第2話 白狐神、シャワーでふわふわになる
ユキは寝た。実にあっさり寝た。
さっきまで肉だの鳥居だの結界だのと騒いでいたくせに、毛布にくるまった途端、すとんと落ちた。
五歳児の電源オフは早い。いや、神様だから電源と言っていいのかは分からないが。
「……寝顔だけ見れば、普通の子供なんだけどな」
俺はテントの中で、毛布に包まって丸くなっているユキを見下ろした。白い狐耳。白い尻尾。白い髪。
ただし、ところどころ泥で汚れている。顔にも土がついている。手足にも細かい傷と泥。髪は絡まり、尻尾にも葉っぱや小枝が混ざっている。
森で一人で暮らしていたのだから当然だ。むしろ、よくこの程度で済んでいる。
「風呂……いや、この状況だとシャワーか」
俺は収納の中身を確認する。キャンプスキルを取得したことで、関連ショップが使えるようになっている。
アウトドア用品。
スーパー系食料品。
衣料品。
ドラッグストア用品。
ホームセンター用品の一部。
範囲が広い。広すぎて、逆に少し怖い。
「簡易シャワーとかあるか?」
検索してみると、普通に出た。
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【キャンプ関連ショップ】
検索結果:簡易シャワー
・吊り下げ式ソーラーシャワーバッグ
・ポータブル電動シャワー
・カセットコンロ式温水シャワーセット
・給水タンク
・折りたたみ簡易シャワーブース
・吸水ポンプ
・ポータブル電源
・ソーラーパネル付きポータブル電源
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「あるのかよ……」
便利すぎる。もはやキャンプというより避難所設営セットだ。俺は一覧を眺める。吊り下げ式は水を太陽で温めるタイプだろう。悪くはないが、夜は使えない。
ポータブル電動シャワーは水を出すだけ。温水にするには別の仕組みが必要。そして、カセットコンロ式温水シャワーセット。
「これだな」
カセットコンロで水を温め、ポンプで循環させるタイプらしい。電源はポータブル電源でいける。ソーラーパネル付きなら、日中に充電できる。
「異世界でソーラーパネルか……」
太陽が同じようなものなら使えるはずだ。いや、今さらそこを気にしても仕方ない。こっちはスキルショップで出てくる商品だ。たぶん使えるのだろう。俺は必要なものを選んだ。
カセットコンロ式温水シャワーセット。
カセットガス。
給水タンク。
ポンプ。
折りたたみ式簡易シャワーブース。
ソーラーパネル付きポータブル電源。
延長コード。
防水マット。
バスタオル。
子供用タオル。
ボディソープ。
リンスインシャンプー。
子供用ブラシ。
ドライヤー。
ついでに、着替えの白いワンピースと下着も追加する。
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【購入合計:魔石ポイント1,180】
購入しますか?
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「高い……」
いや、高いが必要だ。神様だろうが、五歳児は風呂に入れた方がいい。
特にこの子は森でずっと暮らしていた。皮膚の傷もある。泥も虫も付いているかもしれない。
「購入」
購入した道具が足元に現れる。俺はそれらを収納に入れた。収納は本当に便利だ。容量無限。時間経過なし。この性能だけでも、相当なチートだと思う。
「……明日の朝だな」
夜に無理してやるのは危ない。火も使う。水も使う。ユキは大きい火が怖いと言っていた。シャワーは明るくなってから。そう決めて、俺も横になった。結界の外からは、森の音が聞こえる。
虫の音。
風の音。
遠くの獣の声。
だが、不思議と近づいてくる気配はない。鳥居結界が効いているのだろう。ユキの小さな尻尾が、俺の腕に巻きついている。
