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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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12/18

第12話 白狐神とエルフの青年


 森の中を歩き始めて、しばらく経った。


 隊列は、先頭にロク。その後ろにガラン。中央にユキと俺。左右をリーファとマリベル。最後尾にドラン。


 予定通りの配置だ。


 ただし、一つだけ予定と違うことがあった。ユキは俺の手を握って歩いていない。俺の胸の前にいる。


「おっちゃん、だっこ」


 途中までユキは俺の手を握って歩いていたが、神様と言えどやはり五歳児。歩幅の違う大人達と森の中を長時間歩くのは無理の様だ。


「疲れたか?」


「しっぽ、むーってする。あしも、むーってする」


「尻尾も足も、むーってするのか」


「うん。だから、だっこ」


 ユキはフード付きマントを着たまま、こびゃっこを胸に抱えている。背中には尻尾隠し用の大きなリュック。耳はフードで隠れているが、抱っこするとリュックが少し邪魔だ。


 だが、ユキは当然のように俺に抱きついていた。


「……まあ、しょうがないか」


「ユキ、かるい?」


「軽い」


 本当に軽い。いや、五歳児相当なのだから軽いのは当然だが、それにしても身体への負担がほとんどない。昨日の朝までの俺なら、十数分で腕と腰が悲鳴を上げていたはずだ。


 なのに今は違う。息が乱れない。足も重くならない。腰も痛くない。前にユキを抱えて歩いているのに、驚くほど疲れない。


「……おかしいな」


「おっちゃん?」


「いや、疲れない」


 俺がそう呟くと、近くを歩いていたリーファがこちらを見た。


「ユキを抱えて、森道を歩いているのに?」


「ああ。正直、ほとんど疲労がない」


 ガランが振り返る。


「加護の影響だろうな」


「身体能力軽度上昇と疲労回復力上昇、だったか」


「軽度、という言葉にしては効果が大きく見える」


「俺もそう思う」


 ロクが鼻をひくひくさせながら言った。


「ヒカルさん、汗の匂いが少ないっす。普通、子供を抱えて森を歩けば、もっと体力を使うっすよ」


「そんなところまで分かるのか」


「鼻は便利っす」


 ドランが最後尾から豪快に笑った。


「白狐神の加護つきの父親か。なかなか見ない組み合わせだな」


「父親じゃない。世話係だ」


 ユキが俺の胸元で顔を上げる。


「おっちゃんは、おっちゃん」


「そうだ」


「でも、だっこする」


「まあ、それはする」


「おっちゃん、えらい」


「はい、評価いただきました」


 ユキの背中のリュックが、もこっと揺れた。


「しっぽも、えらい」


「尻尾は今、リュックの中で我慢中だろ」


「しっぽ、がまんしてる。えらい」


「確かに偉い」


 そんなやり取りをしながらも、俺の神経はずっと尖っていた。木々の奥に何かいるかもしれない。足元の落ち葉の下に穴があるかもしれない。


 枝の影が魔物に見える。鳥が飛び立つだけで肩が跳ねる。肉体は疲れていない。だが、精神はかなり疲れる。


 レイクサーペントの後だから、余計に警戒しているのだろう。


「おっちゃん、きょろきょろ」


「警戒してるんだよ」


「こわい?」


「怖い」


「ユキも、こわい」


「そうか」


