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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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152/155

第151話 白狐神と里の三つの門


異世界生活104日目。

七の月3日。


 湖畔へ帰ってきて、最初の朝だ。

 昨日は東岸補給基地からの帰路で棘狼の群れと遭遇し、湖畔へ戻ってからも土産を配ったり、皆に旅の報告をしたりと、なかなか忙しかった。


 それでも、自分の寝床で眠れるというのはありがたい。昨夜はユキたちと一緒に早めに寝たおかげで、今朝はすっきり目が覚めた。


「おっちゃん」

「ん?」

「おきた?」

「ああ。おはよう」

「おはよ!」


 布団の横から、白い狐耳が二つ覗いている。ユキはもう着替える気満々だった。


「きょう、おしごと?」

「ああ。《始マリノ祠》の現場を見に行く」

「ユキも!」

「分かってるよ」

「かんとく!」

「はいはい、監督様」


 こびゃっこの籐籠から、小さな声がした。


「……朝から元気じゃのう」

「お前はまだ眠そうだな」

「びゃっこは神使じゃ。常に周囲へ気を配っておる」

「目を閉じたままで?」

「心眼じゃ」

「便利な言葉だな」


 いつもの朝である。


     ◇


 洗面所で顔を洗い、着替えを済ませてから食堂タープへ向かった。


 厨房では、マルタとリリアが朝食の準備を始めている。最近、マルタがこの世界の麦粉で作り始めたパンが焼ける匂いと、スープの湯気。湖面を渡る風は、まだ少し涼しい。


「おはよう、マルタ」

「おはよう! 昨日はよく眠れたかい?」

「ああ。久しぶりにぐっすり」

「そりゃよかった。今日はまた森へ行くんだろ?」

「その予定だよ」

「朝飯はしっかり食べていきな」

「了解」


 ユキが厨房を覗き込んだ。


「マルタ!」

「なんだい?」

「きょう、じゃがいも?」

「あるよ。少しだけどね」

「なら、よし!」


 ご機嫌な顔でユキが俺の隣に座った。


「昨日も食べただろ」

「きょうも、えらい」

「高評価続くなあ」


 ユキにとって、畑のジャガイモはすっかり偉い食材になっている。


 俺とユキは食堂タープの湖側へ座り、その景色を眺めていた。朝日に照らされた大湖が、穏やかに光っている。


 よく見ると、湖岸の草地を三人連れが歩いていた。最初は近衛騎士団の巡回かと思った。だが、よく見ると違う。


「……お?」


 背の高い人族の男。その横を歩く犬族の少年。そして、男の腕の中には、小さな赤茶色の狐耳。


「……ラウル?」


 間違いなくラウルだ。テオを連れて湖岸を散歩している。しかも、ミナを抱っこして。


「……杖、持ってないぞ?」


 俺は思わず食堂タープを出た。


「ラウル!」


 声を掛けると、ラウルがこちらを向いた。


「ヒカル。おはよう」

「おはよう。……って、普通に歩いてるじゃないか!」

「ああ」

「杖は?」

「今朝は使っていない」

「いや、そうじゃなくて!」


 ラウルが少し苦笑した。


「マリベル殿の許可を得て、短い距離を歩いているところだ」

「ミナを抱いて?」

「……そこは、少し予定外だった」


 その言葉に、腕の中のミナが顔を上げた。


「おっちゃ!」

「おはよう、ミナ」

「あい!」

「今日はラウルに抱っこしてもらってるのか」


 ミナの狐耳がぴんと立った。


「ラウゆ、だっこ、ひさしぶい!」

「そっか。よかったな」

「ムフー!」


 実に満足そうな顔だった。

 両腕には、昨日渡した子狐のぬいぐるみを抱えている。


 以前、診療所のベッドでもラウルに抱っこしてもらっていたが、こうして一緒に外を歩けるのは、また別の嬉しさがあるのだろう。


「それにしても……」


 俺はラウルの足元を見る。左脚を庇う様子は、ほとんどない。歩幅は控えめだが、重心の移動が滑らかだ。


 湖畔へ来てから、まだ十日。最初に会った時は、左下腿に矢傷を負い、まともに歩ける状態ではなかった。しかも、傷の中には矢尻まで残っていた。


 診療所で摘出し、マリベルやエレナの回復術を併用したとはいえ……。


「十日でここまで回復するものなのか?」


「治療が適切だったのだろう。感謝している」


「いや、治療した側としては嬉しいけどさ」


 俺はもう一度、ラウルの歩き方を見た。


「……それだけじゃない気がするな」

「何がだ?」

「ラウルの身体能力だよ」


 ラウルが少し考えた。


「身体強化のことか?」

「それもある」


 ラウルは普通の兵士ではない。ロックパーム公国軍第一騎兵団の副団長。そして、身体強化魔法の使い手だ。


 身体強化によって、筋力や速度、跳躍力、防御力を高められる。だが、今の左脚は回復途中である。


「今も身体強化を使っているのか?」

「いや」


 ラウルは首を振った。


「今朝は使っていない」

「そうなのか?」

「ああ。傷が完全に治ったわけではないからな」


 ラウルは左脚へ視線を落とした。


「身体強化を使えば、痛みが少なくても通常以上の負荷を掛けてしまう。マリベル殿にも、回復途中の使用は控えるよう言われている」

「……さすがマリベル」

「私も同意している。歩けるようになったからといって、無理をして傷を開くつもりはない」


 なるほど。その辺りの判断は、やはり軍人だ。


「じゃあ、ミナを抱っこしてるのは?」


 ラウルが一瞬、視線を逸らした。


「……ミナにせがまれてな」

「だろうな」


 ミナが得意げに胸を張った。


「ミナ、だっこ!」

「うん。良かったな」

「ラウゆ!」

「はいはい」


 ラウルが小さく笑った。……軍人の顔が、完全に緩んでいる。テオが横から言った。


