第125話 一方、東岸の補給基地では
湖畔を出て三日目。ようやく、湖の東岸に木造の見張り台が見えてきた。
「……特使殿の話よりもずいぶん出来ているな」
思わず独り言が出た。今、私はバーモント商会会頭、バーモントとしてオリエント王国に移動中だ。
湖畔を出てから三日。馬を急がせすぎず、湖岸沿いの道を使って東へ進んできた。そして今、夕暮れ前の薄い橙色の光の中に見えているのが、建設中のオリエント王国軍東岸補給基地だった。
正式な軍事上の呼称はまだ決まっていないらしい。対外的には、遠征演習や魔物討伐に使う補給基地。
実際には、湖畔と王国を結ぶための中継地点でもある。この件は、私の父ゼビウス軍務卿から聞いていた。
八日程前に、近衛騎士団と特使一行が湖畔へ向かう途中、一泊した場所でもある。その時点では、柵と天幕と資材置き場が目立つ、いかにも建設途中という場所だったそうだ。
今は違う。街道側方面には丸太を組んだ防柵が伸び、その内側には監視台。資材置き場には材木が高さを揃えて積まれ、石材と土嚢も区画ごとに分けられている。
兵舎らしい長屋が二棟建設中で、工事作業員用らしい宿舎は既に完成している。馬を繋ぐ仮設の厩舎には、すでに何頭もの軍馬がいた。井戸らしき場所には人が集まり、炊事場からは煙も上がっている。
「八日でこれは早い方?だよな」
湖畔でヒカルさんたちの工事を見た後だと、何を見ても遅く感じるようになるのが怖い。あの人たちは比較対象にしてはいけない。
建物が収納から出てきて、重機という鉄の怪物が地面を削る。ドワーフが電気で鉄を溶かし始め、七歳の子供が工具台帳を管理する。
神使様が魔犬に乗って意味不明な音を叫びながら走り回る。うん。やっぱり普通ではない。最後のだけは技術とは関係ないが。
「止まれ!」
門の前で、槍を持った王国兵が二人出てきた。私は馬の速度を落とし、両手が見えるようにした。
「所属と名を」
「バーモント商会会頭、バーモントです」
一人の兵士が目を細める。
「バーモント商会?」
「王室御用達の商会です。湖の西側――白き神獣の里との商談を終えて、王都へ戻る途中です」
もう一人の兵士が表情を変えた。
「白き神獣の里?」
「ええ」
私は商会証と王室御用達商人であることを示す書類を出した。もちろん、本物だ。密偵の身分を隠すために偽物を使うこともあるが、バーモント商会そのものは実在している。
商売もして税金も払っている。従業員もいるし、帳簿も正しく付けている。秘密の身分というものは、表側が本物であるほど強い。
兵士が書類を確認した。
「少々お待ちを」
「どうぞ」
待つことしばし。やってきたのは四十代くらいの人族の男だった。革鎧の上から軍用の上着を羽織っている。
「この基地の警備責任者をしている、オルダです」
「バーモントです」
「バーモント商会なら知っています。王都の西市場にも店がありますな」
「ありがとうございます」
「白き神獣の里からの帰りだとか」
「商談と、王室から依頼された品の確認を少々」
嘘ではない。全部を言っていないだけだ。
「近衛副団長の一行が、先日ここから向かいました」
「湖畔で会いましたよ」
「では、無事に着いたのですな」
「ええ。皆さん元気でした」
特に副団長は元気すぎた。ヒカルさんへ剣技の手合わせを申し込みたそうな顔を、最後までしていた。今頃どうなっていることやら。
「今日中に次の宿場へ?」
「そのつもりでしたが……」
私は西の空を見る。街道方面の日はかなり傾いている。責任者も同じ方角を見た。
「やめておかれた方がいいでしょう。ここから先は街道とはいえ、日が落ちれば魔物も出ます」
「やはりそうですか」
「商人用の宿ではありませんが、工事宿舎に空きがあります。一晩なら融通しましょう」
「それは助かります」
「王室御用達の商人を、補給基地の門前から夜道へ追い出したとあっては、こちらも寝覚めが悪い」
「では、お言葉に甘えます」
普通の商人として扱われる。実にありがたい。王族だと知られれば、警備が増え部屋が変わり、食事が変わる。報告書も増えて、私の仕事がしにくくなる。身分とは、便利な時と邪魔な時の差が激しい。
◇
工事宿舎は思っていたより悪くなかった。二階建てではないが、木造の長屋で、簡素な寝台もある。壁はまだ新しい木の匂いがする。窓には板戸、床もきちんと張られている。
ヒカルさんの湖畔を見た後では、湯が出ないとか、明かりが電気でないとか、そういうことを一瞬考えてしまう。
「いかん」
自分で呟いた。完全に感覚を壊されている。王国軍の建設宿舎として見れば十分立派だ。荷物を置いたあと、宿舎脇の食堂へ向かった。
長机がいくつも並ぶ大部屋。兵士だけでなく、大工、石工、土工、鍛冶職人らしい者までいる。夕食時なのでかなり賑やかだ。大鍋から配られているのは豆と肉の煮込み、黒パン、塩漬け肉。それに麦酒。普通の工事現場なら十分な食事だ。
