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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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126/141

第126話 白狐神と休むのがヘタなおっちゃん


 異世界生活92日目。

 六の月21日の朝。


「おっちゃん」


「ん……」


「おっちゃん」


「……あと五分」


「おっちゃん」


「休日なんだから、もう少し……」


「おっちゃん」


 ぺち。頬を軽く叩かれた。


「んー……」


 ぺち。ぺち。


「ユキ……」


「おっちゃん、おきる」


「今、何時?」


 目を閉じたまま聞く。


「ごはんのじかん」


「時計じゃなくて腹時計だった」


「ごはん」


「休日くらい朝寝坊を……」


 ぺち。


「あさごはん、だいじ」


 ぺち。


「けんこうは、あさごはんから」


 ぺち。ぺち。


「……休日初日から五歳児の正論で起こされるとは……」


 観念して目を開けた。目の前いっぱいにユキの顔。白いおかっぱ頭に狐耳。金色の虹彩が入った黒い瞳。


 俺が目を開けたのを確認すると、ユキは満足そうに頷いた。


「よし、おきた」


「起こされた」


「ごはん」


「分かったって」


 反対側を見ると籐カゴの夜城では、こびゃっこが仰向けになって寝ていた。前足も後ろ足も全部上。


「こいつは休日を全身で体現しているな」


「こびゃっこ、まだ、ねてる」


「さて、起こすべきか……」


その時。


「むにゃ……はい、皆さん……こんばんは……」


「ん?」


 籐カゴの方から声がした。こびゃっこはまだ仰向けで寝ている。目は閉じたままだ。


「……今夜の映画はですねえ……これはもう、とっても、とっても素晴らしい映画なんですねえ……」


「何の寝言だ?」


 声まで普段と違う。妙にゆっくり。一語一語を噛みしめるような、どこかで聞いたことのある喋り方だ。


「……舞台はですねえ、大きな湖のほとり……そこへですねえ、たいへんな悪い連中がやって来るんですねえ……」


「ここじゃん」


 ユキも籐カゴを見る。


「こびゃっこ?」


「……そこで立ち上がるのが侍の七人……まずヒカル……」


「俺が入ってる」


「……この男、四十歳……刀を持ちます、重機にも乗ります、ご飯も作ります……何でも出来るように見えます。けれどもねえ……休日の過ごし方だけは分からない……」


「さりげなく映画解説で悪口を挟むな」


「……そしてガラン……強いですねえ……無口ですねえ……でも宴会になりますとですねえ、コロッケを五個も食べる……」


「本人が聞いたら、また微妙な顔するぞ」


「……ドラン……これはもう大変です……敵より先に酒樽を見つけます……」


「侍として駄目だろ」


「……リーファ、ロク、マリベル……そして七人目は……」


 少し間が空いた。


「……ユキ」


「ユキ?」


 本人の耳がぴんと立つ。


「五歳児を七人の侍へ入れるな」


「……小さいですねえ……でも尻尾は大きい……そして敵が来ますとですねえ……ぱちっ、とやる……」


 ユキが布団の上で両手を上げた。


「ぱちっ」


「参加するな」


「……ところがですねえ、この七人を陰から操っている、たいへん重要な人物がおります……」


「誰だよ?」


「……その名はこびゃっこ」


「お前かい!」


「……戦わない……働かない……ミミに乗る……しかし口だけは出す……」


「そこだけ自己分析が正確だな」


「……そして村人たちは嘆願します……神使様、少しは歩いてください……」


「誰だよ、その村人」


「……すると、こびゃっこは答えるんですねえ……隊長には単車が必要なのじゃ……」


「昨日の実話じゃねえか!ミミを単車代わりにするな」


 ユキがくすくす笑い始めた。寝ている本人だけが真剣だ。


「……やがて敵の大軍が来ます……怖いですねえ……たいへん怖い……ところがヒカル、そこで収納を開きましてねえ……」


「待て」


「……ブルドーザー・グイグイ……」


「映画の時代設定が壊れた!」


「……ロードローラー・ゴロゴロ……」


「侍映画だぞ!」


「……バックホー・ツチノコ……」


「騎馬武者より強い物をフルネームで出すな!」


「……敵は帰ります」


「戦わんのかい!」


「……名作ですねえ……」


「どこが!」


「……最後はみんなで、炊きたての白飯とコロッケを食べます……ユキはフライドポテトにケチャップ……」


「完全に昨日の夕飯!」


「……そして、こびゃっこは日本酒を――」


「ない」


「……ない……のじゃ」


 寝言の声が急に悲しそうになった。


「夢の中でも酒を没収されたみたいだな」


 ユキが籐カゴを見て笑っている。


「こびゃっこ、おもしろい」


「本人寝てるけどな」


 籐カゴの中で、こびゃっこが満足そうに寝返りを打った。


「むにゃ……それでは皆さん……サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……」


 しーん。数秒が経った。


「……終わった?」


「おわった」


「映画一本、寝言だけで上映しやがった」


 ところが、こびゃっこの前足がぴくりと動いた。


「……次週は……湖畔の用心棒……」


「続編予告まであるのか!」


 こびゃっこはそれきり、すうすうと寝息を立て始めた。


「こいつ、昭和のテレビをどれだけ覚えてるんだよ……」


 ユキが首を傾げる。


「おっちゃん」


「ん?」


「えいが」


「あ」


「つづき」


「……覚えてた?」


「やくそく」


「そうだったな」


 前の休日。異世界のエルフやドワーフ、騎士たちと、地球で作られた長編ファンタジー映画を見た。その時、ユキと約束した。続きは次の休みに、と。


「見るよ」


「ほんと?」


「ああ」


「こびゃっこと、いっしょ?」


「もちろん」


「なら、よし」


 その瞬間。


「びゃっこも起きておる!」


「いつから?」


「上映決定の辺りからじゃ!」


「都合よく起きるな」


 白い毛玉が籐カゴからむくりと立ち上がった。


「ヒカルよ!」


「何?」


「今日は二本じゃ!」


「一本」


「二本!」


「夜まで映画見る気か」


「休日じゃぞ!」


「休日だからって一日中テレビを見る昭和のお父さんみたいな発想をやめろ」


「昭和のお父さんは昼から野球中継じゃ!」


「妙に具体的だな!」


     ◇


 今日は六の月21日。カレンダー通りの休日一日目だ。前回が振替休日だったので、今回の休みまでの間が短かった。


 工事なし、《始マリノ祠》の仮組みもなし。厩舎の木工、金具、給水、照明工事なし。溶接練習なし。重機も動かさずCADも開かない。


 もちろん警備、馬の世話、診療所、充電設備の確認みたいに止められない仕事はあるが、そこは交代制。近衛騎士団も、《東風の牙》も《蒼岩の盾》も同じだ。全員が今日と明日を完全に休めるわけではないが、きちんと順番に休む。


 俺も休む。……はずだ。


「顔洗ったら、祠の仮組みだけ確認して――」


「おっちゃん」


「はい」


「おやすみ」


「見るだけ」


「おやすみ」


「五分」


「だめ」


 五歳児に止められた。こびゃっこも腕を組む。


「監督様の裁定じゃ」


「昨日まで監督の言うこと聞かなかった奴が言うな」


「都合のよい裁定には従うのじゃ」


「最低だな!」


     ◇


 食堂へ行くと、すでに朝食の準備は終わっていた。というより。


「おお」


 長机の上に料理がずらっと並んでいる。食パン、ロールパン、ポテトサラダ、ハム、スライスチーズにゆで卵。千切りキャベツとトマトのサラダ、バナナ、オレンジ、牛乳、魔法瓶に入ったコーヒー。そして昨日のじゃがバターの残り。


