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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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132/139

第132話 白狐神、象徴君主となる


 セレナが静かに口を開いた。


「まず、ラウル・ブルース殿。確認させてください」


「はい」


「あなたはロックパーム公国軍、第一騎兵団副団長であると名乗られました」


「ああ」


「ですが現在、私たちにはその身分を確認する手段がありません」


 ラウルは気分を害した様子もなく、当然だというように頷いた。


「その通りです。身分証になる物は捕虜になった時に全て奪われた。軍服にも所属章は残っていない」


「ありがとうございます」


 セレナは淡々と続ける。


「ですので、オリエント王国として現時点では、あなたを『ロックパーム公国軍第一騎兵団副団長を名乗り、その立場にある可能性が極めて高い人物』として扱います」


「異論はありません」


「もう一点。仮にあなたの身分が確認されたとしても、副団長という立場でロックパーム公国そのものを代表し、外交上の約束を結ぶ権限はありますか?」


「ありません」


 即答だった。


「私は軍人です。公国の外交権を委ねられた使節ではない。軍へ戻ったあと、上官を通して大公府へ報告することは出来ますが、この場で国同士の約束をすることは出来ない」


「十分です」


 セレナが頷く。そこを最初にはっきりさせるのか。俺なら話の流れで後から確認しそうだ。さすが外交のプロだ。


     ◇


「それでは」


 セレナが改めて姿勢を正した。


「先ほどの質問へお答えします。この湖畔とオリエント王国は、どのような関係にあるのか」


 ラウルも背筋を伸ばす。


「まず最も重要な点から」


 セレナの銀色の尻尾が静かに揺れる。


「ここはオリエント王国の領土ではありません」


 ラウルが黙って聞く。


「保護領でもありません」


「では、王国の庇護下でもない?」


「その表現も使っていません」


「近衛騎士団が二十名もいるのに?」


「駐屯軍という言葉も少し違います」


 今度はレオンが口を開く。


「俺たちは派遣隊だ」


「違いは?」


「ここを王国領として守備しているわけじゃない。湖畔側の要請や、ガラン大使、セレナ特使との調整に基づいて警備へ協力している。指揮系統そのものは王国近衛騎士団だが、この土地を占領しているわけじゃない。湖畔の警備のみについては、守護者ヒカル殿の指示を優先している。」


