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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第31話 白狐神、現場監督デビューする


 翌朝。俺は、ユキの尻尾が顔に乗った状態で目を覚ました。


「……信用しなくて正解だった」


「おっちゃん……かっぷめん……にげるな……」


「カップ麺も対象に入ったか……」


 夢の中で、カップ麺まで逃がさない白狐神幼女。守備範囲が広い。


 俺は何とか尻尾をどけ、寝袋から這い出した。外へ出ると、ポールライトはまだ薄く灯っていた。昨日の夜、俺たちが帰ってきた場所を示してくれていた小さな灯りだ。


 湖は朝霧に包まれている。波音が静かに聞こえた。


 タープ食堂の下では、リリアが起き出そうとして、マリベルに止められていた。


「まだ無理をしないで」


「ですが、朝の支度を……」


「座ったままで、できる指示だけお願い」


「……はい」


 マリベルは強い。リリアも、少しずつだが「全部自分でやらなくていい」ということを覚え始めている。


 ガランは森側の警戒から戻ってきた。


「近くに追手の気配はない」


「そうか。ありがとう」


「ただし、油断はするな。湖畔は開けている。見通しがいい分、遠くからも目立つ」


「分かってる」


 俺は湖畔を見渡した。草地。小砂利の浜。少し高くなった場所。水辺から離れた、雨でも水が溜まりにくそうな位置。


 ここに住居を置く。ここに食堂。ここに診療場所。ここに風呂とトイレ。水。明かり。洗濯。倉庫。車両置き場。ミミとクロメの寝床。そして、ユキの祠。


 本来、ユキの祠は、森の中にあったユキの前の寝床に建てる予定だった。あの場所は、ユキが一人で眠っていた場所だ。白狐神が、名前もなく、ひとりぼっちでいた場所。


 そこには必ず祠を建てる。だが、ここはここで必要だ。群れが暮らす場所。ユキが「ただいま」と言った場所。なら、この拠点にも、白狐神の小さな祠が必要だろう。


 キャンプ用品だけでは足りない。これはもう、趣味の範囲ではなく、生活基盤づくりだ。


 俺はスキル画面を開いた。四十の手習い。一覧の中に、ずっと気になっていた項目がある。レイクサーペント討伐前はポイントが足りず、取得を見送っていたものだ。



【手習い候補】

セルフビルド


内容:

・キットハウス、ログハウス、小屋、ウッドデッキ、簡易住宅、倉庫などの設計と施工。・基礎、水平取り、木材加工、断熱、屋根、床、壁の基礎知識。・電動工具、安全管理、作業工程管理。・関連ショップ解放:建材、工具、仮設設備、簡易水回り、作業服、安全用品。


必要ポイント:3,000 pt


取得しますか?



「……やっと取得できる」


 俺は小さく息を吐いた。四十歳からの手習い。まさか異世界で、神獣幼女と元奴隷の子供たちを養うために家を建てることになるとは思わなかった。


 だが、必要だ。テントだけでは、子供達を守れない。人は、眠れる場所がないと回復しないし、風呂もトイレも、水も明かりも、全部いる。


 家は、壁と屋根だけじゃない。明日もここにいていいと思える場所のことだ。


「取得」


 表示が変わる。



【手習い:セルフビルドを取得しました】


取得内容:

