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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第26話 白狐神、四輪バギーに乗る


 車は森の外縁を目指して走った。


 朝の光が、草地とまばらな木々を照らしている。道と呼べるほど整っていない地面を、十四人乗りのコミューターバスがごとごと揺れながら進む。


 昨日までの俺なら、こんな場所を車で走るなんて絶対にやらなかった。だが今は、助手席にはランクSのハンターが乗り、後ろには白狐神幼女と元奴隷たち。最後部には元使役魔犬二頭を乗せて車を走らせている。


 人生、何が起こるか分からない。いや、分からなすぎる。


「ヒカル、少し速度を落とせ」


 助手席のガランが言った。


「揺れすぎか?」


「それもあるが、この先は地面がぬかるんでいる」


「分かるのか?」


「草の色が違う。水が溜まりやすい場所だ」


「なるほど」


 俺はアクセルを緩めた。車が速度を落とす。車・バイクスキルのおかげで運転感覚はあるが、この世界の道はさすがに想定外だ。


 舗装などなく標識もない。当然ガードレールもない。ガランの地形判断がなければ、どこかで派手にハマっていたかもしれない。


 後ろからユキの声がした。


「おっちゃん、くるまゆっくり」


「ああ。道が悪い」


「しっぽ、ちょっと、へいき」


「よかったな」


 ユキはリーファに抱っこされながら、デニムのサロペット姿で尻尾を出している。背中のファスナー加工したところから、ふわふわの白い尻尾。


 完全に現代服だ。しかも神獣幼女仕様。もう現代製品の自重は捨てた。ユキの尻尾が苦しくない方が大事だ。


 リーファも、前話で着替えた深緑のアウトドアパンツと薄いベージュの速乾シャツ、軽いフード付きジャケット姿だ。弓を扱う邪魔にならないよう袖口を絞っているので、ユキを抱えたままでも動きが軽い。


「ユキちゃん、尻尾をこっちに」


「しっぽ、こっち?」


「そう。その方が潰れないわ」


「リーファ、しっぽ、わかってる」


「少しずつね」


 ユキは満足げに頷いた。


「リーファ、しっぽかかり」


「係になったの?」


「うん」


 リーファは苦笑した。


「光栄ね」


 その横では、ミーシャが赤いトレーナーとデニムサロペット姿で座っていた。猫族の尻尾も、俺が同じようにファスナー加工してある。ミーシャは最初、尻尾を出していいのか戸惑っていたが、今はそっと座席の横に流している。


 砦では、耳も尻尾も隠されていた。奴隷として、亜人として、見られることを怖がっていた。でも今は、少なくともこの車内では隠さなくていい。


 それだけで、呼吸が少し楽になっているように見えた。


 トトは水色のトレーナーを着て、膝を抱えている。猫族の耳はぴんと立っているが、車の揺れにまだ慣れていないらしく、時々ぎゅっと目を閉じる。


「トト、大丈夫か?」


 俺がバックミラー越しに聞くと、トトは小さく頷いた。


「だいじょうぶ……速いの、ちょっと怖いけど」


「怖かったら言え。休憩するからな」


「うん」


 トトの小さな猫尻尾も、サロペットの後ろから出ている。揺れるたびにぴくぴく動くので、怖いのを必死で我慢しているのが丸分かりだった。


 その隣で、ニナは黄色いトレーナー姿で車の床を見ていた。


「ニナ、何してる?」


「この車、下に何かある」


「エンジンとか駆動系とか、いろいろな」


「見たい」


「今は駄目だ」


「あとで?」


「湖畔に戻ってからな」


「約束」


 この子は工具や機械に興味がありすぎる。将来、車を分解し始めないか心配だ。いや、分解しても戻せるならいいのか?よくない。まだ早い。


 リリアは青系のネルシャツを羽織り、子供たちを気にしながら座っている。ストレッチジーンズにTシャツ、ネルシャツ。昨日の破れたメイド服とは、まるで違う。


 だが、彼女はまだ服の袖や裾を何度も確認していた。汚してはいけない。破ってはいけない。自分には過ぎたものではないか。そんな不安が見える。それでも、時々シャツの布地を指で撫でていた。気に入っているのだろう。


 アルノはマリベルの隣で眠っている。マリベルも紺色のアウトドアパンツ、薄灰色の長袖速乾シャツ、落ち着いた紫系の軽量ジャケット姿だ。ポケットが多く、包帯や小瓶を分けて入れられるので、治療担当としてかなり使いやすそうだった。


 車の揺れはアルノに負担になるが、徒歩よりはずっとましだ。マリベルがこまめに様子を見ている。


「熱は上がっていません」


「よかった」


「ただ、長時間は避けたいですね」


「森に入る手前で休憩を取る」


「お願いします」


 ドランは最後列で腕を組んでいた。だが、目はずっと車内のあちこちを観察している。


「ヒカル」


「何だ?」


「この車というもの、家を建てる時にも使えるか?」


「荷物を運ぶのには使える」


「木材もか?」


「それなら収納にあるピックアップトラックがいいかもな」


「ほう!」


 ドランの声が明るくなる。レイクサーペント討伐で使った、M2ブローニング重機関銃が据え付けられたピックアップトラックは、あれから収納に入れたままだ。二度とあの武器を使う事態が起きてほしくないが、トラック自体は使い様によっては、役に立ちそうだ。


