第148話 白狐神お土産を買う
異世界生活103日目。
七の月2日の朝。
「おっちゃん」
「ん……?」
「おみやげ」
「……」
「ミナの」
「……ああ」
目が覚めた瞬間、昨日の宿題を突きつけられた。ここはオリエント王国軍、東岸補給基地の工事宿舎。その一室だ。
昨夜はアルテイ司令官との会談を終え、兵士や職人たちと夕食を共にして、そのまま泊めてもらった。
王都へ送る重要な報告書は、無事に軍の連絡経路へ乗せることが出来た。今日の仕事は、湖畔へ帰ることだけだ。……と思っていたのだが。
「おっちゃん」
「何?」
「ミナ、まってる」
「そうだったな」
「おみやげ、いる」
「……そうだな」
それまで軽く考えていた俺に対して、ユキが真剣な顔で頷く。
「やくそく」
……おっしゃる通りです。
昨日、湖畔を出発する前にミナが車へ乗りたがり、ユキがお姉ちゃんとして宥めてくれた。その時、俺がお土産を買って帰ることになったのだ。
いや、正確にはユキが約束して、俺が了承した。五歳児の交渉術、恐るべし。
「おっちゃん」
「ん?」
「ミナ、なに、すき?」
「そうだなあ」
小さくて、可愛いものかな。ミナは狐族の三歳児だ。ぬいぐるみでもあれば喜びそうだが、この世界では日本のように玩具店がそこらにあるわけではない。それこそ王都や、少し大きな街まで行く必要があるかもしれない。
「……近くの街へ寄ってみるか」
「まち?」
「ああ。子供の玩具が売ってるかもしれないし」
「ユキも、いく!」
「みんなで行くつもりだよ」
ユキが胸を張った。
「おみやげ、だんどり」
「はいはい」
すると、部屋の隅に置いた籐籠から声がした。
「ヒカルよ」
「おっ、起きてたか」
「びゃっこへの土産も忘れるでないぞ」
「お前、一緒に来てるだろ」
「旅の思い出は重要じゃ!」
「昨日、専用席で満足してたろ」
「あれは移動用の装備じゃ!」
「じゃあ、何が欲しいんだ?」
「そうじゃのう……」
こびゃっこが考え始めた。……朝から面倒な神使だな。
◇
朝食は、昨日と同じ工事宿舎の食堂でいただいた。メニューはパン、卵料理、野菜の煮込み、それに温かい香草茶。ユキはパンを煮込みへ浸しながら、機嫌よく食べている。
「うんみゃあ!」
「それはよかったです」
向かいに座ったアルテイ司令官が、嬉しそうに微笑んだ。
昨日はユキが何か言うたびに感激していたが、一晩経って少し落ち着いたようだ。……少しだけ。
「アルテイ」
「はい!」
「ごはん、えらい」
「……ありがとうございます!」
やっぱり駄目かもしれない。セレナが笑いを堪えながら紅茶に似た香草茶を飲んでいた。
「ところで司令官」
俺はパンを置いた。
「この近くに、市場のある街はありますか?」
「街ですか?」
「ええ。帰る前に少し買い物をしたくて」
「どのような品でしょう」
「子供へのお土産です。玩具とか、小さな雑貨があれば」
「なるほど」
アルテイが考える。
「湖岸から離れれば小さな集落はありますが、品揃えのよい商店となると、さらに東へ進む必要がありますな」
「やっぱりそうですか」
「ただ……」
「ただ?」
「今日は商人が来る予定です」
「商人?」
「はい。王都からの移動販売の馬車隊です」
俺は顔を上げた。
「ここへ?」
「ええ。月に何度か来ます。王国軍の正式な補給輸送とは別ですが」
「補給とは別?」
「兵士や工事作業員向けの販売ですな」
アルテイが説明してくれた。東岸補給基地には兵士だけでなく、建設に従事する職人たちも多い。
食糧や軍需品は王国軍が手配するが、個人が欲しい日用品や嗜好品まですべて軍が用意するわけではない。
そこで、王都の商人が定期的に馬車で訪れ、商品を販売するのだという。
「甘い菓子、酒、香草茶、裁縫用品、櫛、石鹸、それに雑貨類などです」
「なるほど」
「本日も、午前中に到着する予定です」
……おお。これは助かった。
「玩具もありますかね?」
「どうでしょう。商人へ尋ねてみるとよいでしょう」
ユキの耳が立った。
「おっちゃん!」
「ん?」
「おみやげ!」
「ああ。買えそうだな」
「ミナの!」
「そう」
こびゃっこも前足を上げた。
「びゃっこの分もじゃ!」
「まだ言うか!」
◇
朝食後、俺たちは帰りの準備を始めた。アルテイ司令官が用意してくれた部屋を片付け、忘れ物がないか確認。
それからピックアップトラックの点検だ。黒い車体は昨日の湖岸走行で少し砂埃を被っていたが、大きな異常はない。タイヤ、車体の下、液量、灯火類を確認する。
「おっちゃん」
「何?」
「ユキも、てんけん」
「じゃあ、車の周りを一緒に見ようか」
「うん!」
ユキが小さな双眼鏡を首から下げ、俺の隣を歩く。
「まえ、よし」
「よし」
