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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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15/16

第15話 白狐神、初めてメイクする


 異世界五日目の夜明け前。森はまだ薄暗かった。焚き火は小さくなり、赤い炭だけが静かに光っている。


 俺は浅い眠りから目を覚ました。理由は分かっている。重い。膝が。


「……ユキ」


「んむ」


「俺の膝は枕じゃない」


「おっちゃん、あったかい」


「それはどうも」


 ユキは俺の膝に頭を乗せたまま、こびゃっこを抱いて眠っていた。白い尻尾は、いつの間にか俺の足に巻きついている。おかげで動けない。


 昨夜、ユキは「群れ、ふえた」と言って眠った。


 確かに増えた。ガランたちランクSハンター。解放されたエルフの青年アルノ。使役首輪を外された魔犬、ミミとクロメ。


 ついでに、縛られた奴隷狩り五人。この連中は群れではない。できれば荷物扱いにしたい。だが、殺さず連れて行く以上、責任は発生する。


 面倒だ。本当に面倒だ。四十歳になってまで、こんな責任の束を背負うことになるとは思わなかった。


「おっちゃん……にく……」


「寝言まで肉か」


 ユキの寝言に、焚き火の向こうから小さな笑い声がした。見ると、ガランが起きていた。剣を膝に置いて、見張りをしている。


「起きていたのか」


「交代でな。もう少ししたらロクと代わる」


「寝てなくて大丈夫なのか?」


「慣れている」


「ランクSは大変だな」


「異界人の白狐神付き世話係ほどではない」


「その肩書き、重いからやめてくれ」


 ガランは少し笑った。それから、焚き火の奥に視線を向ける。


 捕虜にした奴隷狩りたちは、木にロープで繋がれている。ユキの鳥居結界の内側ではあるが、こちらとは距離を取った位置だ。


 全員、眠っている。いや、眠らされていると言った方が近い。マリベルの眠りの魔法と、ユキの結界による精神安定の効果が重なっているらしい。


 暴れられるよりはいい。ミミとクロメはロクの近くで丸くなっていた。首輪が外れても、まだ自由というものに慣れていないようだ。


 アルノは毛布に包まって眠っている。顔色は昨夜より少し良い。首輪が外れ、シチューを食べ、眠れたからだろう。


「アルノは話せそうか?」


 俺が聞くと、ガランは頷いた。


「朝には少し話せるだろう。無理はさせんが、情報は欲しい」


「レイシスのことか」


「ああ。国境砦、奴隷管理局、親書を届ける相手、それから奴隷狩りの動き」


「親書って、皇帝に直接渡すのか?」


「建前上はな。実際には、まず国境砦で使節として入国確認を受ける。その後、皇都へ向かう」


「皇都まで行くのか」


「本来ならな」


 ガランの声が少し重くなった。


「だが、今回は状況が変わった」


「アルノと奴隷狩りか」


「ああ。奴隷狩りがこの深さまで森に入っている。しかも逃亡奴隷を追っていた。これは偶発ではない可能性がある」


「どういうことだ?」


「レイシス側が、森を通る抜け道を探っているのかもしれん」


 俺は眉を寄せた。


「何のために?」


「オリエントへの侵入路。奴隷狩り。密輸。あるいは、この森の神獣伝承を探っている可能性もある」


 最後の言葉に、俺は無意識にユキの頭を見た。白い髪。白い狐耳。今はフードを外しているので、耳がぴくぴく動いている。この子を探している者がいるかもしれない。そう考えるだけで、胃の奥が重くなる。


「ユキは渡さない」


 自分でも驚くほど自然に声が出た。ガランは静かに頷いた。


「分かっている。俺たちも守る」


「頼む」


「だが、守るには隠すだけでは足りない。情報が要る」


「ああ」


 段取り。またその言葉が頭に浮かんだ。まず情報。次に準備。そして行動。感情だけで動くと失敗する。


 昨日、奴隷狩りに怒鳴った時、ユキに「こわいおっちゃん、ちょっといや」と言われた。


 あれは効いた。怒りはある。でも、怒りに乗っ取られたら駄目だ。俺はユキの頭を軽く撫でた。


「おっちゃん……」


 ユキが寝ぼけて目を開ける。


「起こしたか?」


「おっちゃん、いる?」


「いる」


「こびゃっこ?」


「いる」


「にく?」


「朝飯でな」


「ほっとみるく?」


「作る」


「よし」


 そう言ってユキは満足したように、また目を閉じた。


「寝るんかい」


 ガランが肩を震わせて笑っていた。


「いい子だな」


「肉とホットミルクで動く神様だけどな」


「分かりやすくていい」


「分かりやすい神様ってどうなんだ」


「人は分かりやすい神を求めるものだ」


 それは少し重い冗談に聞こえた。


 やがて、森の向こうが白み始めた。野営地が少しずつ動き出す。まずは火の管理。水の確保。朝食の準備。俺は収納から調理器具と食材を出し、パン、卵、ベーコン、温かいスープを用意した。


