第46話 白狐神、薬草の昼寝場所を作る
診療所が完成した。
12畳の広さのユニットハウスの中には、白いベッドが3つ。薬棚。冷蔵庫。シンク。専用ポータブル電源。そして屋根のソーラーパネル。
どう見ても異世界の湖畔に突然現れたミニ診療所である。
「おっちゃん、ここ、いたいのなおすいえ」
「そうだな」
「ユキ、けんこう」
「健康な子は診療ベッドで昼寝しない」
「けんぴん」
「その係は廃止したはずだ」
ユキは診療所の入口で、こびゃっこを抱えたまま胸を張った。
「こびゃっこも、けんこう」
「ぬいぐるみの健康診断はしない」
「こびゃっこ、むれ」
「群れ判定が緩すぎる」
今日は診療所の隣に、薬草干し場と作業屋根を作る。
マリベルとアルノが見つけた薬草群は、鑑定でもユキの加護の影響を受けている可能性が出ていた。つまり、この湖畔には薬草が増えるかもしれない。ありがたいが、薬草は採って終わりではない。選別、洗浄、乾燥、保存が必要になる。
「薬草も洗濯物と同じで、干す場所がいるわけだ」
俺が言うと、リリアが真顔で頷いた。
「干す場所は大事です。濡れたままだと傷みます」
「洗濯物連合軍の次は薬草軍か」
トトが不安そうに聞く。
「薬草も、攻めてくる?」
「攻めてはこない。ただ、放っておくと駄目になる」
「じゃあ、守る」
「そうだな。薬草を守る場所を作る」
トトは少し背筋を伸ばした。
「ぼく、手伝う」
マリベルが優しく笑う。
「トトさんには、乾いた薬草を種類ごとに分ける係をお願いしたいです」
「種類、まちがえない」
「ええ。ゆっくり覚えましょう」
トトの耳がぴんと立った。役割をもらうというのは、子供にとって大きいらしい。
まずは診療所横の整地からだ。今回は大きな建物ではない。単管パイプで骨組みを作り、ポリカーボネートの波板で屋根をかけ、その下に薬草干し台と作業台を置く。
風通しがよく、雨が当たらず、直射日光を避けられる位置。
「薬草って、日光に当てればいいわけじゃないんだな」
俺が言うと、アルノが頷く。
「薬草によります。強い日差しで効能が落ちるものもあります。風通しのいい日陰が良いものも多いです」
「なるほど。薬草、繊細だな」
「はい」
ユキが薬草を見て言った。
「くさ、わがまま?」
「言い方な」
マリベルが笑いを堪えた。
「でも、少し合っていますね」
「合ってるのか」
ニナはすでに黄色ヘルメットと作業ベルト装備だ。赤いワゴン台車には、直交クランプ、自在クランプ、短い単管、ラチェット、ペンチ、メジャー、軍手がきっちり載っている。
ドランも一輪車を押して来た。
「ヒカル、今日は屋根作りか」
「ああ。ただし今回は薬草用だから、風通しと日陰が大事だ」
「屋根にも性格があるのだな」
「ある。風呂の屋根、物干し場の屋根、薬草の屋根、全部ちょっとずつ違う」
ユキが胸を張った。
「やね、みんなちがう」
「いいこと言うな」
「ユキ、かんとく」
「監督は今日も安全第一で頼む」
「まかせろ」
まず柱の位置を決める。地面に杭を打ち、水糸を張る。ニナがメジャーを持ち、真剣に距離を測る。
「ここ、同じ?」
「そう。左右同じ幅」
「ずれると?」
「屋根が曲がる」
「屋根、むーする」
「屋根がむーするかは分からんが、俺はむーする」
ニナは頷いて、慎重に位置を合わせた。
単管の柱を立て、ベース金具を固定する。下回りはニナもかなり慣れてきた。クランプを仮留めし、ラチェットで締める手つきが、もう普通に現場見習いだ。
カチ、カチ、カチ。
「締めすぎるなよ」
「止まったら、少し」
「完璧」
ドランが嬉しそうに髭を撫でる。
「ニナは筋がいい。将来は良い鍛冶師か、良い大工か、良い重機使いになるぞ」
「選択肢が全部現場系だな」
ニナは真顔で言った。
「ツチノコも、いつか」
「かなり先な」
「安全第一で乗る」