「ラウル、前から少しずつ、杖なしで歩いてたんだ」

「そうなのか?」

「ああ」


 ラウルが頷く。


「昨日までは所々、杖を使っていた。今朝は短い距離なら使わなくてもよいか、確認している」

「なるほど」

「本来は湖岸を少し歩いて戻るつもりだったのだが……」


 ラウルがミナを見る。


「途中でこうなった」

「ラウゆ、だっこ!」

「……というわけだ」


 俺は笑った。


「騎兵団副団長でも、ミナには勝てないか」

「戦場での判断より難しいことがあるとは思わなかった」


 テオまで笑っている。……いいな。こういうラウルの顔も。


     ◇


「そろそろ戻ろう」

「ああ。私もそう考えていた」


 すると、ミナが頬を膨らませた。


「ヤッ!」

「ミナ?」

「だっこ!」

「抱っこをやめるわけじゃないよ」

「……う?」

「ラウルの足を休ませるんだ」


 俺がそう言うと、ミナが首を傾げる。すると、俺の横にいたユキが前へ出た。


「ミナ」

「ユキねーちゃ!」

「ラウル、あんよ、なおりちゅう」

「あんよ?」

「まだ、むり、だめ」


 ミナがラウルの顔を見た。


「ラウゆ、いたい?」

「今は痛くない」

「……」

「だが、もう少し休まなければならない。そう約束している」


 ミナはしばらく考えた。そして、小さく頷く。


「あい!」

「偉いぞ、ミナ」

「ムフー!」


 ラウルが静かに微笑んだ。


「では、戻ろう」

「そうしよう。朝飯も出来る頃だ」


 テオがラウルの横へ寄った。


「ラウル、ミナ、俺が抱っこしようか?」

「いや。食堂までは大丈夫だ」

「分かった」


 ……ラウルは身体強化魔法を使える。元々の体力も高い。だが、魔法を使えることと、傷が治ることは別だ。無理をすれば、せっかくの回復が台無しになる。


     ◇


「おっちゃん」

「ん?」


 ユキが両手を上げていた。


「だっこ」

「……今?」

「うん!」

「歩けるよな?」

「あるける」

「じゃあ――」

「でも、だっこ」


 真顔だった。……なるほど。ミナがラウルに抱っこされているのを見て、羨ましくなったらしい。


「監督様は朝から甘えん坊だな」

「かんとくも、だっこ」

「そうだったな」


 俺はユキを抱き上げた。


「よいしょ」

「ムフー!」


 白い尻尾が、ふわっと揺れる。ユキは俺の首へ腕を回し、ラウルの方を見た。


「ラウル!」

「ユキ殿」

「ユキも、だっこ!」

「ああ。お揃いだな」

「おそろい!」


 ミナが嬉しそうに手を振った。


「ユキねーちゃ!」

「ミナ!」


 二人とも抱っこされたまま、顔を見合わせて笑っている。すると、こびゃっこが俺の肩へふわりと乗った。


「ふむ。では、びゃっこも運ばれるとするかの」

「お前は浮いて行けるだろ」

「神使の移動には格式が必要なのじゃ」

「ただ楽したいだけだろ」

「格式じゃ!」


 朝から賑やかだ。でも、悪くない。いい朝だ。


     ◇


 食堂へ戻ると、マリベルがラウルを見つけた。


「ラウルさん」

「……マリベル殿」

「お散歩はいかがでしたか?」

「問題なく歩けた」

「杖は?」

「今朝は使わなかった」

「ミナちゃんを抱いて?」

「……途中からだ」


 マリベルが微笑んだ。


「そうですか」


 ……この笑顔、知ってる。


「短い距離の歩行は許可しましたけど、抱っこして歩いていいとは言っていませんよ?」

「……その通りだ」

「痛みは?」

「ない」

「違和感は?」

「少しだけある」

「では、今日はもう十分ですね」

「ああ。午前中は休ませてもらう」


 即答だった。さすが副団長。無理に反論しない。


「午後にもう一度診察します。傷の状態と腫れを確認してから、明日の運動量を決めましょう」

「承知した」


 ミナがラウルの服を掴んだ。


「ラウゆ、やしゅむ?」

「ああ」

「ミナも!」

「そうか」

「いっしょ!」


 ラウルの表情がまた緩んだ。


「……なら、少し一緒に休もう」


 テオが笑った。


「ミナ、ラウルが寝たら起こすなよ」

「……う?」

「休ませるんだぞ」

「あい!」


 ……本当に分かってるかな。そう思っていると、マリベルが今度は俺を見た。


「ヒカルさんも、昨日は長距離移動でしたよね」

「……ああ」

「今日は無理をしないでくださいね」

「現場の確認だけだから」

「確認だけ、ですよね?」

「……はい」


 ユキが満足そうに頷いた。


「おっちゃん、ひとりで、しない」

「ああ。分かってる」

「なら、よし!」


 ……湖畔の健康管理体制は、今日も正常に機能している。


     ◇


 朝食後。俺たちは《始マリノ祠》の建設現場へ向かうことになった。

 

 森の中の現場へは、バギーで移動する。現在、湖畔には三台の六人乗りバギーがあるが、そのうち二台は、《始マリノ祠》の工事が始まってから、職人たちの移動用として使われている。


 資材を運び、工具を運ぶ。そして職人を現場へ送る。今では、すっかり工事車両だ。


「よし。全員乗ったか?」


 グレゴールが声を掛けた。一台目の運転席にはドラン。助手席にはグレゴール。後部座席にはエリオット、バドル、ボルガ。


「ドラン、運転頼むぞ」

「任せろ!」

「……意外にドランって、本当に安全運転するんだよな」

「何じゃ、その言い方は!」

「いや、もっと豪快に走りそうだから」

「馬鹿を言うな! 機械は丁寧に扱うものじゃ!」

「……ああ、なるほど」


 そう言われると納得できる。ドランは鉄や機械を扱う時、意外なほど慎重だ。工具の手入れも丁寧だし、溶接の準備だって手を抜かない。……酒が絡まなければ、言動もまともだ。


「ヒカル! 今、失礼なことを考えたじゃろ!」

「……!。いや、別に」

「顔に出とる!」

「気のせいだ」


 この世界の住人は勘が鋭いのか?


