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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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142/151

第141話 白狐神と姉妹の休日


 異世界生活100日目。

 六の月29日の朝。


 ぺち。


「……ん?」


 ぺち。ぺち。


「おっちゃん」


「……あと五分」


「おっちゃん、おきる」


 ぺち。


「休日なんだから、もう少し寝かせてくれ……」


「きょう、つり」


「釣りは逃げない……」


「おさかな、にげる」


「……それは確かに」


 ぺち。ぺち。


 観念して目を開けると、目の前いっぱいにユキの顔があった。


 白いおかっぱ頭に狐耳。金色の虹彩が入った黒い瞳。いつもの大きな白い尻尾。


「……おはよう」


「おはよ、おっちゃん」


「この間と同じ起こし方だな」


「ぺちぺち」


「技に名前が付いたのか?」


「おっちゃん、おこす、わざ」


「五歳児に専用の起床技を開発される四十歳……」


 ユキは満足そうに頷いた。


「きょう、ミナ、つり」


「ああ。昨日テオとトトが約束したからな」


「ユキも、おねえちゃん」


「ミナの?」


「うん」


「ちゃんと面倒見てくれる?」


「みる!」


「湖へ勝手に近づかせないこと」


「うん」


「釣針も触らせない」


「うん」


「疲れたら休憩させる」


「うん」


「ユキも休むこと」


「……む」


「そこは返事が遅いぞ」


「ユキ、かんとく」


「今日は休日だぞ」


「……おねえちゃん」


「ああ。それならいい」


 ユキは俺の頬へもう一度手を伸ばした。


「もう起きてる」


 ぺちぺち。


「何で叩く」


「おまけ」


「いらないおまけだから」


◇


 間の籐籠では、こびゃっこが仰向けになって寝ていた。前足も後ろ足も上。尻尾は籠の縁からはみ出し、口元が少し緩んでいる。


「相変わらずこいつは休日を満喫してるな」


「こびゃっこ、ねてる」


「昨日は撮影もしてたしな」


 すると籐籠から声がした。


「……森が……呼んでおる……」


「ん?」


「……大きな……もふもふが……」


 ユキの耳が立つ。


「もふもふ?」


「……傘を……貸すのじゃ……」


「……おい」


「……びゃっこは……森の王……むにゃ……」


「どんな夢見てるんだよ」


 俺が籐籠を覗き込むと、こびゃっこが片目を開けた。


「……何じゃ。もう朝か」


「お前、また映画の夢か?」


「む?」


「森とか傘とか言ってたぞ」


こびゃっこが急に起き上がる。


「おお!」


「何?」


「思い出した!」


「何を?」


「今日の映画じゃ!」


「朝から?」


「千年ぶりに見るのじゃ。朝から準備して何が悪い!」


「上映するのは午後だぞ」


「なら、今から楽しみにしておくのじゃ!」


 ユキが首を傾げる。


「えいが?」


「うむ。びゃっこが日本にいた頃の名作じゃ!」


「もふもふ?」


「おお、それはもう!」


 嫌な予感がする。どうやら今日は、朝からこびゃっこの思い出話が長くなりそうだ。


◇


 朝食は《四十の手習い》の趣味スキル《グルメ》で取り寄せることにした。


 昨日のスイカ収穫に続き、今日も全員休日を満喫してもらうつもりなので、マルタやリリア、ミーシャ、アルバートたちに朝から調理をさせる気はない。


 食堂タープの長机に座り、グルメの画面を開く。


「今日はパン屋だな」


「ぱん!」


 ユキの耳が立つ。


「サンドイッチと惣菜パン。好きなのを選べるようにしよう」


 画面に並ぶのは、日本のベーカリーで売っている出来立てのパンだ。卵サンド、ハムチーズサンド、カツサンド、ツナサンド。


 それに、カレーパン、焼きそばパン、コロッケパン。


 甘い方はあんパン、クリームパン、メロンパン。朝食にしては多いが、大人数なので種類があった方が楽しい。


「おっちゃん」


「何?」


「にく、ある?」


「カツサンドとコロッケパン、それにカレーパンもあるぞ」


「なら、よし」


 判断が早い。


「ミナ、ちいさい」


「ああ。ミナには小さく切った卵サンドあたりがいいかな」


「ユキ、てつだう」


「頼む」


◇


 人数分を多めに注文し、収納から取り出して長机へ並べていく。焼きたての香りが広がると、朝食を待っていた面々が集まってきた。


「今日は随分と種類が多いねえ」


 マルタが皿を覗き込む。


「日本のパン屋の惣菜パンだよ」


「惣菜パン?」


「料理をパンに挟んだり、載せたり、包んだりした物」


「へえ」


 俺は焼きそばパンを持ち上げた。


「これが焼きそばパン」


 細長いパンの切れ目から、ソース色の麺がたっぷり顔を出している。マルタが目を細めた。


「……麺だね」


「麺だな」


「それ、前に作った焼きそばかい?」


「そう」


「パンに?」


