第47話 白狐神と覚醒のこびゃっこ
薬草干し場が完成してから数日後。俺は倉庫の作業台の前で、腕を組んでいた。
作業台の上には、ノート、鉛筆、定規、木材、細工用工具。そしてショップで購入した宮大工関連の資料と、寺社仏閣の写真集が広げられている。
最初は、仮の祠を作るつもりだった。小さな木箱に屋根をつけて、神棚を入れて、湖畔祠予定地に置く。そんな感じでいいと思っていた。
だが、資料を見た瞬間、セルフビルドスキルが余計なやる気を出した。いや、余計ではない。必要だ。たぶん。
「……これ、ちゃんと作れるな」
俺はノートに図面を描いた。大きさは1メートル四方。中に三社造りの神棚。正面には扉。しめ縄。直径15センチの真鍮の鈴。そして鈴に付ける鈴緒。更に、ユキの希望で、神棚の前にこびゃっこ用の白木の小さな寝台。
「おっちゃん」
ユキがこびゃっこを抱えて覗き込む。
「こびゃっこ、ここで、おひるねできる?」
「祠の中だぞ?」
「こびゃっこもむれ。おひるね、いる」
「まあ……いいか」
神棚の前にぬいぐるみ用ベッド。神聖なのか、保育園なのか、少し分からなくなってきた。
ユキは満足そうに頷いた。
「こびゃっこの、ねるところ」
「はいはい」
ドランは図面を見て、髭を撫でた。
「ほう。台座は石で作るのか」
「ああ。高さ1メートルくらいの石材台座にしたい」
「なら、ワシの出番だな」
「頼む。石工の知識は助かる」
「任せろ。神獣様の祠だ。半端な台にはせん」
ユキが小さく首を傾げた。
「ユキ、さま、いや」
その一言で、周囲が少し静かになった。俺はしゃがんで、ユキと目線を合わせる。前にも説明したが、ユキにとっては、その辺の理解がまだ難しい様だ。
「ユキを偉そうに遠くへ置くためじゃない」
「ちがう?」
「ああ。ここは、ユキを崇める場所というより、みんなが手を合わせて、ここを大事にするための場所だ」
「むれのばしょ?」
「そう。群れの場所。ありがとうする場所。無事を願う場所」
ユキはこびゃっこを抱き直した。
「ユキは、ユキ」
「分かってる」
「おっちゃんは、おっちゃん」
「ああ」
「こびゃっこは、こびゃっこ」
「そこも大事だな」
ユキは少し考えてから、こくりと頷いた。
「なら、いい」
よかった。神様本人から施工許可が出た。神様本人という言葉がすでに変だが、考えたら負けである。
祠作りは1週間を予定した。まず1日目から3日目は、整地、台座、鳥居、手水舎だ。
湖畔祠予定地には、一本の木が立っている。湖を望む小高い場所で、住居からも食堂からも見える。風が通り、夕方には湖面の光がやわらかく届く。
「ここが、いい」
ユキがそう言った。
「じゃあ、ここだな」
俺はツチノコを出し、周囲を浅く整地した。大きく掘りすぎない。祠予定地は工事現場ではあるが、乱暴には扱いたくなかった。
ユキは青ライン入りヘルメットを被って監督。ニナは黄色ヘルメットを被り、ワゴン台車を引く。
ドランは石材担当。ガランとロクは周辺警戒。リーファは森側の確認。マリベルとアルノは薬草の確認を終えてから参加。リリア、ミーシャ、トトは白玉石や小物の準備を手伝う。完全に湖畔拠点の群れが総出する。
「おっちゃん、ここ、たいら?」
「うーん。もう少しだな」
「ツチノコ、がんばれ」
ツチノコに声援を送る神様。建設会社の安全ポスターにできそうでできない。地面を均し、砕石を敷き、ツチノコの排土板と、ドランとニナのレーキで均し転圧する。
すっかり担当となったドランが、プレート転圧機を見る。
「地面ぶるぶる、出番だな」
「その名前、定着させるな」
「ユキが名付けたのだろう?」
「まだ正式採用してない」
ユキが即答した。
「じめんぶるぶる」
「あっさり採用された!」
ニナが真顔で頷く。
「じめん、ぶるぶるして、しまる。べんり」
「ニナまで」
