第36話 白狐神と地面を鍛えるドワーフ
朝食後、湖畔拠点は完全に工事現場になった。
ユキは青ライン入りヘルメットをかぶり、こびゃっこを胸に抱えている。ニナは黄色ヘルメットに、工具を載せた赤いワゴン台車を引いている。その後ろでは、ドランが腕を組んで立っている。
朝イチから凄い絵面である。白狐神幼女。ドワーフ少女。ドワーフのおっさん。全員、工事現場を前にして佇む。この世界の開拓史に、今、妙な一ページが刻まれようとしていた。
「おっちゃん、きょうは、なにする?」
「水回りだ。トイレ、風呂、洗濯室、給水タンク、倉庫の準備をする」
「みず、たいへん?」
「水は生活の中心だからな。失敗すると全部困る」
ニナが頷いた。
「水、ないと困る」
「そう。だから工事見習いにも見てもらう」
ニナの背筋が伸びた。
「見る。さわる?」
「今日は見るが多め。触るのは俺が言ったところだけ」
「む。でも、安全第一」
「よし」
安全第一で納得するようになった。ただし、納得しただけで興味が消えたわけではない。ニナの目は、すでに工具箱と水糸とコンクリートブロックを順番に追っている。
獲物を狙う目である。いや、獲物ではない。工具だ。
まずは昨日用意した基礎材の確認だ。ユニットハウス裏側に、水回り設備をまとめる。
住居から近すぎず、遠すぎず。食堂からも行きやすい。ただし、トイレは風下寄り。風呂と洗濯室は給水タンクに近く。倉庫は工具と電源管理の中心になる場所だ。
「ここに男女用の仮設トイレを設置する。手洗い場付きで、下には排水槽を埋める。で、こっちが大型給水タンク。こっちに風呂。洗濯室は6畳プレハブ。倉庫は12畳プレハブだな」
俺が水糸を張って説明すると、ドランが腕を組んだ。
「家の次は町みたいになってきたな」
「まだ村以前だ。水道が仮だからな」
「その時点で十分おかしいぞ」
「俺もそう思う」
ガランは配置を真面目に見ていた。
「見張りの動線は悪くない。森側から近づかれても、住居の裏で止めやすい」
「そういう見方、助かる」
リーファも湖側を見ながら言う。
「祠予定地とは少し離れているし、悪くないわ。白狐神の拠点で、祠の横にトイレは伝承として残したくないもの」
「それは絶対に嫌だ」
ユキが首を傾げた。
「ほこら、となり、といれ、だめ?」
「トイレは大事だが、だめだな」
「じゃあ、はなす」
「そういうこと」
まずは排水からだ。水回りは、出すより捨てる方が大事。これを間違えると、拠点全体が一瞬で残念な匂いの村になる。そんな開拓失敗例は絶対に嫌だ。
俺はミニバックホーを出した。正式名称を口にする者は、もう俺しかいない。
「ツチノコ!」
ユキが尻尾を振る。
「ツチノコ、うごく」
ニナの目も光る。
「掘る?」
「掘る。今日はかなり掘る」
風呂と洗濯室、そしてトイレにそれぞれの排水タンクを埋設する。つまり、今日は地面の下の仕事だ。
「地下の工事は見た目が地味だが、超大事だ」
俺が言うと、ニナが真剣に頷いた。
「見えないところ、大事」
「そう。家も人も、見えないところが大事なんだ」
「おっちゃん、たまに、だいじなこという」
「たまにか」
ユキも神妙に頷く。
「おっちゃん、たまに、えらい」
「たまにが増えた」
まず風呂の排水タンク用の穴を掘る。ツチノコのバケットが土をすくい、横へ寄せる。
湖畔の土は場所によって柔らかい。掘りすぎると崩れるので、壁を少し斜めにする。セルフビルドスキルがなければ、たぶん適当に掘っていた。
怖い。素人の穴掘りは危険である。
ドランがまた一歩前に出る。
「その腕の動き、実に――」
「ドラン、さがる!」
ユキ監督の声が飛ぶ。
「お、おお。すまん監督」
俺の言葉より効く。やはり現場監督は肩書きが大事らしい。
「なぜユキの言うことは聞くんだ?」
俺が聞くと、ドランは当然のように答えた。
「監督だからな」
「俺は?」
「施主?」
「いや、施主の言うことも聞け」
風呂用排水タンクを配置指定で穴に下ろす。次に洗濯室用の排水タンク。
洗濯は今後水の使用量が多くなる。しかも人数が多い。洗濯室には、今後を考えて洗濯機を3台入れることにした。