・安全な作業姿勢

・基礎的な設計と寸法取り

・水平確認

・簡易基礎

・木材加工

・工具使用

・ウッドデッキ施工

・キットハウス施工

・ログハウス施工

・小屋、倉庫、ユニットハウス設置補助

・給排水配管設備設置

・一般家屋ガス配管、給湯設備設置

・一般家屋電気設備

・作業工程管理

・建設車両系小型重機運転操作


関連ショップが解放されました。

・建築資材

・工具、電動工具

・仮設設備

・簡易水回り

・作業用安全用品

・ユニットハウス、プレハブ建物

・屋外設備

・給排水用品

・ガス配管用品

・建設重機、建設車両



 頭の中に、知識が流れ込んだ。地面を見る目が変わる。水はけ。風向き。日当たり。人の動線。危険な段差。仮設と本設の違い。水平を取る重要性。工具の危険性。


 やることが増えた。だが、やれることも増えた。


「おっちゃん、おはよ」


 ユキが後ろから覗き込んでいた。白い髪は少し寝癖でふわふわしている。


デニムのサロペットに白いトレーナー姿。片手にはこびゃっこ。もう片手で俺の服の裾を掴んでいる。


「きらきらのいた?」


「ああ。新しい手習いを取った」


「なにする?」


「家を作る」


 ユキの耳がぴんと立った。


「むれのいえ?」


「ああ。群れの家だ」


 ユキはこびゃっこを抱きしめた。


「ユキは、なにする?」


「……安全第一の現場監督だな」


「げんばかんとく? あんぜんだいいち?」


「危ないところに入らない。勝手に触らない。ニナを止める」


 少し離れたところで、ニナがこちらを見ていた。ユキと同じデニムのサロペットに黄色いトレーナー姿で、三つ編みのおさげ髪を両手で握っている。


「ニナ、何もしてない」


「起きてたか。冗談だ。ニナも手伝うか?」


 ニナの目が輝く。


「うん!」


 ユキは胸を張った。


「ユキ、ニナ、てつだう」


「頼むぞ、監督」


「うん」


 ガランが近づいてくる。


「何か決めた顔をしているな」


「セルフビルドを取った。今日から仮住まいの設置を始める」


「家を建てる手習いか」


「ああ。まずは簡易住宅、トイレ、風呂、水回り。できるところからだ」


 ドランの目が輝いた。


「工具は使うか?」


「使う」


「ワシの出番だな」


 ニナも一歩前に出る。


「ニナも」


「見習いな」


「見習い」


 リリアは座ったまま、こちらを見ていた。


「ヒカルさん」


「どうした?」


「部屋割りや寝具の管理でしたら、私もお手伝いできます。座ったままでも」


「ああ。頼む。無理はしない範囲で」


「はい」


 ミーシャがトトの手を握りながら聞いた。


「本当に、家を作るの?」


「ああ。まずは仮の家を設置する。」


「私たちも……住む?」


「住む」


 トトが小さく言う。


「ここに?」


「ここに」


 ニナが俺を見て、短く言った。


「家。べんり」


「そうだな。家は便利だ」


 ユキが大きく頷く。


「いえ、えらい」


「よし」


 俺は袖をまくった。


「朝食後、段取り開始だ」


 朝食は簡単にした。


 ロールパンと野菜スープ、少しのハム。昨日の夜にカップ麺とのり弁を食べたばかりなので、全員の胃袋にも優しい構成だ。


 ユキはパンを食べながら、俺を見る。


「おっちゃん」


「何だ?」


「きょう、にく?」


「昼か夜には出す」


「やくそく?」


「約束だ」


「ユキ、げんばかんとく、がんばる」


「肉で士気が上がるタイプの監督か」


 ドランがうむうむと頷く。


「良い監督ではないか」


「肉同盟同士、士気を上げてくれ」


 朝食後、湖畔の朝に、白狐神の群れの家づくりが始まった……と言うと格好いいが、実際には俺がスキル画面を前に固まり、ユキがこびゃっこを抱えて胸を張り、ニナが工具の気配を察知して目を輝かせ、ドランがなぜか準備運動を始めている。


