第122話 白狐神と湖畔の球遊び
異世界生活89日目。
六の月18日。休日二日目の午後。
うな重を食べ終えたあと。食堂タープの中には、まだ蒲焼きの甘辛い匂いが少し残っていた。
「おっちゃん」
「ん?」
「うなぎ、また?」
「すぐじゃないけどな」
「つぎは?」
「湖にどれくらいいるか調べてから」
「だんどり」
「そう」
ユキが納得して頷く。どうやら、うなぎは完全に、ユキの『えらいランキング』に入ったらしい。
休日二日目。
「……みんな午後、何するんだ?」
俺が何気なく口にすると。
「午後も釣りですね」
アルノ。
「私も戻るわ」
リーファ。
「私も少し」
マリベル。
「ミネットは?」
「もちろん釣るにゃ!」
即答。
「またウナギ来たら?」
「……」
一瞬止まった。
「ヒカルを呼ぶにゃ」
「俺、ウナギ処理係になった?」
「休日の役目にゃ」
「休日に役目を作るな!」
◇
トトは釣り組から抜けた。
「今日はもう釣らないの?」
「絵のつづき描くの」
「何の?」
「ミネット」
「ウナギじゃなくて?」
「どっちも」
スケッチブックには、さっきの湖水ウナギが既に描かれている。その横には、【ミネット にゃあああ とさけぶ】と書かれている。
「トト!」
少し離れたところからミネットの声。
「消すにゃ!」
「だめ」
「なぜにゃ!」
「ほんとのこと」
「芸術には慈悲が必要にゃ!」
「記録には事実が必要だぞ」
「ヒカルまで敵に回るなにゃ!」
アルノが釣竿を持ったまま頷いた。
「記録としては正確ですね」
「アルノまで!」
湖畔は午後も平和な様だ。
◇
トトはスケッチブックを抱えて、ミーシャやニナのところへ向かった。ユキもついていく。
「何する?」
ミーシャ。
「まだ決めてない」
ニナ。
「フリスビー?」
トト。
「昨日いっぱいやったよ」
「さんりん?」
「今日は乗らない」
「じゃあ」
ユキが俺を見る。
「おっちゃん」
「何?」
「おっちゃんのおなか、なんか、ある?」
ユキが、猫型ロボットにおねだりする眼鏡をかけた少年の様に聞いてきた。休日になると「おっちゃんの収納から何か出てくる」という認識になってないか?
「何かって言われてもなあ」
収納の中を思い浮かべる。子供用遊具に、フリスビーやボール類。以前、買ってそのまま入れていた物がある。
「……あ」
あった。
「これならいいか」
収納から出したのは、直径四十センチほどのビーチボール。赤、青、白、黄色のパネルが入った、昔ながらの軽いやつだ。
「なに、それ?」
ミーシャ。
「ボール」
「ぼーる?」
「球」
ニナが近づく。
「軽い」
「空気入ってるからな」
ユキが両手で持つ。
「おっきい」
「でも軽いだろ」
「うん」
ぽん。何となく上へ投げる。落ちてきたボールがユキの頭に当たった。
「ぽよん」
「柔らかいだろ」
「いたくない」
「だから子供でも遊びやすい」
トトがボールを見つめる。
「何するの?」
「じゃあ、まず簡単なのから」
◇
「みんな、輪になって」
ユキ、ミーシャ、トト、ニナ。そこへ俺。五人で円を作る。
「地面に落とさないように、手で上へ上げて、次の人へ渡す」
「投げる?」
ミーシャ。
「投げるっていうより、こう」
俺はビーチボールを両手の指先で上へ押し上げる。ふわっ。軽いボールがゆっくり浮く。
「トスっていう」
「とす」
ユキが言う。
「そう。強く叩かなくていい。軽く上へ」
落ちてきたボールをミーシャが両手で受ける。
「こう?」
「持っちゃった」
「だめ?」
「最初はいい。慣れたら止めずに上へ返す」
「分かった!」
◇
最初は大変だった。
「ユキ!」
「はい!」
ぽん。
「ミーシャ!」
「うん!」
ぽん。
「ニナ!」
「……」
ぽす。顔面に当たる。
「大丈夫!?」
「いたくない」
ニナは真顔。
「今の、失敗?」
「まあ」
「もう一回」
ニナ……強いな。続けてトトへ。ぽん。
「うわっ」
ボールが後ろへ飛び、俺が追う。
「おっと」
何とか拾う。
「落ちたら終わり?」
