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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第149話 白狐神とこびゃっこの連係プレー


 異世界生活103日目。  

 七の月2日、午後。


 オリエント王国軍の東岸補給基地から湖畔へ戻る途中。俺たちの乗る黒いピックアップトラックは、大湖の南岸で棘狼――スパイキーウルフの群れに囲まれかけていた。


「……おいおい、何頭いるんだ?」


 前方の草地に三頭。右手の茂みに二頭。湖岸寄りにも、背中の黒い棘が見え隠れしている。さらに奥では、草が不自然に揺れていた。


 少なくとも七、八頭。いや、もっといるかもしれない。


「おっちゃん」


「ん?」


「いっぱい」


「ああ。ちょっと多いな」


「とげとげ」


「そうだな」


 後部座席中央のチャイルドシートに座るユキは、窓の外をじっと見ていた。いつもの好奇心いっぱいの顔とは違う。白い狐耳が、少し後ろへ倒れている。


「ユキ、こわいか?」


「……ちょっと」


「俺もちょっと怖い」


「おっちゃんも?」


「ああ。あんなのが十頭近くいたら、普通は怖いぞ」


 俺がそう答えると、ユキは少し考えた。


「おっちゃん、どうする?」


「そうだな。まずは安全な場所を確保しよう」


 そこで、こびゃっこが口を開いた。


「ヒカルよ」


「何?」


「ここで戦う必要はないぞ」


「……うん?」


「車を魔物から少し離すのじゃ」


 俺はルームミラー越しに、こびゃっこを見た。


「離す?」


「うむ。奴らは車を囲もうとしておる。じゃが、まだ完全には囲まれておらぬ」


「確かに」


「この場で降りれば、四方から狙われる。まず距離を取り、見通しのよい場所を選ぶのじゃ」


「それから?」


「びゃっことユキで鳥居紋の結界を張る」


「……ああ!」


 俺は思わず頷いた。


「結界の内側へ車を入れて、そこを安全な場所にするわけか」


「そうじゃ」


 俺は前方を見る。最初の棘狼が、ゆっくりと近づいてきた。背中の棘を逆立て、牙を剥いている。


「よし。まずは離れよう」


「うむ!」


 ユキが頷いた。


「ばたばた、しない」


「そう。段取りだ」


     ◇


「セレナさん」


「はい」


「少し車を動かすので揺れるかもしれないけど、シートベルトは外さないで」


「承知しました」


「ユキもな」


「うん!」


「こびゃっこ」


「分かっておる!」


 俺は周囲を確認した。前方には棘狼。右側にも数頭。幸い、左後方の草地には、まだ魔物の姿がない。来た道をそのまま戻るのは難しいが、左側へ回り込めば距離を取れそうだ。


 俺はハンドルを切り、車をゆっくり動かした。ブロロロ……。エンジン音に反応して、一頭が身体を低くする。


「……来るか?」


 だが、車が動き始めると、その棘狼は逆に数歩下がった。見慣れない大きな黒い物体。しかも、自分たちより速く動く。棘狼にとっても、判断に困る相手なのかもしれない。


「おっちゃん」


「何?」


「おおかみ、びっくりした」


「そうみたいだな」


 俺は速度を少し上げた。右手の茂みから一頭が飛び出してきたが、車の進路へ入る前にこちらが通り過ぎた。サイドミラーに、黒い棘を持つ狼が小さくなっていく。


「……よし」


 だが、安心するのはまだ早い。俺は草地の起伏を確かめながら、群れとの距離を広げた。


 その間百メートル。さらに、その先。小砂利の浜から少し離れた場所に、比較的平坦な草地が見えた。背後には湖。左右の見通しも悪くない。


「……あそこだな」


 俺は車を停めた。


     ◇


 エンジンを掛けたまま、もう一度周囲を確認する。棘狼たちは、まだ追ってきていた。ただし、一直線ではない。数頭が茂みの間からこちらを窺い、残りは少し遅れているようだ。


