。
「王国には腕のいい職人がいる。事情を説明し、信頼できる者だけを選ぶ必要があるな」
「頼む。無理なら無理でいい」
「いや、可能性はある。王国では絶対にありつけない美味いメシと酒。それに白狐神の拠点整備となれば、来たい者はいるだろう」
こびゃっこがふわりと机に乗る。
「職人には酒じゃ。美味い酒と肴は強い」
「急に現実的な神使だな」
「びゃっこは俗世を知っておるからの」
「俗世というか飲み会文化だろ」
そこで俺は、土産を用意することにした。まずは職人たちへ見せるための酒とつまみ。
ウイスキー。日本酒。ワイン。真空パックされたハム。サラミ。缶詰の焼き鳥など。
さらに、王への献上品。高級ハム。日本酒。高級ブランデー。ワイン。チョコレート。
「チョコレート?」
リリアが首を傾げる。
「甘い菓子だ」
こびゃっこが反応した。
「チョコとな!」
「まあ知っているよな」
「当然じゃ。板チョコ、麦チョコ、チョコ棒、チョコ以外にも、丸いラムネ瓶みたいな容器に入った菓子……特に駄菓子屋は宝物庫じゃった」
「昭和の駄菓子話か」
「駄菓子屋に来る童達の話では、遠足の菓子代は厳守だったそうじゃ。だから、知恵ある者は小さくて数が多い菓子を選んでおった」
「小学生の戦略だな」
試食用に板チョコレートを少し出す。子供たちには小さく割って、同じ大きさで配る。ユキ、ミーシャ、トト、ニナ。全員、同じ量。
ユキが口に入れた瞬間、耳がぴんと立った。
「……あまい」
「チョコだ」
「とける」
「そうだな」
「うんみゃあ……」
ミーシャは目を丸くし、トトは口の中で溶かしながら固まった。
「これ、お菓子なの?」
「そうだ」
ニナは真顔で言った。
「固い。口で溶ける。べんり」
「食べ物にべんり判定が出た」
リリアも一口食べて、言葉を失う。
「これは……貴族でも驚くと思います」
マリベルが頷く。
「薬ではありませんが、気分を上げる効果は確実にありますね」
「さすが医療担当の評価だな。確かにそういう効果も少しあるし、栄養価も高い」
ドランはチョコをつまみに酒を飲みそうな顔をしている。
「待て。全部食うなよ」
「む」
「むじゃない」
こびゃっこは小さな欠片を前足で掴み、口に入れた。
「うむ。懐かしいのう。駄菓子屋のガラス瓶、銀紙、当たりくじ……」
「それ以上語ると長くなるやつだ」
「チョコは文化じゃ」
「稲荷寿司も文化って言ってただろ」
「美味いものは全部文化じゃ」
「雑だが否定しづらい」
⸻
移動手段の話も問題だった。最初、バギーで王国方面へ戻る案も出た。だが、燃料、故障、道中での隠蔽、整備の問題がある。
「バギーは湖畔周辺のパトロール用にした方がいい」
俺が言うと、ガランも頷いた。
「同感だ。道中で動かなくなれば、逆に足手まといになる」
「なら、これだ」
俺はショップからマウンテンバイクを出した。頑丈なフレームに太めのタイヤ。変速付き。予備チューブ。空気入れ。修理工具。ヘルメット。
ドランが目を細める。
「これは……足で回す車か?」
「自転車だ。山道用だからマウンテンバイク」
ロクが耳を動かした。
「これ、音が少なそうっすね」
「ああ。燃料もいらない。故障しても修理しやすい」
ニナが一瞬で食いついた。
「ペダル。チェーン。ギア。べんり」
「見ただけで構造を追うな」
練習が始まった。まずガラン。さすがランクS。数回ふらついた後、すぐにバランスを取った。
「これは面白いな。馬より静かで、歩くより速い」
「ただし、下り坂で調子に乗ると危ない」
「分かっている」
次にドラン。問題は身長だった。
「サドルを下げる」
「もっと下げられんのか」
「これ以上は無理だ」
ドランは少し小さめのフレームに乗り、ぎこちなくペダルを踏んだ。
「おお、動くぞ!」
「前見ろ!」
「分かっておる!」
数秒後、ドランは草地に突っ込んだ。
ユキが叫ぶ。
「ドラン、ころんだ!」
「無事だ!」
ドランは草まみれで起き上がる。こびゃっこが腕を組んだ。
「補助輪が必要ではないかの」
「言うな」
「昭和の子供も通る道じゃ」
「そのネタは少し分かる」
ロクとリーファも練習した。ロクは速かった。というか、リーファが乗っているのを見て、途中から自転車と競走したそうな顔をしていた。
「ロク、乗れ。走って競うな」
「分かってるっす」
「顔が分かってない」
「自分、狼族っす」
「それを万能返答にするな」
リーファは慎重だったが、姿勢が綺麗だった。
「森の小道なら、これで見回りできそうね」
