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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第32話 白狐神、重機に名付けする


「次は整地だ。重機を出す」


 俺がそう言った瞬間、ドランの目が光った。


「重機?」


 ニナの目も光った。


「じゅうき?」


 そしてユキが、青ライン入りの監督ヘルメットを両手で押さえながら俺を見上げた。


「おっちゃん、あんぜんだいいち」


「分かってる」


 いや、分かっている。分かっているのだが、正直この現場で一番危ないのは重機そのものではなく、重機に興味津々のドワーフ二名と、やる気に満ちた白狐神監督ではないだろうか。


 俺は湖畔の少し高くなった草地へ移動した。


 水辺から離れ、雨が降っても水が溜まりにくそうな場所だ。ここに住居を湖側に向けて、五棟並べる予定である。


「まずは地面をならす。草や根をどけて、石を拾って、少し平らにする。その上に砕石を敷いて、転圧して固める」


「てんあつ?」


 ニナが首を傾げた。


「地面をぎゅっと押し固めることだ」


「じめん、ぎゅっ」


「まあ、だいたいそう」


「べんり」


「地面が便利になるわけではないが、家が沈みにくくなる」


「沈む、だめ」


「そう。だから、ちゃんと固める」


 ユキが胸を張った。


「じめん、あんぜんだいいち」


「地面にも適用されたか」


 俺はスキルショップを開き、ミニバックホーを購入した。


 小型とはいえ、鉄の腕とバケットを持つ立派な建設機械だ。土を掘ったり、削ったり、ならしたりするのに使う。


 全員を安全な距離まで下がらせる。


「ここから前には出るな。絶対だぞ」


 ドランが一歩前に出かけた。


「まだ何も出ておらんぞ?」


「出る前から下がれ」


「見るだけだ」


「その『見るだけ』が信用できない」


 ユキが即座に指差した。


「ドラン、さがる。あんぜんだいいち」


「お、おう。監督が言うなら下がろう」


 なぜ俺の言葉より監督の言葉の方が効くのか。ドランが素直に下がったのを確認して、俺はミニバックホーを配置指定で出した。


 草地の上に、黄色い小型重機が現れる。鉄のアーム。バケット。キャタピラ。後ろには排土板。湖畔の朝に、完全に場違いな工事現場感が降臨した。


 全員が黙った。ガランが低く呟く。


「……また鉄の獣か」


「今回は獣じゃない。土木…普請用の機械だ」


「普請用の獣」


「…獣から離れてくれ」


 リーファは少し距離を取って見ていた。


「森の精霊が見たら、腰を抜かしそうね」


「精霊って腰あるのか?」


「たぶん…気分的に」


 ロクは鼻をひくひくさせた。


「油と鉄の匂いっすね。あと、なんか魔物が相手でも強そうっす」


「どっかの異世界アニメみたいに、バックホーでは戦わないからな」


「分かってるっす。イセカイアニメは分からないっすけど…でも、強そうっす」


 ドランは完全に少年の顔になっていた。


「ヒカル」


「駄目だ」


「まだ何も言っておらん」


「乗りたいんだろ」


「なぜ分かった」


「顔に書いてある」


 ニナも黄色ヘルメットを押さえて、じっとミニバックホーを見ていた。


「ニナは?」


「かなり先」


「見るだけ」


「見るだけならいい。ただし、俺か大人が一緒の時だけ。勝手に近づかない」


「あんぜんだいいち」


「そう」


 ユキがミニバックホーを見上げた。


「おっちゃん」


「何だ?」


「このこ、なまえある?」


「名前?」


ユキは真剣な顔で頷く。


「うん。つちのくるまのこ」


「土の車の子……」


 ユキは、さらに少し考えて、ぱっと笑顔になった。


「このこ、なまえ、ツチノコ!」


 俺は思わず吹き出した。


 ドランが腕を組む。


「悪くない」


「採用するな」


「ツチノコか。よい名だ」


 もう遅かった。


 ミニバックホーは、白狐神監督とドワーフにより、ツチノコと呼ばれることになった。


 俺はため息をつきながら、未確認生物、いやツチノコに乗り込む。


 セルフビルドの知識と小型重機操作の感覚が体に入っている。普通なら免許講習が必要な作業だが、スキル様々である。いや、安全意識だけは忘れない。