「では、湖畔に戻ったら、その荷物用の車も見るべきだな」


「どんどん異界文明に染まっていくぞ。いいのか?」


「便利なものは使うべきだ」


 ニナが頷く。


「べんり、使いたい」


 ドランが嬉しそうに笑った。


「分かっておるな、ニナ」


 師弟関係が始まりかけている。


 ロクはミミとクロメの間で、外の匂いを確認していた。車の窓は少しだけ開けてある。


「追手の匂いはまだないっす。ただ、街道から離れているから、こっちに来るには時間がかかるっすね」


「助かる」


「でも、車の匂いというか、変な油の匂いが残るっす。犬を使われたら、気づかれるかも」


「狼族の意見として?」


「狼族としてっす」


 やはり犬と言わないのは大事らしい。横でガランが地図を折り畳む。


「昼前には森の外縁に入る。そこから先は、車で進める道を探しながら移動する」


「湖畔まで車で行けるか?」


「無理だろう。森の中は木が密すぎる」


「なら、途中で収納して徒歩か」


「ああ。ただ、負傷者と子供がいる。可能な限り車で距離を稼ぐ」


「分かった」


 俺はハンドルを握り直した。この車がなければ、今の人数での移動は無理だった。車・バイク関係のスキル。趣味の王道だが本当に取ってよかった。


 しばらく進むと、前方に低い丘が見えてきた。その向こうに森の線が濃くなっている。


 ガランが言った。


「ここで一度止まろう。見通しが良い」


「了解」


 俺は丘の手前で車を停めた。エンジンを切ると、急に静かになる。全員がほっと息を吐いた。


「休憩だ。外に出る時は周囲確認してから」


 ガランとリーファ、ロクが先に降りる。ミミとクロメも続いた。二頭は地面に降りるなり、ぐるぐると周囲を嗅ぎ始める。


 安全確認が終わると、子供たちも外へ出た。トトは車から降りた瞬間、地面に手をついた。


「地面……動かない……」


「車酔いしたか?」


 俺が聞くと、トトは少し青い顔で頷いた。


「ちょっと」


「悪かったな。次からもう少し休憩を増やす」


「うん」


 マリベルが水を渡し、背中をさする。


「遠くを見て、ゆっくり呼吸してください」


「はい……」


 俺は収納から、小児用の乗り物酔い薬を取り出した。異界の薬をそのまま飲ませるのは怖い。俺は錠剤の入った小袋を手に、鑑定を使う。



【鑑定結果】

名称:小児用乗り物酔い薬

状態:未開封

効果:乗り物酔いによる吐き気、めまいの軽減

適応:人族、獣人族、エルフ、ドワーフ

注意:眠気あり。過剰摂取不可。

危険性:通常量であれば低い

備考:猫族の小児にも使用可能。水または食後の服用推奨。



「よし大丈夫だ。トト、これを飲め」


 トトは薬を見て、少し身を引いた。


「くすり?」


「ああ。車酔いしにくくなる薬だ。鑑定で危険は低いと出た」


「苦い?」


「たぶん少し」


 ユキが覗き込む。


「おくすり、えらい?」


「体を楽にするなら偉い」


「にくより?」


「肉とは分野が違う」


「ぶんや?...ぶんや」


 ユキは新しい単語を覚えた顔をした。ユキは俺と出会って以来、会話の中で様々な単語を反芻して覚えていく。中には、覚えなくても良い単語もあるが。


 トトはミーシャを見た。ミーシャは不安そうに俺を見る。


「本当に大丈夫?」


「無理には飲ませない。ただ、このまま揺れる道を行くと、つらいと思う」


 ミーシャはトトの背中をさすった。


「トト、どうする?」


 トトは少し迷ってから、頷いた。


「飲む」


 俺は水と一緒に、規定量より少なめにして飲ませた。トトは顔をしかめる。


「にがい……」


 ユキが真剣に頷いた。


「トト、がんばった」


「うん……」


「あとで、あまいの、いる?」


「甘いの?」


 トトの耳が少しだけ立った。この反応、分かりやすい。俺は子供達に大きめの飴玉を配った。甘いものを殆ど口にすることが無かった三人の方は、口に入れた途端に目を大きくした。


