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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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135/139

第134話 白狐神とバギーの試乗会


 異世界生活95日目。

 六の月24日の夕方。


 今日の厩舎工事を終えて、俺はニナと一緒に食堂の方へ戻っていた。


 馬房の扉は、だいぶ形になった。グレゴールとエリオットが午後から合流したことで建付け確認も進み、カイルとレイルの給水配管も残りが見えてきた。まだ完成ではないが、馬を受け入れるための建物としては終わりが近い。


「ニナ」


「なに?」


「今日はここまでな」


「うん」


「工具は?」


「戻した。バッテリーも充電」


「よし」


「記録も書く」


「それ書いたら今日は終わり」


「分かった」


 ニナは赤い工具ワゴンを引いて、そのまま作業倉庫の方へ向かっていった。俺は少し肩を回す。


 今日は溶接朝練がなかったとはいえ、午前中に自治領だの人権だのという慣れない説明をしたせいで、身体より頭の方が疲れた気がする。


「四十歳で国づくりの勉強を始めるとはなあ……」


 誰に言うでもなく呟く。正確にはまだ国じゃない。白狐の里自治領。それもまだ制度を作り始めたばかり。


 代表職の名前すら決まっていない。なのに昨日は、勢いでロックパーム大公宛てに親書まで出す話になった。


「段取りが決まると速い、か」


 ガランに言われた言葉を思い出す。自覚はある。必要なことが見えると、次に何をすればいいか考えてしまう。でも……。


「急ぎ過ぎないようにはしないとな」


 そう思いながら、食堂タープの方へ目を向けた。


「きゃあああ!」


「はやい!」


「ミーシャ! もういっかい!」


「トト、押しすぎ!」


「そんなに押してないよ!」


 ……何だ?


     ◇


 食堂タープの横、広くて平らな草地を、赤いワゴンが走っていた。


 正確には。


「うわああ!」


「きゃー!」


 ミーシャが前から引っ張り。トトが後ろから押している。その赤いキャリーワゴンの中には、ユキとミナ。二人が前後に並んで乗っていた。


「おっちゃん!」


 ユキが俺に気づいた。


「おっちゃ!」


 ミナも気づく。二人揃って手を振る。


「手を離すなよ!」


「うん!」


「あい!」


 そこは素直。


「ミーシャ、速度出し過ぎるなよ!」


「分かってる!」


「トトも急に押すな!」


「押してないよ!」


「ならいい!」


 ワゴンが俺の前を通り過ぎる。


「きゃああ!」


「はやい!」


 実際は大して速くない。ミーシャが歩くより少し速いくらい。でも、三歳と五歳には十分な速度らしい。


 ユキの大きな白い尻尾と、ミナの小さな赤茶色の尻尾が並んで揺れている。何だこの光景。


「完全に異世界遊園地だな」


     ◇


 あの赤いワゴンは、ミーシャ用に追加した物だ。洗濯物や弁当を運ぶために買ったキャリーワゴン。仕事道具ではあるが、以前から安全な草地なら遊びに使っていいことにしている。