 パンの横には今回初めて出したトースター、バター、ジャム。サラダの横には、数種類のドレッシング。自分で皿を持って、好きな物を取る。


 昨日の夕食後。俺とリリア、マルタ。それに近衛騎士団の炊事担当であるアルバートとミレイで準備しておいた。


 朝から大人数分を誰か一人が作るのは大変だ。そして翌日は休日。そこでアルバートが提案した。


『騎士団では、行軍前や大人数の朝食で、先に並べて各自が取る方式を使うことがあります』


 地球ならバイキングとかビュッフェと言うところだが、当然こちらではそんな呼び方はしない。こちらでは単に、『料理を並べて、各自で取る方式』くらいらしい。


 でも合理的だ。食べる側は好きな量を取れる。炊事担当も一人ずつ盛り付ける必要がない。


「おっちゃん」


「はいはい」


 ユキは皿を持っている。


「まず何取る?」


「じゃがいも」


「昨日あれだけ食べたのに?」


「きょうは、きょう」


「強い理論だな」


 じゃがバターを一つ。次。


「たまご」


「はい」


「はむ」


「はい」


「ぱん」


「ロールパン?」


「うん。まるいの」


「ロールパンな」


 皿が埋まっていく。


「野菜もな」


「む」


「朝ごはんは健康からだろ?」


 さっきの台詞を返す。ユキが俺を見る。


「……きゃべつ」


「よし」


「とまとも」


「よし」


「ユキ、けんこう」


「完璧」


     ◇


 少し離れたところでは、ミレイがロールパンを割っていた。


 手で押して、戻るのを見る。そしてまた押す。


「……柔らかい」


 ぽつりと漏らす。


「どうした?こっちに来てから何度か食べただろ?」


「食べました。でも改めて思います」


 一口。


「少し甘い」


「砂糖も入ってるからな」


「やっぱり」


 ミレイがパンの断面を見る。


「こちらにも柔らかいパンはありますよ」


「そうなの?」


「あります。黒パンやクロ麦パンだけではありません。ちゃんと発酵させた白いパンもありますし、都市部では小麦だけで作る柔らかめのパンもあります」


「へえ」


「ただ」


 もう一口。


「このパンほど柔らかくないです」


 マルタも横で頷いた。


「そうだねえ。こっちのパンは、だいたいもう少し塩気がある」


「塩?」


「保存もあるしね。食事に合わせるパンだから」


「なるほど」


 マルタが食パンを一枚持ち上げる。


「これはなんというか……」


「何?」


「菓子に近い」


「食パンが?」


「こっちの感覚ならね」


 ミレイも頷く。


「ロールパンは特にそう感じます。柔らかいし、甘いし、香りも強い」


「じゃあ異界の食パンを主食にすると、かなり贅沢な感じ?」


「そうですね」


「面白いな」


 俺は食パンを見る。今まで日本の商品を買って、そのまま食べていた。でも。


「こっちの小麦粉やライ…いやクロ麦で、異界式の製法を使ってパンを作るのも面白そうだな」


 マルタの目が動く。


「製法?」


「発酵の温度とか、水分量とか、こね方とか。地球のパン作りのやり方で、この世界の小麦を使う」


「出来るのかい?」


「たぶん」


「たぶん?」


「俺、パン屋じゃないし」


「また手習いかい?」


「パン作りに手を出すと、また趣味が仕事になりそうで怖い」


 マルタが笑う。


「今さらじゃないか」


「否定できない」


 アルバートが食パンをトースターへ入れながら聞いた。使い方は昨日の夕食後にみんなに説明した。


「パンじゃないですけど、調理器具のこのトースター便利ですね」


 トースターがチン、と鳴った。ユキが振り向く。


「なった」


「焼けた合図」


「パン、しゃべった?」


「パンじゃない。トースターがな」


「む」


 そんな横で、別の声がした。


「やった!バナナだ」


 ミーシャ。


「これ好き」


 トト。


「これ、むくの好き」


 とニナ。三人が集まっている。そして……。


「にゃ!バナナ」


 ミネットまでいる。


「ミネットまで好きなのか?」


「こんな果物、王国にないにゃ」


 すでに一本持っている。ミネットは皮を剥く。


