第45話 白狐神と群れを治す家
休養日の翌朝。湖畔拠点は、また工事現場に戻った。
昨日は魚を釣り、サンドイッチを食べ、ミミとクロメとフリスビーで遊び、ロクがうっかり円盤を取って「狼族っす」と自己申告し、ニナが空のマヨネーズ容器を水鉄砲にした。要はまあ皆、楽しんだという事だ
そして今日は診療所だ。
「おっちゃん、きょうは、なにする?」
ユキは青ライン入りヘルメットをかぶり、こびゃっこを胸に抱えている。完全に現場監督である。
「診療所を作る」
ユキは少し真面目な顔になった。
「いたいの、なおすばしょ」
「ああ。そうだ」
「じゃあ、えらい」
診療所、朝イチから高評価を得る。
俺は食堂タープの裏側、ユニットハウス群の南側に立った。水回りに近く、食堂からも様子を見やすい。怪我人を運ぶにも、薬草干し場を隣に作るにも都合がいい。
「ここに12畳のユニットハウスを置く。診療所兼、製薬所だな」
ガランが周囲を見回して頷いた。
「守りやすい位置だ。森側から近づかれても見通しがいい」
「助かる。俺はつい水と排水ばかり見る」
「それも大事だ」
マリベルは真剣な顔で言った。
「専用の診療場所があるだけで、治療の質はかなり変わります。食堂の端で処置するのとは違いますから」
アルノも、少しずつ体力が戻ってきた顔で頷いた。
「薬草を扱うにも、乾いた棚と作業机が必要です。あと、患者さんが横になれる寝台も」
「ベッドは3つ置く」
「3つも?」
「ああ。怪我人が1人とは限らないし、休養にも使える。リリアやアルノみたいに、回復途中の人もいるからな」
リリアが小さく手を上げた。
「私は、もうだいぶ動けます」
「分かってるさ。だが大事は取ってくれ」
マリベルも重い一言。
「その通りですよ。リリアさん」
「……はい」
看護担当、やはり強い。
まずは整地だ。俺はミニバックホー、通称ツチノコを出した。
「ツチノコ!」
ユキが尻尾を振る。
「ツチノコ、しんりょうじょ、つくる」
「土台だけな」
ニナは黄色ヘルメットに作業ベルト、腰には短いラチェット。ワゴン台車には水糸、杭、軍手、水平器、小物類がきっちり載っている。
「ニナ、持つ」
「重いものはワゴンに載せてな」
「わかった」
ドランには一輪車を渡してある。この世界にも小柄な工事用荷車はあるらしいが、二輪で狭い所では扱いにくいらしい。
「ヒカル、この一輪の荷車はいいな。小回りが利く」
「大分慣れた様だな」
「当然だ。ワシはドワーフだ」
「その言葉、万能薬みたいに使うな」
ツチノコで表土を削り、砕石を入れ、転圧する。途中からドランが転圧機を担当した。
ぶるるるるるっ。
「おおおお! 地面が鍛えられておる!」
「またその表現か!」
ユキ監督が叫ぶ。
「ドラン、じめんだけ! ひと、ぶるぶる、だめ!」
「分かっておる、監督!」
俺の言葉よりユキ監督の言葉が効く。異世界でも肩書きがモノを言うらしい。
砕石をならしたあと、コンクリートブロックを並べる。水糸を張り、水準器で水平を見ると、ニナが横から覗き込んだ。
「泡、真ん中」
「そう。泡が真ん中なら水平」
「わかりやすい。べんり」
「これは本当に便利だな」
ユキも覗く。
「あわ、えらい?」
「水平を教えてくれるからな」
「じゃあ、あわ、えらい」
とうとう泡まで褒められた。白狐神の評価制度は幅広い。
昼を挟み、ようやく基礎が整った。俺は収納から12畳タイプのユニットハウスを配置指定展開する。
「入口は食堂側。窓は湖側と南側。高さは基礎に合わせて……展開」
空間が揺れた。次の瞬間、白い壁の大きめのユニットハウスが、ブロック基礎の上にぴたりと収まった。
ミーシャが息を呑む。
「また、家が出た」
トトも目を丸くする。
「今度の家、大きい」
ニナが短く言う。
「診る家」
「そう。診る家だな」
ユキはこびゃっこを掲げた。
「しんりょうじょ、できた!」
「まだ箱だけだ」
「はこ、できた!」
「まあ、それはそう」