 飴玉を舐めてご機嫌なユキは、尻尾をぶわっと広げる。


「しっぽ、のびる!」


「車内で我慢したからな」


「しっぽ、えらい」


「ああ。偉いな」


 ユキは草地を少し歩き回る。白い尻尾が朝日に光る。ミーシャがそれを見て、自分の尻尾を少し動かした。


 ユキが気づく。


「ミーシャのしっぽも、でてる」


「……うん」


「しっぽ、せまいの、いや?」


「嫌だった」


「じゃあ、でてるの、いい」


「……うん」


 ミーシャは尻尾を少しだけ揺らした。それはとても小さな動きだった。でも、たぶん大事な一歩だった。トトもそれを見て、自分の尻尾をちょっとだけ動かした。


「トトのしっぽも、でてる」


 ユキが言うと、トトは少し照れたように耳を伏せた。


「うん……変じゃない?」


「へんじゃない。しっぽ、えらい」


「えらいんだ」


「うん」


 トトは少しだけ笑った。リリアは車の近くで、子供たちの様子を見ていた。休んでいろと言っても、つい世話を焼こうとする。俺は彼女に折りたたみ椅子を出した。


「リリア、座って」


「私は立っております」


「座るんだ」


「ですが」


「回復が仕事」


 リリアは一瞬困った顔をしたが、やがて小さく頷いた。


「はい、ヒカルさん」


 彼女は椅子に座った。最初は遠慮がちに、座面の端にちょこんと。


 ユキがそれを見て言う。


「リリア、もっと、すわる」


「え?」


「ふかふか、ちゃんと」


 リリアは少しだけ笑い、座り直した。


「はい」


 ユキは満足そうに頷く。


「リリア、ちょっと、じょうず」


 何が上手なのか。座ることか?でも、リリアにとってはそれも練習なのだろう。


 俺は休憩用に水と軽い携帯食を出そうとして、手を止めた。


 肉を欲しがるユキだけ特別。今までは、そうなりがちだった。森で最初に出会い、名付けし、俺にとって一番守りたい存在なのは変わらない。


 でも、ミーシャ、トト、ニナは見ている。奴隷だった子供は、配られる量を見る。順番を見る。大きさを見る。誰が大事にされているかを、そこで判断してしまう。それはたぶん、生き残るために身につけてしまった癖だ。