「でも、ロクが、まえにいる」


「ああ」


「ガランもいる」


「いるな」


「リーファも、マリベルも、ドランもいる」


「うん」


「だから、こわいのちょっと」


「ちょっとは怖いのか」


「こわいの、ぜんぶなくならない」


 俺は少し驚いて、ユキを見た。


 五歳児らしい言葉なのに、妙に本質を突いている。


「そうだな。怖いのは、全部なくならないな」


「でも、ちょっとなら、あるける」


「抱っこされながら言う台詞か?」


「ユキ、あるいてるきもち」


「気持ちだけか」


 ユキは真面目な顔で頷いた。


 すると前方でロクが足を止める。同時に、耳がぴんと立った。ガランが低い声で聞く。


「どうした」


「魔物っす。近い」


 空気が一瞬で変わった。リーファが弓を構え、ドランが斧に手をかける。マリベルが杖を握る。


 俺はユキをそっと下ろした。


「ユキ、俺の後ろへ」


「うん」


 ユキはこびゃっこを抱えたまま、俺の後ろへ回った。草むらが揺れる。


 低い唸り声。木々の間から現れたのは、背中に黒い棘を生やした狼型の魔物だった。


 棘狼。スパイキーウルフ。俺が異世界に来て、最初に撃ち殺した魔物。


 鑑定が反応する。



【鑑定結果】

対象:スパイキー・ウルフ

分類:魔物

危険度:低〜中

状態:興奮、空腹

推奨:距離を取り、落ち着いて対処してください。



「……棘狼」


 俺の手が一瞬、ライフルを探しかけた。だが、ライフルは収納している。ここで銃声を響かせるわけにはいかない。


 俺の左腰には日本刀がある。今朝取得したばかりの剣術。抜刀術。実戦で使ったことなど、当然ない。


 ガランが剣に手をかける。


「俺が出る」


「待ってくれ」


 俺はそう言った。自分でも声が少し震えてるのがわかる。


「ヒカル?」


「試したい。危なそうなら止めてくれ」


 ガランは一瞬だけ俺を見た。それから頷く。


「分かった。だが無理はするな」


「ああ」


 スパイキーウルフが唸る。俺の心臓が跳ねた。怖い。銃で撃った時とは違う。距離が近い。相手の牙も、息も、爪も見える。


 刀で斬る。そんなことを本当に俺ができるのか?


 指先が冷え、喉が乾く。足が逃げたがっている。その時、頭の奥に静かな表示が浮かんだ。



【マインドフルネス スペシャリスト資格】

恐怖反応を検知しました。

呼吸を整えてください。


推奨:

一、息を吐く

二、吸う

三、視界を広げる

四、今できる行動を選択する



「……息を吐け」


 俺は自分に言い聞かせようと、小さく呟き息を吐く。


「ふー……」


 吸う。


「すー……」


 もう一度、吐く。怖いものは怖い。だが、恐怖に飲まれたまま動くよりはましだ。


 足。間合い。刀。鞘。ユキの位置。ガランたちの位置。スパイキーウルフの肩。踏み込み。


 見えた。


 スパイキーウルフが跳んだ。俺は半歩だけ引き、左手で鞘を押さえる。間合いぎりぎり。近い。近すぎる。だが、剣術スキルが告げる。


 今。


「――ッ!」


 抜いた。自分の腕が、自分のものではないように動いた。鞘引き。朝の森に、銀色の線が走る。


 刃は飛びかかってきたスパイキーウルフの首から肩口へ入り、そのまま斜めに抜けた。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、魔物の巨体が崩れ、地面に転がった。血が落ち葉に散る。俺は刀を振り抜いた姿勢のまま固まった。