「うしろ、よし」
「よし」
「タイヤも、よしっと」
「たいあ、よし!」
「合格だな」
こびゃっこが専用席へ入ろうとする。
「びゃっこも準備完了じゃ!」
「まだ出発しないぞ」
「む?」
「商人が来るまで待つんだよ」
「おお!そうじゃった!」
「みんな、おみやげ」
ユキが頷いた。
「おかいもの!」
◇
しばらくすると、基地の東門が騒がしくなった。見張り台から声が飛ぶ。
「王都方面より馬車隊!」
外へ出ると、数台の幌馬車が列を作って近づいてきていた。先頭には、護衛らしい二人の騎馬。後ろには荷を積んだ馬車が続いている。
馬車の側面には商会の印が描かれ、幌の下から木箱や布袋が覗いていた。
「おっちゃん!」
ユキが車から降りてきた。
「うま、いっぱい!」
「そうだな」
「おみせ?」
「ああ。これから店を出すんだと思う」
セレナも隣へ来た。
「王都の移動販売商会ですね」
「知ってるんですか?」
「軍の駐屯地へ出入りする商人として、許可を受けているところがあります」
「なるほど」
オルダが門の方から歩いてきた。
「守護者殿。ちょうど商人が到着しました」
「ありがとうございます」
「販売場所は、宿舎の東側です。準備が整うまで少しかかると思いますが」
「構いません」
「ただし……」
「何です?」
オルダが後部座席に浮かんでいるこびゃっこを見ると、ビクッと反応した。
「……!し、神使様も、その……お買い物を?」
「当然じゃ!」
「……承知しました」
……昨日からオルダの驚き方が、少し控えめになってきた。人間、慣れるものだな。……うん。そう思いたい。
◇
商人たちは、手慣れた様子で店を広げ始めた。馬車から折り畳み式の台を下ろし、木箱を並べる。
布を張って簡易の日除けを作り、商品を種類ごとに整理していく。
干した果物。
焼き菓子。
香辛料。
茶葉。
酒。
石鹸。
手袋。
櫛。
針と糸。
革の小物。
……思っていたより、ずっと品揃えがいい。
「へえ」
俺が感心していると、恰幅のよい中年の商人が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「子供向けの玩具はありますか?」
「玩具でございますか」
商人が俺たちを見る。ユキとセレナ。何故かこびゃっこの姿が見えない。何処行ったんだ?
「お子様への贈り物で?」
「ええ。三歳くらいの女の子へ」
「なるほど。それでしたら、少々お待ちください」
商人は後ろの馬車へ向かった。ユキが俺の袖を引く。
「おっちゃん」
「ん?」
「ある?」
「あるみたいだな」
「ミナの!」
「そうだ」
「やった!ムフー」
尻尾が嬉しそうに揺れた。
◇
商人は、小さな木箱を抱えて戻ってきた。
「こちらは、道中の街で販売する予定の商品でございます」
「基地で売るものとは別なんですね」
「はい。兵士の方々にはあまり需要がありませんので」
木箱を開けると、中には、小さな木製の馬や鳥、紐を引いて遊ぶ車輪付きの玩具、布で作られた人形などが並んでいた。
「おお」
俺は思わず声を漏らした。
「ちゃんとあるんですね」
「もちろんでございます。子供のいる街にも寄りますので」
ユキが目を輝かせた。
「おっちゃん!」
「ん?」
「おもちゃ!」
「そうだな」
「ミナ、よろこぶ?」
「きっとな」
すると商人が、別の箱を開けた。
「もし上等な贈り物をお探しでしたら、こちらもございます」
商人は、布に包まれた品を丁寧に取り出す。
……おお。俺は思わず身を乗り出した。それは、小さな子狐のぬいぐるみだった。柔らかな淡い茶色の布。白い胸元。丸みを持たせた耳。ふっくらした尻尾。黒い糸で丁寧に縫われた目と鼻。手のひらより少し大きい程度だが、形も表情もよく出来ている。
「へえ……」
「貴族のお子様向けに、腕のよい職人が仕立てた布玩具でございます」
「布玩具」
「はい。中には柔らかな綿を詰めております」
俺は手に取ってみた。ふわっとした感触。縫い目も細かい。この世界に工業製品のぬいぐるみはないだろうと思っていたが、職人の手仕事によるものは存在するらしい。しかも、なかなかの完成度だ。
「ユキ」
「うん!」
「これ、どう?」
ユキが子狐のぬいぐるみを見つめる。
「……」
両手を伸ばし、そっと抱えた。
「……かわいい」
「そうだな」
「ミナ、きつね」
「ああ」
「これも、きつね!」
「うん」
ユキが俺を見上げた。
「おっちゃん」
「どうだ?」
「ミナ、これ!」
「決まりだな」
……即決だった。
◇
「お値段は?」
俺が尋ねると、商人は背筋を伸ばした。
「金貨一枚でございます」
「……金貨一枚?」
「はい」
……多分、高い。いや、手作りの高級品なら仕方ないのか?