「挟んでる」


 次はコロッケパン。


「これは揚げたジャガイモ料理をパンに挟んだ物」


「……それも挟むのかい」


「で、こっちはカレーパン」


「カレーも?」


「カレーを包んで揚げたパン」


 マルタはしばらく三種類を見比べ、それから真顔で俺を見た。


「ヒカル」


「何?」


「あんたの国には、パンに挟まない食べ物はあるのかい?」


「あるよ!」


「麺を挟むなら、何でも挟みそうだねえ」


「否定しづらいけどさ!」


 アルバートが焼きそばパンを見ている。


「パンと麺、両方とも小麦から作るのでしょう?」


「そう…だな」


「小麦で小麦を挟む料理……」


「言い方を変えるな。余計に変に聞こえる」


◇


「おお!これじゃ!」


こびゃっこが焼きそばパンの前で叫んだ。


「懐かしいのう!」


「やっぱり好きだったか」


「うむ。原宿にいた頃、よく食べたのじゃ」


この間も祭りの焼きそばを懐かしんでいたな。


「モデルやってた頃か?」


「そうじゃ。まだコンビニという店も、多くなかった頃でのう。原宿の裏通りに小さな個人商店があったのじゃ」


こびゃっこが焼きそばパンを抱え、少し遠い目をした。


「菓子やパン、飲み物や日用品が並んでおって、店先に古い木のベンチがあった。朝はそこであんパンと瓶牛乳じゃ」


「瓶牛乳?」


トトが反応する。


「ガラス瓶に入った牛乳だ。飲み終わったら店へ瓶を返す」


「そうじゃ。朝はそれを食べてから、撮影やイベントの仕事へ向かった。昼もその店へ戻り、焼きそばパンやカレーパンを買って、ベンチで食べたものじゃ」


「忙しかったんだな」


「撮影の合間は時間が読めぬからのう。店のおばちゃんには随分世話になった」


「どんな人だった?」


ミーシャが訊く。


「気さくなおばちゃんでな。びゃっこの顔を見ると『今日も仕事かい、ちゃんと食べていきな』と言ってくれた」


こびゃっこが小さく笑う。


「時々、売れ残ったパンもくれたのじゃ。賞味期限が切れておりそうなやつものう」


「おおらかな時代だよな」


「昔は今ほど細かくなかったのじゃ」


 こびゃっこの声はどこか優しかった。


「そのおばちゃん、もう会えないんだよね」


ミーシャが言う。


「……そうじゃな」


 たとえ、守護神使のこびゃっこといえども、自らの力で日本に行く事はできないだろう。こびゃっこは焼きそばパンを見つめてから、いつもの調子で前足を上げた。


「じゃが、味はこうして戻ってきた! ありがたいことじゃ!」


「そうだな」


「では、いただくのじゃ!」


大きくかじる。


「……むう」


「どう?」


「ソースじゃ……これじゃ……」


こびゃっこはもう一口食べた。


「うまいのう」


 その言い方には、いつもの大げさな演技がなかった。


◇


 パンはどれも好評だった。ユキはコロッケパンを両手で持ち、さくさくの衣とソースに満足している。


「おっちゃん」


「ん?」


「コロッケぱん、うんみゃあ」


「そうか」


「えらい」


「相変わらず認定早いな」


 ミナはユキの隣の椅子に座り、小さく切った卵サンドを持っていた。


「ユキねーちゃ」


「なに?」


「これ、んま?」


「たまご。おいしいよ」


「ミナ、たべゆね」


「うん」


 ミナが一口かじる。


「んまっ!」


「おいしい?」


「あい!」


 ユキがミナの口元に付いた卵を紙ナプキンで拭く。


「ミナ、ここ」


「う?」


「おくち」


「ユキねーちゃ、ふきふき」


「うん」


 ミナは嬉しそうに目を細め、今度はユキの腕へ頬を寄せた。


「だっこ」


「ごはん、たべてから」


「いま」


「あとで」


「……むう」


 ユキが少し考え、それから自分の尻尾をミナの背中へ回した。


「しっぽ、ぎゅーして、いいよ」


「……!」


 ミナがぱっと笑顔になる。


「しっぽ、しゅき!」


「よし」


 面倒を見るつもりが、いつの間にか尻尾で甘やかしている。まあ、五歳のお姉ちゃんだからな。


◇


 朝食後。湖岸の草地では、釣り道具の準備が始まっていた。昨日、トトがテオを釣りへ誘ったので、今日は最初から釣り組の人数が多い。


 子供はユキ、ミーシャ、トト、テオ、ミナ。ニナだけは、ガランたちのところで遊ぶと言っていた。


 大人は俺、アルノ、ラウル、マリベル、ミネット、リーファ、ミレイ、セルド。


「ラウル、脚は大丈夫か?」


「ああ。まだ長く歩くのは控えろと言われているが、椅子へ座って釣るくらいなら問題ないそうだ」


「マリベルに確認した?」


「しましたよ」


マリベルが横から答える。


「短時間なら構いません。ただし立ち上がる時は急がず、疲れたらやめてもらいます」


「承知している」


「じゃあ椅子と竿を用意する」


「……本当に俺も釣るのか?」


「見てるだけじゃつまらないだろ」


 ラウルは少し笑った。


「確かにな」


◇


 釣り場所は食堂からも見える湖岸の緩やかな場所にした。子供たちには救命胴衣を着せ、竿を振る位置と水際へ近づいていい範囲を決める。ミナには小さめの救命胴衣を用意した。


