第13話 白狐神と奴隷狩り
森の影から現れた男たちは、五人だった。全員、人族。革鎧に短剣、手斧、弩。さらに二頭の猟犬を連れている。
犬、と呼んでいいのかは分からない。体高が一メートル以上あり、それぞれ黒と灰色の短毛で覆われている。目は濁り、口元から涎を垂らしている。
鑑定が反応した。
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【鑑定結果】
名称:魔犬
分類:使役魔物
危険度:低
状態:興奮、命令待機
備考:奴隷追跡用に調教されている
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「……胸糞悪いな」
犬まで道具扱いか。
先頭の男は、短い鎖を手にしていた。腰には鍵束。首輪の鍵だろう。男は倒れているエルフの青年を見つけると、いやらしく笑った。
「いたぞ。手間かけさせやがって」
その視線が、次に俺たちへ移る。ガラン。リーファ。ドラン。マリベル。ロク。そして俺と、俺の後ろにいるユキ。
今のユキは、尻尾隠しのリュックを背負っていない。さっき休憩で外したままだ。白い大きな尻尾は、ふわりと揺れている。
男の目が、そこで止まった。
「……おい。なんだ、そのガキ」
俺は半歩動き、ユキの前に立つ。
「俺の連れだ」
「連れ? 亜人のガキか?」
男の目つきが変わった。
「白い耳に白い尾……珍しいな。高く売れそうだ」
その瞬間、俺の頭の中の配線が何本か切れる。収納からライフルを出しそうになる手を、ぎりぎりで止める。ここで異界の武器は出さない。出せば話が大きくなりすぎる。
ガランが剣を抜いた。
「それ以上、口を開くな」
奴隷狩りの男は、ようやく相手の力量に気づいたらしい。顔に焦りが浮かぶ。
「お前ら……ハンターか?」
「そうだ」
「なら分かるだろう。逃亡奴隷の保護はレイシス皇国法で重罪だ」
「ここはレイシスではない」
ガランの声は低い。
「この森はどこの領土でもない」
「なら、拾い物は拾った奴のもんだろうが!」
男が腕を振った。
「やれ!」
二頭の魔犬が唸りながら飛び出した。だが、その瞬間。ユキが描いた鳥居紋が淡く光る。
「ぎゃんっ!」
魔犬たちは、見えない壁に弾かれたように跳ね返った。一頭は地面を転がり、もう一頭は境界の前で怯えたように唸る。
「何だ、今のは!?」
奴隷狩りたちが固まる。ユキが俺の後ろから一歩出た。白い狐耳。白い髪。白い尾。フードもリュックもない。伝承に出てくる白い幼神が、そこにいた。
「くるな」
小さな声。だが、その声に森の空気が反応した。
「ここ、ユキのまもるところ」
鳥居紋がさらに強く輝き、男たちの顔が青ざめた。
「ま、魔法か……?」
先頭の男だけが、震える手で腰の袋から黒い石を取り出した。
鑑定が反応する。
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【鑑定結果】
名称:使役命令石
効果:奴隷首輪および魔犬に強制命令を送る
危険:強制命令により装着者へ苦痛発生
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「まずい!」
俺が叫ぶより早く、男が石を握りしめた。
「戻れ、奴隷!」
倒れていたエルフの青年の身体が、びくんと跳ねた。
「ぐ、ああっ……!」
首輪が赤黒く光り、側にいたマリベルが悲鳴に近い声を上げた。
「首輪が反応しています!」
「やめろ!」
俺は叫んだ。男は笑う。
「こいつは俺の所有物だ! 命令すれば這ってでも戻る!」
エルフの青年は苦痛に顔を歪めながら、震える腕で地面を掻いた。それを見たユキの小さな手が、俺の服から離れる。
「だめ」
声が低かった。
「くびに、ひも、だめ」
ユキの指先に、青白い光が集まる。いつもの火起こしの放電とは違う。鳥居紋が光り、森の葉がざわめいた。白い尻尾がふわりと広がる。
リーファが息を呑む。
「白き神獣……」
ユキはエルフの青年のそばへ歩いた。
「ユキ、無理するな!」
「おっちゃん」
ユキは振り返らずに言った。
「これ、いや」
その言葉に、俺は動けなくなった。ユキは青年の首輪に、小さな指先をそっと当てる。
「ひも、だめ」
ぱちっ。青白い放電が走った。首輪が赤黒く光り、次の瞬間、光が消えた。金属の輪に細かな亀裂が入り、音を立てて外れる。
からん。首輪が地面に落ちた。
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【鑑定結果】
名称:奴隷拘束首輪
状態:機能停止
備考:白狐神ユキの神力放電により、魔力命令系統が焼き切られています。
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「……解除、できた」
マリベルが震える声で言った。エルフの青年は荒い息を吐き、そのまま涙をこぼした。
「首輪が……外れた……?」