「柔らかくて甘くて食べやすいにゃ」


 ミーシャも一口。


「おいしい!」


 トト。


「種ない」


「ある品種もあるけど、これはほぼないな」


 ニナは剥いた皮を見る。


「工具使わないのに、まっすぐ皮が裂ける」


「普通果物に工具は使わない」


「べんり」


「バナナまで便利判定入った」


 ミネットが二本目へ手を伸ばす。


「一人二本までだぞ」


「……」


 手が止まる。


「今の一本目?」


「二本目」


「ならそれで終わり」


「分かったにゃ」


 素直だ。ただし尻尾が少し残念そうだった。


     ◇


 朝食を終え、俺はコーヒーを飲む。休日だ。工事なし、作業なし。映画は午後の予定。


 午前中は何も予定を立てていない。


「……休日って何すればいいんだろ」


「おっちゃん」


「ん?」


「おやすみ、へた?」


「言うな」


 五歳児に見抜かれた。椅子の背へ身体を預ける。


「元々、無趣味のおっさんだからなあ」


「むしゅみ?」


「好きでやる遊びとか、楽しみがあんまりなかったってこと」


「いまは?」


「今は……」


 考える。


「スキルは趣味由来なんだけどな」


 剣術、釣り、キャンプ、料理、園芸、車。DIY工作。


 元の世界なら、完全に趣味の世界だ。でも……。


「半分仕事になってるしな」


 釣れば食料。料理すれば全員の飯。園芸は畑。DIY工作は本職の工務店スキルになり、車は運搬。剣術は護身。


「趣味って何だ?」


「おっちゃん」


「はい」


「かんがえすぎ」


「五歳児に人生相談を切られた」


 こびゃっこが牛乳を飲みながら言う。


「ヒカルは休むことを趣味にすればよい」


「それ趣味なのか?」


「昼寝とかはどうじゃ?」


「それはお前が得意だろ」


「ユキも、ひるね、できる」


「俺も、昭和のお父さんみたいにゴロゴロするか……」


     ◇


 そこへ。


「ヒカル!」


 遠くから聞き覚えのある声。


「……嫌な予感がする」


「レオン」


 ユキの耳が横を向く。


「あいつ休日の朝から声でかいな」


 食堂の外を見ると近衛副団長レオン・ヴァルガ。その隣にベルタ。そしてガランもいた。


「おはよう!」


「おはよう」


 レオンが妙に嬉しそうだ。


「今日だな」


「何が?」


「約束」


「あ」


 前回、俺との手合わせの後。次にやるなら、勝負ではなく型を見せるくらいならと、そういう話をした。


 ユキがレオンを見る。


「たたかう?」


「戦わない!」


 即答。


「今日は見るだけだ」


「ほんと?」


「本当だ」


 レオンが俺を見る。


「な?」


「俺に確認するな」


 ベルタが淡々と補足する。


「副団長は日の出前から起きていました」


「言わなくていい!」


「剣を三回点検しました」


「安全確認だ!」


「訓練場所を四回見に行きました」


「足場確認だ!」


「遠足前の子供か」


「違う!」


 ガランが苦笑する。


「諦めろ。昨日の夜からこんな調子だ」


「お前、止めなかったの?」


「見るだけなら問題ないだろう」


「味方がいない」


 ユキが俺を見る。


「おっちゃん」


「ん?」


「けが、しない?」


「しないようにする」


「ほんと?」


「ああ」


 少し考えてから。


「もちろん、人とは斬り合わない」


「む」


「藁を斬るだけ」


「わら?」


「草を束ねたやつ」


「いたくない?」


「藁だからな」


「なら、みる」


「監督?」


「うん。あんぜんのかんとく」


「休日なのに?」


「あんぜん、だいじ」


 なるほど。ユキの中では、休日でも安全第一らしい。


     ◇


 場所は、この間と同じ、湖岸から少し離れた草地。普段、近衛が訓練に使っている場所だ。ただし今日は訓練日ではない。


 見たい奴だけ……のはずだった。


「なんか多くない?」


 レオンを筆頭にベルタ、ガラン、リーファ、ロク、シルヴァン、クラウディア、ハロルド、オルフェン、セルド、ナージャ、フィン、ドラン、ボルガ、ニナ。そしてユキとこびゃっこ。