「ミナ、こっち」


ユキが呼ぶ。


「あい!」


「おてて、あげて」


「こう?」


「うん」


ユキが着せようとしたが、留め具の位置が少し難しい。


「おっちゃん」


「ん?」


「ここ、てつだって」


「よし」


 俺がベルトを調整して留め具を固定し、抜けないことを確認する。


「これでいい」


「ミナ」


「う?」


「みず、どぼん、だめ」


「どぼん、ヤッ!」


「そう。ひとり、だめ」


「ユキねーちゃ、いっしょ!」


「うん!」


 ミナがユキへ抱きつこうとする。


「待った」


俺が止めた。


「救命胴衣を着けてても、ここでは飛びつかない」


「う?」


「ミナ、ゆっくり」


ユキが言い直す。


「あい」


 ミナは今度はそっとユキの手を握った。


「それならいい」


◇


「釣りを始めるぞ」


俺が声を掛ける。


「やった!」


 テオは昨日からずっと楽しみにしていたらしい。トトが隣で竿の持ち方を教えている。


「ここ、持つ」


「こう?」


「うん。糸、引っ張らない」


「分かった」


「投げるとき、後ろ見る」


「後ろ?」


「人がいると危ない」


 トトが真面目な顔で説明する。昨日はビーチボールのトスを教え、今日は釣り竿の扱い方。トトも随分頼もしくなったな。


「トト先生だな」


「せんせい?」


「教えるの上手いってこと」


トトが少し照れた。


「まだ、アルノに教わってる」


「教わったことを次の人に教えられるのも大事だぞ」


「うん」


◇


 ラウルとアルノには折りたたみ椅子を並べ、竿を一本ずつ渡した。俺もその横へ座る。


「……何だか贅沢だな」


ラウルが湖を見る。


「何が?」


「働いてもいないのに、朝は食事が出て、今は湖を眺めながら釣りをしている」


「休日だからな」


「俺はまだ何も返せていない」


「その話は前にもしただろ」


 ラウルが少し黙る。


「今は脚を治すのが先だ」


「……ああ」


 俺は湖へ視線を戻した。


「帰るところがあるんだろ?」


「ある」


「だったら、ちゃんと歩けるようになってから行けばいい」


 ラウルは竿を持ち直し、小さく頷いた。


「そうだな……」


 少し離れた場所では、テオがもう笑っている。


「来た!? 来た!?」


「まだ」


 トトが言う。


「引っ張らない」


「分かった!」


 ラウルもそちらを見て笑った。


「……あいつも、あんな声で笑うんだな」


「昨日もビーチボールで大騒ぎだったぞ」


「そうだったな」


 ラウルの顔が少しだけ緩んだ。


◇


「ヒカル!」


 ミネットの声。


「何?」


「今日はウナギ、釣れるかにゃ?」


「分からん」


「この前は釣れたにゃ!」


「釣れたな」


「またあの長いやつが来るのかにゃ?」


「来るかもしれない」


ミネットの猫耳が少し寝た。


「……」


「怖いの?」


「怖くないにゃ!」


「この間は叫んでたぞ」


「その記憶を消すにゃ!」


「トトの絵にも残ってる」


「そっちも消すにゃ!」


 そのトトは釣りに夢中で聞いていない。ミネットは竿を握り直し、湖面を見つめた。


「でも、うな重は食べたいにゃ」


「昨日あれだけスイカ食べたのに?」


「果物と魚は別腹にゃ」


「お前の腹はいくつあるんだ」


「猫族の秘密にゃ」


 セルドが笑う。


「なら、釣り上げたら自分で外してみるか?」


「ヒカルを呼ぶにゃ」


「結局そこか」


「ウナギ処理係は必要にゃ!」


「俺の休日を勝手に役職で埋めるな」


◇


 ユキとミナには俺の横へ座ってもらい、まずは二人で一本の短い竿を使わせることにした。針先は俺が扱い、仕掛けを水へ入れてから渡す。


「ユキ、竿は両手」


「うん」


「ミナはここへ手を添えるだけ」


「あい!」


 ミナの小さな手が、ユキの手の上へ重なる。


「ユキねーちゃ」


「なに?」


「おしゃかな?」


「まつ」


「まつ?」


「うん。しずかに」


「……」


 ミナが口を閉じた。……三秒後。


「おしゃかな!」


「早いな」


 俺が笑うと、ユキがミナの背中をそっと撫でた。


「ミナ。おさかな、びっくりする」


「う?」


「しー」


 ユキが口元へ人差し指を立てる。


「しー」


 ミナも真似した。……五秒後。


「ユキねーちゃ、まだ?」


「……まだ」


「まつ?」


「そう」


 ユキが小さく頷く。


「だんどり」