だが私は盆を取らず、部屋の端の空いている席へ座った。
「さて」
腰に下げていた収納袋へ手を触れる。私の収納はヒカルさんのものとは比べ物にならないが、荷馬車一台分はある。そして内部では時間がほとんど進まない。密偵にも商人にも、非常に便利な能力だ。
そこから包みを一つ取り出す。湖畔を出る前、ヒカルさんが言った。
『三日くらいなら、途中で食えるように作っておくよ』
『保存食なら持っていますが』
『それとは別。リリアとマルタにも頼んだから』
『……私一人ですよ?』
『知ってる』
そして何食分か弁当を持たされた。今日の分は――。
「コロッケか」
蓋を開ける。白飯に俵型のコロッケが二個。少量の千切りキャベツ。卵焼きに漬物。小さな容器にはソース。
食堂の匂いに混じって、わずかに揚げ物の香りが広がった。近くにいた作業員がちらりとこちらを見る。
さらにもう一度見る。
「……なんだ、あれ」
聞こえている。
「白いな」
「粥じゃねえぞ」
「粒が立ってる」
米の方か、コロッケではないらしい。この大陸では米は大昔に廃れた食材だ。当然誰も見た事がない。特にこの辺りの工事作業員は、麦や黒パンが中心だ。
私は箸はまだ上手く使えないので、フォークを使う。
「……美味い」
冷めている。だが、冷めていても美味いように作られているのが、この弁当だ。コロッケを割ると中はじゃがいも主体で、少し肉と玉ねぎが入ってる。衣はさすがに揚げたてほどではないが、食感もサクサクしている。そこへ揚げ物用ソースをかける。
「これは危険だな」
白飯に合う。ヒカルさんの料理を食べ始めてから、米に対する評価が上がり続けている。陛下へ稲荷寿司を持ち帰る予定なのに、余計な物まで教えたくなってくる。
……いや。教える必要はない。王宮の食卓にこれ以上面倒な注文を増やす理由はない。
「おい、その白いの何だ?」
近くの席から声が飛んできた。見ると、ドワーフが三人。一人は髭にかなり白いものが混じっている。一人は赤茶の髭。もう一人はまだ若い。
「米ですよ」
「米?」
「白飯です」
「米って大昔にあった穀物か?」
「そうです」
赤茶髭のドワーフが鼻をひくつかせる。
「そっちの茶色のは?」
「コロッケ」
「肉か?」
「主にじゃがいもです」
三人が黙った。
「じゃが?……芋なのか」
「潰して、肉や玉ねぎと合わせて、衣をつけて揚げています」
「芋をわざわざ潰して、また丸めるのか?」
「そうです」
「人族はたまに無駄な手間をかけるな」
「食べれば考えが変わると思いますよ」
「持ってるのか?」
「これは私の夕食です」
「そりゃ残念だ」
遠慮があるのかないのか。ドワーフらしい。私は白飯を口へ運びながら、三人の会話をなんとなく聞いていた。
話題は工事や石材の質。鍛冶場の炉や軍から支給される鉄材。それから、王国東部の鉱山の話。
「ここの鉄はまだマシだ」
白髭のドワーフが言う。
「西で仕事した時はひどかった」
「西?」
「レイシスだよ」
手に持ったフォークが止まった。表情を顔には出さず聞き耳を立てる。白髭は続けた。
「若い頃にな。鍛冶屋の親方に連れられて二年ほど行った」
「よく人族至上の国なんか行ったな」
「あの頃は金払いがよかったんだよ。まだ今ほど酷くなかった頃だ」
赤茶髭が鼻を鳴らす。
「今じゃ行きたくねえな」
「俺も行かん」
私はコロッケを一口食べる。視線は弁当。耳だけを向ける。
「鉱山町の鍛冶場で働いたんだがな。道具が壊れりゃ直す。つるはし、楔、台車の車輪、鎖。仕事はいくらでもあった」
「儲かったか?」
「俺はな」
白髭の声が少し変わった。
「だが、現地のドワーフはそうでもなかった」
「どういう意味だ?」
「借金だよ」
私は箸を置いた。
「すみません」
三人がこちらを見る。
「今の話、少し聞かせてもらっても?」
「ん?」
「私は商人です。レイシス方面とも多少縁がありまして」
嘘ではない。密偵として、だが。白髭のドワーフが私を見る。
「バーモント商会だったか」
「ええ」
「商人が鉱山に興味あるのか?」
「ええ。鍛冶職人の需要には興味があります」
これも本当。私は少し考えてから、収納へ手を入れた。一本の瓶を取り出すと三人の目が止まった。
琥珀色の異界産ウイスキー。湖畔で、商会の商品候補とは別に、私個人としてヒカルさんから買った物だ。王都へ着いてから少しずつ飲むつもりだった。まあ情報収集の為の必要経費、予定変更だ。
「酒の肴に、昔話を聞かせてもらえませんか?」
「……なんだそれ」
「ウイスキーという蒸留酒です」
「強いのか?」
「かなり」
白髭の口元が上がる。
「お前、いい商人だな」
「よく言われます」
実はあまり言われたことはない。ククレにも。
◇