「3台?」
リリアが目を丸くする。
「ああ。全員分を1台で回すと大変だろ。汚れ物の種類も分けたいしな」
「それは……かなり助かります」
マリベルも頷いた。
「包帯や寝具類、普段着を分けられるのは衛生的にも良いです」
「洗濯担当は、リリア、マリベル、ミーシャ、トトで少しずつ覚えていこう。無理はしない」
ミーシャが緊張した顔で頷く。
「私も、やる」
トトは小さく手を上げた。
「ぼくも?」
「ああ。軽い物を運ぶとか、干す手伝いからな」
「うん」
リリアが2人を見る目が、少し柔らかくなった。
次は風呂ユニットの設置だ。整地と転圧を行い、皆でコンクリートブロックをレベルを取りながら配置する。まずは風呂ユニットを配置指定で収納から出す。設置後、排水をタンクに接続する。
このユニットは室内に浴槽とシャワー付きの混合水栓、洗い場と脱衣場があるタイプで、キャンプ場などで使われる狭いがかなり実用的なものだ。
さらにユニット背面には、プロパンのガス給湯器。室内に照明と換気扇も付いていて、外部からコンセントプラグで電源を取ることができる。
電源はソーラーパネル付きのポータブル電源を専用で使う。今日のところは仮置きで使うが、後でパネルはユニットの屋根にL型鋼材で架台を組んで設置する予定だ。
ポータブル電源に給湯器の電源と、風呂ユニットの電源プラグを差し込み、屋外用の小さな物置に収納する。
給湯器脇にプロパンガスボンベをコンクリートベースの上に出す。転倒防止のチェーンをユニットの壁に固定し、ユニットの既設ガス配管に接続する。
ユキがプロパンのボンベを見上げた。
「しょくどうのより、おおきい」
「ガスをたくさん使うからな。大きい方がいいんだ」
ニナがボンベをポンポンと叩く。
「大きいボンベ、べんり」
「ああ、ガスが長く持つから、交換頻度が少なくなる」
ドランが横から言う。
「つまり、大きい酒樽と同じ理屈か」
「急に理解が早いな」
「酒樽なら分かる」
「ガスを酒樽基準で理解するな」
次は洗濯室だ。同じように整地しようと転圧機を出すと、ドランが目を輝かせた。
「それならワシにもできるのではないか?」
「重いぞ。振動も強い」
「力ならある」
「……じゃあ、説明する。両手で持つ。急に押さえ込まない。足元を見る。人に向けない。止め方を覚えてから動かす」
ドランは真剣に頷いた。
俺がエンジンのかけ方、ハンドルの持ち方、進め方、止め方を教える。
「よし、ゆっくりだ」
ドランが転圧機を動かす。
ぶるるるるるっ。
地面が震えた。
ドランの髭も震えた。
本人も震えた。
「おおおおお! 地面が締まるぞ!」
「声まで震えてるぞ!」
「これは面白い!」
「面白さでやるな! 安全第一!」
ユキが監督ヘルメットを押さえて叫ぶ。
「ドラン、じめんだけ! ひと、だめ!」
「分かっておる、監督!」
ドランは意外なほど丁寧に転圧した。力任せに押すかと思ったが、機械の重さと振動を読んでいる。
ドワーフの感覚なのか、現場向きの才能なのか。
ニナは少し悔しそうに見ていた。
「ニナも、いつかやりたい」
「かなり先な」
「む。安全第一」
「そう」
ニナは唇をむっと結んだが、それ以上は言わなかった。偉い。だが、目が転圧機を完全にロックオンしている。
ドランは作業を終えると、額の汗を拭った。
「これは良い。地面を鍛える機械だな」
「まあ、間違ってはいない」
「名前は何だ?」
「プレート転圧機」
「硬い名だな」
「ツチノコみたいにはするなよ」
ユキが即答する。
「じめんぶるぶる」
「やめろ。ツチノコだけで充分だ」
ニナがぼそっと言う。
「ぶるぶるさん」
「増やすな」
全員が笑った。
整地後、コンクリートブロックを並べ、6畳サイズのプレハブ倉庫を出す。
「これは洗濯室用だ。倉庫ではないぞ」
ドランが首を傾げる。
「倉庫に見えるが」
「プレハブだから見た目は似てる。でも、中に蛇口と排水管がある」
「つまり酒蔵で無く、水の蔵か」
「洗濯室だ」
「そうか水蔵か」
「いや違うから」
この洗濯室には、室内に蛇口、外側に給水口、そして排水用の配管口が1つ床に設置されている。