「その言葉を出されると強く止めづらい」
ユキ監督が横から言う。
「ニナ、まだ、みならい」
「う」
「ドランも、はしゃがない」
「ワシもか」
「ドラン、よく、はしゃぐ」
「監督、観察が細かいな」
午前中で骨組みの下半分ができた。
昼食は軽めに、おにぎりと味噌汁、それから昨夜の残り野菜を使った炒め物にした。ユキはおにぎりを両手で持っている。
「おにぎり、えらい」
「美味いだろ、それ」
「おにぎり、てにもてる」
「携帯性の評価か」
トトは小さめのおにぎりを食べながら、薬草の籠を見ていた。
「薬草、干したら、薬になる?」
「種類によるな。乾燥させて保存するもの、煎じるもの、粉にするものがあるらしい」
アルノが補足する。
「この葉は乾燥向きです。こちらの花は陰干しにします。根は洗ってから薄く切ります」
ユキが真顔で聞いた。
「くさ、いろいろ」
「そう。薬草も個性がある」
「くさのむれ?」
「また群れが増えた」
午後は屋根部分だ。脚立を使うので、ユキ監督の目が鋭くなる。
「おっちゃん、たかい。おちるな」
「はい」
「ドラン、あし、ふたつつける」
「片足立ちはせん!」
「ロク、えんばん、おわない」
「今日は追わないっす! 狼族っす!」
「誰も言ってないぞ」
ロクは少し離れた場所で警戒担当だ。だが、午前の休憩中にミミとクロメへフリスビーを投げていたら、また一度だけ反射的に取ってしまった。
誰も突っ込まなかったのに、自分で「狼族っす」と言っていた。
屋根は低めにしすぎると風が抜けない。高すぎると雨が吹き込みやすい。今回は診療所側を少し高く、外側を低くして、緩い片流れにした。
「水が流れる向きはこっち」
俺が説明すると、ニナが頷く。
「雨、すべる」
「そう。水を滑らせる」
「水の道」
「いい表現だな」
垂木を固定し、波板を乗せる。今回の波板は薄いブラウンの半透明。直射日光を少し和らげつつ、暗くなりすぎない。
ドランが脚立の上で感心する。
「この波型の板、軽いのに丈夫だよな。ぽ、ぽり...」
「ポリカーボネートだ」
「そう、そのかーぼねいと」
「俺も最初から説明できるほど詳しくない。透明で強い板、でいい」
「透明で強い板だな」
「雑だが正解」
ユキが下から言う。
「とうめい、つよい」
「ユキまで覚えた」
波板を釘で固定していく。コン、コン、コン。湖畔に音が響く。
ミーシャは作業台に並べる籠を拭いている。トトはアルノと一緒に薬草ラベルを作っていた。字の練習にもなる。
「これは?」
「乾燥開始日を書くんだ」
「日付?」
「そう。何の日に干したか」
「時計授業の次は日付授業だな」
アルノ先生の仕事がまた増えた。本人は少し嬉しそうだ。
薬草干し台は、木枠に網を張ったものを何段も重ねられる形にした。通気性がよく、虫除けネットも掛けられる。
ユキが網を覗き込む。
「これ、くさのべっど?」
「薬草の干し台だ」
「くさ、ねる?」
「寝るというか乾く」
「くさ、ひるね」
「もうそれでいいか」
トトが笑った。
「薬草、ひるね」
マリベルも微笑む。
「では、薬草が気持ちよく昼寝できるように並べましょう」
医療担当まで乗った。薬草干し場は、正式名称より「薬草の昼寝場」と呼ばれそうで怖い。
骨組みが完成したら、前回と同じく茶色に塗装する。金属の反射を抑えるためだ。ユキとニナはまた使い捨て防護服を着る。
「おっちゃん、また、ふくのふく」
「そうだ。服の服」
「ユキ、しっぽ、むー」
「塗料がつくよりいいだろ」
「がまん」
ニナは黙々と低い部分を塗る。ムラが少ない。ユキは塗るたびに自分の仕上がりを確認する。
「おっちゃん、ここ、ちゃいろ」
「塗ったからな」
「ユキ、ぬった」
「よく塗れてる」
「どういらしまして」
「褒めただけで返礼が来た」
塗装を終え、1日乾燥。その間に俺はガレージ予定地の基礎位置を確認した。