食堂の隅で、小さな木杯を四つ借りた。ウイスキーを少量ずつ注ぐ。
「少ないな」
「まず舐める程度にした方がいいです」
「ドワーフが酒にそんな弱腰で――」
白髭が口に入れる。止まった。
「……っ!」
「だから言ったでしょう」
「熱い!」
「酒です」
「喉が焼けるぞ!」
赤茶髭が笑う。
「爺さん、貸せ」
一口。
「……おお」
「どうです?」
「強い。だが香りがすげえな」
若いドワーフも恐る恐る飲む。
「木の匂いがする」
「分かります?樽で熟成させるそうです」
三人の顔が変わった。鍛冶職人というより、職人全般に共通する顔だ。作り方を知りたくなった時の顔。
「どれくらい寝かせる?」
「物によりますが、数年から十年、二十年も」
「二十年!」
「酒を?」
「商品として成立するのか?」
「します」
そこから五分ほどウイスキーの質問攻めになり、肝心な事が中々聞き出せない。うーん、失敗したかもしれない。
「それで」
頃合いを見て私は話を戻す。
「レイシスの鉱山の話ですが」
「ああ」
白髭が杯を机へ置いた。
「債務奴隷になったドワーフが何人もいた」
「奴隷!何人も?」
「俺がいた町だけでもな」
「賭博師ですか?」
「いや」
白髭が首を振る。
「鍛冶屋だ。鉱夫もいた。工房持ちもいた」
胸の奥で何かが噛み合った。ガランから預かった報告。ニナの父、ガルム。ドワーフ鍛冶師で工房を経営。大量受注がきっかけで借金をし、取引先は倒産。債務奴隷で鉱山へ。
「どうして工房持ちまで?」
「話はいろいろだ。設備を増やすために借りた。鉄を仕入れるために借りた。大口の仕事を受けて材料を先に買った。で、注文した商会が潰れたり、代金を払わず逃げたりする」
私は黙って聞く。
「借金だけ残る?」
「そうだ。返せなきゃ債務奴隷だ」
「どこの鉱山へ送られるか決まりは?」
「債権をどこが買うか次第だな」
赤茶髭が口を挟む。
「奴隷の借金を買うのか?」
「人間ごとだ」
白髭が嫌そうに言う。
「鉱山持ちの商会が借金を肩代わりする。で、本人は借金分働けとなる」
「返せるのか?」
「帳簿がまともならな」
その言い方からすると……。
「まともでない所も?」
「ある」
白髭が杯を見た。
「食費。寝床。道具代。治療費。運搬費。管理費。何でも借金へ足される」
若いドワーフが顔をしかめた。
「それじゃ減らねえじゃねえか」
「だから奴隷なんだよ」
私は声を低くした。
「二年ほど前――いや、もっと最近でも構いません。ガルムというドワーフ鍛冶師を聞いたことは?」
三人が考える。白髭が眉を寄せた。
「ガルム……」
心臓が一度だけ強く打った。
「知っていますか?」
「いや。待て」
白髭が目を閉じる。
「名前そのものは珍しくねえが……」
「そうでしょうね」
「どんな奴だ?」
「工房持ち。娘が一人。大量受注で借金を抱え、取引先が倒産。その後、債務奴隷として鉱山へ送られた可能性が高いんです」
白髭の目が開いた。
「娘?」
「ええ」
「赤毛か?」
今度こそ、私は完全に動きを止めた。
「……なぜそう思いました?」
「いや」
白髭も私を見る。
「俺がいた鉱山町じゃねえぞ」
「構いません。続けてください」
「同じ頃に別の鉱山から来た鍛冶屋がいた。酒の席で聞いた話だ」
「どこの鉱山です?」
「名前が……」
白髭が額を押さえる。
「待て。西北の山だ。鉄じゃねえ。鉄も出るが、主は銀と鉛だった」
「鉱山名は?」
「……グラド鉱山だったか、グラードだったか」
確定情報ではない。記憶違いもある。だが、初めて具体的な場所が出た。
「赤毛のドワーフについては?」
「鍛冶場へ回された奴の話だ。元々腕のいい鍛冶屋だったらしい。鉱夫じゃなく、工具修理と精錬設備の補修をさせられてた」
「名前は」
「そこまでは知らんが、赤毛だったらしい」
焦るな。分からないなら確認。段取りが先。
「年齢は?」
「当時で三十半ばだったか……いや、ドワーフの歳は人族には分かりにくい」
「子供について何か?」
白髭が考える。
「娘をどこかへ預けたって話は聞いた気がする」
それだけだった。だが十分だ。いや十分ではない、ただの手掛かりだ。ここでガルムだと決めつければ、密偵失格である。
「その話をした鍛冶屋は今どこに?」
「オリエントへ戻ってるはずだ」
「名前は?」
「ザックル」
今度はきちんと答えが返った。
「ドワーフのザックル。東部の鍛冶町、ベルグに工房を持ってた。今も生きてりゃ六十前後だ」
私はその名を頭に刻む。ベルグの町の職人ザックル。グラド、あるいはグラード鉱山。赤毛のドワーフ鍛冶師で娘を預けたという話。
「ありがとうございます」
「なんだ。本当に探し人か?」
「商売上の縁で、少し」
白髭が私をじっと見る。だが、それ以上は聞かなかった。
「なら、その酒もう一杯」
「情報料としては高くありませんか?」