「……逃げるな、か」
寝る前にユキが言った言葉を思い出す。おっちゃん、にげるな。重い。五歳児の言葉は時々、四十歳の胃に直撃する。
「逃げないよ。今のところはな」
俺は小さく呟いた。ユキは寝息を立てている。聞こえていない。それでいい。約束というのは、相手が聞いていない時の方が重くなることもある。
俺は目を閉じた。異世界初日の夜は、思ったよりあっさり過ぎていった。
翌朝。俺は顔に何かが乗っている感覚で目を覚ました。
「……重い」
目を開けると、白い尻尾だった。ユキの尻尾が、俺の顔に乗っていた。ふわふわではある。ふわふわではあるが、息がしにくい。
「ユキ」
「んむ……」
「尻尾」
「しっぽは、べつのいきもの……」
「その別の生き物が俺を窒息させようとしてる」
ユキは寝ぼけたまま尻尾を動かした。ようやく俺の顔から外れる。
「おっちゃん、おはよ」
「ああ、おはよう」
「にく?」
「朝イチの挨拶が肉か」
「やくそく」
「分かってる。だが、その前にやることがある」
ユキの耳がぴくりと動いた。
「やること?」
「ああ」
俺はユキの髪に絡まった小枝を指でつまむ。
「風呂だ」
「ふろ?」
「身体を洗う」
「かわで、ざぶざぶ?」
「まあ、近い。だが今回はシャワーだ」
「しゃわー?」
ユキは首をかしげた。知らない言葉が多すぎるのか、最近は首をかしげる速度が上がっている。
「上からお湯が出る」
「おゆ?」
「あったかい水」
「水、あったかい?」
「そうだ」
ユキは真剣な顔になった。
「おっちゃん」
「なんだ」
「水は、つめたい」
「普通はな。でも温めると温かくなる」
「火?」
「ああ。火を使う。ただし大きい火にはしない。川のそばでやる」
ユキの耳が少し伏せた。
「大きい火、こわい」
「分かってる。だからちゃんと管理する。火はコンロの中だけだ」
「こんろ?」
「小さい火を安全に使う道具だ」
「おっちゃん、火、だいじょうぶ?」
「キャンプスキルがある。たぶん大丈夫だ」
「たぶん」
「大人はたぶんで生きてる」
俺はテントの外に出た。朝の森は澄んでいる。鳥居結界は薄く光を残していたが、夜よりは弱くなっているように見える。
小川のそばに、平らな場所を探す。キャンプスキルが、地面の傾きや風向きを自然に意識させる。
火を使うなら、落ち葉が多い場所は避ける。水場に近いが、足元がぬかるまない場所。煙がテントへ流れない位置。ユキが怖がった時にすぐ離れられる距離。
「ここだな」
俺は収納から道具を出していく。
折りたたみ式のシャワーブース。
給水タンク。
ポンプ。
カセットコンロ式の温水ユニット。
ポータブル電源。
ソーラーパネル。
タオル。
ボディソープ。
リンスインシャンプー。
ユキはそれらを見て、目を丸くした。
「おっちゃん、いっぱいだした」
「収納が便利すぎる」
「おっちゃんの、おなかから?」
「俺は猫型ロボットか」
「でも、きえたり、でたりする」
「収納だ」
「おっちゃん、へんなおっちゃん」
「そろそろ慣れてくれ」
まずソーラーパネルを広げる。朝日を受ける場所に置き、ポータブル電源に接続する。
「これは?」
「太陽の光で電気を作る」
「でんき?」
「えーと……雷の小さいやつを貯める」
ユキの耳が立った。
「ぱちっ?」
「ああ、ぱちっに近い」
ユキは指先に青白い放電を出した。
「ユキも、できる」
「それは分かってる。でもこれは道具でやる」
「どうぐ、えらい」
「今日は褒める対象が多いな」
次に給水タンクを小川の水で満たす。本当は水質が気になるところだが、鑑定してみる。
⸻
【鑑定結果】
小川の水
状態:清浄
飲用:煮沸推奨
洗浄用:使用可
⸻
「洗う分には問題なさそうだな」
念のため、飲む水はショップで買ったものを使う。給水タンクにポンプを接続。ポンプをポータブル電源に接続。カセットコンロにガスボンベをセット。温水ユニットへ水を通す。
