第37話 白狐神、水回りに満足する
昼食後、午後の工事が始まった。
午前中に風呂、洗濯室、トイレの排水まわりはかなり進んだ。だが、水回りというものは、排水だけでは終わらない。
出す水。流す水。溜める水。捨てる水。水は便利だが、管理を間違えると急に敵になる。
元世界でも、水漏れは人間の心を折る。異世界で床下浸水など、絶対に経験したくない。
「午後は給水だ。大型タンクから水を分けて、風呂、トイレ、洗濯室に送る」
俺が言うと、ニナが黄色ヘルメットを押さえた。
「水の道、作る」
「そう。今度はきれいな水の道だ」
「間違えると?」
「やっぱり大惨事」
「大惨事、多い、ふべん」
「水回りはそういうものだ」
給水側は、大型給水タンクから分岐配管を作る。
タンクの下にメインバルブ。その先に分岐。風呂、トイレ、洗濯室へゴムホースで接続する。固定配管にしすぎると、タンクを外す時に困る。そこで、タンクと分岐配管の間はフレキシブル配管にした。
「これは曲がる管だ」
俺が見せると、ニナが触りたそうにした。
「触っていいぞ。まだ水は通してない」
ニナは慎重に曲げる。
「曲がる。折れない。べんり」
「そう。給水の時、俺がタンクを収納して湖の近くまで持って行く。そのために、外しやすくする」
ガランが眉を上げる。
「タンクを持って行くのか?」
「収納でな。空に近い状態なら楽に動かせる。湖の近くで水を入れて、戻す」
「なるほど。水を運ぶのではなく、器を運ぶのか」
「そういうこと」
湖水近くでタンクを収納から出す。3,000Lの大型タンクだ。空でもでかい。水を入れたら、もう完全に小さな塔である。
工事用のディーゼル発電機を作動させ、バケツにポンプを入れ、湖の水中に沈めてから作動させる。
直接湖底へポンプを置くと、泥や水草、小石を吸い込みやすい。バケツを水中に沈め、その中にポンプを入れれば、大きなゴミを吸いにくい。
「バケツ? これ、何のため?」
ミーシャが聞く。
「ポンプがゴミを吸わないようにするためだ」
「ゴミを吸うと壊れる?」
「壊れるし、水も汚れる」
ニナが頷く。
「ポンプ、守る。べんり」
「正解」
ドランが発電機の音を聞きながら腕を組む。
「この箱も力を出しておるのか」
「燃料を燃やして電気を作ってる」
「箱の中で火。風呂も箱の中で火。お前の世界は火を箱に入れすぎではないか?」
「言われてみれば、今日だけで火の箱が増えたな」
ガランが真面目に頷く。
「火を箱に入れて管理する。軍事的にも恐ろしい思想だ」
「そこで軍事に行くな」
タンクへ水が入り、一旦収納。給水タンク専用の高さ150cmある架台に、収納スキルの配置指定で設置する。
タンクと分岐配管を繋ぎ、各設備への給水テストを行う。
まず風呂。蛇口を開ける。水が出る。
ユキが跳ねた。
「ふろ、みずでた!」
「お湯はあとで出すからな」
「おゆ、あと」
「そう」
次に洗濯室。設置した3台の洗濯機へ給水ホースをつなぐ。試しに1台だけ水を入れる。問題なし。
リリアが洗濯機を見つめている。
「これが、洗う機械……3台も」
「人数が多いからな」
ミーシャが洗濯かごを持つ。
「濃い色と薄い色も分けるんだよね」
「そう。よく覚えてたな」
ミーシャの耳が少し立った。
トトは洗濯バサミを見ている。
「これ、噛むやつ?」
「洗濯物を噛むやつだ」
ユキがこびゃっこを隠した。
「こびゃっこ、かまれない」
「さっき、挟もうとしてたのはユキだろ」
「しらない」
「しらないじゃない」
次にトイレ。手洗い場の蛇口から水が出る。便器側の給水も確認する。排水槽側も漏れなし。
マリベルが真剣に頷いた。
「これは本当に大きいです。人が増えるほど、衛生設備は重要になります」
「俺もそう思う」