「ああ。湖畔周辺はバギー、森の細道や巡回は自転車で分けよう」
ニナは自転車を見つめていた。
「ニナはまだだぞ」
「見るだけ」
「本当か?」
「今は」
「今はって言ったな」
⸻
その夜は、ガランとドランの送別会になった。送別会といっても、永遠の別れではない。王国へ戻り、報告し、可能なら職人や情報を連れて帰ってくる。
夕食は少し豪華にした。虹マスの塩焼き。鶏の照り焼き。具沢山の味噌汁。ご飯。サラダ。つまみにハム、サラミ、チーズ。デザートに少量のチョコレート。
大人にはビールと缶チューハイと日本酒。子供達にはオレンジジュースを
出した。
ユキはガランとドランを見る。
「ガラン、ドラン、かえる?」
「一度な」
ガランが優しく答える。
「またくる?」
ドランも笑う。
「もちろんだ。まだツチノコも、鉄の骨入り石の工事も途中だからな」
「ドラン、かえってくる?」
「戻る」
「やくそく」
「ああ、約束だ」
ユキは少し考え、こびゃっこを抱き直した。
「おみやげ、もっていって」
「何をだ?監督」
「にくのこころ」
「抽象的だな」
こびゃっこが頷く。
「肉の心は大事じゃ」
「お前まで乗るな」
ドランは豪華に笑う。
「わかったぞ!その心、しかと貰い受けた!」
翌朝。ロクとリーファがバギーを出した。ガランとドランを乗せ、湖畔の最東端まで送るためだ。そこからはマウンテンバイクで王国方面へ向かう。
荷物は最小限。報告書。献上品。職人勧誘用の酒とつまみ。マウンテンバイク2台。修理工具。飲料水。携帯食。バギー用に予備燃料の携行缶も積み込んだ。
俺はガランに言った。
「無理はするな。危険なら戻ってくれ」
「分かっている」
ドランには工具セットを渡す。
「パンク修理は覚えたな?」
「ああ。穴を探して、貼って、空気を入れる」
「そうだ」
「この小さな空気入れ、面白いな」
「必要な時だけ使うんだぞ」
ユキは2人に手を振った。
「いってらっしゃい」
ガランが少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「ああ。行ってくる」
ドランも片手を上げる。
「土産話を持って戻る」
こびゃっこがミミの背中に乗って叫んだ。
「安全運転じゃ! 箱乗りするではないぞ!」
「お前が言うと説得力が迷子になる」
バギーがゆっくり走り出す。ロクが運転し、リーファが後方を警戒する。ガランとドランが乗り、荷台には自転車と荷物。
ユキは俺の袖を握った。
「おっちゃん」
「ん?」
「むれ、いって、かえる」
「ああ。そうだ」
「ユキ、まつ」
「ああ。待とうな」
湖畔の朝風の中、バギーは湖畔の岸を東へ向かっていった。拠点では、まだやることが山ほどある。
ガレージ基礎。食堂ウッドデッキ。診療所運用。薬草。祠。シオン。神務院。
でも今は、ひとつずつだ。段取りで動く。皆んなの群れは、少しずつ強くなっている。
そして、その群れの中心では、白狐神幼女と、寝起きの悪い守護神使と、やたら工具に強いドワーフ少女が、今日もそれぞれ好き勝手に成長している。
平和だ。……いや、平和というより、賑やかな工事現場だ。
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【収支報告】
異世界生活42日目
日付:五の月1日・第三曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:659,111 pt
今回の購入:
・職人勧誘用ウイスキー、日本酒、ワイン、ハム、サラミ、缶詰焼き鳥 520 pt(約52,000円)
・セイラム王献上用高級ハム、日本酒、高級ブランデー、ワイン、チョコレート 1,480 pt(約148,000円)
・試食用チョコレート、子供用菓子、保存容器 120 pt(約12,000円)
・マウンテンバイク4台、ヘルメット、空気入れ、予備チューブ、修理工具 1,920 pt(約192,000円)
・旅用携帯食、水筒、荷台固定具、防水バッグ、報告書用紙類 430 pt(約43,000円)
・送別会用食材、飲料、つまみ類 260 pt(約26,000円)
今回支出合計:4,730 pt(約473,000円)
現在残高:
659,111 pt − 4,730 pt = 654,381 pt
円換算目安:
654,381 pt × 100円 = 約65,438,100円相当
続く