キャンプスキルのおかげで、説明書を読んだこともないのに手順が分かる。いや、厳密には頭の中に説明がある。便利だ。無趣味だった俺が、急にアウトドア親父みたいなことをしている。
「人生分からないもんだな」
「じんせい?」
「長い話だ」
火をつける前に、周囲の落ち葉をさらにどける。小川から汲んだ水を入れた大きな葉も、ユキが持ってきてそばに置いた。
「けすやつ」
「えらい。ちゃんと準備してるな」
「ユキ、えらい?」
「ああ。偉い」
ユキの尻尾が揺れる。褒められるのが相当嬉しいらしい。俺はカセットコンロに火をつけた。カチッ。ぼっ。青い小さな炎が出る。ユキの耳がぺたんと伏せた。
「ひ」
「大丈夫。小さい火だ。ここから出ない」
「ほんと?」
「本当だ。俺が見てる」
ユキは俺の後ろに隠れた。尻尾だけが横から出ている。俺は温水ユニットを確認しながら、ポンプを動かした。ウィーンという小さな音。ホースの先から水が出る。最初は冷たい。しばらくすると、ぬるくなった。俺は手で温度を確かめる。
「よし。熱くない。ぬるめだ」
「おゆ?」
「ああ。触ってみろ」
ユキはおそるおそる指先を出した。水が当たる。耳がぴこっと動く。
「あったかい」
「だろ」
「あったかいみず、でた」
「これがシャワーだ」
「しゃわー、すごい」
「文明は偉い」
「ぶんめい、えらい」
シャワーブースを設置し、その中に防水マットを敷く。さすがに五歳児とはいえ、着替えと身体洗いは気を使う。俺は新しいタオルと着替えをブースの外に準備した。
「さて、洗うぞ」
「ユキ、じぶんでできる」
「髪と尻尾は無理だろ」
「しっぽは、べつのいきもの」
「別の生き物ならなおさら洗わないとダメだ」
ユキは自分の尻尾を見た。尻尾には小枝と葉っぱが絡まっている。
「しっぽ、きたない?」
「少しな」
「むー」
「綺麗にすれば、ふわふわになる」
その言葉に、ユキの耳が立った。
「ふわふわ?」
「ああ。たぶん、すごくふわふわになる」
「ユキ、ふわふわになる」
「よし、決まりだ」
俺はできるだけ見ないようにしながら、ユキに服を脱いでもらい、シャワーブースの中へ入れた。まず足元からお湯をかける。
「ひゃっ」
「熱いか?」
「あったかい。びっくりした」
「そうか。慣れるまでゆっくりだ」
肩。
背中。
腕。
髪。
ぬるいお湯で泥が流れていく。白い髪が、少しずつ本来の色を取り戻す。ユキは最初こそ固まっていたが、だんだん気持ちよさそうに目を細めた。
「おゆ、きもちいい」
「だろ」
「かわと、ちがう」
「川は冷たいからな」
「しゃわー、えらい」
「今日の偉いランキング、上位に入ったな」
次にリンスインシャンプー。ボトルを見て、ユキが警戒する。
「それ、なに?」
「髪を洗うやつだ」
「くすり?」
「まあ、汚れを落とす薬みたいなものだ」
「いたい?」
「痛くない。でも目に入るとしみるから、目は閉じろ」
「しみる、いや」
「だから閉じる」
ユキはぎゅっと目を閉じた。耳も伏せた。完全防御の構えである。
「そんなに力まなくていい」
「ユキ、つよい」
「強くてもシャンプーは慎重にな」
俺は少量を手に取り、ユキの髪を洗う。泡が立つ。ユキの耳がぴくぴく動いた。
「あわ」
「ああ、泡だ」
「あわ、いっぱい」
「汚れを落としてる」
「あわ、くすぐったい」
「我慢しろ」
「おっちゃん、あわつかい」
「嫌な称号をつけるな」
髪を洗い、狐耳の周りは慎重に流す。耳の中に水が入らないように注意する。次は尻尾だ。
「問題はこいつだな」
「しっぽ?」
「ああ。大物だ」
白い尻尾はふわふわしているが、その分、泥や葉っぱを抱え込んでいる。まず手で小枝や葉を取り除く。それからぬるま湯で流す。
「しっぽ、へんなかんじ」
「痛いか?」
「くすぐったい」
「我慢しろ。別の生き物なんだろ」
「しっぽが、わらってる」