「十頭くらいかのう」


 こびゃっこが言った。


「やっぱり、そのくらいか」


「うむ。正確な数はまだ分からぬが、大きな群れじゃ」


 セレナが窓の外を見た。


「棘狼は、ここまで大きな群れを作るものなのですか?」


「どうだろう?以前、単独の個体には何度か遭遇しているけど……」


 俺は首を振った。


「この辺りの詳しい生態までは分かりません」


「なるほど」


「ただ、今は調べるより安全確保が先ですね」


 こびゃっこが頷く。


「よし。ユキ」


「うん!」


「一緒に結界を張るぞ」


「とりい!」


「そうじゃ」


 こびゃっこが車内でふわりと浮き上がった。


「ヒカル、車はそこから動かすでないぞ」


「分かった。でも、ユキを外へは出したくないな」


「もちろんじゃ」


 俺は念を押した。


「こびゃっこ。魔物が近くにいるんだからな」


「分かっておる。今のユキなら、この程度の結界は車内からでも張れる」


 ……そうなのか。以前は、地面へ鳥居を描いていたのにな。神力が成長したと言うことなのだろうか。


「ユキ、できるか?」


 俺が訊くと、ユキが小さく頷いた。


「こびゃっこと、いっしょなら」


「そうだな」


「おっちゃん、まもる」


「ありがとう」


 ユキの狐耳がぴんと立った。


     ◇


 こびゃっこが前足を伸ばした。


「ユキ。まずは車を中心に、この草地を包むぞ」


「うん」


「広すぎる必要はない。ヒカルが安全に動ける程度でよい。目を閉じて、頭の中で鳥居紋の形を思い浮かべるのじゃ」


「わかった」


 ユキが目を閉じる。すると、後部座席の窓の向こうに、淡い光が現れた。


 最初は細い線だった。それが二本の柱になり、上部に横木が重なる。鳥居の形だ。


「……おお」


 俺は思わず声を漏らした。地面へ描いたわけでもないのに、光の鳥居紋が空中へ浮かんでいる。


 こびゃっこが、その方向へ小さな前足を出す。


「よし。そのままじゃ」


「うん」


「びゃっこが神気を通す」


 パチッ! 青白い光が走った。

 車の周囲に、薄い膜のようなものが広がる。それは半透明の壁となり、草地を囲んだ。

 

 俺は総合鑑定を使った。


【総合鑑定】

名称:鳥居紋結界

術者:白狐神ユキ/守護神使こびゃっこ

状態:安定

効果:魔物の侵入抑制、防護

範囲:車両周辺の指定区域


「……ちゃんと張れたな」


「うむ!」


 こびゃっこが胸を張った。


「びゃっこが補助すれば、この程度は問題ない」


 ユキも嬉しそうに頷く。


「できた!」


「偉いぞ、ユキ」


「ムフー!」


 俺は結界の外を見ると、先頭の棘狼が近づいてきた。しかし、結界の境界へ足を踏み入れようとした瞬間。


 バチッ!


「ギャンッ!」


 棘狼が跳び退いて、そのまま数歩後退する。


「……効いてるな」


「うむ。無理に入ろうとすれば、痛い目を見るぞ」


「ありがたい」


 俺はユキの頭を撫でた。


「助かったよ」


「ユキ、まもった!」


「ああ。ちゃんと守ってくれた」


 ……前の結界とは、ずいぶん違う。


     ◇


 あの日。俺が異世界へ転移したばかりの頃。森の中で初めて見たユキは、今とは全然違う姿だった。簡素な貫頭衣を身にまとい、裸足で、木の実を抱えていた。


 背中には大きな白い尻尾。目の前には、棘狼。小さな身体で必死に威嚇していた。『しゃー! びゃっこ、かむぞ!』そして、その周囲には、簡単な結界が張られていた。


 あの時の俺は、その仕組みすら分からなかった。ただ、目の前の子供を助けようとして、初めて狩猟スキルを取得した。初めてライフルを手にして。初めて魔物へ銃を向けた。

 