「休日の娯楽じゃ」


「俺の試し切りを見世物にするな」


「撮影許可は?」


「撮る気だったの?」


 こびゃっこの首には小型カメラ。


「申請するのじゃ」


「誰に申請するんだよ」


「お主に決まっておろう」


「じゃあ却下」


「即答かえ!」


「真剣扱ってる時にカメラ意識したくない」


「むう」


「終わった後ならいい」


「承認ということじゃな!」


「終わった後だぞ!」


     ◇


「じゃあ準備する」


 今日は木刀ではない。以前、湖畔を出てレイシス皇国方面へ向かおうとしていた頃。俺が剣術スキルを取得した時に買った、実用の日本刀。黒い鞘に地味な柄巻き。華美な装飾がない実用重視の一振。


 それと。軍刀用吊り下げベルトに刀袋と手入れ道具。今では普段持ち歩くことはほとんどなくなったが、全部収納してある。


 俺は日本刀を取り出した。周りの空気が少し変わる。レオンの顔も変わった。


「それか」


「ああ」


 ドランが目を細める。


「以前にも見たが……改めて見ると細い剣じゃ」


「日本刀だ」


 ベルタは鞘を見る。


「こちらの一般的な長剣とは、やはり吊り方から違いますね」


「そう」


 デニムパンツのベルトへ軍刀用吊り下げベルトを付ける。今日はハーフコートを着ていないから、構造がよく見える。


「旅に出た頃は、コートのサイドスリットからこれで吊ってた」


 ガランが見る。


「最初に見た時は、変わった剣だと思った」


「俺も買ったばっかりだったからな」


「あの抜刀には驚いた」


「スキル様々だ」


     ◇


 もう一つ、俺はショップを開いた。


「おっちゃん、なんか、かう?」


 ユキが横からスキル画面を覗く。


「試し切り用の藁」


「わら?」


「刀で斬る練習に使う」


「人、じゃない?」


「人じゃない」


「なら、よし」


 検索すると出てきたのは、居合や試し斬り用の巻藁。水へ浸して使うタイプだ。今回はすぐ使えるよう、すでに適度に湿らせた練習用巻藁と固定台を選ぶ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【購入内容】


・日本刀試し切り用巻藁 10本

・試し切り用固定台

・固定用消耗部材


必要魔石ポイント:165pt


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「購入」収納へ入った。


「165ポイント」


 ニナが反応する。


「つかいすて?」


「巻藁はな。台は残る」


「びひん、きろくする?」


「休日だから今日はいい」


「……む」


「明日でもいい」


「わかった」


 休日でも台帳係の癖が抜けないらしい。


     ◇


 固定台を設置する。地面が平らな場所を選び周囲の安全を確認。斬った藁が飛んでも、誰にも当たらない向きにした。見学者には十分離れてもらう。


「ここから前には出ないでな」


「うん」


 ユキ。


「ニナも」


「わかった」


「こびゃっこ」


「うむ。心得た」


「一応、真剣だからな」


 冗談をやるところではない。巻藁を一本立て、俺は刀を腰へ。


「まず抜くだけ」


 俺は深く息を吐いた。


 左手で鞘を押さえ、右手で柄を取る。足を半歩引き、鞘引きしつつ抜刀。


 刃が日の光を受けて、すっと走る。音がほとんどしない、静かな抜刀だった。

 


「……」


 レオンが黙った。ガランが言う。


「これだ」


「何が?」


「以前、朝に見た動きだ」

 

     ◇


 レオンは刀を見る。


「鞘から出すところだけで、すでに動きが完成している」


「抜刀術は、抜く動作と攻撃を繋げる考え方があるからな」


「もう一度」


「ゆっくりやるか?」


「ああ。まずゆっくり頼む」


 俺は納刀した。


「右手だけで引っ張るんじゃない」


 左手で鞘を後ろへ。

 右手で刀を前へ。


「鞘を引く」


「なるほど」


 ベルタが俺の腰へ視線を落とす。


「だから鞘を完全固定していないのですね」


「そういうこと」


 レオンが自分の剣帯を見る。


「俺たちの剣帯とは違う」


「武器が違うから、そのまま真似しない方がいい」


「そこは分かっている」


「本当か?」


「なぜ疑う!」


     ◇


「じゃあ次」


 巻藁を見る。


「今度は実際に斬る」


 全員の空気が変わった。俺も息を整える。刀剣の扱いは危険だ。スキルがあって、身体が覚えているから安全。なんて理屈はない。むしろ、出来るからこそ、止めるところを決める。