午後には、倉庫用12畳プレハブも配置した。工具棚、ヘルメットラック、充電式電動工具やランタン充電台を置く。
ユキは青ライン入りヘルメットを大事そうにラックへ掛けた。
「かんとくのばしょ」
「そうだ」
ニナも黄色ヘルメットを掛ける。
「安全第一の場所」
「いいな」
ドランが転圧機を見て言う。
「地面ぶるぶるの場所も作るか」
「作らない。あれは収納する」
「む」
「むじゃない」
それから、皆に使い方の説明を行う。いよいよ現代設備のリアクション祭りが始まった。
まず洗濯室。洗濯機の試運転をする。水が入り、洗濯槽が回り始めた瞬間、リリアが固まった。
「……布を、水の中で、勝手に回している?」
「そう。洗ってる」
「手で揉まなくても?」
「洗剤を入れれば、ある程度はな」
「洗濯板も、たらいも、井戸との往復も……?」
「全く要らない」
リリアは洗濯機を見つめたまま、しばらく黙った。
「……ヒカルさん」
「何だ?」
「これ、貴族屋敷に置いたら、家政婦長が泣きます」
「良い意味で?」
「良い意味で、です」
ミーシャが洗濯機の中を覗き込む。
「服が踊ってる」
「踊ってるように見えるな」
トトは少し不安そうに言った。
「見てると目が回らない?」
「ついジッと見ちゃうんだよな。でも、そこまでならないから大丈夫」
ユキが真剣に頷いた。
「ユキも、つよいから、だいじょうぶ」
「そういう機械じゃないから」
ニナは洗濯機の中を見て、スイッチを見て、排水ホースを見た。
「水が入って。ぐるぐるして、出る。よくできてる」
「かなり大雑把だが、正確な説明だ」
「これは、べんり」
「ああ。これは本当に便利だ」
マリベルは完全に治療担当の顔だ。
「包帯や寝具を分けて洗えるのは大きいですね。感染予防にもなります」
「洗濯室は衛生の要だな」
リリアは洗濯機の前で深く息を吸った。
「覚えます。必ず」
「1人で全部やらないでな。チームでやる」
「はい」
次は仮設トイレだ。
手洗い場付きの仮設トイレ。水栓式。使い方を説明して、試しに水を流す。
ざあっ。トトがびくっとした。
「水が、持っていった」
「そう。流すんだ」
ニナが便器とレバーを交互に見る。
「押す。流れる。べんり」
「これは生活の革命だぞ」
ロクが真顔で言う。
「匂いが残りにくいのは助かるっす。鼻が利く種族には、かなりありがたいっす」
「切実だな」
「切実っす。夜中に誰が使ったか分かるの、気まずいっす」
「それ引くわ。急に生々しい話をするな」
ドランは腕を組んだ。
「水で流す厠か……。贅沢すぎる」
「でも人数が多いと必須なんだよ」
「確かに、酒場でも欲しいな」
「話を酒に持ってくな」
「いや、酒場こそ重要だぞ。飲む。出る。混む」
「やめろ。理解したくないのに理解できる」
次は風呂ユニット。プロパン給湯器、給水ホース、排水管、電源、防水ボックス。全部確認する。
俺が蛇口をひねる。最初は水。次に給湯器が動き、少しして湯になった。
ユキが叫ぶ。
「おゆ!」
リーファも驚いた。
「火を見せずに、お湯になるのね」
「給湯器の中で燃えてる」
ガランが遠い目をする。
「火を箱に閉じ込めて、水だけ熱くして出すのか」
「だいたい合ってる」
「お前の世界は、箱に何でも閉じ込めるな」
「言われてみればそうだな」
ドランが真顔で言う。
「酒も箱に入れるのか?」
「紙パック...箱の酒はある」
「やはり火も酒も箱か」
「変な共通点を見つけるな」
ニナは給湯器をじっと見ている。
「火の箱。見るだけ?」
「見るだけ。これは危ない。動いている間は熱を持つからな」
「わかった。安全第一」
「よし」
ミーシャとトトがシャワーを見ている。以前、廃村でシャワーは体験済みだ。
「シャワーって雨みたい」
「小さい雨だな」
「不思議。家の中で雨……」
ユキは尻尾を抱えた。
