第33話 白狐神と炎のチャーハン
五棟のユニットハウスが並んだ湖畔を見て、俺はしばらく黙っていた。昨日まで、ここはただの草地だったが、今は違う。小さいが、家がある。壁があり、窓があり、扉がある。
そして、その前で青ライン入りヘルメットをかぶったユキが胸を張っている。
「おっちゃん」
「何だ、監督」
「ツチノコ、えらい」
「バックホーな」
「む。ツチノコ」
「もう訂正が通らないな……」
ミニバックホーは、ユキによって「ツチノコ」と名付けられた。理由は「土の車の子」だからである。意味は分かるような、分からないような。
ただ、全員が妙に納得してしまったので、もはや俺だけが正式名称を守ろうとしている孤独な戦いになっている。
「ヒカル」
ドランが腕を組んで言った。
「ツチノコはいつまた動く?」
「昼食後だ。先に飯」
「む。飯なら仕方ない」
ユキの耳がぴんと立った。
「ごはん?」
「ああ。今日も米料理にする」
「こめ!」
ミーシャとトトも反応した。昨日のおにぎり、のり弁当で、皆が少しずつ米料理に慣れ始めている。最初は「白い粒」だったものが、今では「甘くて、おかずと合うもの」になりつつある。こうやって食文化が浸透していくのだ。米は強い。
「今日はチャーハンだ」
ユキが首を傾げる。
「ちゃーはん?」
「米を炒める料理だ」
「こめ、やく?」
「焼くというより炒める」
「いためる?」
「油を使って、強い火で一気に加熱する」
ニナが反応した。
「火。道具?」
「ある」
俺は食堂テントの調理用テーブルに、鋳物コンロを出した。がっしりした業務用の二重コンロだ。料理スキルを取って以来、俺はそれまで使っていたカセットコンロの火力に不満を持つ様になっていた。このコンロなら火力が必要な、本格的な料理も作ることが出来る。
早速、これを小型のプロパンガスに繋ぐ。コンクリートベースを置いて、そのうえにボンベを立て、ホースを接続する。
ガス栓を確認。漏れがないか、鑑定も使って確認。安全第一。ユキ監督が見ている以上、雑なことはできない。
「これは火を出す道具だ。絶対に勝手に触らない」
俺が着火用の先の長いライターを取り出すと、ユキがすぐに頷いた。
「さわらない。あんぜんだいいち」
ニナも真剣に頷く。
「見たいけど、あんぜんだいいち」
ドランも何故か頷いた。
「美味いメシの為なら安全第一!」
俺は中華鍋を出した。大きな鉄鍋だ。そして食材を並べる。油。卵。刻んだチャーシュー風の肉。ネギ。ご飯。塩。醤油風調味料。胡椒は控えめ。全員分を一度に作るのは難しいので、数回に分けて炒める。
火をつける。ゴウッと鋳物コンロの強い火が鍋底を包んだ。
「おお……」
ドランが声を漏らす。
「強い火だな」
「チャーハンは火力が大事らしい」
「らしい?」
「俺もここまで本格的には作ったことない」
そう言いながら、俺は鍋を熱し、油を入れた。溶き卵を流す。じゅわっと音がして、卵が一気に膨らむ。そこへご飯を入れ中華鍋を振る。米粒が舞った。
「……え?」
自分で驚いた。鍋が軽く感じる。手首が自然に動く。卵と米がほぐれ、油をまとい、ぱらぱらになっていく。チャーシュー、ネギ、調味料。鍋肌に醤油風調味料を回す。香ばしい匂いが一気に立ち上がる。俺は思わず呟いた。
「……俺、こんなにチャーハン上手かったか?」
料理スキルだ。間違いない。料理の手習いで得た知識と感覚が、火力、油、米、鍋の動きに勝手に反応している。家庭用フライパンで冷凍チャーハンを炒めていた男が、異世界の湖畔で中華鍋を振っている。俺の人生は、どの方向へ行くのだろうか?