俺はもう一度ぬいぐるみを見る。縫い目は細かく、布にも安っぽさはない。綿の詰め方も均一だ。それに、ミナへのお土産だ。
「分かりました。買います」
「ありがとうございます!」
俺は収納から革袋を取り出した。ロイドが王都へ出発する前、バーモント商会向けの商品の代金として受け取った金貨だ。
米、カレールー、調味料、雑貨類。
あの商談では、ロイドが想像以上の金額を提示してきたので驚いたものだ。魔石ポイントとは別に、王国通貨の現金をようやく使う機会が来たな。
俺は袋から金貨を一枚取り出す。
「これで」
「確かに」
商人が金貨を確認し、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。贈り物用に包みましょうか?」
「お願いします」
「承知しました」
ユキが満足そうに頷く。
「ミナの!」
「そう」
「おっちゃん、えらい!」
「ありがとう」
……金貨一枚の評価、いただきました。
◇
その時だった。
「ほう。なかなかよく出来ておるのう」
横から声がした。振り返ると、こびゃっこが商品の陳列台の上に乗っていた。……いつの間に。しかも、布人形の並んでいる棚の真ん中に座り、偉そうに腕を組んでいる。
「こびゃっこ」
「何じゃ?」
「商品に混じるな」
「いや、これを見よ。布の縫い方も、綿の詰め方も悪くないぞ」
「職人さんの手作りらしいからな」
「うむ。たいしたものじゃ」
商人が戻ってきた。
「お待たせいたしました。贈答用の包みが――」
そこで言葉が止まった。
「……あれ?」
商人が陳列台を見る。子狐の布玩具、鳥の布玩具、人形。そして、その真ん中に座る白狐のこびゃっこ。
「……こんな布玩具も、積んでおりましたかな?」
商人が首を傾げた。
……あ。こびゃっこが、にやりと笑った。
「びゃっこは非売品じゃぞ」
「……え?」
ふわりと、こびゃっこが陳列台から浮き上がった。
「ひええええっ!」
商人が飛び退いた。持っていた包装用の布が、ぱさりと地面へ落ちる。
「ぬ、ぬ、布玩具が!」
「守護神使じゃ!」
「しゃ、喋った!」
「当たり前じゃ!」
「浮いている!」
「いつものことじゃ!」
「いつものことって言われても!」
……そりゃそうだ。商人は尻餅こそつかなかったものの、腰を抜かしかけている。セレナが慌てて間へ入った。
「ご安心ください。こちらは白狐神の守護神使、こびゃっこ様です」
「……守護神使?」
「はい」
商人はこびゃっこを見る。
そしてユキを見る。
白い狐耳。
白い尻尾。
小さな子供。
「……まさか」
商人の顔色が変わった。
「こちらのお嬢様は……?」
ユキが手を上げた。
「ユキ!」
「……」
「ユキは、ユキ!」
「……白狐神様?」
「うん!」
商人がその場で膝をつこうとした。
「お待ちください!」
セレナが止める。
「お取引の途中ですから、まずはお立ちください」
「は、はい!」
……昨日も見た光景だな。こびゃっこが陳列台の上で胸を張った。
「びゃっこの出来栄えはどうじゃ?」
「……で、出来栄えでございますか?」
「この布玩具と比べてじゃ」
商人が困り果てた顔で答える。
「そ、それはもう、素晴らしいとしか……」
「うむ!」
俺はため息をついた。
「こびゃっこ。商人さんを困らせるな」
「いや、なんだかんだ言っても、びゃっこの今の依代はぬいぐるみじゃ。折角だから布玩具の専門家の意見も聞いておきたくてのう」
「お前自身の専門は神事だしな」
「撮影もじゃ!」
「最近はそっちが本業みたいだけどな」
ユキが子狐のぬいぐるみを抱えたまま、こびゃっこを見た。
「こびゃっこ」
「何じゃ?」
「おみせ、じゃま」
「……すまんの」