「王室御用達なんだろ?」
「その理屈はおかしいのでは」
「商人なら値切れ」
「では半分」
「けちだな!」
「そりゃ商人ですから」
三人が笑った。私も笑う。その裏で、頭の中ではすでに順番を組み始めていた。
王都へ着いた後、陛下へ報告。シオンと神務院。白狐の里と始マリノ祠。そして先代白狐神しらゆきの件。
それとは別系統で。鍛冶師組合と鉱山記録。債務奴隷登録の調査。そして、ベルグのザックルへ聴き取り調査。急がないが放ってもおかない。
七歳のドワーフの少女が、黄色いヘルメットを被って工具を抱えていた姿を思い出す。
『お父さん、生きてるかも』
そんな希望だけを先に渡すわけにはいかない。確かめてからだ、少なくとも、今はまだ。
「……段取り、か」
「ん?」
「いえ。こちらの話です」
白髭がウイスキーの瓶を見る。
「変な商人だな、お前」
「よく言われます」
◇
異世界生活91日目。
六の月20日の夕方。
一方、その頃湖畔では。
◇
「おっ、帰ってきたな」
夕方前。俺は《始マリノ祠》の部材を確認していた手を止めた。南側道路の向こうから、畑からの一団が帰ってきた。
先頭はアルノで三輪自転車に乗っている。後ろには連結した赤ワゴン。山盛りのジャガイモを積んでいる。
その横はロクのマウンテンバイク。これも後ろに赤ワゴンを引いている。同じく、赤ワゴンにはジャガイモ。
その後ろから、ミーシャの三輪自転車。前かごにはジャガイモ。トトの三輪自転車にも、前かごにジャガイモ。
そして。
「おっちゃーん!」
青ライン入り監督ヘルメットを被ったユキだ。ひと回り小さい三輪自転車の前かごには、同じくジャガイモ。
「ずいぶん掘ったな!」
「いっぱい!」
ユキの尻尾が、自転車の後ろでぶんぶん揺れている。さらに最後尾には……。
「ブンブンブブブン! ブブブン! ブンブブブン!」
「わふっ!」
ミミの背中に乗ったこびゃっこ。前足を腰に当てて胸を張り、意味不明な直管コールを響かせながら走ってくる。
「ミミ号! 畑守り仕様! 収穫街道、仏恥義理なのじゃー!」
「こびゃっこ!」
「なんじゃ!」
「久しぶりにやったな、それ」
「畑守り隊凱旋じゃ!」
「近衛と特使の随員の前だぞ!」
「何か問題が?」
「山ほどある!」
食堂側にいたファビイとビオラが完全に固まっていた。ビオラが眼鏡を一旦外し、また掛け直す。
「……神使様、ですよね?」
「……ですね」
俺は答えた。ビオラが眼鏡をまた直す。
「先日、千年以上の歴史を生きておられると伺いました」
「……ですね」
「かつて王都上空を飛ばれたとも」
「そうです」
「今のは何かの神事ですか?」
「今のはなかった事に……」
「ヒカル! 歴史を消すでない!」
「残していい歴史と悪い歴史がある!」
ファビイがもうメモ帳を出していた。
「『白夜神使、魔犬に騎乗し――』」
「いや書かなくていい!」
「しかし歴史資料として」
「歴史学者の悪いところ出てるぞ!」
「私は研究者ではなく特使随員です」
「今の顔は完全に研究者だった!」
ビオラが真剣に言う。
「法的には、神使様による危険行為には該当するのでしょうか」
「法律専攻も乗るな!」
「ミミは馬車ではありませんし、どういう扱いにすれば良いのか……」
「真面目か!そこを検討しなくていい!」
こびゃっこがミミの上で胸を張った。
「びゃっこは無事故無違反じゃ!」
「この世界に道交法はない!」
「そうじゃった!勝ったのじゃ!」
「何にだよ!」
ミミが俺の前で止まった。
「わふ」
「お前も大変だな」
「わふぅ」
なんとなく同意された気がする。
◇
今日ジャガイモを収穫する話は、朝のうちにアルノから聞いていた。
植え付けから日数も経った。豊穣の加護もある。茎葉の様子を見て、そろそろ本格的に掘れると判断したらしい。
本来なら俺も見に行きたかったが、《始マリノ祠》と厩舎の仕事がある。
俺が行かなくても、畑は回る。今はそれでいい。午後になってユキが工事現場からいなくなった時も、別にサボったわけではない。
「おっちゃん」
「ん?」
「ユキ、きょう、ごご、はたけかんとく」
「聞いてる」
「こうじは?」
「グレゴールたちがいるから大丈夫」
「ユキ、ぬけても?」
「ああ。今日は畑の方を頼む」
「うん!」
青ライン入り監督ヘルメットを被ったまま、ユキは胸を張った。
「はたけも、かんとく」
「監督の掛け持ちだな」
「ユキ、しごと、いそがしい」
「五歳児の台詞じゃない」
移動は、ロクのマウンテンバイクと子供用三輪自転車。警備も兼ねてロクが同行。
こびゃっこは畑守り隊隊長。ミミ、クロメは副隊長。ミミには隊長が乗る。なぜ隊長が自分で歩かないのかは聞いてはいけない。
『隊長には隊長車が必要なのじゃ』
本人はそう言っていた。魔犬である。
◇
