第152話 白狐神とみんなの旗
異世界生活104日目。
七の月3日。
午後、工事事務所において、三つの門と警備体制、車両の増備、それから新しい事務所。今日の打ち合わせで決めるべきことは、ひと通りまとまった。
オリエント王国の連絡事務所。近衛騎士団とハンターチームの警備本部。そして、白狐の里自治公館。
もちろん、どれもまだ図面の上の話だ。だが、施設の役割が決まれば、必要な設備や建物の大きさも考えられる。
アルノは早速、書類を整理している。セレナは王国側の必要事項を確認し、レオンとベルタは警備本部の設備について相談を始めていた。
……よし。これなら、あとは順番に進めていけばいい。そう思ったところで、俺はふと気が付いた。
「そうだ」
全員がこちらを向いた。
「大使館には、オリエント王国の国旗を掲げられるようにしよう」
セレナが顔を上げた。
「国旗ですか?」
「ええ。今は連絡事務所ですが、将来、正式な大使館になった時には必要でしょう」
「……そうですね」
セレナが微笑んだ。
「王国を代表する施設となれば、国旗の掲揚場所は設けたいです」
「じゃあ、旗竿も設計に入れておこう。ただし、正式に掲げるのは王国側の手続きを確認してからですね」
「はい。その方がよろしいと思います」
レオンが言った。
「なら、警備本部には近衛騎士団旗だな」
「そうですね」
ベルタが頷く。
「ただし、掲揚方法や取り扱いは騎士団の規則に合わせます」
「もちろん。こちらとしても、そうして欲しい」
俺は図面に小さな印を付けた。王国連絡事務所には、将来の国旗掲揚場所。警備本部には、近衛騎士団旗。
……うん。だいぶ、それらしくなってきた。すると。
「ヒカルさん」
アルノが言った。
「自治公館には、何を掲げるんですか?」
「……え?」
「白狐の里自治領の旗です」
「……あ」
全員がこちらを見た。……そういえば。
「まだ、ないな」
ガランが頷く。
「ないな」
レオンも頷く。
「ないな」
セレナが少し笑った。
「自治領として、旗があってもいいと思います」
「……確かに」
俺は腕を組んだ。白狐の里の旗。……どうする?白狐だから白い狐の絵?いや、単純すぎるか。湖があるから青?森もあるから緑?……こういうデザインは、俺の専門外だぞ。
すると。
「おっちゃん!」
ユキが手を上げた。
「何?」
「トト!」
「……トト?」
「トト、かく!」
俺は思わず目を見開いた。
「……ああ!」
そうだ。トトがいる。畑の記録も、湖の魚の絵も、いつも上手に描いている。昨日渡した新しい手帳にも、早速絵を描いていた。
「トトに描いてもらうか!」
ユキが胸を張った。
「うん!」
アルノが頷く。
「それは良い案ですね」
セレナも微笑んだ。
「白狐の里に暮らす子供が考えた旗というのは、素敵だと思います」
俺は少し考えた。
「いや、トト一人に任せるより……」
「む?」
「子供たち皆で考えてもらおう」
ユキの耳がぴんと立った。
「みんな?」
「ああ。トトを中心に、ユキ、ミーシャ、ニナ。それからテオとミナも」
「ミナも!」
「そう」
こびゃっこが頷いた。
「よいではないか。里の未来を担う幼子たちが、里の旗を考えるのじゃな」
「……今日は結構まともなことを言うな」
「今日はとは何じゃ!」
レオンが笑った。
「子供たちの絵を、そのまま旗にするのか?」
「まずは自由に描いてもらう。その中から、皆で話し合ってデザインをまとめればいい」
ベルタが頷いた。
「正式な旗として使うなら、色や形も統一した方がよさそうですね」
「そうだな。でも、最初から細かい規則を押し付けるつもりはない」
俺はユキを見た。
「まず、どんな旗がいいか考えてみよう」
「うん!」
「今日の夕方、子供たちに集まってもらうか」
「おっちゃん!」
「何?」
「ユキ、かんとく?」
「今回は参加者だな」
「む?」
「皆と一緒に描くんだよ」
ユキが少し考えた。
「……ユキも、かく!」
「そうそう」
……さて。どんな旗になることやら。
◇
打ち合わせが終わったのは、夕方前だった。アルノとベルタは、早速それぞれの書類を整理し始めている。
セレナは連絡事務所の必要設備を確認するため、ファビイとヴィオラへ話をするらしい。
レオンは近衛騎士団の勤務配置を見直すと言っていた。
ガランはオルフェンたちハンターチームへ、車両と警備本部の話を伝える予定だ。
マリベルは、診療所と自治公館の連携について考えてくれる。