 鋼橋や坂道など、そういう場所は禁止した。今いるのは食堂横の平坦な草地。周囲にも障害物はなく、速度も大人が歩く程度。


「まあ、このくらいならいいか」


 俺が見ている間にも一周して戻ってきた。


「ついたー!」


 ミーシャが止まる。


「もういっかい!」


 ユキ。


「もっかい!」


 ミナ。


「ちょっと休憩!」


 ミーシャが息を吐く。


「私がずっと引っ張ってるんだから!」


「じゃあ僕が引く」


 トトが前へ回る。


「トト一人じゃ重いよ」


「押して」


「私が?」


「うん」


「結局私もやるんじゃない」


 兄妹で何やら話している。俺はワゴンの中を見る。


「ミナ」


「う?」


「楽しいか?」


「あい!」


 狐耳がぴんと立つ。


「ミナ、のった!」


「見てたよ」


「はやい!」


「そんなに速くないけどな」


「む。はやい!」


「本人が速いなら速いか」


 隣でユキが胸を張った。


「ユキ、ミナと、いっしょだった」


「ちゃんと落ちないように見てたか?」


「みてた」


「ミナ、立とうとしなかった?」


「した」


「したのかよ」


「ユキ、だめ、した」


「ミナ?」


「う?」


「ワゴンの中で立ったら危ないだろ」


「……」


 ミナの耳が少し横へ倒れる。


「ヤッ!」


「何がヤッだ」


「ミナ、できゆ」


「立てるかどうかじゃない」


「できゆ!」


「出来てもやらない」


 ユキがミナを見る。


「ミナ。あぶない、だめ」


「……」


「すわる」


「……あい」


 俺よりユキの方が効くな。


「お姉ちゃんしてるな」


「ムフー」


 すぐ得意になる。


     ◇


 その時だった。草地の向こうから灰色と黒の大きな影が歩いてくる。ミミとクロメ。巡回から戻ってきたらしい。そして。


「ふふん。夕刻の巡回を終えての帰還じゃ!」


 ミミの背中には白い毛玉。こびゃっこ。


「お前は何で乗ってるんだよ」


「神使専用単車じゃ!」


「ミミは単車じゃない」


 ミミが俺を見て尻尾を振った。クロメも横から近づいてくる。


「ミミ、クロメ。お疲れ」


 二頭の頭を軽く撫でると、そこへ……。


「こびゃこ!」


 ミナの声。こびゃっこの身体がびくっとした。


「……ぬ?」


「こびゃこ!」


 ミナがワゴンから身を乗り出す。


「だっこしゅゆ!」


「待つのじゃ!」


 こびゃっこが反射的にミミの背中へ伏せた。


「何で隠れる」


「隠れておらぬ!」


「完全に隠れたぞ」


「これは戦術的位置取りじゃ!」


「三歳児相手に戦術とか言うな」


 ミナがワゴンから降りようとする。


「ミナ、ゆっくり」


 ユキが先に降りて手を出した。


「あい」


 ミナも地面へ足をつける。


 そして、こびゃっこへ向かおうとして、一歩進むが……。


「こびゃ――」


 止まった。


「う?」


 視線が下へ動く。正確には、こびゃっこを乗せているミミへ。


     ◇


 ミナの狐耳が、すっと伏せた。


「……」


 尻尾も身体へ寄る。さっきまでこびゃっこしか見えていなかったのに、ようやくその下にいる大きな魔犬へ気づいたらしい。


 ミミは普通の犬より明らかに大きい。しかも魔犬。


 俺たちにはもうすっかり見慣れた家族みたいなものだが、初めて見る三歳児からすれば十分怖い。その横には黒いクロメまでいる。


「……おっちゃ」


 ミナが後ろへ下がった。


「ん?」


 俺の脚へぴたっとくっつく。


「わんわん……?」


「犬に近いけど、魔犬だな」


「まけん?」


「ミミとクロメ」


「……」


 ミナは俺のズボンを掴みながら、二頭を見る。ミミは首を傾げた。クロメも無理に近づかない。ちゃんと分かってるらしい。


「怖い?」


 そう聞くと、ミナは少し迷った。


「……こわい」


 素直に言った。


「そうか」


「おっきい」


「大きいな」


「かむ?」


「噛まない」


「ほんと?」


「少なくともミナを噛むようなことはしない」


 ミミが小さく鼻を鳴らす。


「ほら」


「……」


 まだ動かない。


     ◇


 一方。ミミの背中では、こびゃっこの目が明らかに輝いていた。嫌な予感がする。


「ヒカル」


「何?」


「見たか?」


「何を?」


「幼子はミミを恐れて近づけぬ」


「まあ初対面だからな」


「つまり」


 こびゃっこが胸を張る。


「今後びゃっこがミミへ騎乗しておれば」


「おい」


「抱き締められ」


「おい」


「頬ずりされ」


「やめろ」


「毛並みを逆立てられ」


「聞いてるぞ」


「耳を触られる危険から――」


「ミミを避難所にするな」


「完璧な防衛策じゃ!」


 ミミが振り返った。何となく不満そうに見える。


「ミミも迷惑だと思うぞ」


「なにを申す。これは神使と魔犬による高度な連携――」


「ミミ」


 ユキが呼ぶ。ミミがすぐユキの方へ向く。


「おいで」


「ぬおっ!?」


 ミミが普通に歩き出した。当然、その背中のこびゃっこも運ばれる。


「待てミミ! そちらは敵陣じゃ!」


「誰が敵だよ」


     ◇


「ミナ」


 ユキが振り返る。


「ミミ、やさしい」


「……」


「クロメも」


「……」


 ユキはミミの鼻先へ手を出した。ミミが匂いを嗅ぐ。ぺろ。


「う」


 ユキの手を舐めた。


「ほら」


「……」


 ミナは俺の脚にくっついたまま。無理に触らせる必要はない。初めて見る大きな動物を怖がるのは普通だ。


「今日は見るだけでもいいぞ」


 俺が言う。


「触りたくなったら、その時で」


「……こびゃこ」


 目的はまだそこか。


「びゃっこはここじゃ!」


「だっこ……」


「今日はミミの上から交流するのじゃ!」


「こびゃっこ、ずるい」


「何がずるい!」


     ◇


「ミミ!」


 今度は別の声。テオだった。診療所の方から歩いてきたらしい。後ろにはマリベル。


「テオ、走るなよ」


「走ってない!」


 言いながら早足。犬族の少年だからか。ミミとクロメを見た途端、表情が変わった。


「でっか!」


「魔犬だぞ」


「本当に?」


「ああ」


 テオがしゃがむ。無警戒に近づこうとしたので。


「待て」


「え?」


「最初は向こうに匂いを嗅がせろ」


「あ、うん」


 俺はテオに教える。手を上から出さない。急に顔へ近づけない。まず姿勢を低くして向こうから来るのを待つ。


 テオが手を出すと、ミミが近づく。

クンクンとテオの匂いを嗅ぐ。クロメも横から近づく。


「……」


 テオの犬耳がぴくぴく動いている。ミミの尻尾も揺れた。次の瞬間。ペロッ!


