表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/34

第19話 白狐神、特殊メイクをされる


 客舎、と呼ばれた建物は、砦の中ではまだましな部類だった。


 石造りの小さな建物で、部屋は二つ。一つは寝台が四つある大部屋。もう一つは物置のような小部屋。窓には鉄格子。扉の外には兵士。客舎というより、丁寧な監視部屋である。


「客を泊める部屋じゃないな」


 俺が小声で言うと、ガランが肩をすくめた。


「レイシスにしては上等だ」


「そういう国か」


「そういう国だ」


 アルノは大部屋の奥の寝台に寝かせた。マリベルが状態を確認する。


「熱は少しありますが、悪化はしていません。食事と睡眠が取れれば、数日で歩けるようになると思います」


「数日か」


「本来なら、もっと休ませたいです」


 当然だろう。あの衰弱ぶりで、ここまで運ばれてきたのだ。首輪が外れたとはいえ、身体に残った傷や疲労が消えるわけではない。


 アルノは申し訳なさそうに目を伏せた。


「すみません……私のせいで」


「謝るな」


 俺は即座に言った。


「逃げて倒れていた人間を助けただけだ。謝る必要はない」


「でも……」


 ユキが俺の横から顔を出す。室内なので、薄布は少しだけ緩めているが、フードは深く被ったままだ。


「アルノ、ねてたべる。げんきになる」


 アルノはユキを見て、微笑んだ。


「はい」


「ひも、もうない」


「はい」


「なら、だいじょうぶに、なる」


 ユキの理屈はいつも簡単だ。でも、今のアルノには、それくらい簡単な言葉の方が必要だったのかもしれない。


 アルノは静かに頷いた。


「ありがとうございます、ユキ」


「うん」


 ユキは少し満足げに俺を見る。


「おっちゃん、ユキ、いいこといった?」


「ああ。かなりいいことを言った」


「もっと」


「ものすごくいいことを言った」


「よし」


 リュックの中の尻尾が、もこっと動いた。


「尻尾」


「しっぽも、いいこといった」


「尻尾は言ってない」


「でも、きいた」


「はいはい」


 部屋の中に、少しだけ笑いが漏れた。ただ、すぐに空気は重く戻る。


 外では、入り口で引き渡した奴隷狩り五人の確認が行われているはずだ。あいつらが何を話すかで、こちらの状況も変わる。ユキが首輪を外したことを隠しているからだ。


 だが、奴隷狩りたちは見ていた。白い狐耳。白い尻尾。小さな指先の放電。そして落ちた首輪。普通に考えれば、かなりまずい。


 だが、今回は一つだけ救いがあった。俺の催眠術が、思った以上に効いている。


 ロクが扉の近くに立ち、耳を澄ませた。


「……尋問室、少し遠いっすけど、声は拾えるっす」


 ガランが聞く。


「どうだ?」


「捕縛者たち、かなりぼんやりしてるっす。『森でハンターに捕まった』『強いやつらだった』って繰り返してるっすね」


「白い子供のことは?」


 俺は思わず聞いた。ロクは耳を動かす。


「一人が何か言いかけたっす。『白い……雷……』みたいな。でも尋問してる兵士に『寝ぼけているのか』って怒られて、そこから黙ったっす」


 俺は大きく息を吐きそうになり、寸前で止めた。まだ安心するには早い。催眠術は完全な記憶消去ではない。一時的、部分的な混乱にすぎない。時間が経てば断片的に戻る可能性もある。