商人が目を丸くした。五歳の白狐神に注意され、素直に棚から下りる守護神使。……まあ、これも湖畔の日常だ。
◇
「ところで」
俺は商人へ向き直った。
「他にも買い物をしたいんですが」
「は、はい! 何なりと!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「しかし白狐神様の御連れ様ですから……!」
「今日は普通の客ですから」
商人は少し落ち着いた。
「……失礼しました。では、何をお探しでしょう?」
「湖畔にいる仲間たちへのお土産です」
「何名ほどで?」
「……」
俺は指を折り始めた。ラウル、ミナ、テオ、ミーシャ、トト、ニナ。それからリリア、マリベル、アルノ、マルタ。グレゴール、ドラン、ボルガ。ガラン、ロク、リーファ、ミネット。工事職人たちに、ハンターチーム。レオンと近衛騎士団……。
「結構な人数ですね」
「……何十人かいます」
「何十人!」
商人が目を見開いた。
「それは、大口のお取引でございますな!」
「一人ずつ高級品を買うわけじゃないですよ」
「もちろんでございます!」
急に商人の目が輝き始めた。……ああ、これ、ロイドと似た空気を感じる。
◇
まずは子供たちだ。ミナの子狐のぬいぐるみは確保済み。ミーシャには、小さな花模様のついた布製の小物入れを選んだ。
「ミーシャは料理の手伝いもしてくれるから、ちょっとした道具を入れられるものがいいかな」
セレナが品物を見る。
「可愛らしいですね」
「そうでしょう?」
トトには、絵を描くための小さな紙束を綴じた手帳。この世界の紙は日本製ほど滑らかではないが、手作りの紙ならではの風合いがある。
「トト、よろこぶ」
ユキが言った。
「そうだな。絵を描くのが好きだから」
ニナには、革製の小さな工具袋を選んだ。腰へ吊るすものではなく、細かな金具や小物を入れておく袋だ。
「ニナ、どうぐ!」
「そうだな」
「えらい!」
「今回は使う道具じゃなくて、入れる袋だけどな」
テオには、木で出来た小さな車輪付きの玩具を選んだ。昨日、車を動かしてみたいと言っていたからだ。ユキがころころ転がしてみる。
「くるま!」
「そうだな」
「テオ、のる?」
「これは乗れないけどな」
「む」
「でも、遊べる」
「なら、よし」
……判定が早い。
◇
「ユキ様へのお品も、いかがでしょう?」
商人が訊いた。
「そうだな」
俺はユキを見る。
「ユキも何か一つ選ぶか?」
「ユキも?」
「ああ。今日のお出かけ記念」
「ムフー!」
ユキは商品をじっと見つめた。木製の玩具。布人形。小さな鈴。飾り紐。しばらく悩んでから、一つを指差す。
「んー、これ!」
「ん?」
それは、小さな木製の鳥の玩具だった。台の上に鳥が二羽並び、指で押すと首が交互に揺れる仕組みになっている。
「おお、これか」
「とり!」
「そうだな」
「こっち、ぺこり」
ユキが鳥の頭を押す。コクン。反対側の鳥が上がる。
「こっち、ぺこり!」
コクン。
「……」
ユキの目が輝いた。
「おっちゃん!」
「ああ」
「おもしろい!」
「それにするか?」
「うん!」
……やっぱり子供だな。神様でも、こういう玩具は楽しいらしい。
◇
「びゃっこの分は?」
こびゃっこが、いつの間にか横にいた。
「忘れてないよ」
「うむ!」
「何が欲しい?」
「……」
こびゃっこが商品を見渡す。そして、一つの小さな鈴へ目を留めた。
「これがよい」
「鈴?」
「うむ。音がなかなかよい」
指先で軽く鳴らす。チリン。澄んだ音だった。
「神使様なら、お守り袋などに付ける鈴としてもよろしいかと」
そう商人が勧めると、俺は思い出し笑いをしてしまう。
「首に鈴をつけて、交通安全のお守りになってぶら下がるか?」
「だから、びゃっこ自身をお守りにするでない!」
「まあ、鈴だけでもいいだろ」
