第43話 白狐神、初めてペンキを塗る。
唐揚げを「かみのにく」と認定した夜から、3日が経った。
その3日の間に、湖畔の拠点はさらに工事現場らしくなった。風呂ユニット、洗濯ハウス、倉庫の屋根には、ソーラーパネル用の架台が取り付けられた。
最初は仮置きだったポータブル電源も、雨風を避けられるように屋外用収納箱や倉庫内へ移し、配線も保護管に通した。見た目はまだ開拓村なのに、電源まわりだけ妙に現代的である。
異世界の湖畔で、俺は何をしているんだろう。いや、生活基盤を作っている。たぶん。きっと。そう信じたい。
「おっちゃん、きょうは?」
ユキが青ライン入りヘルメットをかぶり、こびゃっこを抱えて俺を見上げた。
「今日は洗濯ハウス前の物干し場に屋根を作る」
「せんたくものの、いえ?」
「まあ、そうだな。洗濯物の家だ」
「せんたくもの、むれ?」
「そこまで広げるな」
ニナは黄色ヘルメットをかぶり、腰には小型作業ベルト。短いラチェットと小型ペンチが収まっている。赤いワゴン台車には、直交クランプ、自在クランプ、短い単管パイプ、メジャー、軍手がきれいに積まれていた。
かなり様になってきている。
「ニナ、準備できたか?」
「できた」
「今日も安全第一で」
「安全第一」
ニナは短く答えたが、目はすでに単管パイプを見ている。あれは職人見習いの目だ。7歳のはずなのに、たまに現場歴15年くらいの空気を出す。
ドランも作業ベルトをつけていた。
「ヒカル、今日はワシも屋根を組むのだな?」
「ああ。ただし脚立を使う。脚立の上で暴れるな。片足立ちもするな。屋根の上で酒の話もするな」
「最後は関係ないだろう」
「ドランの場合は関係ある」
ユキが胸を張った。
「ドラン、きゃたつ、あんぜん」
「分かっておる、監督」
「おさけ、あと」
「監督もそこを言うか」
リーファが横で笑っている。
「ユキ監督、だいぶ板についてきたわね」
「ユキ、かんとく。あんぜんだいいち」
「頼もしいわ」
まずは下回りだ。洗濯ハウスの前に、物干しスペースの範囲を決め、水糸を張る。そこに単管パイプで柱と下枠を組んでいく。
ニナは俺が指示した位置に短いパイプを運び、クランプを仮留めする。
「ここは直交クランプ。柱と横パイプを直角に固定する」
「直角」
「そう。こっちは自在クランプ。角度を少し変える時に使う」
「角度」
「分かるか?」
ニナは無言で頷き、ラチェットでカチカチと締めた。
カチ、カチ、カチ。音がやたら気持ちいい。
「締めすぎるなよ」
「止まったら、少し」
「そう。力いっぱいやると金具が傷む」
「わかった」
少し前まで、ニナは何でも「べんり」で片付けていた。今は、構造を見て、力加減を覚えている。成長が早い。ドランが感心したように髭を撫でた。
「ニナ、筋がいいぞ」
ニナは少しだけ胸を張った。
「工具、好き」
「ワシもだ!」
下回りは昼前には組み上がった。洗濯ハウス前に、単管パイプの四角い骨組みができる。まだ屋根はないが、これだけでも一気に工事感が出た。
ただ、問題が一つ。
「目立つな」
ガランが腕を組んで言った。
「金属の光が反射する。湖側から見れば、かなり目につく」
「だよな」
陽に当たった単管パイプは銀色に光っている。ここは追手や神務院を警戒している拠点だ。必要以上に目立つのはまずい。
「塗装するか」
俺は茶色の屋外用塗料、刷毛、塗装用トレイ、養生シートを出した。そしてユキとニナに、使い捨ての白い防護服を渡す。
ユキが広げた防護服を見て首を傾げた。
「おっちゃん、これ、なに?」
「塗料が服につかないようにする服だ」
「ふくの、ふく?」
「そう。服の上に着る服」
「むずかしい」
「俺も説明していて少し混乱した」
防護服を着たユキは、青ライン入りヘルメットと相まって、白狐神というより小さな現場作業員だった。こびゃっこは防護服の中に履いている、サロペットの胸ポケットに入れられている。
「しっぽ、すこし、むーする」
「汚れない為だ。少し我慢してくれ」
「しっぽ、よごれるのいや、がまんする」
「偉いぞ、監督」
ニナも防護服を着る。黄色ヘルメットだけが目立つ。
「ニナ、動きにくいか?」
「少し。でも下の服に塗料つかない」
「そうだ」
「べんり」
「これはべんりで合ってるな」
塗装開始。
俺とドランが高い部分を塗り、ユキとニナは低い部分を刷毛で塗る。ミーシャとトトは少し離れた場所で、リリアと一緒に刷毛洗い用の水や布を準備してくれる。
「ユキ、塗りすぎるな。垂れる」
「たれる?」
「こう、ぽたぽた落ちる」
「あ」
ユキの塗った場所から、茶色の塗料が一筋垂れた。
「たれた」
「だから言っただろ」