「どうだった?」
俺が聞くと、アルノが自転車を降りた。
「かなり良いですよ。大きさも揃っています」
「傷みは?」
「少ないです。掘る時に傷つけた物は分けました」
「緑になってるやつは?」
「別にしてあります。食用へ混ぜていません」
「さすが」
トトが三輪自転車から降り、メモ帳を出す。
「ヒカル」
「ん?」
「最初、十株見た」
「試し掘り?」
「うん。大きいの多かったから、アルノが今日は掘っていいって」
「葉の色は?」
「黄色くなったの、多い」
「ちゃんと見てたんだな」
トトが少しだけ胸を張った。
「書いた」
スケッチブックには簡単な絵。株の位置。掘った個数。大きそう、小さそう。土の状態。この子の記録は、だんだん畑の日誌らしくなってきた。
「あとで見せてくれ」
「うん」
ミーシャが赤ワゴンの方を見る。
「いっぱい取れたよ」
「重かっただろ?」
「だからワゴン出したの」
「正解だな」
ユキが自転車のかごから、両手で大きめのジャガイモを一つ持ち上げた。
「おっちゃん」
「おお」
「じゃがいも」
「見れば分かる」
「むれの、じゃがいも」
「……そうだな」
「ユキ、ほった」
「自分で?」
「アルノと」
「なら、その芋はユキの収穫だ」
「えらい?」
「偉い」
「にく、ささえる?」
ユキは覚えていた。まだ畑を作ったばかりの時。こびゃっこがユキへ言った。肉の隣に芋、肉の横に野菜、肉の下に米。畑は肉を支える仲間だ、と。
「今日、たぶん証明されるぞ」
「む?」
「夕飯」
ユキの耳が立った。
「じゃがいも?」
「じゃがいも」
「にくも?」
「あると思う」
「はたけ、えらい」
「評価が確定したな」
◇
収穫したジャガイモは、食堂裏の作業台へ運んだ。全部を今夜食べるわけじゃない。泥を軽く落とし、傷物を分ける。すぐ使う分と保管する分。小さすぎる物や傷がある物。緑化している物や芽が妙に出ている物。
食べない方がいいものを最初に外す。ここは大事だ。
「緑のは食べない」
俺が子供たちへ言う。
「なんで?」
ミーシャ。
「毒になる成分が多いことがある」
ユキの耳がぴんと立つ。
「どく」
「そう。だから、緑のやつは食べない」
「じゃがいも、てき?」
「違う。普通のは味方」
「みどりだけ?」
「緑になったやつとか、芽が出すぎたやつは注意」
「わかった」
トトがメモする。ファビイもメモしている。
「なんであなたまで」
「食文化の記録です」
「今日は歴史じゃないのか」
「歴史も生活の積み重ねです」
強い。研究者志望みたいな随員である。ビオラはジャガイモを見ながら言った。
「毒があるなら、販売時の注意表示が必要ですね」
「法務も始まった」
「中毒が出れば責任問題になります」
「正しいけど湖畔の夕飯から法律に行かないで」
◇
夕食準備が始まる。今日の中心は当然ジャガイモ。マルタが腕まくりした。
「今日は使い倒すよ!」
「初収穫祝いみたいになってるな」
「初めてまとまって取れたんだろ? なら食わないでどうするんだい」
「それはそう」
リリアも笑っている。
「ミーシャが畑から戻る前に、他の具材は準備しておきました」
「段取りいいな」
「アルノさんから聞いていましたから」
俺より先に動いている。いい。本当にいい。俺が全部決めなくても夕飯が進んでいる。マルタが指を折る。
「コロッケ」
「はい」
「ポテトサラダ」
「はい」
「じゃがバター」
「はい」
「細く切って油で揚げるやつ」
「フライドポテトか?」
「そうそれだ」
「炭水化物がすごいな」
「今日は芋の日だよ!」
「潔いな」
「それから、とうもろこしの粉を使ったスープ」
「お」
畑のとうもろこし。以前収穫した分の一部を乾燥させ、マルタが粉にする実験をしていた。
「粒のスープじゃなく?」
「今日は粉の方。あんたの世界じゃ、粉にして煮る料理もあるんだろ?」
「ある。コーンポタージュみたいなやつだな」
「牛乳とバターを使うよ」
「いいね」
「裏ごしはどうする?」
「全部滑らかにしなくてもいいと思う。少し粒感残しても」
「じゃあそうするよ」
もう俺が料理長ではない。相談役くらいだ。
◇
フライドポテト担当は俺になった。大量調理なので、子供は油から離す。洗ったジャガイモを皮を剥く分と、皮付きで使う分に分け、細長く切り、水へさらす。しっかり水気を取って油へ。
じゅわあああ。
「おっちゃん!」
「来ると思った」
厨房の向こうにユキ。その隣にミーシャとトト。少し遅れてニナも来た。
「フライドポテト」
「まだな」
「待つほど、楽しみふえる」
「成長したな」
「ユキ、まてる」
「唐揚げの時は三秒おきに聞いてたけどな」
「これ、じゃがいも」
「肉じゃないから待てる理論まだ生きてたのか」
ニナが揚げ鍋を見る。
「油はねる、危ない」
「そう。ここから先へ来ない」
「わかった」