ユニットハウス群の北側、やや湖寄りの低い位置。バギー2台とピックアップトラックを停められる3連シャッター付き組み立て式ガレージを置く予定だ。
ガランが隣で腕を組む。
「車両を隠せるなら必要だな」
「ああ。雨風もあるし、見た目も目立つからな」
「黒い武装車両は特に目立つ」
「あれは最終手段だから、普段は出したくない。でも荷運びには使おうと思ってる」
ロクが鼻を動かす。
「ここなら森側の匂いも拾いやすいっす」
「警戒拠点にもなるか」
「なるっす」
ドランは地面を見て言った。
「ここも転圧するのだな?」
「する」
「地面を鍛えるのだな」
「また言った」
ガレージ基礎はまだ構想だけにする。診療所周りを先に完成させるためだ。
そして、もう一つ。湖畔祠予定地。
診療所から少し離れ、食堂や住居からも見える、湖を望む小高い場所。そこにユキとこびゃっこを連れて行った。
ユキはしばらく黙っていた。
「ここ?」
「ああ。湖畔の祠を建てるなら、この辺りがいいと思う」
「ほこら」
ユキはこびゃっこをぎゅっと抱いた。
「こびゃっこ、ここ、すき?」
ぬいぐるみは答えない。だが、ユキは真剣に頷いた。
「こびゃっこ、すきって」
「そうか」
俺は周囲を見た。丁度一本、木が生えているが、湖が見えて住居も見える。祠があれば、ここはただの拠点ではなくなり、白狐神の場所になる。少しだけ、空気が変わった気がした。
リーファも静かに言う。
「ここは良いと思う。湖と森と群れの場所を見守れるし」
ガランも頷いた。
「守る場所としても悪くない」
マリベルは診療所の方を見た。
「治す場所と祈る場所が近すぎず、離れすぎず、いい距離です」
ユキは俺を見上げる。
「おっちゃん、ほこら、つくる?」
「ああ。作る。ただ、順番にな」
「だんどり」
「そう。段取り」
「ユキ、まつ」
ユキがそう言った時、こびゃっこの白い布の耳が、ほんの少し揺れた気がした。気のせいか?
数日後、薬草干し場は完成した。茶色に塗られた単管パイプの骨組み。薄ブラウン透明の波板屋根。風通しのいい薬草干し台。作業台。種類ごとの籠。虫除けネット。乾燥日を書く札。水洗い用の小型シンクと排水バケツ。
トトは最初の薬草を、両手でそっと網の上に置いた。
「ひるね、してください」
俺は笑いそうになったが、我慢した。真剣なのだ。
ユキは横で胸を張る。
「くさ、ねる。くすりになる」
「かなり合ってる」
マリベルは穏やかに頷いた。
「ええ。ここから薬ができます」
アルノも薬草札を差した。
「カンソウ カイシ、4ノツキ12ニチ」
「字、きれい」
トトが言うと、アルノは少し照れた。
「ありがとう。トトさんも練習すれば書けます」
「書く」
こうして、診療所と薬草干し場は、合間の休日を挟みながら約2週間かけて形になった。
大きな町の診療所には遠いかもしれない。だが、湖畔拠点にとっては十分すぎる一歩だ。
怪我を診る場所。薬を作る場所。薬草を乾かす場所。そして休む場所。生き延びるための設備が、また一つ増えた。
夕方、食堂では豆腐入りの野菜スープと、虹筋マスの燻製試作、焼きおにぎり、そして大人には少しだけ缶ビールとチューハイを出した。
ユキは焼きおにぎりを持って言った。
「おにぎり、また、えらい」
「焼くとさらに偉いか?」
「こうばしい。えらい」
ニナは焼きおにぎりの焦げ目を見ている。
「表面、固い。中、やわらかい」
「料理の構造分析だな」
「おいしい」
「それが一番大事」
ドランは虹マスの燻製をつまみにビールを飲んだ。
「魚も酒に合う!」
「確かにつまみにピッタリだよな」
リーファは豆腐入りスープを飲んで、少し懐かしそうにした。
「やっぱり、森の古い食文化に似ているわ。豆腐に近いもの、記録を探せばあるかもしれない」
「異界人由来かもしれないな」
