第15話 白狐神、初めてメイクする
異世界五日目の夜明け前。森はまだ薄暗かった。焚き火は小さくなり、赤い炭だけが静かに光っている。
俺は浅い眠りから目を覚ました。理由は分かっている。重い。膝が。
「……ユキ」
「んむ」
「俺の膝は枕じゃない」
「おっちゃん、あったかい」
「それはどうも」
ユキは俺の膝に頭を乗せたまま、こびゃっこを抱いて眠っていた。白い尻尾は、いつの間にか俺の足に巻きついている。おかげで動けない。
昨夜、ユキは「群れ、ふえた」と言って眠った。
確かに増えた。ガランたちランクSハンター。解放されたエルフの青年アルノ。使役首輪を外された魔犬、ミミとクロメ。
ついでに、縛られた奴隷狩り五人。この連中は群れではない。できれば荷物扱いにしたい。だが、殺さず連れて行く以上、責任は発生する。
面倒だ。本当に面倒だ。四十歳になってまで、こんな責任の束を背負うことになるとは思わなかった。
「おっちゃん……にく……」
「寝言まで肉か」
ユキの寝言に、焚き火の向こうから小さな笑い声がした。見ると、ガランが起きていた。剣を膝に置いて、見張りをしている。
「起きていたのか」
「交代でな。もう少ししたらロクと代わる」
「寝てなくて大丈夫なのか?」
「慣れている」
「ランクSは大変だな」
「異界人の白狐神付き世話係ほどではない」
「その肩書き、重いからやめてくれ」
ガランは少し笑った。それから、焚き火の奥に視線を向ける。
捕虜にした奴隷狩りたちは、木にロープで繋がれている。ユキの鳥居結界の内側ではあるが、こちらとは距離を取った位置だ。
全員、眠っている。いや、眠らされていると言った方が近い。マリベルの眠りの魔法と、ユキの結界による精神安定の効果が重なっているらしい。
暴れられるよりはいい。ミミとクロメはロクの近くで丸くなっていた。首輪が外れても、まだ自由というものに慣れていないようだ。
アルノは毛布に包まって眠っている。顔色は昨夜より少し良い。首輪が外れ、シチューを食べ、眠れたからだろう。
「アルノは話せそうか?」
俺が聞くと、ガランは頷いた。
「朝には少し話せるだろう。無理はさせんが、情報は欲しい」
「レイシスのことか」
「ああ。国境砦、奴隷管理局、親書を届ける相手、それから奴隷狩りの動き」
「親書って、皇帝に直接渡すのか?」
「建前上はな。実際には、まず国境砦で使節として入国確認を受ける。その後、皇都へ向かう」
「皇都まで行くのか」
「本来ならな」
ガランの声が少し重くなった。
「だが、今回は状況が変わった」
「アルノと奴隷狩りか」
「ああ。奴隷狩りがこの深さまで森に入っている。しかも逃亡奴隷を追っていた。これは偶発ではない可能性がある」
「どういうことだ?」
「レイシス側が、森を通る抜け道を探っているのかもしれん」
俺は眉を寄せた。
「何のために?」
「オリエントへの侵入路。奴隷狩り。密輸。あるいは、この森の神獣伝承を探っている可能性もある」
最後の言葉に、俺は無意識にユキの頭を見た。白い髪。白い狐耳。今はフードを外しているので、耳がぴくぴく動いている。この子を探している者がいるかもしれない。そう考えるだけで、胃の奥が重くなる。
「ユキは渡さない」
自分でも驚くほど自然に声が出た。ガランは静かに頷いた。
「分かっている。俺たちも守る」
「頼む」
「だが、守るには隠すだけでは足りない。情報が要る」
「ああ」
段取り。またその言葉が頭に浮かんだ。まず情報。次に準備。そして行動。感情だけで動くと失敗する。
昨日、奴隷狩りに怒鳴った時、ユキに「こわいおっちゃん、ちょっといや」と言われた。
あれは効いた。怒りはある。でも、怒りに乗っ取られたら駄目だ。俺はユキの頭を軽く撫でた。
「おっちゃん……」
ユキが寝ぼけて目を開ける。
「起こしたか?」
「おっちゃん、いる?」
「いる」
「こびゃっこ?」
「いる」
「にく?」
「朝飯でな」
「ほっとみるく?」
「作る」
「よし」
そう言ってユキは満足したように、また目を閉じた。
「寝るんかい」
ガランが肩を震わせて笑っていた。
「いい子だな」
「肉とホットミルクで動く神様だけどな」