「釣りも段取りになったか」


◇


 しばらくして、竿先が小さく動いた。


「……む?」


 ユキの耳が立つ。


「おっちゃん」


「ん?」


「つんつん、きた」


「来たか?」


 糸がもう一度動く。


「ユキ、慌てるなよ」


「うん」


「ミナは手を離して、ユキの隣へ」


「あい!」


 俺が竿を支え、ユキがゆっくりリールを巻く。


「おっちゃん」


「ん?」


「おもい」


「掛かったかな」


 水面に銀色の魚が見えた。


「おお!」


 テオが声を上げる。小ぶりな銀鱗魚だ。俺が網で掬い、針を外して浅い観察容器へ移す。


「おしゃかな!」


 ミナが大喜びする。


「ユキねーちゃ! おしゃかな!」


「つれた!」


「ミナも!」


「一緒に釣ったな」


 ユキが得意げに胸を張る。


「ふたりで、つった」


「しゅごい!」


 ミナは嬉しくてユキへ抱きついた。今度は二人とも椅子へ座っていて、竿も俺が預かっている。


「ぎゅー!」


「うん」


 ユキもミナを抱き返した。


「ユキねーちゃ、しゅき!」


「ユキも、ミナ、すき」


……これは反則級の可愛さだな。周りも癒される様に二人を見ている。俺は少し離れたラウルを見ると、彼も釣り竿を持ったまま、微笑んで二人を見ていた。


◇


 結局、午前の釣りでは小型の魚が何匹か釣れ、テオもトトに教わりながら自分で一匹釣り上げた。ちなみにウナギは釣れなかった。


「……今日は来なかったにゃ」


 ミネットが肩を落とす。


「残念だったな」


「でも怖い目に遭わずに済んだにゃ」


「どっちなんだよ」


「複雑な猫心にゃ」


 釣った魚は種類と状態を確認し、食べる予定のない小型魚は水へ戻した。ユキとミナが釣った一匹も、水槽代わりの容器から放す。


「ミナ」


「う?」


「おさかな、かえる」


「かえゆ?」


「うん。おうち」


 ミナは少し考え、湖へ手を振った。


「ばいばい、おしゃかな!」


 ユキも手を振る。


「またね」


 魚は水面の下へ消えた。


「……ユキねーちゃ」


「なに?」


「おしゃかな、いない」


「おうち、かえった」


「あい」


 ミナは納得したように頷き、ユキの手を握り直した。


◇


 食堂へ戻ると、釣りに参加しなかった面々も、それぞれ休日を楽しんでいた。


 職人組はウッドデッキの一角で囲碁と将棋。グレゴールとバドルが碁盤を挟み、ドランの仲間の職人たちは将棋盤を覗き込んでいる。


「そこへ置くのか?」


「置く」


「取られるぞ」


「知ってる」


「じゃあ何で置く!」


「次がある」


 バドルが碁石を置く。グレゴールが黙った。……石工と大工の盤上対決も、なかなか手強そうだ。


 その隣では、リリアとマルタがリバーシをしていた。


「ここを取ればいいんだろう?」


マルタが白い石を置く。


「はい。でも、そうすると次は……」


 リリアが黒い石を置いた。ぱたぱたと石が裏返る。


「ちょっと待ちな! そんなに取られるのかい!」


「ふふ。角が大事なんです」


「料理と同じで段取りがいるねえ」


「そうですね」


 リリアが穏やかに笑っている。


◇


 食堂の別の長机では、ポーカーが始まっていた。ガラン、ドラン、《東風の牙》《蒼岩の盾》の非番組。


 レオンとベルタ、それに近衛騎士たちも何組かに分かれて参加している。そしてニナまでいる。


「ニナ」


「なに?」


「今日はカード?」


「うん」


「工具の手入れじゃなく?」


「休み」


「ちゃんと休みを理解してるな」


 ニナが真顔で頷くと、ベルタがカードを見ながら言った。


「ニナ、表情が変わりませんね」


「ベルタも」


「私は訓練しています」


「ニナ、普通」


「それが強いんだよ」


 レオンが横から笑う。


「おいベルタ。お前、七歳に読まれているぞ」


「副団長こそ、先ほどから良い札が来ると口元が緩んでいます」


「なっ!」


 ニナが小さく頷いた。


「わかりやすい」


「七歳に言われた!」


 ガランが腹を抱えて笑った。もちろん現金やポイントは賭けていない。使っているのは遊び用のチップだ。


◇


 草地では別の組がマウンテンバイクに乗り、湖岸側ではビーチバレーネットを立てて試合をしている。


 昨日ビーチボールに夢中になったテオは、釣りで疲れたらしく、今はミーシャの隣へ座って観戦中だ。


 湖岸の草地では、ロクがミミとクロメを相手にフリスビーを投げていた。


「ミミ! クロメ! 行くっすよ!」

 