「エンジンをかけるぞ。音がするから驚くなよ」


 キーを回すと、低いエンジン音が湖畔に響いた。ミーシャとトトがびくっと肩を震わせる。


 ユキが胸を張る。


「だいじょうぶ。おっちゃんの、ツチノコ」


「俺のツチノコ言うな」


俺の中で、名前のニュアンスが未確認生物から微妙な方向へシフトする。


「ツチノコ……」


 トトが小さく聞いた。


「土、食べるの?」


「食べない。掘る」


 ミニバックホーのアームをゆっくり動かす。バケットが地面を削り、草の根を剥がす。低くなっている場所へ土を寄せる。大きな石をどける。排土板でならす。


 ドランがうずうずしている。


「ヒカル! これはすごいぞ! 十人分どころではない働きだ!」


「近づくなよ!」


「分かっておる!」


「その距離は分かってない距離だ!」


 ユキが叫ぶ。


「ドラン、さがる!」


「おお、すまん監督!」


 だから、なぜ監督には即従うのか。マリベルが横で淡々と言った。


「ドランさんは、今後もユキ監督の管理下でよさそうですね」


「それは名案だが、絵面がすごいな」


 ドラン本人はなぜか誇らしげだった。


「ワシは監督に認められておる」


「いや、怒られてるから」


 午前中の半分くらい、俺はミニバックホーで整地した。大きく削る場所、残す場所、水が流れる方向。少しずつ地面の形が変わっていく。


 セルフビルドを取得していなければ、ただの草地にしか見えなかった場所が、今は「ここは水が溜まりやすい」「ここは建物の角に向いている」「ここは通路にした方がいい」と分かる。


 不思議な感覚だ。ある程度ならしたところで、俺は砕石を出した。砕石をバックホーの排土板で広げ、レーキで均す。ドランとガランが手伝う。


 ロクは周囲の警戒。リーファは湖側と森側の視線を確認。


 マリベルはアルノとリリア、子供たちの体調を見ている。ニナは俺の横でレーキを見つめていた。


「それ、土をならす?」


「そう。こうやって広げる」


「ニナやりたい」


「ニナが持つには、大きいな…」


「小さいの、ある?」


「待てよ…あるな」


 俺は小さめの木製レーキを出した。ニナの手に合うサイズだ。


「これなら、俺のそばで少しだけ。危ないところには行かない」


 ニナは黄色ヘルメットを押さえた。


「あんぜんだいいち」


「よし」


 ニナは小さなレーキで、砕石の端をちょこちょことならし始めた。真剣だ。ものすごく真剣だ。ユキが横に立ち、監督顔で頷く。


「ニナ、いい」


「いい?」


「うん、げんば、いい」


「げんば、だいじ」


「ツチノコも、えらい」


「ツチノコ、べんり」


 二人の会話が、謎の現場語に進化している。


 次は転圧だ。80kgプレート転圧機を出す。地面を振動させて、砕石を締め固める機械だ。


「これで地面を転圧する。音と振動が大きい。全員、少し離れろ」


 ユキがすかさず両手を広げる。


「みんな、はなれる。じめん、ぶるぶるする」


「監督、説明が雑だけど合ってる」


 エンジンをかける。ぶるぶるぶるぶる、と地面が震えた。


 ユキが耳を押さえる。


「おっちゃん! じめん、ほんとにぶるぶる!」


「だから言ったろ!」


「じめん、がんばってる!」


「俺も頑張ってる!」


 トトがミーシャの後ろから覗く。


「地面、怒ってる?」


「怒ってない。固くなってる」


 ニナが真剣に言った。


「地面、強くなる」


「その表現はいいな」


「強い地面。べんり」


「かなり便利だ」


 何度か転圧し、地面が締まったところで、次は基礎だ。


 といっても、本格的なコンクリート基礎ではない。今回は仮住まいなので、水平を取ったコンクリートブロックを並べ、その上にユニットハウスを置く。俺は水糸を張り、基準の高さを決めた。


「この糸が高さの目安だ。ブロックの上面を、この高さに合わせる」


 ドランが覗き込む。


「糸で家が決まるのか」


「そうだ。糸を馬鹿にするな。建築では糸が強い」


「糸、強いのか」


 ニナが小さく呟く。


「糸、べんり」


「今日は便利が多いな」


 ガランたちと一緒にブロックを並べる。水準器で水平を確認する。低いところには砂を足す。高いところは少し削る。角材を渡して、全体の高さを確認する。単純な作業だが、家が傾かないためには大事だ。