地面ぶるぶるは、正式名称プレート転圧機としての尊厳を失いながら、祠予定地をしっかり締め固めた。
ドランは石材で台座を組む。水平を取りながら、一つずつ積み、隙間を調整し、動かないように固定する。
「石は嘘をつかん。だが、こちらが雑だとすぐ怒る」
「石が怒るのか」
「割れる」
「それは怒ってるな」
高さ1メートルの石材台座が形になると、一気に祠らしくなった。
次は鳥居だ。組み立て式の屋外用木製鳥居。地上高約220センチ、笠木幅約197センチ。今はこういうモノも市販されていれる。既に朱色に塗装されている。それを見てリーファが目を細めた。
「この形、伝承にある神門と同じね」
「俺の世界の神社でよく見る形だ」
「やっぱり、白狐神の伝承は異界人の影響が強いのね」
「たぶんな」
鳥居の根元を埋める穴を掘り、柱を立て、水平と垂直を確認する。根元はコンクリートで固める。
コンクリートを練ると、ニナが凝視した。
「石のどろ?」
「乾くと固まる」
「石になるどろ」
「だいたい合ってる」
ドランが興味深そうに覗き込む。
「この材料、橋や基礎にも使えるのではないか?」
「使える。ただ、今のスキルだと、本格的な鉄筋コンクリートはまだ自信がない」
「てっきん?」
「中に鉄の骨を入れるんだ」
「石に鉄の骨……面白い」
「目が危ないぞ」
鳥居の根元を固める作業を終えると、ユキは鳥居を見上げた。
「おおきい」
「ああ。ちゃんとした鳥居だ」
「くぐる?」
「完成してからな」
「む」
「コンクリートが固まるまで待つ」
「だんどり」
「そう、段取り」
その横で、手水舎も作る。
簡易とはいえ、柱と小さな屋根を組み、水を入れる鉢、柄杓、給水タンクを置く。今はまだ普通の水だ。だが、参拝前に手と口を清める場所として使う。
「手水は、まず手を洗う。口をすすぐ。最後に柄杓の柄を流す」
俺が説明すると、ロクが真顔で聞いた。
「水飲み場じゃないんすね」
「違う」
「狼族でも?」
「種族関係なく違う」
「了解っす」
ユキは柄杓を持って、こびゃっこに見せた。
「こびゃっこ、て、あらう?」
「ぬいぐるみだから濡らすな」
「む」
手水舎、鳥居、石材台座。そこまでで3日。4日目から6日目は、倉庫で祠本体の制作だ。
祠の木材は白木を基調に、屋根や一部を赤と白で塗装する。中に入れる三社造りの神棚は、ショップ品を参考にしつつ、祠本体に合わせて固定できるよう調整した。
セルフビルドスキルが手元を支える。切る。削る。組む。合わせる。微調整する。
宮大工の資料を見ながらやっているので、正統派とは言い切れない。だが、素人が作ったにしては明らかに出来がよすぎた。
「……スキルって怖いな」
俺が呟くと、ドランが感心したように頷いた。
「これは良い。木の収まりが綺麗だ」
「ドワーフに見られると緊張する」
「安心しろ。ワシは石と金属の方が本職だ」
「木工も見て分かるだろ」
「まあ、分かる」
「緊張するじゃないか」
ニナは端材で小さな鳥居を組もうとしていた。
「ニナ、それ何だ?」
「練習」
「いいぞ。ただし刃物は慎重に使かう様に」
最近俺はニナに、カッターや小刀、ノコギリなど刃物の使い方を教えている。こういったモノは、絶対に触るなと言って遠ざけるよりも、実際に手で触れさせて、使い方や危険性を教えた方が良い。
「わかった。安全第一」
ユキはこびゃっこ用の白木ベッドを見て、目を輝かせた。
「こびゃっこの、べっど」
「本当に作ったぞ」
「おっちゃん、えらい」
「褒めてくれるか。ありがとう」
「どういらしまして」
「うん?今回は俺が言う側じゃないか?」
祠の中、三社造りの神棚の前に、こびゃっこサイズの小さな白木の寝台を置く。小さな敷き布も用意した。
ぬいぐるみ専用昼寝スペース付き祠。神聖さとユキの趣味感が、見事に融合している…のか?