 ドランがエンジンを掛ける。周囲を確認し、全員の着席とベルトを確認。ゆっくり発進した。……今日も安全運転だ。


「おっちゃん」


 ユキが俺の服を引っ張る。


「ドラン、ゆっくり」

「ああ」

「えらい」

「本人に言ってやれ」

「ドラーン!」

「なんじゃー!」

「あんぜんうんてん、えらい!」

「おお! 分かっとるではないか!」


 ドランが嬉しそうに振り向きかけた。


「前を見ろ!」

「分かっとるわい!」


 ……やっぱり監督は必要だな。


     ◇


 二台目の運転席にはカイルが座っていた。狐族の土木職人。弟のレイルと一緒に、湖畔の排水や基礎工事を担当している。最近は、バギーの運転も覚えた。


「今日は俺が運転する」

「よろしく、カイル」

「ああ」


 助手席にはレイル。中央の座席にはニナ。後部座席には俺、ユキ、ミネット。ユキは体格に合ったチャイルドシートに座り、ベルトを締めている。カイルが周囲を確認した。


「全員、ベルトはいいか?」

「大丈夫」

「こっちもいいぞ」


 レイルが答える。ニナは自分のベルトをもう一度確認した。


「固定、よし」

「さすが安全担当班長!」


 カイルが笑った。


「最近はレイルと交代で運転しているんだ」

「そう聞いた」

「最初は動かすだけでも緊張したけどな」


 レイルが頷く。


「今はだいぶ慣れた。まだ狭い場所は慎重だけど」

「それでいい」


 俺は言った。


「慣れた頃が一番危ないからな」

「ああ」

「安全第一」


 ニナが言った。


「そういうこと」


 俺が言うとユキも頷く。


「あんぜんだいいち!」


 ……監督様の確認まで入った。


     ◇


 バギーが走り始めた。先頭のドランは、森へ入る手前で十分に速度を落としている。カイルも車間距離を取って後ろを走る。


 木々の間を抜ける道は、以前より整備されていた。ただし、舗装道路ではない。木の根が張り出した場所もあるし、雨の後にぬかるむ場所もある。無理に速度を出す必要はない。


「ヒカル」


 レイルが声を掛けた。


「ん?」

「祠が完成したら、次は南側道路だよな?」

「そうだな。大型ガレージもあるけど、第二期道路工事は進めたい」

「なら、あの話もそろそろだろ?」

「あの話?」


 レイルがにやりと笑った。


「重機だよ」

「ああ」


 なるほど。やっぱり忘れていなかったか。カイルとレイルは、湖畔へ来た頃から重機に強い興味を持っていた。


 特にミニバックホー。あの小さな車体で土を掘り、石を動かし、溝を作る姿には、二人とも目を輝かせていた。


 水路や排水工事を専門にしている兄弟だ。人力で土を掘る苦労を、誰より知っている。


「講習の話だな」

「そう!」


 レイルが即答する。カイルも前を見たまま言った。


「俺たちも操作を覚えたい。祠の工事が終われば、少し時間が取れるだろ?」

「そうだな」


 俺は考えた。講習の件は以前から話題にはなっていたが、祠の工事が優先だった。


 そして、重機はバギーとは違う。操作を間違えれば、周囲の人や建物を簡単に傷つける。特に旋回範囲と作業装置の動きには注意が必要だ。時間を掛けた実技講習が必要になる。


「じゃあ、祠が完成した後の工程表に講習を入れよう」

「本当か!」

「ああ。ただし、いきなり掘削作業には入らないぞ」

「分かってる」

「まずは機械の構造。始業前点検。操作レバー。停止手順。それから、周囲に人がいない場所で基本操作」


 レイルが真剣に頷く。


「なるほど」

「実際の現場で使うのは、その後だ」


 カイルが言った。


「俺たちが覚えれば、ヒカルが重機を動かすためだけに現場へ来なくても済むようになるな」

「……そこなんだよ」


 俺は思わず笑った。そう。それが一番大きい。今の湖畔では、俺にしかできない作業がまだ多い。だが、重機の操作を職人たちが覚えれば、土木工事の進め方が変わる。


「ただし、講習を受けたからといって、すぐ単独作業を任せるわけじゃない」

「もちろんだ」

「段階を踏んでもらうぞ」

「了解!」


 レイルの狐耳が嬉しそうに立っている。……相当楽しみらしい。


     ◇


「……いいな」


 小さな声がした。ニナだった。


「何が?」

「重機」

「お前はまだ駄目だぞ」

「……分かってる」

「分かってる顔じゃないな」

「分かってる……」


 ニナは少しだけ頬を膨らませた。


「……でも、いいな」


 レイルが笑った。


「ニナは工具の方が俺たちより詳しいじゃないか」

「重機も、工具」

「……まあ、そう言えなくもないけど」


 俺は思わず苦笑した。


「重機は大きすぎる工具だな」

「うん」

「でも、操作には体格も必要だし、危険も大きい。今は見学と記録だ」

「……うん」

「大きくなったら、ちゃんと教えるから」


 ニナが俺を見た。


「予約」

「……何?」

「重機の講習」

「予約制度はないんだけどな」

「じゃあ、作る」

「即決された!」


 ミネットが隣で笑った。


「ニナらしいにゃ」


 そのミネットの髪には、小さな魚の飾りが付いていた。昨日渡した、王都の土産だ。


「ミネット、それ付けてくれてるんだな」

「……にゃ?」

「髪飾り」


 ミネットが自分の髪に触れた。


「ああ、これにゃ」

「似合ってるぞ」

「……ありがとにゃ」


 少しだけ尻尾が揺れた。ユキも横から言った。


「ミネット、おさかな!」

「そうにゃ」

「かわいい!」

「ありがとにゃ、ユキ」


 ミネットの耳が、少し赤くなった。……気に入ってもらえたなら何よりだ。


     ◇


