表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/28

第16話 白狐神、森を出る


 森の西側へ向かうほど、空気が変わっていった。


 木々の密度が少しずつ薄くなる。湿った苔の匂いより、乾いた土の匂いが強くなっていく。鳥の声も増え、遠くに風が抜ける音がする。


 森の出口が近い。ロクが先頭で足を止めた。


「この先、開けてるっす」


 ガランが低く尋ねる。


「人の気配は?」


「まだないっす。ただ、古い道の匂いがあるっす。荷車の跡も」


「街道が近いな」


 俺はユキの手を握り直した。


 ユキはフードを深く被り、顔の下半分を薄布で覆っている。狐耳は布とフードの中。尻尾は背中の大きなリュックの中。こびゃっこは布袋に入れて、胸元に吊るしてある。


 見た目だけなら、病弱な子供に見えなくもない。ただし、背中のリュックが時々もこっと動く。


「ユキ」


「なに?」


「尻尾、動かすなよ」


「しっぽが、むーってする」


「分かるけど我慢だ」


「しっぽ、がんばれ」


 ユキは小声で自分の背中に話しかけた。ロクが肩を震わせている。


「笑うな」


「すみませんっす。でも、尻尾を励ます白狐神……いや、病弱な子はなかなか見られないっす」


「今は白狐神じゃない。病弱な子だ」


「了解っす」


 ユキは薄布の下で小さく呟いた。


「びょうじゃく」


「そう。病弱」


「びょうじゃくは、にく、たべる?」


「食べる。ただし人前では大人しく」


「むー」


「その『むー』も控えめに」


「……む」


「半分になったな」


 ガランが振り返った。


「ここから先は、より慎重に行く。レイシスの巡回兵や奴隷狩りの残党がいる可能性がある」


 拘束された奴隷狩り五人は、隊列の後方でドランとロクに挟まれて歩いている。昨日よりおとなしい。催眠術で直近の記憶を曖昧にし、さらにマリベルの魔法とユキの結界で落ち着かせていたからだろう。


 それでも油断はできない。恐怖は、時間が経つと欲や保身に変わる。


 アルノは担架に乗っていた。顔色は昨日よりいいが、まだ自力で歩けるほどではない。


「……外に出るのは、久しぶりです」


 アルノがかすれた声で言った。


「森に逃げ込んでからか?」


「いえ。その前からです。収容所では、空も細くしか見えませんでした」


「そうか」


 軽く返すしかなかった。首輪。収容所。細い空。胸の奥が重くなる。


 ユキが小さく言った。


「そら、ひろいほうがいい」


 アルノはユキを見て、微笑んだ。


「はい。広い方がいいです」


「ユキ、湖のそら、すき」


「湖があるのですか?」


「うん。おっちゃんの、かりのいえ」


「まだ仮だけどな」


 アルノは少しだけ目を細めた。


「いつか……見てみたいです」


 ユキが俺を見る。


「おっちゃん、アルノ、湖、くる?」


「元気になったらな」


「しちゅーも?」


「作る」


「ほっとみるくも?」


「アルノが飲めるならな」


 アルノは弱々しく笑った。


「ぜひ……」


 それだけで、彼の目に少し光が戻った。人は、小さな予定で生き延びることがある。シチューとホットミルクでも、何もないよりずっといい。


 森を抜ける直前、ガランが全員を止めた。


「ここで最終確認だ」


 俺たちは大きな木の陰に集まった。森の外には、緩やかな丘陵地帯が広がっている。その向こうに細い街道が見えた。さらに遠く、石造りの塔のようなものが立っている。


「あれが国境砦か?」


「いや、見張り塔だ」


 ガランが答える。


「本格的な国境砦は、あの塔の先だ。今日は砦近くの野営地まで進む。砦に入るのは明朝がいい」


「なぜ?」


「夕方に入ると手続きが荒れる。捕虜と負傷者がいる今は、明るい時間に堂々と入った方がいい」


「なるほど」


 経験者の判断はありがたい。ガランは続けた。


「再度確認する。ヒカルは、病弱な娘を連れた旅人。マリベルはその治療を引き受けた魔術師兼薬師。俺たちはオリエント王国の親書を運ぶ使節護衛。アルノは森で保護した負傷者。奴隷狩りは、森で違法行動をしていた容疑者として引き渡す」