 俺は小さく息を吐いた。少なくとも暫くは一緒に生活することになるだろう。まずはここから変えなければいけない。


「ユキ、ミーシャ、トト、ニナ」


「なに?」


 ユキが振り返る。


「今から出す菓子は、中身は違うけど、四人とも同じものだ」


「同じ?」


「ああ。同じ」


 俺は収納から説明しながら、アンパン、クリームパン、ジャムパンを出した。さらに小さな紙パックのジュース。ストロー付き。子供四人分。同じ大きさ。同じ数。同じ飲み物。


 ユキは目を丸くした。


「あんぱん?」


「甘いパンだ」


「くりーむ?」


「甘い」


「じゃむ?」


「甘い」


「おっちゃん」


「何だ?」


「ぜんぶ、えらい」


「食べる前から評価が高いな」


 ミーシャはパンを見つめていた。ユキの分だけ大きいわけではない。自分の分だけ小さいわけでもない。トトも。ニナも。同じ。


 ミーシャはしばらく何も言わなかった。


「……これ、本当に同じ?」


「ああ、中身は違うが、同じ菓子パンだ」


「ユキも?」


「ユキも」


「私たちも?」


「もちろん」


 ミーシャはパンを受け取る手を、少し震わせた。トトも目を丸くしている。


「ぼくも、同じ?」


「同じだ」


 ニナは紙パックを持って言った。


「同じ。べんり」


「便利で片づけるのか」


 それはたぶん、かなり核心を突いている。ユキはアンパンを両手で持った。


「ユキ、あんぱん」


「選んでいいぞ。四人で好きなのを決めろ」


「えらぶ?」


 ミーシャがまた戸惑う。


「好きなのを選んでいい」


「……本当に?」


「本当」


 四人は顔を見合わせた。ユキはアンパン。ミーシャはジャムパン。トトはクリームパン。ニナは少し迷って、アンパンを選んだ。


「ニナも、あんぱん?」


「まるい。持ちやすい。べんり」


「なるほど。持ちやすさに便利を感じるか」


 俺は大人たちにも少しずつ菓子パンを出した。ガランは珍しそうにパンを見る。


「これは保存食か?」


「菓子パンだ。甘いパン」


 ドランが目を輝かせる。


「酒には合うか?」


「今は酒はないぞ」


「むう」


 ロクが匂いを嗅ぐ。


「甘い匂いっすね。これは危険っす」


「何が?」


「食べすぎるっす」


「それは分かる」


 リーファはクリームパンを少し割って中を見た。


「中に甘いものが入っているのね」


 マリベルも興味深そうに見る。


「携帯食としては柔らかすぎますが、疲労回復には良さそうです」


「完全に分析してるな」


 リリアはパンを両手で受け取り、またいつものように遠慮しかけた。


「私は後で――」


「今」


「はい」


 リリアは少し笑い、クリームパンを口にした。その瞬間、目が見開かれる。


「……甘い」


「甘いもの、久しぶりか?」


 リリアは小さく頷いた。


「はい。とても……久しぶりです」


 ユキはアンパンをひと口かじると目が輝く。


「うんみゃあ!」


「出たな」


「あんぱん、えらい!」


 ニナもアンパンを食べて頷いた。


「中、黒い。甘い。べんり」


「便利ではない」


「おいしい。べんり」


「まあ、それならいいか」


 トトはクリームパンをかじって、しばらく固まった。


「……甘い」


 ミーシャが少し心配そうに見る。


「トト?」


「おねえちゃん、これ、甘い」


「うん」


「ぼく、甘いの、食べてる」


 それだけで泣きそうな顔になる。ミーシャもジャムパンを見つめた。


「うん。私たちも、食べてる」


 俺は見ていないふりをした。見ていると、こちらまで変な顔になりそうだった。


 次はジュースだ。


「これはどう飲むの?」


 ミーシャが紙パックを持って聞いた。


「ストローを刺して飲む」


「刺す?」


「ここに」


 俺は一つを見本にして、ストローを取り、銀色の小さな丸へ刺す。


 ぷすっ。ユキがびくっとした。


「さした!」


「飲み口を作っただけだ」


「こわれた?」


「壊れてない」


 俺はストローから少し飲んで見せた。


「こうだ」


 ユキが目を丸くする。


「ちゅーってする?」


「そう」


「ユキ、やる」


 ユキはストローを手に取り、紙パックに刺そうとするが、少しズレる。


「む」


「そこじゃない。ここ」


「ここ?」


「そう」


 ぷすっ。刺さった。ユキは慎重に口をつける。ちゅー。次の瞬間、耳がぴんと立った。


