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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第128話 白狐神と三年前の戦場


 診療所へ戻ったのは昼前だった。


 リヤカーが診療所前へ着く頃には、マリベルが入口を開けたまま待っていた。


「こちらへ」


「まずこの子から」


「はい」


 俺はミナを抱き上げ、診療所のベッドへ寝かせる。三歳ほどの身体はやっぱり軽かった。毛布の中へ入れると赤茶色の狐耳が少しだけ動いたが、目は閉じたままだった。


「呼吸は安定してきています」


 マリベルが胸へ手を当て、身体鑑定を使う。


「熱はどうだ?」


「少しあります。ただ森でヒカルさんが診た時よりは落ち着いていると思います」


「脱水の方を優先してくれ」


「はい」


 次にテオだ。自分で歩くと言ったが、彼の足元はふらついていた。


「無理しなくていい」


「歩ける」


「歩けるのは分かった。今日は歩かなくていい」


「……」


 俺が肩へ手を添えると、テオは一瞬身体を固くしたが、すぐに力を抜く。


「こっちに座って」


「うん」


 ミナの隣のベッドへ座らせる。そして最後にラウル……。


「私は自分で――」


「駄目だ」


「まだ何も言っていないが」


「自分で歩くって言う顔してた」


 エレナが横で小さく笑った。


「ラウルさん。矢尻が残っている可能性があります。ここでは患者ですから諦めてください」


「……分かった」


 今度は素直だった。


     ◇


 ラウルの左脚を改めて診る。ズボンの裾を切り、傷の周囲を広く確認。医療身体鑑定を使い、出来る範囲で詳細を見る。俺の視界へ左下腿の内部像が浮かんだ。


 骨、筋肉、血管。その外側に……。


「……あるな」


「矢尻ですか?」


 エレナが俺を見る。彼女にも俺のこのスキルは説明済みだ。


「ああ」


 金属らしい影が残っている。幸い太い血管からは外れている。骨にも当たっていない。


「運が良かった」


「分かるのか?」


 ラウルが不思議そうに聞く。


「これは俺のスキルだ。細かい説明は省くが、左脚の中を鑑定させてもらった。矢尻は骨に刺さってない。大きな血管も避けてる」


「なら抜くことができるのか?」


「ああ。抜くけど準備してからだ」


 俺は手袋を替える。マリベルが器具を並べ、エレナが傷の状態を確認する。俺たち三人で役割を分けた。


「傷を切開します?」


 エレナが聞く。


「必要最低限だけ。位置は分かってる」


「私が痛みを抑えます」


「助かる」


 マリベルがラウルを見る。


「少し痛みや違和感があります」


「構わない」


「強がらなくていいですよ」


「……はい」


 ラウルの兵士の顔が一瞬だけ崩れた。エレナが回復術を傷の周囲へ薄くかけ、痛みと炎症を抑える。局所麻酔の効果があるらしい。


 俺は洗浄と消毒をして、清潔な布で周囲を覆う。そして手術用の手袋とマスク、医療用ルーペを装着する


「いくぞ」


「ああ」


 把持鉗子(はじかんし)を入れる。ラウルの眉が動くが声は出さない。


「見えた」


 矢尻の端を掴む。角度を変えず、ゆっくり。


「抜ける」


 金属片が傷口から出てきた。小さな三角形。返しが一つ付いている。


「……嫌な形だな」


 皿へ置く。カランと小さな音。ラウルが息を吐いた。


「終わったのか」


「異物を取るのはな」


 もう一度洗浄し、内部へ泥や布片が残っていないか確認。


「大丈夫そうだ」


 そこでエレナへ譲る。


「今なら閉じていい?」


「はい」


 淡い緑色の光が傷を包む。裂けていた組織がゆっくり整っていく。不思議な光景だ。