ユキが尻尾を立てた。
「おっちゃん、こめ、とんだ!」
「飛ばしてるんだ」
「こめ、にげる?」
「逃げてない。炒めてる」
「おっちゃん、つよい」
「チャーハンで強さ判定されるとは」
ニナは鍋を見て、目を輝かせている。
「火が強い。鍋が丸い。こめ、ばらばら。べんり」
「料理実況としては割と正確だな」
最初の一皿ができた。皿に盛ると、黄色い卵と白い米、肉とネギが混ざった香ばしい炒飯が湯気を立てている。
俺自身、見た目に驚いた。店のまかないっぽい。いや、これは普通にうまそうだ。
「熱いから少し冷まして食べろ」
子供四人には同じ量。リリアとアルノには少し控えめ。大人にも順に配る。インスタントだが、中華スープも付ける。
ユキはスプーンを持って、真剣に炒飯を見つめた。
「ちゃーはん」
「そうだ」
「こめ、きいろい」
「卵が混ざってるからな」
「にく、いる」
「入ってる」
「えらい」
「食べる前からまた評価が早い」
ユキが一口食べた。もきゅ。次の瞬間、耳がぴんと立つ。
「……うんみゃあ!」
「よし」
「こめ、ぱらぱら! にく、いる! あじ、いっぱい!」
「語彙が増えてきたな」
「ちゃーはん、えらい!」
ミーシャも一口食べて、目を丸くした。
「昨日のご飯と違う……」
「炒めてるからな」
「粒が一つずつ。でも、味がついてる」
「そうそう」
「米って、いろんな食べ方があるんだ」
「ああ。かなりある」
トトは慎重に食べてから、小さく頷いた。
「これ、食べやすい」
「スプーンでいけるからな」
「こぼれにくい」
ニナは炒飯を見て言う。
「ごはん、ばらばら。でも、味、しっかりまとまってる。べんり」
「それはかなり哲学的だな」
「好きなたまご、入ってる。べんり」
ドランは大きな一口を食べ、目を閉じた。
「ヒカル」
「何だ?」
「これは酒に合う」
「もう定型文だな」
「だが本当に合う」
「まだ昼だ」
「夜でもよい」
「諦めないな」
ガランは静かに食べていたが、二口目が早い。
「米料理というものは、腹持ちが良さそうだ」
「そうだな。作業前にはいい」
「遠征にも使えるか?」
「作り置きは少し注意だな。やはり温かいうちがうまい」
リーファは香りを楽しむように食べていた。
「香ばしいわね。火の使い方が強い料理だわ」
マリベルはアルノの皿を見ながら言う。
「油はありますが、量を調整すれば食べられますね。アルノさんはゆっくりで」
「はい。とても美味しいです」
リリアは一口食べて、目を伏せた。
「強い火で短時間。具材の大きさもそろっている……。これは給仕しやすい料理ですね」
「リリアの分析、毎回実務的すぎる」
「でも、温かくて、皆で同じものを食べられるのは……いいですね」
「ああ」
炒飯は大好評だった。のり弁、おにぎり、カップ麺に続き、米料理への評価がぐんぐん上がっている。日本人として嬉しい限りだ。
ユキは最後の一粒までスプーンで追いかけていた。
「こめ、にげる」
「今日もか」
「ちゃーはんのこめ、すばやい」
「ぱらぱらだからな」
食後、全員が少し落ち着いたところで、俺は午後の説明に入った。
「昼からは、家の中を整える。まずルールだ。午前中にも説明したが、各戸は土足禁止にする。入口で靴を脱いで、靴はシューズボックスに入れてくれ」
俺は各戸にシューズボックスを設置した。さらに中には収納棚を置く。衣類や小物を入れるためだ。今はまだ持ち物が少ないが、「自分の棚」があることは大事だと思った。
ミーシャが棚を見つめる。
「ここに、私のものを入れていいの?」
「ああ」
「返さなくていいもの?」
「返さなくていい」
トトも棚を見た。
「ぼくの場所、ある?」
「ある」
ニナは棚の構造を確認していた。
「棚。べんり」
「これぞ普通の便利だな」
次はベッドだ。一棟目、俺とユキの部屋。俺はシングルベッド二つを考えたが、ユキがすでに俺の袖を掴んでいた。
「おっちゃん」
「まだ何も言ってない」
「ユキ、おっちゃんといっしょ」
「…分かった。言う前に負けた」
セミダブルベッドを一つ置く。ユキは満足そうに頷いた。
「こびゃっこも、しっぽもいっしょ」
「尻尾もか。ただし俺の顔面占拠は禁止だ」
「しっぽ、がんばる」
「信用はしてない」
二棟目には、リリア用のシングルベッド一つ。子供三人にはセミダブルを一つ。ミーシャが少し不安そうに聞く。
「三人で寝てもいいの?」
「ああ。今は一緒の方が安心だろ」
トトは小さく頷く。
「一緒がいい」
ニナも言う。
「広いし大丈夫。べんり」
「よし、決定だ」
三棟目、四棟目、五棟目にはシングルベッドを二つずつ。寝具、枕、毛布も配置する。それから、各部屋には充電式ランタンを二つ置いた。
「夜はこれを使う。朝になったら食堂テントの充電場所へ戻す」
俺は、アウトドア等で荷運びに使われる、赤いワゴン台車を出した。金属製の底の浅い荷台に木製の柵が付いて、クラシックなトラックの荷台を彷彿とさせる。大きなタイヤ。頑丈で、子供を乗せて遊ぶ事も出来る。
ニナの目が光る。