 足の位置や距離。刃筋と周囲の確認をする。


「いくぞ」


 抜刀。踏み込んで一閃(いっせん)。すっと、巻藁の上半分が、少し遅れて滑った。


 ぼと……。音を立て地面へ落ちる。


「……」


 静かだ。


「おっちゃん」


 ユキ。


「何?」


「きれた」


「斬れた」


「すごい」


「藁だけな」


 レオンが巻藁を見る。


「力任せではないな」


「刃筋が合えば斬れる」


 ドランがすぐ寄ろうとする。


「待て」


「見るだけじゃ!」


「刀納めてから」


「む」


 納刀。


 ここでようやく。


「よし」


 ドランが巻藁の切断面を見る。


「ほう」


 ボルガも。


「綺麗だね」


「鍛冶屋はそこ見るの?」


「刃物なら切れ味は必ず見るよ」


     ◇


 レオンが聞く。


「俺でも斬れるか?その刀で」


「今日は駄目」


「なぜ!」


「日本刀触ったことないだろ」


「剣歴なら長い!」


「種類が違う」


「む」


「まず木刀か模造刀から」


 ベルタが即座に頷く。


「賛成です」


「ベルタ!」


「真剣を初見で扱わせる方が異常です」


「……正論だ」


「今日は正論に負ける日だな」


 ユキが言う。


「レオン、すぐは、あぶない」


「今日はユキの正論が止まらないな」


     ◇


 その後、数本実演する。袈裟斬りに逆袈裟斬り。そして横一文字。ただし派手な連続技はやらない。一回ごとに止めて位置確認。刃を確認し周囲を確認。


「ヒカル」


 ニナが俺の足を見る。


「何?」


「斬る前、足」


「足?」


「先に動く」


「そう見える?」


「うん」


 ガランも頷く。


「前回と同じだ」


「また?」


「剣より身体が先に間合いへ入る」


「自分じゃ分からん」


 レオンが嬉しそうだ。


「そこなんだよ!」


「何?」


「俺が前回負けた理由」


「勝ち負けの話に戻すな」


「だが大事だ」


「今日は型を見る日」


「む。分かっている」


     ◇


 その後、巻藁を四本使ったところで終わりにした。


「まだあるぞ」


 レオンが残りの巻藁を見る。


「あるな」


「なら――」


「でも終わり」


「なぜだ!」


 その時、ニナが言った。


「まだできる時に、やめる」


 全員が止まった。


「……」


 レオンがニナを見る。


「誰の言葉だ?」


「ヒカル」


「ぐ」


「溶接も、そう」


 ベルタが腕を組む。


「終了ですね」


「ベルタ!」


「まだできる時にやめるのでしょう?」


「お前まで!」


 ユキも頷く。


「レオン、おしまい」


「監督が多い!」


 俺は笑った。


「残りはまた今度な」


 刀身を確認し、汚れや水分、付着物を簡単に拭き取り、刀剣油を薄く引く。


「手入れまで一式か」


 ベルタが興味深そうに見る。


「刃物だからな。使った後が大事」


 ドランが大きく頷く。


「それは正しい」


「鍛冶屋が言うと重いな」


「道具は使った後に差が出る」


 ニナも。


「戻すところまで、仕事」


「休日なのに教訓が仕事へ戻った」


     ◇


 片付けた後、こびゃっこの撮影許可を出した。


「今じゃ!」


「刀は鞘へ入れたままな」


「構えるのじゃ!」


「だから撮影用に抜かない」


「迫力が!」


「要らない」


 ユキも横へ入る。


「ユキも」


「何持ってるの?」


「これ」


 木の枝。


「どこから?」


「ミミが、もってた」


「ただの枝じゃん」


「ユキの、けん」


「振り回すなよ」


「うん」


 ニナまで小さな木片を持って並ぶ。


「ニナも?」


「刀じゃないから、安全」


「判断基準は正しい」


 レオンも自分の剣を鞘へ入れたまま立った。結果、異界剣術交流記念写真というより、休日に棒を持って遊ぶ子供と大人の写真になった。


「まあ、これでよいかのう」


 こびゃっこが画面を確認する。


「何が?」


「普通の休日の写真じゃ」


 俺は少しだけ笑った。


     ◇


 昼食を終えたあと、俺は食堂タープの一角へ例の百インチ近いスクリーンを立てた。


「待ってましたなのじゃ!」


 プロジェクターを収納から出した途端、こびゃっこが飛んでくる。


「映画は逃げないって」


「びゃっこは待ったのじゃ!」


「三日くらいだろ」


「楽しみを待つ三日は長い! 神使時間でも長いのじゃ!」


「千年以上生きてる奴の三日なんて誤差だろ」


「それとこれとは別じゃ!」


 すでにユキは自分のクッションを抱えて、スクリーンの前へ座っていた。


「おっちゃん」


「はい」


「つづき」


「分かってる。約束だからな」


 前の休日に見たのは、地球で作られた長編ファンタジー映画の第一作。


 小柄な旅人たちと、人族の戦士、エルフ、ドワーフ、魔法使い。それぞれまったく違う生まれや考え方を持った者たちが、一つの目的のために旅へ出る物語だった。


 今日はその続きだ。


 プロジェクターとDVDプレーヤーを接続し、スピーカーの音量を確認する。前回と同じ機材なので準備にも慣れてきた。


「今日は誰が見るんだ?」


 そう言いながら振り返って、聞く必要がなかったと気づいた。


 すでにかなりの人数が集まっている。