 ……怖かったな。いや、今だって怖いが、あの時とは違う。スキルのマインドフルネスで、心を落ち着かすことも出来るが、俺には経験がある。そして、何より。


「おっちゃん」


「ん?」


「ユキ、いる」


 俺は振り返った。チャイルドシートに座るユキが、小さな手を上げていた。


「こびゃっこも」


「うむ!」


「セレナも」


「はい」


「だから、だいじょうぶ」


 ……ああ。そう、あの頃とは違う。


「そうだな」


 俺は頷いた。


「みんなで帰ろう」


「うん!」


     ◇


「それじゃ、俺も準備するか」


 俺は収納からライフルケースを取り出した。中にあるのは狩猟用ライフルだ。レイクサーペントの襲撃以来、撃ってないが、その後も整備を続けている。


 だが、何度扱っても、慣れで雑にしてよい道具ではない。銃は、撃つための道具だ。そして、間違えれば、守るべき相手を傷つける道具でもある。


「セレナさん」


「はい」


「俺が外へ出ている間、ユキと一緒に車内で待っていて欲しい」


「承知しました」


「このライフルは大きい音がするけど、何があっても、すぐには降りないで」


「はい」


 俺はユキを見る。


「ユキ」


「うん」


「結界はこびゃっこと一緒に頼む」


「まかせて!」


「無理はしないこと」


「うん」


「こびゃっこ。ユキが疲れたら、すぐ教えてくれ」


「分かっておる」


 こびゃっこが少し真面目な顔になった。


「ヒカルよ」


「何?」


「無理に群れを全滅させる必要はないぞ」


「分かってる」


「奴らが逃げるなら、追うでない」


「ああ」


 俺は頷いた。


「目的は討伐じゃない。安全に帰ることだからな」


 ユキが声を上げた。


「おうち!」


「そう。みんなで帰る」


「おみやげも!」


「そうだったな」


 ……そうだった。金貨一枚もした、ミナへの子狐のぬいぐるみ。あれを無事に届けるまでは、帰宅したことにならないらしい。


     ◇


 俺は車から降りた。結界の内側は静かだった。湖から吹く風が、草を揺らしている。遠くには水鳥の声。その向こうで、棘狼たちが低く唸っていた。


「……さて」


 俺は周囲を確認した。結界の外に、二頭の棘狼が近づいてきている。残りは少し離れた場所にいるようだ。


 スコープ越しに周囲を観察する。後方に他の人影はない。射線の先は、湖岸から離れた地面の続く区域だ。


 結界を挟んでいるため、相手はこちらへ飛びかかることが出来ない。だからこそ、焦る必要はない。


 俺は息を整えた。吸って、吐く。マインドフルネスの感覚が、自然に働く。

 

 ……怖い。だが、今何をすべきか分かっている。


     ◇


 最初の棘狼が、結界へ近づいた。

 グルルル……。牙を剥き、背中の棘を逆立てている。


「……悪いな」


 俺は小さく呟いた。


「こっちも、子供を守らなきゃならないんだ」


 俺はライフルを構えた。棘狼が、もう一度結界へ踏み込もうとする。


 次の瞬間。 ドンッ!


 銃声が湖岸へ響いた。棘狼の身体が崩れ、草地へ倒れる。俺はすぐに周囲を確認した。残りの群れが一斉に動く。


「……来るか?」


 だが、すぐには近づいてこない。数頭が後退し、茂みの陰へ入った。俺は倒れた個体を確認した。動かない、まず一頭。


     ◇


「おっちゃん!」


 車内からユキの声がした。


「どうした?」


「おっきな、おと!」


「ああ。ごめんな」


「ひさしぶり、びっくり」


「そうだな」


 さすがにセレナもびっくりしている様だ。


「魔法杖を使った攻撃魔法を想像していたのですが、あれだけの音がするとは思いませんでした」


「衝撃を加えると爆発する物質を使って、鉛の矢を飛ばす武器です」


「爆発……ですか、どうりで……」


 こびゃっこが横から言う。


「音は大きいが、こちらを守るための武器じゃ。安心されよ」


「はい」


 セレナが返事をすると、ユキも頷いた。


「おっちゃん、がんばれ」


「ああ」


 心強い声援を受けた俺は、もう一度群れを見る。棘狼たちは、こちらの様子を窺っていた。先頭の一頭を失ったことで、少し警戒しているようだ。


 だが、そのうちの一頭が突然走り出した。群れの中でも身体の大きな個体だ。結界の境界へ向かって、勢いよく跳びかかる。


 バチッ!