 だが、今は効いている。


「助かった……」


「本当に効いているのね」


 リーファが小さく言った。


「少し怖い技だわ」


「俺も怖い。多用する気はない」


 これは本音だ。人の記憶をぼやけさせる技術なんて、便利だと思った瞬間に危ない。銃と同じだ。刀と同じだ。使いどころを間違えたら、自分が嫌なものになる。


 ユキが俺の袖を引いた。


「おっちゃん、こわいこと、した?」


「少しな」


「ユキのため?」


「ああ」


 ユキは少し考えてから、こくりと頷いた。


「でも、こわいおっちゃん、だめ」


「分かってる」


「ちょっとだけ」


「ああ。ちょっとだけにする」


 そこへ、扉の外から足音が近づいてきた。兵士の声がする。


「しばらくしたら医官が来る。病の子供と負傷者を確認する」


 来た。医官。砦長グレイナーが言っていた確認だ。俺はマリベルを見る。


「対策、始めるぞ」


「はい」


 昨日までの病人風メイクでは足りない。相手は医官だ。病人を見慣れている人間相手に、ただ顔色を悪くしただけでは見破られる可能性がある。


 必要なのは、もっと近くで見られても誤魔化せる技術。


 俺は四十の手習いを開いた。



【四十の手習い連動提案】

現在の状況に適した手習い候補:

・特殊メイク

・演劇

・コスプレ

・救急看護

・薬草趣味


最優先候補:特殊メイク



「やっぱり出たか」


 特殊メイク。映画や舞台で、傷、病変、老化、怪物などを表現する技術。


 まさか異世界で医官をごまかすために使うとは思わなかった。元の世界の俺が見たら、たぶん会社の健康診断より真剣な顔をしている。



【手習い:特殊メイクを取得しますか?】

必要魔石ポイント:900


取得内容:

・傷跡表現

・病変表現

・肌質変化

・老化、疲労表現

・簡易義装

・近距離確認への対応基礎


関連ショップ:

特殊メイク用品、肌用接着剤、人工皮膚、顔料、除去剤、道具一式



「取得」


 知識が流れ込む。


 肌の質感を変える方法。

 色ではなく凹凸で見せる方法。

 炎症に見せる赤み。

 乾燥した皮膚。

 かさぶた風の質感。

 弱っているような目元。


 同時に注意点も入ってくる。


 やりすぎると不自然。

 触られるとばれる可能性。

 医療確認に対しては、触らせない理由を作ること。

 感染性、痛み、処置直後。


「よし」


 俺はユキに向き直った。


「ユキ、少し顔にいろいろつけるぞ」


「きれい?」


「今回は、きれいじゃなくて病気っぽくだ」


「む」


「あとでちゃんと落とす」


「しゃわー?」


「できる場所があればな」


「ほっとみるく?」


「それも」


 ユキは渋々頷いた。


「ユキ、がんばる」


「偉い」


 まず、頬と目元の血色を落とす。ただ白くするだけではない。薄い青み、黄み、くすみを重ねる。


 次に、薄布で隠れる頬の一部に、炎症のような赤みと乾燥した皮膚の質感を作る。医官が布を少し上げても、病変に見えるように。


 ただし、耳元は絶対に見せない。そこには狐耳がある。


 頭部にも症状があるように見せかけ、包帯とフードで完全に隠す。フードの内側には柔らかい布を入れ、耳の形が浮かないように調整した。さらに、薬草風の匂い袋を近くに吊るす。