「……」


「勝手に土地を接収する権限もない。税を取る権限もない。住民へ王国法を押しつける権限もない」


 ラウルが俺を見る。


「だから王国旗もないのか」


「俺としては、騎士団宿舎に団旗ぐらい掲揚しても良いと思ってるんだが……。」


「いや、ようやく腑に落ちた」


 セレナが続ける。


「我が国はこの湖畔を、対等な友邦として扱う方針です」


「友邦」


「はい」


「国ではないのに?」


「国かどうかを、こちらが勝手に決める必要はありません」


 その言葉で。俺の中で、ずっと引っ掛かっていたものが動いた。


     ◇


 国じゃない。王国領でもない。保護領でもない。でも、ここには人が住み、家がある。畑があって道路があり、診療所もある。


 仕事があって、子供がいる。そして、白狐神がいる。今まではそれだけでよかった。俺たちの群れと湖畔の拠点。それだけで……。


 でも人が増え、オリエント王国から正式な大使まで来た。特使もいる。近衛騎士団もいる。今度はロックパーム公国の軍人と接触している。


 レイシス皇国と神務院は、こちらを調査対象としている。その状態でいつまでも、『ここは何なんですか?』『さあ?』では済まなくなってきた。そして俺は思い出していた。


 以前の、あの共有夢。先代白狐神しらゆきたちが暮らす別次元の湖畔。四百二十年の間に人口約三万人へ発展した、《白狐の里自治区》。


「……なあ」


 気が付けば声が出ていた。セレナが俺を見る。


「はい?」


「ちょっと待って」


「ヒカル?」


 ガランも俺を見る。


「実は今、ずっと考えてたことがまとまった」


「何をじゃ?」


 こびゃっこまで首を傾げる。俺は一度、ユキを見た。白い髪、白い狐耳、黒い瞳の中の金色。その隣では、ミナがよく分かっていない顔で座っている。


「この場所が何なのか……」


 俺は言った。


「そろそろ、ちゃんと決めた方がいいと思う」


     ◇


「決める?」


 ガランが聞き返した。


「ああ」


「国を作るという意味か?」


「いやいや、そこまで大袈裟にしたいわけじゃない」


「では?」


 少し考える。


「ここを《白狐の里自治領》としたい」


 診療所が静かになった。


「……自治領?」


 セレナが最初に反応した。


「ああ」


「オリエント王国内の自治領という意味ではありませんよね?」


「違う」


 そこはすぐ否定する。


「どこかの国の中の自治領じゃない。どの国にも属さない独立した領地として」


 セレナの顔が外交官のものへ変わる。レオンも壁から背を離した。ガランはしばらく俺を見ていた。


「ヒカル」


「何?」


「本気か?」


「たぶん今までで一番」


「……そうか」


 何だ、その顔。


「何?」


「いや」


 ガランが口元を緩めた。


「ようやくお前が、自分が白狐神の里の代表だと自覚し始めたと思ってな」


「できれば、代表は嫌なんだけど」


「せっかく見直したと思ったんだが、台無しだ」


「でも必要なんだろ?」


「ああ」


 俺は息を吐いた。


「だから決める」


     ◇


「まず」


 俺は指を一本立てる。


「この土地の主権は、ここで暮らす人たちにある」


「主権……」


 ラウルが呟く。


「王様じゃないのか?」


「そこ」


 俺は頷く。


「俺のいた国では、国を動かす最終的な権利は国民にあるって考える」


 ガラン、レオン、セレナ。三人とも微妙な顔をした。


「陛下ではなく?」


 セレナが確認する。


「ああ」


「王が国を所有するのではない?」


「少なくとも俺がいた日本では違う」


 この世界では王制が普通だ。それも王が強い権限を持つ国が多い。


 俺の説明が通じにくいのは分かる。


「俺の国には天皇という君主がいた」


「王ですか?」


「近いけど違う」


「政治を行う?」


「基本的には行わない」


「……では何を?」


「国と国民の象徴」


 さらに三人の顔が難しくなる。


「象徴?」


「その人が国を支配するんじゃない。でも国を一つにまとめる象徴として存在する」


 俺はユキを見る。


「この自治領でも、それに近い形がいいと思う」


 ユキが首を傾げる。


「ユキ?」


「ああ。俺はユキを白狐神として、自治領の象徴君主としたい」


「ユキ、なにする?」


「今まで通り」


「ごはん?」


「食べる」


「かんとく?」


「する」


「ミナと、おふろ?」


「入る」


「だっこ?」


「する」


「なら、よし」


「もう制度説明が終わったんだが」


 レオンが吹き出した。


     ◇


「つまり」


 セレナが慎重に言葉を選ぶ。


「白狐神ユキを、この自治領を統合する象徴として置くのですね」


「ああ」


「ですがユキ自身が法を決め、税を徴収し、住民を支配するわけではない」


「そう」


「領民側に主権がある」


「うん」


「象徴君主制……」