 完全に何もなかった状態にはしない。炎症や感染の兆候を見る必要がある。皮膚表面も少し開いた状態を残し、ガーゼを当てる。


「今日は絶対安静」


「明日は?」


「状態次第」


「歩けるか?」


「だから状態次第」


「兵士はせっかちですね」


 マリベルが呆れた。


     ◇


 昼を少し過ぎた頃。テオは薄すめたコンソメスープとお粥を少量食べた。もっと欲しがったが今日は少しずつ。


 ラウルにも同じ物。ミナはまだ眠っているので水分補給を続ける。


 診療所の中には俺、ユキ、こびゃっこ、マリベル、エレナ。ガランとレオン。そして寝台へ上半身を起こしたラウル。テオはミナの横で眠ってしまった。


「少し話せるか?」


 ガランが聞く。ラウルは黙っていたが、視線がユキへ向く。ユキは俺の隣の椅子へ座り、こびゃっこを膝に乗せている。


「白き神獣様」


 ラウルは頭を下げる。


「ユキ」


 ユキは不満そうに言う。


「……失礼しました。ユキ様」


「さま、ない」


「……」


 ラウルは困った顔をした。


「無理だと思うぞ」


 俺が言う。


「何がだ」


「ユキに様付け」


「しかし」


「他の人たちも最初に敬称を付けたけど無理だった」


「おっちゃん」


「何?」


「ユキは、ユキ」


「ですよね」


「なら、よし」


 ラウルがそれを見て、ほんの少し口元を緩め、その後ゆっくりと息を吐く。


「まずは、手厚い治療と看護に感謝する」


 声が変わった。さっきまでの逃亡者ではない。兵士の声だった。


「私の名はラウル・ブルース」


 背筋を伸ばす。


「ロックパーム公国軍、第一騎兵団副団長だ」


 レオンの眉が上がった。


「やはり騎兵団か」


「服で分かったでしょう」


「動きもだ」


「なるほど。そうですか」


 ラウルは少し苦笑した。


「三年も奴隷をしていたが、癖までは抜けなかったようだ」


 その言葉で診療所の空気が重くなった。


     ◇


「三年前の北西国境紛争か?」


 レオンが言う。


「ああ」


 ラウルが頷く。


「私たち第一騎兵団は国境地帯の住民を後方へ退避させる任務に就いていた」


 ラウルの目が遠くなる。


「前線が崩れたのか?」


 ガランが聞く。


「崩れたというより……動けなくされた」


「動けなく?」


「魔導兵器だ」


 ラウルの手が毛布の上で握られた。


「今でも目に焼き付いている」


     ◇


 それは大型の馬車に似た兵器だったという。ただし馬はいない。大きな車輪に分厚い荷台。荷台前方には人の背丈を超える金属製の円盤が立っていた。


「円盤?」


 俺が聞く。


「丸い板だ。銀色に近い金属で、表面には何重もの術式が刻まれていた」


 ラウルは両手で大きさを示す。


「これくらいなどという物ではない。人が三人並んでも足りない」


「かなり大きいな」


「それが前方へ魔力を放つ」


「攻撃魔法?」


「少し違う」


 ラウルの顔が硬くなる。


「防御術式へぶつければ結界を削る。魔法障壁も弱らせる。そして人間へ向ければ……」


 握った手へ力が入る。


「身体が動かなくなる」


「麻痺させるのか?」


「おそらくそうだと思う」


 マリベルが反応する。


「魔力干渉による神経系の阻害でしょうか」


「私には難しいことは分からない」


 ラウルは首を振った。


「ただ浴びた瞬間、剣を握れなくなった。脚へ力が入らない。声を出そうとしても舌が動かない」


「どれくらい続いた?」


「短ければ数分。まともに浴びればもっと長い」


「前線でそれは致命的だな」


 レオンの顔から笑いが消えている。


「騎兵なら馬もやられる」


「ああ。馬も膝を折った」


 ラウルは一度目を閉じた。


「私はその時、身体強化を使っていた」