 皆が頷く。


「それからアルノの首輪だが、外したのは、マリベルの解呪と説明する予定だったが、予想以上に捕虜の記憶が曖昧になっている。ここはこちらが保護した時から首輪は無かった事にする」


 マリベルがホッとした顔になる。

俺もその件は賛成だ。


「その方がいい。首輪の件は、全く無関係の方向で行こう」


 リーファがユキのフードを直す。


「ユキちゃん。人前では、できるだけ顔を上げないでね」


「うん」


「声も小さく」


「うん」


「尻尾は動かさない」


「しっぽ、がんばる」


「いい子」


 ユキは少し嬉しそうにした。


「ユキ、いいこ?」


「ええ。とても」


 ユキは俺を見る。


「おっちゃん、ユキ、いいこ」


「ああ。いい子だ」


「もっと」


「ここでは小声」


「……もっと」


「すごくいい子だ」


 ユキは満足したように頷いた。背中のリュックが一瞬もこっとした。


「尻尾」


「しっぽも、いいこ」


「はいはい」


 ロクが周囲を嗅ぐ。


「道の方に人の匂いがあるっす。巡回兵かもしれないっすね。数は三、四」


 ガランが頷いた。


「避ける必要はない。むしろ堂々と進む」


「堂々と、か」


 俺は喉が少し乾いた。会社の会議でプレゼンするのとはわけが違う。


 相手は人族至上主義国家の兵士。こちらには白狐神ユキ。逃亡奴隷アルノ。捕らえた奴隷狩り。首輪を外された魔犬。情報量が多すぎる。


「おっちゃん」


 ユキが俺の手を握る。


「こわい?」


「ああ」


「ユキも」


「でも歩けるか?」


「歩ける」


「じゃあ行こう」


「うん」


 俺たちは森を出た。視界が一気に開ける。青い空。乾いた草地。遠くに続く街道。森の中とは空気が違う。明るい。それなのに、なぜか落ち着かない。


 ユキも同じらしい。フードの奥で、小さく息を呑んだ。


「ひろい」


「森の外だからな」


「におい、ちがう」


「どんな?」


「土。ひと。けもの。あと、くさいの、ちょっと」


「嫌な匂いか?」


「わからない。でも、森より、ざらざら」


 ざらざらした匂い。ユキの表現は独特だが、なんとなく分かる気がした。


 森は危険だった。だが、危険の種類は分かりやすかった。魔物。崖。水。暗闇。


 森の外には、人の匂いがある。それは必ずしも安心ではない。街道へ近づくと、向こうから三人の兵士が現れた。鉄兜。槍。簡素な鎧。胸には紋章。


 俺は鑑定する。



【鑑定結果】

対象:レイシス皇国巡回兵

人数:三

状態:警戒、疲労、退屈

備考:通常巡回中



 退屈。少しだけ安心した。少なくとも、最初から殺気立っているわけではない。だが油断は禁物。三人の兵士は、こちらの隊列を見ると足を止めた。


「止まれ!」


 兵士の一人が声を張る。ガランが前に出た。


「オリエント王国より、レイシス皇国へ向かう使節護衛だ。王の親書を携えている」


 兵士たちの顔色が変わった。


「オリエントの使節?」


「ああ。身分証もある」


 ガランが書状と金属の札を見せる。兵士がそれを確認する。その間、別の兵士がこちらを見回した。


「その拘束された者たちは?」


「この森で捕らえた。奴隷狩りを名乗り、国領外で逃亡者を追っていた。詳しくは砦で報告する」


 兵士たちの表情が微妙に変わる。奴隷狩り。彼らにとって、それは悪人ではなく職務に近いのかもしれない。


「逃亡奴隷は?」


 兵士の視線が担架のアルノへ向く。俺の背中に冷たいものが走った。


 ガランはすぐに答える。


「森で倒れていた負傷者だ。首輪はなかった」


 嘘ではない。今は首輪がない。壊れた首輪は収納の中だ。見られれば終わる。兵士はアルノをじろじろ見た。


「エルフか」


 その声に含まれる侮りを、俺は聞き逃せなかった。


 ユキの手に力が入る。俺は小さく握り返す。今は動くな。段取り。兵士の視線が、今度はユキへ向いた。


「その子供は?」


 来た。俺は一歩前に出た。


「俺の娘だ。病気で顔を隠している」


 演劇スキルが働いたのか、声は落ち着いていた。たぶん、普段の俺よりずっと。


 兵士が眉をひそめる。


「顔を見せろ」