「ドラン、何してるんだ?」


「力仕事だろう?」


「まだ説明してないが」


「説明前の準備だ」


「意識だけは高いな」


 まず必要なのは、安全だ。仮設のユニットハウスを設置する。仮設風呂を置く。仮設トイレを置く。水を運ぶ。重機も使う。子供がいる現場で、安全装備なしは論外だ。


「全員、これをかぶってくれ」


 俺は工事用ヘルメットを購入した。基本は白。ガラン、リーファ、ドラン、ロク、マリベル、リリア、アルノ用。


 ユキには青いラインの入った監督用ヘルメット。


 そしてニナには黄色のヘルメット。正面に緑十字と「安全第一」の文字入り。


 ミーシャには赤。トトには水色。猫族の二人は耳が当たらないよう、中の発泡材とベルト位置を少し加工した。


「ユキ、これ」


 俺が青ライン入りヘルメットを渡すと、ユキは目を丸くした。


「おっちゃん、これは?」


「現場監督用ヘルメットだ」


「ユキ、げんばかんとく」


「ああ。偉いけど、危ないところに入らない人だ」


「ユキ、えらい?」


「かなり偉い」


 ユキは真剣な顔でヘルメットをかぶった。白い狐耳はヘルメットの下で少し窮屈そうだったが、そこは耳の位置を避けるように中を調整してある。


「しっぽは?」


「尻尾にヘルメットはいらない」


「む」


「なんで、む?」


「しっぽも、ユキ」


「いきなり哲学を始めるな」


 ニナには黄色ヘルメットを渡す。


「ニナ、これは見習い用だ」


「黄色」


「そう。ここに緑の十字があるだろ。安全を表す印だ」


「安全」


「こっちの文字は『安全第一』。危ないことをしない。けがをしない。それが一番大事、という意味だ」


 ニナはヘルメットを両手で持って、文字をじっと見つめた。


「あんぜんだいいち」


「そう」


「ニナの?」


「ああ。ニナの」


 ニナは無表情のまま、ものすごく嬉しそうな空気を出した。


「あんぜんだいいち。べんり」


「便利というより大事だな」


「だいじ。べんり」


「まあ、合ってる」


 ニナはヘルメットをかぶり、顎紐を締めた。それから、ものすごく真剣な顔で俺を見上げる。


「ヒカル」


「何だ?」


「ニナ、もう、工事のひと?」


「工事の見習いだな」


 ニナは少しだけ胸を張った。


「見習い。べんり」


「本人が便利になる方向か」


 ミーシャは赤いヘルメットをかぶり、トトの水色ヘルメットの紐を直していた。


「痛くない?」


「うん。耳、当たらない」


「よかった」


 トトはヘルメットを両手で押さえて、少しだけ笑った。


「ぼくの、水の色」


「似合ってるぞ」


 トトは照れたように耳を揺らした。


 リリアは白ヘルメットを受け取り、少し困った顔をした。


「私も、かぶるのですか?」


「全員だ。工事の近くでは被ってくれ。見てるだけでも、何か飛んでくるかもしれない」


「分かりました」


 リリアがヘルメットをかぶると、ユキが満足そうに頷いた。


「リリア、あんぜん」


「はい、ユキ監督」


「かんとく!」


 ユキの耳がヘルメットの下でぴこっと動いた。


「ユキ、かんとく!」


「調子に乗るなよ、監督」


「おっちゃん、あんぜんだいいち」


「俺が言われる側か」


 ドランは白ヘルメットをかぶり、腕を組んだ。


「どうだ、ヒカル。似合うか」


「工事現場で一番酒を持ち込みそうな顔をしてる」


「褒めておるのか?」


「褒めてない」


 すかさずマリベルが言う。


「ドランさん、工事中の飲酒は禁止です」


「まだ飲んでおらん!」


「今後もです」


「むう」


 ユキがドランを指差した。


「ドラン、あんぜんだいいち」


「お、おう。監督が言うなら仕方ない」


 だから、なぜ俺よりユキの言うことを聞く。


 全員にヘルメットが行き渡ったところで、俺は作業計画を説明した。


 まず住居。次に水回り。それから風呂、トイレ、洗濯場所。食堂テントの裏にはキッチン用のタープを作る。祠は仮の予定地だけ決める。


「前に話したよな。祠は、前にユキが森で寝ていた場所にも建てる予定だ」


 俺が言うと、ユキが顔を上げた。


「あそこ?」


「ああ。ユキの最初の寝床だ。あそこは大事な場所だろ」


「うん」


「でも、この拠点にも建てる。ここが群れの家になるなら、ここにも白狐神の場所が必要だ」


 ユキは少し不思議そうにした。


「びゃっこ、ユキ、ここにいるよ」


「そうだな」


「ほこら、いるの?」


「皆にとっても、ここは大事な場所になる。あと、結界の中核にもなると思う」


 リーファが静かに頷いた。


「白狐神の拠点なら、祠はあった方がいいわ。信仰というより、場所を定める意味がある」


 マリベルも言う。


「神域の安定にも関わるかもしれません」


 ユキはこびゃっこを抱きしめた。


「むれのばしょ、だいじ」


「ああ。ユキの場所で、群れの場所だ」


 ユキはしばらく考えて、それから頷いた。


「じゃあ、つくる」


「今日はまだ作らない。ちゃんとした祠は、住む場所を整えてからだ」


「うん。だんどり」


「そう。段取りだ」


 俺は地面に棒で簡単な見取り図を描いた。湖側。住居予定地。食堂テント。キッチン用テント。水回り予定地。祠予定地。


 皆が覗き込む。


「ここに住居を置く。湖から少し離れて、少し高い場所だ。雨が降っても水が溜まりにくい。当面、食堂は今のタープを使う。裏に同じ大きさのキッチン用タープを置く。風呂とトイレは住居の裏手に少し離す」