「身体強化?」


 俺が聞く。


「私が使える数少ない魔法だ」


 ラウルが自分の腕を見る。


「一定時間、身体そのものを強化する。皮膚は矢程度なら弾く。筋力、跳躍力、速度も上がる」


「かなり強くない?」


「だが、持続時間が短い。それに魔力消費も大きい」


「なるほど」


「その状態でも駄目だった」


 円盤から放たれた魔力をまともに受けて身体強化が崩れ、馬が倒れ、ラウル自身も地面へ落ちた。


「更に、それは普通の魔導兵器とは違っていた」


 ラウルの声が低くなる。


     ◇


 荷台の後ろには鉄格子の檻があった。大きな荷台の中央へ檻が固定され、その中に何人もの亜人が押し込められていた。


「奴隷だ」


 ラウルが言う。


「狐族。犬族。猫族。エルフ。俺が見た範囲だけでも何種族もいた」


 ユキの手が動いた。こびゃっこを抱く腕が強くなる。


「くびに、ひも?」


「……ありました」


「やっぱり」


 ユキの顔が曇る。ラウルは続けた。


「檻の天井には大きな装置が付いていた」


「何の?」


「魔力を吸い上げる装置だと思う」


 マリベルが息を呑む。


「まさか」


「奴隷たちから吸った魔力を、円盤へ送っていたらしい」


「人を魔力源にしてるのか」


 なんて胸糞が悪い。でもラウルの話はまだ終わっていなかった。


「それに兵器は馬では動かない」


「じゃあ何で?」


「人だ」


 一瞬意味が分からなかった。


「人?まさか人力で」


「荷台の左右に長い金属棒が何本も付いている」


 ラウルが腕を前へ出す。


「奴隷たちがそれを持たされる」


「……押すのか」


「ああ」


 何人も、何十人も。首輪を付けられた奴隷が金属棒へ並び、巨大な兵器を押す。止まれば首輪が作動し、命令に逆らえば痛み。


 兵器の後ろを神務兵士が歩き、指揮官が命令を出す。奴隷が押して、檻の奴隷から魔力を吸う。その魔力で前方の円盤が攻撃する。


「……最低最悪の兵器だな」


 俺の声が自分でも分かるくらい低くなった。


「はい」


 ラウルが答えた。


「最悪なのは、我々もそれが分かっていたことだ」


「どういう意味だ?」


「攻撃が出来ない」


 ガランが先に気づいた。


「そういうことか」


「ああ」


 ラウルの顔が歪む。


「兵器を止めるには、まず前方へいる奴隷を撃つことになる」


 押しているのは敵兵じゃない、奴隷だ。命令されているだけの人間。


「横から狙っても同じだ。荷台の周囲には奴隷がいる。弓兵も魔法兵も撃てなかった」


「その間に円盤で攻撃される」


「ああ」


 結界を削られ、兵士を麻痺させられる。守っている側だけが躊躇する。だが、兵器を使う側は躊躇しない。


「人質と盾と動力源を全部奴隷にやらせてるのか」


 思わず吐き気がした。ラウルが頷く。


「我々の中には、それでも撃てと言った者もいた」


 責める口調ではなかった。


「そうしなければ、後ろの村がやられる。もちろんそれは分かっていた」


 しばらく誰も喋らない。


「だが」


 ラウルが続ける。


「撃てなかった」


 それが三年前の戦場だった。


     ◇


 ユキの膝の上で、こびゃっこが動かなかった。いや、さっきまでユキに抱かれていたのに、いつの間にか立ち上がっている。


「こびゃっこ?」


「……円盤の中央に三つの穴がなかったかのう」


 ラウルが目を見開いた。


「ありました」


「円盤の縁には、縦長の黒い魔石が十二」


「……十二です」


「荷台下部の左右に補助術式の箱が二つ」


「なぜ……」


 ラウルがこびゃっこを見る。


「知っているのですか」


 こびゃっこの閉じたような吊り目が、いつもより細くなった。


「知っておるとも」


 声に笑いがない。