 ユキは青ラインヘルメットを押さえながら、真剣な顔で聞いていた。


「まっすぐ、だいじ?」


「大事だ。傾くと扉が閉まりにくくなったり、床で物が転がったりする」


「ころがる?」


「ああ」


「こびゃっこ、ころがる?」


「こびゃっこは元から転がりそうだけどな」


 ユキはこびゃっこをぎゅっと抱いた。


「こびゃっこ、ころがらない」


「じゃあ、まっすぐにしないとな」


「まっすぐ、えらい」


 まっすぐ偉い。建築の真理っぽい雑語録が増えた。五棟分のブロック基礎ができたところで、俺は深呼吸した。


 ここからが本番だ。実は収納スキルのレベルが上がって、廃棄の他に配置指定展開という項目も増えてた。収納物を、指定した数量や位置、向き、高さを指定して展開できる。大型物品や建材を置くには、これ以上ない機能だ。


「一棟目。あのブロック基礎の上。入口は湖側。水平に」


 空間が揺れた。次の瞬間、六畳のユニットハウスが基礎の上にぴたりと現れた。白っぽい外壁。正面右側に玄関ドア。左側に掃き出し窓。左側面には窓がある。小さいが、ちゃんとした家の形。全員が息を呑んだ。


「……家だ」


 ミーシャが小さく言った。トトが続く。


「本当に、家」


 ニナは無表情で呟いた。


「箱の家。べんり」


 リリアは口元を押さえて驚いていた。


「これが……住む場所……」


 ドランがユニットハウスを回り込もうとする。


「ほう! 壁が薄そうだが、しっかりしておるな!」


「まだ近づくなよ」


「見るだけだ!」


「今日それ何回目だ!」


 ユキが即座に手を上げる。


「ドラン、まつ!」


「おお、監督!」


 ドランが止まった。もはやドラン停止装置としてユキ監督が必要である。


 俺は二棟目、三棟目、四棟目、五棟目を順に配置した。湖側に入口を向け、少し間隔を空けて並べる。全部で五棟。昨日までただの草地だった場所に、小さな家の列ができた。


 さすがに圧巻だった。ロクが耳をぴくぴくさせる。


「一気に村っぽくなったっすね」


「村というには小さい建物だけどな」


「でも、寝床があるのは大きいっす」


 ガランが静かに頷く。


「仮とはいえ、防げるものが増えた。風、雨、視線。人の心も少し違う」


「そうだな」


 リーファはユキを見た。


「ユキちゃん、家ができたわよ」


 ユキはユニットハウスの列を見て、目を丸くしていた。


「はこのいえ、いっぱい」


「ああ。五つだ」


「ご?」


「五つ」


「にくより、すくない」


「比較対象が九なのか」


 俺はリリアと相談して、部屋割りを決めた。


「一棟目は俺とユキ」


 ユキの耳が立った。


「おっちゃんとユキ」


「ああ」


「こびゃっこも」


「もちろん」


「しっぽも」


「尻尾も家に入る」


「よし」


 なぜ許可制みたいになった。


「二棟目はリリア、ミーシャ、トト、ニナ」


 ミーシャが息を飲む。


「私たちの……部屋?」


「ああ。リリアと一緒なら安心だろ」


 トトはリリアを見た。


「リリアも?」


 リリアは静かに微笑んだ。


「はい。一緒です」


 ニナは二棟目を見て頷いた。


「四人。べんり」


「人数の便利判定は初めてだな」


「一緒だと安心。べんり」


「それは分かる」


「三棟目はリーファとマリベル」


「私はどこでもいいわ」


「治療対象者が近くにいるのは助かりますね」


 マリベルが頷いた。


「四棟目はガランとロク」


「了解した」


「了解っす」


「五棟目はドランとアルノ」


 ドランが胸を叩いた。


「任せろ!」


 アルノは少し困ったように笑った。


「よろしくお願いします」


「ベッド潰すなよ」


「潰さんわ!」


 マリベルがさらっと言う。


「寝返りには注意してくださいね」


「ワシはそんなに寝相が悪くない!」


 ロクが小声で言う。


「酒を飲んだ時は別っすね」


「ロク!」


 ユキがドランを指差した。


「ドラン、ねるときも、あんぜんだいいち」


「寝る時までか、監督!」


「べっど、つぶさない」


「うむ、それは守る」


 部屋割りを聞いたミーシャは、二棟目の前で立ち止まっていた。


「ここに……寝てもいいの?」


「ああ。トトの家だ」


「朝になっても?」


