第40話 白狐神、薬草を生やす
夕方前、ガランたちはバギーで湖畔のパトロールへ出た。
運転はガラン。助手席にリーファ。後ろにロク。ドランは乗りたそうにしていたが、今日は拠点側で単管練習の続きをすることになった。
「ワシも乗りたかった」
「明日な」
「ツチノコにも乗りたい」
「話を混ぜるな」
ガランたちは湖岸沿いをゆっくり進み、森の縁、浅瀬、小川周辺、獣道を確認する予定だ。追手の痕跡、魔物の動き、水鳥の群れ。何でも見ておきたい。
その間、俺とマリベルは診療所予定地を見ていた。廃村から湖畔に戻る途中、彼女と話し合い決めた案件だ。
食堂タープの裏側、ユニットハウス群の南側。水回りからも遠すぎず、静かで、風通しがいい。ここに12畳サイズのユニットハウスを置けば、診療所兼薬草作業場にできる。
「まだ早いかと思ったけど、アルノも回復してきたし、マリベルの薬草も増えてきたしな」
マリベルが頷く。
「治療と生活空間は分けた方が良いです。感染予防にもなりますし、薬草の保管にも向いています」
「だよな」
アルノは今日は少し顔色が良かった。杖代わりのトレッキングポールを持ち、マリベルに付き添われて小川の方へ散歩に出た。
「無理はするなよ」
「はい。少し歩く程度です」
「倒れたら強制回収だからな」
「収納ですか?」
「心配するな。担架だ」
それを聞いたアルノは少し笑った。
しばらくして、マリベルの声が小川の方から聞こえた。
「ヒカルさん!」
ただ事ではない声だった。俺は急いで向かう。ユキもこびゃっこを抱えて走る。ミミとクロメもついてくる。
「どうした?」
小川のほとり。そこに、見覚えのない草が群生していた。葉の形が少し丸く、茎に薄い銀色の筋が入っている。花はまだ咲いていないが、根元に淡い光のようなものが見えた。
マリベルはしゃがみ込んでいた。
「これ……薬草です。しかも、かなり希少な種類に似ています」
アルノも目を見開いている。
「貴族屋敷で扱ったことがあります。傷薬や解熱薬の材料になる草です。でも、ここまで群生しているのは見たことがありません」
「前からあったのか?」
マリベルは首を横に振る。
「初めてここへ来た時、この辺りは確認しました。その時はありませんでした」
リーファが、ちょうど戻ってきたバギーから降りて近づいた。
「ユキちゃんの結界の影響かもしれないわ」
「結界で薬草が生えるのか?」
ガランが言う。
「白狐神は土地を鎮める神格に近い。水と森と獣の気配が整えば、薬草が増えることはあり得る」
ユキは首を傾げた。
「ユキ、くさ、はやした?」
「笑う方じゃないやつかもな」
「?ユキ、くさのひと?」
「ユキはユキだ」
ニナがじっと薬草を見る。
「薬になる草。大事」
「これはべんりじゃないのか?」
ニナは真剣に考えた。
「大事。べんりより、だいじ」
「そうだな。便利より大事なものはある」
俺は鑑定を使った。
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【鑑定結果】
名称:白狐清根草
状態:良好
性質:白狐神ユキの神気と湖畔結界の安定化により発生した薬草群
効能:軽度の解熱、炎症抑制、外傷治癒補助
注意:根を取りすぎると群生が衰える。採取は葉と一部の茎を中心に行うこと。乾燥保存に向く。
備考:白狐神の安心度、神域安定度、水場の清浄性に影響を受ける。
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「……ユキの影響だな」
マリベルが息を呑む。
「やはり……」
アルノは静かに薬草を見つめていた。
「これがあれば、簡単な薬なら作れます。乾燥させれば保存も可能です」
「アルノ、詳しいのか?」
「以前いた貴族屋敷で、薬草の仕分けと管理をしていました。薬師ほどではありませんが、乾燥や保存、初歩的な調合なら分かります」
マリベルが微笑む。
「とても助かります。私と一緒に薬を作ってみませんか?」
アルノは少し驚き、それから小さく頷いた。
「僕でよければ」
その様子を見ていたトトが、そっと手を上げた。
「あの……ぼくも、手伝いたい」
マリベルが優しく言う。
「もちろんです。薬草は丁寧に扱う手が必要ですから」
「丁寧なら、できるかも」
「できますよ」
トトの耳が少し立つ。ミーシャがほっとした顔をした。
俺は決めた。
「診療所を作ろう。12畳サイズのユニットハウスを食堂の裏、南側に置く。薬草の棚、診察ベッド、机、道具棚。あと、隣に単管パイプで薬草干し台と作業場の屋根を作る」
ドランが腕を鳴らす。
「単管なら任せろ」
ニナも小さなラチェットを握った。
「ニナも、手伝う」
「手伝うが、安全第一な」
「安全第一」
ユキは薬草の前で胸を張った。
「ユキのくさで、みんな、なおす」
「そうだな。ユキの場所が、皆を助ける」
その言葉に、ユキは少し照れたようにこびゃっこを抱え直した。
その時、ガランがパトロールの報告をした。
「湖岸の水鳥が増えている」
「増えてる?」
「ああ。以前より明らかに多い。群れがいくつもある」
リーファが湖を見る。
「レイクサーペントがいなくなったからかもしれないわ。湖の捕食者が減れば、水鳥は戻ってくる」
ロクも頷く。
「匂いも多いっす。鳥、魚、小動物。湖畔が賑やかになってるっすね」
「食料としても期待できるか」
ガランが少し笑った。
「何羽か獲ってきた」
「早いな」
「ドランがいないので静かに狩れた」
「それは本人には言うな」
バギーの荷台には、水鳥が数羽あった。真鴨に似た鳥だ。羽の艶がよく、肉付きもいい。
ユキの耳が立つ。
「とり?」
「ああ。鳥だ」
「にく?」
「肉だ」
「きょう、にく?」
「夕食は唐揚げにしてみるか」
「からあげ?」
「ああ。美味いぞ」
「うんみゃあ?」
「楽しみにしてくれ」
ユキの尻尾が期待でふくらんだ。
湖畔は変わっている。水鳥が増え、薬草が生え、子供たちが笑い、重機すら名前を持った。
異世界に来てから、まともじゃないことばかりだ。だが、少なくとも今日は、少しだけ、未来の形が見えた。
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【収支報告】
異世界生活13日目・夕方前
日付:四の月2日・第二曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:756,451 pt
今回の購入:
・診療所用12畳ユニットハウス、簡易診察ベッド、机、椅子、薬品棚、保管棚 18,400 pt(約1,840,000円)
・薬草干し台予定地用単管パイプ、クランプ、干し網、作業台、乾燥用ざる 1,250 pt(約125,000円)
・薬草採取用ハサミ、手袋、布袋、分類ラベル、保存瓶 420 pt(約42,000円)
・バギーパトロール用燃料追加、荷台固定ロープ、野鳥運搬用保冷箱 360 pt(約36,000円)
今回支出合計:20,430 pt(約2,043,000円)
現在残高:
756,451 pt − 20,430 pt = 736,021 pt
円換算目安:
736,021 pt × 100円 = 約73,602,100円相当
続く