「四百二十年以上前からな」


 診療所が静まり返った。


「白狐神の里を攻めたのと同じ兵器か?」


 俺が聞く。


「同じ系統じゃ」


 こびゃっこの尻尾がゆっくり揺れる。怒っている時の動きだった。


「まったく……」


 前足が握られる。


「四百年以上経っても、相変わらずえげつない物を使っておる」


「前に話した兵器か?」


「違う」


 即答だった。


「あれは最後じゃ」


 こびゃっこの声がさらに低くなる。


「あれは里の結界を本当に破った封印兵器。敵味方の魔力を食らい、暴走しながら湖畔まで焼いた化け物じゃ」


「じゃあラウルが見たのは」


「その前によく使われておった物じゃ」


「よく?」


「何度も来たからの」


 こびゃっこが吐き捨てるように言った。


「神務魔導府は一度や二度で諦める連中ではなかった」


     ◇


 まだ先代白狐神しらゆきが湖畔にいた頃。神務魔導府は何度も里へ手を伸ばした。そのたびに使われたのが、奴隷を動力と盾にした移動式の魔導兵器だった。


「当時から?」


「基本は同じじゃ」


 こびゃっこが頷く。


「奴隷に押させ、奴隷から魔力を吸い、奴隷を盾にして前へ出る」


 ラウルが呆然としている。


「四百二十年前から……」


「そうじゃ」


「そんなものが今も」


「むしろ改良しておるのかもしれん」


 こびゃっこは鼻を鳴らす。


「胸糞の悪いところだけ、実に熱心じゃ」


「でも結界は?」


 俺が聞く。


「その兵器でも削られたのか?」


「多少はの」


 こびゃっこが胸を張る。


「じゃが当時の里の結界を舐めるでない」


「破られなかった?」


「一度もな」


 最後の封印兵器が来るまでは。


「では、その兵器で攻められた時はどうしたのです?」


 エレナが聞いた。こびゃっこは平然と言う。


「毎回、奴隷を解放した」


「……はい?」


 レオンが聞き返した。


「兵器を壊すより先に、押しておる者たちへ逃げろと伝える」


「どうやって?」


 俺が聞く。


「結界越しに神力で誘導したり、しらゆきが声を届けたりじゃ」


 こびゃっこは前足で空中を指す。


「兵器を押す棒を捨てさせる。そのまま結界へ走らせる」


「首輪は?」


「結界へ入れば壊れた」


「入っただけで?」


「当時の結界は今よりずっと強かったからの」


 ユキが目を丸くする。


「はいったら、ぱち?」


「そうじゃ」


「すごい」


「すごかったのじゃ」


 こびゃっこが珍しく素直に頷く。


「隷属術式程度なら境界を越えた時点で焼き切れた。首輪はその場で割れて落ちる」


「檻の中の奴隷は?」


「檻を壊した」


「誰が?」


「びゃっこや里の防衛隊じゃ」


「兵器に近づいたのか?」


「後ろに控えた神務兵士は結界へ入れぬ」


「あ」


「兵器だけが半分押し込まれてくる形になることが多かった」


 なるほど。前方の奴隷が結界内へ逃げると首輪が壊れる。兵器だけが半分結界内に入って止まり、結界へ侵入出来ない神務兵士は外。


「檻の扉を破って中の奴隷も外へ出す。歩けぬ者は里の防衛隊が運んだ」


「兵器そのものは?」


「放置じゃ」


「放置?」


「動力も魔力源もおらぬ物に何が出来る」


「確かに」


「あとで分解して、宗一郎と術式を調べたこともある」


 レオンが額を押さえた。


「敵の兵器が来るたびに奴隷だけ救出して兵器を接収したのか」


「うむ」


「神務魔導府からすれば最悪だ」


「知ったことか」


 こびゃっこはぷいっと顔を背けた。


「奴隷を盾にする方が悪いのじゃ」


 完全に正論だった。


     ◇


 ラウルがこびゃっこを見ている。その目にはもう「喋る毛玉を見る目」はない。


「守護神使様」