「うわ!」


 テオの頬。


「舐めた!」


「気に入られたな」


「本当?」


 クロメも鼻先を押しつける。


「ははっ、くすぐったい!」


 テオが笑う。ミミの首へ腕を回そうとして。


「ゆっくりな」


「あ」


「初対面だからな」


「うん」


 今度は首筋を優しく撫でる。ミミは逃げない。


「毛、硬い」


「外で動くからな」


「でもあったかい」


     ◇


 それをミナがじっと見ていた。


「……」


 俺の脚の後ろから、半分だけ顔を出している。テオが笑ってミミもクロメも怒っていない。ユキも普通に触っている。その上にはこびゃっこ。


「……こびゃこ」


「まだそこかえ」


「ミナ」


 テオが呼ぶ。


「大丈夫だよ」


「……」


「ミミっていうんだって」


「みみ?」


「こっちがクロメ」


「くろめ……」


 二頭が自分の名前に反応して顔を向ける。ミナがびくっとして、すぐ俺の後ろへ隠れる。


「無理しなくていい」


「……」


 数秒後、また顔を出す。今度はユキがミナのところへ戻ってきた。


「ミナ」


「う?」


「て、つなぐ?」


「……あい」


 ユキが手を出し、ミナが握る。二人で一歩前に出るが、ミミまではまだ遠い。もう一歩前に。ミナの耳は伏せたままで尻尾も身体へ寄っている。


「ミミ」


 ユキが言う。


「ゆっくり、そのまま」


 ミミはその場で伏せた。


「おお」


 俺もちょっと感心した。分かってる。


     ◇


 伏せると、ミミの顔が少し低くなるが、それでもミナには大きい。


「ミナ」


 ユキがミミの背中へ手を置く。


「さわる?」


「……」


「ヤッ?」


 ミナは少し考える。


「……ヤッ、じゃない」


 お。


「じゃあ?」


「……さわゆ」


「うん」


 ユキが先に撫でる。


「ここ」


 ミナが手を伸ばすが、途中で止まる。ミミは動かない。あと少し……、そして指先が灰色の毛へ触れた。


「……」


 すぐ引っ込める。


「さわれたね」


 ユキが言うと、ミナが自分の手を見る。そして、もう一度手を伸ばす。今度は手のひら。そっと。


「……あったか」


「うん」


「ミミ」


 ミナは嬉しそうだ。耳が少しずつ起きる。


     ◇


 今度はクロメ。


「こっちも触る?」


 テオが聞く。


「……」


 ミナはミミを見る。次にクロメ。黒っぽい毛に目元は白い模様。


「くろめ」


 クロメが尻尾を振ると、ミナがびくっとする。でも逃げなかった。一歩進む。


「ユキねーちゃ」


「うん」


「いっしょ」


「うん。いっしょ」


 二人でクロメへ近づき、ミナが手を伸ばして触った。


「……」


 クロメが鼻先をミナの手へ近づけた。


「う」


 クン、クンクン。そして、ペロッ!