「分かりやすくていい」
「分かりやすい神様ってどうなんだ」
「人は分かりやすい神を求めるものだ」
それは少し重い冗談に聞こえた。
やがて、森の向こうが白み始めた。野営地が少しずつ動き出す。まずは火の管理。水の確保。朝食の準備。俺は収納から調理器具と食材を出し、パン、卵、ベーコン、温かいスープを用意した。
ユキには約束通りホットミルク。アルノには消化の良いスープと柔らかいパン。捕虜たちには硬めのパンと水。
ミミとクロメには、犬用フードを出そうとして少し悩んだ。キャンプショップかホームセンター系でペット用品が出るか検索する。
出た。ドッグフード。栄養補助。水皿。首輪。リード。首輪とリードを見た瞬間、少し嫌な気分になる。
今のミミとクロメにはいらない。代わりに、肉と犬用フードを混ぜたものを皿に出した。ミミとクロメは警戒しながら匂いを嗅ぎ、ロクを見る。
「食べていいっすよ」
ロクが言うと、二頭は恐る恐る食べ始めた。ユキがそれを見て、嬉しそうに言う。
「ミミとクロメ、ごはん」
「ああ」
「ひもない。ごはんある」
「そうだな」
「よかった」
ユキの中では、それが大事なのだろう。首輪がない。ご飯がある。名前がある。たぶん、それは人にも動物にも神様にも大事なことだ。
朝食後、アルノが少し体を起こせるようになった。マリベルが背中に丸めた毛布を当てて支える。リーファがそばに座り、穏やかに声をかけた。
「アルノ、話せる?」
アルノは頷いた。痩せた顔。頬はこけ、目の下には濃い影がある。それでも、首輪が外れたことで目に少しだけ光が戻っていた。
「はい……」
声はまだかすれている。俺は水を渡した。
「無理はするな。喋れる範囲でいい」
「ありがとうございます……」
アルノはゆっくり水を飲んだ。そして、ユキを見る。ユキはこびゃっこを抱えたまま、俺の横に座っている。
アルノは深く頭を下げようとしたが俺が止める。
「動くなって」
「しかし……」
「礼は聞いた。まず体を治せ」
ユキも頷く。
「アルノ、ねて、たべる」
「はい」
「しちゅーも、たべる」
「はい」
「にくも、ちょっと」
「……はい」
アルノは微かに笑った。それだけで、昨夜より少し人間らしく見えた。
ガランが本題に入る。
「アルノ。君はどこから逃げてきた?」
「レイシス皇国……西辺国境砦の近くにある、奴隷管理局の収容所です」
ガランの顔が険しくなる。
「国境砦直属か」
「はい。私は、もともと皇都の貴族屋敷にいました。そこから、魔力適性の検査のために西辺へ送られました」
「魔力適性?」
マリベルが眉をひそめる。
「奴隷に魔力検査を?」
アルノは頷く。
「最近、亜人奴隷の中から魔力の高い者を集めています。特にエルフ、狐族、猫族、犬族……精霊や神獣に縁が深いとされる種族を」
俺とガランは顔を見合わせた。狐族。神獣。嫌な予感がした。
「何のために集めている?」
ガランが聞く。アルノは唇を震わせた。
「詳しくは分かりません。ただ、収容所で聞きました。皇国神務院が、古い森の神を探していると」
空気が凍った。リーファが小さく息を呑む。ドランの手が斧の柄に伸びる。ロクの耳が伏せた。
ユキは分かっていないのか、首をかしげている。
「もりのかみ?」
俺はできるだけ平静を保って聞いた。
「その古い森の神って、何だ?」
「白い狐の神……だと。正式な名は、誰も知りません。ただ、レイシスの古文書に記されていたそうです。西の死の森に、国を覆す白い神獣が眠る、と」
俺の心臓が、どくんと鳴った。国を覆す白い神獣。この森、ユキ。
「アルノ。その情報は、どの程度知られている?」
ガランの声が低い。
「上層部だけだと思います。奴隷管理局の兵士も詳しくは知りません。ただ、狐族の奴隷を高値で集めていることは、商人たちの間でも噂になっています」
「狐族……」
ガランが眉を寄せる。
「オリエントの王家が銀狐族だと知ってのことか?」
「おそらく。王家との関係を疑っている者もいました」
まずい。思ったよりずっとまずい。レイシス皇国は、すでに白き神獣の伝承を探っている。しかも、狐族や精霊に近い種族の奴隷を集めている。
