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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第14話 白狐神と首輪の重さ


 奴隷狩りを拘束し、エルフの青年を担架に乗せ、俺たちは再び森を進み始めた。さっきまでとは、隊列の重さが違う。


 負傷者が一人。捕虜が五人。首輪を外された魔犬が二頭。


 そして、白狐神ユキ。ユキは俺の隣を歩いていた。フードを深く被り、こびゃっこを胸に抱えている。白い尻尾はまたリュックの中だ。


「しっぽ、むー」


「少し我慢な」


「あとで、ふわふわ」


「ああ。約束だ」


 ユキは小さく頷いた。俺は担架の上の青年を見る。首元には、赤黒く擦れた跡が残っていた。さっきまでそこに奴隷首輪があった。


 首輪一つで、人が人ではなくなり、命令石一つで、苦痛を与えられる。


「……胸糞悪いな」


 呟くと、隣のガランが低く答えた。


「ああ。何度見ても慣れん」


「何度も見てるのか」


「レイシスとの国境ではな」


 ガランは前を見たまま言った。


「逃げてくる者は少なくない。だが、助かる者は少ない。首輪で追跡され、命令され、魔力を封じられる。逃げる力を奪った上で、逃げたら追い詰める仕組みだ」


「最悪だな」


「最悪だ」


 俺は奥歯を噛んだ。この世界には、奴隷制がある。しかも魔法で補強された奴隷制だ。そしてユキは、その首輪を外した。白き神獣の伝承どおりに。


 ガランが俺を見る。


「ヒカル。ユキの力は絶対に隠せ」


「ああ」


「レイシスに知られれば、国を挙げて奪いに来るかもしれん。オリエントでも、扱いを間違えれば信仰の中心に据えようとする者が出る」


「オリエントでもか」


「善意で囲おうとする者もいる。守るためだ、祀るためだ、と言ってな」


 俺はユキを見る。フードの奥で、ユキは眠そうに瞬きをしていた。こびゃっこを抱え、俺の袖を掴んでいる。


 神様。白き神獣。奴隷首輪を外す力を持つ存在。だが、俺にとっては、肉とホットミルクが好きで、尻尾を隠すと「むー」となる五歳児だ。


「ユキはユキだ」


 俺が言うと、ユキが顔を上げた。


「ユキ?」


「ああ。お前はユキだ」


「ユキは、ユキ」


「そうだ」


「おっちゃんは、おっちゃん」


「それもそうだ」


「こびゃっこは、こびゃっこ」


「完璧だ」


 ガランが小さく笑った。


「その感覚を忘れるな」


「ああ」


 少し進んだところで、マリベルが声をかけてきた。


「ヒカルさん。水を少し。この方に飲ませたいのですが」


「分かった」


 俺は収納からミネラルウォーターを出しかけて、すぐ水袋へ移し替えた。ペットボトルを見せる必要はない。


 マリベルはエルフの青年の頭を支え、少しずつ水を飲ませる。


「ゆっくりでいいですよ」


 青年の喉がかすかに動いた。ユキがそれをじっと見ている。


「おっちゃん」


「ん?」


「ユキ、なにする?」


「そばにいてやればいい」


「そば?」


「怖くないように」


 ユキは少し考え、担架の横に近づいた。


「ユキ、いる」


 青年はぼんやりとユキを見る。ユキは小さく言った。


「ひも、もうないよ」


 青年の目に涙が滲んだ。


「……はい」


「もう、いたくない?」


 青年はかすかに頷く。


「ありがとう……ユキ……」


「うん」


 ユキは満足そうに頷いた。リーファが、その様子を複雑な表情で見ていた。


「同族なのか?」


 俺が聞くと、リーファは静かに頷いた。


「たぶん森エルフの系統ね。レイシスでは、エルフの奴隷は高価に取引されるわ」


「高価、か」


 嫌な言葉だった。


「長命で、魔力が高く、見目が良いとされるから。家内奴隷、魔力供給、貴族の飾り……用途はいくらでもある」


「人を物みたいに」


「彼らにとっては物であり、資源なのよ」


 リーファの声は静かだった。静かだからこそ、怒りが深い。


 昼を少し過ぎたところで、ガランが休憩を決めた。沢に近い開けた場所だ。ロクが周囲を一周し、リーファが木の上と遠方を確認する。安全と判断されてから、俺はユキのリュックを外した。