 今日が休みの職人たち。午前中で交代勤務を終えたハンターや近衛騎士。それにセレナたち特使一行。アルノ、リリア、ミーシャ、トト、ニナ、マルタまでいる。


 午前中の試し切りに来ていた連中も、ほぼそのままだ。


「みんな暇なの?」


「休日ですから」


 ベルタが当然のように答えた。


「いや、そうなんだけどさ」


 考えてみれば正しい。俺の方が休日の過ごし方を分かっていないだけかもしれない。


「では!」


 こびゃっこがスクリーンの前へ飛び出し、前足を広げた。


「本日の上映主任は、びゃっこじゃ!」


「見習いな」


「今日ぐらい特別昇格じゃ!」


「誰が決めた?」


「びゃっこが決めた!」


「却下」


「横暴じゃ!」


 そんなやり取りをしながら、照明を少し落とした。食堂のざわめきが静かになり、やがてスクリーンいっぱいに映像が広がる。


     ◇


 物語は、前作の続きから始まった。一つだった旅の仲間たちは、すでにいくつかの組へ分かれている。


 危険な土地を少人数で進む者。捕らえられた仲間を追う者。そして、それぞれ別の事情に巻き込まれながら、それでも同じ目的を忘れずに前へ進む者たち。


 少し見たところで、隣のユキが俺の袖を引いた。


「おっちゃん」


「ん?」


「むれ、ばらばら?」


「今は離れてるな」


「なんで?」


「それぞれ、やらなきゃいけないことがあるから」


 ユキはしばらく画面を見る。


「でも、むれ?」


「ああ。同じ場所にいなくても、仲間じゃなくなったわけじゃない」


「はなれても、むれ……なら、いい」


 それだけ聞くと、また映画へ顔を戻した。納得するのが早い。でも、その言葉に俺の方が少し考えさせられた。


 一緒にいなくても仲間。今の湖畔もそうだ。ロイドは王都へ向かっていて、ここにはいない。それでも湖畔やシオンのために動いている。


 農作業をする者がいて、警備をする者がいて、料理をする者がいる。全員が一日中同じ場所にいるわけじゃない。


 それでも、ユキの言うところの「むれ」だ。映画の中の旅人たちも、今は別々の場所を歩いているだけなのかもしれない。


     ◇


 やがて舞台が深い森へ移った。


 巨大な木々の間を登場人物たちが進んでいく。薄暗く、枝や根が複雑に絡み、画面からでも湿った土の匂いがしてきそうな森だ。


「前より森らしいわね」


 リーファがぽつりと言った。


「感想そこ?」


「だって前作の森、歩きやすすぎたもの」


「映画だからね?」


「森はそんなに人間へ親切じゃないわ」


 森育ちのエルフらしい感想だった。すると少し離れたシルヴァンまで頷く。


「確かに。あの密度なら、弓を使うには射線を選ぶ必要があります」


「シルヴァンまで」


「弓手としては気になります」


「今日、休日なんだよ?」


「映画を楽しんでいますよ」


「顔が完全に現場確認なんだよ」


 今度はリリアが別のところへ目を向けていた。


「でも、皆さんのお洋服、あまり汚れませんね」


「リリアはそっち?」


「だって長旅でしょう? 雨にも降られていますし」


「まあ、映画だから多少は」


「洗濯は、いつしているんでしょう」


「そこは描写されないんじゃないかな」


「ずっと同じ服ですよ?」


「毎回洗濯してたら、三時間映画でも旅が終わらないよ!」


 俺が言うと、近くでベルタが真面目な顔をした。


「確かに補給の描写も少ないですね」


「ベルタまで乗らなくていい!」


「騎士団でも、数十人規模の移動でしたら、食料調達と輸送計画が――」


「ファンタジー映画を兵站資料にするな!」


 周囲から笑いが起きる。たぶん前の俺なら、「映画なんだから細かいこと気にするな」で終わっていただろう。


 でも、こうやって皆が自分の知っていることと比べながら見るのも、案外面白い。


     ◇


 場面が変わり、一行は巨大な地下建造物へ入っていった。暗い岩壁に太い石柱。何人もの人間が並んで通れそうな巨大な扉。古びていても、かつて相当な技術で造られたことが分かる空間。そこで、今度はドワーフ勢が反応した。


「おお……」


 最初に声を漏らしたのはドラン。隣ではバドルが、主人公たちではなく石壁を凝視している。


「あの石組み、でかい石をよう噛ませておるな」


「見るところ、そこ?」


「そこ以外に何を見る」


「主人公とか?」


「後で見ればよい!」


 ボルガまで画面へ身を乗り出した。


「あの扉の金具、面白いねえ。あれだけの大扉なら、軸受けはどうなってるんだろう」


「映画館で設備検査を始めるなって」


「ヒカルだって建物が出ると屋根とか配管見てるだろ?」


「……」


 痛いところを突かれた。またベルタまで加わる。


「床材は石ですね。雨や泥が入れば、かなり滑りそうです」


「そこまで見る!」


「安全管理上、気になります」


「映画の中の建物へ安全指導する気?」


「改善案ならいくつかあります」


「真面目すぎる!」


 だが、よく考えれば俺も前回、映像の中の橋を見て「荷重大丈夫かな」と考えていた気がする。人のことは言えなかった。


     ◇


 映画が進むにつれ、単純な冒険だけではなくなっていく。


 敵を前にしても、すべての国や種族が簡単に協力するわけではない。自分の民を守ろうとする者。過去の因縁を忘れられない者。他国を信用しきれない者。同じ危機を前にしていても、それぞれが抱えている事情は違う。