「別に終わりじゃない。今は遊びだから、また始めればいい」
「なんか、数える?」
「じゃあ連続何回できるか数えるか」
「うん!」
◇
「いーち!」
ユキ。
「にー!」
ミーシャ。
「さん」
ニナ。
「よーん!」
トト。
「五」
俺。
「ろく!」
「なな!」
「はち!」
九、そして……。
「じゅう!」
ユキが嬉しそうに叫ぶ。その瞬間、ボールが後ろへ飛んだ。
「あ」
「十で終わったな」
「もういっかい!」
「はいはい」
◇
しばらくすると、釣り場から視線を感じた。
「……」
ミネットだ。竿を持ちながら、こっちを見ている。
「ミネット」
「なんにゃ」
「やる?」
「釣り中にゃ」
「めっちゃ見てたけど」
「見てないにゃ」
「浮きよりこっち見てただろ」
「……」
少し迷ったあと。
「しょうがにゃいにゃあ。一回だけにゃ」
「絶対一回で終わらないやつ」
◇
ミネットが入る。
「こうにゃ?」
ぽん。上手い。
「あれ?」
「簡単にゃ」
もう一度。ぽん。今度も綺麗。
「初めて?」
「初めてにゃ」
「何で上手いの?」
「屋根の上で物を受け渡すのにゃ」
「なるほど……」
足場の悪いところでバランスを取り、飛んでくる物の位置を読む。距離を見るなど、そういう感覚がそのまま使えるらしい。
「ほらにゃ!」
ぽん。ボールが綺麗にニナへ飛ぶ。
「上手」
「当然にゃ!」
「調子乗ると落とすぞ」
「落とさないにゃ!」
次。すぽん。頭に当たった。
「……」
「落としたな」
「今のは風にゃ!」
「無風だけど」
「湖の風にゃ!」
◇
さらに。
「何やってるんすか?」
ロク。
「球遊び」
「球?」
「ボールを落とさないように繋ぐ」
「面白そうっすね」
ナージャも来た。
「それ、昨日のフリスビーとは違うんだ」
「違う」
「投げない?」
「基本、打って返す」
ミレイも猫耳をぴんと立てる。
「私もやりたいです!」
「猫族増えた」
犬族のセルドまで来る。
「こういう遊び、王都にはないです」
「球を使った遊びそのものがない?」
「布を詰めた球を蹴って遊ぶ子供は見かけますが、決まった遊びはないですね」
ナージャも頷く。
「的当てとか、地面に描いた輪の中に石を投げるのならあるけど」
「そうなのか」
俺はちょっと驚いた。ボールそのものは作れなくはない。革へ詰め物をして丸める遊具くらいならありそうだ。
でも、ルールを決めてチームでやる球技スポーツという文化は、まだ育っていないらしい。
「じゃあ、ちょうどいい」
「何が?」
「人数増えたし、もう少しちゃんとした遊びにしてみるか」
◇
まずは大人組と子供組に分けた。子供組はユキ、ミーシャ、トト、ニナ。それと。
「ミミ!」
ユキが呼んだ。
「わふ!」
「クロメ!」
「うぉん!」
「お前らも参加するの?」
魔犬二匹が尻尾を振っている。
「ボール追いかけそうだな」
「取って逃げない?」
ミーシャ。
「ミミ、だめだよ」
「わふ」
「クロメも」
「わん」
「本当に分かってる?」
ユキが胸を張る。
「だいじょうぶ」
「監督?」
「ユキ、みる」
「じゃあ試すか」
◇
俺がビーチボールを軽くミミへ送る。
「ミミ、返せる?」
ぽん。
「え?」
鼻先で返した。
「うまっ!」
ミーシャが笑う。
「もう一回!」
今度はクロメ。ぽん。こちらも鼻先。子供たちが遊んでいるのを見て、学習した様だ。
「フリスビーの時もそうだけど、器用だな、お前ら」
ロクが笑う。
「この子ら魔犬っすからね」
「それ理由?」
「普通の犬より頭いいっす」
「自分、狼族っす、みたいに?」
「まだ言ってないっす!」
◇
「びゃっこもやるのじゃ!」
離れたところで、昭和歌謡を聴きながらくつろいでいた白い毛玉が飛んでくる。
「お前は何する」
「もちろん参加じゃ!」
「そのちっこい前足で?」
「違う!」
こびゃっこがふわりと浮く。
「びゃっこ式頭突き返球じゃ!」
「名前が物騒だな。格闘技じゃないぞ」
ぽん。ボールを軽く送る。こびゃっこが浮かびながら少し高度を下げ。
