第49話 白狐神の肉同盟
こびゃっこが覚醒してから2日が経った。
祠の白木寝台で昼寝をし、夜はなぜか俺とユキの家へ来るようになった守護神使は、だいぶ本調子に近づいていた。
ただし、本調子に近づくほど、問題も近づいてくる。
「ヒカル。おかわりじゃ」
「もう4杯目だぞ」
「びゃっこは守護神使である。食べて守るのじゃ」
「体の大きさと食欲が釣り合ってないんだよ」
「どうせなら、どんぶりメシを出すのじゃ」
朝食のご飯を、茶碗代わりのお猪口で、何杯も平らげる白いぬいぐるみを見ながら、俺は軽く頭を抱えた。
ユキは隣で嬉しそうに、焼き魚をおかずにご飯を食べている。
「こびゃっこ、いっぱいたべる」
「そうじゃ。いっぱい食べるのは、えらいことじゃ」
「えらい」
「うむ。生まれた時からどんぶりメシじゃ」
「どっかの大衆食堂か」
こびゃっこは前足の指をワキワキ動かしながら、小さな箸で器用に漬物をつまんだ。
ぬいぐるみが箸を使っている。もう慣れた……とは言い切れない。
「で、昼寝は祠でいいんだな?」
「うむ。祠の白木寝台は昼寝にちょうどよい」
「夜もそこで寝ればいいだろ」
「夜はむれの時間じゃ」
ユキがこくこく頷く。
「よるは、むれ」
「そうじゃ。夜は群れで寝るものじゃ」
「お前たち、結託が早いな」
仕方なく俺は、ショップでお菓子を入れるような籐のカゴを買った。そこに小さなクッションと、小さな毛布を入れる。
「これでどうだ」
こびゃっこはカゴの中に入り、丸くなり、また伸び、前足で縁を叩いた。
「ふむ。悪くない。ここをびゃっこの夜城とする」
「ベッドだ」
「夜城じゃ」
「急に昭和の不良の溜まり場みたいにするな」
セミダブルのベッドには、俺の枕とユキの枕がある。その間に、こびゃっこ用の籐カゴベッドを置いた。
俺は思った。これで、ついにユキの尻尾から解放されるかもしれない。
真ん中にこびゃっこがいれば、ユキはこびゃっこを抱いて寝る。俺の腕を抱え込まない。袖をつかまない。朝、白い尻尾の海から生還する必要もない。
勝った。異世界生活41日目にして、俺は睡眠の自由を手に入れた。
……と思った。
翌朝。俺は胸と額に重さを感じて起きた。
「……おっちゃん、にげるな」
「いつものやつ!」
目を開けると、俺の右腕はユキに抱え込まれ、胸元には白い尻尾が乗り、俺の額にはこびゃっこが、大の字でうつ伏せに寝ていた。
「むにゃ……そこんとこ夜露死苦……仏恥義理じゃ……」
「寝言が昭和のヤンキーすぎる」
「おっちゃん、にげるなぁ……」
「ダブルで寝言か」
俺は天井を見上げたまま動けない。
睡眠の自由は、夢だった。
⸻
朝食後、ミミとクロメが祠の近くで妙に低姿勢になっていた。
2頭とも、こびゃっこをじっと見ている。耳を伏せ、尻尾を小さく振り、逃げるでもなく、近づくでもない。
「畏れてるのか?」
ロクが苦笑した。
「魔犬にも分かるんすね。あれ、ただのぬいぐるみじゃないって」
「ただのぬいぐるみではないぞ」
こびゃっこが胸を張る。
「びゃっこは守護神使である」
ミミが、そろそろと鼻を近づけた。こびゃっこは前足でミミの鼻をぽんと叩いた。
「よし。おぬしは良い犬じゃ」
「ミミ、いぬ」
ユキが言う。ロクが反射的に言った。
「自分、狼族っす」
「誰もロクの話はしてない」
そのあと、なぜかミミはこびゃっこを背中に乗せるようになった。最初はゆっくり。次に少し速く。最後には、湖畔の草地を走り回った。
「ゆけい、ミミ号! 白狐街道、仏恥義理じゃ!」
「暴走族ネタを魔犬に乗ってやるな!」
「びゃっこのマシンは、走り出したら止まらないのじゃ!」
「マシンじゃなく魔犬だ!」
クロメも負けじと走る。こびゃっこは途中でミミからクロメへふわっと浮いて飛び移った。
「こびゃっこ、すごい!」
ユキが拍手する。
ミーシャとトトも笑っている。ニナは真顔で言った。
「こびゃっこ、乗り換え、べんり」
「それは便利でいいのか?」
ロクは腕を組んでいた。
「魔犬訓練としては悪くないっす。乗せて走る、速度を合わせる、急停止しない」
「すごいな。遊びが訓練になる」
「ただ……」
「ただ?」
「自分もちょっと乗りたいっす」
「やめろ。狼族の尊厳がまた迷子になる」
「そ、そうっす。自分、狼族っす」
「今、自分で危ない方向に行ってたぞ」
⸻
昼前、俺は倉庫の作業台に向かった。こびゃっこの覚醒で、俺のセルフビルドは工務店スキル レベル1に発展した。
鉄筋コンクリート基礎。
型枠。
配筋。
土間コンクリート。
アスファルト舗装。
橋梁工事基礎。
できることが増えた。だが、できることが増えた分、勘とメモだけでは危ない。
「ちゃんとした設計図が欲しい」
工務店スキルは、頭の中で寸法や構造をかなり正確に組み立ててくれる。だが、他人に説明するには図面がいる。
「CAD、使えそうなんだよな……」
俺はショップを開いた。ノートパソコン。プリンター。印刷用紙。CADソフト入り。予備インク。机。椅子。LEDバーライト。衝立。
倉庫の一角を区切れば、設計スペースにできる。作業台とは別にしておけば、木くずや塗料からも多少は守れる。
「買うか」