「こびゃっこでよい」


「しかし……神使様」


「まあ、それでよい」


 そこは様を許すのか。


「もし」


 ラウルの声が震えた。


「三年前の戦場に、この結界があったなら」


 言いかけて止まる。


「……すみません」


「言うでない」


 こびゃっこが静かに言った。


「それを考えると、おぬしが苦しくなるだけじゃ。それに三年前には、びゃっこも結界も存在していなかったしの」


 ラウルが俯いた。


     ◇


「その兵器で捕まった訳か?」


 俺が聞くとラウルは頷いた。


「俺たちは住民の撤退を援護していた」


 騎兵団の一部が前線へ残り。徒歩の住民や荷車。老人、子供、負傷者を先に北へ逃がす。


「我々は殿(しんがり)を務めた」


「部下もか?」


「二十七人」


 ラウルがしばらく黙る。


「その内、十二人が生きて捕まった」


 残りを聞く必要はなかった。


「身体強化を使って円盤の攻撃を耐えようとしたが、駄目だった。気がついた時には首輪が付いていた」


「住民は?」


「逃げ遅れた者も一緒に」


 ラウルの声が乾いている。


「老人も子供も関係なかった」


 そのままレイシス側の収容施設へ運ばれた。捕虜として、ただし扱いは戦争捕虜ではなかった。


「奴隷として登録された」


 レオンが拳を握る。


「公国は抗議を?」


「したと思う」


「思う?」


「三年間、外の情報はほとんど与えられていない」


 そうか。彼自身は公国が何をしたか知らない。


     ◇


「三年間ずっと同じ場所に?」


「国境近くの捕虜収容所だ」


 ラウルが答える。


「軍人は軍人でまとめられていた。住民は別区画だった」


「そこで三年?」


「ああ」


 強制労働に清掃。運搬や施設補修。

生きるための最低限の食事は与えられた。


「部下は?」


「何人かはまだいる」


「何人か?」


 俺が聞く。


「途中で別施設へ送られた者もいる。死んだ者も」


「……そうか」


 それ以上は聞かなかった。


「三週間前の事だ」


 ラウルが続ける。


「神務院の人間が来た」


 診療所の空気がまた変わる。


「神務院」


「ああ」


「何をした?」


「魔力検査と言っていた」


 マリベルが顔を上げた。


「魔力量だけではなく?」


「それは分からない。ただ何種類も水晶へ触れさせられた」


「結果は?」


「俺は『濃度適合』と言われた」


「……魔力濃度」


 マリベルが小さく呟いた。


「間違いありませんか」


「ああ。覚えている」


 ラウルは自嘲する。


「自分の処分を決める言葉だったからな」


     ◇


 検査から数日後。ラウルは別の名簿へ移され、移送される事となった。移送先は皇都郊外、神務院研究施設と伝えられた。


「研究施設……」


 嫌な言葉だ。


「何を研究しているかは?」


「詳しくは分からないが、魔道兵器に関わるものだろう」


「適合した理由は?」


「俺は身体強化魔法を使える。その適性と関係があると思っていた」


「魔力量?」


「そう考えた。だが違うらしい」


「魔力濃度ですね」


 マリベルが言った。


「その可能性が高いです」


「そもそも魔力濃度って何?」


 俺が聞くと、マリベルが少し考える。


「ヒカルさんには、魔力そのものから説明した方がよさそうですね」


「頼む」


「この世界に生まれた者は、基本的に誰でも魔力を持っています」


「人族も?」


「はい」


「魔法を使えない人も?」


「持っています」


 それは意外だった。


「魔法が使えるかどうかは、魔力量だけでは決まりません。術式を組めるか、属性との相性、訓練、感覚、種族差など色々あります」


「じゃあミナみたいな三歳でも?」


「もちろん」