最終日。祠を設置する日が来た。
朝から全員が集まってくれた。子供たちは、綺麗に洗濯されているいつもの服。ユキもいつもの白トレーナーとデニムサロペット。尻尾はふわふわに整えられている。リーファが朝から張り切ったらしい。
「しっぽ、きょう、えらい」
「尻尾が主役みたいに言うな」
「しっぽも、むれ」
「もう何でも群れだな」
石材台座の上に、祠本体を配置指定展開で慎重に置く。ぴたり、と収まった。
鳥居の外から祠まで、平板を敷き詰める。周囲には白玉石を敷く。朱色に塗られた鳥居、白と赤の祠、白玉石、湖畔の木、そして青い湖。
完成に近づくほど、空気が変わっていく気がした。そしてしめ縄を取り付け、真鍮の鈴を吊るす。鈴には鈴緒を垂らす。
祠の中に三社造りの神棚を納めた。神棚の前には、ユキ希望のこびゃっこ寝台。最後に、御神酒と供物を用意した。
米。塩。水。果物。稲荷寿司はまだ作っていないので、今日は油揚げと米を供えることにした。
ユキが覗き込む。
「こびゃっこ、ここで、ねる?」
「ああ。置いてみるか?」
「うん」
ユキはこびゃっこをそっと寝台へ置いた。白狐のぬいぐるみが、小さな白木の寝台にちょこんと乗る。
……妙に似合う。
「こびゃっこ、よかったね」
ユキは嬉しそうに笑う。俺は皆を集めて、参拝の作法を説明した。
「まず鳥居の前で軽く礼。真ん中は神様の通り道って考え方があるから、少し端を歩く。手水で手と口を清める。祠の前で、二礼、二拍手、一礼」
ドランが真面目に聞いている。
「酒はいつ飲む?」
「参拝中には飲まない」
「む」
「むじゃない」
ユキは少し不安そうに俺を見る。
「ユキ、れいされる、さま、いや」
「この間も言ったけど、これはユキを遠くへ置くためじゃない。みんながここを大事にするための礼儀だ」
「れいぎ」
「そう。ご飯の前にいただきますをするみたいなものだ」
「ごはん、ありがとう」
「そう」
「なら、する」
ユキは納得した。そして、最初にユキ自身が参拝することになった。
鳥居の前で、ユキは小さく頭を下げる。こびゃっこは、祠の中の寝台に置かれたまま。
ユキは手水舎で手を清め、俺の説明通りに祠の前へ進んだ。
鈴緒を両手で持つ。カラン。真鍮の鈴が、澄んだ音を鳴らした。
ユキは二礼する。小さな手を合わせて、ぱん、ぱん、と二拍手。そして、もう一度礼をした。
その瞬間、祠の中で、白い光がふわりと灯った。
「え?」
思わず俺の声が漏れた。見ると祠の中、こびゃっこの白いぬいぐるみが、淡く光っている。
ユキが顔を上げた。
「こびゃっこ?」
白い光は強くならず、やわらかく揺れた。
こびゃっこの耳が、ぴくりと動く。次に、尻尾がゆらりと揺れた。ぬいぐるみのはずの前足が、むにゅ、と伸びる。先端が指のように、ワキワキと動いた。
俺は固まり、全員が固まった。
こびゃっこが、ゆっくり起き上がる。つぶらな目が瞬き、口が開く。小さな歯が見え、舌も見えた。
「……口の中、リアル過ぎるだろ」
俺は思わず引いた。こびゃっこは、白木の寝台の上で、ふわあ、とあくびをしている。
「むにゃ……もう朝かの……。よっこいしょういち……」
「第一声が昭和の親父ギャグ!?」
こびゃっこは、まだ半分寝ぼけたまま、二本足で立とうとして、ころんと転がった。
ユキが目を丸くする。
「こびゃっこ、うごいた!」
こびゃっこは、もぞもぞと起き上がり、今度は四本足で立った。ぬいぐるみなのに、普通にトテトテ歩く。それから、ふわりと数センチ浮いた。
「浮いた!」
トトが叫ぶ。
こびゃっこは空中で小さく回り、祠の台座前へ降りた。そして、二本足で立ち、前足を腰に当てて胸を張った。
「びゃっこは守護神使であるぞ」
全員、沈黙。ユキだけが、満面の笑顔で駆け寄った。
「こびゃっこ!」
「おお、ユキ。よう育ったのう。まだ小さいが、よう頑張ったのじゃ」
ユキがこびゃっこを抱きしめる。
「こびゃっこ、しゃべった!」
「しゃべるとも。びゃっこは、ただのぬいぐるみではないからの」
俺は頭を抱えた。
「ちょっと待て。情報量が多い」
その瞬間、視界に表示が浮かんだ。
⸻
【白狐神ユキの神格が上昇しました】
白狐神ユキ
神格:幼神二段 → 幼神三段
【白狐神ユキの能力が成長しました】
追加・強化能力:
・浄化の神気
水、空気、軽度の汚れ、穢れを清める。
対象に鳥居印、祠、神棚、清浄な器などの「拠り所」がある場合、効果が安定する。
・鳥居紋結界 強化