七歳児の方が説明が早い。
一度揚げて少し休ませる。二度目。表面がきつね色になる。引き上げて油を切り、塩を振りかける。
ユキの尻尾が最大出力になった。
「おっちゃん」
「一本だけな」
「ししょく」
「試食」
ちゃんと冷ますしてから、ミーシャ、トト、ニナにも一本ずつ。
「熱いからな」
「ふー」
ユキが一本つまむ。ふー。ふー。ぱく。
「……」
「どう?」
「うんみゃあ」
出た。
「ケチャップもあるぞ」
「けちゃっぷ!」
小皿へ少し出して、先端につける。ぱく。ユキが止まった。
「おっちゃん」
「はい」
「こっち」
「やっぱりケチャップ付き?」
「けちゃっぷ、えらい」
「ジャガイモの評価が一段上がった」
ミーシャもつける。
「これ好き」
「休日のピザでも食べただろ」
「うん。でも今日の、畑のやつ」
そこは違うらしい。トトは塩だけ。
「じゃがいもの味、こっちの方が強い」
「採れたてだからかな」
ニナは一本を割った。
「外、硬い。中、やわらかい」
「また構造で食べてるな」
「でも、おいしい」
「ならよし」
ニナが小さく頷いた。
「なら、よし」
ユキ語が移っている。
◇
コロッケは、今日の主役だった。蒸したジャガイモを潰す。炒めたひき肉と玉ねぎ。塩と胡椒で少し味を整える。俵型と丸型にしてから、小麦粉、卵、パン粉にまぶす。そして揚げる。
マルタとリリアがどんどん成形していく。ミーシャも油から離れた作業台で、小さな子供用を丸める。
「大きさ、これくらい?」
「いいですよ」
リリアが確認する。
「ユキたちの分は同じくらいにしましょう」
「うん。むれ、おなじ」
群れ、同じ。そこは今も変わらない。付け合わせのポテトサラダは、以前から湖畔の定番。ただし今日の芋は買った芋じゃない。自分たちで植えて、見て、水をやって、虫を確認して、記録して収穫した芋だ。同じ料理でも意味が少し違う。
じゃがバターは簡単。蒸した大きめの芋を割る。バターと塩を少し。
「これだけ?」
アルバートが見る。
「これだけ」
「料理として成立するんですか?」
「食べれば分かる」
「その言葉、最近信用するようになりました」
「成長したな」
「特に米に関しては最初から信用しています」
「そこはブレないんだな」
◇
夕飯。人数が増えた今、食堂タープは本当に賑やかになった。
今日の献立。畑のジャガイモで作ったコロッケ。ポテトサラダ。フライドポテト。じゃがバター。
畑のとうもろこしを乾燥させ、粉にして使ったコーンスープ。パンと白飯は好きな方。肉料理も少し。だが、今日は完全に芋が主役だ。
「いただきます!」
声が重なる。ユキは最初からフライドポテト。一本、ケチャップをつけてから……ぱく。
「うんみゃあ」
もう一本。
「ユキ」
「む?」
「コロッケも食べろ」
「あとで」
「ポテトサラダは?」
「あとで」
「じゃがバター」
「あとで」
「全部ジャガイモだぞ」
ユキは手を止めて皿を見る。フライドポテト、コロッケ、ポテトサラダ、じゃがバター。
「……そうだった」
目が大きくなる。
「じゃがいも、へんしん?」
「変身というか調理」
こびゃっこがコロッケを両前足で持って胸を張った。
「これぞ芋の七変化じゃ!」
「四種類しかない」
「残り三つは今後じゃ!」
「勝手に宿題を増やすな」
ユキがコロッケを食べる。さく。
「!」
耳が立つ。
「おっちゃん!」
「どう?」
「にく、はいってる」
「少しな」
ユキが真剣な顔になる。
「じゃがいも、にくを、なかでささえてる」
「物理的に支え始めたな」
前に教えたことが、妙な形で完成した。
◇
騎士団側の反応も大きかった。
「これは!」
特にレオン。フライドポテトを片手にビール。
「合う!」
「でしょうね」
ベルタが冷静にコロッケを切っている。
「塩気と油です。酒が進む組み合わせでしょう」
「ベルタも食べてみろ!」
「食べています」
「ビールも!」
「今日の勤務表を誰が作ったと思っているんです?」
「……ベルタ」
「私は夜の確認がありますので、一杯までです」
「正しい!」
「副団長は?」
「二杯!」
「昨日までより学習しましたね」
「俺を何だと思っている!」
「三杯目を止められる人です」
「マリベルにか!」
「前例があります」
周囲が笑う。レオンがビールを飲む。ポテト、ビール。
「ヒカル!」
「何?」
「危険だ!」
「何が?」
「止まらん!」
「前も肉で同じこと言ってたぞ」
「肉と芋は別だ!」
「両方止まらないなら同じだよ!」
ハロルドもフライドポテトを食べている。
「遠征食としては難しいな」
「揚げたて向きだからな」
「ただ、塩を少し強くすれば酒場では相当売れそうです」
「軍人が商売評価始めた」
アルバートはじゃがバターを一口。
「……」
「どう?」
「バターが強い」
「うん」