ロクが犬用の柔らかいフリスビーを軽く投げる。ひゅん。


「わふっ!」


「わん!」


 二頭の魔犬が勢いよく走り出す。先に追いついたのはクロメだった。ぽん、と跳び上がり、空中でフリスビーを咥える。


「おお! ナイスキャッチっす!」


「わん!」


 クロメが尻尾を振りながら戻ってくる。その横でミミが、もう一度投げろと言わんばかりにロクを見上げていた。


「次はミミっすね!」


「わふ!」


「びゃっこも参加するぞ!」


 どこからともなく白い毛玉が飛んできた。


「こびゃっこ?」


「空中の技なら神使の出番じゃ!」


「お前、魔犬と張り合うつもりか?」


「犬と競うとは言っておらぬ。神使流空中捕獲術を披露するのじゃ!」


「そんな術、初めて聞いたぞ」


「今考えた!」


「だろうな!」


◇


「じゃあ、行くっすよ!」


 ロクがもう一度フリスビーを投げた。こびゃっこがふわりと浮き上がる。


「ホホホホ! びゃっこの空中機動を見よ!」


 両前足を広げ、飛んでくる円盤の下へ入る。


「ここじゃ!」


 ところが。ぽふっ。


「むぎゃっ!」


 フリスビーが顔面に直撃した。そのまま白い毛玉がくるりと回転し、草地へぽてんと落ちる。


「……」


「……」


 ロクが近づいた。


「大丈夫っすか?」


「……計算通りじゃ」


「顔面で受けてたっすけど」


「神使流の奥義じゃ」


「絶対違うっす」


「むう……」


 こびゃっこは立ち上がり、前足で顔を拭った。


「空中戦では、風を読む必要があるのう」


「今日はほとんど風ないっすよ」


「……細かいことを言うでない!」


「顔で受けたのは事実っす!」


「もう一回じゃ!」


休日の神使は忙しい様だ。


◇


 昼食が終わり、午後からは映画鑑賞だ。


 百インチのスクリーン、プロジェクター、DVDプレーヤーを食堂タープの一角へ設置し、電源はポータブル電源から取る。


 配線は人が歩く場所を避け、柱沿いにまとめた。ニナとベルタが最後の確認をしている。二人とも、もう手慣れたものだ。


「コード、まとめた?」


「はい。固定よし」


「スクリーンの足は?」


「転倒防止も確認済み」


 ベルタが頷く。


「ヒカルさん。上映出来ます」


……いいコンビだな、この二人。


◇


「で、今日は何を見るんだ?」


 レオンが椅子へ座りながら訊く。


「今日はこびゃっこのリクエストでな」


「その通りじゃ!」


 こびゃっこがスクリーンの前へ飛んできた。


「本日の作品は、びゃっこが日本におった頃に見た、昭和の名作アニメ映画じゃ!」


「またアニメか」


 ガランが言う。


「前のロボットとは違うぞ」


 俺が説明する。


「今回は戦争も宇宙も巨大な兵器も出てこない。日本の田舎へ引っ越した幼い姉妹が、森の中で不思議な生き物たちと出会う話だ」


「森の魔物?」


 セルド。


「いや、魔物とはちょっと違う」


「精霊でしょうか」


 セレナが訊く。


「近いかもしれないな。普通の大人には見えない、不思議な森の住人という感じだ」


 ユキの耳が立った。


「もり?」


「ああ」


「おおきい、き?」


「出るぞ」


「もふもふ?」


 こびゃっこが勢いよく頷く。


「出るとも!」


 ミナもユキの横で手を上げた。


「もふもふ!えやい!」

 

 ミナは『えらい』がすっかり『えやい』で定着してしまった様だ。


「まだ何も見てないだろ」


「う?」


◇


「絵が動くのか?」


ラウルが訊いた。


「そう。絵を何枚も続けて映すことで、人や動物が動いているように見えるんだ」


「絵が……動く?」


 テオも不思議そうだ。


「最初は他のみんなも驚いてたからな」


 俺はプロジェクターを指す。


「これは光で大きな絵を映す機械。あっちの装置で映像を読み込む」


「……光の魔術か?」


「魔法は使ってない」


「魔法じゃないの!?」


 テオが驚く。


「俺の世界の技術だ」


 ラウルが感心したように頷いた。


「馬車も使わず人を運ぶ車といい、ヒカルの国は不思議な物が多いな」


「俺からすると、魔法の方が不思議だけどな」


 マリベルが笑う。


「お互い様ですね」


◇


「そういえば、こびゃっこ」


「何じゃ?」


「この映画、以前共有夢でも見せてきたよな」


「うむ!」


 俺とユキが巻き込まれた、あの妙な夢だ。森の中のバス停。雨。傘。そして巨大化したこびゃっこ。


「お前が三メートルくらいになってたやつ」


「びゃっこは森の主役じゃからの!」


「しかもミミがバスになってた」


「わふ?」


 近くで寝ていたミミが顔を上げる。


「いや、今のミミじゃない。夢の中の話」


 こびゃっこが胸を張る。


「それほど好きなのじゃ。この映画は!」


「日本で見て以来?」


「そうじゃ」


「じゃあ千年ぶりか」


「千年ぶりじゃ!」


こびゃっこが両前足を上げた。


「まさか、こちらの世界へ来て千年後に、もう一度見られるとはのう!」


 いつもの大げさな喋り方。でも今日は、少しだけ本当に嬉しそうだった。


◇


 上映前にポップコーンを用意する。塩味、バター味、キャラメル味。飲み物はコーラ、果汁ジュース、麦茶、水。初めて炭酸を飲む子もいるので、子供用は少量にしておいた。


 ユキは小さな紙カップへジュースを注ぎ、ミナの前へ置く。


「ミナ、これ」


「う?」


「じゅーす」


「ありがと!」


「こぼさないで」


「あい!」


 さらにユキがポップコーンを少し取って、小さな器へ入れる。


「これ、ぽっぷこーん」


「ぽっこ?」


「ぽっぷこーん」


「ぽっこーん!」


「……まあ、合ってる」


 俺が笑っていると、ユキはミナの隣へ座り、自分の大きな尻尾をミナの後ろへ回した。


「ミナ、こわかったら」


「う?」


「ユキ、いる」


「あい!」


 ミナがユキの腕へぎゅっと抱きつく。


「ユキねーちゃ、しゅき」


「ユキも」


 テオがその横へ座り、ラウルは少し後ろで椅子を引いた。


◇


 食堂タープのサイドシートを降ろして、内部を少し暗くする。スクリーンへ光が広がった。最初に動く絵が映った瞬間、テオが息を呑んだ。


「……動いた!」


 ラウルも目を見開く。


「……本当に絵なのか?」


「ああ」


 ミナは最初、スクリーンをじっと見ていた。そして画面の中で人が歩き始めると、ユキの袖を引く。


「ユキねーちゃ」


「なに?」


「えのひと、うごく!」


「えいが」


「えいが!」


「そう」


 ユキが得意げに頷く。既に映画鑑賞を経験しているから、今日はお姉ちゃんとして説明する側だ。


◇


 物語が進む。昔の日本の田舎。新しい家へ引っ越してきた姉妹。古い木造家屋、畑、田んぼ、森。


 井戸で水を汲む場面では、カイルとレイルが妙に真剣な顔をしていた。


「異界でも、井戸水を汲んで運ぶのか」


「そういう時代もあったんだよ」


「今の湖畔みたいな蛇口はないのか」


「まだ一般的じゃなかった地域もある」


「なるほどな」


グレゴールは古い家の木組みを見ている。


「屋根の形が面白いな」


エリオットも頷いた。


「窓の作りが違う」


「また感想が建築よりになってるぞ」


「職人だからな」


 まあ、楽しみ方は人それぞれだ。


◇


 やがて森の不思議な生き物たちが登場すると、子供たちの反応が一気に変わった。


「もふもふ!」


 ユキ。


「もふ!」


 ミナ。


「大きい!」


 テオ。


「……丸い」


 ニナが言うと、ミネットが首を傾げた。


「あれ、猫族にゃ?」


「違うと思う」


「耳はあるにゃ」


「猫とは限らないだろ」


「動きが猫っぽいにゃ」


 こびゃっこが前足を上げる。


「森の不思議な住人じゃ! 分類するでない!」


「お前が言うと説得力あるな」


「そうじゃろう」


「……森の不思議な布玩具(ぬいぐるみ)