ユキはこくんと頷いた。
「ひも、とれた」
ガランが低く呟く。
「伝承どおりだ」
奴隷首輪を嫌い、白い雷で輪を砕く神。ユキは、本当にそれをやった。それは虐げられる全ての人の希望と同時に、危険すぎる力だった。
「そのガキ……何をしやがった!」
奴隷狩りの男が叫ぶ。俺はユキを後ろに下げた。
「黙れ」
自分でも驚くほど低い声が出た。その直後、ガランが動いた。剣の柄が先頭の男の腹に叩き込まれ、男は息を吐いて崩れた。
リーファの矢が二人目の足元を射抜く。
ドランの斧が地面を割り、三人目が尻餅をつく。
ロクが魔犬を押さえ込み、マリベルの光の縄が残る二人の腕を縛った。
あっという間だった。これがランクSか。俺が刀を抜くまでもなかった。だが、問題は終わっていない。
奴隷狩りたちは見てしまった。ユキの尻尾を。ユキが奴隷首輪を解除するところを。魔犬の使役首輪まで外せるかもしれないことを。
「ヒカル」
ガランが俺を見る。
「こいつらを殺す気はない。だが、このまま情報を持たせるのは危険だ」
「分かってる」
俺はロープワークスキルを使い、ガラン達と奴隷狩り共を縛り上げる。そして四十の手習いを開いた。
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【四十の手習い連動提案】
現在の状況に適した手習い候補:
・催眠術
・心理学
・マジック
・尋問対策
・記憶術
最優先候補:催眠術
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「……催眠術か」
まさか、こんな場面で趣味の催眠術が必要になるとは思わなかった。
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【手習い:催眠術を取得しますか?】
必要魔石ポイント:700
取得内容:
・誘導暗示
・注意固定
・緊張緩和
・短期記憶の混乱誘導
・暗示解除
・催眠演出基礎
注意:
対象の精神を完全に支配するものではありません。
強い抵抗や訓練を受けた相手には効果が低下します。
記憶操作は一時的、部分的な混乱に留まります。
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「取得」
知識が流れ込む。
声の調子。
視線の誘導。
呼吸の同調。
注意を一点へ集める方法。
そして、相手の記憶を曖昧にする暗示。
完全に消すわけではないが、数日間、見たものを霧の中へ押し込めるくらいならできるらしい。
俺は腕時計を腕から外す。金属の裏蓋が、木漏れ日を受けてきらりと光る。
「催眠演出は大事、か……」
俺は小さく呟いた。奴隷狩りたちは既に縛られている。口も塞がれている。だが目は開いている。俺は彼らの前にしゃがみ、時計を鎖のように軽く揺らした。
「これをよく見ろ。これから、お前たちは少し眠る」
ゆっくり、低く。自分でも少し芝居がかった声だと思った。時計が左右に揺れる。きらり、きらりと鈍い光が反射する。
「音を聞け。息を吐け。目で追え。考えるな」
マインドフルネスで自分の呼吸を整えながら、相手の呼吸に声を合わせる。
「森で何かを見た。だが、はっきりしない。白いものを見た気がする。雷を見た気がする。だが、覚えていない」
奴隷狩りたちの目が虚ろになっていく。その様子をガランたちは黙って見ていた。
ロクが小声で言う。
「……これも異界の技っすか?」
「趣味を応用したスキルらしい」
「趣味が怖いっす」
俺もそう思いつつ、時計を揺らし続ける。
「お前たちは逃亡奴隷を追った。森でハンターに捕まった。白い子供のことは覚えていない。首輪がどう外れたかも分からない。魔犬の首輪も、壊れていた。覚えているのは、強いハンターに負けたことだけだ」
俺は指を鳴らした。ぱちん。
「眠れ」
五人の奴隷狩りは、糸が切れたようにぐったりした。完全に眠ったわけではない。だが、意識はぼんやりしている。
鑑定。
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【鑑定結果】
対象:奴隷狩り 五名
状態:拘束、意識混濁、短期記憶混乱
備考:白狐神ユキに関する直近記憶が一時的に曖昧化しています。数日後に断片的な違和感として戻る可能性あり。
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「やはり完全じゃないな」
ガランが頷く。
「十分だ。数日あれば対処できる」
リーファが静かに言う。
「今のは少し怖いわね」
「俺も怖い。多用する気はない」
マリベルは複雑な顔で俺を見た。
「でも、今回は必要でした」
「ああ」
俺は時計を腕に戻した。するとユキが俺の袖を引く。
「おっちゃん、いまの、なに?」
「忘れろーってする手品みたいなものだ」
「てじな」
「完全には消えない。少しぼやけさせただけだ」
「ユキのこと?」