「芋が受け止めている」
「料理人っぽい感想だな」
「白飯にも合いますか?」
「いや、何でも米に繋げなくていい」
「確認です」
「今日はパンで食べろ」
「任務外です」
「米が任務になってる!」
◇
銀狐族のシルヴァンもフライドポテトを気に入ったらしい。一本食べもう一本。さらに一本。弓を引く時くらい無言だ。
「気に入った?」
俺が聞く。
「……かなり」
「静かすぎて分からなかった」
「本当に美味いものを食べている時は、無言になります」
「分かる」
ファビイはポテトサラダ。ビオラはコロッケ。二人とも、昼間のこびゃっこの直管コールを見た時とは違い、普通に食事を楽しんでいる。
と思ったら。
「ヒカルさん」
ファビイ。
「何?」
「畑を始めてから今日まで、何日ですか?」
「そこ記録する?」
「豊穣加護による農業史上の資料として」
「やっぱり研究者じゃないか」
ビオラも言う。
「この畑の農産物を王国へ販売する場合、白狐神の加護を受けた作物という表示は――」
「夕飯中に商品表示法を作るな!」
「重要です」
「まだ売らない!」
「将来です」
「二人とも仕事熱心すぎる!」
セレナが隣で笑っていた。
「二人とも王都へ戻ったら報告書が増えそうですね」
「特使、止めてください」
「有益な記録だと思います」
「味方がいない」
◇
コーンスープも評判が良かった。今回はインスタントのスープに粒をそのまま入れたものではなく、乾燥させたとうもろこしを粉にして使っている。
牛乳、バター、玉ねぎに少し塩。完全な地球の市販ポタージュではないが、十分うまい。
トトがスプーンですくう。
「前のと違う」
「分かる?」
「粒が少ない。でも、全部とうもろこしの味する」
「粉にしたからな」
マルタが嬉しそうに腕を組む。
「粉にすると保存も利くし、使い方が増えるね」
「生地にも使えそう」
「やってみるよ」
「俺じゃなく?」
「なんであんたが全部やるんだい」
さらっと言われた。
「……そうだな」
「とうもろこし粉は私が試す。あんたはあんたの仕事しな」
「はい」
「返事が素直だね」
「最近そういう方針なんで」
ユキがスープを飲みながらこちらを見る。
「おっちゃん、ひとりで、しない?」
「しない」
「なら、よし」
「監督が二人いる」
「三人じゃ」
こびゃっこがじゃがバターを食べながら言う。
「びゃっこもおる」
「お前は今日、暴走族だっただろ」
「畑守り隊隊長じゃ!」
「帰り道の肩書きが違ったぞ」
「隊長車による凱旋演出じゃ」
「直管コールを演出扱いするな」
ファビイがまたメモを取ろうとする。
「書かなくていいから」
「まだ何も言ってません」
「顔で分かる!」
◇
食事が進み皿が空く。フライドポテトは追加。コロッケも追加。じゃがバターも減っていく。ポテトサラダは明日の朝用に少し残すつもりだったのに、かなり危ない。
騎士たちはビール。職人たちもビール。ドランは当然ビール。
「ヒカル!」
「今度は何?」
「この芋は酒を呼ぶ!」
「知ってる」
「湖畔で酒の原料も作らんのか?」
「話を広げるな」
「芋の酒もあるじゃろ」
こびゃっこ。
「お前まで!」
「焼酎じゃ!」
「今は作らない!」
「なぜじゃ!」
「畑が酒造所に進化するからだ!」
ドランとこびゃっこが同時に残念そうな顔をする。
「この二人、酒の話だけ連携いいな」
ガランが静かにコロッケを食べながら言った。
「放っておけ。酒が絡むと止まらん」
「ガラン」
「なんだ」
「お前、もう五個目だぞ」
ガランの手が止まった。
「……収穫量を確認している」
「食べて確認するな」
「品質確認だ」
「その理屈、ドラン寄りになってるぞ」
リーファが笑う。
「美味しいから仕方ないわよ」
マリベルもポテトサラダを取る。
「採れたてだからでしょうか。いつもより味が濃い気がします」
「豊穣の加護もあるのかな」
こびゃっこが胸を張る。
「もちろんじゃ!」
「味まで?」
「……たぶんじゃ!」
「今一瞬弱くなったぞ」
「神力は万能ではないのじゃ!」
「そこはちゃんと認めるんだな」
◇
夕食の終わり頃。ユキの皿には、フライドポテトが一本だけ残っていた。
「食べないの?」
「さいご」
「最後に取ってる?」
「うん」
「一番好きだった?」
ユキは少し考えた。
「ころっけも、えらい」
「じゃがバターは?」
「えらい」
「ポテトサラダ」
「えらい」
「スープ」
「とうもろこしも、えらい」
「全部偉いな」
ユキが最後の一本へケチャップをつける。
「はたけ、えらい」
「結局そこか」
「にく、ささえる」
「ああ」
「ごはんも、ささえる」
「そうだな」
「みんな、たべる」
「ああ」
ぱく。尻尾が揺れる。
「むれの、はたけ」
その言葉で、なんとなく今日一日がまとまった気がした。