だけあるな」


 周りが吹き出す。


「ヒカル!余計なことを言うでない!」


◇


 ミナはすっかり画面に夢中だった。大きな森の住人が現れるたびに、両手を伸ばす。


「おっき!」


「大きいね」


ユキが答える。


「だっこしゅゆ!」


「えいが、だっこ、できない」


「むう」


「あとで、こびゃっこ、だっこ」


「ユキよ。びゃっこを代用品にするでない!」


「こびゃこ!」


 ミナが反応する。


「だっこしゅゆ!」


「待て待て! 映画の途中じゃ!」


ユキがミナの手をそっと下ろした。


「ミナ、あとで」


「……あとで?」


「うん」


「あい!」


 こびゃっこが俺を見る。


「ヒカルよ」


「何?」


「びゃっこの意見は?」


「ミナに抱っこされたあとで聞く」


「決定済みではないか!」


◇


 雨の場面になると、ユキの反応が少し違った。


「おっちゃん」


「ん?」


「かさ」


「ああ」


「びゃっこ、ゆめ」


「覚えてたか」


「ミミばす」


 ミミが横で寝そべったまま尻尾を振る。


「わふ」


 ミナがミミを見る。


「ミミ、ばしゅ?」


「夢の中ではな」


「のえゆ?」


「乗れるってこと?」


「あい!」


「今のミミには乗れないぞ」


「むう」


 ユキがミナの頭を撫でる。


「えいがの、なかだけ」


「えいが」


「そう」


 ミナは少し考え、もう一度スクリーンを見た。


「ミミばしゅ!」


「違うんだけどなあ」


 こびゃっこだけが大満足している。


◇


 物語の後半。姉妹が離れ離れになり、一人がもう一人を必死に探す場面では、子供たちも静かになった。


 ミナがユキの腕をぎゅっと握る。


「ユキねーちゃ」


「なに?」


「いない?」


「だいじょうぶ」


「ほんと?」


「みつける」


 ユキはミナの手を握り返した。


「ユキ、いる」


「あい……」


 ミナは少し身体を寄せる。ユキがその肩を抱く。そしてスクリーンを見ながら、ぽつりと言った。


「おねえちゃん、さがす」


「そうだな」


「ちいさいこ、ひとり、だめ」


「ああ」


 ユキの言葉が少し胸に残った。自分が一人だった頃のことを思い出したのかもしれない。


 でも今は、ユキの隣にミナがいる。ミナもユキを頼っている。俺は二人の後ろ姿を見ながら、静かに息を吐いた。


◇


 映画が終わると、しばらく誰も立ち上がらなかった。子供たちは余韻に浸っている。大人たちもそれぞれ感想を言い始めた。


「戦いがない映画でも面白いのだな」


 レオンが言った。


「家族や暮らしそのものが題材なのですね」


 セレナの感想は、全体を見通した的確なものだった。


「森の描き方が綺麗だったわ」


 リーファは背景の描き方が気に入り、マリベルは姉妹の話を気に入ったらしい。


「小さい子を守ろうとする気持ちは、どこの世界でも同じですね」


 こびゃっこが満足そうに頷く。


「じゃろう! これこそ昭和の名作なのじゃ!」


「千年ぶりに見てどうだった?」


 俺が訊くと、こびゃっこはしばらくスクリーンを見た。


「……よかったのう」


 少しだけ声が静かになった。


「昔見た時とは違う気持ちで見られたわい」


「どう違う?」


「今は、ユキたちがおる」


 こびゃっこがユキを見る。


「一緒に笑って、同じものを見ておる。それがよいのじゃ」


「……そうだな」


「次は上映解説主任として――」


「最後までいい話で終われないのか!」


 いつものこびゃっこへ戻った。


◇


「おっちゃん」


 ユキが俺を呼ぶ。


「ん?」


「ミナ、もふもふ、すきだって」


「見れば分かるよ」


「また、みる?」


「いつかまたな」


 ミナがユキの腕へ抱きついた。


「また、みゆ!」


「うん」


「ユキねーちゃ、いっしょ!」


「いっしょ」


 二人とも満足そうだ。その時、ミナがテーブルのコーラを指した。


「しゅわ、のむ」


「コーラか」


「あい!」


「ミナは炭酸をあまり飲んだことないだろ。少しだけにしとけよ」


 俺はコーラをカップに注ぎ、ミナに渡す。ユキがミナのカップに手を添えた。


「ミナ。ゆっくりね」


「うん!」


「ちょっとずつ」


「ちょっと!」


 ミナが一口飲む。しゅわしゅわした感覚に、狐耳が立つ。


「……!」


「どう?」


「しゅわ!」


「そうだな」


もう一口。


「ミナ、ゆっくり」


「あい!」


そして。


「……けぷっ!」


 見事な音が出た。


◇


 一瞬、周囲が静かになる。ミナ自身が一番驚いていた。


「……う?」


 自分の口を両手で押さえ、目を丸くする。


「……ミナ?」


 ユキが覗き込む。


「いま、なに?」


 ミナが訊いた。俺が答えようとした、その時。


「びゃっこの、ためいき」


 ユキが真顔で言った。


「……う?」


 ミナが首を傾げる。


「びゃっこ?」


「うん。ためいき」


「ユキよ……」


 テーブルの上に座っているこびゃっこが前足を組んだ。


「それはユキが自分のげっぷに付けた名前じゃったな」


「うん」


「それを今度はミナへ教えるのか?」


「うん」


「よかろう。今のものも、炭酸系びゃっこのためいきと認定する」


「またゲップを認定するつもりか?」


「良いではないか。めでたい音じゃ、これもまた神事として記録するのじゃ」


「誰かがゲップする度に、神事の幅を広げるな」


 ミナがこびゃっこを見る。


「こびゃこの、ためいき?」


「ちと違うの……これは白狐神の体から、しゅわしゅわの幸福が――」


「けぷっ!」


 こびゃっこが語り始めようとしたら、ミナがもう一度ゲップした。そして自分で大笑いする。


「きゃっきゃっ!」


 ユキも笑った。


「びゃっこのためいき!」


「きゃはは!」


 食堂が笑いに包まれる。レオンは腹を抱え、ドランはテーブルを叩いている。ラウルも肩を震わせていた。


「……ミナが、こんなに笑うとはな」


 テオは涙が出るほど笑っている。


「ミナ! もう一回!」


「けぷっ!」


 今度は声だけだ。


「きゃははは!」


「真似だけにしとけよ!」


 俺も笑いながら言う。


◇


 笑いが落ち着いてから、ユキはミナの口元を紙ナプキンで拭いた。


「ミナ」


「う?」


「しゅわ、のみすぎ、だめ」


「あい!」


「けぷ、でる」


「けぷ!」


「びゃっこのためいき」


 ミナはまた嬉しそうにユキへ抱きつく。


「ユキねーちゃ、しゅき!」


「ユキも、すき」


 大きな白い尻尾と小さな赤茶色の尻尾が、椅子の後ろで並んで揺れている。


◇


 夕方。映画鑑賞のあとは夕食の準備だ。今日は焼肉。せっかく大人数で集まっているので、各テーブルへカセットコンロ式の焼肉グリルを置き、自分たちで肉と野菜を焼いて食べることにした。