「りんご!」


「リンゴジュースだ」


「しあわせのみず、つめたい!」


「それはジュースだ」


「じゅーす、えらい!」


 ミーシャも恐る恐るストローを刺す。最初は力が足りず、ストローが折れそうになったので、俺が手伝った。


「こう」


「穴を開けていいの?」


「開けるための場所だ」


「不思議……」


 トトは刺すのが怖いらしく、ミーシャに手伝ってもらった。ニナは一発で刺した。


「刺さった」


「うまいな」


「構造、わかった」


「やっぱり君は危険だ」


 ニナはストローでジュースを飲み、目を細めた。


「甘い水。べんり」


 ドランも紙パックを持っていた。


「ヒカル、これは酒にも使えるのか?」


「その発想から離れろ」


「だが、こぼれにくそうだ」


「そこは正しい」


 ロクもストローを咥えて戸惑っている。


「吸う加減が難しいっす」


「狼族でもストローは初めてか」


「初めてっすね。というか、何で液体が細い管を上がってくるんすか」


「吸ってるからだ」


「理屈は分かるっす。でも不思議っす」


 ガランは静かにパックジュースを飲んでいた。


「便利だな」


「ガランまで便利派に」


「遠征中に液体をこぼさず飲める。十分に便利だ」


「兵糧じゃないぞ」


 休憩の空気は、ずいぶん柔らかくなった。だが、いつまでもここにはいられない。暫くして、ガランが丘の上から戻って来た。


「見通しは問題ない。だが西の街道側に砂煙がある」


「追手か?」


「距離がある。こちらに向かっているかは分からん」


「長居はしない方がいいな」


「ああ」


 休憩を短く切り上げ、再び車へ乗る。次は少しだけ席替えした。トトが酔いやすいので、窓側の前寄りへ。リリアがその隣で見守る。ユキは相変わらずリーファに抱っこ。


「ユキ、じぶんですわれる」


「尻尾が挟まるでしょう?」


「リーファ、しっぽ、わかってる」


「だから抱っこね」


「うん」


 ユキは素直に抱っこされていた。リーファにかなり懐いている。


 少し進むと、道はさらに荒れた。車体が左右に揺れる。


「うおっ」


 俺はハンドルを取られそうになり、慌てて立て直す。車・バイクのスキルがなければ危なかった。


 ガランが冷静に言う。


「右に岩。左へ寄せろ」


「了解」


「その先、倒木」


「見えてる」


「避けられるか?」


「ギリギリ」


 車は倒木の横をかすめるように通る。後部でドランが笑った。


「ヒカル、なかなかやるではないか!」


「褒めるなら生きて着いてからにしてくれ!」


「それもそうだ!」


 変に楽しくなってきているのが怖い。


 森の外縁に近づくにつれ、空気が変わった。人の匂いが薄れ、湿った土と木々の匂いが濃くなる。


 ユキが顔を上げた。


「もりのにおい」


「ああ。戻ってきたな」


「ユキ、もり、わかる」


「怖いか?」


 ユキは少し考えた。


「まえは、ひとりだった。いま、むれ」


「そうだな」


「だから、ちょっとだいじょうぶ」


 その言葉に、車内が少し静かになった。トトが小さく言う。


「群れだと、ちょっと大丈夫……」


 ミーシャが彼を見る。


「トト?」


「ぼく、まだ怖いけど……ちょっと大丈夫」


 ミーシャは一瞬、何か言いかけた。でも、黙って頷いた。


「うん。ちょっと大丈夫」


 ニナも続く。


「さっき食べたから、おなか、ちょっと大丈夫」


「ニナはそこか」


 俺が言うと、ユキが真剣に頷いた。


「おなか、だいじ」


「それはそうだな」


 リリアが柔らかく笑った。本当に、少しずつだ。少しずつ、空気が変わっている。


 森に入る手前で、ガランが手を上げた。


「ここまでだ。この先は車では難しい」


 俺は車を止めた。前方には木々が密集し、道らしい道は細くなっている。流石に十四人乗りの車では通れない。


「降りよう」


 全員が車を降りる。荷物は最低限だけ出す。車は収納。白い大きな車体が消えると、森の静けさが戻った。


 ミーシャが小さく呟く。


「やっぱり魔法みたい」


 ニナが言う。


「収納。べんり」


 ニナの感想はずっと一貫している。徒歩の隊列を組む。


 先頭はロクとミミ、クロメ。次にガランとリーファ。中央に子供たち、ユキ、リリア、アルノ。アルノは簡易担架に乗せ、ドランとガランが担ぐ。俺はユキの近く。マリベルは負傷者と子供たちを見る。