「ギャウッ!」


 青白い光が走る。棘狼は弾かれるように地面へ落ちたが、すぐに起き上がった。


「……まだ来るのか」


 もう一度、棘狼が身体を低くする。背中の棘が逆立つ。

 

 俺は呼吸を整えた。そして。

 ドンッ!二発目の銃声。


 棘狼は跳びかかる姿勢のまま崩れ、地面へ倒れた。


「……よし」


 俺は照準を外さず、周囲を確認した。残りの群れが動き出した。


     ◇


 ガサガサッ!

 草地の奥で、大きな音がした。二頭、三頭、さらに、その後ろ。棘狼たちが、次々と身を翻していく。


「……逃げるか」


 俺はライフルを下ろさず、動きを見守った。どうやら、これ以上こちらへ近づくつもりはないらしい。


 最後に一頭がこちらを振り返った。

 赤黒い目。黒い棘。低い唸り声。だが、その個体もやがて森の方へ走り去った。


「……ふう」


 俺はゆっくり息を吐いた。


「逃げたな」


 こびゃっこが車内から答える。


「うむ。全てではないかもしれぬが、見えていた群れは離れていった」


「数は?」


「最初に確認したのは、おおむね十頭じゃな」


「そうか」


「うち二頭を倒した。残りは逃走じゃ」


「……よし」


 俺はライフルを下ろした。群れを全滅させる必要はない。むしろ、余計な戦闘をせずに済んだことの方がありがたい。


 俺はしばらく草地を見渡した。新たな魔物は現れない。結界も安定している。


「……終わったかな」


     ◇


 その後も少し待ち、周囲に動くものがないことを確認してから、俺は倒した二頭の棘狼へ近づいた。


 もちろん、こびゃっこには結界を維持してもらっている。ユキもセレナも、まだ車内だ。棘狼の身体は、近くで見るとやはり大きい。


「……最初に見た時も思ったけど、やっぱり普通の狼じゃないよな」


 背中には黒い棘。口には鋭い牙。大型犬よりも、さらに一回り大きい。俺は鑑定を使った。


【総合鑑定】

名称:棘狼

読み:スパイキー・ウルフ

分類:魔物

状態:死亡

素材:皮、牙、棘、肉、魔石

魔石:体内に存在


 ……よし。魔石はある。ただし、今この場で解体する必要はない。俺は防護手袋を使い、二頭を順番に収納した。もちろん、死亡を確認してからだ。


「……これでよし」


 湖畔へ帰ってから、必要に応じて処理すればいい。現場へ長居する理由もない。


     ◇


「ヒカルよ」


 車へ戻ると、こびゃっこが言った。


「もうよいか?」


「ああ。結界を解いても大丈夫だと思う」


「そうか」


 地面に描いた鳥居紋結界と違い、術者本人の意思で結界の継続や解除ができるらしい。こびゃっこがユキを見る。


「ユキ。ご苦労じゃった」


「うん!」


「よく守ったのう」


「ムフー!」


 ユキが嬉しそうに胸を張る。こびゃっこが前足を軽く動かす。すると、周囲を囲んでいた鳥居紋の結界が、淡い光を残して消えていった。


「……おお」


 セレナが感心したように呟く。


「本当に見事な結界でした。防御結界魔法と違うのですね」


「やっぱりそうなの?」


「王国の結界術師でも、これほど簡単には……」


 俺は苦笑した。


「そこは白狐神と神使ですから」


 ユキが胸を張った。


「ユキ、えらい!」


「うん。偉い」


「こびゃっこも!」


「うむ!」


「おっちゃんも!」


「ありがとう」


 セレナが微笑む。


「皆さん、お疲れ様でした」


 ……それにしてもセレナ特使も冷静だったな。文官のイメージだけど、

戦闘の経験があるのかな?