「きゃ!」


 ミナが手を引く。俺の方へ走ろうとして、止まった。


「……」


 ミナは自分の舐められた手を見て、クロメを見る。


「もっかい」


「早いな!」


 さっきまで怖がってたのに。


     ◇


 今度は自分から手を出す。クロメがまた舐める。


「きゃは!」


 ミナの耳が完全に立った。尻尾もぶんぶん。


「クロメ!」


 呼び方まで一気に慣れた様だ。


「ミミも!」


 ミミも撫でる。


「ふわふわ!」


「こびゃっこより?」


 俺が聞くと。


「こびゃこ!」


 ミナの目線がこびゃっこへ。こびゃっこは、ミミの背中で身構える。


「な、なんじゃ」


 ミナがミミへ近づく。


「こびゃこ、だっこしゅゆ!」


「結局こびゃっこか!」


 ミナはもうミミが怖くない。つまり、こびゃっこの防衛策は、開始から数分で崩壊した。


「ヒカル!」


「知らん」


「待て! 話し合おうではないか!」


「こびゃこ!」


「まず抱き方の確認からじゃ!」


     ◇


 ユキが先に止めた。


「ミナ」


「う?」


「こびゃっこ、やさしく」


「あい!」


「ぎゅー、ちょっと」


「ちょっと」


「みみ、ひっぱらない」


「みみ?」


「こびゃっこの耳」


「……」


 ミナがこびゃっこの耳を見ると、こびゃっこが両前足で耳を隠す。


「そうじゃ! ここは重要じゃ!」


「なでなで?」


「優しくならよい」


「ぎゅー?」


「弱くならよい」


「すりすり?」


「……一回くらいなら」


「要求増えてるぞ」


「交渉じゃ!」


 ミナが両手を出す。


「だっこしゅゆ」


 こびゃっこが覚悟を決めた。


「……仕方ないのう」


 ミミの背中から、ミナの腕へ。


「こびゃこ!」


「待つのじゃ! 先ほどの約束を――」


 ぎゅ。


「……ぬ」


 今日は弱い。


「しゅき!」


「う、うむ」


 すり。一回だけ頬ずり。


「ふわふわ」


「そうじゃろう」


 こびゃっこが少し得意になる。


「ミナ、上手」


 ユキが褒めると、ミナが胸を張った。


「ミナ、できゆ!」


「何が出来たんだ」


「こびゃこ、だっこ!」


「これは成功判定でよいじゃろ」


「まあ今日は毛並みも乱れてないしな」


「ムフー!」


     ◇


 そのまま少し遊んでいると。


「ヒカル」


 後ろから声がした。振り返るとラウルだった。マリベルと一緒にゆっくり歩いてくる。まだ完治していないので、歩行補助具を使っている。


「出てきて大丈夫なのか?」


「マリベルの許可はもらった」


「本当?」


「本当です」


 マリベルが答えた。


「夕食前の短時間だけです。無理はさせません」


「ならいい」


 ラウルが草地を見ると、ミミとクロメ。その間にテオと、こびゃっこを抱いているミナがいた。


「……」


「どうした?」


「いや」


 ラウルが少し笑う。


「ミナが、あんなに大きな魔犬へ近づいているとはな」


「最初は俺の後ろに隠れてたぞ」


「そうだよな」


「テオが触ってるの見て、ユキと一緒に少しずつ」


「……そうか」


 ラウルは嬉しそうだった。以前なら、自分やテオから離れなかった三歳児が、今はユキに手を引かれ、ミーシャやトトと遊び、魔犬まで撫でている。


 回復っていうのは、熱が下がるとか、傷が塞がるとかだけじゃないんだろう。こういう姿も含めてなんだと思う。


     ◇


「そうだ」


 俺は思い出した。


「ラウル」


「何だ?」


「昨日の約束」


「昨日?」


「バギー」


 ラウルの顔が変わった。


「あの、百五十キロを三、四時間で走ると言っていた?」


「そう」


「本当にあるのか?」


「だから見せるって言っただろ」


「正直に言えば、まだ半分くらい疑っている」


「だろうな」


 馬車が普通の世界で、いきなりオフロード車の速度を言われても意味が分からないはずだ。


「じゃあ夕飯前に少しだけ乗る?」


「今から?」


「試走だけ。遠くには行かない」


 マリベルを見る。


「ラウルの体、大丈夫?」


「砕石路と平坦な道を低速で走る程度なら」


「了解」


「ただし強い振動は避けてください」


「もちろん」


「テオとミナも?」


「小さいミナを乗せるなら、安全な装備が必要では?」


「そこは俺も考えてある」


     ◇


 バギー置き場へ向かう。ラウルが今回初めて実物を見る六人乗りのオフロード作業バギー。大径タイヤにロールケージ。前後二列の座席と後部の荷台。ラウルが立ち止まった。


「……これか?」


「これ」


「馬がない」


「だから言っただろ」


「本当に馬がない」


「騎馬兵だけに、やっぱりそこが気になるんだな」


 テオは目を輝かせている。


「これ動くの?」


「動く」


「速い?」


「速い」


「乗っていい?」


「安全装備つけてから」


 ユキはもう慣れている。


「バギー」


「そう」


「ユキも、のる」


「今日はミナもいるから、いつも以上に安全運転な」


「うん。あんぜんだいいち」


「おっちゃ」


 ミナが俺のズボンを引っ張る。


「これ、なに?」


「バギー」


「ばぎ?」


「そう」


「ミナものゆ?」


「乗るなら準備する」


「あい!」


     ◇


 問題はミナ。三歳児を普通の座席にそのまま座らせるわけにはいかない。

ユキ用の安全装備は既にあるが、体格が違う。


「ちょっと待ってろ」


 俺は《四十の手習い》のショップを開く。車両用品の子供用安全用品でオフロード車対応を検索。


「これかな」


【幼児用チャイルドシート/5点式ハーネス/車両固定対応】


 ミナくらいの小さな子供向け。頭部、肩、腰、側面保護。バギーの座席へ確実に固定出来るタイプ。値段が……。


「二百二十ポイントか」


 今さらここで節約する理由はない。俺は迷わず購入した。


     ◇


 俺はチャイルドシートを収納から取り出す。


「……!」


 ラウルとテオが揃って目を見開いた。


「今、何もないところから……?」


「収納スキルだよ」


「いや、収納持ちは知っている。だが、その大きさの物が入るのか?」


「俺のは少し特殊なんだ」


 その横で、ミナが俺とチャイルドシートを交互に見ていた。


「おっちゃ」


「ん?」


「おなかから、だした?」


「違う」


 どこかで聞いた質問だ。


「収納から出したんだ」


「しゅーのー?」


「そう」


 ミナはしばらく俺のお腹をじっと見てから、真顔で言った。


「おっちゃ、へん」


「お前もそこに辿り着くのか……」


 隣でユキが、妙に納得した顔で頷いた。


「おっちゃん、へんなおっちゃん」


「元祖まで乗るな」


「何が出た?」


 ラウルが聞く。


「ミナ用の椅子」


「椅子?」


 収納から取り出す。ラウルがますます分からない顔。


「これを車の座席に付ける」


「わざわざ?」


「わざわざ」


「普通に座らせては?」


「駄目」


 即答。


「身体が小さすぎる」


 大人用のシートベルトは大人体格に合わせている。小さな子供へ使えば位置が合わない。首や腹は、事故や急停止時に危険。


「だから身体に合う物を使う」


「……」


「何?」


「いや」


 ラウルがチャイルドシートを見る。


「そこまでやるのかと思って」


「三歳児を高速で走る車に乗せるんだぞ」


「そう言われれば当然か……」


「当然」


     ◇


 固定して、ぐらつき確認。一度押して前後、左右を確認した。


「よし」


 前列の真ん中へ設置した。バギーの前列は三席。俺が運転席。ミナをチャイルドシート。その隣にユキ。もちろんユキも既存の安全装備とベルトを使う。後部座席にはラウルとテオ。