中は清潔にしやすい床材にした。診療所は土足禁止だが、汚れを拭き取りやすいことが最優先だ。
「ここにベッド3つ。こっちに机と椅子。こっちが収納棚と薬棚。あっちにシンクと冷蔵庫」
「冷蔵庫?」
マリベルが首を傾げる。
「冷やして保存する箱だ。薬や冷やした方がいいものを入れる」
リリアが驚いた顔をした。
「氷室のようなものですか?」
「小型の氷室みたいなものだな。電気で動く」
ガランが腕を組む。
「また箱か」
「現代文明は箱が好きなんだよ」
「お前の世界は、箱に火を入れ、箱で水を温め、箱で服を洗い、箱で薬を冷やすのか」
「大体合ってるが、そう言われると急に変な文明に聞こえるな」
実際に冷蔵庫を購入する。ニナは冷蔵庫の扉を開けたり閉めたりした。
「開く。閉じる。中、冷たい?」
「電源をつなげば冷たくなる」
「冷たい箱、不思議。でもべんり」
「これは本当に便利だぞ。ただし開けっぱなしは禁止な」
「冷たいの、逃げる?」
「逃げる」
「じゃあ、閉める」
「理解が早いな」
ベッド3台を並べ、白いシーツを掛ける。収納棚には包帯、ガーゼ、消毒液、手袋、マスク、体温計、救急用品を入れていく。
これは俺からの提供だ。医療スキルがあるわけではないが、応急手当スキルとキャンプ、ドラッグストア系のショップで買える範囲でも、かなり揃えられる。
マリベルは棚の中を見て、少し息を呑んだ。
「これだけ清潔な包帯とガーゼがあるのは、本当に心強いです」
「足りなければ追加するよ」
「足りなくならないのが一番ですが……備えは必要ですね」
アルノは机の上に薬草用の記録ノートを置いた。
「薬草の種類、乾燥日、保存瓶、効能を記録します」
「アルノ先生、診療所でも先生だな」
「いえ、私はまだ……」
ユキが胸を張った。
「アルノせんせい、くすりのせんせい」
アルノは困ったように笑った。
「では、頑張ります」
次は水回りだ。診療所内のシンクに蛇口を取り付け、外に給水タンクを置く。排水管は床下から外部の排水タンクへ流す。
「治療前後は手洗い。薬草を扱う前後も手洗い。診療所の水はかなり大事だ」
マリベルは強く頷いた。
「その考え方はとても正しいです」
「俺の世界でも、手洗いは基本だった」
「基本であり、最重要です」
アルコールの消毒液も置こうかと思ったが、アルコールの説明をするとドランが興奮しそうなので、後にする。
外部に小型給水タンクを架台で置き、シンクへホースをつなぐ。排水は通常排水タンクと、薬品等、処置後排水用の小型タンクに分けた。医療系の汚れた水は生活排水と混ぜない方がいい。
鑑定を使う。
⸻
【鑑定結果】
名称:診療所用給排水設備
状態:仮設完了
注意:排水タンク容量、接続部の漏れ、定期廃棄
危険性:通常使用で低
備考:処置後排水を分けたことで衛生管理が向上しています。
⸻
「よし。漏れなし」
ユキが蛇口を見上げる。
「おみず、でる?」
「出るぞ」
蛇口をひねると、水が流れた。
「でた!」
「診療所の水だ」
「しんりょうじょの、おみず、えらい」
水も評価された。まあ実際、えらい。
最後に電源。診療所内に専用ポータブル電源を置き、照明、冷蔵庫、必要な小型機器をつなぐ。屋根にはソーラーパネルを載せるため、L型鋼材で架台を組む。
ドランが屋根を見上げた。
「また光の板か」
「診療所専用だ。冷蔵庫と照明を安定して使いたい」
「太陽に薬を守らせるわけだな」
「言い方が神話っぽいな」
ユキも空を見上げる。
「たいよう、しんりょうじょ、てつだう?」
「そうだ。太陽が手伝う」
「たいよう、えらい」
「太陽はかなりえらいな」
屋根作業は慎重に進めた。ドランが支え、俺が固定し、ニナが下から金具を渡す。ユキ監督は地上から安全確認をする。
「おっちゃん、たかい。おちるな」
「了解。監督」
「ドラン、うえで、はしゃぐな」
「はしゃいでおらん!」
「声がはしゃいでる」
「む……」
監督の観察眼が鋭い。