 心臓が跳ねた。マリベルがすぐに前へ出る。


「感染性の皮膚病の疑いがあります。私は治療を担当している魔術師です。顔を見せるなら、距離を取ってください」


 感染性。兵士たちが一歩下がった。効いた。嫌悪と恐怖が混ざった顔。


「感染するのか?」


「可能性は否定できません」


 マリベルは淡々と言った。


「今は布で覆い、薬草で症状を抑えています。無理に外すなら、責任者の指示をいただきたい」


 責任者。兵士たちは顔を見合わせた。現場の巡回兵が、他国使節の同行者の病人を無理に晒して問題が起きたら、責任を問われる。


 そう考えたのだろう。


「……砦で確認を受けろ」


「もちろんです」


 マリベルは丁寧に頭を下げた。俺は心の中で大きく息を吐いた。助かった。ユキは俺の手をぎゅっと握っていた。


 兵士の一人が、今度はミミとクロメを見る。


「その犬は?」


 ロクが答える。


「森で保護した使役犬っす。首輪をなくして迷っていたっす」


「魔犬ではないのか?」


「混じってるかもしれないっすけど、今は大人しいっす。俺が管理してるっす」


 兵士はロクを見て、露骨に嫌そうな顔をした。


「獣人の管理する犬か」


 ロクの耳が一瞬だけ伏せる。だが、彼は笑って流した。


「鼻だけは役に立つっすから」


 俺は腹の奥が熱くなるのを感じた。だが、ここで俺が怒る場面ではない。ロク本人が流した。なら、俺も飲み込む。


 ユキが小声で言った。


「おっちゃん」


「ん?」


「いまのひと、くさい」


「分かる」


「ロク、いやなにおい、ちょっとした」


「怒ったんだろうな」


「ロク、いぬって言われても、怒らないのに」


「それはユキだからだ」


「ユキ、えらいから?」


「たぶんな」


 ユキは少し考え込んだ。兵士たちはガランに書状を返した。


「国境砦へ向かえ。そこで正式に確認する。捕虜の扱いも砦で判断される」


「分かった」


「ただし、武器は砦の前で申告しろ」


「承知している」


 巡回兵たちは道を空けた。俺たちはゆっくり進む。背中に兵士たちの視線を感じる。特にユキの背中のリュック。


 動くな。動くなよ、尻尾。祈るような気持ちで歩く。ユキも必死に我慢しているのか、手に力が入っていた。


 無事に距離が離れてから、ロクが小さく息を吐いた。


「第一関門、通過っすね」


「心臓に悪い」


「俺もっす」


 ガランが前を向いたまま言う。


「ヒカル、うまくやった」


「マリベルのおかげだ」


 マリベルが微笑む。


「病人設定は有効でしたね。ただ、砦ではもっと厳しい確認があるかもしれません」


「だろうな」


 ユキが小声で言う。


「おっちゃん」


「どうした?」


「しっぽ、すごくがんばった」


「ああ。偉いぞ」


「しっぽ、ほめて」


「尻尾もすごく偉い」


 リュックが小さくもこっと動いた。


「動かすな」


「しっぽ、ちょっとだけ」


「ちょっとだけなら許す」


 リーファがくすりと笑った。


「ユキちゃん、本当に頑張ったわ」


「ユキ、かくれんぼ、まけてない?」


「負けてない」


 ユキは布の下で、たぶん嬉しそうに笑った。街道をしばらく進むと、野営に使えそうな場所が見えてきた。


 街道脇から少し外れた低い丘の陰。ガランによれば、旅人がよく使う仮野営地らしい。


 国境砦までは、ここから半日。今日はここで泊まり、明朝、砦へ向かう。野営地には、すでに一組の商人らしき一団がいた。荷馬車二台。護衛が三人。焚き火。


 ガランが慎重に距離を取りながら場所を決める。


「完全に離れると逆に怪しまれる。だが近すぎるのもよくない」


「面倒だな」


「人の世界は面倒だ」


「森も面倒だったが」


「種類が違う」


 その通りだ。森は魔物が怖い。人里は人が怖い。湖畔の仮拠点は、静かで良かった。レイクサーペントは出たが。いや、あれは全然良くない。記憶を美化するには早すぎる。


 野営準備を始める。ただし、ここでは収納を派手に使えない。


 俺はあらかじめ出しておいた荷物袋から物を取り出すふりをしながら、最低限の道具を使う。


 テントも現代的すぎるものは避け、布製の簡易シェルターに見えるものを選んだ。キャンプ用品と演劇用小道具の合わせ技である。