「ミナ」


「う?」


「乗るぞ」


「あい!」


 抱き上げてチャイルドシートへ。


「ここ?」


「そう。今からぎゅって固定する」


「ぎゅ?」


 5点式ハーネスを装着。胸元、肩、腰。緩みを確認。


「苦しくない?」


「う?」


「きつい?」


「へーき」


「手、入るな」


 適度な余裕。


「よし」


 ユキが横から見る。


「ミナ、かっこいいよ」


「ミナ、かっこいい?」


「うん!」


「ムフ…!?」


 ミナが胸を張ろうとするがハーネスで動かない。


「う?」


「それが安全装備だ」


     ◇


 テオも後ろへ乗る。


「うわ……」


「手すり握ってな」


「うん」


「ベルト」


「これ?」


「そう」


 ラウルは乗り込むのに少し時間がかかった。


「脚大丈夫か?」


「ああ」


「無理なら止めるぞ」


「いや!乗る」


「子供みたいだな」


「三年間も捕虜だった男が、初めて見る乗り物を前にしているんだ。少しくらい許せ」


「それなら許す」


 ラウルもベルト装着。


「これで身体を固定するのか」


「そう」


「騎兵には無い考えだな」


「馬から落ちそうになったら外れた方がいい場合もあるだろ」


「確かに」


「車は車体の中にいた方が安全だから」


「なるほど」


     ◇


「こびゃっこは?」


 ユキが聞く。


「びゃっこも行くのかえ?」


 こびゃっこは、ミミの背中へ戻っていた。


「びゃっこはここで留守番を――」


「こびゃこ!」


 ミナが叫ぶ。


「……」


「いっしょ!」


「……」


 こびゃっこが遠い目をする。


「こびゃっこ、一緒に行くってさ」


「こ、これヒカル!」


「神使様は人気ありますなあ」


「ぐぬぬ。断りづらい雰囲気を作りおって!」


 結局。こびゃっこはユキの膝。ミナの横ではない。


「ここなら安全じゃ」


「何から?」


「分かっておるじゃろ!」


「こびゃこ!」


「ここにおるぞ!」


     ◇


「じゃあエンジンかけるぞ」


「えんじん、すたーと!」


 ユキが言う。


「おっちゃ、だんどり!」


 ミナが言った。


「そこまで覚えたか」


 キーを回し、エンジン始動。ブルルルル。


「う!」


 エンジン音にミナの狐耳が跳ね、少し身体が固まる。俺はミナに聞く。


「ミナ。大丈夫か?」


 ユキもすぐ横から言う。


「ばぎー、おと、おおきいから」


「……おおきい」


「こわい?」


「……」


 ミナがユキを見る。


「ちょっと」


「ユキ、いる」


「あい」


 俺も振り返る。


「嫌なら止めるぞ」


「ヤッ!」


「どっちだ?」


「のゆ!」


 乗るらしい。


「分かった。ゆっくりな」


     ◇


 最初は時速十キロも出さない。駐車場所から鋼橋へ。


 ゆっくり。


「動いた!」


 テオが声を上げる。ラウルは黙っていたが、やがて呟く。


「馬なしで…本当に」


「まだ言うか」


 少し速度を上げる。十五、二十…。


「おお……」


 ラウルが周囲を見る。


「これは」


 テオは完全にはしゃいでいる。


「速い!」


「まだ遅いぞ」


「これで!?」


「試走だからな」


 前では。


「きゃー!」


 ユキ。


「きゃあ!」


 ミナ。二人とも笑い始めた。さっきまでエンジン音を怖がっていたミナの耳が立っている。


「ミナ」


「う?」


「大丈夫?」


「あい!」


「はやい?」


「はやい!」


 尻尾がチャイルドシートの横でぶんぶん動いている。


     ◇


 俺は、鋼橋を渡り、南側の砕石道路へ出た。今日は遠くまで行かない。畑の脇を抜けて、砕石で舗装された道路を進む。やがて道路の入口を抜けて湖岸を走る。路面状態を見ながら速度を上げる。時速は約三十キロ程度。