 俺の少し前で見ていたセレナが、いつの間にか真剣な表情になっていた。


「セレナ」


「はい?」


「どう?」


「どう、とは?」


「映画」


 セレナは少し考えた。


「……難しい話ですね」


「どの辺が?」


「共通の敵がいる。それだけで、全員が同じ方向を向けるわけではないところです」


「ああ」


「それぞれに守る土地があります。民がいて、歴史があり、過去の争いもある。理屈では協力した方が良いと分かっていても、それだけで感情まで整理できるわけではありません」


「やっぱり外交官の感想だな」


 俺が言うと、セレナが少し苦笑した。


「職業病でしょうか」


「今日は休日だぞ」


「では、休日らしい感想を」


 一度画面へ目を戻す。


「……馬がとても綺麗ですね」


「やっぱり無理しなくていいから」


 セレナが小さく笑った。


     ◇


 そして当然、剣での戦いが始まれば、レオンが黙っているはずがない。


「おおっ!」


「始まった」


 画面の中で剣士が敵の一撃をかわし、そのまま踏み込む。


「今の踏み込み!」


「座れ」


「見たかヒカル! 今の間合いの詰め方!」


「午前中に本物の刀見ただろ!」


「それとこれは別だ!」


 次の瞬間、画面の剣士が身体を返して別の敵へ斬りつける。


「いい返しだ!」


「レオン、座れ」


「ヒカル、今の技はお前の世界にも――」


「映画!」


「分かっている!」


「なら静かに見ろ!」


 とうとうベルタが後ろから肩を掴んだ。


「副団長」


「なんだ」


「立ち上がると、後ろの人が見えません」


「……すまん」


 素直に座る。これで静かになるかと思ったが……五秒後。


「おおっ!」


「だから座って見ろって!」


「座っている!」


「声がデカい!」


 今度は食堂中が笑った。


     ◇


 物語の舞台は、やがて大きな砦へ移った。高い石壁に巨大な門。冷たい雨。壁の上へ並ぶ兵士たちと、その向こうから迫ってくる圧倒的な数の敵。


 画面全体の空気が、さっきまでとは明らかに変わる。


「門前の空間が狭いですね」


 クラウディア。


「防壁自体の高さは十分だが、退却時に人が詰まりそうだ」


 ハロルド。


「二人とも」


「はい」


「これ映画」


 俺が言うと、クラウディアは少し困ったように笑った。


「分かってはいるのですが」


「完全に作戦会議の顔してるぞ」


「でもヒカルさんも、建物を見るとき同じ顔をしていますよ」


「……そんな顔してた?」


「かなり」


 ハロルドまで即答した。反論できない。


「じゃあ、お互い様ってことで」


「ですね」


 その辺で手を打つことにした。


     ◇


 戦いが始まった。大雨の中、砦へ押し寄せる敵。守る側は明らかに少ない。それでも門を守り、壁を守り、その後ろにいる者たちを守るために剣を取る。


 さっきまでレオンたちの反応に笑っていたユキが、いつの間にか静かになっていた。小さな手が、俺の服を掴む。


「おっちゃん」


「ん?」


「こわい?」


「映画の中の人たちが?」


「うん」


「たぶん、怖いと思う」


「でも、にげない」


「後ろに守りたい人がいるからじゃないかな」


 ユキはしばらく画面を見る。


「むれ、まもる?」


「そういう人もいると思う」


「……でも」


「ん?」


「ひとりじゃない」


 俺も画面を見る。壁の上にも、門の前にも、傷ついた仲間を運ぶ者にも、それぞれ役目を持った人間がいる。


「ああ。一人じゃないな」


「いっぱい、いる」


「そうだな」


 ユキの耳が少しだけ上がった。この子が最初に「群れ」と呼んだのは、俺とユキとぬいぐるみだったこびゃっこくらいだった。今では、それがずいぶん大きくなった。


 もしかするとユキは、映画そのものより、そこに映る「一人ではない」という部分を見ているのかもしれない。


     ◇


 守る側が追い詰められたところで、遠くから援軍が現れた。画面いっぱいに騎馬の一団が姿を見せた瞬間。


「来た!」


 レオンが叫ぶ。


「声デカいぞ!」


「これは叫ぶところだろ!」


「映画館なら怒られるぞ!」


「ここは食堂だ!」


「食堂でも遠慮してくれ!」


 隣を見ると、ユキまで立ち上がっていた。


「きた!」


「ユキもか!」


 さらに、こびゃっこがクッションの上で立ち上がり、両前足を振る。


「行けー! そこじゃ! 押せー!」


「お前は野球中継見てる昭和のお父さんか!」


「休日のお父さんなのじゃ!」


「朝の話をここで回収するな!」


 緊張していた食堂が一気に笑いに包まれた。画面の中では大戦闘。こっちはこっちで大騒ぎ。静かに映画を見るという地球の映画館の常識は、とっくに諦めた方がよさそうだった。