 バギーの揺れに身を任せながら、俺は窓の外を眺めた。……それにしても、車両が足りなくなってきたな。


 森の祠工事が始まってから、二台のバギーは職人たちが使っている。残る一台は、以前から湖畔の警備に使っていた車両だ。


 基本的に近衛騎士団は馬。ガラン、ロク、リーファたちはマウンテンバイク。森の周辺も湖岸も、それぞれの機動力を生かして巡回している。


 もちろん、ガランたちから不満が出ているわけではない。むしろ、マウンテンバイクは静かに移動できるし、餌も必要ない。


 だが、負傷者を運ぶ時や、複数人と装備をまとめて移動させる時には、バギーがあった方がいい。


 そして、八の月1日。神務院の動きが予想される日まで、もう一か月を切っている。今のうちに、警備体制をもう一段強化しておきたい。


「おっちゃん」

「ん?」

「かんがえごと?」

「ああ。警備の車を増やそうかなって」

「バギー?」

「そう」

「いっぱい?」

「必要な分だけな」


 ユキが頷いた。


「だんどり」

「そういうこと」


 午後、ガランたちと相談しよう。買ってから使い道を考えるのは、順番が逆だ。


     ◇


 《始マリノ祠》の建設現場へ到着した。バギーをいつもの駐車場所へ止め、そこからは徒歩で移動する。


 大木の根を傷つけない。必要以上に重機や車を近づけない。最初に決めた約束は、今も守られている。


「……おお」


 現場を見て、思わず声が出た。かなり進んでいる。石材台座は、ほぼ所定の位置へ据えられていた。


 排水用のU字溝も、祠の背面から左右へ水を逃がす形で施工が進んでいる。木部の主要な仮組みは確認済み。固定金物の調整も、かなり進んでいた。


 そして、祠本体の部材が、現場脇の養生された場所へ順番に並べられている。


「ずいぶん進んだな」


 グレゴールが頷いた。


「ヒカルたちが出掛けている間も、作業は進めていたからな」

「ありがとう」

「礼を言うのは完成してからにしてくれ」

「それもそうだな」


 バドルが石材台座を指さした。


「水平は確認した」

「狂いは?」

「問題ない」

「さすが」


 カイルが排水溝の方へ向かった。


「昨日、水を流して確認した。大木の根元へ溜まらないようにしてある」

「よし」


 レイルも頷いた。


「ただ、雨が降った時の流れは、完成後にもう一度確認したい」

「そうだな。実際の雨で確認しよう」


 エリオットが木部の方を示した。


「建具の調整も進めている。開閉に無理が出ないよう、最後にもう一度合わせるつもりだ」

「頼む」


 ドランが固定金物を持ち上げた。


「こっちも、ほぼ出来とるぞ」

「留穴部分は?」

「確認済みじゃ。ボルガにも見せた」


 ボルガが頷いた。


「寸法も合ってる。あとは取り付けてからだな」


 俺は図面と現物を見比べた。最初に設計した時は、まだ何もない森だった。そこへ測量をして、根を避けて位置を決め、排水を考え、石を据え、木材を加工してきた。


 今は、ようやく形が見えている。


「……あと、どれくらいだ?」


 グレゴールが指を折った。


「今日、固定金物と本体の据付準備。明日、屋根と建具の仕上げ。明後日、全体の調整と点検」

「三日くらいか」

「問題が出なければな」

「分かった。無理に詰めないでいこう」

「もちろんだ」


 ユキが両手を上げた。


「あと、みっか!」

「予定ではな」

「ほこら、できる!」

「そうだな」


 ユキが大木を見上げた。


「このちかくで、ユキと、おっちゃん」

「ああ。初めて会った場所だ」

「ユキとしらゆき、ここでうまれた」

「そうだな」


 こびゃっこが静かに頷いた。


「この大木は、古くから白狐神と縁のある場所じゃ」

「だからこそ、丁寧に作ろう」

「うむ」


 珍しく、こびゃっこも真面目だった。……と思ったら。


「完成の暁には、盛大に鏡びら――」

「酒樽は駄目だぞ」

「まだ全部言っておらぬ!」

「御神酒ぐらいにしとけ」

「むう……」


 ユキが笑った。


「こびゃっこ、おさけのみすぎ」

「ユキまで!」


 ドランには聞こえていないようだ。……良かった。


     ◇


 午前中は、据付位置と固定金物の確認を中心に進めた。石材台座の水平と木部との接触面。雨水の逃げ道と屋根の出幅。大木の枝との離隔。一つずつ確認する。


 ニナは作業記録を付けながら、グレゴールへ確認していた。


「ここ、あとで締める?」

「ああ。本体を合わせてからだ」

「仮止め?」

「そうだ」

「記録する」

「頼む」


 ……七歳の会話じゃないな。ミネットは部材の運搬を手伝いながら、屋根の仕上げについてエリオットと相談していた。


 ドランとボルガは金物。バドルは石材。カイルとレイルは排水。それぞれ、自分の仕事を進めている。


 俺は全体を見て、必要なところだけ確認する。以前なら、あれもこれも自分で手を出していたが、今は違う。


「おっちゃん」

「ん?」

「ひとりで、してない」

「ああ」

「みんな、おしごと」

「そうだな」

「なら、よし」


 ユキが満足そうに頷いた。……監督様の評価は、常に厳しい。


     ◇


 昼前。作業を一段落させたところで、グレゴールが図面を丸めた。


「祠が終わったら、次は何だ?」

「……聞く?」

「聞くさ。職人の仕事だからな」


 俺は思わず笑った。


「大型ガレージ」

「おお。やっとか」

「南側道路の第二期工事」

「そうだったな」

「それから、屋根付きウッドデッキの食堂だ」


 今の食堂タープテント。最初は、湖畔で皆が食事をするために作ったものだが、人数が増えた。職人たちが来て、ハンターチームが増えて、近衛騎士団まで滞在するようになった。