「……うむ。鈴はよい」
「じゃあ決まりだ」
ユキが頷く。
「こびゃっこ、ちりん」
「うむ!」
「くび、つける?」
「首には付けぬぞ!」
……居所が直ぐに分かるから、出来ればつけて欲しいのだが
◇
セレナには、薄い青色の石をあしらった髪留めを選んだ。
「ヒカルさん、私の分まで?」
「ええ。お世話になってますから」
「それはこちらの台詞なのですが」
「まあ、記念ということで」
セレナは髪留めを手に取り、少し微笑んだ。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「似合うと思いますよ」
「……ふふ。そうですか?」
こびゃっこが横から言う。
「ほう。無趣味だった男でも、おなごに贈り物をするのじゃな」
「大きなお世話だ。そう言う意味じゃない」
「どう言う意味なのかのう」
「やかましい」
セレナが笑った。
◇
大人たちの分も選んでいく。リリアとマルタには、香りの異なる石鹸。アルノには、革製の書類留め。マリベルには、薬草を入れる小さな布袋と、手仕事で作られた栞。
ガランとドラン、ボルガには、王都の職人が作った金属製の小さな杯。
グレゴール、エリオット、カイルとレイル、そしてバドルには、細かな木彫りの飾りが施された木製の工具箱。ロクとリーファ、オルフェン、セルドとフィンには、野外でも使いやすい革紐が付いた小物入れ。
ナージャには、猫の意匠が彫られた木製の髪飾りを選んだが、ミネットは何にしようか?
「猫族の方への贈り物ですか?」
商人が訊く。
「そうです」
「それでしたら、こちらも人気でございます」
小さな魚の形をした木製の髪飾りを見せてきた。
「……魚?」
「はい」
俺は少し考えた。釣り、魚、ミネット。おさかなくわえた何とやら……。
「それもお願いします」
「ありがとうございます!」
ユキが横から言った。
「ミネット、たぶん、さかなにゃー!いう」
「そうだな」
……喜ぶか、からかわれたと思うか。まあ半分賭けだな。
◇
ラウルには、小さな革表紙の手帳を選んだ。まだ身体が完全に回復したわけではないが、今後、ロックパームの前進基地に戻るにあたって、報告事項をまとめなければならないだろう。もちろん筆記具は別に用意するつもりだ。
騎士団には個別の贈り物ではなく、全員で分けられる菓子と茶葉の箱を用意した。レオンやベルタを含め、近衛全員への土産だ。
「……これで全員かな」
俺が呟くと、セレナが笑った。
「かなりの量になりましたね」
「そうですね」
商人も満足そうに頷いている。
「これほどたくさんお買い上げいただけるとは、ありがたい限りでございます」
「こちらも助かりました」
「それでは、お代金の確認を」
「お願いします」
商人が品目を一つずつ読み上げ、帳面へ記入していく。俺はロイドから受け取った金貨の袋を取り出した。支払う金貨と銀貨を確かめ、品物と代金を照合する。
「確かにお受け取りいたしました」
「ありがとう」
「こちらこそ!」
商品を収納へしまうと、商人の目が丸くなった。
「……おお!収納をお持ちでしたか。結構な容量があるようですね」
「はい、まあ……そこそこ」
「やはり収納は便利でございますな……」
「便利ですよ」
……容量無制限の時間経過なしとは言えないな。これ以上、混乱させたくないしな。
◇
「そうだ」
買い物を終えたところで、俺は思い出した。
「こびゃっこ」
「何じゃ?」
「記念撮影でもするか?」
「……!」
こびゃっこの耳がぴんと立った。
「撮影じゃと?」
「ああ。東岸補給基地で買い物した記念だ」
「それは重要じゃ!」
「ただし、商人さんと司令官の許可を取ってからな」
「分かっておる!」
……本当に分かっているのか?