俺は継手を使って加工し、洗濯機3台分の排水ホースを流せるようにした。そして埋設した排水タンクへ接続する。
ニナが配管を見て、目を細める。
「水の道」
「そう。汚れた水の道だ」
「間違えると?」
「大惨事」
「大惨事、ふべん。だめ」
「だめだな」
洗濯室の前には、後日、単管パイプとクランプ、ポリカーボネートの半透明波板で屋根付き物干しスペースを作る予定だ。
洗濯物は直射日光で傷むこともあるし、雨の日も干せるようになる。異世界で洗濯物の生乾きに悩むのは避けたい。文明とは、乾いた靴下を履くことである。たぶん。
次はトイレだ。男女用2つと手洗い場があるタイプの仮設トイレを選ぶ。見た目は完全に工事現場やイベント会場にある仮設トイレだが、手洗い場付きなのが大きい。さらに下には排水槽を埋設する。
俺はツチノコで排水槽用の穴を掘った。
トトが遠くから不安そうに聞く。
「トイレも、地面に入るの?」
「下の部分だけな。汚れた水を流す箱を埋める」
「箱が、汚れた水を食べる?」
「食べるというより、溜めて廃棄する感じだな」
ニナが言う。
「地面の下の箱。大事」
「そう。かなり大事」
ユキが胸を張った。
「といれのはこ、えらい」
「まあ、偉いな。かなり生活を守ってくれる」
排水槽を慎重に下ろし、周囲を砂で固め、位置を調整する。配管はトイレ本体へつなぐ。手洗い用の排水も別の管で流す。接続部は鑑定で確認した。
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【鑑定結果】
名称:仮設トイレ・排水槽設備
状態:設置途中
注意:配管勾配、接続部の漏れ、換気口の確保が必要
危険性:未固定状態では中
備考:固定後、通常使用可能。臭気が籠る前に定期的な廃棄処理推奨。
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「そうだよな、トイレは臭気とガスが溜まる。まめに廃棄しないとな……。よし、勾配も大丈夫」
「こうばい?」
ユキが聞く。
「水が流れるように、少しだけ傾けること」
「みず、すべる?」
「そうだな。水を滑らせるんだ」
ニナが真顔で頷いた。
「水の傾き。べんり」
「これは本当にべんりだな」
昼前には、風呂、洗濯室、トイレの排水まわりと基礎部分がかなり形になった。
まだ水は出ない。お湯も出ない。まだ洗濯機も回らない。だが、見えないところが整い始めた。俺は額の汗を拭う。
「午前はここまで。昼飯にしよう」
ユキが即座に振り向く。
「にく?」
「昼は軽めだ」
「む」
「午後も水回りだぞ。食べすぎると動けない」
ドランが悲しそうな顔をした。
「つまり、肉は少なめか」
「ドランまで同じ顔をするな」
ユキとドラン。サイズも種族も違うのに、肉に関しては同じ顔をする。困った肉同盟である。
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【収支報告】
異世界生活12日目
日付:四の月1日・第一曜日
オリエント王国歴952年
開始残高:805,136 pt
今回の購入:
・風呂用排水タンク、洗濯室用排水タンク、埋設用砂、配管部材、接続継手、点検口用品 1,900 pt(約190,000円)
・洗濯室用6畳プレハブ、蛇口・排水管付き仕様、洗濯機3台、洗濯かご、洗剤、洗濯バサミ、物干し用品 9,600 pt(約960,000円)
・屋外風呂ユニット仮固定資材、給排水管、プロパン接続用品、防水電源用品 3,400 pt(約340,000円)
・砕石、砂、コンクリートブロック追加、固定金具、配管保護材 1,500 pt(約150,000円)
・昼食用パン、スープ材料、飲料水補充 90 pt(約9,000円)
今回支出合計:16,490 pt(約1,649,000円)
現在残高:
805,136 pt − 16,490 pt = 788,646 pt
円換算目安:
788,646 pt × 100円 = 約78,864,600円相当
続く