 ただし、火を使う。当然、段取りと安全確認は必要だ。


「ニナ」


「うん」


「コンロは大人が設置するから、ニナは配置の確認をしてくれ」


「分かった」


「ベルタ」


「はい」


「テーブルの間隔、通路、消火器、ガスボンベの位置を見てもらえる?」


「承知しました」


 食堂タープの換気を確保し、コンロの周囲へ燃えやすい物を置かないようにする。


 コンロの使用方法は全員に説明し、ボンベの装着と交換は慣れた大人だけが担当。子供たちの席は火から十分距離を取り、肉は大人が焼いて渡す。


「ユキ」


「うん」


「今日は焼くのは大人に任せて、食べる係な」


「にく!食べる!」


「ミナも!」


 ミナが両手を上げる。


「おっちゃん!はやく、やく!」


「二人とも落ち着け!」


◇


 食材は《グルメ》と既存の食品ショップから取り寄せた。牛カルビ、ロース、ハラミ、豚肉、鶏肉。


 野菜はキャベツ、玉ねぎ、ピーマン、とうもろこし、キノコ類。もちろん畑の野菜も使う。タレは甘口、醤油系、味噌系の三種類を用意した。


「これが焼肉かい」


マルタが肉の皿を見る。


「そう。みんなで焼きながら食べる」


「なるほど。料理人が全部作って出すんじゃなくて、食べる人が仕上げるんだね」


「そういうこと」


「面白いねえ」


 アルバートも頷く。


「焼き加減を自分で決められるのですね」


「そう。ただし子供は大人が焼く」


「安全優先ですね」


「そこは当然」


◇


 日が傾き始める頃、各テーブルからじゅうじゅうと肉の焼ける音が上がり始めた。甘辛いタレの匂い。焼けた肉の香り。野菜の甘い匂い。食堂タープが一気に賑やかになる。


「おっちゃん!」


「何?」


「にく、えらい!」


「まだ食べてないだろ」


「におい、えらい」


「匂い認定されたか」


 ユキの隣ではミナが椅子の上でそわそわしている。


「ミナ、にく!」


「今焼いてる」


「まだ?」


「もう少し」


「むう」


 ユキがミナの肩を抱く。


「ミナ、まつ」


「まつ?」


「うん」


「ユキねーちゃも?」


「ユキも」


二人で肉を見つめている。


 焼肉監視員が二人誕生した。


◇


 俺が十分に火を通した小さな肉を、二人の皿へ分ける。


「熱いから少し冷ましてな」


「うん」


「あい!」


 ユキは自分の肉を一つ食べ、すぐに頷いた。


「うんみゃあ!」


「よかったな」


 ミナはユキの顔を見る。


「おいし?」


「うんみゃあ」


「ミナも!」


 まだ箸が上手く使えないミナに、一口食べさせる。


「……」


 ミナは黙って口をもきゅもきゅさせている。するとカッと目を見開き、


「んまっ!」


 ミナの尻尾が左右に揺れる。そして次の肉をミナが待っている間、ユキは自分の皿をそっと近づけた。


「ミナ、これ」


「う?」


「やさいも」


「……」


 ミナの狐耳が少し寝た。


「にくは?」


「おやさいも、たべる」


「にく……」


「おっちゃん」


「何?」


「ミナ、おやさい、たべる?」


「どうやって食べさせるか次第だな」


「やさいたべたら、にく」


「ご褒美方式か」


 ユキは小さく頷く。


「だんどり」


「野菜まで段取りにしたか」


 ミナはユキが渡した小さな焼き玉ねぎをフォークに刺して一口食べた。


「……あまい」


「そう。たまねぎ、あまい」


「ユキねーちゃ!」


「うん」


「おいし!」


「ミナ、えらい」


 ユキがミナの頭を撫でる。ミナは嬉しそうに目を細めた。


◇


 少し離れたテーブルでは、レオンとガランが肉の焼き加減で意見を戦わせていた。


「もう返していいだろう」


「まだだ」


「焦げるぞ」


「焦げん」


「ガラン、肉まで指揮するのか?」


「お前が早すぎる」


 ベルタが横から言う。


「副団長、先ほど鶏肉を生焼けで取ろうとしていました」


「取ってない!」


「私が止めました」


「……」


 レオンが黙った。


「ベルタ、えらい」


 ユキが離れた席から声を掛ける。


「ありがとうございます」


 ベルタが真顔で返した。……近衛副団長より白狐神の方が上司に見えるんだが。


◇


 ドランとボルガは肉の部位について議論し、バドルは焼いたキノコを妙に気に入っていた。ミネットは昨日のスイカに続き、今日も食欲旺盛だ。


「この肉、焼けたにゃ!」


「ミネット、それ俺の分だぞ」


「……」


「目を逸らすな」


「味見にゃ」


「味見の量じゃない」


 ミレイはタレを付けた肉を食べ、満足そうに頷く。


「おかわりであります!」