奴隷解放の親書どころか、相手は神獣探しをしている可能性がある。
俺はユキを見る。ユキはこびゃっこの耳を触りながら、俺を見上げた。
「おっちゃん?」
「大丈夫だ」
「おっちゃん、こわいにおい」
「……悪い」
すぐに分かるらしい。俺は深呼吸する。こわいおっちゃんは、ちょっとだけ。そう約束したばかりだ。
アルノはさらに話を続けた。
「私は魔力が高いと判定され、別の施設へ送られる予定でした。そこで、同じ部屋にいた狐族の少女が……」
彼は言葉を詰まらせた。リーファがそっと手を握る。
「無理しないで」
「いえ……話さなければ」
アルノは目を閉じた。
「彼女は、白い狐神の夢を見ると言っていました」
俺の背筋がぞわりとした。ユキが顔を上げる。
「ゆめ?」
アルノはユキを見る。
「はい。大きな白い狐が、夢の中で名前を呼ぶと」
ユキがこびゃっこをぎゅっと抱いた。
「びゃっこ?」
アルノは驚く。
「そうです。彼女も、そう言っていました。びゃっこ、と」
全員がユキを見る。ユキは不安そうに俺の袖を握った。
「おっちゃん」
「大丈夫だ」
俺はユキの背中を撫でた。
「アルノ。その狐族の少女は?」
「少女の名前はシオン。彼女は連れて行かれました。神務院の者が来て、特別な首輪をつけて……」
アルノの声が震える。
「私は、彼女が連れて行かれる時に聞きました。『白狐神の器かもしれない』と」
白狐神の器。その言葉が、ひどく気持ち悪かった。ユキを器扱いするような響き。あるいは、ユキのような存在を探しているのか。
それとも、白狐神の力を宿す者を集めているのか。
ガランが険しい声で言う。
「ヒカル。状況が変わった」
「ああ」
「レイシスに入るのは、さらに危険になる」
「でも、行かない選択肢はあるのか?」
ガランは黙った。行かなければ、親書は届かない。アルノの証言を活かせない。狐族の少女シオンの情報も追えない。
だが、行けばユキが危険になる。俺はユキを見る。ユキは俺の服をぎゅっと握りしめていた。
「ユキ」
「なに?」
「怖い話だ」
「うん」
「レイシスに行くのは、かなり危ないかもしれない」
「くびにひも、いっぱい?」
「たぶん」
「びゃっこのゆめ、みるこも、いる?」
「そうかもしれない」
ユキはこびゃっこを見た。それから、俺を見上げる。
「おっちゃん、どうする?」
その質問は、いつものように真っ直ぐだった。俺はすぐに答えられなかった。
行くべきか。引くべきか。
ユキを守るなら、今すぐ湖畔へ戻るのが正しいのかもしれない。キットハウスを建て、結界を張り、隠れて暮らす。でも、レイシスは神獣を探し、奴隷狩りは森に入っている。隠れていても、いずれ見つかる可能性がある。
それに、シオンという狐族の少女。夢に白い狐を見るという子。その子は今、特別な首輪をつけられて連れて行かれた。
聞かなかったことにできるか?いやできない。でも、ユキを危険に晒すわけにもいかない。
俺は深く息を吸った。
「段取りを組みたい」
結局、出た答えはそれだった。
「行くか行かないかを、今すぐ勢いで決めない。情報を整理する。準備する。ユキを隠す方法を強化する。逃げる手段も確保する」
ガランが頷く。
「妥当だ」
「親書は?」
「届ける必要はある。ただ、アルノの証言を持ち帰るだけでも価値はある」
「オリエントへ戻る選択肢もあるのか?」
「ある。だが、戻ればレイシスへの正式抗議は遅れる」
マリベルが静かに言う。
「それに、狐族の少女がどこへ送られたかは、レイシス側に入らなければ分からないかもしれません」
ドランが腕を組む。
「ワシは行くべきだと思う。だが、ユキを連れて行くのは反対だ」
「置いていける場所がない」
俺は即答した。
「湖畔に戻り、一人で置くなんて論外だ」
ユキが俺の袖を握る手に力を込める。
「ユキ、おっちゃんといく」
「ああ」
リーファが少し考えて言った。
「なら、変装をもっと徹底しましょう。ユキちゃんを獣人の子に見せるのではなく、病弱な人族の子として隠す方法もあるわ」
「どういうことだ?」