こつん。額で返した。
「おお」
「見たか!」
「ヘディングだな」
「そうじゃ。びゃっこはサッカーも知っておるぞ!」
「もちろんそうだろうが、今は黙ってろ」
「何故じゃ?」
「絶対、興味を持つ奴が集まってビーチボールどころじゃなくなる」
◇
子供組は早くも大盛り上がりだった。
「ユキ!」
「はい!」
ぽん。
「ミーシャ!」
「うん!」
ぽん。
「ミミ!」
「わふ!」
鼻先で、ぽん。
「クロメ!」
「わん!」
同じく鼻先で、ぽん。
「こびゃっこ!」
「任せるのじゃ!」
小さな額で、ぽん。
「ニナ!」
「うん」
両手で、ぽん。
「トト!」
「来た!」
両手で、ぽふっ。
「十二!」
「十三!」
「十四!」
ボールが地面へ。
「ああ!」
「十四だな」
「もういっかい!」
休日二日目とは思えない運動量だ。
◇
一方、大人組。ナージャ、ミネット、ミレイ、ロク、セルド。
そこへリーファまで釣竿を置いて来た。
「私も混ぜて」
「釣りは?」
「アルノに任せた」
「急に人気スポーツになってきた」
そして――。
「何をしている!」
レオンまで来た。
「お前、午後は非番?」
「ああ!」
「じゃあいいけど」
「面白そうだな。俺もやる!」
「絶対力加減できないだろ」
「できる!」
「声の大きさで不安になる」
ベルタが後ろから来る。
「副団長は最初、見学を」
「なぜだ!」
「力加減です」
「できる!」
「昨日のポーカーでも力加減できてませんでした」
ポーカーでの力加減の意味がわからないが……。
◇
大人組にもやらせてみる。最初はトス。
「軽く上へ」
ナージャ。ぽん。
「お、上手」
「投げるより楽」
ミレイ。ぽん。
「私も!」
猫族は妙に上手い。ミネット。ぽん。
ロク。
「こうっすか!」
ぼふっ。ボールが高く上がる。
「ロク! 上げすぎ!」
「軽いっす!」
セルドが追う。
「ここは俺が!」
ぽん。
「おお!」
「続いた!」
リーファ。ぽん。
「これ面白いわね」
「だろ?」
◇
レオン。
「来い!」
「力抜けよ」
「任せろ!」
ぽん。俺が送る。
「ぬおっ!」
バン!ビーチボールが斜め上へ吹っ飛んだ。
「だから言ったろ」
「球が軽すぎる!」
「お前が強すぎるんだ!」
ベルタが額を押さえる。
「副団長」
「何だ」
「加減してください」
「した!」
「してません」
「した!」
「球が証拠です」
飛んでいったボールをロクが回収してくる。
「湖に入るところだったっす」
「すまん!」
「まず三割抑えろ」
俺が言う。
「三割?」
「今の力の三割以下」
「そんなに?」
「そんなに」
◇
しばらくすると、全員それなりに繋げられるようになった。そこで俺は思った。
「そろそろ、もう一段階いけるな」
「何するの?」
ナージャ。
「本来は、真ん中にネットを張って、二つのチームでボールを打ち合う競技がある」
「ネット?」
「網だな」
「魚捕る?」
「違う」
ミネット。
「屋根工事の転落防止?」
「違う!」
「じゃあ何するにゃ」
「境界線」
地面へ線を引く。
「こっちと向こう。ボールを相手側の地面へ落としたら点」
「なるほど」
セルド。
「相手に取らせないように返すのか」
「そう。ただし本来はいろいろ細かいルールがある」
「本来?」
「今日はゆるくする」
ユキが手を上げる。
「ユキも?」
「もちろん」
「ミミも?」
「いい」
「クロメも?」
「いい」
「こびゃっこも?」
「ビーチバレーじゃな!面白そうじゃ!」
◇
「ネットがあると分かりやすいんだけどな」
収納にはない。買うか……どうせ今後も使える。子供でも大人でも遊べるし、ビーチボールなら怪我もしにくい。俺はショップを開く。
【ポータブル・ビーチバレーネットセット】
簡易支柱にネット。固定ロープとペグ。収納ケース付きで高さ調整可能。
「……これなら」
ポイントを使い購入。
「出すぞ」
収納から細長いケース。
「おっちゃん、しごとする?」
すかさずユキが言った。
「遊びの準備だ」
「ほんと?」