「もう二皿目か!」


 マルタが笑う。


「今日は料理人も食べる側だからね。遠慮しないよ」


「ああ。それでいい」


◇


 ラウルの席では、テオが肉を皿へ分けていた。


「ラウル、これ」


「ありがとう」


「ちゃんと食べてね」


「分かった」


「脚を治すんだから」


「……誰かに似てきたぞ」


「マリベルに言われた」


 ラウルが苦笑する。エレナとマリベルも少し離れたところで笑っていた。


「医療班の教育が行き届いてるな」


 俺が言うと、マリベルが頷く。


「食事も回復の一部ですから」


「まあ、間違ってない」


◇


 夕食後の片付けも全員で行った。火を止め、ガスボンベの状態を確認し、グリルが冷めてから回収する。


 テーブルは大人が拭き、食器を片付け、ゴミをまとめる。子供たちは自分の皿を運び、使い終えたナプキンを指定の袋へ入れる。


「ミナ」


「う?」


「おさら、ここ」


 ユキが指さす。


「あい!」


「ゆっくり」


「あい!」


 ミナが両手で自分の小さな皿を持ち、慎重に歩く。ユキはその横についている。


「ここ?」


「うん」


 皿を置いた。


「できた!」


「ミナ、えらい」


「えやい!」


 ユキが笑う。


「ユキねーちゃも、えらい?」


ミナが訊く。


「……む?」


「ユキねーちゃ、えやい!」


 ユキが一瞬固まった。それから胸を張った。


「ユキ、えらい」


「自分で言うな」


 俺が突っ込む。でも今日は否定出来ない。朝から釣りでミナを見守り、映画で手を握り、食事で世話をして、最後までちゃんと一緒にいた。


「……まあ、今日は本当にえらかったな」


 俺が言うと、ユキは嬉しそうに頷いた。


「なら、よし」


◇


 夜。住居ユニットへ戻り、ユキはいつものように俺の横へ潜り込んだ。


「おっちゃん」


「ん?」


「きょう、たのしかった」


「ああ」


「つり」


「うん」


「えいが」


「うん」


「にく!」


「最後が一番大事そうだな」


「ぜんぶ、えらい」


「とりあえずまとめたな」


 ユキが少し考える。


「ミナも」


「ミナも?」


「えらい」


「何で?」


「おさかな、まった」


「ああ」


「えいが、ちゃんと、みた」


「そうだな」


「おやさいも、たべた」


「よく見てるな」


「ユキ、おねえちゃん」


「そうだったな」


 大きな白い尻尾が、俺の腹へふわりと載った。


「おっちゃん」


「何?」


「ミナ、もう、ひとりじゃない」


「……ああ」


「テオも」


「そうだな」


「シオンも、いつか」


 俺はユキを見る。ユキは真っ直ぐこちらを見ていた。


「シオンも、いっしょ」


「……そうなるように、段取りを考えよう」


「うん」


 ユキが俺の腕へ抱きつく。


「ばたばた、しない」


「ああ」


「でも、わすれない」


「忘れない」


「なら、よし」


 籐籠から小さな声がした。


「……びゃっこも忘れぬぞ」


「静かだから寝たと思ったが、起きてたのか」


「映画の余韻に浸っておったのじゃ」


「もう寝ろ」


「うむ。千年ぶりの名作はよかったのう」


 こびゃっこの声が、少しだけ嬉しそうだった。


 明日からは仕事が再開する。《始マリノ祠》の工事。厩舎の運用。そして、セレナとの報告書作成。それがまとまれば、東岸の補給基地へ向かう。


 その前に今日は、ちゃんと休めた。釣りをして、映画を見て、焼肉を食べて、子供たちが笑っていた。ユキもミナも、前よりもお姉ちゃんと妹になった。

 

 今日のところは、それだけで十分だ。


続く。


◇


【第141話・収支報告】


異世界生活100日目 日付:六の月29日 オリエント王国歴952年


開始残高:3,119,005pt


今回の新規購入:


・《グルメ》パン屋取り寄せ一式(サンドイッチ、カレーパン、焼きそばパン、コロッケパン、菓子パンなど) 750pt ・映画DVD一本 45pt ・ポップコーン、コーラ、果汁ジュースなど上映会用飲食物 230pt ・焼肉用食材、タレ、野菜、飲料など一式 2,200pt ・カセットコンロ式焼肉グリル8台 1,440pt ・カセットガス、耐熱敷物など安全用品一式 160pt


今回支出合計:4,825pt


現在残高:


3,119,005pt − 4,825pt = 3,114,180pt


円換算目安:


3,114,180pt × 100円 = 311,418,000円相当

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