俺は工事事務所の外へ出た。湖畔には、夕方の柔らかい光が差し始めている。少し離れた場所では、職人たちが森から戻ってきていた。
ユキが俺の手を引いた。
「おっちゃん!」
「ん?」
「はた!」
「ああ。忘れてないよ」
「トト!」
「呼びに行こうか」
「うん!」
こびゃっこがふわりと浮いた。
「びゃっこも参加するぞ!」
「お前も描くの?」
「神使として、意見を述べるのじゃ!」
「子供たちの邪魔するなよ」
「分かっておる!」
……一番心配なのは、こいつかもしれない。
◇
夕食前。食堂タープの大きなテーブルへ、画用紙を広げた。
色鉛筆。
クレヨン。
消しゴム。
鉛筆。
それから、下描き用の紙。以前から子供たちが使っている画材に、予備の紙も加える。
「よし。準備できたぞ」
最初にやってきたのはトトだった。
「ヒカル、絵描くの?」
「ああ。今日はちょっと特別な絵を描いてほしい」
「何?」
「白狐の里の旗」
トトが首を傾げた。
「……旗?」
「そう。里の印になるものだ」
俺は紙へ、簡単な長方形を描いた。
「こういう布を建物の前に掲げるんだ。遠くから見ても、ここが白狐の里だって分かるように」
トトがじっと見つめた。
「……絵、描いていいの?」
「もちろん」
「何でも?」
「まずは自由に」
トトの目が少し輝いた。
「……うん」
そこへミーシャとニナがやってきた。
「何するの?」
ミーシャが尋ねる。
「旗のデザインだ」
「デザイン?」
「旗に描く絵を考えるんだよ」
ニナが紙を見る。
「大きさは?」
「……まず、そこを聞くの?」
「旗の大きさ」
「まだ決めてない。今日は絵だけ考えよう」
「分かった」
……ニナは何でも寸法から入るな。するとユキが両手を上げた。
「みんな!」
「なあに?」
「みんなの、はただよ!」
ミーシャが目を輝かせた。
「私たちの旗?」
「そう!」
「描いていいの?」
「もちろん」
ミーシャが嬉しそうに椅子へ座った。
「じゃあ、かわいいのがいい!」
ニナが言った。
「分かりやすいの」
トトが言った。
「遠くから見えやすいの」
……おお。もう意見が出始めた。
◇
少し遅れて、テオとミナもやってきた。ミナは子狐のぬいぐるみを抱えている。
「おっちゃ!」
「おう、ミナ」
「なに、しゅゆ?」
「お絵描きだよ」
「おえかき!」
ミナの耳がぴんと立った。
「ミナも!」
「もちろん」
俺は小さめの画用紙と、太いクレヨンを渡した。
「好きな絵を描いていいぞ」
「あい!」
ミナはすぐにクレヨンを握った。……握り方は、まだ三歳児らしい。テオも椅子へ座る。
「俺も描いていい?」
「ああ。好きなものを描いてくれ」
「うん」
ユキがミナの隣へ座った。
「ミナ!」
「ユキねーちゃ!」
「いっしょ、かく!」
「あい!」
狐耳の幼女二人が並んでクレヨンを選ぶ。……なんだろう。旗のデザイン会議というより、完全にお絵描き大会だ。まあ、それでいい。最初は自由に描いてもらおう。
◇
トトは、しばらく白い紙を見つめていた。そして、青い色鉛筆を取った。すうっと、紙の下の方へ横に長い線を引く。その上に、緩やかな曲線。
「……湖?」
俺が尋ねると、トトが頷いた。
「うん」
「いいな」
「ここ、みず」
「そうだな」
次に緑色。湖の向こうへ、森らしい形を描き始める。……なるほど。白狐の里の風景だ。
ミーシャは、最初から白い狐を描こうとしていた。
「ユキみたいなの!」
「おお」
「でも、白い紙に白い狐って見えないね」
「確かに」
ミーシャが考え込む。
「じゃあ、背景を青にする!」
「いいんじゃないか?」
ユキが自分の紙へ、大きな丸を描いていた。
「おっちゃん!」
「何?」
「ユキ、かいた!」
「……これは?」
「おひさま!」
「おお、太陽か」
「さと、あかるい!」
「いいな」
ユキは黄色いクレヨンで、丸の周囲へ線を描き足した。……ちょっと線が多いけど、太陽らしくなってきた。
ニナは、まず鉛筆で長方形を描いていた。
「ニナ?」
「旗」
「うん」
「真ん中、印」
「なるほど」
「左右、同じ」
「左右対称にするのか」
「うん。その方が作りやすい」
……七歳で製造工程まで考えている。さすがニナだ。一方、テオは、緑のクレヨンで木を描いていた。
「これは?」
「大きい木」
「森の大木?」
「うん」
「いいな」
テオが少し照れたように笑う。
そして、ミナ。
「ミナ、何描いてる?」
「きちゅね!」
紙には、赤茶色の丸と、そこから伸びる何本もの線。……狐?
