第39話 白狐神、円盤を飛ばす
午後の後半。俺は洗濯室の前に立ち、まだ何もない空間を見ていた。
「ここに屋根付き物干し場を作る」
洗濯ハウスの前に単管パイプで骨組みを作り、ポリカーボネートの波板を張る予定だ。雨の日でも干せる。直射日光を避けられる。つまり部屋干しで、洗濯物が生活を支配する未来を少し遠ざけられる。
「洗濯物は強敵だ」
俺が呟くと、リリアが妙に真面目に頷いた。
「人数が多い家では、本当にそうです」
「分かってくれるか」
「はい。洗濯物は増えます。こちらの都合を考えずに」
「そう考えると怖いよな」
マリベルも腕を組む。
「必要な時は、治療用の布や包帯類も増えますからね」
「洗濯物連合軍だな」
トトが不安そうに聞く。
「洗濯物、攻めてくるの?」
「比喩だ」
「ひゆ?」
「たとえ話だな」
ユキが胸を張った。
「せんたくもの、こわい?」
「放っておくと怖い」
「じゃあ、やっつける」
「いや、洗うだけでいいから」
ニナはワゴン台車に短い単管とクランプを載せて運ぶ。これが本当に便利だった。重すぎる物は載せない。だが細かい材料や工具をまとめて動かせるので、移動回数が減る。
「ワゴン、働き者だな」
「ワゴン、えらい」
ユキが言う。
「ワゴン、むれ?」
「道具は群れに入るのか?」
「ツチノコも、むれ」
「重機が群れ入りした」
そうして、ドランも一輪車で材料を運び、洗濯ハウスの前に、材料の単管やクランプ、波板を置く。組み立ては明日から始める事にした。
作業の合間に子供たちがワゴンをじっと見ていた。乗りたい顔だ。ものすごく乗りたい顔だ。まあ、そうだよな。俺はため息をつく。
「作業が終わったから、乗って遊んでいいぞ」
ミーシャ、トト、ユキの耳と尻尾が同時に反応した。ニナは無表情だが、ワゴンの取っ手を握る手に気合が入った。
「ニナが引く」
「3人乗せると重いぞ?」
「だいじょうぶ」
「いや、無理するな」
ドランが笑う。
「ヒカル、さっきも言ったろう。ドワーフの子は強い」
「でも3人だぞ?」
試しに、ユキ、ミーシャ、トトがワゴンに座った。ユキはこびゃっこも膝に乗せている。
「こびゃっこも、のる」
「定員に入れるか迷うな」
ニナが取っ手を持ち、ゆっくり引いた。
動いた。
普通に動いた。
「……動くのか」
「動く」
ニナは真顔だ。
「三人いっぺん、べんり」
「いや、今べんりなのはワゴンというよりニナの腕力だ」
ユキがワゴンの上で両手を上げる。
「ワゴン、しゅっぱつ!」
「まるで遊園地の乗り物だな」
「ゆうえんち?」
「俺の世界の遊ぶ場所だ」
「ワゴン、ゆうえんち、つくる」
「だから工事予定を増やすな」
ミーシャは笑っていた。トトも最初は怖がっていたが、ゆっくり進むワゴンに慣れると、少しずつ笑い出した。こういう笑い声は、いい。工事音よりずっといい。
その横でミミとクロメが、楽しそうに尻尾を振っている。
俺はふと思いついた。
「そうだ。あれ、いけるか?」
収納からフリスビーを出す。柔らかめの犬用ディスクだ。
ロクが首を傾げる。
「何っすか、それ」
「投げて遊ぶ円盤だ。ミミとクロメが追いかけるかもしれない」
「円盤を追うんすか?」
「こういうのを犬は好きなことが多い」
「狼族として少し複雑っす」
「ロクには投げないから安心しろ」
「投げられても追わないっす!」
「ミミ!クロメ!」
そう言って俺がフリスビーを軽く投げると、円盤はふわっと飛んだ。するとミミが走りクロメも走った。2頭が同時に跳び、ミミが先にくわえた。
「おお!」
全員が驚いた。ユキの目が輝く。
「ミミ、すごい!」
ミミは嬉しそうに戻ってくる。クロメは悔しそうに周りを回っている。
「もう1回だ」
次はクロメが取った。ロクが感心した顔で言う。
「これは訓練にもなるっすね。走る、見る、取る、戻る」