「……え?」


 自分で声が出た。斬れた。いや、斬れすぎた。ガランが目を見開いている。リーファも弓を構えたまま動かない。


 ドランが低く唸った。


「今のは……」


 ロクの耳がぴんと立ったまま固まっている。


「速すぎるっす」


 マリベルが小さく息を呑む。


「一撃で……」


 ユキだけが、俺の後ろから顔を出した。


「おっちゃん、かたな、すごい」


「いや、俺もびっくりしてる」


 本当にびっくりしている。心臓はまだうるさい。手も震えている。だが、刀は確かに魔物を斬っていた。


 ガランが近づいてくる。


「ヒカル。今のは…抜刀術っだったか?」


「……ああ、そのはずだ」


「はず?」


「今日覚えたばかりだからな」


「今日覚えた技で、棘狼を一刀両断したのか」


「言われると俺が一番困る」


 ドランが腕を組んだ。


「細身の剣で、あの速度と斬れ味。異界の剣術、恐ろしいな」


「ああ刀がすごい。スキルもすごいが、俺本人は今、膝が笑ってる」


 ロクが俺の足元を見る。


「本当っす。ちょっと震えてるっす」


「そこは見るな」


 ユキが俺のズボンを掴む。


「おっちゃん、こわかった?」


「ああ。怖かった」


「でも、たおした」


「スキルのおかげだ」


「おっちゃん、えらい」


「ありがとう」


 俺は深く息を吐いた。刀についた血をどうするか分からず、剣術スキルに従って慎重に払う。さらに布で拭き、納刀した。


 かちり、と鍔が鳴る。その音で、ようやく自分が生きている実感が戻ってきた。


 鑑定する。



【鑑定結果】

名称:棘狼

読み:スパイキー・ウルフ

分類:魔物

状態:死亡

素材:牙、皮、棘、肉、魔石

魔石位置:胸部中央付近



「魔石は回収しておくか」


 俺は防護手袋とナイフを出し、手早く魔石を取り出した。以前よりは、少しだけ作業に慣れている。慣れたくはないが。



【魔石を回収しました】

棘狼の魔石:魔石ポイント換算 350


【魔石ポイントに変換しますか?】



「変換」



【魔石ポイント +350】



「少し戻ったな」


 死骸は収納する。牙、皮、棘、肉も一応素材として保存しておく。


 ガランがその様子を見ながら言った。


「今の一件で分かった。ヒカルは銃を使わずとも、相当戦える」


「やめてくれ。自信を持たせないでくれ。調子に乗ると死ぬタイプだ」


「それを自覚しているなら大丈夫だ」


「そういうものか?」


「ああ。自信過剰よりはずっといい」


 リーファが微笑む。


「それに、ユキを守るなら、剣を使えるのは大きいわ」


 マリベルも頷く。


「レイシスでは、異界の武具よりも刀の方が目立ちません」


「この刀も十分珍しいだろ」


「珍しいですが、異国の剣の一種として説明できます」


「なるほど」


 ユキが俺を見上げる。


「おっちゃん、かたな、つかう?」


「できれば使わない方がいい」


「なんで?」


「使う時は危ない時だから」


「じゃあ、つかわないほうがいい」


「ああ」


「でも、つかうとき、おっちゃん、えらくなる」


「その評価はありがたいな」


 ロクが周囲を確認してから言う。


「今の棘狼、単独っす。他に近い気配はないっす」


 ガランが頷く。


「なら進む。だが、ヒカルの刀は戦力に数える」


「数えないでほしい」


「無理だ」


「即答か」


 こうして、俺の抜刀術実戦初使用は、俺自身が一番驚く形で終わった。


 森の中を進む。しばらくして、ガランが休憩を告げた。


 少し開けた場所だった。大きな倒木があり、周囲は視界が通る。ロクが周囲を確認し、リーファが木の上を見上げる。安全だと判断されて、ようやく腰を下ろした。


 俺はユキのリュックを外した。中から、ふわっと白い尻尾が解放される。


「しっぽ!」


 ユキが嬉しそうに尻尾を抱えた。


「しっぽ、むー、なくなった」


「よかったな」