「……」


 ラウルが黙った。


「どう?」


「待ってくれ」


「何?」


「これが普通なのか?」


「何が?」


「速度だ」


「今はかなり抑えてる」


「これで?」


「ああ」


 最近のガランならもっとスピードを

出す。もちろん地形と安全が前提だが。


「では、昨日言っていた」


「前進基地まで三、四時間?」


「ああ」


「……」


 ラウルが前方を見る。道路、景色、流れていく草地。


「冗談ではなかったのか」


「だから最初から本気だって」


「馬なら……」


「何日かかるんだ?」


「湖岸の地形を考えれば五日程度」


「そうか。バギーなら道次第だが、それでも数時間で着くだろう」


「……」


「もちろん、途中で地形確認とか休憩とかするから、実際はもう少し余裕見た方がいいけどな」


「それでも一日で十分着く?」


「場所が分かればな」


「そうか……」


 ラウルの顔が変わる。遊びではなく、軍人の顔になっていた。


     ◇


「ヒカル」


「何?」


「これは何台ある?」


「今動かせるバギー?」


「ああ」


「二台だ。一台はガランが湖畔のパトロールに使っている」


「……」


「何を考えてる?」


「このバギーを、我が軍で使えたら……」


「だと思った」


「これが十台、二十台あれば」


「待て待て」


「分かっている」


 ラウルが苦笑する。


「欲しいと言っているわけではない」


「ならいいけど」


「ただ、我々の常識で考えてはいけない手段だと分かった」


「そこはそうかもな」


「なんせ、馬を用意する必要がない」


「燃料は必要だぞ」


「餌ではなく?」


「液体の燃料だ」


「休ませる必要は?」


「機械だから休養はいらない。ただし点検と整備は必要」


「夜も走れる?」


「ライト…灯火のようなものがある」


「雨は?」


「雨除けを取り付けられる」


「積載は?」


「このバギーは大人六人が乗れるが、荷台は見ての通りそんなに大きくない」


「……」


「質問増えたな」


「当然だ!」


 軍人としては興味が尽きないらしい。


     ◇


「ラウゆ!」


 前からミナが振り返る。


「何だ、ミナ?」


「ばぎ、はやい!」


「ああ」


「ラウゆ、びっくり!」


「……そうだな」


「ムフー!」


「何でミナが得意になる」


「ばぎ、ミナの?」


「違う」


「ヤッ!」


「ヤッ!て言われてもな……」


 ユキが言う。


「ミナ」


「う?」


「バギー、おっちゃん、うごかす」


「確かにそうだな」


「ばぎ、ユキねーちゃの?」


「そういう意味では、ユキのでもない」


「む」


 いや、ユキも不満なのか。


     ◇


 湖岸をしばらく走行して折り返し、南側砕石道路入口で、一度停車する。


「みんな大丈夫か?」


 全員確認した。


「うん!」


 テオ。


「あい!」


 ミナ。


「だいじょうぶ」


 ユキ。


「私は……」


 ラウルが少し考える。


「いろいろ情報量が多い」


「身体じゃなくて頭か?」


「ああ」


「なら問題ないな」


「問題ないのか?」


「帰ったらゆっくり考えてくれ」


 俺はミナのハーネスも確認する。緩みなし。ユキのベルトも、後部も。


「安全確認終わり」


「おっちゃん、だんどり」


「そう」


「おっちゃ、だんどり!」


「ミナにも完全に定着したな」


     ◇


 帰り道の直線で、周囲を確認。人なし、動物なし、路面良好。


「ちょっとだけ速度上げるぞ」


「どれくらい?」


 ラウルが聞く。


「まあ四十から五十キロくらい」


「ご、五十?」


「時速」


「……」


「嫌ならやめるが」


「いや」


 ラウルの目が少し好奇心寄りになった。


「頼む」


「テオ?」


「乗る!」


「ユキ?」


「はやい?」


「さっきより」


「いく」


「ミナ?」


「いく!」


「よし」


 ゆっくり加速して、時速五十キロになった。


「うおお!」


 テオが声を上げる。


「きゃあああ!」


 ユキ。


「きゃああ!」


 ミナも声を上げる。ラウルはというと。


「……っ!」


 手すりを強く握った。


「どう?」


「速い!」


「馬より?」


「比較にならん!」


「軍馬でも?」


「全力疾走をずっと続けられる馬などいない!」


「そりゃそうか」


「しかも荷物も人も積んでいる!」


「バギーだからな」


「その言葉で全部済ませるな!」


     ◇


 数十秒だけ走り、鋼橋の手前ですぐ速度を落とす。