アルテイ司令官を呼んでもらい、説明する。当然写真が何なのか分からないのでまずはそこから説明。
アルテイは不思議そうな顔をしつつも、軍事設備が写り込まない場所なら撮影してよいと許可を得た。
商人にも確認する。
「記念写真を撮ってもよろしいですか?」
「しゃしん……?」
俺はデジタルカメラを出して説明した。
「姿を絵のように記録する道具です」
「……異界の魔道具の様なものですか?」
「……まあ、そんな感じです」
「……なるほど」
商人が少し考える。
「私も写るのでしょうか?」
「問題なければ」
「ぜひ!お願いします」
……商人だなあ。記録に残ると聞いた途端、姿勢がよくなった。
◇
撮影場所は、宿舎から少し離れた草地にした。背景には湖。軍の見張り台や門などは写らない角度を選ぶ。
俺は三脚を立て、カメラの位置を調整した。
「こびゃっこ」
「うむ!」
「まず普通に撮ろう」
「任せよ!」
ユキは買ってもらった木製の鳥の玩具を持ち、セレナは髪留めを手にしている。商人も少し離れて並んだ。
「では、撮るのじゃ」
こびゃっこがタイマーを設定し、ふわりと飛んでみんなの横へ並ぶ。
「皆の者、笑顔じゃ」
パシャッ!
「おお!」
商人が目を見開いた。
「今、何が?」
「撮影です」
俺はカメラの画面を見せた。
「……!」
商人が固まった。
「わ、私が……!」
「そうです」
「こんなに鮮明に!」
「そういう道具です」
ユキが画面を覗き込む。
「ユキ!」
「そう」
「セレナ!」
「はい」
「こびゃっこ!」
「うむ!」
「おっちゃん!」
「ああ」
商人が感心したように呟いた。
「……異界の道具とは、すごいものですな」
……ロイドなら、ここから商談を始めるんだろうな。そのつもりはないけど。
◇
「ヒカル!」
こびゃっこが声を上げた。
「何?」
「次はお主が、びゃっこを中心に撮るのじゃ!」
「何で?」
「神使記念撮影じゃ!」
「さっき撮っただろ」
「神使が主役の写真も必要じゃ!」
「……はいはい」
俺はユキを見る。
「ユキ、どうする?」
「こびゃっこ、まんなか!」
「おお!」
「でも」
「む?」
「おみせの、じゃま、だめ」
「分かっておる!」
結局、こびゃっこを中央へ置き、もう一枚撮ることにした。
ユキとセレナ、それに商人が並ぶ。こびゃっこは少し浮き上がり、胸を張る。
「守護神使こびゃっこ、東岸に参上じゃ!」
パシャッ!
……。
画面には、実に偉そうな白狐のぬいぐるみが写っていた。
「こびゃっこ」
「何じゃ?」
「布玩具の広告みたいだぞ」
「またそれを言うか!」
商人が笑い始めた。
「確かに、素晴らしい布玩具でございますな!」
「だから布玩具ではないと、言うておろう!」
ユキが笑っている。
「こびゃっこ、かわいい!」
「……む」
こびゃっこの尻尾が揺れた。
「まあ、可愛いのは否定せぬがのう」
「否定するのかしないのか、どっちだよ」
◇
買い物と撮影を終えた頃には、商人の店も随分賑わっていた。兵士たちが菓子や酒を買い、職人たちは裁縫用品や石鹸を選んでいる。
俺たちはアルテイ司令官とオルダへ挨拶をした。
「昨日から、お世話になりました」
「こちらこそ」
アルテイが深く頭を下げる。
「白狐神様をお迎え出来たこと、生涯忘れません」
「……大げさですよ」
「大げさではありません!」
……おお。まだ熱いな。ユキがアルテイを見上げた。
「アルテイ」
「はい!」
「おしごと、がんばる」
「もちろんです!」
「むり、だめ」
「……はい」
「ごはん、たべる」
「承知しました!」
「ちゃんと、ねる」
「……はい!」
俺は思わず笑った。
「司令官、生活指導まで入りましたね」
「ありがたきお言葉です!」
こびゃっこが横から頷いた。
「白狐神の言葉は大切にするのじゃぞ」
「はい!」
◇
「そうだ。司令官」
俺は少し真面目な顔になった。
「昨日の報告書についてですが」
「はい」
「王都から返事が来る前でも、不審な動きがあれば知らせてください」
「承知しています」
「無理に調査隊へ接触しないことも」
「はい。部隊へ徹底します」
「ありがとうございます」
アルテイが頷いた。
「それから、白狐の里との連絡経路についても、王都へ改善を進言しておきます」
「助かります」
「馬で四日かかる場所では、情報が届く頃には状況が変わっている可能性もありますからな」
「そうですね」
「もっとも……」