「ああ。ユキを守るためだ」
ユキは少し考えた。
「おっちゃん、こわいこと、した?」
「少しな」
「でも、ユキのため?」
「ああ」
ユキは俺の手を握った。
「じゃあ、おっちゃん、だいじょうぶ。でも、こわいおっちゃん、だめ」
「分かった」
俺は息を吐いた。怒りに任せてはいけない。力に慣れてもいけない。それは、銃でも刀でも催眠術でも同じだ。
ロクがドランと一緒に魔犬二頭を押さえながら言った。
「ユキ、こいつらの首輪も……外せるっすか?」
ユキは魔犬を見る。
「いぬも、ひも」
俺はすぐに止めた。
「待て。近づくなら慎重にだ」
「おっちゃん、いっしょ」
「……分かった」
ロクとドランが魔犬を押さえ、マリベルが落ち着かせる魔法を使う。ユキは俺の横で膝をつき、魔犬の首輪へ指を近づけた。
「ひも、とれる」
ぱちっ。使役首輪が黒く焦げ、外れた。もう一頭も同じように外す。
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【鑑定結果】
名称:使役首輪
状態:機能停止
備考:命令系統が焼き切れています。
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二頭の魔犬は、しばらく呆然としていた。そして、低く鼻を鳴らす。その様子を見てロクが驚く。
「敵意が消えてるっす。混乱はしてるっすけど、命令からは解放されてるみたいっす」
「ロクのなかま、ひも、とれた」
ユキがほっとしたように言う。
「狼族としては複雑っすけど、よかったっす」
「ロクも、いぬのなかま」
「狼族っす」
「いぬの群れ」
「……もう、それでいいっす」
ロクが負けた。だが、少し笑っていた。解放されたエルフの青年は、涙を流しながらユキを見ていた。
「白き……神様……」
ユキは困ったように俺を見る。
「おっちゃん、かみさまって言われた」
「一応、そうらしいぞ」
「ユキはユキ」
「ああ。ユキはユキだ」
ユキは青年のそばにしゃがんだ。
「ユキはユキ」
青年はかすれた声で言った。
「ありがとう……ユキ様……」
「さま、いらない」
「では……ユキ……」
「うん」
ユキは満足そうに頷いた。
「ひも、とれた。よかった」
青年は泣きながら頷いた。その光景を見て、俺は胸の奥が重くなるのを感じた。ユキの力は、人を救える。だが同時に、ユキを危険に晒す。
ガランも同じことを考えているようだった。
「ヒカル。奴隷狩りたちは連れていく。領外で違法行為を行なった罪人として、レイシス側に引き渡す。奴等は証人にもなるし、レイシス側の動きの証拠にもなる」
「分かった」
「ただし、ユキのことは隠す」
「ああ」
「首輪を外したのは、マリベルの解呪と説明する」
マリベルが少し困った顔をした。
「私の力では本当は無理ですが、外向きにはそうしておきます」
「頼む」
俺は収納から折りたたみ担架、救護用ブランケット、固定ベルトを出した。
「この青年は担架で運ぼう」
マリベルが目を丸くする。
「本当に何でも出てきますね」
「ポイントがあればな」
「ポイント?」
「説明が難しい」
「そればかりですね」
エルフの青年を担架に乗せる。奴隷狩りたちはロープでつなぎ、手足を拘束する。魔犬二頭はロクが様子を見ることになった。
ユキの尻尾は、再び隠す必要がある。俺はリュックを出そうとしたが、ユキが少しだけ尻尾を抱いた。
「しっぽ、また、むー?」
「すまん。今は隠した方がいい」
「さっき、見られた」
「ああ。だからこそ、これ以上見られないようにする」
ユキは少し考えて、こくりと頷いた。
「ユキ、がまんする」
「偉いぞ」
「しっぽも、がまん」
「尻尾も偉い」
白い尻尾をそっとリュックへ収めると、ユキはこびゃっこを抱き直した。
「おっちゃん」
「ん?」
「ユキ、ひも、とった」
「ああ」
「よかった?」
「よかった」
「また、とる?」
「必要ならな。でも段取りしてからだ」
「だんどり」
「ああ。ユキを守るためにも必要だ」
ユキは真剣に頷いた。
「ユキ、だんどりする」
俺は森の奥を見た。レイシス皇国。首輪の国。その手は、もうこの森へ伸びていた。そして、ユキはその首輪を外せる。これは希望と同時に、戦争の火種にもなりかねない。
俺は静かに息を吐いた。
「段取り、組まないとな」
今度の段取りは、家を建てるためでも、肉を焼くためでもない。人を救い、ユキを守るための段取りだ。
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【収支報告】
開始残高:994,436 pt
今回の購入:
・手習い:催眠術取得 700 pt(約70,000円)
今回支出合計:700 pt(約70,000円)
現在残高:
994,436 pt − 700 pt = 993,736 pt
円換算目安:
993,736 pt × 100円 = 約99,373,600円相当
続く