「それはたぶんお前だ」
リンスインシャンプーを少しつけ、優しく揉み洗いする。泡が白い尻尾全体に広がった。ユキが不思議そうに後ろを見る。
「しっぽ、あわのけもの」
「泡の獣ってなんだ」
「しっぽ、つよそう」
「その発想はなかった」
尻尾を洗い流すと、驚くほど白くなった。泥が落ち、毛並みがふわりと広がる。まだ濡れているので細く見えるが、本来はかなり立派な尻尾だ。
「おお……」
「なに?」
「綺麗になったぞ」
「ユキ、きれい?」
「ああ。すごく白い」
ユキは少しだけ照れたように鼻を鳴らした。
「おっちゃん、もっとほめていいぞ」
「自分から要求するな」
「ユキ、きれい」
「はいはい、綺麗だ」
次はボディソープ。柔らかいスポンジで身体の泥を落とす。傷にしみないように、足の小傷周りは慎重に洗った。
「しみるか?」
「ちょっと」
「我慢できるか?」
「ユキ、つよい」
「偉いぞ」
「えへ」
最後に全身をぬるま湯で流す。泡が消え、泥が消え、汚れが流れていく。目の前の白狐神は、さっきまでとは別人のようだった。
いや、別神か。
「よし、終わり」
「もう?」
「洗いすぎてもよくないしな」
火を止める。ユキは素早く大きな葉に汲んだ水を持ち上げようとした。
「けす!」
「もう火は消えてる。偉いが、今回は大丈夫だ」
「ほんと?」
「ほら、火がない」
ユキはカセットコンロをじっと見る。炎が消えているのを確認して、ほっと息をついた。
「火、いなくなった」
「ああ。ちゃんと消した」
「おっちゃん、火、じょうず」
「キャンプスキルのおかげだ」
「すきる、えらい」
「それは本当に偉い」
俺はバスタオルでユキを包んだ。ユキはタオルの中で、もぞもぞ動く。
「ふかふか」
「ちゃんと拭かないと冷えるぞ」
「ユキ、タオルのす」
「巣にするな。拭くものだ」
髪と尻尾の水気をしっかり取る。問題は乾燥だ。自然乾燥でもいいが、尻尾が大きい。濡れたままだと冷えるだろう。
そこでドライヤーだ。ポータブル電源に接続する。ユキが警戒する。
「それ、なに?」
「風が出る」
「かぜ?」
「温かい風だ」
「火?」
「火じゃない。電気で温めた風」
「ぱちっ?」
「まあ、ぱちっの親戚だな」
ドライヤーのスイッチを入れるブォーッ。音が出た瞬間、ユキが跳ねた。
「しゃー!」
「大丈夫! 大丈夫だ! 敵じゃない!」
「うなる!」
「唸ってるけど敵じゃない!」
「おっちゃん、それ、けもの!」
「ドライヤーだ!」
ユキはタオルに潜った。狐耳だけがぴょこんと出ている。その耳もぺたんと伏せていた。
「こわい」
「分かった。弱くする」
風量を下げる。音が少し小さくなる。
「ほら、手を出してみろ。温かい風だけだ」
「かまない?」
「噛まない」
「ほんと?」
「本当だ」
ユキはタオルから片手だけ出した。ドライヤーの風を当てる。指先の毛がふわっと揺れた。
「……あったかい」
「だろ」
「かぜ、あったかい」
「髪と尻尾を乾かす道具だ」
「どらいやー?」
「ああ」
「どらいやー、うなるけど、あったかい」
「そういう道具だ」
「どらいやー、ちょっとえらい」
「ちょっとなんだ」
そこからは、少しずつ慣れさせた。まず髪。白い髪に温風を当て、ブラシで梳く。絡まっていた髪がほどけ、さらさらになっていく。ユキは目を細めていた。
「きもちいい」
「寝るなよ」
「ねない」
「絶対寝るやつだ」
次に狐耳の周り。ここは慎重に、弱風で乾かす。耳が風に反応してぴこぴこ動く。見ていると妙に面白い。
「耳、動いてるぞ」
「みみは、きいてる」
「何を?」
「かぜ」
「詩人か」
最後に尻尾。これが大仕事だった。濡れて細くなっていた尻尾に温風を当てると、少しずつ毛が開いていく。ブラシで梳く。風を当てる。また梳く。
時間がかかる。だが、その分、変化は劇的だった。白い尻尾が、ふわり、ふわりと膨らんでいく。泥も小枝もない。真っ白で、柔らかくて、光を含んだような毛並み。