 雨の日も、風の強い日も、全員が落ち着いて食事できる建物が欲しい。


「仕事が減らんな」


 グレゴールが笑った。


「むしろ増えてる」

「いいことじゃないか」

「職人としてはな」


 ドランが胸を張った。


「わしらは暇より仕事がある方がよい!」

「休みも必要だからな」

「分かっとる!」

「酒の休みじゃなくて、体の休みだぞ」

「……分かっとるわい!」


 ……本当かな、間があったぞ。俺はもう一度、図面を見た。大型ガレージ。南側道路。食堂。


 そして、まだ話していないが、警備施設と三つの事務所。……優先順位を組み直す必要がありそうだ。


     ◇


 午後。俺は工事事務所へ向かった。今日の午後は、湖畔の警備体制について打ち合わせをする予定だ。


 参加者は、俺、ガラン、セレナ、レオン、ベルタ、アルノ、マリベル。そして、ユキとこびゃっこ。


 テーブルの上には、湖畔周辺の配置図を広げてある。南側道路。湖岸。森。畑と橋。建物の位置。さらに、これから建設する予定の施設も書き込んである。


「さて」


 俺は全員を見渡した。


「今日は、警備の配置と車両、それから新しい事務所について相談したい」


 ガランが頷いた。


「ちょうどいい。巡回する範囲も広がっているからな」


 レオンも腕を組む。


「うちの配置も、そろそろ整理したいところだった」

「なら話が早い」


 俺は図面の三か所に印を付けた。


「まず、里の出入り口だ」


     ◇


「将来的に、ここには正式な門を作りたいと思っている」


 俺は最初の印を指さした。


「一つ目は、南側砕石道路の入口」


 現在、湖畔へ入る主要な道だ。畑と橋を経由し、食堂や住居区画へ繋がっている。


「二つ目は、湖畔の北岸」


 湖岸沿いに北側へ向かう経路を押さえる場所だ。


「三つ目が、西側の森の入口」


 《始マリノ祠》へ向かう道に繋がっている。


 ガランが頷いた。


「確かに、その三か所は押さえておきたい」

「今はまだ、里の境界も施設も整備途中だ。でも、警備場所だけは先に決めておきたい」


 セレナが図面を覗き込んだ。


「将来の正式な門を前提に、先に警備施設を設置するということですね」

「そうです」


 俺は三か所へ、小さな四角を描いた。


「各入口に、警備ゲートブースを設置する」

「ゲートブース?」


 レオンが首を傾げた。


「門の横にある小さな警備詰所だな。雨風を避けられて、机と椅子があって、出入りする人を確認できる建物」

「なるほど」

「俺の世界には、こういうものがある」


 俺はスキルショップを開いた。関連商品から、プレハブ式のセキュリティブースを探す。


 候補として表示されたのは、小型の組立式警備詰所。金属製の外壁に大きめの窓。施錠できる扉と机を置ける室内。断熱仕様で、照明や空調を追加できるものもある。


「これを三か所に設置したい」


 俺はスキルショップから取り寄せたカタログを出す。レオンがそれを見て呟く。


「……また、完成した建物が出てくるのか」

「まあ、そういうことだ」

「便利な能力だな」

「ただし、置くだけで終わりじゃない」


 俺は図面へ書き込んだ。


「基礎、水平、固定、排水、電源、通信。それから夜間照明も必要だ」


 アルノが頷いた。


「そのうち、警備記録を保管する場所も必要ですね」


「そう。通行者の記録も残したい。まあ、最初のうちはほとんどいないだろうが」


 ベルタが手帳を開いた。


「各門の担当人数は?」

「まずは二名ずつ」

「警備中は常時二名ですね?」

「ああ。ただし、交代要員と休憩は別に考える」


 俺は全員を見た。


「ここは大事だ。三か所に二人ずつ置けば終わり、という話じゃない」


 ベルタが頷いた。


「昼夜の交代を考えると、必要人数はかなり増えます」

「そうだな。だから、近衛騎士団とハンターチームの混合で運用したい」


 ガランが腕を組んだ。


「森に詳しいハンターと、組織的な警備に慣れた近衛か」

「悪くないだろ?」

「ああ」


 レオンも頷いた。


「双方の経験を生かせる。俺も賛成だ」

「ただし、門に人を配置しすぎて、巡回が手薄になっては意味がない」

「そこは俺とベルタで勤務表を組もう」

「頼む」


 ベルタが早速、何かを書き始めた。……仕事が早い。


「おっちゃん」

「ん?」


 ユキが図面を覗き込んだ。


「もん、みっつ?」

「そう」

「みなみ。きた。にし」

「よく覚えたな」

「ユキも、みる!」

「警備の人たちの邪魔にならないところからな」

「うん!」


 こびゃっこが胸を張った。


「びゃっこも巡察するのじゃ!」

「お前はミミで暴走しないようにな」

「何を言う! びゃっこは無事故無違反じゃ!」

「またそれか!」


 レオンが首を傾げた。


「……無事故無違反?」

「異界のルールでな、気にしなくていい」


 ……説明すると長くなる。


     ◇


「次に車両だ」


 俺は図面の横へ、バギーの絵を描いた。


「まず、各門の警備ブースに一台ずつ配置したい」

「三台か」


 ガランが確認する。


「ああ。三か所だから三台」


 レオンが言った。


「巡回用とは別に?」

「別だ。門の車両を巡回へ持ち出すと、いざという時に門の機動力がなくなる」

「確かにな」

「だから、門のバギーは基本的に門の装備として扱う」


 アルノが記録する。


「門警備用、三台」

「次に、近衛騎士団の湖畔パトロール用として二台」

「二台か」


 レオンが頷く。


「ああ。馬と併用してもらう」

「なるほど」

「そして、ガランたちハンターチームへ一台」


 ガランが俺を見た。


「俺たちは自転車でも構わんぞ」