「フードだけではなく、顔を薄布で覆う。日光に弱い病の子、という設定にするの。尻尾は背嚢に隠したまま。耳も包帯や布で覆う。声もあまり出さない」
「病気の子供か」
「レイシスでは亜人は差別されるけれど、人族の子供には比較的同情が向きやすいわ」
ユキが不安そうに言う。
「ユキ、びょうき?」
「ふりだ」
俺は説明する。
「病気のふりをする。人に見られないようにするためだ」
「ユキ、うそ?」
「人を騙すことになるな」
ユキの耳が伏せる。
「うそ、くさい」
「そうだな。でも、ユキを守るための嘘だ」
ユキは難しい顔をした。
「むずかしい」
「俺もそう思う」
ロクが言う。
「匂いをごまかすなら、薬草の匂い袋を使うといいっす。病人の設定なら不自然じゃないっす」
マリベルが頷く。
「私が薬師のふりをしましょう。ヒカルさんは父親役。ユキちゃんは病弱な娘。治療のために移動している、という形なら通しやすいかもしれません」
父親役。また来た。俺は少し固まった。
ユキが俺を見上げる。
「おっちゃん、とうちゃん?」
「役だ。役」
「おっちゃんは、おっちゃん」
「そう。それでいい」
ガランが真面目な顔で言う。
「検問では、俺たちがオリエント使節の護衛として前に立つ。ヒカルたちは同行者として扱う。ユキの姿は極力見せない」
「分かった」
「ただし、予想外のことは起きる」
「嫌な予言だな」
「森で生きる者の現実だ」
俺は頷くしかなかった。ここから先は、より慎重に動く必要がある。昼食後、俺たちは少し長めの休憩を取った。アルノの体力を考えてのことでもあり、作戦会議の時間でもある。
俺は四十の手習いの候補を確認した。
変装。コスプレ。メイク。応急手当。防災。護身術。かくれんぼ。
鑑定が提案を出す。
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【四十の手習い連動提案】
潜入・身分隠蔽に適した手習い候補:
・コスプレ
・メイク
・演劇
・かくれんぼ
・マジック
・防災備蓄
最優先候補:演劇、メイク
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「演劇まで出るのか」
確かに、役を演じるなら演劇だ。メイクも変装に使える。コスプレも衣装調達には便利そうだ。だが、取りすぎるとポイントを使う。
今は百万ポイント近くあるとはいえ、油断は禁物。ただ、ユキを守るためなら安い。
「取るか」
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【手習い:メイクを取得しました】
取得内容:基本メイク、肌色補正、傷・病人風メイク、変装補助
関連ショップ:化粧品、メイク道具、クレンジング、鏡、衣装小物
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【手習い:演劇を取得しました】
取得内容:発声、表情管理、簡易演技、役作り、場面対応
関連ショップ:衣装、小道具、台本、舞台用品
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知識が流れ込む。病人らしい顔色の作り方。不自然に見えない布の巻き方。声の抑え方。役としての振る舞い。四十歳の手習い、今度は演劇とメイク。
元の人生では絶対にやらなかった分野だ。だが、今は必要だ。俺はユキに説明する。
「ユキ。これから、人前では少しだけ病気の子のふりをする」
「びょうきのふり」
「ああ。あまり喋らない。顔を隠す。尻尾も隠す。嫌な匂いがしても、すぐに言わないで俺の服を引っ張る」
「どうして?」
「ユキが白狐神だとバレないように」
「ばれると?」
「悪い奴がユキを狙うかもしれない」
ユキは少し考えて、こびゃっこを抱きしめた。
「こびゃっこも、かくれる?」
「ああ。こびゃっこも隠そう」
「こびゃっこ、いや?」
「でも、守るためだ」
「むー」
ユキはこびゃっこに顔を寄せる。
「こびゃっこ、がまん」
俺は子供用の薄い布、フード付きマント、薬草の匂い袋、そして顔色を少し悪く見せるメイク用品を出した。