「赤い車」
「ランタン回収用だ」
「これを引く?」
「そう。朝、各部屋からランタンを集めて、これに載せて運ぶ。そして食堂テントのポータブル電源で充電するんだ。ニナ、やってみるか?」
「ニナ、やる」
「頼む。ランタン回収係だ。荷台にはクッション用のブランケットを敷いて置くからな」
ニナは黄色ヘルメットを押さえ、胸を張った。
「ニナ、ランタン係」
「かなり重要だぞ」
「重要。べんり」
ミーシャとトトはワゴンを見ていた。
「これ、乗れるの?」
ミーシャが聞いた。
「ああ。作業が終わった後なら、遊んでいいぞ」
ユキが即座に言う。
「かんとくも、のる」
「監督、仕事は?」
「しごとのあと」
「そこはちゃんとしてるんだな」
次に腕時計を配った。ユキ、ミーシャ、トト、ニナ、リリア、アルノ用のシンプルなデジタル腕時計だ。
ユキの耳が立つ。
「とけい!」
「ガラン達に配った時から、欲しそうだったからな」
「ユキの?」
「ああ。ユキのだ」
ユキは腕時計を両手で受け取り、真剣に腕へつけた。
「ユキ、とけいのひと」
「時計の人って何だ」
ニナはボタンを押して、ライトを点けた。
「光る」
「もう見つけたのか」
「こっちも押せる?」
「アラームだ。時間を設定すると、音で知らせる。後で教える」
「いま」
「後な」
「む」
「あんぜんだいいち」
ニナは納得した。安全第一が便利ワードになりすぎている。
ミーシャは時計を見つめた。
「これ、私の?」
「ああ」
「時間を見るもの?」
「そう。時間が分かると、生活の流れが分かりやすくなる」
トトも腕につけて、小さく言った。
「ぼくも、時間わかる?」
「練習すれば分かる」
アルノに腕時計を渡すと、彼は驚いて目を細めた。
「数字だけで時刻を示す時計……。不思議ですね」
「アルノ、体調がよければ、子供たちに時計の見方を教えてくれないか?」
「はい。座ったままでしたら」
そこで俺は、食堂テントにアナログの掛け時計を購入して設置した。大きめで、数字がはっきりしているものだ。短い針と長い針。秒針もある。
「これは針で時間を見る時計だ。こっちの方が授業には分かりやすい」
アルノは掛け時計を見て頷いた。
「こちらなら説明できます。短い針が時、長い針が分ですね」
「頼む」
急遽、食堂テントの一角が、そのまま小さな教室になった。ミーシャ、トト、ニナ、ユキが並んで座る。ユキはこびゃっこを机の上に置いた。
「こびゃっこも、べんきょう」
「こびゃっこもですか」
アルノが微笑む。
「もちろんです」
ユキは満足そうに頷いた。
「こびゃっこ、にくのじかん、おぼえる」
「最初から目的が限定されてるな」
アルノ先生の時計授業が始まった。
「では、まず短い針を見てください。これは何の数字の近くにありますか?」
ユキが手を挙げた。
「にく!」
「九ではありません。今は一です」
「いち」
「はい。一時です」
ニナが時計を見つめる。
「長い針、上」
「上にある時は、ちょうど、という意味です」
「ちょうど。なるほど、べんり」
ミーシャは真剣に数字を追っている。トトは少し不安そうだったが、アルノがゆっくり説明すると頷いた。
リリアは少し離れて座り、その様子を見ていた。
「子供たちが、勉強を……」
「少しずつな」
「はい」
家ができ、棚ができた。寝る場所ができ、ランタン係ができ、時計の授業が始まった。昨日までは逃げてきた群れだった。今日は少しだけ、暮らす群れになっている。
ユキが掛け時計を見上げて言った。
「おっちゃん」
「何だ?」
「にくのじかん、いつ?」
「授業の締めをそれにするな」
アルノ先生が笑いを堪え、ニナが真顔で言った。
「にくの時間。あると、べんり」
俺は天を仰いだ。この拠点の教育方針、初日から妙な方向へ進み始めている。まあ、それもいいか。
⸻
【収支報告】
異世界生活十一日目・午後
開始残高:812,626 pt
今回の購入:
・鋳物コンロ、プロパンガス接続用品、中華鍋、調理器具追加 420 pt(約42,000円)
・炒飯用食材、米、卵、チャーシュー風肉、ネギ、調味料、飲料水 160 pt(約16,000円)
・各戸用ベッド、マットレス、寝具、枕、毛布 1,150 pt(約115,000円)
・各戸用収納棚、追加シューズボックス、玄関マット、簡易清掃用品 360 pt(約36,000円)
・充電式ランタン各部屋二個、予備ランタン、充電ケーブル類 360 pt(約36,000円)
・赤いワゴン台車 180 pt(約18,000円)
・シンプルなデジタル腕時計、子供用調整ベルト、予備電池 240 pt(約24,000円)
・食堂用アナログ掛け時計、数字練習用の紙、鉛筆、簡易文具 85 pt(約8,500円)
今回支出合計:2,955 pt(約295,500円)
現在残高:
812,626 pt − 2,955 pt = 809,671 pt
円換算目安:
809,671 pt × 100円 = 約80,967,100円相当
続く