「分かってる。でも、装備や負傷者を運ぶ時にはバギーがあった方がいい」

「……それはそうだな」

「マウンテンバイクはそのまま使ってくれ。必要に応じて使い分ければいい」


 ロクやリーファたちが自転車を気に入っていることも知っている。だから、取り上げるつもりはない。


「つまり、追加するバギーは……」


 俺は指を折った。


「門に三台。近衛に二台。ハンターに一台」


 アルノがすぐに答える。


「六台ですね」

「そう。六台増車する」


 レオンが目を丸くした。


「一度に六台か!」

「必要だからな」

「……相変わらず規模が大きい」

「いや、人数と警備範囲が増えてるから、これくらいは考えておきたい」


 ベルタが確認する。


「現在のバギーは?」

「工事用の二台。それから、元々巡回に使っていた一台」


 俺は三つの印を付けた。


「既存が三台。今回六台追加するから、合計九台だ」


 アルノが記録する。


「バギー総数九台。工事用二台、門警備用三台、近衛巡回用二台、ハンター巡回用一台、予備兼共用一台」

「そういう編成で考えよう」


 ガランが腕を組んだ。


「九台となると、保管場所も必要だな」

「そこなんだよ」


 俺はため息をついた。


「大型ガレージの優先順位が上がった」

「だろうな」

「車両だけじゃない。点検工具、予備部品、燃料、整備場所……」


 ベルタが言った。


「鍵の管理も必要ですね」

「そう。誰がどの車両を使ったか、記録も残したい」


 アルノが頷いた。


「車両台帳を作ります」

「助かる」


 ユキが手を上げた。


「おっちゃん!」

「何?」

「ニナ!」

「……ああ」


 ニナなら間違いなく興味を持つだろう。


「車両用工具と車両の管理に協力してもらおう。ただし、運転はまだだぞ」

「わかった!」


 ユキが満足そうに頷く。……本人がいないところで、七歳児の仕事がまた増えた。


     ◇


「それから、マウンテンバイクも増やしたい」


 俺は話を続けた。


「近衛騎士団員全員が使えるように、十台を配備する」


 レオンが頷いた。


「マウンテンバイクなら訓練で団員全員乗れるようになったぞ」

「そうか。じゃあ、馬と併用してくれ」

「馬より静かに移動できるのは便利だな」

「整備した道なら、かなり使える」


 ガランが言った。


「ただし、森の奥や悪路では馬の方が向く場合もある」

「その通り。全部を自転車に置き換えるつもりはない」


 ベルタが手帳を見た。


「バギーの運転講習はどうしますか?」

「ガラン、ロク、リーファにお願いしたい」


 ガランが頷いた。


「構わん」

「最初から乗れるわけじゃないからな」


 レオンが胸を張った。


「俺ならすぐ乗れる!」

「そういう人が一番事故る」

「む」

「まずは低速で真っすぐ走る練習から」


 ベルタが冷静に言った。


「副団長には、特に丁寧な講習が必要ですね」

「なぜだ!」

「速度を出しそうなので」

「……否定できん」

「できないのかよ!」


 全員が笑った。ユキが頷く。


「レオン、ゆっくり」

「……はい」


 近衛副団長が五歳児に指導されている。……まあ、安全第一だからいいか。


     ◇


「さて。警備車両の話は、ひとまずここまで」


 俺は図面を一枚めくった。


「次は建物だ」


 セレナが姿勢を正した。


「建物、ですか?」

「今の工事事務所だけじゃ、そろそろ限界だと思うんです」


 アルノが深く頷いた。


「実際、書類の種類が増えています」

「だよな」


 工事関係の図面。

 資材の発注。

 職人の勤務。

 警備記録。

 王国との連絡。

 自治領としての取り決め。

 ……全部を同じ事務所で処理するのは、さすがに無理がある。


「だから、役割ごとに建物を分けたい」


 俺は三つの四角を描いた。


「まず、オリエント王国の大使館」


 セレナが目を見開いた。


「大使館……!」

「正式な建物を建てるまでの仮設ですけどね」


 俺は続ける。


「次に、近衛騎士団の白狐の里自治領警備派遣隊本部」


 レオンが頷いた。


「なるほど」

「そして、白狐の里自治公館」


 アルノが顔を上げた。


「自治公館ですか」

「ああ。名称は仮だが、俺たち自身の事務所だ」


 こびゃっこがふわりと浮いた。


「ほう。里らしくなってきたのう」

「そうだな」


 ……正直、俺自身も驚いている。

 最初、湖畔にはユキと二人で暮らすために、テントを置いただけだった。


 それが今では、大使館に警備本部だ、自治公館だの。……何だ、この展開は。


     ◇


「大使館と警備本部には、仮設の大型コンテナハウスを一棟ずつ」


 俺は図面へ書き込んだ。


「合計二棟ですね」


 アルノが確認する。


「そう。それとは別に、自治公館も仮設で設置する」


 セレナが尋ねた。


「大使館には、どなたが?」

「ガラン大使、セレナ特使。それから随員のファビイとヴィオラさん」


 俺は配置図の一角を指さした。

 仮設コンテナハウスを一棟。

 執務机と応接スペース、それに書類を保管する施錠可能な収納を設ける。


「今後はここを王国側の外交窓口にしたいと思ってる」

「ヒカルさん。一つ、よろしいでしょうか」


 セレナが手を上げた。


「ん? 何か問題が?」

「建物の設置そのものではありません。ただ、大使館という名称についてです」


 セレナは配置図に視線を落とし、少し考えてから続けた。


「現在、オリエント王国と《白狐の里自治領》の間には、まだ正式な国交がありません。友好条約も締結されていませんし、王国から自治領としての正式な承認も出ていない状態です」