「朝になっても」


「追い出されない?」


 その声は小さかった。けれど、周囲にいた全員が聞いていた。俺はしゃがんで、ミーシャとトトの目線に合わせた。


「追い出さない。ここは群れの家だ。まだ仮だけど、君たちの寝る場所だ」


 ユキが胸を張った。


「むれ、おいていかない」


 トトが小さく頷く。


「……うん」


 ニナは二棟目の壁を見上げていた。


「家、ある。べんり」


「そうだな」


 リリアはそっと頭を下げた。


「ありがとうございます、ヒカルさん」


「礼はまだ早い。中は空っぽだ。これから寝具を入れないと」


「それでもです」


 そう言われると、少し照れる。俺は咳払いして、全員へ説明した。


「この家の中では靴を脱ぐ。入口に靴を置く場所を作る。部屋の中はできるだけきれいに使う。泥を持ち込むと掃除が大変だからな」


 リーファが少し驚く。


「家の中で靴を脱ぐの?」


「ああ。俺の国の習慣だ」


 マリベルが頷いた。


「衛生的には良いですね。特に療養者には」


「だろ」


 ドランが靴を見下ろした。


「足が冷えんか?」


「敷物を置く。あと寝具も入れる」


「なるほど」


 ユキが玄関の前でぴたりと止まる。


「ここから、いえ?」


「そう。ここから家」


 ユキはこびゃっこを抱え直し、真剣な顔で一歩入った。


「ユキのいえ?」


「ああ」


 ユキは室内を見回した。まだ何もない六畳の空間。それでも、壁がある。床がある。窓がある。ドアがある。


 ユキは小さく呟いた。


「おっちゃん」


「何だ?」


「にげない?」


「逃げない」


「ここで、ねる?」


「ああ。ここで寝る」


 ユキは少しだけ笑った。


「じゃあ、いい」


 それだけで、午前中の疲れが少し軽くなった気がした。五棟のユニットハウスは、まだ空っぽだ。ベッドもランタンも、荷物置きもこれから。


 水回りもまだ。風呂もトイレも、今日中には無理かもしれない。だが、まず屋根と壁ができた。群れの家の一番外側が、形になった。


 ユキ監督は玄関の前に立ち、胸を張った。


「おっちゃん」


「何だ、監督」


「つぎ、にく?」


「まだ昼前だ」


「じゃあ、ひる、にく?」


「今日は作業飯だから、簡単にする。」


「む」


「むじゃない。家ができたからって、即肉祭りではない」


 ドランが横から言った。


「家祝いに肉はありではないか?」


「ドランまで乗るな」


 ニナが真顔で言う。


「肉食べれる家祝い。べんり」


「それは違うぞ」


 ミーシャが小さく笑った。トトも、少しだけ笑った。湖畔の風が、五つの新しい家の間を抜けていく。


 まだ仮。まだ始まり。でも、昨日まで何もなかった場所に、それぞれの部屋がある。俺はヘルメットをかぶり直した。


「よし。午後は中を整えるぞ」


 ユキ監督が大きく頷いた。


「ごごも、あんぜんだいいち」


 ニナ見習いも続く。


「あんぜんだいいち」


 ドランも続いた。


「安全第一!」


 マリベルが即座に言う。


「ドランさんは特に」


「だから、なぜワシだけ!」


 家づくり一日目の午前は、こうして賑やかに終わった。異世界の工事現場、内容が濃すぎる。



【収支報告】


異世界生活十一日目・昼前


開始残高:860,006 pt


今回の購入:

・ミニバックホー、小型重機用燃料、基本整備用品 5,200 pt(約520,000円)

・プレート転圧機、レーキ、スコップ、水準器、水糸、メジャー、安全ロープ類 1,100 pt(約110,000円)

・砕石、砂、コンクリートブロック、仮基礎資材 1,200 pt(約120,000円)

・六畳タイプ高断熱ユニットハウス五棟 39,600 pt(約3,960,000円)

・各戸用シューズボックス、玄関マット、簡易清掃用品 280 pt(約28,000円)


今回支出合計:47,380 pt(約4,738,000円)


現在残高:

860,006 pt − 47,380 pt = 812,626 pt


円換算目安:

812,626 pt × 100円 = 約81,262,600円相当


続く

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