最初に畑を作った時。俺は食費を減らしたいと思っていた。人数が増えれば食料が必要になる。ポイントだけに頼らず、自分たちでも作れた方がいい。たぶん、始まりはそれだけだった。
でも今は。トトが成長を記録して、みんなが収穫する。アルノが時期を判断する。ロク達が警備する。こびゃっこが隊長を名乗り、ミミとクロメも畑を守る。ユキが畑も監督して、マルタとリリアが料理する。
そして皆で食べる。騎士までビールを飲みながらフライドポテトを取り合っている。
「ヒカル!」
レオン。
「何?」
「もうない!」
「食べすぎ!」
「追加を!」
「今日は終わり!」
「まだ芋はあるだろう!」
「揚げる人間の勤務時間を考えろ!」
「俺が揚げよう!」
「油料理初心者を酔った状態で厨房へ入れるか!」
「ぐ。正論だ」
「即座に納得するな!」
ベルタがレオンの肩を掴んだ。
「副団長」
「なんだ」
「食事終了です」
「あと一本」
「ありません」
「ではコロッケ」
「ありません」
「じゃがバター」
「自分で見てください」
「……ない!」
「食べましたから」
「誰が!」
ベルタが無言でレオンを見る。
「……俺か?」
「はい」
「芋とは恐ろしいな」
「副団長の食欲です」
また笑いが起きた。
◇
夕食後。畑から持ち帰ったジャガイモの残りは、明日改めて保管分を選別する。すぐ使う物と保存する物。種芋候補と傷物。その辺もアルノとトトの記録を見ながら決めればいい。
今夜全部やる必要はない。まだ出来る時にやめる。それも仕事だ。食堂の片付けをしていると、ユキが俺の服をつまんだ。
「おっちゃん」
「ん?」
「じゃがいも、あしたも?」
「何かは出るかもな」
「ぽてと?」
「毎日は揚げない」
「む」
「油ものばっかり食べるな」
「ころっけ」
「それも揚げ物」
「じゃがバター」
「それならまあ」
「ぽてとさらだ」
「それもよし」
ユキが満足そうに頷く。
「じゃがいも、べんり」
ニナが近くを通りながら言った。
「べんり」
「お前の評価まで取ったか」
ユキがニナを見る。
「じゃがいも、べんり」
「うん」
「にく、ささえる」
「うん」
「どうぐも、ささえる?」
「それは違う」
ニナの訂正が冷静だった。こびゃっこがミミの背中から言う。
「芋は群れを支えるのじゃ!」
「いい感じに締めようとするな」
「本日の教訓じゃ!」
「何?」
こびゃっこが前足を上げる。
「安全第一! 段取り! むれ、おなじ! そして――」
嫌な予感がした。
「野菜、根性!」
「まだ残ってたのかその標語!」
「伝統じゃ!」
「最初に苗を植えた時にお前が作っただけだろ!」
ユキが両手を上げた。
「やさい、こんじょう!」
「思い出すな!」
ニナ。
「安全第一」
トト。
「記録」
ミーシャ。
「おいしく食べる」
アルノ。
「収穫時期の確認ですね」
ロク。
「警備っす」
皆それぞれ違った。
「ほら見ろ。根性だけ浮いてる」
「むむ」
こびゃっこが腕を組む。
「では改訂じゃ」
「まだやるの?」
「安全第一! 段取り! 記録! 警備! 収穫! 料理! そして酒!」
「最後だけ却下!」
「なぜじゃ!」
「畑守り隊の標語に酒を入れるな!」
湖畔に笑い声が響いた。
同じ頃。湖の東岸で、王都へ戻る途中のロイドが、一本のウイスキーと引き換えに。ニナの父親へ繋がるかもしれない、小さな糸を一本拾っていた。
それが本当にガルムへ続いているのかは、まだ誰にも分からない。でも、畑の土からジャガイモを一つずつ掘り出すように。見えないものも、順番に確かめていけばいい。
焦らず。見落とさず。段取りよく。俺たちの知らないところでも、群れへ繋がる仕事は少しずつ進んでいた。
続く。
◇
【第125話・収支報告】
異世界生活91日目
日付:六の月20日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,123,678pt
今回の購入:
・なし 0pt
※夕食のジャガイモは湖畔畑で本日収穫したものを使用。
※コロッケ、ポテトサラダ、フライドポテト、じゃがバター用の肉、玉ねぎ、卵、小麦粉、パン粉、油、バター、マヨネーズ、ケチャップ、基本調味料等は既存在庫を使用。
※コーンスープには湖畔畑で収穫・乾燥後に粉へ加工したとうもろこしと既存在庫の牛乳・バター等を使用。
※ロイドが東岸補給基地で提供したウイスキーは、湖畔出発前に商会用取引とは別に本人がヒカルから個人的に購入済みの品であり、本日の湖畔側の新規支出には含まない。
※ロイドの道中用コロッケ弁当は、出発前にリリアとマルタが既存在庫から調理し、ロイドの時間停止型収納で保存していたもの。
今回支出合計:0pt
現在残高:
3,123,678pt
円換算目安:
3,123,678pt × 100円 = 約312,367,800円相当