「しっぽ!」


 白い尻尾がふわっと広がる。ユキは嬉しそうに抱え込んだ。


「しっぽ、むー、なくなった」


「よかったな」


 近くにいた魔犬二頭が、ユキの尻尾を見て少し後ずさった。


「いぬ、しっぽ、こわい?」


 ロクが魔犬を見た。


「たぶん、ユキの神気に驚いてるっす。あと、尻尾が大きいっす」


「ユキのしっぽ、えらい」


「えらいっす」


 魔犬たちは、首輪が外れてからかなり大人しくなっていた。まだ懐いたわけではないが、ロクの近くにいる。


「魔犬はどうするんだ?」


「今放すと森で死ぬかもしれないっす。調教されすぎてる。しばらく俺が見ます」


「優しいな」


「俺犬じゃなくて狼族っすけど、犬っぽいやつを見ると放っておけないんすよ」


「実は犬族?」


「狼族っす」


 ユキが魔犬へ近づく。


「ひも、もうない。だいじょうぶ」


 一頭がユキの前で伏せた。もう一頭も、少し遅れて伏せる。


「いぬ、ぺたん」


「服従姿勢っすね」


「ユキ、えらいから?」


「たぶんそうっす」


 ユキは真剣に頷いた。


「いぬも、ユキの群れ?」


「それは……どうっすかね」


 魔犬の尻尾が少し揺れた。


「群れ」


「増えたな、群れ」


 俺は苦笑した。


「おっちゃん」


「なんだ」


「いぬにも、なまえ」


「名前か」


 一頭は灰色の毛で、片耳が欠けている。もう一頭は黒っぽい毛で、目元に白い模様があった。


「こっち、ミミ」


 ユキは灰色の魔犬を指差す。


「耳が欠けてるけど?」


「みみ、がんばってる」


「なるほど」


 次に黒い方を指差した。


「こっち、クロメ」


「黒い目?」


「め、くろい。ここ、しろい」


 目元の白い模様を指す。


「いい名前だ」


「ユキ、なまえつけた」


 ミミとクロメは、ユキの声に反応するように耳を動かした。


 昼食は簡単に済ませた。パン、スープ、焼いたベーコン、チーズ。捕虜にも最低限の水と食料を与える。


 ユキは不満そうに見ていた。


「おっちゃん、くさいひとにも、ごはん?」


「ああ」


「わるいひと」


「悪い人でも、捕まえたなら飯は出す」


「むずかしい」


「俺もそう思う」


 ユキは少し考えた。


「でも、ひもは、だめ」


「ああ。首輪は駄目だ」


「ごはんは、いる?」


「いる」


「むずかしい」


「世の中、難しいことが多いんだ」


 ユキはベーコンをかじった。


「にくは、わかりやすい」


「それはそうだな」


 昼食中、エルフの青年が少しだけ意識を取り戻した。


 マリベルが優しく声をかける。


「お名前を言えますか?」


「……アルノ」


「アルノさんですね。ここは森の中です。あなたは逃げて、倒れていました。私たちが保護しました」


 アルノの目が揺れる。


「首輪……」


「外れました」


 壊れた首輪を見せると、アルノはまた涙をこぼした。


「本当に……」


 彼はユキを見る。ユキはこびゃっこを抱え、少しだけ後ろに下がった。


「ユキが……?」


 マリベルが頷く。アルノは担架の上から、必死に頭を下げようとした。俺は慌てて止める。


「動くな。傷が開く」


「ありがとう……」


「礼なら元気になってからでいい」


 ユキが小さく言う。


「ユキ、ひも、とっただけ」


「それが、どれだけ……」


 アルノは言葉に詰まった。ユキは困ったように俺を見る。


「おっちゃん」


「ありがとうって言われたら、どういたしましてでいい」


 ユキはアルノを見て、ぎこちなく言った。


「どういらしまして」


 噛んだ。だが、アルノは泣きながら笑った。


「ありがとう、ユキ」


「うん」


 午後の移動はさらに遅くなった。負傷したアルノ。拘束した奴隷狩りの捕虜。魔犬のミミとクロメ。予定していた場所までは行けない。ガランは早めに判断した。


「今日はこの先の沢沿いで野営する。予定より手前だが、無理はしない」


「賛成だ」


 俺は即答した。野営地に着いたのは、夕方より少し前だった。沢のそばの小さな開けた場所。水が取れ、周囲の見通しも悪くない。


「ユキ、結界できるか?」


「できる」


「疲れてないか?」


「ちょっと」


「無理なら言え」


「ユキ、やる」


 ユキは地面に鳥居を描いた。俺も手伝う。四隅に鳥居。中央に一つ。アルノのそばに一つ。ユキが一つずつ放電する。


「まもの、くるな」


 ぱちっ。


「くさいひと、あばれるな」


 ぱちっ。


「アルノ、いたくなるな」


 ぱちっ。


「ミミとクロメ、こわくなるな」


 ぱちっ。


「おっちゃん、にく、わすれるな」


 ぱちっ。


「最後、結界に必要か?」


「だいじ」