 俺は眠っているミナを見る。


「生まれた時から?」


「はい」


「魔力量も同じ?」


「いいえ」


 マリベルが首を振る。


「一般的には成長とともに増えます。幼児の魔力量は成人より少ない」


「じゃあ何でミナが研究施設送りになる?」


「魔力濃度です」


「濃度?」


「魔力そのものの性質の密度と考えてください」


 マリベルが説明する。


「魔力量が水の量なら、魔力濃度はその水にどれだけ魔力的性質が濃く含まれているか……少し変な例えですが」


「いや分かりやすい」


「魔力濃度は基本的に生まれた時点で決まります」


「年齢で増えない?」


「ほとんど変わりません」


「つまり」


 俺はミナを見る。


「三歳でも大人と同じ基準で判定出来る」


「そういうことです」


     ◇


「魔導具との相性にも関係します」


 マリベルが続ける。


「魔力を流した時に術式が安定するか。出力が乱れないか。吸収した時に変質しにくいか」


「吸収……」


「おそらく」


 マリベルの表情が険しくなる。


「先ほどの魔導兵器とも関係します」


「魔力源として適しているか?」


「はい」


 俺は黙った。三歳。たった三歳。魔法が使えるかどうかなんて関係ない。魔力量が少なくても関係ない。生まれ持った濃度が兵器に適合する。たったそれだけで。


「研究材料か」


 声が低くなった。


「おっちゃん」


 ユキが俺の袖を握った。


「悪い……」


 一度息を吐く。


「……大丈夫」


「こわいにおい、した」


「ああ。正直怒った」


「ユキも」


 小さな顔がむっとしている。


「ミナ、ちいさい」


「ああ」


「だめ」


「ああ。駄目だ」


     ◇


「テオとミナに会ったのは移送前だ」


 ラウルが話を戻した。


「研究施設へ直接送られたわけじゃない?」


「一度、国境砦へ集められた」


「国境砦……」


 嫌な予感。


「西辺の大きな石造りの砦か?」


 俺が聞くとラウルが頷く。


「そうだ」


「中庭に鐘がある?」


「ある」


「客舎があって、地下に牢がある?」


「……よく知っているな」


 ガランとレオンが俺を見る。


「俺たちが前に行った砦だ」


 ガランも頷く。


「間違いないだろう」


「ガランたちが使節団として行ったところだな」


 俺はあそこを思い出す。鉄格子と首輪。奴隷として囚われていたミーシャ、トト、ニナ。また胃が重くなった。


「俺たちもその砦から子供三人を助けた」


 ラウルが目を見開く。


「助けた?」


「今は湖畔にいる」


「生きて?」


「ああ。もちろん」


 ラウルはしばらく言葉を失った。


     ◇


「俺は移送待ちとして地下へ入れられた」


 ラウルが続ける。


「そこでテオを見た」


 犬族の少年で痩せていた。だが誰かに食事を奪われないよう、小さな身体で狐族のミナを守っていたそうだ。


「ミナは?」


「テオの後ろにいた」


「兄妹?ではないよな」


「違う」


 ラウルが眠るテオを見る。


「三年前の紛争で二人の村も巻き込まれた」


     ◇


 テオは当時七歳ほど。両親と村にいた。レイシス側の攻撃で村が焼かれ、両親は殺された。テオ自身は生き残り、そのまま捕らえられた。


「ミナは?」


「生まれたばかりだったらしい」


 胸が詰まる。


「父親は?」


「同じ時に死んだ」


「母親は?」


「生きて捕らえられた」


 赤ん坊のミナを抱いた母親と両親を失ったテオ。同じ収容施設へ入れられたそうだ。


「ミナの母親がテオの面倒も見たそうだ」


「自分も赤ん坊を抱えてるのに?」


「ああ」


 食べ物を分け、眠る場所を作り。泣くテオを慰めた。


「だが……」