「おお。狐か」
「あい!」
「こっちは?」
「しっぽ!」
「なるほど」
尻尾が五本くらいある。……まあ、そこは自由だ。
「ミナ、できゆ!」
「早いな!」
「ムフー!」
ミナが胸を張ると、こびゃっこが横から覗く。
「ふむ。なかなか味のある狐じゃのう」
「こびゃこ!」
「何じゃ?」
「きちゅね!」
「うむ。立派じゃ!」
ミナが嬉しそうに笑った。……褒め上手だよな、こびゃっこは。
◇
しばらくすると、テーブルの上には色とりどりの絵が並んだ。
湖。
森。
大木。
白い狐。
太陽。
建物。
畑。
……そして、なぜかジャガイモ。
「ユキ」
「む?」
「この丸いの、何?」
「じゃがいも!」
「……旗に?」
「むれの、はたけ!」
「なるほど」
「じゃがいも、えらい!」
「それは今朝も聞いた」
ミーシャが笑った。
「じゃあ、とうもろこしも描く?」
「とうもろこし!」
ユキの耳が立つ。するとトトが少し困った顔をした。
「……全部描いたら、いっぱいになる」
「そうだな」
俺は頷いた。
「旗は、遠くから見ても分かる方がいいからな」
ニナがすぐに言った。
「印、少ない方がいい」
「そうそう」
ミーシャが考えた。
「じゃあ、白い狐と湖?」
トトが頷く。
「森も」
テオが言った。
「大きい木」
ユキが手を上げた。
「おひさま!」
……全部入れると、結構な数になるな。だが、まだ決める必要はない。
「いいぞ。今日は候補をいっぱい出そう」
俺は皆へ言った。
「最後に、どれを使うか考えればいい」
トトが頷いた。
「じゃあ、もう一枚」
「もちろん」
新しい画用紙を渡す。トトは今度、紙の中央へ大きな白い狐の形を描き始めた。その下には、青い湖。背景には緑の森。そして、狐の上に小さな太陽。
……おお。かなり旗らしくなってきた。ミーシャが覗き込む。
「かわいい!」
ニナも頷いた。
「分かりやすい」
テオが言った。
「木、ある」
ユキが胸を張った。
「しろぎつね!」
ミナも紙を覗き込む。
「きちゅね!」
こびゃっこが腕を組んだ。
「うむ。なかなかよいではないか」
俺も頷く。
「いいな、トト」
トトが少しだけ頬を赤くした。
「……まだ、途中」
「そうか」
「色、考える」
「ゆっくりでいいぞ」
トトが真剣に紙へ向き直った。……いい顔だ。
◇
夕食の準備が進み、厨房からマルタの声が聞こえてきた。
「そろそろご飯だよ!」
「はーい!」
ミーシャが返事をする。だが、トトはまだ色鉛筆を動かしていた。俺は横から声を掛ける。
「トト」
「ん?」
「今日はここまでにしよう」
「……もう少し」
「続きは明日でもできる」
「……うん」
トトが少し名残惜しそうに色鉛筆を置いた。
「ちゃんと取っておくからな」
「うん」
俺は画用紙を一枚ずつ確認し、名前を書いてまとめる。すると、ニナがすぐに言った。
「折らない方がいいよね」
「そうだな」
「箱に入れる?」
「頼めるか?」
「うん」
……ニナはこういう時、気が利く。するとユキが自分の絵を持ち上げた。
「おっちゃん!」
「何?」
「ユキの、はた!」
「太陽とジャガイモだな」
「びゃっこも!」
「ああ。ちゃんといるな」
ユキが満足そうに頷く。
「むれの、はた!」
「そうだな」
ミナが自分の紙を持ち上げた。
「おっちゃ!」
「おお」
「ミナの!」
「狐だな」
「きちゅね!」
「うん。よく描けた」
「ムフー!」
そこへ、ラウルが食堂へやってきた。午前中に足を休ませていたらしく、今度は杖を持っている。
「ずいぶん賑やかだな」
「子供たちに旗を考えてもらってるんだ」
「旗?」
「ああ。白狐の里の」