マリベルが興味深そうに見る。
「それは薬草ですか?」
「匂い袋だ。薬草っぽい香りをつける」
「病人の移動には自然ですね」
俺はユキの顔に軽くメイクを施す。血色を少し落とし、頬に影を入れる。目元を少し疲れたように見せる。やりすぎると本当に具合が悪そうで心配になるので、控えめに。
「動くなよ」
「くすぐったい」
「我慢しろ」
「ユキ、きれい?」
「今回は少し具合悪そうにする」
「ユキ、きれいじゃない?」
「元は綺麗だ」
「よし」
納得したらしい。顔の下半分は薄布で覆い、フードを深く被せる。狐耳は布とフードで隠す。尻尾は背負いリュックの中。こびゃっこは、小さな布袋に入れて胸元に吊るす。
「こびゃっこ、くらい?」
「少しだけ我慢な」
「こびゃっこ、がんばれ」
ユキが小声で言う。俺はメイク用の小さな鏡を見せた。
「どうだ?」
ユキは鏡を覗く。そして、首をかしげた。
「ユキ、ユキじゃない?」
「ユキだけど、少し隠れてる」
「かくれんぼ?」
「そうだ。街でのかくれんぼだ」
ユキの目が少し輝く。
「ユキ、かくれんぼ、する」
「ただし、勝手に走るな」
「む」
「それをやったら負けだ」
「じゃあ、しない」
演劇スキルの知識で、ユキに簡単な役を教える。病気がちで、あまり喋れない子。俺は父親役。マリベルは治療のため同行する魔術師兼薬師。
ガランたちは親書を運ぶ使節護衛。アルノは病人として保護した同行者。捕虜たちは、森で捕らえた奴隷狩りとして国境砦へ引き渡す。
筋は通っている。問題は、レイシス側が筋を通す相手かどうかだ。
夕方前、再び移動を開始した。アルノはまだ担架。捕虜は拘束。ミミとクロメはロクの指示で大人しくついてくる。
ユキは病人のふりをしながら、俺の手を握って歩く。
しばらくは静かだった。かなり静かだった。十分ほどで、ユキが小声で言った。
「おっちゃん」
「どうした?」
「びょうきのふり、つまらない」
「早いな」
「ユキ、しゃべりたい」
「人前でなければ小声ならいい」
「にく」
「それは小声でも言うんだな」
「こびゃっこ、くらいって」
「聞こえたのか?」
「たぶん」
「こびゃっこはぬいぐるみだ」
「でも、群れ」
「そうだったな」
俺は小さく笑った。ユキはユキだ。病人のふりをしても、神獣を隠しても、こびゃっこを袋に入れても、ユキは変わらない。
それが少し安心だった。森の先には、レイシス皇国がある。神獣を探し、狐族を集め、奴隷首輪を使う国。
俺たちはそこへ向かっている。親書を届けるため。アルノの証言を活かすため。狐族の少女の情報を探るため。
そして、ユキを守るため。ユキが俺の手を少し強く握った。
「おっちゃん」
「ん?」
「こわい?」
「ああ」
「ユキも、ちょっとこわい」
「そうか」
「でも、かくれんぼ、する」
「ああ。街でのかくれんぼだ」
「ユキ、まけない」
「頼もしいな」
「でも、にくは、たべる」
「それは隠さないんだな」
ユキは布の下で、たぶん笑った。俺も少しだけ笑う。
段取りは組んだ。変装もした。役も決めた。逃げる手段もある。火力も、できれば使いたくないが持っている。
それでも、怖いものは怖い。だがユキの言う通り、怖いのが全部なくなることはない。ちょっと怖くても歩ける。今は、それでいい。
俺たちは森の西へ向かいレイシス皇国へ。そして、首輪の国の入り口へ。
⸻
【収支報告】
開始残高:993,416 pt
今回の購入:
・朝食用食材、アルノ用消化食、捕虜用最低限の食料:90 pt(約9,000円)
・ミミ、クロメ用フード、水皿など:120 pt(約12,000円)
・手習い:メイク取得 450 pt(約45,000円)
・手習い:演劇取得 650 pt(約65,000円)
・変装用布、フード付きマント、薬草風匂い袋、メイク道具追加、こびゃっこ用布袋:270 pt(約27,000円)
今回支出合計:1,580 pt(約158,000円)
現在残高:
993,416 pt − 1,580 pt = 991,836 pt
円換算目安:
991,836 pt × 100円 = 約99,183,600円相当
続く