「もう終わり?」


 テオが聞く。


「終わり」


「もっと!」


「今日は試走」


「えー」


「患者もいるしな」


 ラウルを指す。


「私のせいか」


「「患者は医療判断優先。マリベルが強いからな」


「否定出来ない」


     ◇


 食堂へ戻り、エンジン停止。みんな急に静かになった。


「……」


 ラウルがしばらく座ったまま。


「降りられる?」


「ああ」


「目回った?」


「違う」


「なら?」


「昨日」


 ラウルが言う。


「百五十から百七十キロを三、四時間と言われて、正直なところ誇張だと思っていた」


「うん」


「今は?」


「信じる」


「早いな」


「体験したからな」


 ラウルがバギーを見る。


「これなら、本当に前進基地まで日帰りすら可能かもしれない」


「用事が済む時間次第だけどな」


「ただし」


 ラウルの顔が真面目になる。


「湖岸をずっとこの道のように走れるわけではない」


「そこは分かってる」


「森が湖岸近くまで迫る場所もある」


「うん」


「岩場もある」


「そこもルート選定が必要」


「沢もある」


「通れなければ、一旦収納するから」


「バギーも収納出来るのか?」


「俺の収納、少し特殊――」


「少しどころじゃないだろう!」


 ラウルが呆れて俺を見る。


     ◇


「おっちゃ!」


 ミナ。


「ん?」


「おりゆ!」


「ああ」


 ハーネスを外し、ミナを抱き上げバギーから降ろす。


「どうだった?」


「ばぎ!」


「うん」


「はやい!」


「うん」


「ミナ、のった!」


「乗ったな」


「ムフー!」


 胸を張る。


「怖くなかった?」


「……」


 少し考える。


「さいしょ、こわい」


「うん」


「となり、ユキねーちゃ、いた」


 ユキを見る。


「うん」


「あと、みんないた、ミナ、だいじょぶ、なった」


 その言葉に、ラウルが黙った。


「そうか」


 そう言って俺はミナの頭を撫でる。


「よく乗れたな」


「ミナ、できゆ!」


「ああ」


     ◇


 テオも降りると、そのままバギーの周囲を見始めた。


「ここ、何?」


「タイヤ」


「これは?」


「サスペンション」


「さす……?」


「地面のでこぼこの衝撃を減らす」


「これは?」


「荷台」


「これ六人乗れる?」


「ああ。大人が六人だ」


「馬車より速いのに?」


「うん」


「すご……」


 ラウルが苦笑する。


「テオ」


「何?」


「まずヒカルを休ませろ」


「あ」


「俺は別にいいけど……」


「私も聞きたいことが山ほどある」


「お前もかい!」


「当然だ」


     ◇


 その頃。


「こびゃこ!」


「ぬ?」


 こびゃっこがユキの膝から降りていたのをミナが見ていた。


「だっこしゅゆ!」


「ミナよ、暫し待つのじゃ」


 こびゃっこが周囲を見ると、少し離れたところにミミとクロメがいた。


「……」


 すると、こびゃっこの目が光った。


「ミミ!」


 こびゃっこが呼ぶと、ミミがこちらを見る。


「来るのじゃ!」


 ミミが尻尾を振って近づく。


「まさか……」


 俺が言う。


「大人気ないぞ」


「何のことじゃ」


 ミミが来ると、こびゃっこがふわりと浮いて背中へ乗る。


「ふっ」


 得意気な顔の白い毛玉。


「神使専用単車、再出発じゃ!」


 ミナがその様子を見ている。


「……」


「どうじゃ幼子。ここまでは――」


「ミミ!」


「ぬ?」


 ミナがミミへ走る。


「ミミ、なでなで!」


「ミミ!待つのじゃ!」


 ミナがミミを撫でる。


「こびゃこ!」


 両手を伸ばす。


「作戦が完全に逆効果だぞ」


「ぐぬぬ」


「ミミを怖がらなくなったからな」


「ヒカル! これは想定外じゃ!」


「お前が安全な動物だって証明したようなものだろ」


「策士、策に溺れるとはこのことか!」


「自分で言うな」


     ◇


 ミナがミミを撫でながら。


「こびゃこ、おりゆ?」


「降りぬ!」


「だっこ」


「今は巡回中じゃ!」


「もう巡回終わっただろ」


「第二次巡回じゃ!」


「どこへ行く」


「……畑!」


「そろそろ夕飯だぞ」


「む」


 こびゃっこが詰まった。ユキが言う。


「こびゃっこ」


「何じゃ?」


「ごはん」


「……」


「いく?」


「……行く」


「じゃあ、おりる」


「ぬう」


 白い毛玉が敢えなく詰んだ。