「おっちゃん、たれた」
「俺が垂らしたみたいに言うな」
ニナは丁寧だった。刷毛に少しだけ塗料をつけ、薄く伸ばしていく。
「上手いな」
「むら、いや」
「職人か」
ドランは豪快に塗りそうで意外と丁寧だった。ドワーフは細工に強いというのは本当らしい。問題は、塗りながら一輪車と転圧機とツチノコの話を始めることくらいだ。
「この単管も良いが、ツチノコの腕の機構は――」
「ドラン、集中してくれ」
「おお、すまん」
ガランとロクは湖畔を警戒しながらも、必要な材料を運んでくれる。リーファは森側の確認。マリベルは食堂でアルノとトトに薬草干しの注意を教えている。
リリアが言う。
「ヒカルさん、塗料の匂いが強いので、子供たちは長時間近づけない方が良いですね」
「ああ。少しやったら休憩にする」
ユキは不満そうに刷毛を握った。
「ユキ、まだぬれる」
「監督は休憩も仕事だ」
「きゅうけいも、しごと」
「そう。倒れたら工事が止まる」
「じゃあ、やすむ」
納得が早い。現場監督の教育も順調である。間に休憩を挟み塗装が終わると、単管の骨組みは落ち着いた茶色になった。銀色の反射が抑えられ、湖畔の景色にも少し馴染む。
「乾燥に1日置く」
「今日、屋根つけない?」
ミーシャが聞いた。
「ああ。塗料が乾いてからだな」
ニナが少し残念そうにする。
「屋根、明日?」
「明日だ」
ユキが胸を張る。
「だんどり」
「そう、段取り」
そして翌日、塗料はしっかり乾いていた。
今度は屋根の作業だ。まず、波板を固定するための垂木を単管の上に乗せる。普通なら専用金具を使うところだが、今回は水道配管用のサドルバンドを使って固定した。
「これは水道管を固定する金具だが、垂木を押さえるのにも使える」
ニナが見て頷く。
「違う使い方」
「そう。使える物は使う」
「工夫」
「おお、いい言葉だ」
まず俺が脚立に上がり、インパクトドライバーで単管と垂木を金具で固定し、見本を見せる。
続いてドランが脚立に上がり、俺が下から垂木を渡す。ニナは低い位置で金具とビスを準備。ユキは少し離れて腕を組み、監督らしく見守っている。
ドランがインパクトドライバーで垂木を取り付けていく。彼には前もってインパクトドライバーを使った練習をしてもらっている。
「しかし、この道具は本当に凄いな。あっという間に固定できる」
ニナが羨ましそうな目で見ている。
俺はニナに言った。
「流石にあのインパクトドライバーは、ニナの手には大きすぎるからな。後で力は弱いが、ニナの手の大きさでも使えるドライバーの使い方を教えるよ」
ニナの目が光った。
「本当?やった」
ユキがドランを注意する。
「ドラン、きゃたつ、ゆっくりおりる」
「分かっておる!」
「監督。その調子だ」
「うん」
薄いブラウンの透明波板を1枚ずつ乗せる。光は通すが、直射日光は少し和らぐ。雨も避けられる。洗濯物にはありがたい屋根だ。
専用の波板釘を打つ。波板の山部分に、パッキン付きの釘を使って固定していく。
コン、コン、コン。音が湖畔に響く。ニナが興味津々で見ている。
「釘、山に打つ?」
「そう。谷は雨水が溜まりやすい」
「水、入る。だめ」
「その通り」
「屋根、考えること多い」
「多いぞ。屋根は家を守るからな」
ユキがこびゃっこを抱え直した。
「やね、えらい」
「屋根はかなり偉い」
最後に、単管パイプの先端へ安全キャップをはめる。むき出しのパイプ端は危ない。引っかけたり、ぶつけたりすると怪我をする。
「これは絶対につける」
俺が言うと、ニナがすぐに頷いた。
「けが、だめ」
「そう」
「安全第一」
「完璧だ」
物干し竿を並べると、ようやく形になった。
洗濯ハウスの前に、茶色の骨組みと薄いブラウンの透明屋根。風通しがよく、雨を避け、目立ちすぎない。ちゃんとした物干し場だ。
リリアが手を合わせるようにして見ていた。
「これなら、雨の日でも干せますね」
「洗濯物の防御施設だ」
リリアが少し笑った。
「では、しっかり守りますね」
「頼りにしてる」
ミーシャは物干し竿を見上げる。
「ここに服を干すの?」
「ああ。洗った服をここに並べる」
「私もできる?」
「もちろん。背が届かないところは台を使おう」
トトが小さく言う。
「ぼく、洗濯バサミ係ならできる」
「重要な係だ」
ユキも屋根を見上げている。
「ユキのしっぽ、ほす?」
「ここで尻尾は干さない。風呂場で乾かす」
「リーファ、ふわふわにする」
「そうだな」
夕食は、皆でコロッケを作ることにした。じゃがいもを茹でて潰し、炒めたひき肉と玉ねぎを混ぜる。小判型に丸めて、小麦粉、卵、パン粉をつける。