「くさい」


 ユキが鼻をしわしわさせる。


「薬の匂いだ」


「ユキ、いや」


「医官をごまかすためだ」


「ユキ、がまん」


「偉いぞ」


「あとで、あまいの」


「飴をやる」


「よし」


 報酬交渉が成立した。特殊メイクで、ユキは本当に病弱な子供に見えるようになった。顔色は悪く、目元に疲れがあり、頬の一部は布の下から少し赤く荒れている。


 マリベルが確認する。


「見事です。これなら、皮膚病と言われても違和感がありません」


「触られたら?」


「私が止めます。感染の疑い、処置直後、痛み。この三つで押します」


「頼む」


 次にアルノだ。首輪跡はすでにメイクで隠してある。だが、医官が近くで見れば、輪状の痕跡に気づく可能性がある。


 そこで特殊メイクを重ねる。首輪跡そのものを消すのではなく、別の傷に見せる。


 獣に引っかかれた傷。枝で切った傷。森で倒れた時に擦った傷。首を一周する輪状の線が一番危険だ。そこに不規則な赤みと擦過傷表現を重ね、輪の連続性を崩す。


 さらに包帯を斜めに巻き、首輪跡が一周していたと分からないようにした。アルノはじっと耐えていた。


「痛いか?」


「いいえ……ただ、不思議です」


「何が?」


「首輪の跡が、別の傷になるなんて」


「本物の傷を消せるわけじゃない。隠してるだけだ」


「それでも……今はありがたいです」


 アルノは小さく息を吐いた。


「首輪をしていたことを、見られないだけで……少し呼吸が楽です」


 俺は手を止めそうになった。だが、最後まで仕上げる。今は感傷より作業だ。


「よし。できた」


 マリベルが確認する。


「これなら、首輪跡には見えません。森で負傷したと言われれば、納得できる範囲です」


 ガランも見た。


「すごいな。まるで別の傷だ」


「特殊メイクだ」


「お前の世界は不思議だ」


「俺もこんな使い方をするとは思わなかった」


 数分後、扉が叩かれた。


「医官を連れてきた」


 ガランが俺たちを見る。


「準備は?」


「できた」


 マリベルがユキの前に立ち、医療者らしい顔になる。俺はユキの手を握る。アルノは寝台に横たわり、包帯で首元を隠している。


 扉が開いた。入ってきたのは、痩せた中年の男だった。灰色の髪。細い目。革の鞄。薬草の匂い。後ろには兵士が二人。医官は部屋に入るなり、鼻をひくつかせた。


「薬草臭いな」


 マリベルが答える。


「感染抑制のため、薬草を使っています」


「感染性皮膚病の疑いがある子供とは?」


「こちらです」


 医官の視線がユキに向く。ユキの手が強くなる。俺も握り返した。医官は近づこうとしたが、薬草の匂い袋の匂いに少し顔をしかめた。


「布を取れ」


 マリベルがすぐに言う。


「処置直後です。急に空気に触れさせると痛みが出ます」


「診察できん」


「一部だけなら」


 マリベルはユキの顔の薄布を、ほんの少しだけ上げた。特殊メイクで作った荒れた頬が見える。赤み。乾燥。薄いかさぶた風の質感。医官の目が細くなる。


「ふむ」


 彼は近づこうとする。ユキが小さく震えた。俺はその肩を抱く。


「怖がっている」


 医官は少し面倒そうに言った。


「痛むか?」


 ユキは小さく頷く。


「……いたい」


 演劇スキルの練習が効いたのか、声はかすれて小さい。医官は頬を見ると、触ろうとした。マリベルが即座に止める。


「触れるなら、手を洗浄し、布を替えます。二次感染の恐れがあります」


 医官は顔をしかめた。


「そこまでする必要はない」


「では、視診のみでお願いします」


 よし。触診は避けられた。医官はユキの目元を見る。


「発熱は?」


 マリベルが答える。


「微熱。食欲は低下。日光で症状が悪化します」


「日光過敏か」


「その可能性があります」


 ユキが小声で言った。


「……おっちゃん」


「大丈夫だ」


 俺はユキの額に手を当てるふりをした。実際には熱はない。だが、特殊メイクと演技で弱って見える。医官はしばらく見て、やがて鼻を鳴らした。


「重症ではないが、面倒な症状だ。人に移る可能性は?」


 マリベルは少し間を置いて答える。


「低いと思われます。ただし、患部に直接触れない方が良いでしょう」


「なら隔離の必要はないな」


 助かった。医官はユキへの興味を失い、次にアルノへ向かった。


「負傷したエルフか」