「ああ。そうですね」

「その段階で、大使館を設置するのでしょうか?」


 なるほど。俺としては、今後必要になる施設を先に用意しておこうという考えだったが、外交上は順番というものがある。


「確かに、今すぐ正式な大使館を名乗るのは早いですね」

「はい。王国の承認を得ないまま大使館を開設したとなれば、王国側でも説明が必要になります」

「分かりました。じゃあ、大使館というのは現時点では仮称だと思ってください」

「仮称、ですか?」

「建物は先に用意するけど、当面はオリエント王国の連絡事務所という扱いにする。正式な大使館として開設するのは、その後ということで」


 俺は配置図に書き込んだ『大使館』の文字へ、鉛筆で小さく『仮称』と付け加えた。


「俺としては、《白狐の里自治領》がオリエント王国から正式に承認された時点で、国交を樹立したいと思ってる。そして、できるだけ早く友好条約も結びたい」


 セレナが顔を上げた。


「対等な友邦として、ですね」

「そうです。前にも話した通り、王国の領地になるつもりはありません。でも、これまで助けてもらったことには感謝してるし、これからも協力していきたいと思ってます」

「……はい」

「もちろん、条約の内容は双方で協議する必要があるので、こっちだけで決めるわけにはいかないとは思いますが」


 ガランが腕を組んで頷いた。


「それなら、俺たちが先に使う分には問題なさそうだな」

「そうですね」


 セレナは少し表情を緩めた。


「王国側の連絡事務所としてなら、現在の私たちの任務とも整合します。正式な大使館への移行は、国交樹立と必要な手続きを終えてから、ということですね」

「そのつもりです」

「承知しました。それと、ヒカルさん」

「はい?」

「王国からの返答も、そろそろ届くはずです」

「返答?」

「はい。先日、東岸補給所へ伺った際、私の署名を添えて報告書を王都へ送りました。自治領構想と、王国との正式な友好関係を望む意向も含めています」

「ああ、あの時の報告ですね」

「早馬で届ける手配でしたので、王都では既に内容を確認している頃でしょう。正式な承認になるか、追加の協議を求められるかは分かりませんが、何らかの返答が来ると思います」


 俺は頷いた。七の月一日に報告を送り、今日は七の月三日。王都までの距離を考えれば、まだ返事が届いていなくても不思議ではない。


「じゃあ、その返答を待ちましょう。建物の準備は進めるけど、正式な名称や扱いは王国側と確認してから決めます」

「ありがとうございます」

「いや、指摘してくれて助かりました。俺だけだったら、建物が完成した勢いで看板まで付けてたかもしれない」

「ヒカルさんなら、ありそうですね」

「そこは否定してくれないの?」


 セレナが小さく笑った。すると、隣で図面を覗き込んでいたユキが顔を上げた。


「おっちゃん」

「ん?」

「たいしかん、まだ?」

「ああ。まだ正式には大使館じゃないんだ」

「おうち、つくる?」

「建物は作るよ」

「でも、たいしかん、まだ?」

「そういうこと」


 ユキは少し考え込んだ。


「……なまえ、あと?」

「そう。名前はあと」

「なかみ、さき?」

「いや、中身も少しずつだな」

「む」


 どうやら納得できないらしい。そこで、こびゃっこが横から口を挟んだ。


「ユキよ。まず家を建て、それから正式に名前を付けるのじゃ」

「おうち、できてから?」

「そうじゃ」

「おっちゃん、だんどり?」

「まあ、そうだな」


 ユキが満足そうに頷いた。


「なら、よし!」


 ……五歳児の承認は得られた。あとは王国からの正式な返答を待つだけだ。もっとも、こちらの希望通りに進むとは限らない。


 自治領の規則も、代表職の整備も、まだ途中だ。王国との国交樹立や友好条約となれば、相手側にも確認しなければならないことが山ほどあるだろう。

 

 それでも、目指す方向は決まっている。白狐の里は、誰かの所有物ではない。ここで暮らす皆の里として、隣国と対等に付き合っていく。そのための準備を、今から始めるだけだ。