リリアは俺の手順を真剣に見ていた。
「これも、ヒカルさんの世界の料理ですか?」
「ああ。家庭料理の定番だな」
「レシピを残してもよろしいですか?」
「もちろん。むしろ増やしていこう。リリアのレパートリーに入れてくれ」
リリアの目が少し明るくなった。
「はい」
ミーシャはコロッケを丸めるのが上手かった。トトは少し小さめの丸を作る。ニナは形が妙に正確だった。ユキは最初、こびゃっこサイズのコロッケを作ろうとした。
「こびゃっこ、たべる?」
「食べない」
「じゃあ、ユキがたべるのつくる」
「ユキの食べれるサイズでな」
揚げると、きつね色のコロッケが次々に並ぶ。かぼちゃのスープ、野菜サラダも用意した。
さらに晩酌のつまみに、俺はチーズちくわの甘辛炒めを作る。
「これは俺がスキルなしでも作れた数少ない料理だ」
ドランが身を乗り出す。
「酒に合うのか?」
「合う」
「採用だ!」
「早いな」
ちくわの穴にチーズを詰め、輪切りにして、醤油風調味料と砂糖で甘辛く炒める。香ばしい匂いが広がる。
ユキが鼻をひくひくさせた。
「これ、なに?」
「チーズちくわの甘辛炒め」
「ちーずち...ながい」
「名前は長いが美味い」
ユキは一口食べた。
「……うんみゃあ。むにむに、なか、とろ」
「食感が独特だろ」
「むにとろ」
「新しい食レポ語が生まれた」
ミーシャも食べて目を丸くする。
「中が伸びる」
トトは慎重に噛んで、少し笑った。
「おもしろい」
ニナは断面を見ていた。
「穴にチーズ入れる。熱でとける。おいしい」
「構造評価が入った」
ドランはビールを片手に力強く頷いた。
「これは酒に合う!」
「でしょうね」
ガランも静かに食べている。
「保存性は低いが、士気は高くなるな」
「また軍事評価か」
リーファはチューハイを飲みながら笑った。
「この拠点、食事で士気を上げすぎじゃない?」
「衣食住のうち、食が暴れてる自覚はある」
マリベルはコロッケを食べて頷いた。
「油物が続く日は量を見ましょう。でも、美味しいです」
「医療担当の冷静なブレーキ、助かる」
アルノも少しずつ食べていた。
「こういう料理、初めてです。外がさくっとして、中が柔らかい」
「体調が戻ったら、もっと食べられる」
「はい。楽しみにします」
夕食後、リリアはノートにレシピを書き込んでいた。
コロッケ。
かぼちゃのスープ。
チーズちくわ甘辛炒め。
湖畔拠点の料理帳が、少しずつ増えていく。
ユキは満腹で、こびゃっこを抱えながら物干し場を見た。
「おっちゃん」
「なんだ?」
「せんたくもののいえ、できた」
「ああ。できたな」
「むれのふく、ぬれても、だいじょうぶ」
「そうだな」
雨が降っても、洗濯物を干せる。夜道には灯りがある。風呂には湯が出る。トイレは水で流れ、屋根の下で飯を食べ、部屋で眠れる。
まだ仮だ。まだまだ足りない。でも、ここはもう、ただの湖畔ではない。白狐神の群れが暮らす場所として、少しずつ形を持ち始めていた。
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【収支報告】
異世界生活16日目
日付:四の月5日・第五曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:735,141 pt
今回の購入:
・風呂ユニット、洗濯ハウス、倉庫用ソーラーパネル架台追加固定材、配線保護材、屋外収納用品 2,450 pt(約245,000円)
・物干し場用単管パイプ、直交クランプ、自在クランプ、ベース金具、固定金具 1,850 pt(約185,000円)
・屋外用茶色塗料、刷毛、ローラー、塗装トレイ、養生シート、使い捨て防護服 620 pt(約62,000円)
・垂木、サドルバンド、水道配管用固定金具、ビス、釘、波板専用釘 780 pt(約78,000円)
・薄ブラウン透明ポリカ波板、安全キャップ、物干し竿、洗濯小物追加 1,150 pt(約115,000円)
・夕食用コロッケ材料、かぼちゃのスープ材料、野菜サラダ材料、米、飲料水補充 260 pt(約26,000円)
・晩酌用チーズちくわ甘辛炒め材料、缶ビール、缶チューハイ、子供用りんごジュース 240 pt(約24,000円)
・レシピ記録用ノート、筆記具、保存容器追加 80 pt(約8,000円)
今回支出合計:7,430 pt(約743,000円)
現在残高:
735,141 pt − 7,430 pt = 727,711 pt
円換算目安:
727,711 pt × 100円 = 約72,771,100円相当
続く