「しっぽ、ふわふわ」


「潰れてなくてよかった」


 リーファが微笑ましそうに見る。


「本当に立派な尻尾ね」


 ユキは尻尾を抱いたまま胸を張る。


「ユキのしっぽ、えらい」


「ええ。とても」


 ロクが小さく呟く。


「俺の尻尾、完全に負けてるっす」


「勝負するものなのか?」


「獣人的には、ちょっと気になるんすよ」


「そういうものか」


 ユキがロクの尻尾を見る。


「ロクのしっぽも、ふつうにえらい」


 ロクが感動した顔をした。


「ユキさ……!」


「ユキでいい」


「ユキちゃん」


「それでいい」


 ロクは許されたようだった。


 俺は収納から水と軽食を出す。ユキにはビーフジャーキーを小さく切ったもの。それから小さな飴。


「これは?」


「飴だ」


「あめ?」


「甘い」


 ユキの耳が立つ。


「あまい」


「噛まずに舐める」


「なめる」


「喉に詰まらせるなよ」


「ユキ、つよい」


「強さと飴は関係ない」


 俺は小さな飴を渡す。ユキはそっと口に入れた。


 一瞬、固まる。次に、目が丸くなる。


「……あまい」


「そうだ」


「あまい、石?」


「食べられる石みたいなものだな」


「すごい」


「気に入ったか?」


 ユキは頷いた。


「でも、ほっとみるくのほうが、しあわせ」


「ホットミルク、強いな」


「にくは、えらい。ほっとみるくは、しあわせ。あめは、すごい」


「分類が増えた」


 ドランが興味津々で飴を見る。


「ヒカル、それは酒に合うか?」


「たぶん合わない」


「そうか」


 なぜ少し残念そうなのか。俺は皆にも飴を配る。休憩中、ガランが改めて地図を広げた。


「今日の目標は、この沢の手前までだ」


 彼は地図に記された一点を指す。


「ここに野営できる場所がある。水も取れる。森の中では比較的安全な地点だ」


「比較的、か」


「ああ。この森で絶対安全な場所はない」


「湖畔は?」


「ユキの結界があるなら別だ。むしろ相当安全だろう」


 そう考えると、ユキの鳥居結界はかなり貴重だ。低級魔物の侵入抑制だけでも、野営の安心感が違う。


「途中、レイシス側の斥候や奴隷狩りに遭う可能性は?」


「ゼロではない」


 ガランの声が低くなる。


「森の外縁部では、奴隷狩りが動くことがある。だが、この深さまでは普通入らない。入れば死ぬからな」


「でも、ユキは見たと言っている」


「ああ。それが気になる」


 ガランはユキを見た。


「ユキ、その首に紐をつけられた者を見た場所は、湖に近かったか?」


 ユキは飴を舐めながら首を傾げた。


「んー」


「ゆっくりでいい」


「みずのにおい、ちかくなかった。木がいっぱい。こわいにおいのひと、さんにん。くびにひも、ひとり。ないてた」


「その時、ユキはどうした?」


「かくれた」


「捕まえようとされたのは?」


「べつのとき。おおきい声のひと。ユキ、いや。だからとりい、かいた。ぱちってして、にげた」


「なるほど」


 ロクが顔をしかめる。


「奴隷狩りの小隊かもしれないっすね。逃げた奴隷を追って森に入ったとか」


 リーファが頷く。


「レイシスでは、逃亡奴隷を追う者たちがいるわ。森に逃げ込む奴隷もいるでしょうね」


 ユキが俺の袖を掴む。


「おっちゃん」


「大丈夫だ」


「くびに、ひも、いや」


「ああ。嫌だな」


 俺はユキの頭を撫でる。胸の奥が重い。奴隷制度。物語やゲームの中ではよく見る言葉だ。だが、ここでは現実らしい。


 首に紐をつけられて泣いていた誰か。捕まえようとした大人たち。ユキがそれを見ていた。五歳の神獣が。


「ガラン」


「何だ」


「もし道中で逃亡奴隷を見つけたら、どうする?」


 ガランは少しも迷わなかった。


「助けられるなら助ける。だが、親書の任務を危険に晒すなら判断が必要だ」


「現実的だな」