 料理も、豪華にしすぎない。匂いで目立つからだ。ユキが不満そうに俺を見上げる。


「にく、少ない?」


「今日は控えめだ」


「どうして?」


「周りに人がいるから、目立たないように」


「にく、目立つ?」


「良い匂いがしすぎる」


 ユキは真剣に頷いた。


「にく、えらいから」


「そういうことだ」


 今回は固めのパン、干し肉入りのスープ、少しのチーズ。ユキには小さなカップでホットミルクを出す。ただし、香りが広がらないよう少量。


「しあわせのおゆ、ちょっと」


「今日はちょっとだけな」


「明日は?」


「砦で状況次第」


「むー」


「病弱な子のふり」


「……む」


 ちゃんと控えめになった。偉い。


 少し離れた商人たちは、こちらをちらちら見ていた。特に拘束された奴隷狩りたちと、担架のアルノが気になるようだ。


 だが、ガランたちの装備を見て、近づいては来ない。ランクSハンターの迫力というやつだろう。


 食後、ガランが俺の隣に座った。


「明日が最初の山場だ」


「砦か」


「ああ。親書の確認、捕虜の扱い、アルノの身柄、ユキの変装。すべてが一度に来る」


「嫌なまとめ方だな」


「現実だ」


「だよな」


 俺は小さく息を吐いた。


「最悪の場合は?」


「戦闘になる」


「砦で?」


「避けたいがな」


「避けたいな」


 もし砦で戦闘になれば、完全に外交問題だ。親書どころではない。俺がサバゲーショップの武器を使えば、さらに混乱する。


 だが、ユキを奪われそうになったら?その時は迷わない。ただし、その前に逃げ道を作る。


 俺は収納内のピックアップトラックを思い浮かべる。出せば目立つ。だが、逃走手段としては強力だ。


 さらにサバゲーショップには軍用トラックやハンビーもあった。金はある。使いたくないが、必要なら躊躇なく使う。


「ヒカル」


 ガランが俺を見る。


「お前、今かなり物騒なことを考えていたな」


「顔に出たか?」


「少しな」


「最悪の場合の逃走手段を考えてた」


「それは必要だ。だが、先に穏便な道を考えろ」


「分かってる」


「お前は怒ると、かなり危うい」


「ユキにも言われた」


「だろうな」


 ガランは少し笑った。


「だが、それだけ守りたいものがあるということだ」


「そうかもしれない」


「だからこそ、怒りの使いどころを間違えるな」


「ああ」


 四十歳なのに、異世界のハンターに人生訓をもらっている。だが、納得できた。


 夜が更けていく。街道脇の野営地は、森の中より明るい。遠くには国境砦の見張り塔が見える。その上に、小さな灯りが揺れていた。


 レイシス皇国。もう目の前だ。


 ユキは俺の横で、こびゃっこを抱えて眠っていた。尻尾はリュックから少しだけ出している。野営の布の中なので、人目はない。


「おっちゃん……かくれんぼ……まけない……」


 寝言。俺は小さく笑った。


「負けるなよ」


 ユキの頭を撫でる。白狐神。名前はユキ。俺が名付けた子。この子を守るために、俺は明日、首輪の国へ入る。


 怖い。すごく怖い。でも、ユキも怖いと言いながら歩いている。なら、俺も歩く。段取りを組んで。怒りは抑えて。でも、必要なら全力で。


 俺は見張り塔の灯りを見ながら、静かにコーヒーを飲んだ。


 苦い。でも、落ち着く。明日はきっと、もっと苦い一日になる。



【収支報告】


開始残高:991,836 pt


今回の購入:

・街道野営用の偽装しやすい簡易シェルター、小道具類:180 pt(約18,000円)

・夕食用食材、捕虜用最低限の食料、ミミとクロメ用フード補充:120 pt(約12,000円)

・ユキ用ホットミルク少量、コーヒー、飲料水補充:50 pt(約5,000円)


今回支出合計:350 pt(約35,000円)


現在残高:

991,836 pt − 350 pt = 991,486 pt


円換算目安:

991,486 pt × 100円 = 約99,148,600円相当



続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