 ユキには約束通りホットミルク。アルノには消化の良いスープと柔らかいパン。捕虜たちには硬めのパンと水。


 ミミとクロメには、犬用フードを出そうとして少し悩んだ。キャンプショップかホームセンター系でペット用品が出るか検索する。


 出た。ドッグフード。栄養補助。水皿。首輪。リード。首輪とリードを見た瞬間、少し嫌な気分になる。


 今のミミとクロメにはいらない。代わりに、肉と犬用フードを混ぜたものを皿に出した。ミミとクロメは警戒しながら匂いを嗅ぎ、ロクを見る。


「食べていいっすよ」


 ロクが言うと、二頭は恐る恐る食べ始めた。ユキがそれを見て、嬉しそうに言う。


「ミミとクロメ、ごはん」


「ああ」


「ひもない。ごはんある」


「そうだな」


「よかった」


 ユキの中では、それが大事なのだろう。首輪がない。ご飯がある。名前がある。たぶん、それは人にも動物にも神様にも大事なことだ。


 朝食後、アルノが少し体を起こせるようになった。マリベルが背中に丸めた毛布を当てて支える。リーファがそばに座り、穏やかに声をかけた。


「アルノ、話せる?」


 アルノは頷いた。痩せた顔。頬はこけ、目の下には濃い影がある。それでも、首輪が外れたことで目に少しだけ光が戻っていた。


「はい……」


 声はまだかすれている。俺は水を渡した。


「無理はするな。喋れる範囲でいい」


「ありがとうございます……」


 アルノはゆっくり水を飲んだ。そして、ユキを見る。ユキはこびゃっこを抱えたまま、俺の横に座っている。


 アルノは深く頭を下げようとしたが俺が止める。


「動くなって」


「しかし……」


「礼は聞いた。まず体を治せ」


 ユキも頷く。


「アルノ、ねて、たべる」


「はい」


「しちゅーも、たべる」


「はい」


「にくも、ちょっと」


「……はい」


 アルノは微かに笑った。それだけで、昨夜より少し人間らしく見えた。


 ガランが本題に入る。


「アルノ。君はどこから逃げてきた?」


「レイシス皇国……西辺国境砦の近くにある、奴隷管理局の収容所です」


 ガランの顔が険しくなる。


「国境砦直属か」


「はい。私は、もともと皇都の貴族屋敷にいました。そこから、魔力適性の検査のために西辺へ送られました」


「魔力適性?」


 マリベルが眉をひそめる。


「奴隷に魔力検査を?」


 アルノは頷く。


「最近、亜人奴隷の中から魔力の高い者を集めています。特にエルフ、狐族、猫族、犬族……精霊や神獣に縁が深いとされる種族を」


 俺とガランは顔を見合わせた。狐族。神獣。嫌な予感がした。


「何のために集めている?」


 ガランが聞く。アルノは唇を震わせた。


「詳しくは分かりません。ただ、収容所で聞きました。皇国神務院が、古い森の神を探していると」


 空気が凍った。リーファが小さく息を呑む。ドランの手が斧の柄に伸びる。ロクの耳が伏せた。


 ユキは分かっていないのか、首をかしげている。


「もりのかみ?」


 俺はできるだけ平静を保って聞いた。


「その古い森の神って、何だ?」


「白い狐の神……だと。正式な名は、誰も知りません。ただ、レイシスの古文書に記されていたそうです。西の死の森に、国を覆す白い神獣が眠る、と」


 俺の心臓が、どくんと鳴った。国を覆す白い神獣。この森、ユキ。


「アルノ。その情報は、どの程度知られている?」