 リリアは歩けると言ったが、まだふらつく。俺は彼女に軽いトレッキングポールを渡した。


「杖代わりだ。無理するな」


「はい」


「つらくなったら言う」


「はい」


「我慢して倒れるのが一番困る」


 リリアは少しだけ苦笑した。


「はい、ヒカルさん」


 ちゃんと返事はしている。ただし本当に言うかどうかは怪しい。そこは見ていくしかない。


 森の中へ入る。木々が近く、枝が低い。足元は根と落ち葉で、ところどころぬかるんでいる。十数分ほど歩いたところで、俺は足を止めた。


 息が切れたわけではない。問題は、子供たちとリリアとアルノだった。


 ミーシャは気丈に歩いている。トトも酔い止めが効いてきたのか顔色は戻りつつあるが、足取りは重い。ニナは頑張っているが、短い足で森の根を越えるのは大変だ。

 

 リリアは杖を使っていても、時々身体が揺れる。アルノは担架だ。担ぐドランとガランへの負担も大きい。


 このまま徒歩で進めば、湖畔まで着く前に誰かが倒れる。


 俺は立ち止まった。


「……無理だな」


 ガランがこちらを見る。


「どうした?」


「この人数で徒歩は厳しい。特に子供たちとリリア、アルノがもたない」


「それは分かっている。だが車は入れん」


「十四人乗りの車ではな」


 俺はスキル画面を開いた。車・バイクショップ。オフロード。作業車。サイドバイサイド。六人乗り。荷台付き。四輪駆動。検索条件を頭の中で絞る。


 森の中を走れる。幅が狭い。六人乗り。荷台あり。四輪駆動。悪路対応。画面に、緑色の作業用バギーが表示された。



【車・バイクショップ】

商品名:六人乗りオフロード作業バギー

仕様:四輪駆動、二列シート、荷台付き、悪路対応、ガソリンエンジン

定員:六名

特徴:森林作業、農地移動、荷物運搬、牽引向け

価格:38,500 pt



「あるな」


「何がある?」


 ガランが聞く。


「森用の小さい車だ。六人乗り。荷台付き。二台あれば全員を運べる」


「小さい車?」


「馬車より小さい。車より細く悪路に強い。森の道なら、枝を避けながら何とか行けそうだ」


 ニナの目が光った。


「新しいべんり?」


「そうだ。新しい便利だ」


「見る」


「今から見る」


 俺は少し考える。一台では足りない、二台必要だ。


 運転手は俺と、もう一人。ガランならいけるか?ランクSの身体能力と判断力。地形を見る能力。冷静さ。たぶん、できる。


「ガラン」


「何だ?」


「運転を覚えられるか?」


「どれほど難しい?」


「馬よりは素直だ。ただ、最初は怖い」


「なら覚える」


 即答だった。


「早いな」


「必要なのだろう?」


「ああ」


「なら覚える」


 この人、本当に頼もしい。俺は全員を少し離れさせ、収納から一台目を出した。低く、幅のある車体。二列のシート。ハンドル。ロールバー。後ろに小さな荷台。


 コミューターバスよりはずっと小さい。森の中でも、これなら進めそうだ。だが、異世界の森に出すと、やはり異物感がすごい。


 ドランが口笛を吹いた。


「ほう。これは働き者の顔をしておる」


「分かるのか?」


「荷台がある。働き者だ」


 ニナも真剣に頷く。


「働く、べんり」


「君たち、感性が近いな」


 ユキはバギーを見て首を傾げた。


「くるま、ちいさい」


「ああ。森用だ」


「もりの、くるま?」


「そうだ」


「むれ、のる?」


「乗る」


「じゃあ、えらい」


 評価基準が分かりやすい。さらに二台目を出す。二台並ぶと、急に小さな作業場みたいになった。俺はガランを運転席に座らせる。


「まず説明する。右がアクセル。踏むと進む。こっちがブレーキ。踏むと止まる。ハンドルで方向。これはシフト。前進、停止、後退。基本は前進だけ覚えればいい」


「分かった」


「いや、まだ何もしてない」


「構造は理解した」


「本当に?」


 ガランは真顔で頷く。


「馬よりは単純だ。機嫌を読まなくていい」


「それはそうだが」


 俺はエンジンをかける。低い唸り。リリアがびくっとし、トトもミーシャにしがみつく。


 ユキが言う。


「だいじょうぶ。くるま、ちいさいけど、みかた」


「小さいけど味方なんだ」


 トトが小さく言う。


「うん」


 ユキは自信満々だった。俺はガランの隣で操作を見せる。


「ゆっくりアクセル。急に踏むな。ブレーキは早め。木の根は斜めに越えない。ぬかるみは勢いを殺しすぎると止まる」


「なるほど」


「分かるのか?」


「地形の読みは同じだ。違うのは足が車輪になったことだな」


「理解が早すぎる」


 ガランはまず空き地でゆっくり進む。止まる。曲がる。後退する。もう一度進む。二回ほど操作しただけで、明らかに動きが安定した。


 ランクS、怖い。


「どうだ?」


 俺が聞くと、ガランはハンドルを握ったまま答えた。


「問題ない。速度を上げなければ、森でも使える」


「本当にすぐ覚えたな」


「体に伝わる反応を読めばいい。馬ほど難しくない」


「異世界人の俺より適応してないか?」


「経験の差だ」


 経験って何だ。作業バギーの経験はないはずだろう。リーファが呆れたように笑う。


「ガランは昔からこうよ。初めての武器でも、少し触れば要点を掴むの」


「反則技だな、それは」


「ランクSだからね」


「便利な言葉だな、ランクS」


 練習を終え、乗車配置を決める。まず一台目。運転は俺。前席にユキとニナ。後席にリリア、トト、ミーシャ。


 二台目。運転はガラン。前席にリーファとロク。後席にマリベル、アルノ、ドラン。ミミは俺のバギーの荷台。クロメはガランのバギーの荷台。


 荷物はすでに俺が収納済みだ。なので荷台は二頭の場所にできる。


「全員、シートベルトを着けてくれ」


 俺はユキのベルトを締める。


「苦しくないか?」


「だいじょうぶ」


「痛くない?」


「うん。しっぽも、へいき」


「よし」


 ニナもベルトを締められ、金具を触っている。


「これ、外れる?」


「ここを押すと外れる」


 カチッ。ニナの目が輝く。


「構造、べんり」


「勝手に外すなよ」


「今は、しない」


「今は、じゃなくて走行中は絶対するな」


「わかった」


 ミーシャはトトのベルトを確認してから、自分のベルトを締めた。


「本当に、これで落ちない?」


「ああ」


「トト、痛くない?」


「うん」


 リリアは最後に座り、遠慮がちにベルトを持つ。


「私も……?」


「もちろん全員だ」


「はい」


 彼女は少し戸惑いながらも、ベルトを締めた。俺は確認する。アルノはマリベルが支え、ドランが反対側から押さえる。ベルトと固定タオルで揺れを少なくした。


「アルノ、大丈夫か?」


「はい……馬車よりは、楽そうです」


「たぶん揺れるぞ」


「覚悟します」


 ドランが豪快に笑う。


「任せろ。ワシが押さえておく」


「押さえすぎて潰すなよ」


「分かっておる」


 ロクは前席で少しそわそわしていた。


「俺、前でいいんすか?」


「鼻と耳で先を見てくれ。匂いが変わったら教えろ」


「了解っす」


 リーファは弓を膝元に置き、周囲を確認している。


「森の中でこれを走らせるなんて、後世の吟遊詩人が聞いたら嘘だと思うわね」


「絶対に歌にするな」


「私はしないわ」


「他の誰かがしそうで怖い」


 ガランが二台目のエンジンをかける。低い唸り。クロメが荷台で少し体を伏せる。ロクが後ろを振り返り、声をかける。


「大丈夫っす。味方っす」


 俺のバギーの荷台では、ミミが耳を伏せていた。ユキが後ろを向く。


「ミミ、だいじょうぶ。群れの、くるま」


 ミミはユキを見ると、少し落ち着いたように伏せた。


「よし。出るぞ」


 一台目を俺がゆっくり動かす。六人乗りバギーは、コミューターバスとはまったく違った。


 車体が軽い。小回りが利く。足元の凹凸を拾うが、森の細い道を何とか進める。枝がロールバーに当たり、草がタイヤに巻き込まれる。木の根を越えるたび、車体が上下するが、進める。