アルテイが黒いピックアップトラックを見る。
「守護者殿には、半日の道のりでしたが」
「まあ、車がありますから」
「……便利という言葉では足りませんな」
……セレナと同じことを言っている。
◇
最後に、ユキが商人へ手を振った。
「おじちゃん!」
「はい!」
「おみやげ、ありがと!」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
商人が笑った。
「ミナ、よろこぶ!」
「それは何よりでございます」
「またね!」
「はい! またお越しください!」
こびゃっこも前足を上げる。
「今度はもっと立派な布玩具を用意しておくのじゃ!」
「承知しました!」
「ただし、びゃっこより立派なものは困るぞ!」
「……それは、難しいご注文ですな」
「こびゃっこ!商人さんを困らせるな」
笑い声が上がった。俺は車へ乗り込み、全員のシートベルトと固定を確認する。
「ユキ」
「よし!」
「こびゃっこ」
「よしじゃ!」
「セレナさん」
「大丈夫です」
「それじゃ、帰りますか」
ユキが胸を張った。
「おうちへ、しゅっぱつ!」
「ああ」
「ミナ、まってる!」
「そうだな」
「おみやげ!」
「ちゃんと買ったぞ」
「ムフー!」
黒いピックアップトラックは、東岸補給基地を離れ、大湖の南岸へ向かって走り始めた。
◇
帰り道も、湖面は穏やかだった。来た時と同じように、南岸の草地と小砂利の浜を走る。大きな障害物は見当たらない。時折、草地に小さな起伏がある程度だ。
「おっちゃん」
「ん?」
「ミナ、よろこぶ?」
「絶対喜ぶと思うぞ」
「きつね!」
「そう。可愛い子狐だ」
「ミナも、きつね」
「ああ」
ユキが嬉しそうに頷く。
「おそろい!」
「……お揃い?」
「ミナ、きつね。おもちゃも、きつね!そして、ユキもきつね!」
「そういうことか」
こびゃっこが横から言った。
「びゃっこも狐じゃ!」
「お前もな」
「つまり、おもちゃを入れて狐が四匹じゃ!」
「二匹は神様と神使だけどな」
「全部神聖な狐じゃ!」
「ミナは普通の三歳児だぞ」
「将来は分からぬぞ!」
「勝手に神格化するな!」
ユキが笑った。
◇
しばらく走ったところで、セレナが昨日の報告について話し始めた。
「ヒカルさん」
「はい?」
「昨日、アルテイ司令官へ正式に報告出来たことで、王国側も準備を進められますね」
「そうですね」
「陛下へも、早馬で届くはずです」
「ああ」
俺は前方の地形を確認しながら答えた。
「ただ、八の月1日まで、あまり余裕はありません」
「確かに。魔導兵器が本当に来るのか、どの経路を通るのか。それが分からないと、具体的な準備もしづらい」
「そうですね」
「だからこそ、情報が必要なんです」
セレナが頷いた。
「ロイド殿も、今頃は王都で調査を進めているでしょう」
「そうだといいですね」
ロイド。銀狐族の王族で、商人で、密偵。あの男なら、きっと何かを掴んでくれるだろう。……とはいえ、無理はしてほしくない。
「シオンも、ガルムも」
俺は小さく呟いた。
「どこかで生きていてくれればいいんですけどね」
セレナはしばらく黙っていた。
「……はい」
それ以上は何も言わなかった。
◇
昼過ぎ。湖岸の草地を走っていると、ユキが窓の外を見ながら歌うように呟き始めた。
「ミナに、きつね」
「うん」
「ミーシャに、ふくろ」
「そう」
「トトに、かみ」
「よく覚えてるな」
「ニナに、どうぐ」
「工具袋な」
「テオに、くるま!」
「そうだ」
ユキが指を折る。
「リリアに、いいにおい」
「石鹸」
「マルタも!」
「うん」
「こびゃっこに、ちりん」
「うむ!」
「セレナ、きらきら」
「ありがとうございます、ユキ」
セレナが助手席で微笑んだ。
「おっちゃんは?」
「……ん?」
俺は少し考えた。
「俺には何も買ってないな」
「む」
ユキの耳が動く。
「おっちゃん、おみやげ、ない?」
「みんなの買い物で忙しかったからな」
「……」
ユキが少し考えた。
「ユキ、おっちゃんに、あげる」
「何を?」
「とり」
「え?」
「ユキの、とり」
……。
俺は思わずルームミラー越しにユキを見た。ユキは、自分の買ってもらった木製の鳥の玩具を大事そうに抱えている。
「いや、それはユキのだろ」
「おっちゃんに、かしてあげる」
「貸してくれるのか」
「うん!」
「ありがとう」
ユキが満足そうに頷いた。