 ガランの声が低い。


「上層部だけだと思います。奴隷管理局の兵士も詳しくは知りません。ただ、狐族の奴隷を高値で集めていることは、商人たちの間でも噂になっています」


「狐族……」


 ガランが眉を寄せる。


「オリエントの王家が銀狐族だと知ってのことか?」


「おそらく。王家との関係を疑っている者もいました」


 まずい。思ったよりずっとまずい。レイシス皇国は、すでに白き神獣の伝承を探っている。しかも、狐族や精霊に近い種族の奴隷を集めている。


 奴隷解放の親書どころか、相手は神獣探しをしている可能性がある。


 俺はユキを見る。ユキはこびゃっこの耳を触りながら、俺を見上げた。


「おっちゃん?」


「大丈夫だ」


「おっちゃん、こわいにおい」


「……悪い」


 すぐに分かるらしい。俺は深呼吸する。こわいおっちゃんは、ちょっとだけ。そう約束したばかりだ。


 アルノはさらに話を続けた。


「私は魔力が高いと判定され、別の施設へ送られる予定でした。そこで、同じ部屋にいた狐族の少女が……」


 彼は言葉を詰まらせた。リーファがそっと手を握る。


「無理しないで」


「いえ……話さなければ」


 アルノは目を閉じた。


「彼女は、白い狐神の夢を見ると言っていました」


 俺の背筋がぞわりとした。ユキが顔を上げる。


「ゆめ?」


 アルノはユキを見る。


「はい。大きな白い狐が、夢の中で名前を呼ぶと」


 ユキがこびゃっこをぎゅっと抱いた。


「びゃっこ?」


 アルノは驚く。


「そうです。彼女も、そう言っていました。びゃっこ、と」


 全員がユキを見る。ユキは不安そうに俺の袖を握った。


「おっちゃん」


「大丈夫だ」


 俺はユキの背中を撫でた。


「アルノ。その狐族の少女は?」


「少女の名前はシオン。彼女は連れて行かれました。神務院の者が来て、特別な首輪をつけて……」


 アルノの声が震える。


「私は、彼女が連れて行かれる時に聞きました。『白狐神の器かもしれない』と」


 白狐神の器。その言葉が、ひどく気持ち悪かった。ユキを器扱いするような響き。あるいは、ユキのような存在を探しているのか。


 それとも、白狐神の力を宿す者を集めているのか。


 ガランが険しい声で言う。


「ヒカル。状況が変わった」


「ああ」


「レイシスに入るのは、さらに危険になる」


「でも、行かない選択肢はあるのか?」


 ガランは黙った。行かなければ、親書は届かない。アルノの証言を活かせない。狐族の少女シオンの情報も追えない。


 だが、行けばユキが危険になる。俺はユキを見る。ユキは俺の服をぎゅっと握りしめていた。


「ユキ」


「なに?」


「怖い話だ」


「うん」


「レイシスに行くのは、かなり危ないかもしれない」


「くびにひも、いっぱい?」


「たぶん」


「びゃっこのゆめ、みるこも、いる?」


「そうかもしれない」


 ユキはこびゃっこを見た。それから、俺を見上げる。


「おっちゃん、どうする?」


 その質問は、いつものように真っ直ぐだった。俺はすぐに答えられなかった。


 行くべきか。引くべきか。


 ユキを守るなら、今すぐ湖畔へ戻るのが正しいのかもしれない。キットハウスを建て、結界を張り、隠れて暮らす。でも、レイシスは神獣を探し、奴隷狩りは森に入っている。隠れていても、いずれ見つかる可能性がある。