「本当」
「なら、よし」
休日監査も厳しいな……。
◇
「組み立てるぞ」
俺が言うと大人組が集まった。
「俺も手伝うぞ!」
レオン。
「遊び用だからいいけど、安全にな」
「分かっている!」
ベルタ。
「支柱はこちらですね」
「さすが早い」
セルド。
「ロープを張るのか?」
「そう」
ロク。
「ペグ打つっす」
「軽くな」
ミネット。
「網の高さ変えられるにゃ?」
「変えられる」
「子供用に低くできるにゃ」
「そういうこと」
ニナがケースの中を見ている。
「部品、少ない」
「簡易用だからな」
「べんり」
「それ言うと思った」
◇
十分くらいで、砂浜寄りの草地へ簡易ネットが立った。高さは低め。子供が参加するから、本格的な高さにはしない。
「これで?」
ユキ。
「こっちと向こうで打ち合う」
「なんかい?」
「本当は三回以内で相手へ返す」
「さんかい」
「ただし今日は五回までにしよう」
「ゆるい」
「そう。ルールは遊びながら覚えればいい」
ナージャが腕を組む。
「球を持ったら?」
「持たない」
「落としたら?」
「相手の点」
「この線の外へ出したら?」
「出した側の失点」
「身体に当たったら?」
「返れば続行」
「顔でも?」
「痛くないボールだから今日はあり」
レオン。
「頭でも?」
「ありにしよう」
こびゃっこ。
「よし! びゃっこの時代じゃ!」
「何の時代だ」
◇
チーム分けをする。まずは大人中心。ナージャ、ミネット、ロク、セルド。
対して。レオン、ミレイ、リーファ、俺。
「ベルタは?」
「審判をします」
「ルール知らないだろ」
「今聞きました」
「もうやるの?」
「記録は得意です」
「じゃあ点数係から始めて」
◇
「じゃあ、始めるぞ」
俺がボールを持つ。
「最初は下から軽く打って相手へ入れる。これをサーブっていう」
「さーぶ」
ユキたちが外から見ている。
「行くぞ」
ぽん。ビーチボールがネットを越える。
「来た!」
ナージャ。ぽん。
ミネット。ぽん。
そしてロク。
「返すっす!」
ぼん。またボールが高く上がる。
「また高い!」
セルドが追う。
「間に合う!」
ぽん。ネットを越える。
「おお!」
レオン。
「俺だ!」
「力抜け!」
「分かっている!」
ばん。ボールが真上に。
「上ならまあ!」
ミレイが走る。
「はい!」
ぽん。そしてリーファ。
「返すわよ!」
ぽん。相手側にボールが跳ぶ。ナージャが飛び込むが、ボールは地面に。
「一点!」
ベルタ。
「どっち?」
「こちらです」
「そのとおりだ。審判もう慣れたのか」
◇
勝負を意識しだした大人たちの目が変わった。
「もう一回!」
ナージャ。
「次はこちらから!」
セルド。
「今のは取れたっす!」
ロク。
「レオン、強く打ちすぎ!」
「今のは三割だ!」
「二割にしろ!」
ミレイが笑う。
「これ面白いです!」
リーファも珍しくかなり楽しそうだ。
「弓と違って、相手の動きを見ながら返すのね」
「そう」
「位置取りが大事ね」
「そこに気づいた?」
「当然」
また職業病が出ている。
◇
数試合やったが、当然ルールはぐちゃぐちゃ。三回どころか四回、時々六回も。ネットに触っても今日は注意だけ。サーブ失敗は一回やり直し。足で蹴って返したロクには、
「ダメっすか?」
「本来はボールを身体のどこで返してもいい競技だけど、今日は手中心で!」
「分かったっす!」
こびゃっこが外から叫ぶ。
「びゃっこなら尾でも返せるぞ!」
「尻尾は反則にしとく!」
「なぜじゃ!」
「お前だけ有利すぎる!」
◇
大人組が休憩したところで、子供たちも入る。ネットはさらに低くする。
チーム。ユキ、ミーシャ、ミミ、こびゃっこ。
対して。トト、ニナ、クロメ、俺。
「おっちゃん、てき?」
「敵って言うな。相手」
「たおす?」
「倒さない」
「かつ?」
「まあ勝つことはある」
「じゃあ、ユキ、かつ」
「急に真剣な顔になったな」
◇
開始。
「行くよー!」
ミーシャがサーブを打つ。ぽん。ボールがネットを越える。