 ガランが腕を組む。


「動線を分けるのか」


「ああ。寝る場所の近くで油や水を使いすぎると、汚れるし危ない」


 リリアが頷いた。


「貴族屋敷でも、厨房と寝室区画は分かれています。規模は違いますが、考え方は同じですね」


「助かる。生活動線はリリアにも確認してもらう」


「はい。座ったままでしたら」


「座ったままで頼む」


 ユキが地面の図を見下ろす。


「ここ、ユキのいえ?」


「一棟目だな」


「となり、ミーシャ、トト、ニナ、リリア?」


「そう」


「ちかい」


「ああ。近い方が安心だろ」


「うん」


 ミーシャも図を見ていた。


「隣……」


「近いぞ。何かあったらすぐ呼べる」


 トトが小さく言う。


「夜でも?」


「夜でも」


 ユキが胸を張った。


「ユキ、いる」


 トトは少しだけ安心したように頷いた。ニナは地面の図をじっと見て、首を傾げた。


「線、家になる?」


「この線の場所に、これから家を置く」


「線、べんり」


「線はかなり便利だな。予定が見える」


 ニナは真剣に頷いた。


「予定、べんり」


「お前、本当に現場向きだな」


 そこへ、ドランが見取り図を見て言った。


「で、ワシは何を持てばいい?」


「まだ何も持つな」


「む」


「むじゃない。説明中だ」


 するとユキが言った。


「ドラン、まつ。あんぜんだいいち」


「おお。監督がそう言うなら待つ」


 ユキが俺を見た。


「おっちゃん」


「何だ?」


「げんばかんとく、みんないうこときく、べんり」


「自分で言うな」


 俺は苦笑しながら、見取り図の横に大きく文字を書いた。


『安全第一』


 この世界の文字は、カタカナやひらがなだが、これは漢字だ。一般に使われていないので、皆には読めない。だが、ニナの黄色ヘルメットにも同じ文字がある。


「これは、俺の世界の文字だ。意味はさっき言った通り、安全が一番大事、という意味」


 ニナがヘルメットを押さえる。


「あんぜんだいいち」


「そう。今日の合言葉だ」


 ユキが胸を張る。


「ユキ、かんとく。あんぜんだいいち」


 ニナも続く。


「ニナ、見習い。あんぜんだいいち」


 ドランが乗った。


「ワシ、力仕事。安全第一!」


 マリベルが即座に言う。


「ドランさんは特にです」


「なぜワシだけ強調される!」


 ロクが小声で言う。


「普段の行いっすね」


「聞こえておるぞ!」


 ガランが肩をすくめた。


「まあ、良い合言葉だ」


 リーファも笑う。


「ユキちゃん監督なら、皆ちゃんと守りそうね」


「ユキ、まもる」


 ユキはこびゃっこを抱えて、青ラインヘルメットを押さえた。


「おっちゃんも、まもる」


「俺もか」


「おっちゃん、すぐ、がんばりすぎる」


「……否定しづらいな」


 リリアが静かに微笑んだ。


「では、ヒカルさんも監督の指示を聞かないといけませんね」


「リリアまで」


「安全第一ですから」


「くっ、正論が痛い」


 こうして、湖畔仮拠点の工事初日は、俺の想定よりもずっと騒がしく始まった。


 セルフビルド取得。現場計画。ヘルメット配布。安全第一。現場監督ユキ。見習いニナ。そして、なぜか監督の指示には素直に従うドラン。


 不安材料は山ほどある。だが、俺は少しだけ安心していた。ここには、もう「守られるだけの人」はいない。


 小さな役割ができ始めている。それは、家を建てる前に必要な、群れの土台なのかもしれない。


「よし」


 俺は見取り図をもう一度確認した。


「次は整地だ。重機を出す」


 ドランが目を輝かせた。


「重機?」


 ニナも目を輝かせた。


「じゅうき?」


 ユキが青ラインヘルメットを押さえた。


「おっちゃん、あんぜんだいいち」


「分かってる」


 そして俺は思った。この現場、たぶん一番危ないのは重機ではない。興味津々のドワーフ二名と、やる気満々の白狐神監督である。


 湖畔の朝に、俺の胃が少しだけ痛くなった。家づくりは、まだ始まったばかりだ。



【収支報告】


異世界生活十一日目・朝


開始残高:863,291 pt


今回の購入:

・手習い:セルフビルド取得 3,000 pt(約300,000円)

・工事用ヘルメット一式、監督用ヘルメット、見習い用黄色ヘルメット、子供用ヘルメット加工部材 210 pt(約21,000円)

・朝食用パン、スープ材料、ハム、飲料水補充 75 pt(約7,500円)


今回支出合計:3,285 pt(約328,500円)


現在残高:

863,291 pt − 3,285 pt = 860,006 pt


円換算目安:

860,006 pt × 100円 = 約86,000,600円相当


続く

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