「俺の世界では立憲君主制の一形態になる」


「立憲?」


「君主も法律や制度の枠の中にいるってこと」


「王より法が上にあるのですか?」


 セレナが素で驚いた。


「考え方としては」


 ガランまで腕を組む。


「俺たちの国とはかなり違うな」


「だが、そのまま持ってくるつもりはない」


「では?」


「この湖畔に合うように作る」


 俺は指を折る。


「ユキは、白狐の里自治領の象徴」


「うん」


「主権は領民」


「はい」


「政治や生活上の決まりは、そこに住む人たちで話し合って決める」


「なるほど」


「俺とこびゃっこは、白狐神の守護者として対外的な代表をする」


「びゃっこもかえ?」


「お前、こういうの得意だろ」


「ふむ。まあ、しらゆきの頃も似たような事はやっておった」


 こびゃっこが急に胸を張る。


「ならば役職名が必要じゃな」


「そこは任せる。得意だろ」


「ほう」


「ただし」


「何じゃ?」


「王とか大公とか領主とか、そういうのは却下」


「む」


「あと俺を『ヒカル様』とか『代表様』とか呼ばせるような名称も却下」


「まだ何も言うておらぬ!」


「先に釘を刺した」


「信用がないのう!」


「あるから任せるんだよ」


 こびゃっこが考え込む。


「ふむ……白狐神守護代表……自治領執政……いや、少し堅いのう」


「今日決めなくていい」


「こういうものは名前が肝心なのじゃ!」


 しまった。毛玉のスイッチが入った。面倒なところに任せた気もする。


     ◇


「ただし」


 俺は言った。


「今ここで俺一人が宣言して終わりにはしない」


 セレナが小さく頷いた。


「主権が領民にある、と今おっしゃいましたからね」


「そう」


 アルノ、リリア、ミーシャ、トト、ニナ。今ここで暮らしている人たち。もちろん、今後誰を正式な領民とするかも含めて決める必要がある。


「明日、みんなに話す」


「反対されたら?」


 レオンが聞く。


「やめるか、修正する」


「即答か」


「俺が勝手に自治領を作ったら、主権が領民にあるって最初の話から破綻するだろ」


 セレナがほんの少し笑った。


「筋は通っています」


「面倒だけどな」


「また顔に出ていますよ」


「今日はもう隠さない」


     ◇


「それで」


 俺はガランとセレナを見る。


「もし、みんなの賛成が得られて《白狐の里自治領》として正式に決まったら」


 二人が俺を見る。


「オリエント王国と、正式に友好条約を結びたい」


 今度こそガランが固まった。


「……ヒカル」


「何?」


「もう一度言ってくれ」


「白狐の里自治領として、オリエント王国と友好条約を結びたい」


「お前が?」


「うん」


「自分から?」


「そう」


 ガランが両手で顔を覆った。


「どうした?」


「いや……」


 肩が震えている。


「笑ってる?」


「違う」


 顔を上げる。笑っていた。


「嬉しいんだ」


「何が?」


「お前が、やっとこの湖畔を『自分たちの場所』として外へ向かって名乗る気になった」


「今までも自分たちの場所だったぞ」


「そういう意味じゃない」


 ガランが首を振る。


「今までは何か起きるたびに、その場で守ってきた。だが今は、自分から形を作ろうとしてる」


「必要になったからな」


「それでいい」


 セレナも姿勢を正した。


「正式な申し入れとして受け取ってよろしいのですか?」


「みんなの賛同が得られたら、正式に」


「承知しました」


 セレナが一礼する。


「白狐の里自治領側の意思が正式に確定した段階で、私からセイラム陛下へ報告します」


     ◇


「それと、もう一つ」


「まだあるのか?」


 レオンが言う。


「ある」


 俺はラウルを見る。


「ロックパーム公国とも友好条約を結びたい」


「……何?」


 今度はラウルが固まった。


「大公宛てに親書を書く」


「ヒカルが?」


「白狐の里自治領の代表として」


「待ってくれ」


 ラウルが右手を上げる。


「さっきまで領主ですらなかった人間が、数分で自治領を作って大公へ親書を出そうとしているのか?」


「みんなの賛成を得てからな」


「そこではない」


「違うの?」


「勢いがおかしい」


「必要なことを順番にやってるだけだけど」


 ガランが笑っている。


「諦めろ。こいつは段取りが決まると速い」


     ◇


「理由は三つある」


 俺はラウルへ向き直った。


「一つ目」


 ロックパーム公国は白狐神を強く信仰している。そして大公家は、四百二十年前のレイシス皇王室による白狐神の里への行為を恥として伝えている。


「ラウルが戻れば話すだろ?」


「何を?」


「先代しらゆきが別次元で生きていること」


「ああ」


「この世界に、新しい白狐神としてユキが生まれたことも」


「当然報告する」


「そこが少し怖い」


「怖い?」


 ユキが首を傾げた。