低級魔物侵入抑制効果が上昇。
敵意ある接近への阻害効果が強化。
拠点内の精神安定効果がわずかに上昇。
・水場清浄補助
手水、飲用水、診療用水など、生活に使う水を清めやすくなる。
ただし大量の水や汚染の強い水は、拠り所と時間が必要。
・神気感知 微強化
嫌な匂い、怖い匂い、穢れた気配への反応が鋭くなる。
神務系魔力、隷属術式、呪的な拘束への違和感を覚えやすくなる。
・守護対象安定
ユキが「むれ」と認識する相手に対し、近距離で不安や恐怖を和らげる効果がわずかに上昇。
注意:
能力は幼神として成長途中。
連続使用や強い穢れへの干渉は疲労を伴う。
ユキ本人の意思と安心感が効果安定に大きく影響する。
⸻
「……浄化?」
続けて表示が浮かぶ
⸻
【サコン・ヒカルへの加護が上昇しました】
【セルフビルドが統合・発展しました】
工務店スキル レベル1 を取得しました。
取得内容:
・本格的な住宅施工管理
・鉄筋コンクリート基礎
・型枠施工
・配筋基礎
・土間コンクリート施工
・アスファルト舗装工事
・橋梁工事基礎
・排水路、側溝、擁壁施工基礎
・現場安全管理強化
【応急手当が統合・発展しました】
医療スキル レベル1 を取得しました。
取得内容:
・基礎診察補助
・外傷処置
・感染予防
・薬品管理
・衛生管理
・軽度急病対応
・診療所運用基礎
⸻
「……工務店?」
俺は表示を見て呟いた。
「医療スキルまで?」
ドランが覗き込もうとするが、表示は俺にしか見えていない。
「ヒカル、どうした?」
「ユキの神格が上がった。俺のスキルも変わった」
「何になった?」
「俺の方は、セルフビルドが工務店スキル レベル1に。鉄筋コンクリート工事、アスファルト舗装、橋梁工事もできる。ユキの方は…」
ドランの目が輝いた。
「鉄の骨を入れた石の工事か!」
「ああ。ガレージの基礎は、ちゃんとコンクリート基礎にできるぞ」
「面白い!」
「面白いで済む話じゃないけどな」
マリベルが聞く。
「医療スキルとは?」
「応急手当が医療スキル レベル1に統合された。診療所運用や感染予防、外傷処置が強化されたみたいだ」
「それは大きいです」
アルノも真剣に頷いた。
「薬草と合わせれば、この拠点の治療力が上がります」
こびゃっこは俺を見上げた。
「ほほう。ヒカル、おぬしのスキル、相変わらず反則級じゃな」
「相変わらず?」
「詳しい話は飯の後でよい。びゃっこは腹が減った」
「覚醒直後に飯要求か」
「四百年以上ぶりに口が動くのじゃぞ。まず食うに決まっておろう」
ユキが嬉しそうに叫んだ。
「こびゃっこ、ごはん!」
「そうじゃ。ごはんじゃ!」
こびゃっこの声は、活発な少女の様な声だった。話し方は残念系だが…。
「ヒカル。お主、今失礼な事を思っているじゃろ」
こうして、祠完成の日は、こびゃっこ覚醒の日になった。誰も予想していなかった。もちろん俺も、ユキも。
湖畔の祠で、白狐神の群れに新しい声が増えた。
⸻
【収支報告】
異世界生活38日目
日付:四の月27日・第六曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:682,511 pt
今回の購入:
・宮大工関連資料、寺社仏閣写真集、図面用ノート、製図用品 310 pt(約31,000円)
・祠本体用白木材、屋根材、細工用木材、塗装用品、金具類 3,450 pt(約345,000円)
・三社造り神棚、しめ縄、直径15cm真鍮鈴、鈴緒、御神酒用品、供物台 2,180 pt(約218,000円)
・こびゃっこ用白木寝台、小型敷き布、祠内部調整材 220 pt(約22,000円)
・石材台座用石材、固定材、砕石、砂、平板、白玉石 4,900 pt(約490,000円)
・屋外用組み立て式木製鳥居、基礎用コンクリート、固定金具、赤白塗料 4,250 pt(約425,000円)
・手水舎用木材、小屋根材、水鉢、柄杓、給水タンク、敷石 2,100 pt(約210,000円)
・作業期間中の食材、飲料、軽食、消耗品、作業手袋類 1,120 pt(約112,000円)
今回支出合計:18,530 pt(約1,853,000円)
現在残高:
682,511 pt − 18,530 pt = 663,981 pt
円換算目安:
663,981 pt × 100円 = 約66,398,100円相当
続く