「しっぽ、あらえる?」
「ああ。今日はしっぽも洗える」
「ふろ、えらい!」
その評価は全員一致だった。
「よし。夜には風呂を使える」
ユキの耳が跳ねた。
「ふろ!」
「順番な」
「しっぽ、あらう」
「はいはい。尻尾もな」
夕食は、昨日のビーフシチューの残りを温め直し、焼きソーセージとパン、野菜スープを足した。今日は全員疲れている。凝った料理より、すぐ食べられるものがいい。
ユキはシチューを見て嬉しそうに言った。
「きのうの、にくのしる」
「残り物ですまん。今日もビーフシチューな」
ガランが静かに首を横に振った。
「謝ることはない。ヒカルはよくやっている。このビーフシチューは王都でもなかなか食えない」
ユキも頷く。
「にくのしる、えらい」
「そう言われると助かる」
ニナはパンをちぎってシチューにつけた。
「パンにしみる。おいしい」
「ああ、シチューの一番うまい食べ方だ」
ドランは焼きソーセージを見ながら、片手をコップを持つ形でクイクイ動かす。
俺はあっそうかと思い。缶ビールを数本出す。
「飲み過ぎるなよ」
「勝った」
「何にだ」
今日も食後は歯磨き。昨日より全員、少し慣れていた。ロクはまたキバを見せた。
「今日もキバ、磨くっす」
「犬歯な」
「狼族っす!」
ユキが歯ブラシをくわえたまま言う。
「ロク、きば、えらい」
「ユキちゃん、ありがとうっす」
「でも、けんしは、いぬのは」
「狼族っす!」
食堂タープに笑いが起きた。
夜、風呂の順番が回ってきたユキは、白い尻尾を両手で持ち上げながら宣言した。
「しっぽ、きょう、ふろ」
「はいはい。尻尾も風呂な」
湖畔拠点は、少しずつ家になっている。
今日は水が出せるようになり、トイレができた。洗濯室に洗濯機が3台並び、風呂が動き、倉庫もできた。いずれも仮設だが、たぶんこれは大きな一歩だ。
ユキが風呂場の方から叫ぶ。
「おっちゃん! しっぽ、ふわふわにする!」
「リーファに任せろ!」
「リーファ、しっぽがかり!」
「はいはい、しっぽ係です」
湖畔の夜に、また生活の音が増えた。
水の音。洗濯機の試運転音。給湯器の小さな作動音。子供たちの笑い声。
そして、ロクの「狼族っす!」という抗議。文明とは、たぶん水回りとツッコミでできている。
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【収支報告】
異世界生活12日目
日付:四の月1日・第一曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:788,646 pt
今回の購入:
・大型給水タンク3,000L、専用架台、分岐配管、フレキシブル配管、給水ホース、バルブ、接続金具 2,650 pt(約265,000円)
・工事用水中ポンプ、ディーゼル発電機、燃料、延長ホース、ポンプ沈め用バケツ、吸い込みゴミ対策用品 2,850 pt(約285,000円)
・男女用2室+手洗い場付き仮設トイレ、仮設浄化槽、給排水配管、換気用品、消耗品 5,800 pt(約580,000円)
・倉庫用12畳プレハブ、工具棚、ヘルメットラック、収納ラック、充電台 11,500 pt(約1,150,000円)
・後日物干し屋根用の単管パイプ、クランプ、ポリカ波板、固定金具の一部 1,250 pt(約125,000円)
・夕食用食材、焼きソーセージ、野菜スープ、パン、飲料水補充、洗面追加用品 230 pt(約23,000円)
今回支出合計:24,280 pt(約2,428,000円)
現在残高:
788,646 pt − 24,280 pt = 764,366 pt
円換算目安:
764,366 pt × 100円 = 約76,436,600円相当
続く