「ユキが怖いんじゃない」


「む?」


「信仰が強すぎることが、だ」


 ラウルの顔が変わった。


「どういう意味だ」


「悪気がなくても、信仰が強すぎれば『白狐神を守らなければならない』ってなるだろ」


「……」


「兵を送る。守備隊を置く。庇護すると言う。場合によっては白狐神を安全な場所へ移したいと言い出すかもしれない」


 ラウルが黙る。


「それ自体は善意かもしれない。でも俺たちから見れば干渉になる」


 こびゃっこが頷いた。


「なるほどの」


「だから先に伝える」


 俺はユキを見る。


「白狐神ユキは、この自治領を統合する象徴」


「ユキはユキ」


「そう」


「誰かの所有物でも、誰かに保護されるための存在でもない」


 ラウルはゆっくり頷いた。


「大公閣下なら理解されると思う」


「そう願ってる。だからこそ親書でちゃんと説明する」


     ◇


「二つ目」


 レイシス皇国。奴隷制度。そして神務院。


「オリエント王国も、この自治領も、ロックパームも、立場は違っても同じ問題を抱えてる」


 ガランが頷く。


「敵の敵は味方、というほど単純ではないがな」


「分かってる」


 だからこそ友好条約だ。


「互いの領土や主権を尊重する」


「うむ」


「相手を支配しない」


「当然ですね」


「奴隷制度や神務院の策謀について、情報を共有出来る関係を作る」


 ラウルの表情が真剣になる。


「それは公国にとっても大きい」


「だから対等な友邦として話したい」


     ◇


「三つ目」


 今度はセレナを見る。


「もし、ロックパーム公国とも友好条約が結べたら」


「はい」


「次は俺たちが間に入れる」


「……」


 セレナの銀色の耳が少し動いた。


「オリエント王国とロックパーム公国」


「両国の仲介を?」


「ああ」


「正式な国交すらない二国の?」


「いきなり同盟とかじゃない」


「では?」


「最初は使節を紹介するだけでもいい。お互い敵じゃないって確認するだけでも」


 両国の間には、北方大森林があり、普通の街道がない。今まで接触そのものが難しかった。


「でも、この湖畔はちょうどその間にある」


 ガランが少し考える。


「地理的にも、確かにな」


「それに」


 俺はラウルを見る。


「ロックパームには、白狐神を信仰する理由がある」


 次にガランとセレナ。


「オリエント王国は、今の白狐神と友好関係を築こうとしてる」


「白狐の里自治領が双方と友邦になれば……」


 セレナが続ける。


「中立的な窓口になれる可能性がある」


「そういうこと」


 セレナはしばらく考えたあと、小さく息を吐いた。


「先ほどまで『外交官は面倒だ』という顔をしていた人とは思えませんね」


「外交官にはなりたくない」


「でも外交はする」


「必要なら」


「それを外交官と言うのでは?」


「違う」


 即答した。


     ◇


 ガランが笑いながら聞く。


「それで、ロックパーム大公への親書はラウルへ預けるのか?」


「いや」


 俺は首を振った。


「俺が持って行く」


「……何?」


 ラウルの顔がまた止まった。


「俺も一緒に前進基地まで行く」


「待て」


「親書は直接、基地の司令官へ渡したい」


「待ってくれ」


「何?」


「今の話を聞いていたのか?」


「聞いてた」


「前進基地は軍事機密だぞ」


「だからラウルに許可を取ってる」


「そういう問題なのか?」


「嫌なら行かない」


 そこは大事だ。ラウルが拒否するなら、無理に探すつもりはない。


「ただ、自治領から正式な親書を預けるなら、俺が直接説明した方が誤解が少ない」


「……」


「それに白狐神の話は、紙だけじゃ伝わらないだろ」


 ラウルがユキを見る。


「まさか」


「ユキも行く」


「ユキ、いく?」


「ああ」


「おでかけ?」


「仕事」


「かんとく?」


「違う」


「む」


「びゃっこもじゃろうな」


 こびゃっこが言う。


「当然」


「なぜ当然なのじゃ!」


「先代しらゆきのことを一番説明出来るのはお前だろ」


「……それを言われると断れぬ」


     ◇


「基地まで、どのくらいなんだ?」


 俺が聞く。ラウルが少し迷った。だが、もう同行の可否を考えるなら必要だと思ったらしい。


「湖岸に沿って北上する」


「うん」


「徒歩なら……およそ五日」


「五日?」


 レオンが眉を寄せる。


「随分具体的だな。三年も収容されていたのに、なぜ分かる?」


 ラウルがレオンを見る。


「捕虜になった場所を覚えている」


 三年前の国境紛争。そこから捕虜収容所へ移送された。そして別の収容施設、西辺国境砦。そして今回の研究施設への移送途中で逃亡。


「全て目隠しされていたわけではない」


「なるほど」


「馬車で移動した時間。徒歩の時間。道の方向。太陽の位置。休憩の回数」


「騎兵らしいな」