ユキが後ろを振り向いた。
「しっぽ、ふわふわ?」
「すごいぞ」
「すごい?」
「ああ。立派な尻尾だ」
ユキは自分の尻尾を抱え込んだ。もふっと顔を埋める。
「しっぽ、ふわふわ」
「別の生き物も喜んでるな」
「しっぽ、えらい」
「はいはい。尻尾も偉い」
着替えをさせる。白いワンピース。下着。靴下。小さなブーツ。髪はブラシで整える。完全に見違えた。森で泥だらけだった白い幼女は、今や本当に雪のような白狐神だった。
白い髪。白い狐耳。ふわふわの大きな尻尾。少し得意げな顔。
「おっちゃん」
「なんだ」
「ユキ、きれい?」
「ああ。綺麗だ」
「もっと」
「すごく綺麗だ」
「もっと」
「とても大変よく綺麗です」
「むずかしい」
「俺も何言ってるか分からない」
ユキは満足そうに胸を張った。
「ユキ、きれい。おっちゃん、よくやった」
「また俺が評価される流れか」
「おっちゃん、あわつかい。かぜつかい」
「誤解を招く二つ名が増えた」
「あと、にくつかい」
「それはただの買い物だ」
シャワー道具を片付ける。火は完全に消えている。ガスボンベも外す。温水ユニットの水を抜く。濡れたものは拭いて収納へ。ポータブル電源とソーラーパネルは、しばらく日光に当てておく。
ユキはその隣に座って、自分の尻尾を抱えていた。ずっと触っている。
「そんなに気に入ったか?」
「しっぽ、ふわふわ」
「よかったな」
「おっちゃん」
「ん?」
「しゃわー、またする?」
「汚れたらな」
「どらいやーも?」
「ああ」
「火、ちいさい?」
「小さい。ちゃんと消す」
「じゃあ、しゃわー、すき」
「そうか」
それはよかった。風呂嫌いだったら大変だった。いや、最初は怖がっていたが、結果的には気に入ったらしい。
ユキは尻尾を抱えたまま、俺を見上げた。
「おっちゃん、ユキ、きれいにした」
「ああ」
「ユキ、なまえもらった。とりいのなまえもわかった。にく、たべた。しゃわーもした」
「昨日からイベントが多いな」
「いべんと?」
「まあ、いろいろあったってことだ」
「ユキ、いろいろ、うれしい」
そう言って、ユキは笑った。その笑顔は、昨夜より少しだけ明るかった。
泥が落ちたからではない。
温かい飯を食べて、名前をもらって、身体を洗って、ふわふわの毛布で寝た。たぶんその全部が、少しずつこの子を安心させている。
俺は小さく息を吐いた。
「さて」
ユキの耳が動く。
「にく?」
「朝飯だな」
「にく!」
「野菜も食え」
「やさいは、えらくない」
「その認識を今日から変える」
「むー」
「むーじゃない。神様でも栄養は大事だ」
「ユキ、かみさま」
「神様でも五歳児は五歳児だ」
俺はキャンプショップを開く。朝食に、パン、スクランブルエッグ、ソーセージ、野菜スープあたりを選ぶ。もちろん肉も少し入れる。ユキは俺の横で、尻尾をふわふわ揺らしながら待っている。
「おっちゃん」
「なんだ」
「ささげもの、にく多め」
「神様の要求が具体的すぎる」
「ユキ、きれいになったから、にく多め」
「どういう理屈だ」
「きれいなユキは、にくをたべる」
「汚れてても食ってただろ」
ユキは少し考えた。
「じゃあ、いつも、にく」
「結論が肉に戻るな」
俺は苦笑しながら、朝食を準備した。無趣味だった四十男が、異世界でキャンプ道具を使って白狐神の幼女にシャワーを浴びせ、朝飯を作っている。
冷静に考えると、かなり意味が分からない。だが、目の前のユキは、真っ白な尻尾を誇らしげに揺らしている。それだけで、まあいいかと思えてしまう。
「おっちゃん」
「今度はなんだ」
「しゃわー、えらい」
「ああ」
「でも、にくのほうが、もっとえらい」
「そこは譲らないんだな」
こうして異世界生活二日目の朝。俺は神様を洗った。そして神様は、ふわふわになった尻尾を抱えながら、肉を待っていた。
続く