     ◇


 結局こびゃっこはミミから降りた。そしてミナに捕まった。


「ミナよ。ぎゅーは、ちょっとじゃぞ」


「あい!」


 ぎゅ。


「……うむ」


「すりすり?」


「一回じゃ」


 すり。


「なでなで?」


「毛並みに沿ってじゃ」


 なでなで。


「おっ、上手くなったな」


 俺が言うと、ミナが得意げに胸を張る。


「ミナ、できゆ!」


「うむ。今日は本当に上手じゃぞ」


 こびゃっこも認めると、ミナの耳がぴんと立つ。


「こびゃこ、しゅき!」


「……うむ」


 少し間があった。


「びゃっこも、おぬしを嫌いではないぞ」


「しゅき?」


「嫌いではない」


「しゅき?」


「……」


「こびゃこ、ミナ、しゅき?」


「幼子はしつこいのう!」


「しゅき?」


「好きじゃ!」


「あい!」


 ぎゅ。


「強い! 強いのじゃ!」


「このやり取り、もう定番化してきたな」


     ◇


 俺は笑いながら食堂を見る。夕食の準備が始まっている。マルタとリリアは厨房で、ミーシャも手伝いに戻る。


 トトは赤ワゴンを片付けようとしていた。テオはミミとクロメから離れず、ラウルはバギーをまだ見ている。ユキはミナとこびゃっこの間で、


「ミナ、やさしく」


 とお姉ちゃんをしている。


 昨日、白狐の里自治領を作ろうと決め、今朝は自分たちの権利について話をした。


 主権、象徴君主、人権、友好条約と親書。そしてロックパーム公国軍の前進基地。


 話だけ聞けば随分大きなことを始めた気がする。でも、実際に俺の目の前にいるのは、赤いワゴンで遊ぶ子供たちと、初めて魔犬を撫でて喜ぶ三歳児。


 更に、その三歳児から逃げようとして失敗する神使と、初めてバギーへ乗って驚く軍人と夕飯の匂いだ。


 たぶん、それでいい。自治領を作る理由だって突き詰めれば、こういう夕方を守るためなんだから。


     ◇


「ヒカル」


「ん?」


 ラウルが近づいてくる。


「前進基地へ行く話だが」


「ああ」


「今ので考えが変わった」


「同行していい?」


「そこはまだ即答出来ない」


「やっぱり?」


「そりゃ軍事機密だからな。俺の一存で簡単には決められない」


「うん」


「ただ……」


 ラウルはバギーを見る。


「ヒカルが親書を持って直接行く意味は分かった」


「そうなのか?」


「この乗り物を公国軍に見せろという意味ではないぞ」


「分かってるさ」


「白狐神を象徴として立てた自治領が、ロックパームと友好を望んでいる。その代表が自ら来る」


「ああ」


「それなら基地司令官も、軽く扱うことは出来ない」


「そうなるといいけど」


「それに」


 ラウルが少し笑う。


「私は、これで五日歩かずに済むかもしれない」


「そこ大事なところ?」


「当然だ!」


「軍人らしくないな」


「まあ怪我人だからな。今度こそ患者の権利を使わせてもらう」


「便利な言葉だな」


     ◇


「おっちゃ!」


 ミナが呼ぶ。


「何?」


「ごはん!」


「はいはい」


「ユキねーちゃも!」


「いる」


「ラウゆも!」


「ああ」


「テオも!」


「いるよ」


「こびゃこも!」


「びゃっこも食べるぞ!」


「ミミ!クロメ!」


「ワフッ!」「ウォン!」


 ミミとクロメも尻尾を振る。ミナは嬉しそうに全員を見た。


「みんな、いっしょ!」


 それだけ言って、笑った。ラウルがその姿を見て、静かに息を吐く。


「……ここまで来て、本当によかった」


 俺は何も答えなかった。答えなくてもいい気がした。


 夕食の匂いが漂ってきた。ミナはユキの手を握り、もう片方の手には、少し毛並みの乱れたこびゃっこを抱いている。後ろからミミとクロメ。テオ、ラウル、そして俺。


 白狐の里自治領。まだ看板すらないが、そこに何を守りたいのかだけは、もう随分前から決まっていた様な気がした。


続く。


     ◇


【第134話・収支報告】


異世界生活95日目

日付:六の月24日・夕方

オリエント王国歴952年


開始残高:3,122,585pt


今回の新規購入:


・幼児用チャイルドシート

 5点式ハーネス/車両固定対応

 220pt(約22,000円相当)


今回支出合計:220pt


現在残高:


3,122,585pt − 220pt

= 3,122,365pt


円換算目安:


3,122,365pt × 100円

= 約312,236,500円相当


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