 ガランが感心する。


「馬車や人間の平均速度は身体で分かる」


 さらに今回、首輪をつけたまま逃亡し、大湖へ辿り着いた。


「正確な位置は出せないが、紛争があった国境から現在地までの移動距離は、大まかには計算出来る」


「それと」


 レオンが言う。


「国境から前進基地までの距離を、お前は元々知っている」


「ああ」


「二つを合わせた?」


「そうだ」


 ガランが少し考える。


「徒歩五日なら……道の状態にもよるが、百五十から百七十キロくらいか」


「そんなところだと思う」


 俺は頷いた。


「バギーなら、道の状態にもよるが、三、四時間くらいだな」


「……何?」


 ラウル。


「は?」


 レオン。


「三、四時間?」


 セレナ。三人が同時に俺を見る。


「そんなに驚く?」


「驚くだろ!」


 レオンが言った。


「百五十キロ以上だぞ!」


「道が悪ければもう少しかかるけど、バギーなら走れる場所を選べば」


 ガランが普通に頷く。


「まあ、大体そんな感じだな」


「ガラン大使まで!?」


 セレナが珍しく声を上げた。


「俺は運転してるからな」


 ガランが平然と言う。


「王国側の湖東岸補給基地までなら、休憩を入れても五時間くらいで着くぞ」


「……」


 セレナとレオン、そしてラウルが完全に止まった。


「前進基地まで三、四時間?」


「ああ」


「……そのバギーというのは何だ?」


「あ」


 そういえば。


「ラウル、まだ見てないのか」


「何を?」


「バギー」


「言葉だけは何度か聞いた」


「明日見せる」


「馬車か?」


「馬はいない」


「魔導車?」


「違う」


「では何で動く?」


「燃料」


「……分からん」


「見た方が早い」


     ◇


 ラウルが真剣な顔へ戻る。


「私が同行を認めたとして、他に誰を連れて行く?」


「あと護衛」


 ガランを見る。


「リーファとロクを借りたい」


「近衛騎士団ではなく?」


 レオンが聞く。


「近衛は駄目だろ」


「なぜ?」


「オリエント王国の正規軍だからな」


 前進基地はロックパームの秘匿軍事施設だ。そこへ王国近衛騎士を連れていけば、話がややこしくなる。


「ガランも今回は駄目」


「俺もか?」


「王国大使だろ」


「……そうだった」


「忘れるなよ」


「元々ハンターだった期間の方が長いからな」


「今回は大使として残ってくれ」


「分かった」


     ◇


「その二人とは?」


 ラウルが聞く。


「《東風の牙》のメンバーだ」


「ハンターチームの?」


「ああ」


「それなら王国側の人間では?」


 そこはガランが答えた。


「ハンターは王国軍ではない」


「しかし現在は、軍と共同で湖畔警備に」


「今はそうだ」


 俺が続ける。


「だから今回同行してもらうなら、立場を明確にする」


「どういう?」


「白狐の里自治領代表である俺が、個人的に雇った護衛」


 セレナが俺を見る。


「オリエント王国からの派遣要員ではない、と明確にする?」


「そう」


「王国の命令でもない」


「うん」


「ガラン大使の命令でも?」


「俺からお願いはするけど、正式には俺から依頼して雇う」


 ガランが頷く。


「それなら整理出来る」


「もちろん報酬も俺から払う」


「いや、そこは――」


「払う」


「ヒカル」


「当然の報酬だ」


「……分かった」


 ラウルが俺とガランを交互に見る。


「そこまで区別するのか」


「する」


 セレナが答えた。


「むしろ、こういう時こそ必要です」


「何かあった時」


 俺が言う。


「『オリエント王国がロックパームの秘匿基地へハンターを送り込んだ』なんて話になったら困るだろ」


「……確かに」


「だから今回行くなら」


 指を折る。


「白狐の里自治領代表の俺」


「白狐神ユキ」


「守護神使こびゃっこ」


「ロックパーム公国軍のラウル」


「そして自治領代表が個人契約した護衛としてリーファとロク」


「六人か」


「そうなる」


     ◇


「待て」


 レオンが腕を組む。


「俺はまだ同行を認めたわけじゃないぞ」


「何でレオンの許可がいるんだ?」


「……」


「俺、王国民じゃないし」


「それを今言うか!」


「でも本当だろ」


「本当だから腹が立つ!」


 ガランが大笑いする。


「レオン。諦めろ」


「お前は心配じゃないのか」


「心配だ」


「なら!」


「だが今、ヒカルは初めて白狐の里の代表として、自分で外交をしようとしている」


 ガランの顔が少し真面目になる。


「止める理由はない」


「危険だぞ」


「だからリーファとロクを付ける」


「俺たち近衛の方が護衛能力は高い」


「それも分かってる。でも今回は立場が悪い」


「くそ……」


 レオンが頭を掻く。


「政治って面倒だな」


「だろ?」

 