 ラウルの声が止まる。


「収容されて一年ほどで病気になった」


 もう分かった。


「亡くなったのか」


「……ああ」


 ミナは一歳ほど。テオは八歳ほど。


「テオがミナを見るって?」


「そう決めたらしい」


「八歳でか?」


「ああ」


 俺は眠っているテオを見る。小さな手、まだ十歳の子供だ。それでも二年間、もっと小さな子を守ってきた。


「もちろん一人では無理だった」


 ラウルが言う。


「同じ区画の大人たちが助けたそうだ」


 誰かが食事を分け、誰かがミナを抱いた。誰かがテオを休ませ、誰かが熱を出したミナを看た。奴隷収容所の中で。


「群れだな。ここと一緒だ」


 俺が呟くとユキが顔を上げる。


「むれ?」


「ああ」


「テオとミナ、むれ?」


「そうだな、こことは別の場所でな」


 ラウルが小さく頷いた。


「収容所で生き残るには、そうするしかなかった」


     ◇


「神務院の検査が来たのは?」


「二人も同じ頃だと思う」


 三週間前。各収容施設を回る検査班。水晶を使った魔力検査。


「テオも適合」


「ミナも?」


「適合だったそうだ」


「三歳で……」


「だから俺も驚いた」


 ラウルは拳を握る。


「砦の牢に顔を出した神務院の者は喜んでいたが」


 その言葉が一番嫌だった。


「喜んで?」


「ああ」


『この年齢でこの濃度なら十分だ』そう言ったそうだ。ラウルはその言葉を今でも覚えていた。


「……」


 何に十分なんだ。聞きたくない答えしか思いつかない。


「三人とも同じ移送先だったのか?」


「ああ。途中で知った」


「それで守った?」


「最初は」


 ラウルが少し間を置く。


「自分のことで精一杯だった」


 正直だった。


「だがテオを見ているうちに放っておけなくなった」


 十歳の少年が自分より小さな幼児へ水を先に渡す。食事も、毛布も。


「私の部下に似ていた」


「部下?」


「面倒見のいい奴でな。何でも自分は後だった奴だ」


 もういないのだろう。ラウルはそれ以上言わなかった。


     ◇


「どうやって逃げた?」


 レオンが聞く。


「移送の途中だ」


「研究施設へ?」


「ああ」


「護衛は?」


「神務兵士と奴隷管理局の兵」


 人数も多い。本来なら逃げられない。


「何かあった?」


「魔物だ」


 ラウルが答える。


「森沿いの街道で棘狼の群れに襲われた」


「それで混乱した?」


「ああ」


「首輪は?」


「付いたままだ」


 命令石を持つ兵士が魔物へ襲われ、効果が一時止まる。


「その隙に?」


「テオを連れ、ミナを背負って逃げた」


「脚の矢は?」


「追跡兵に撃たれた」


「それでも逃げた」


「止まったら捕まるからな」


「首輪で位置は?」


「分からないが……」


 ラウルが首へ手をやる。


「途中から追手が妙に近かった。おそらく位置を追われていた」


 やっぱり追跡機能があるのか。ユキとこびゃっこが外してくれて正解だった。


     ◇


「それで、この森まで?」


「地図はない」


「どうやって?」


「とにかく東へ移動した」


「なぜ東?」


 ラウルがユキを見る。


「伝承を思い出した」


「白狐神の?」


「ああ」


 ロックパームに残っている古い伝承。ロックパームから死の森を抜けた南東にある大湖。白き神獣の里。迷える者が森へ逃げ、白い狐の導きを得たという話。


「本気で信じて?」


 俺が聞く。


「正直……」


 ラウルが苦笑する。


「他に行く場所が思いつかなかった」


 国へ戻るには北へ行かなければならない。だが北にはレイシスの街道と監視。南へ行けば皇国領。


「だから伝承へ賭けた?」


「ああ」