ラウルが少し驚いた顔をした。
「……この里の旗を、子供たちが?」
「そう」
ラウルはテーブルの絵を見た。そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……いいな、そういうの」
「だろ?」
「私がいた軍では、旗は部隊の誇りだった」
ラウルが静かに言った。
「どれほど離れていても、旗を見れば、自分がどこへ戻ればよいか分かる」
「……そうか」
「この子たちにとっても、そういう旗になるといい」
俺は頷いた。ラウルたちが湖畔へ来て、まだ十日。だが、もうこの里の一員だ。テオも、ミナも。もちろん、最初からいた子供たちも。皆で考え、皆で決める。そういう場所にしていきたい。
◇
夕食前。トトの描いた旗の候補を、皆がもう一度眺めていた。
青い湖。
緑の森。
大木。
白い狐。
そして、朝日。
まだ完成したデザインではない。色も形も、これから考える。それでも、何となく白狐の里らしい。
「おっちゃん」
ユキが俺の服を引っ張った。
「ん?」
「はた、できる?」
「ああ。皆で考えればな」
「いつ?」
「明日も続きを描いて、もう少し相談してからかな」
「うん!」
ユキがトトを見た。
「トト!」
「ん?」
「はた、よろしく!」
トトが少し驚いた顔をした。そして、小さく頷く。
「……うん」
ニナが言った。
「出来たら、寸法決める」
「そうだな」
ミーシャが笑う。
「私、布を選びたい!」
「いいね」
テオが言った。
「俺も手伝う」
「もちろん」
ミナが両手を上げた。
「ミナも!」
「はいはい」
「ミナ、できゆ!」
「分かってるよ」
こびゃっこが胸を張った。
「では、びゃっこは旗の監修を――」
「お前は子供たちの絵を勝手に直すなよ」
「何じゃと!」
「特に稲荷寿司や酒樽を描き足すな」
「なぜ分かったのじゃ!」
「やっぱり考えてたのか!」
ユキが笑った。ミナも笑う。トトも、少しだけ笑った。
◇
俺は食堂タープの外へ目を向けた。夕暮れの湖畔。湖面には、まだ太陽の光が残っている。その反対側には森。そして、俺たちが暮らす建物。
最初は、ただの湖畔だった。ユキと二人で暮らすための、小さな拠点だった。それが今では、里になろうとしている。
門を作り、警備を整える。王国との連絡事務所を置いて、自治公館も作る。車両を増やし、道路を整え、食堂を建てる。……やることは山ほどある。
でも、今日一番大切な仕事は、もしかすると別のところにあったのかもしれない。
子供たちが、自分たちの里の旗を描くこと。この場所を、自分たちの家だと思えること。それが何より大事なのかもしれない。
「おっちゃん」
「ん?」
ユキが俺を見上げた。
「びゃっこのさと」
「ああ」
「みんなの、おうち」
「そうだな」
「はたも、みんなの」
「ああ」
ユキが満足そうに頷いた。
「なら、よし!」
……本当に。それでいい。湖畔の夕方に、子供たちの笑い声が響いていた。新しい里の旗は、まだ白い画用紙の上にある。でも、その旗が掲げられる日は、そう遠くないのかもしれない。
続く
◇
【第152話・収支報告】
異世界生活104日目/七の月3日/オリエント王国歴952年
項目ポイント・状況
開始残高(第151話終了時)3,114,180pt
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自治領旗の製作デザイン検討のみ
旗竿・掲揚設備設置計画のみ
今回支出合計0pt
第152話終了残高3,114,180pt
円換算目安:311,418,000円相当(1pt=100円)