 俺は腕を組み、ニヤニヤしながらレオンを見る。


「お前に同意されると腹立つな!」


     ◇


「まだ決定じゃない」


 俺は全員を見る。


「まず明日、住民みんなへ《白狐の里自治領》の話をする」


 住民以外にも、今後この場所で正式に暮らす者の扱いを決める必要がある。


「みんなが賛成してくれたら、正式に発足」


「うん」


 ユキが頷く。


「ユキ、しょーちょー?」


「そう」


「しょーちょー、なに?」


「みんなの真ん中にいる人」


「おっちゃんも?」


「俺は違う」


「こびゃっこ?」


「びゃっこは偉い代表じゃ」


「まだ名前決まってないぞ」


「これから考えるのじゃ!」


 ミナが手を上げる。


「ミナも!」


「何が?」


「しょーちょ!」


「一人でいい」


「ヤッ!」


「そこ競うものじゃないから」


     ◇


 ラウルが、まだ少し呆然と俺を見ていた。


「ヒカル」


「何?」


「本当に来るつもりなのか」


「前進基地?」


「ああ」


「ラウルが許可して、みんなの賛成を得て自治領が正式に出来たら」


「……」


「親書を持って行く」


「相手は軍事基地だぞ」


「分かってる」


「白狐神まで連れて?」


「ユキ本人が行くって言ってる」


「いく」


「神使様も?」


「仕方ないのう」


「バギーで?」


「そう」


 ラウルは額へ手を当てた。


「私は、昨日まで奴隷だったんだぞ」


「知ってる」


「一昨日まで、この場所の存在すら伝承でしか知らなかった」


「うん」


「そして今」


 俺を指す。


「白狐神の新しい自治領の代表になると言い出した異界人が、白狐神と守護神使を連れて、百五十キロ先の我が軍の秘密基地へ親書を届けに来ると言っている」


「整理すると変だな」


「整理しなくても変だ!」


 診療所に笑い声が響いた。ミナまで意味も分からず笑っている。


「ラウゆ、おもしろ!」


「私は面白くない!」


「でも笑ってるぞ」


「……」


 ラウルは一瞬黙る。自分でも気づいたらしい。


「本当だな」


 三年ぶりに戻った笑いは、どうやら昨日だけでは終わらなかった。


     ◇


 俺は改めてユキを見る。


「ユキ」


「ん?」


「明日、みんなに聞こう」


「なに?」


「ここを《白狐の里自治領》って名前にしていいか」


「びゃっこの、さと?」


「そう」


「ユキのむれ?」


「ユキだけじゃない。みんなの場所」


「……」


 ユキは少し考える。


「みんなの、むれ」


「ああ」


「ユキ、まんなか?」


「象徴だからな」


「しょーちょー」


「うん」


「おっちゃん、まもる?」


「守る」


「こびゃっこも?」


「当然じゃ」


「なら」


 ユキが胸を張った。


「なら、よし」


 結局そこへ戻る。でも、たぶん、それくらいでいい。王だの国だの、主権だの外交だの、難しい名前はいくらでも付く。その根っこは、ここにいる人が安心して暮らせる場所を守ること。俺にとっては、それだけだ。


 そして明日。湖畔の「群れ」は、自分たちが何者なのかを初めて自分たちで決めることになる。


 《白狐の里自治領》。まだ仮の名前で、まだ俺一人だけの提案だ。でも、もしみんなが賛成してくれたなら、ここから先はオリエント王国とも、ロックパーム公国とも、誰かに守られる場所ではなく、誰かに従う場所でもなく、自分たちの意思で、友達になれる。


「おっちゃん」


「何?」


「だっこ」


「今その流れで?」


「しょーちょーも、だっこ、だいじ」


「まだ象徴になってないぞ」


「む」


 よく見ると、少し眠そうな顔をしている。仕方ない。ユキを抱き上げると、その横で同じ様に眠そうにしていたミナも両手を上げた。


「ミナもだっこ」


「もう眠そうだぞ」


「ヤッ!」


「明日…」


「ヤッ!」


 仕方なく、ミナも抱き上げる。両手に狐耳の幼女を抱える、四十のおっさん……。


 自治領を作る前に。まず三歳児との外交交渉から必要らしい。


続く。


     ◇


【第132話・収支報告】


異世界生活94日目

日付:六の月23日・夜

オリエント王国歴952年


開始残高:3,122,585pt


今回の新規購入:なし


・診療所での会談のみ

・工事事務所、診療所の設備は既存設備を使用

・新規資材、装備、食料等のポイント購入なし


今回支出合計:0pt


現在残高:


3,122,585pt − 0pt

= 3,122,585pt


円換算目安:


3,122,585pt × 100円

= 約312,258,500円相当

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