 それに、シオンという狐族の少女。夢に白い狐を見るという子。その子は今、特別な首輪をつけられて連れて行かれた。


 聞かなかったことにできるか?いやできない。でも、ユキを危険に晒すわけにもいかない。


 俺は深く息を吸った。


「段取りを組みたい」


 結局、出た答えはそれだった。


「行くか行かないかを、今すぐ勢いで決めない。情報を整理する。準備する。ユキを隠す方法を強化する。逃げる手段も確保する」


 ガランが頷く。


「妥当だ」


「親書は?」


「届ける必要はある。ただ、アルノの証言を持ち帰るだけでも価値はある」


「オリエントへ戻る選択肢もあるのか?」


「ある。だが、戻ればレイシスへの正式抗議は遅れる」


 マリベルが静かに言う。


「それに、狐族の少女がどこへ送られたかは、レイシス側に入らなければ分からないかもしれません」


 ドランが腕を組む。


「ワシは行くべきだと思う。だが、ユキを連れて行くのは反対だ」


「置いていける場所がない」


 俺は即答した。


「湖畔に戻り、一人で置くなんて論外だ」


 ユキが俺の袖を握る手に力を込める。


「ユキ、おっちゃんといく」


「ああ」


 リーファが少し考えて言った。


「なら、変装をもっと徹底しましょう。ユキちゃんを獣人の子に見せるのではなく、病弱な人族の子として隠す方法もあるわ」


「どういうことだ?」


「フードだけではなく、顔を薄布で覆う。日光に弱い病の子、という設定にするの。尻尾は背嚢に隠したまま。耳も包帯や布で覆う。声もあまり出さない」


「病気の子供か」


「レイシスでは亜人は差別されるけれど、人族の子供には比較的同情が向きやすいわ」


 ユキが不安そうに言う。


「ユキ、びょうき?」


「ふりだ」


 俺は説明する。


「病気のふりをする。人に見られないようにするためだ」


「ユキ、うそ?」


「人を騙すことになるな」


 ユキの耳が伏せる。


「うそ、くさい」


「そうだな。でも、ユキを守るための嘘だ」


 ユキは難しい顔をした。


「むずかしい」


「俺もそう思う」


 ロクが言う。


「匂いをごまかすなら、薬草の匂い袋を使うといいっす。病人の設定なら不自然じゃないっす」


 マリベルが頷く。


「私が薬師のふりをしましょう。ヒカルさんは父親役。ユキちゃんは病弱な娘。治療のために移動している、という形なら通しやすいかもしれません」


 父親役。また来た。俺は少し固まった。


 ユキが俺を見上げる。


「おっちゃん、とうちゃん?」


「役だ。役」


「おっちゃんは、おっちゃん」


「そう。それでいい」


 ガランが真面目な顔で言う。


「検問では、俺たちがオリエント使節の護衛として前に立つ。ヒカルたちは同行者として扱う。ユキの姿は極力見せない」


「分かった」


「ただし、予想外のことは起きる」


「嫌な予言だな」


「森で生きる者の現実だ」


 俺は頷くしかなかった。ここから先は、より慎重に動く必要がある。昼食後、俺たちは少し長めの休憩を取った。アルノの体力を考えてのことでもあり、作戦会議の時間でもある。


 俺は四十の手習いの候補を確認した。


 変装。コスプレ。メイク。応急手当。防災。護身術。かくれんぼ。


 鑑定が提案を出す。



【四十の手習い連動提案】

潜入・身分隠蔽に適した手習い候補:

・コスプレ

・メイク

・演劇

・かくれんぼ

・マジック

・防災備蓄


最優先候補:演劇、メイク



「演劇まで出るのか」


 確かに、役を演じるなら演劇だ。メイクも変装に使える。コスプレも衣装調達には便利そうだ。だが、取りすぎるとポイントを使う。


 今は百万ポイント近くあるとはいえ、油断は禁物。ただ、ユキを守るためなら安い。


「取るか」



【手習い:メイクを取得しました】

取得内容:基本メイク、肌色補正、傷・病人風メイク、変装補助

関連ショップ:化粧品、メイク道具、クレンジング、鏡、衣装小物



【手習い:演劇を取得しました】

取得内容:発声、表情管理、簡易演技、役作り、場面対応

関連ショップ:衣装、小道具、台本、舞台用品



 知識が流れ込む。病人らしい顔色の作り方。不自然に見えない布の巻き方。声の抑え方。役としての振る舞い。四十歳の手習い、今度は演劇とメイク。


 元の人生では絶対にやらなかった分野だ。だが、今は必要だ。俺はユキに説明する。


「ユキ。これから、人前では少しだけ病気の子のふりをする」


「びょうきのふり」


「ああ。あまり喋らない。顔を隠す。尻尾も隠す。嫌な匂いがしても、すぐに言わないで俺の服を引っ張る」


「どうして?」


「ユキが白狐神だとバレないように」


「ばれると?」


「悪い奴がユキを狙うかもしれない」


 ユキは少し考えて、こびゃっこを抱きしめた。


「こびゃっこも、かくれる?」


「ああ。こびゃっこも隠そう」


「こびゃっこ、いや?」


「でも、守るためだ」


「むー」


 ユキはこびゃっこに顔を寄せる。


「こびゃっこ、がまん」


 俺は子供用の薄い布、フード付きマント、薬草の匂い袋、そして顔色を少し悪く見せるメイク用品を出した。


 マリベルが興味深そうに見る。


「それは薬草ですか?」


「匂い袋だ。薬草っぽい香りをつける」


「病人の移動には自然ですね」


 俺はユキの顔に軽くメイクを施す。血色を少し落とし、頬に影を入れる。目元を少し疲れたように見せる。やりすぎると本当に具合が悪そうで心配になるので、控えめに。


「動くなよ」


「くすぐったい」


「我慢しろ」


「ユキ、きれい?」


「今回は少し具合悪そうにする」


「ユキ、きれいじゃない?」


「元は綺麗だ」


「よし」


 納得したらしい。顔の下半分は薄布で覆い、フードを深く被せる。狐耳は布とフードで隠す。尻尾は背負いリュックの中。こびゃっこは、小さな布袋に入れて胸元に吊るす。


「こびゃっこ、くらい?」


「少しだけ我慢な」


「こびゃっこ、がんばれ」


 ユキが小声で言う。俺はメイク用の小さな鏡を見せた。


「どうだ?」


 ユキは鏡を覗く。そして、首をかしげた。


「ユキ、ユキじゃない?」


「ユキだけど、少し隠れてる」


「かくれんぼ?」


「そうだ。街でのかくれんぼだ」


 ユキの目が少し輝く。


「ユキ、かくれんぼ、する」


「ただし、勝手に走るな」


「む」


「それをやったら負けだ」


「じゃあ、しない」


 演劇スキルの知識で、ユキに簡単な役を教える。病気がちで、あまり喋れない子。俺は父親役。マリベルは治療のため同行する魔術師兼薬師。


 ガランたちは親書を運ぶ使節護衛。アルノは病人として保護した同行者。捕虜たちは、森で捕らえた奴隷狩りとして国境砦へ引き渡す。


 筋は通っている。問題は、レイシス側が筋を通す相手かどうかだ。


 夕方前、再び移動を開始した。アルノはまだ担架。捕虜は拘束。ミミとクロメはロクの指示で大人しくついてくる。


 ユキは病人のふりをしながら、俺の手を握って歩く。


 しばらくは静かだった。かなり静かだった。十分ほどで、ユキが小声で言った。


「おっちゃん」


「どうした?」


「びょうきのふり、つまらない」


「早いな」


「ユキ、しゃべりたい」


「人前でなければ小声ならいい」


「にく」


「それは小声でも言うんだな」


「こびゃっこ、くらいって」


「聞こえたのか?」


「たぶん」


「こびゃっこはぬいぐるみだ」


「でも、群れ」


「そうだったな」


 俺は小さく笑った。ユキはユキだ。病人のふりをしても、神獣を隠しても、こびゃっこを袋に入れても、ユキは変わらない。


 それが少し安心だった。森の先には、レイシス皇国がある。神獣を探し、狐族を集め、奴隷首輪を使う国。


 俺たちはそこへ向かっている。親書を届けるため。アルノの証言を活かすため。狐族の少女の情報を探るため。


 そして、ユキを守るため。ユキが俺の手を少し強く握った。


「おっちゃん」


「ん?」


「こわい?」


「ああ」


「ユキも、ちょっとこわい」


「そうか」


「でも、かくれんぼ、する」


「ああ。街でのかくれんぼだ」


「ユキ、まけない」


「頼もしいな」


「でも、にくは、たべる」


「それは隠さないんだな」


 ユキは布の下で、たぶん笑った。俺も少しだけ笑う。


 段取りは組んだ。変装もした。役も決めた。逃げる手段もある。火力も、できれば使いたくないが持っている。


 それでも、怖いものは怖い。だがユキの言う通り、怖いのが全部なくなることはない。ちょっと怖くても歩ける。今は、それでいい。


 俺たちは森の西へ向かいレイシス皇国へ。そして、首輪の国の入り口へ。



【収支報告】


開始残高:993,416 pt


今回の購入:

・朝食用食材、アルノ用消化食、捕虜用最低限の食料:90 pt(約9,000円)

・ミミ、クロメ用フード、水皿など:120 pt(約12,000円)

・手習い:メイク取得 450 pt(約45,000円)

・手習い:演劇取得 650 pt(約65,000円)

・変装用布、フード付きマント、薬草風匂い袋、メイク道具追加、こびゃっこ用布袋:270 pt(約27,000円)


今回支出合計:1,580 pt(約158,000円)


現在残高:

993,416 pt − 1,580 pt = 991,836 pt


円換算目安:

991,836 pt × 100円 = 約99,183,600円相当



続く

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