     ◇


「さて。忘れないうちに記録しておくか」


 俺は運転席へ戻り、車の距離計を確認した。出発前、補給基地でトリップメーターをゼロに戻していた。現在の表示は、114.6キロメートル。


「……百十四・六キロか」


 セレナが覗き込む。


「それは?」

「東岸補給基地から、ここまで走った距離です」


「車が覚えているのですか?」


「まあ、そういうことです」


「……便利ですね」


 俺は手帳を取り出した。昨日、湖畔から補給基地まで走った距離も記録している。二百六十三・八キロメートル。


 もちろん、これは湖岸沿いの実際の走行距離で、直線距離ではない。俺は数字を確認した。


 263.8キロメートルから114.6キロメートルを引くと149.2キロメートル。


「湖畔までは、およそ百四十九キロだな」


「まだ随分ありますね」


 セレナが言った。


「まあ、馬なら相当な距離ですけど」


「車でも、まだ先は長いでしょう」


「そうですね」


 俺は手帳へ書き込んだ。


【湖岸南岸・棘狼遭遇地点記録】

・日付:七の月2日

・東岸補給基地からの走行距離:約114.6km

・湖畔拠点までの推定走行距離:約149.2km

・地形:湖岸沿いの草地、低い茂みあり

・確認魔物:棘狼、およそ10頭

・討伐:2頭

・逃走:残りの群れ

・周辺に人家・通行者なし

・備考:集団行動を確認。今後の通行時に注意。


 書き終えてから、俺はもう一度読み直した。


「……これでいいかな」


 こびゃっこが覗き込む。


「うむ。大事な記録じゃ」


「だろ?」


「次にここを通る者が、同じ目に遭わぬようにな」


「そういうこと」


 俺は手帳を閉じた。この辺りに棘狼の群れがいることが分かった。それだけでも、後でガランやロクたちへ知らせる価値はある。


 今後この湖岸が、白狐の里自治領と東岸補給基地を繋ぐ、重要な道となることになればなおさらだ。


     ◇


「おっちゃん」


「ん?」


「おみやげ」


「……ああ」


 ユキが真剣な顔をしている。


「ミナ、まってる」


「そうだな」


「はやく、かえる」


「分かった」


 俺は笑った。


「じゃあ帰ろう」


「うん!」


「みんな、ベルト確認」


「ユキ、よし!」


「びゃっこもよしじゃ!」


「セレナさん」


「はい。大丈夫です」


 俺もシートベルトを締めた。


 エンジンを始動する。ブルルル……。さっきまで棘狼たちがいた草地は、もう静かだった。俺は車をゆっくり走らせ始めた。


 そして、湖畔へ向かって西へ進む。


     ◇

 

 その後の道中は、特に大きな問題もなかった。湖岸の草地。小砂利の浜。ところどころにある浅い沢。昨日と同じような風景が続く。だが、さっきの遭遇があったので、いつも以上に周囲を確認しながら進んだ。


「ヒカルさん」


「はい?」


「さっきの棘狼ですが」


「ええ」


「王国側にも報告した方がよいでしょうか」


「そうですね」


 俺は頷いた。


「東岸補給基地から百キロ以上離れているので、すぐに基地の脅威になるとは限りらないけど……」


「はい」


「今後の湖岸通行に関わる情報だから、共有した方がいいでしょう」


「分かりました」


 セレナが記録帳を取り出した。


「湖畔へ戻ってから、アルノ殿と相談して正式な優先連絡事項にしましょう」


「お願いします」


 俺は前方を見る。


「それと、あの辺りに群れがいるなら、他にも魔物がいるかもしれない」


「可能性は確かに……」


「湖岸の道路を整備するなら、巡回や安全確認も必要になるか……」


 セレナが少し微笑む。


「ヒカルさん」


「はい?」


「また道路を造ることを考えていますね」


「……あ」


 俺は思わず笑った。


「もう職業病だな」


「工務店の技能をお持ちですものね」


「それもあるけど」


 俺は湖岸を見た。


「道が出来れば、人も物も動きやすくなりますから」


 セレナが頷いた。


「王国にとっても、大切な話になりそうです」

 

 こびゃっこが横から口を開いた。


「つまり、白狐神サービスエリアも必要じゃな!」


「今その話をするな!」


 ユキの耳が立った。


「さーびす!」


「覚えてたのか!」


「ごはん、たべるとこ!」


「……まず道だって!」


「だんどり!」


 ……まったく。ともあれ平和な車内へ戻ったな。そう思いつつ、一路、俺たちは里に向かった。


続く


     ◇


【第149話・収支報告】


異世界生活103日目

日付:七の月2日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,114,180pt


今回の新規購入:なし


今回支出合計:0pt


残高:3,114,180pt − 0pt =3,114,180pt

円換算目安:311,418,000円相当(1pt=100円)

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