少し高いが、今後の施工管理を考えると必要経費だ。購入して、倉庫内の一角に小さな設計スペースを作った。
机を置き椅子を置く。LEDバーライトを取り付けて、衝立で囲う。
ノートパソコンを開いてプリンターを接続すると、周囲がざわついた。
「何ですか、それ」
マリベルが目を丸くする。
「薄い箱っすね」
ロクが覗き込む。
「これはパソコン。計算したり、図面を描いたり、文字を打ったりする道具だ」
ニナが画面を見つめる。
「光る板」
「そうだな」
「べんり?」
「かなり便利だな」
ニナの目が光る。
すると、こびゃっこがふわりと浮いて、机の上に降りた。
「ほほう。パソコンか。びゃっこも使ったことがあるぞ」
「本当か?」
「うむ。昔の機械はの、もっと分厚くて、画面は小さくて、起動まで待たされてのう。マッキントッシュという、箱のような可愛い機械もあった」
「1980年代のMacの話か」
「白黒画面での。マウスをころころして、絵のようなものを押すのじゃ」
「GUIとマウスの話をのじゃロリ系ぬいぐるみから聞く日が来るとは」
こびゃっこはノートパソコンを前足でぺたぺた触った。
「しかし、なんじゃこれは。薄すぎるぞ。弁当箱より薄いではないか」
「今のノートパソコンだからな」
「ノート? 紙ではないのに?」
「そこから説明が必要か」
俺がCADソフトを開くと、画面に線が引かれた。
ニナが息を呑む。
「線、動く」
「寸法を入れると、正確に描ける」
「すごい」
ドランも近づいてきた。
「これで、例の鉄の骨を入れた石の基礎を描くのか」
「ああ。ガレージの基礎と型枠、それから食堂になるウッドデッキの設計を進める」
「食堂?ああそう言えばそんな話をしていたな」
「今のタープ食堂は仮だ。いずれ屋根付きの広いウッドデッキ食堂にしたい」
ユキが反応した。
「にくのいえ?」
「食堂だ」
「にくも、たべる」
「まあ、食べるな」
「じゃあ、にくのいえ」
「名称が限定的すぎる」
こびゃっこが頷く。
「よいではないか。白狐神肉殿」
「神聖さが一気に焼肉屋になる」
俺はまず、ガレージ予定地の図面を作った。
3連シャッター付き組み立て式ガレージ。バギー2台。ピックアップトラック1台。整備スペース。工具置き場。排水勾配。鉄筋コンクリート基礎。土間コンクリート。
「ここに鉄筋を入れる」
俺は画面を指した。
「コンクリートだけだと割れやすい。鉄筋を入れると、引っ張る力に強くなる」
ドランの目が輝いた。
「石に鉄の筋。やはり面白い」
「面白いけど、ちゃんと寸法を守らないと危ない」
「分かっておる。ワシは雑な仕事は好かん」
「頼もしい」
ニナが画面を見て、小さく言った。
「鉄の骨。石の肉」
「急に怖い表現になった」
こびゃっこは机の上で丸くなりながら言う。
「ヒカルよ。おぬし、また拠点を大きくする気じゃな」
「必要だからな」
「うむ。段取りは大事じゃ」
「お前、さっきから設計の邪魔しかしてないけどな」
「見守りじゃ」
「寝てるだろ」
「見守り寝じゃ」
新しい言葉を作るな。その時、プリンターが試し刷りの図面を吐き出した。
ウィーン、ガチャ、ガチャ。全員が驚き一斉に固まる。
「……紙、出た」
ニナが呟く。
「箱が、紙を産んだっす」
ロクが真顔で言う。
「産んでない」
ユキは目を輝かせて、出てきた図面を見た。
「おっちゃん、にくのいえ、うまれた?」
「だから食堂だ」
こびゃっこは机の上で胸を張った。
「命名、白狐神肉殿じゃ!」
「却下」
「むう。ならば、焼肉大明神――」
「もっと却下だ!」
俺は図面を手に取った。ガレージ基礎の設計図のはずなのに、なぜか周囲の視線は完全に“肉の家”へ向いている。
工務店スキルを得た俺の最初の本格設計は、どうやら新たなメンバーに加わったこびゃっこを含めた肉同盟から、焼肉屋扱いされることになった。
……違う。これはガレージだ。少なくとも、今のところは。
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【収支報告】
異世界生活41日目
日付:四の月30日・第二曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:662,941 pt
今回の購入:
・こびゃっこ夜用籐カゴベッド、小型寝具、ミニクッション 75 pt(約7,500円)
・ノートパソコン、CADソフト、プリンター、予備インク、印刷用紙 2,650 pt(約265,000円)
・設計作業用机、椅子、LEDバーライト、配線用品 520 pt(約52,000円)
・倉庫内設計スペース用衝立、整理トレー、保護カバー 180 pt(約18,000円)
・ガレージ基礎設計用資料、型枠・配筋参考資材、製図用品追加 310 pt(約31,000円)
・こびゃっこ用追加食器、保存容器、軽食類 95 pt(約9,500円)
今回支出合計:3,830 pt(約383,000円)
現在残高:
662,941 pt − 3,830 pt = 659,111 pt
円換算目安:
659,111 pt × 100円 = 約65,911,100円相当
続く