「助けたいと思うことと、助けられることは違う」


「……そうだな」


「ただ」


 ガランは俺を見る。


「お前がいるなら、できることは増えるかもしれない」


「俺に期待されても困る」


「レイクサーペントを倒して、棘狼を一刀両断した男が、それを言うか?」


「できれば、どっちも二度とやりたくない」


「分かっている。だが、選択肢があることは重要だ」


 選択肢。確かにそうだ。サバゲースキルの火器は危険だが、選択肢にはなる。剣術も、さっき初めて実戦で使えると分かった。


 使うかどうかは別。でも、どうしようもない時に打てる手があるのは大きい。俺は深く息を吐いた。


「無茶はしない。けど、見捨てる前に考える」


 ユキが俺を見る。


「だんどり?」


「ああ。段取りだ」


「ユキも、だんどりする」


「頼む」


 ユキは飴を口の中でころころしながら、真剣に頷いた。


「にくも、わすれない」


「それは別の段取りだ」


 休憩後、俺たちは再び森を進んだ。昼近くになると、少しずつ森の様子が変わってきた。


 木々の間隔が広くなり、地面に湿った苔が増える。小さな沢の音が聞こえるようになった。


 ロクが前方で手を上げ、全員が足を止めた。ガランが低い声で聞く。


「どうした」


「血の匂いっす」


 緊張が走り、ユキも鼻を動かした。


「ち、ある」


「魔物か?」


 俺が聞くと、ユキは首を振った。


「ひとのにおい、ちょっと」


 人の血。俺の背中に冷たいものが走る。するとガランが手で合図を出した。


 リーファが弓を構え、ドランが斧を握る。マリベルが杖を構え、ロクが低い姿勢で前へ進む。


 俺も刀の柄に手をかけ、ユキを背中に隠す。


「ユキ、俺の後ろにいろ」


「うん」


「こびゃっこも離すな」


「こびゃっこ、まもる」


 森の奥へ、慎重に進むと沢の音が近くなる。そして、倒れた木の陰に、それはいた。


 人だった。若い男。耳が長い。エルフか?服は破れて首には、金属の輪。そこから切れた鎖が垂れていた。


 腕と足には傷。背中にも鞭のような痕。生きているが、かなり弱っている。


 ユキが小さく息を呑んだ。


「くびに、ひも」


 いや、これは紐ではない。首輪だ。奴隷の首輪。俺は思わず拳を握った。


 ガランが短く言う。


「マリベル」


「分かっています」


 マリベルがすぐに駆け寄る。


 彼女は男の状態を確認し、杖をかざした。淡い光が男の身体を包む。


「命はあります。ただ、衰弱がひどい」


 リーファの顔が険しくなる。


「レイシスの奴隷首輪ね」


 ドランが低く唸った。


「胸糞悪い」


 ロクが周囲の匂いを確認する。


「追っ手の匂いがあるっす。まだ新しい」


 ガランの表情が鋭くなる。


「人数は?」


「四、いや五。人族。犬もいるかもしれないっす」


「奴隷狩りか」


 俺の心臓が早くなる。いきなりもう遭遇した。逃亡奴隷。そして追っ手。


 ユキが俺の服を掴む。


「おっちゃん」


「ああ」


「たすける?」


 俺は倒れているエルフを見る。首輪。傷。衰弱。見なかったことにはできない。けれど、ガランの言葉も頭にある。助けたいことと、助けられることは違う。


 俺は深く息を吸った。


「ガラン。追っ手は来るか?」


「このままなら来るだろう」


「逃げる時間は?」


「負傷者を抱えてでは厳しい」


「なら、迎え撃つしかないか」


 ガランが俺を見る。


「やるのか」


「やらない選択肢も検討したいが」


 俺はユキを見る。ユキは真剣な目をしていた。


「くびに、ひも、いや」


「ああ」


 俺は頷いた。


「やるしかないな」


 ただし、異界の火器は出さない。ここは森の中だ。視界も悪いし、音も目立ちすぎる。できるだけ、この世界の常識から外れすぎない方法で。


 俺は四十の手習いを開いた。鑑定が連動提案を出す。



【四十の手習い連動提案】

現在の状況に適した手習い候補:

・応急手当

・ロープワーク

・護身術

・トレイルランニング

・かくれんぼ


最優先候補:応急手当、ロープワーク



「かくれんぼって何だよ……」


 いや、隠れる技術としては馬鹿にできないのかもしれない。だが今は応急手当とロープワークだ。


 応急手当は負傷者の管理に必要。ロープワークは罠や拘束に使える。



【手習い:応急手当を取得しますか?】

必要魔石ポイント:500



「取得」



【手習い:ロープワークを取得しますか?】

必要魔石ポイント:400



「取得」


 知識が流れ込む。


 止血の方法。

 包帯の巻き方。

 傷病者を動かす時の注意。

 ロープの結び方。

 素早くほどける結び。

 逆にほどけにくい結び。


「よし」


 俺は収納から救急用品、毛布、水、ロープを出した。


 マリベルが驚く。


「救護用品まで……」


「今は説明より処置だ」


「はい」


 俺は倒れているエルフの体温を保つために毛布をかけ、水を少しずつ飲ませる準備をする。


 首輪はどうするか。鑑定する。



【鑑定結果】

名称:奴隷拘束首輪

性質:魔力封印、位置追跡、所有者命令反応

解除:専用鍵、または高度な解呪が必要

危険:無理に破壊すると装着者に損傷の恐れ



「最悪だな」


 無理に壊せない。位置追跡もある。


「マリベル、解除できるか?」


 彼女は首輪を見て首を振った。


「時間があれば試せますが、今すぐは難しいです。無理に解呪すると彼が危ない」


「追っ手に位置が分かるのか」


「おそらく」


 鑑定どおり隠れても追われる。なら、ここで待つしかない。


 ガランが短く言う。


「迎撃する。ヒカル、ユキを守れ」


「分かった」


 だが、ユキが俺の袖を引いた。


「ユキも、する」


「何を?」


「とりい」


 ユキは地面を指差した。なるほど。鳥居結界。


 人間には完全には効かないが、魔物や犬には効くかもしれない。それに、ユキの結界があるだけで心理的な壁になる可能性もある。


「できるか?」


「できる」


「無理はするな」


「ユキ、だいじん」


「湖畔防衛担当大臣だったな」


「ここも、まもる」


 ユキは地面に小さな鳥居を描いた。


「くびにひも、いや。こわいひと、くるな」


 指先がぱちっと光る。鳥居紋が淡く輝いた。さらに俺も周囲に鳥居を描くき、ユキが一つずつ放電していく。即席の小さな結界が、倒れたエルフと俺たちの周囲に張られた。


 鑑定。



【鑑定結果】

名称:簡易守護結界

基点:鳥居紋 五箇所

効果:低級魔物の侵入抑制、敵意ある接近への軽度阻害

術者:白狐神ユキ

補助:左近 光

状態:安定



「敵意ある接近への軽度阻害」


 人間にも少しは効くようだ。ガランがそれを見て、低く感心した。


「神獣の結界か。ありがたい」


 ユキは少し誇らしげに胸を張る。


「ユキ、えらい」


「ああ、偉い」


 尻尾がふわっと揺れた。ロクが耳を立てる。


「来るっす」


 森の奥から、足音が聞こえた。犬の唸り声。人間の荒い息。金属の音。そして、男の声。


「いたぞ! 逃亡奴隷だ!」


 ユキが俺の後ろに隠れる。俺は刀の柄に手をかけ、前を見る。


 奴隷狩り。人族至上主義のレイシス皇国。その現実が、いきなり目の前に現れようとしていた。


 四十の手習いで神獣と呼ばれる幼女を養う。そう始まった異世界生活は、どうやら平和な湖畔暮らしだけでは済まないらしい。


 俺は小さく息を吐いた。


「段取り、崩れるの早すぎるだろ……」


 ガランが剣を抜いた。


「来るぞ」


 森の影から、首輪を持った男たちが姿を現した。



【収支報告】


開始残高:994,986 pt


今回の収入:

・棘狼の魔石変換:+350 pt(約35,000円相当)


今回の購入:

・手習い:応急手当取得 500 pt(約50,000円)

・手習い:ロープワーク取得 400 pt(約40,000円)


今回支出合計:900 pt(約90,000円)


現在残高:

994,986 pt + 350 pt − 900 pt = 994,436 pt


円換算目安:

994,436 pt × 100円 = 約99,443,600円相当


続く

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