     ◇


 やがて物語が終わり、エンドロールが流れ始めた。しばらく見届けてから、食堂の照明を元へ戻す。


「おっちゃん」


 すぐにユキが俺を見る。


「何?」


「まだ、つづく?」


「続くよ」


「きょう?」


「今日は一本だけ」


「む」


「約束も一本だったろ」


 ユキは少し考えたあと、小さく頷いた。


「……そうだった」


 一方、こびゃっこは納得していない。


「びゃっこは二本と言った!」


「朝から勝手に言ってただけだろ!」


「多数決じゃ!」


「誰と誰で?」


「びゃっこと、びゃっこと、びゃっこ!」


「分裂するな!神使でも一票だよ!」


「神使票は三票分じゃ!」


「そんなルールはない!」


     ◇


 上映が終われば、当然感想会になった。ただし、普通の感想会ではない。


「砦の構造だが――」


 クラウディアが話し始めれば。


「弓兵をもう少し分散させた方が――」


 シルヴァンが加わり。


「あの騎兵突撃は正面から受けるより――」


 レオンとハロルドが戦術談義を始める。その隣では。


「あの石壁の積み方は――」


 普段は無口なのに、真剣に語るバドル。


「扉の金具も気になるねえ」


 とボルガ。さらに……


「負傷者の収容場所が前線に近すぎます」


 エレナが分析する。


「複数国の軍をまとめるなら指揮権の整理が必要ですね」


 国際的な提案をするセレナ。


「だから休日だって!」


 俺はとうとう頭を抱えた。映画を一本見ただけなのに、あっちでは軍議、こっちでは建築会議、その向こうでは医療検討会や国際的な軍事条約機構の検討が始まりそうな勢いだ。


 するとマルタが横で笑った。


「いいじゃないか」


「何が?」


「みんな好きで話してるんだから」


「仕事の話にしか聞こえないけど」


「好きなことの話をすると、仕事みたいに真剣になる人間もいるのさ」


「それでも休日になる?」


「本人が楽しいなら、立派な休みだろ」


「……なるほど」


 それはちょっと意外だった。俺は、仕事をしないだけでなく、仕事を考えないことも休日だと思っていた。


 でも、好きなことを好きなようにやるのが休日だとしたら。職人が映画の建物を見て石積みについて語るのも、弓手が架空の射線を考えるのも、騎士が剣技について熱くなるのも、全部、休日の過ごし方なのかもしれない。


「俺よりみんな休むの上手じゃん」


「今さら気づいたのかい?」


「……今日、朝から五歳児にも同じようなこと言われたよ」


 マルタが声を上げて笑った。俺はコーヒーを一口飲みながら、食堂を見回す。


 映画の話をしているだけなのに、みんな楽しそうだ。仕事みたいに真剣で、それでも仕事じゃない。そう考えると、俺が思っていたより休日ってのは自由なのかもしれない。


 何もしなくてもいい。好きなことをしてもいい。仕事に似たことをしていても、本人が楽しんでいるなら、それでいい。


「……休むって、難しいな」


 思わず呟くと、いつの間にか横へ来ていたユキが俺を見上げた。


「おっちゃん」


「ん?」


「まだ、へた?」


「……たぶんな」


「む」


 ユキが少し考える。


「でも、きょう、たのしい?」


 食堂を見る。映画の砦を肴に、まだ盛り上がっている騎士と職人たち。クッションの上で第三部の上映交渉を始めようとしているこびゃっこ。その横で笑っている子供たち。


「ああ。楽しいよ」


「なら」


 ユキが満足そうに頷いた。


「ちょっと、じょうず、なった」


「休日にも上達の判定あるの?」


「はんてい?……うん、ある」


「誰基準?」


「ユキ」


「強いな、その基準」


「ユキ、かんとくさま」


「今日は休日だろ」


「おやすみの、かんとく」


「結局監督するんかい」


 白い尻尾が、ぱたぱたと嬉しそうに揺れる。


 四十になるまで、趣味らしい趣味もなかった。異世界へ来てから覚えたことは増えたけれど、そのほとんどを誰かのために使って、気づけば仕事みたいになっていた。


 だから――休むのは、たぶんスキルに頼らない手習いなんだろう。


 四十の手習いで、休日の過ごし方まで覚えることになるとは、思ってもみなかったけどな。


 まあ、いいか。明日も休みだ。少しくらい、上手に休めるようになってみよう。


続く。


     ◇


【第126話・収支報告】


異世界生活92日目

日付:六の月21日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,123,678pt


今回の購入:


・日本刀試し切り用巻藁 10本

・試し切り用固定台

・固定用消耗部材

 165pt


今回支出合計:165pt


現在残高:


3,123,678pt − 165pt

= 3,123,513pt


円換算目安:


3,123,513pt × 100円

= 約312,351,300円相当

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