     ◇


 そう思った瞬間。


「ところでな」


 ガランが口を開いた。


「何?」

「俺の執務室はいらん」

「……何で?」

「俺はハンターだぞ」

「大使でもあるだろ」

「それはそうだが……」


 ガランが少し困った顔をした。


「机に座って仕事をするより、現場を回る方が性に合っている」

「知ってる」

「なら――」

「だからって、大使の執務室がなくていい理由にはならないだろ」


 セレナが静かに頷いた。


「ヒカルさんのおっしゃる通りです」

「特使殿まで……」

「ガラン大使。王国と白狐の里自治領の正式な連絡窓口として、執務室は必要です」

「しかし、私は――」

「大使が不在の時も、書類や連絡事項を整理する場所が必要なのです。本来なら秘書官も必要です」


 ガランが黙った。俺も続ける。


「それに、来客があった時どうするんだ?」

「工事事務所で……」

「今の工事事務所、図面と工具の話ばっかりだぞ。これからますます工事も増えるしな」

「……」

「王国から正式な使者が来たら、どこで迎える?」

「……」

「ドランが隣で溶接金物の話をしててもいいのか?」

「……それは困る」

「だろ?」


 セレナが微笑んだ。


「大使の執務室は、ガラン殿が一日中座っているための場所ではありません」

「……そうなのですか?」

「王国との窓口を、きちんと設けるための場所です」


 ガランが少し考えた。


「……分かった」

「よし」

「ただし、豪華な部屋はいらんぞ」

「当然」

「椅子と机があればいい」

「書類棚もな」

「……そうだな」


 ユキが手を上げた。


「ガラン!」

「何だ、ユキ」

「たいしのおへや、だいじ」

「……ああ」


 ガランが苦笑した。


「そうだな、ユキ」


 ……大使の執務室、決定だ。


     ◇


「次に、警備本部」


 俺は二つ目の建物へ印を付けた。


「ここには、レオン副団長以下、近衛騎士団の警備派遣隊が常駐する」

「了解した」


 レオンが頷く。


「それから、ガランたち《東風の牙》と、オルフェンたち《蒼岩の盾》」


 ガランが図面を見る。


「二つのハンターチームも、ここを拠点にするのか」

「ああ。もちろん、ガランは大使も兼務だけどな」

「……忙しくなるな」

「今でも忙しいだろ」

「違いない」


 レオンが言った。


「警備本部があれば、勤務表と巡回報告をまとめられる」

「そう。門の警備も、湖畔パトロールも、森の警戒も、ここで情報を共有したい」


 ベルタが手帳へ書き込む。


「本部には、勤務表、巡回記録、装備台帳、連絡用無線機、地図が必要ですね」

「その辺は用意するつもりだ」

「緊急時の集合場所も決めましょう」

「それも必要だな」


 ガランが言った。


「ただ、近衛とハンターでは動き方が違う」

「そこは無理に統一しなくていいと思う」


 俺は答えた。


「それぞれの得意な方法を生かして、連絡だけは確実にする」


 レオンが頷いた。


「良い考えだ」


 こびゃっこが腕を組む。


「むれ、おなじ。しごと、ちがう、じゃな」

「それ、ユキの言葉だろ」

「よい言葉は皆で使うのじゃ」


 ユキが得意げに胸を張った。


「むれ、おなじ!」

「そうだな」


 ……確かに、核心を捉えた言葉だと思う。


     ◇


「最後が自治公館だ」


 俺は三つ目の建物を指さした。


「ここは、俺とアルノが中心になる」

「はい」


 アルノが頷く。


「自治領の運営記録、住民に関する書類、設備の管理、工事の優先順位……」

「そういうものをまとめたい」

「現在の工事事務所から、かなり仕事を移せますね」

「ああ。工事事務所は、工事のための場所に戻せる」


 マリベルが尋ねた。


「医療関係の書類も、こちらでしょうか?」

「そこは相談したかった」


 俺はマリベルを見る。


「マリベルはオリエント王国の人だけど、湖畔の医療担当として自治公館の仕事も手伝ってもらえないかな」

「もちろんです」


 即答だった。


「診療所の記録は診療所で管理しますが、衛生設備や健康管理の相談なら、自治公館と連携した方が便利です」

「助かる」

「ただし、患者さんの詳しい診療記録を誰でも見られるようにはしませんよ」

「それは当然」


 アルノも頷く。


「閲覧できる人を分けて管理しましょう」

「そうしよう」


 ユキが俺を見た。


「おっちゃん」

「ん?」

「おっちゃんの、おへや?」

「自治公館のこと?」

「うん」

「俺一人の部屋じゃないよ。皆のための建物だ」

「むれの?」

「そう」


 ユキが満足そうに頷く。


「なら、よし」


 こびゃっこが胸を張った。


「白狐の里の自治公館とは、なかなか立派な響きじゃのう!」

「仮設だけどな」

「最初は仮設でもよい。里は少しずつ育つものじゃ」

「……そうだな」


     ◇


「さて、建物の配置はこんなところかな」


 俺は図面を見直した。オリエント王国の連絡事務所。将来の大使館だ。近衛騎士団とハンターチームの警備本部。そして、白狐の里自治公館。警備ゲート三か所に、大型ガレージ。……湖畔の建物が、一気に増える。


「ただし、今日全部買って置くわけじゃない」


 俺は全員へ言った。


「まず配置と必要な広さを決める。給排水、電源、通信、避難経路を確認してから購入する」


 グレゴールたちにも、建築側の確認を頼む必要がある。今の職人たちは祠の仕上げに集中している。そこで無理に別工事を増やすのは避けたい。


「祠の完成まで、あと三日くらいだ。その間に配置図と必要な設備をまとめよう」


 アルノが頷いた。


「では、購入候補と設置予定地の一覧を作ります」

「頼む」


 セレナが言った。


「王国側の正式な施設として使用する大使館については、私からも必要事項を整理します」

「お願いします」


 レオンも頷く。


「警備本部の設備は、ベルタと相談しよう」

「頼む」


 ……よし。仕事が分かれた。これなら俺一人で全部考えなくていい。ユキが満足そうに頷いている。


「おっちゃん」

「ん?」

「みんな、おしごと」

「ああ」

「おっちゃん、ひとりじゃない」

「そうだな」


 ……監督様、ちゃんと見てるな。最初は、湖畔に小さな住まいを作るだけのつもりだった。


 それが今では、三つの門を考え、警備隊の配置を決め、王国との外交窓口まで用意しようとしている。


 そして、俺たち自身の自治公館。まだ図面の上にあるだけだ。それでも、ここで暮らす皆が自分たちのことを自分たちで決めるためには、必要な場所になる。


 俺は配置図に書き込んだ『白狐の里自治公館』の文字を、もう一度見た。……里を作るというのは、建物を増やすだけじゃないんだな。


続く


     ◇

【第151話・収支報告】

異世界生活104日目/七の月3日/オリエント王国歴952年

項目ポイント・状況

開始残高3,114,180pt

新規スキル取得0pt

新規設備購入0pt

バギー6台購入計画のみ

マウンテンバイク10台購入計画のみ

警備ブース3棟設置計画のみ

王国連絡事務所用コンテナ1棟設置計画のみ

警備本部用コンテナ1棟設置計画のみ

白狐の里自治公館設置計画のみ

今回支出合計0pt

第151話終了残高3,114,180pt

円換算目安:311,418,000円相当(1pt=100円)

※車両・建物・設備は配置計画と購入候補の検討段階。購入・設置は未実施。

※第150話で保管した棘狼2頭について、今回も魔石変換を行っていないため、ポイント収入は0pt。


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