「おっちゃん!」


「どうした?」


「くるま、もりをあるいてる!」


「歩いてるというか走ってるな」


「もりのくるま、えらい!」


 ニナが前席で足元を見ている。


「タイヤ、よく動く」


「いいから前を向け」


「構造、見たい」


「湖畔に戻ってから」


「約束、増えた」


「そうだな。約束だらけだ」


 後席では、ミーシャがトトの肩を押さえている。


「トト、大丈夫?」


「うん……さっきより、まし」


 酔い止めが効いているらしい。リリアが安心したように息を吐く。


「よかったです」


「リリアも大丈夫か?」


 俺が聞くと、リリアは少し驚いてから答えた。


「はい。揺れますが、歩くよりずっと楽です」


「つらくなったら言え」


「はい」


 ちゃんと言えるかどうかは、まだ怪しい。だが、返事の声は昨日より少しだけ強かった。後ろを見ると、ガランの二台目も安定してついてきている。


 初運転とは思えない。木と木の間を抜けるタイミングも、ぬかるみへの入り方も上手い。


「ガラン、どうだ?」


 俺が少し声を張ると、後ろから返事が来た。


「問題ない。これはかなり使える」


「もう評価してる」


「森で負傷者を運べるのは大きい」


「だよな」


 マリベルも声を上げる。


「アルノさんへの負担も、担架より少ないです!」


「よかった!」


 ドランは楽しそうだ。


「ヒカル! これは湖畔で木材運びにも使えるぞ!」


「やっぱりそこか!」


「当然だ!」


 湖畔開拓の道具が、どんどん増えていく。森の中をバギーで進む。もちろん速くはない。だが徒歩よりずっと早い。休憩を挟みながら進めば、今日中にかなり距離を稼げる。


 昼過ぎ、小さな沢のそばで休憩を取った。ユキが地面に鳥居を描く。ミーシャたちが興味深そうに見ている。


「これ、何?」


 トトが聞く。


「とりい」


 ユキが答える。


「とりい?」


「まもの、くるなってする」


 ユキは指先を鳥居に当てる。ぱちっ。小さな放電。鳥居紋が淡く光り、空気が少し変わった。


 トトの猫耳がぴんと立つ。


「なんか、静か」


 ミーシャが周囲を見る。


「怖い感じが減った」


 ニナが鳥居の絵を見る。


「鳥居。べんり」


 また便利。ユキは胸を張った。


「ユキの、とりい」


 リリアがそっと頭を下げようとしたが、ユキがすぐに言う。


「リリア、さま、いらない」


 リリアは途中で止まる。


「はい、ユキ」


「うん」


 ユキは満足そうだった。休憩中、俺は簡単な昼食を用意する。


 ロールパン。スープ。チーズ。干し肉。子供四人には同じ量の菓子パンの残りと、同じパックジュースを出す。


 もちろん、ユキも同じ量だ。ユキが少し不思議そうに俺を見た。


「ユキも、おなじ?」


「ああ」


「おっちゃん、ユキ、すくない?」


「少なくない。みんな同じ」


 ユキは少し考えて、頷いた。


「むれのみんな、おなじ」


「そうだ」


「ユキ、せんぱいでも?」


「先輩でも同じ」


「む」


「嫌か?」


 ユキはパンを見て、ミーシャたちを見た。そしてまたパンを見る。


「……いやじゃない」


「そうか」


「ユキ、せんぱいだから、がまんもちょっとできる」


「偉いな」


「でも、みずうみで、ほっとみるく」


「ああ約束だ」


 ミーシャがそのやり取りを静かに見ていた。ユキだけが特別扱いされるわけではない。自分たちが少なくされるわけでもない。同じ。


 そのことに、ミーシャはまだ慣れていない顔をしている。でも、受け取ったパンを大事そうに食べていた。


 食後、トトが少し眠そうにしていた。酔い止めの眠気もあるのだろう。ミーシャが彼の肩を支える。


「寝ちゃ駄目。歩けなくなる」


「今は歩かなくていい。次もバギーだ」


 俺が言うと、ミーシャは少し驚いた顔をした。


「本当に?」


「本当だ。出発前に起こすから、少し横になっていい」


 リリアもそっと声をかける。


「少しだけ横になっても大丈夫ですよ。出発前に起こします」


 ミーシャは警戒した目でリリアを見る。


「本当に?」


「本当です」


「置いていかない?」


 リリアはその言葉に一瞬固まった。自分も同じ不安を持っているのだろう。それでも、彼女は優しく言った。


「置いていきません」


 ユキが横から言う。


「むれ、おいていかない」


 ミーシャはユキを見た。それから、トトを見て、頷いた。


「じゃあ、少しだけ」


 トトは毛布の上に横になり、すぐに眠った。ニナも座ったままうとうとし始める。ユキも眠そうになってきた。


「ユキも寝るか?」


「ユキ、せんぱい」


「せんぱいでも昼寝はする」


「じゃあ、ちょっと」


 ユキはこびゃっこを抱えて、俺の膝に頭を乗せようとした。だが、ふとリーファを見る。


「リーファ、だっこ」


「いいわよ」


 リーファが膝を開くと、ユキはそちらへ移動した。


「乗り換えたな」


「リーファ、やわらかい」


「俺は?」


「おっちゃん、あったかい」


「差別化されてる」


 リーファが笑った。ユキはすぐに目を閉じた。白い尻尾がふわりと広がり、リーファの腕にかかる。リーファは器用に尻尾を整える。完全にしっぽ係になっていた。


 休憩は短めに終わらせる。追手がないとはいえ、長居は危険だ。