 声に軽蔑が混じる。俺の手に力が入りかけた。その瞬間、ユキが俺の指をぎゅっと握る。こわいおっちゃん、だめ。そう言われた気がした。俺は息を吐き、気持ちを落ち着ける。


 医官はアルノの首元を見た。


「首の包帯を外せ」


 マリベルが前に出る。


「傷があります。私が外します」


「勝手にしろ」


 マリベルは包帯を少しずらす。特殊メイクで作った不規則な傷跡が見える。首輪跡には見えない。少なくとも、線はつながっていない。


 医官は目を近づける。長い。また長い。俺の背中に汗が滲む。アルノは目を閉じている。震えないよう必死に耐えているのが分かる。


「森でやられたのか?」


 医官が聞く。マリベルが答える。


「枝と獣による裂傷です。感染しかけていましたが、処置しました」


「奴隷首輪の跡ではないな」


 心臓が跳ねる。この医官、疑って見ている。マリベルは静かに返す。


「首輪があったのですか?」


「逃亡奴隷の可能性があると聞いている」


「首輪は見つかっていません。現在の傷は、ご覧の通りです」


 医官はさらに見た。だが、特殊メイクと包帯の巻き方が効いている。輪状の跡は見えない。やがて医官は、つまらなそうに言った。


「衰弱がひどい。二日は動かすな」


 アルノの肩がわずかに緩んだ。マリベルが頷く。


「同意します」


「治療は任せる。死なせるな。死ぬと書類が面倒だ」


 またそれか。この国では命より書類が前に来るらしい。いや、命を紙で管理しているから、こうなるのかもしれない。


 医官は鞄を閉じた。


「砦長には、子供は感染性の疑いあり、ただし重症ではない。エルフは衰弱と外傷、二日安静、と報告する」


 マリベルが頭を下げる。


「ありがとうございます」


「礼はいらん。こちらの仕事だ」


 医官は兵士を連れて部屋を出て行った。扉が閉まり足音が遠ざかる。数秒、誰も動かなかった。そして、俺は大きく息を吐く。


「……通った」


 マリベルも肩の力を抜いた。


「特殊メイク、見事でした」


 アルノは目を開け、震える声で言った。


「ありがとうございます……本当に……」


 ユキは俺の手を離さないまま、布の下で小さく言う。


「ユキ、かくれんぼ、まけてない?」


「勝ってる。今のところ完全勝利だ」


「しっぽも?」


「尻尾も偉すぎる」


 リュックが、ほんの少しだけもこっとした。


「だから動かすな」


「しっぽ、すごくよろこんだ」


「分かった。あとで全力で褒める」


 ガランが扉の方を見ながら言った。


「これで少し時間が稼げた」


「二日安静と言われたな」


「ああ。つまり、砦内で二日滞在する理由ができた」


 俺はガランを見る。ガランの目は鋭い。


「その間に情報を集める」


「神務院とシオンのことか」


「それと、奴隷管理局の動き。捕縛者たちの扱い。砦長の意図。あの鉄格子の子供たちもだ」


 俺は頷いた。二日。危険な砦内での二日。でも、時間ができた。ユキの正体も隠せた。アルノの首輪跡もごまかせた。捕縛者の証言も、催眠術のおかげで今のところ問題になっていない。


 段取りは、まだ生きている。ユキが小さく俺を見上げた。


「おっちゃん」


「なんだ?」


「ほっとみるく」


「……頑張ったからな」


「にくも」


「少しだけだぞ」


「ユキ、すごくがんばった」


「ああ。分かってる」


 俺は苦笑した。この状況でホットミルクをねだれるあたり、ユキは強い。


 いや、強いからこそ、いつものものを求めているのかもしれない。


 砦の中。首輪の国。鉄格子の向こうには、首輪をつけた子供たち。それでも俺は、小さなカップにホットミルクを作ることにした。


 薬草臭い病人部屋の中で、砂糖入りの温かい牛乳。それはたぶん、この砦で一番場違いで、一番必要なものだった。



【収支報告】


開始残高:991,226 pt


今回の購入:

・手習い:特殊メイク取得 900 pt(約90,000円)

・特殊メイク用品、肌用接着剤、人工皮膚、顔料、除去剤、道具一式 180 pt(約18,000円)

・ユキ用ホットミルク、少量の肉、飴 10 pt(約1,000円)


今回支出合計:1,090 pt(約100,900円)


現在残高:

991,226 pt − 1,090pt = 990,136pt


円換算目安:

990,136pt × 100円 = 約99,013,600円相当


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