「かなり無茶だな」


「自覚はある」


「俺も人のこと言えないけど」


 ガランが小さく笑った。


     ◇


 話が途切れる。診療所の中には小さな呼吸音だけが残った。


 ミナとテオ。三年前から続いていた話。ラウルたちにとって戦争は終わっていなかった。国同士が全面戦争をしていなくても、国境で戦闘が止まっていても、捕まった人間にとっては三年間ずっと続いていた。


「……ラウル」


「何だ」


「部下を助けたいか?」


 ラウルの顔が固まった。ガランとレオンが俺を見る。


「ヒカル」


「分かってる」


 俺は手を上げる。


「今すぐ行くとは言ってない」


 ユキが俺を見る。


「だんどり?」


「ああ」


「段取りだ」


 今どこにいるか?何人いるか。収容所の位置や研究施設。警備体制や神務院について、現状では全部分からない。


「助けられるなんて約束は出来ないが」


 ラウルは黙って聞いている。


「聞いた以上、何も考えないとは言わない」


「……その気持ちだけで十分だ」


 ラウルの声が掠れた。


     ◇


 その時。


「ん……」


 小さな声がした。全員の視線が寝台へ向く。ミナの赤茶色の狐耳がぴくっと動いた。


「ミナ?」


 テオが先に起きてミナの様子に気付き、寝台から身体を起こす。


「ミナ!」


 少女の瞼がゆっくり開く。焦点が合わない。天井と白い壁を見ている様だ。


「……」


 小さな身体が強張った。


「大丈夫」


 テオがすぐ隣へ寄る。


「俺いる」


 ミナの目が動く。


「……テ……オ」


「うん」


 次にラウル。


「ラウゆ……」


「ここにいる」


 ラウルが寝台から動こうとする。


「無理するな」


「……分かっている」


 ミナの目がさらに動いた。そしてユキで止まった。白い髪に白い狐耳。大きな白い尻尾と黒い瞳の中の金色の虹彩がミナの目に映る。


「……」


 ミナがじっと見る。ユキもじっと見る。数秒後、ユキが椅子から降り、ゆっくり寝台へ近づく。


「ミナ」


「う?」


 その声は小さく、まだ弱い。でもちゃんと返事だった。ユキが嬉しそうに耳を立てる。


「おきた」


 ミナは白い狐耳を見ている。次に尻尾、最後にユキの顔。小さな手が毛布から出た、何かを確かめるように。


「……まっしろ」


「ユキはユキ」


「……ユキ?」


「うん、ミナはミナ?」


 ミナが瞬きをする。そして。


「あい……」


 小さく返事をした。ユキの尻尾がふわっと揺れた。


「おっちゃん」


「何?」


「ミナ、おきた」


「ああ」


 ユキが胸を張る。何でお前が誇らしそうなんだ。でも、まあいいか。


 ミナはまだ何も知らない。ここがどこなのか、首輪がもうないことも。目の前の白い狐の子が、これから自分にとってどんな存在になるのかも。


 それは明日からでいい。今日はまず水を飲んで、少し食べて、もう一度眠る。話はそれからだ。


続く。


     ◇


【第128話・収支報告】


異世界生活93日目

日付:六の月22日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,122,955pt


今回の新規購入:なし


・ラウルの矢尻摘出、創傷洗浄、固定、処置には診療所の既存在庫を使用

・経口補水液、ガーゼ、医療用手袋、生理食塩水、消毒用品等も既存在庫を使用

・エレナ、マリベルの回復術およびヒカルの医療Lv1、医療身体鑑定を使用


今回支出合計:0pt


現在残高:3,122,955pt


円換算目安:3,122,955pt × 100円

= 約312,295,500円相当

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