 鳥居紋が淡く光り、野営地を包んだ。



【鑑定結果】

名称:簡易守護結界

基点:鳥居紋 六箇所

効果:低級魔物の侵入抑制、敵意ある接近への軽度阻害、精神安定微弱

術者:白狐神ユキ

補助:サコン・ヒカル

状態:安定



「精神安定までついたぞ」


 マリベルが驚いた。


「ありがたいです。負傷者にも捕虜にも効くかもしれません」


 捕虜は結界の端に縛って座らせる。ロクとドランが見張りにつく。アルノは担架のまま、焚き火から少し離れた場所へ。ミミとクロメはロクの近くに伏せた。


 夕食は温かいものにした。材料を折り畳みテーブルの上に出す。鶏肉、野菜、牛乳、バター、小麦粉、塩、胡椒。カセットコンロを使ってクリームシチューを作る。


 異世界の森でクリームシチュー。変ではあるが、温かくて柔らかく、アルノにも食べやすい。鍋から湯気が上がると、ユキの鼻が動いた。


「あまいにおい?」


「シチューだ」


「しちゅー」


「肉と野菜を煮た温かいやつだ」


「にく」


「野菜もある」


「むー」


「今日は頑張ったから、肉多めだ」


「おっちゃん、えらい」


 全員にシチューを配る。捕虜にも少量だが渡した。ユキは今度は何も言わなかった。ただ、少し難しい顔をしていた。


 シチューを一口食べたユキの耳が立つ。


「あったかい。うんみゃあ」


「そうだ」


「にく、やわらかい」


「煮込んだからな」


「しちゅー、えらい」


「気に入ったか?」


「しちゅーは、ごはんのふかふか」


「分からんが、良かった」


 アルノにも少しずつ食べさせる。彼は涙を浮かべながら、何度も礼を言った。


「こんな温かいもの……何年ぶりか……」


 俺は返す言葉に困った。ユキは自分の器を見る。鶏肉を一つすくい、かなり迷った顔をした。


 肉を見る。アルノを見る。また肉を見る。そして、震える手で俺の器に入れた。


「おっちゃん、これ、アルノに」


「自分で渡さないのか?」


「ユキのにく、すごくだいじ。だから、おっちゃん、ちゃんとして」


「責任重大だな」


 俺は肉を小皿に移し、アルノに渡した。


「ユキからだ」


 アルノは驚いてユキを見る。ユキは照れているのか、少しそっぽを向いていた。


「ユキ、ちょっとだけ、あげる」


「ありがとうございます」


「にく、えらいから、元気でる」


「はい」


 ガランたちは、静かにそれを見ていた。ドランでさえ何も言わなかった。ユキにとって、肉を分けることは大変なことなのだ。


 食後、ユキにはホットミルクを作った。砂糖を少し多めにする。


「今日は頑張ったからな」


 ユキは両手でカップを持った。


「しあわせのおゆ」


「ああ」


「おっちゃん」


「ん?」


「アルノも、しあわせのおゆ?」


「飲めるようになったらな」


「うん」


 夜の森に、鳥居結界が淡く光っていた。捕虜。解放されたエルフ。元使役魔犬。ランクSハンター。白狐神の幼女。そして俺。ずいぶん大所帯になった。


 ユキはホットミルクを飲み終えると、こびゃっこを抱えたまま俺の膝に頭を乗せた。


「ねむい」


「寝ていいぞ」


「おっちゃん、いる?」


「いる」


「こびゃっこも?」


「いる」


「ミミとクロメも?」


「いる」


「アルノも?」


「いる」


「ガランたちも?」


「いる」


 ユキは目を閉じた。


「群れ、ふえた」


「増えたな」


「おっちゃん、たいへん」


「本当にな」


 俺は苦笑した。焚き火が静かに鳴る。鳥居の結界が光る。だが、その先にはレイシス皇国がある。奴隷の首輪を作り、命令石を使い、人を物として扱う国。


 俺は眠るユキの頭をそっと撫でた。


「段取り、組まないとな」


 ユキを守る。アルノを助ける。親書を届ける。奴隷首輪の秘密を隠す。必要なら、誰かの首輪を外す。


 重すぎる。でも、ユキの指先が首輪を外したあの瞬間を、俺はもう忘れられない。からん、と地面に落ちた金属音。あれは、きっとこの世界で一番小さな反抗の音だった。



【収支報告】


開始残高:993,736 pt


今回の購入:

・折りたたみ担架、救護用ブランケット、固定ベルト:120 pt(約12,000円)

・昼食用食材、捕虜用最低限の食料、水袋補充:80 pt(約8,000円)

・夕食用クリームシチュー材料、ホットミルク用牛乳・砂糖:120 pt(約12,000円)


今回支出合計:320 pt(約32,000円)


現在残高:

993,736 pt − 320 pt = 993,416 pt


円換算目安:

993,416 pt × 100円 = 約99,341,600円相当


続く

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