診療所本体の設置、給排水、電源、屋根ソーラーパネルまでで3日かかった。途中で半日休みも入れた。無理をして怪我人を出したら、診療所を作りながら診療所のお世話になるという本末転倒が発生する。
休みの日、ユキは診療所のベッドに寝転がっていた。
「ユキ、けんこう」
「健康なら寝るな」
「ねごこち、かくにん」
「検品しなくていいから」
トトもそっとベッドに触った。
「ここ、寝ても怒られない場所?」
「ああ。具合が悪い時に休む場所だ」
「具合、悪くなくても?」
トトは少し笑いながらユキを見る。
「検品はユキだけで十分だな」
「む」
ユキがベッドの上で胸を張る。
「ユキ、けんぴんがかり」
「その係、今すぐ廃止」
こうして、湖畔拠点に診療所ができた。白いベッド3つ。収納棚。薬棚。冷蔵庫。机と椅子。シンク。蛇口。排水管。外部給水タンクと排水タンク。専用ポータブル電源に屋根のソーラーパネル。
まだ薬草の干し場はこれからだが、治療のための家は形になった。
マリベルは診療所の入口に立ち、静かに言った。
「ここがあるだけで、安心感が違います」
アルノも頷く。
「薬草の整理ができれば、もっと役に立てると思います」
トトが小さく手を上げた。
「ぼく、薬草、手伝う」
マリベルが優しく笑った。
「ええ。トトさんの丁寧な手は、きっと向いています」
トトの耳がぴんと立った。
「丁寧、する」
ユキが胸を張った。
「トト、やさしいて」
トトは少し照れたように笑った。
俺は診療所の隣の空き地を見た。次は、そこに単管パイプで薬草の干し台と屋根を作る。骨組みを組み、塗装し、ポリカの波板を張る。完成まではまだ長い。
だが、湖畔拠点は少しずつ変わっている。眠る場所から、食べる場所へ。洗う場所から、治す場所へ。そして、その先には祠がある。
ユキがこびゃっこを抱えて、診療所の入口に立った。
「ここ、いたいの、なおすいえ」
「ああ」
「むれの、なおすいえ」
「そうだな」
俺は頷いた。白狐神の群れに、治すための家ができた。
⸻
【収支報告】
異世界生活20日目
日付:四の月9日・第二曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:726,401 pt
今回の購入:
・診療所用12畳高断熱ユニットハウス 14,800 pt(約1,480,000円)
・整地用砕石、砂、コンクリートブロック、基礎固定金具、水糸、水平調整材 1,450 pt(約145,000円)
・診療用ベッド3台、マットレス、白シーツ、薄手毛布、枕、防水カバー 3,900 pt(約390,000円)
・収納棚、薬棚、鍵付き保管箱、処置道具収納ケース 1,350 pt(約135,000円)
・診療机、作業机、椅子、丸椅子、記録用バインダー、筆記具追加 820 pt(約82,000円)
・小型冷蔵庫、温度計、薬品保管ケース 780 pt(約78,000円)
・シンク、蛇口、水道ホース、給水接続金具、排水管、排水継手 1,100 pt(約110,000円)
・外部給水タンク、専用架台、医療系排水用タンク、通常排水用タンク、防臭用品 1,950 pt(約195,000円)
・診療所専用ポータブル電源、防水ボックス、配線用品、LED照明、延長ケーブル 2,400 pt(約240,000円)
・屋根用ソーラーパネル、L型鋼材架台、固定金具、防水処理用品 3,200 pt(約320,000円)
・包帯、ガーゼ、消毒液、手袋、マスク、体温計、救急用品、薬品保管用品 2,600 pt(約260,000円)
・3日分の食材、飲料水、経口補水飲料、作業中の軽食類 520 pt(約52,000円)
今回支出合計:34,870 pt(約3,487,000円)
現在残高:
726,401 pt − 34,870 pt = 691,531 pt
円換算目安:
691,531 pt × 100円 = 約69,153,100円相当
続く