「遊びながら運動になる」
「犬用っすか?」
「犬用だな」
「狼族としては複雑っす」
「何回複雑になるんだ」
ユキが手を上げた。
「ユキも、なげる」
「難しいぞ。手首をこう使う」
最初、ユキのフリスビーは地面に刺さった。
「む」
「円盤が畑を耕したな」
2回目は真上に飛んだ。
「おっちゃん、そらいった」
「戻ってくるぞ。頭に気をつけろ」
3回目。ユキは集中した。小さな手で円盤を持ち、俺の真似をして手首を返す。フリスビーは、ふわりと横へ飛んだ。
ミミが走る。ぱくっ。取った。
「とんだ!」
「おお、上手い!」
ユキは飛び跳ねた。
「ユキ、とばした! ミミ、とった!」
ミーシャもトトも交代でフリスビーを飛ばす。ニナは力加減が独特で、フリスビーがまっすぐ低空で飛んだ。クロメが全力疾走で取る。
「ニナ、投げ方が工業製品みたいだな」
「こうぎょう?」
「いや、褒めてる」
「べんり?」
「フリスビーにべんりは……まあ、遊びとしてはべんりか」
ひとしきり遊んだあと、俺はガランに話をした。
「湖畔の周辺確認に、バギーを使わないか?」
ガランが目を細める。
「パトロールか」
「ああ。歩くより範囲を広く見られる。湖岸、森の外縁、獣道、足跡。定期的に確認したい」
「悪くない。だが運転できる者が限られる」
「ガランは覚えた。リーファ、ドラン、ロクにも教えてくれ。もちろん無理はしない範囲で」
リーファが苦笑する。
「私も運転するの?」
「弓で偵察するなら、移動手段があった方がいいだろ」
「確かに」
ロクは耳を動かした。
「匂いの確認も広範囲でできるっすね」
ドランは一輪車を持ったまま言う。
「バギーもいいが、ツチノコも――」
「ツチノコでパトロールはしない」
ユキが頷く。
「ツチノコはつちのこ。みずべ、だめ」
「監督、判断が的確だ」
さらに俺は北側の少し低い位置を指した。
「あと、あっちにガレージを設置したい。バギー2台とピックアップトラックを停められる、シャッター3枚の組み立て式ガレージだ」
ガランが頷く。
「車両置き場か。雨風と視線を防げるなら必要だな」
「そう。まだ今日は場所決めだけ。基礎は後日だ」
湖畔拠点は、もう完全に「住む場所」から「管理する場所」へ変わり始めていた。そしてその中心で、ユキはミミとクロメにフリスビーを投げていた。
「ミミ、いくよー」
円盤が飛ぶ。ミミが走る。クロメも走る。ロクがぼそっと言った。
「……ちょっと追いたくなるっすね」
「本能か?い…」
「狼族っす」
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【収支報告】
異世界生活13日目・午後後半
日付:四の月2日・第二曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:758,226 pt
今回の購入:
・物干し場準備用単管パイプ、直交クランプ、自在クランプ、仮固定部材 1,120 pt(約112,000円)
・犬用フリスビー複数、予備ロープ玩具、魔犬用ブラシ 85 pt(約8,500円)
・ワゴン台車補強用マット、子供遊び用安全クッション 120 pt(約12,000円)
・バギーパトロール用燃料補充、携帯工具、地図用防水ケース、記録ノート 260 pt(約26,000円)
・組み立て式3連シャッターガレージ予定地用測量杭、水糸、砕石見積り用部材 190 pt(約19,000円)
今回支出合計:1,775 pt(約177,500円)
現在残高:
758,226 pt − 1,775 pt = 756,451 pt
円換算目安:
756,451 pt × 100円 = 約75,645,100円相当
続く