「おっちゃん、えらい」
「……はは」
こびゃっこが横から言う。
「ヒカルよ」
「何?」
「よい子に育っておるのう」
「そうだな」
「誰に似たのじゃろうな」
「……さあな」
俺は少し笑った。
◇
その時だった。前方の草地で、何かが動いた。
「……ん?」
俺はアクセルを緩めた。湖岸沿いの広い草地。少し先に低い茂みがあり、その向こうに黒っぽい影が見える。
鹿か?いや、違う。
「ヒカルさん?」
セレナがこちらを見た。
「何かいます」
俺は車の速度をさらに落とした。茂みの向こうから、一頭の獣が姿を現した。
狼に似た身体。普通の狼よりも大きい。背中には、黒く鋭い棘。赤黒い目。低く唸る口元から、涎が垂れている。
……。
「……棘狼?」
俺は思わず呟いた。スパイキーウルフ。この世界へ来て、初めて遭遇した魔物。あの日、ユキを守ろうとして初めて銃を向けた相手だ。
そして、レイシス皇国へ移動する途中も遭遇している。まさか、こんな場所で再会するとはな。
◇
「おっちゃん」
後部座席からユキの声がした。
「ん?」
「まもの?」
「ああ」
「とげとげ」
「そうだな」
こびゃっこも窓の外を見た。
「……む」
「知ってるだろ?」
「当然じゃ。久しぶりに見るのう」
俺は車を停止させた。前方には棘狼が一頭。こちらをじっと見ている。俺は鑑定を使った。
【総合鑑定】
名称:棘狼
読み:スパイキー・ウルフ
分類:魔物
危険度:低〜中
状態:興奮、空腹
特徴:背中に黒い棘を持つ狼型魔物
推奨:距離を取り、落ち着いて対処してください。
……やっぱりか。
「セレナさん」
「はい」
「棘狼です。少し様子を見ます」
「承知しました」
「ユキ、シートベルトは外すなよ」
「うん」
「こびゃっこもな」
「分かっておる」
俺は周囲を確認した。一頭だけなら、車内にいる限りすぐ危険になることはないだろう。
だが、狼型の魔物だ。群れで行動している可能性もある。そう思った瞬間。茂みが、もう一度揺れた。
「……おいおい」
二頭目。さらに、その後ろから三頭目。少し離れた草地にも、黒い棘を持つ影が見えた。セレナが息を呑む。
「……ヒカルさん」
「ああ」
俺はハンドルを握り直した。最初の一頭が低く唸る。それに応えるように、別の場所からも唸り声が上がった。車の前方、右側の茂み、そして、湖岸寄りの草地。……囲まれ始めている。
「おっちゃん」
ユキが静かに呼んだ。
「ん?」
「いっぱい」
「ああ。群れだな」
「こわい?」
俺は少し考えた。
「正直、ちょっとな」
「でも」
「ん?」
「おっちゃん、いる」
「……ああ」
「こびゃっこも」
「うむ!」
「セレナも」
「はい」
ユキが頷いた。
「なら、だいじょうぶ」
俺は小さく息を吐いた。初めて棘狼に遭遇した時、俺はこの世界のことを何も知らなかった。ユキを守る方法すら、手探りだった。
あれから百日以上。今は仲間もいる。道具もある。出来ることも、増えた。……だからといって、無茶をしていいわけじゃない。
「さて……」
俺は再び周囲を見渡した。背中の黒い棘を逆立てた狼たちが、こちらを見つめている。そのうちの一頭が、ゆっくりと前へ出た。
低い唸り声に赤黒い目。剥き出しになった牙。そして、さらに奥の茂みが大きく揺れた。
「……まだいるのか」
俺は車内の三人を確認した。
「みんな、動かないでくれ」
セレナが頷く。
「はい」
ユキも頷いた。
「ばたばた、しない」
こびゃっこが、いつになく真剣な声で答えた。
「うむ。まずは群れの数を確かめるのじゃ」
俺は視線を前方へ戻した。湖岸の草地で、棘狼の群れがピックアップトラックを取り囲もうとしていた。
……やれやれ。お土産を買って、のんびり帰るだけのはずだったんだがな。
続く
◇
【第148話・収支報告】
異世界生活103日目
日付:七の月2日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,114,180pt
今回の魔石ポイントによる新規購入:なし
今回の王国通貨による支出:移動販売商人からのお土産購入。
ミナ用・高級子狐布玩具:金貨1枚
その他の玩具、雑貨、石鹸、菓子、茶葉など:購入済み(金額未確定)
支払い:第118話でロイドから受け取った王国金貨などを使用
写真撮影:既存のデジタルカメラと三脚を使用
今回の魔石ポイント支出:0pt
終了残高:3,114,180pt