マリベルが頷く。
「豆腐は治療食にも良さそうです。胃に負担が少ない」
「ヘルシーだからな」
「健康的と言う意味ですよね」
ユキが首を傾げる。
「へるしー、にく?」
「肉にもヘルシーな食べ方はある」
「からあげは?」
「ヘルシーからは少し離れる」
「むー」
「でも美味い」
「からあげ、かみのにく」
「知ってる」
食堂に笑いが起きる。
夕食後ニナは、日中工事に使っていた赤いワゴン台車を引いて歩く。翌朝のランタン回収に備え、自分の家の脇に置く為だ。
ランタンの回収先は増えている。住居、食堂、トイレ、診療所内は、配線スイッチ式の照明を、直接ポータブル電源に繋いでいるので、薬草干し場に使う分。
「ニナ、回収先、増えたな」
「増えた」
「大変か?」
「順番、決める」
「おお、業務改善」
「ワゴン、べんり」
「役立って何よりだ」
ユキも後ろからついてくる。
「ニナ、らんたんかかり」
「ユキ、監督」
「こびゃっこは、みまもりかかり」
「こびゃっこまで役職持ちか」
湖畔拠点の夜に、アンティーク街灯風のポールライトがぽつぽつと灯る。
住居。食堂。水回り。倉庫。診療所。薬草干し場。最初は何もなかった湖畔に、生活の形が増えていく。
俺は祠予定地の方を見た。次はあそこだ。湖畔拠点はまだ仮の家だが、もうただの仮ではない。
群れが暮らし、食べ、洗い、治し、眠る場所。そして近いうちに、単純な信仰ではなく、祈る場所にもなる。
ユキが俺の袖を掴んだ。
「おっちゃん」
「ん?」
「ほこら、つくったら、こびゃっこ、よろこぶ?」
「ああ。喜ぶと思う」
「ユキも、よろこぶ」
「そうか」
「おっちゃんも?」
「ああ。もちろんだ」
ユキは満足そうに頷いた。
「じゃあ、みんな、よろこぶ」
その言い方があまりに自然で、俺は少し笑った。段取りはまだ山ほどある。ガレージ。拠点の祠。ユキがいた森の寝床の祠。オリエントへの報告。シオン救出。神務院。問題は増えるばかりだ。
でも、今夜だけは、診療所の灯りと薬草干し場の屋根を見ながら、少しだけ進んだと思うことにした。
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【収支報告】
異世界生活31日目
日付:四の月20日・第六曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:691,531 pt
今回の購入:
・薬草干し場用単管パイプ、直交クランプ、自在クランプ、ベース金具、固定金具 1,780 pt(約178,000円)
・垂木、薄ブラウン透明ポリカ波板、波板専用釘、サドルバンド、安全キャップ 1,240 pt(約124,000円)
・屋外用茶色塗料、刷毛、ローラー、養生用品、使い捨て防護服、塗装用手袋 680 pt(約68,000円)
・薬草干し台、木枠、乾燥用網、虫除けネット、薬草籠、保存瓶、乾燥日札 1,150 pt(約115,000円)
・薬草作業台、小型シンク、排水バケツ、洗浄用品、記録ノート、分類札 920 pt(約92,000円)
・ガレージ予定地確認用測量杭、水糸、砕石一部、基礎準備用品 620 pt(約62,000円)
・祠予定地確認用仮杭、白砂少量、清掃道具、仮囲い用品 360 pt(約36,000円)
・2週間分の食材、米、味噌、豆腐、魚保存用品、飲料、作業中の軽食類 1,850 pt(約185,000円)
・ランタン追加、診療所・薬草干し場用充電管理用品 420 pt(約42,000円)
今回支出合計:9,020 pt(約902,000円)
現在残高:
691,531 pt − 9,020 pt = 682,511 pt
円換算目安:
682,511 pt × 100円 = 約68,251,100円相当
続く