 午後も森の外縁を進む。バギーが使える場所では、二台で進む。木が密な場所では一度降りて、俺が収納し、少し歩いてまた出す。


 面倒だが、徒歩だけよりはずっといい。ガランたちの経験はやはり大きかった。


 歩き方。休む場所。水の取り方。魔物の痕跡の見分け方。どこならバギーを出せるか。どこは車輪が沈むか。


 俺はキャンプスキルや狩猟スキルを持っているが、この世界の森そのものにはまだ素人だ。ガランたちの実地経験は大きい。


 途中、リーファが古い石碑のようなものを見つけた。苔に覆われ、半分崩れている。俺には読めない文字だったが、マリベルが目を細める。


「古い大陸共通語ですね。一部に漢字らしい文字もあります」


「漢字?」


 俺が反応すると、マリベルが頷いた。


「ええ。古文献に残る文字です。ニホンという名も、そうした文献に出てきます」


 ガランが俺を見る。


「ヒカル、お前が来たという国だったな」


「ああ。ニホンだ」


 ミーシャたちが俺を見る。


「ヒカルさん、別の国の人なの?」


 ミーシャが聞いた。


「まあ、別の国というか……別の世界というか」


「別の世界?」


 トトが猫耳を揺らす。ニナは少し考えてから言った。


「にほん、便利のくに?」


「だいたい合ってる」


「やっぱり」


 納得が早い。リリアは少し驚いた顔をしたが、すぐに目を伏せた。


「だから、あのような道具を……」


「詳しい話は湖畔でな。今は進むのが優先」


 俺は話を切り上げた。異界人であることは、ガランたちにはすでに話している。だが、ミーシャたちやリリアに詳しく説明するには、まだ早い。


 今は安全と休息だ。夕方近く、再び開けた場所に出た。遠くに、湖へ続く山並みの方向が見える。


 ガランが言う。


「バギーのおかげで予定より進んだ。明日の午前中には湖畔に戻れるだろう」


「午前中か」


「ああ。徒歩だけなら昼過ぎだった」


「高かったが、買って正解だったな」


「正解だ。あれは今後も使える」


 ドランが後ろから言う。


「木材運びにもな!」


「分かった。湖畔で試す」


 ニナの目が光る。


「見る」


「君はまず休め」


「見るのも休む」


「違う」


 ユキの顔が明るくなる。


「みずうみ?」


「明日だ」


「ユキの、かりのいえ?」


「ああ。仮の家だ」


「でも、こんど、ほんとのいえ?」


「そうだな」


 俺は皆を見る。アルノ。リリア。ミーシャ。トト。ニナ。ミミとクロメ。ガランたち。もう仮のテントだけでは足りない。


 帰ったら、家、食堂、シャワー小屋を作る。寝る場所を作って、診療場所を作る。倉庫を作る。祠も作る。やることは山ほどあるが、今は不思議と嫌ではなかった。


 面倒だし大変だ。ポイントも使う。でも、必要だ。群れが眠れる場所が必要だ。ユキがぽつりと言った。


「おっちゃん」


「ん?」


「みずうみにかえったら、リリアも、ミーシャも、トトも、ニナも、ふかふか?」


「ああ」


「アルノも?」


「ああ」


「ガランたちも?」


「もちろん」


「ミミとクロメも?」


「犬用の寝床も作る」


「ロクも?」


「ロクは人用だ」


「いぬたいちょうなのに」


 後ろからロクが言う。


「狼族っす」


 ユキは楽しそうに笑った。その笑い声が、夕方の森に小さく響いた。鳥居結界の中で、皆が少しだけ表情を緩める。俺はその光景を見ながら思った。


 これが、たぶん始まりだ。首輪を外しただけでは終わらない。服を着替えただけでも終わらない。風呂に入っただけでも終わらない。


 家を作り、それぞれの役割を作る。食卓を作って、明日を作る。四十の手習いで、俺は何をやらされているのか。いや、違う。俺がやると決めたのだ。


「明日、湖畔に帰るぞ」


 俺が言うと、ユキはこびゃっこを抱きしめて頷いた。


「うん。むれのいえ、つくる」


 その言葉に、誰も反対しなかった。廃村で拾った朝の清潔な服と、首輪のない首元と、少しだけ増えた笑い声。

 

 二台の森用バギーと、皆と同じ菓子パンと、ストローに戸惑う小さな手。それらを抱えて、俺たちは湖畔へ向かった。



【収支報告】


異世界生活九日目


開始残高:944,006 pt


今回の購入:

・六人乗りオフロード作業バギー異世界対応仕様 二台 77,000 pt(約7,700,000円)

・予備燃料、車載工具、簡易牽引用ロープ、荷台固定ベルト 二台分 1,200 pt(約120,000円)

・折りたたみ椅子追加分、休憩用レジャーシート、小型毛布 95 pt(約9,500円)

・リリア用軽量トレッキングポール、携帯用水筒追加 45 pt(約4,500円)

・小児用乗り物酔い薬、酔い止め風飴、水分補給用品 35 pt(約3,500円)

・アンパン、クリームパン、ジャムパン、紙パックジュース、携帯食追加 80 pt(約8,000円)

・簡易担架補強ベルト、アルノ用追加クッション、固定用タオル 75 pt(約7,500円)


今回支出合計:78,530 pt(約7,853,000円)


現在残高:

944,006 pt − 78,530 pt = 865,476 pt


円換算目安:

865,476 pt × 100円 = 約86,547,600円相当


続く

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