「トト!」
「はい!」
ぽん。次にニナが、ぽん。そしてクロメ。
「わん!」
鼻先で、ぽん。
「うまい!」
俺。ぽん。ボールが相手コートへ。
「ミミ!」
「わふ!」
鼻先で、ぽん。
「こびゃっこ!」
「任せるのじゃ!」
ふわっと浮いてヘディングで、ぽん。
「ユキ!」
「はい!」
両手で、ぽん。そしてミーシャ。
「返すよ!」
ぽん。ボールがネットを越える。トトが追う。
「うわ!」
間に合わず、ぽふ。ボールが地面に。
「一点!」
ユキが両手を上げる。
「かった!」
「まだ一点だけ!」
「かった!」
「試合終わってないぞ!」
◇
子供ルールはさらにゆるい。サーブは投げてもいい。五回まで。犬の鼻トスあり。こびゃっこのヘディングあり。ちなみにユキの尻尾は禁止。
「なんで?」
「大きすぎる」
「む。しっぽ、べつのいきもの」
「久しぶりに聞いたな。その設定まだ生きてたの?」
◇
意外だったのはニナだ。派手に打たないが、高く、正確に上げる。
「ニナ上手いな」
「次の人が、取りやすい方がいい」
「正解だ」
「次の人、べんり」
「スポーツでもそれ言う?」
トトは位置取りが上手かった。絵を描くせいか、全体を見る癖がある。
「こっち!」
先に落ちる場所へ動く。ミーシャは勢い。
「えい!」
ぽん。ユキも勢い。
「えい!」
ぽん。
「二人とも似てきたな」
「ユキの方がつよい」
「ミーシャも!」
「競うな競うな」
◇
ミミとクロメは完全に理解した。ただし。
「ミミ! 返して!」
「わふ!」
鼻先で、ぽん。
「クロメ!」
「わん!」
鼻先で、ぽん。だが時々。ぱくっ。
「あ!」
クロメが口で咥える。魔犬で普通の犬よりも大型なので、ビーチボールサイズでも平気で咥えることができる。
「クロメ!」
ぺっ。
「今の反則」
「わふ……」
「反省してる」
「かわいいから一点減点なし」
「おっちゃん、ずるい」
「主催権限」
「ベルタ!」
ユキが審判席を見る。
「ヒカル殿、今のは反則です」
「え」
「相手側へ一点」
「厳格すぎ!」
「規則です」
ズルをしようとした大人を見て、同じチームのはずの七歳児と相手チームの五歳児が拍手した。
◇
「もう一回!」
「次、私も!」
「俺も!」
気がつけば参加希望者が増えていた。ガラン、クラウディア、ハロルド、エレナ、アルバート、ファビイ、ビオラ。そしてセレナまで。
「特使も?」
「これは外交ではありませんから」
「やる気?」
「少し」
レオンが笑う。
「特使殿、運動は?」
「最低限は」
「ならこちらへ!」
「副団長と同じチームは少し不安ですね」
「なぜ!」
「力加減が……」
「全員そこを言う!」
◇
午後の湖畔。釣り組は釣り。食堂ではカード遊び。湖岸ではビーチバレーを楽しんでいた。
しばらくして、少し休憩しようと思い、食堂へ戻る。そこではガラン、ドラン、ビーチバレーから戻ったベルタ、クラウディア、ハロルドらがポーカーを始めていた。俺はふと、収納の中を思い出す。
「あ」
「何じゃ?」
ドラン。
「そういえば、まだ出してなかった遊びがあるな」
「また異界の遊びですか?」
ベルタ。
「簡単な盤ゲーム」
「盤?」
「たぶん知らないと思う」
ちょっとだけ、俺は期待した。異世界では定番だ。リバーシ。白黒の石を挟んでひっくり返す。ルールは簡単で覚えやすい。これはもしかして商売にも……。
いや。今さら俺が玩具屋をやるつもりはないが、王都で売ればそれなりに――。
「じゃーん」
収納から箱を出す。
「これ」
ガランが見る。
「……」
ドラン。
「……」
釣りから戻ってきたアルノも見る。
「……」
「何その反応」
アルノが首を傾げる。
「リバーシですね」
「……え?」
「リバーシです」
「知ってるの?」
「もちろん」
「え?」
◇
俺は箱を持ったまま固まった。
「ちょっと待って」
「何です?」
「このゲーム、あるの?」
「ありますよ」
「昔から?」
「少なくとも私が子供の頃には」
ガランも頷く。
「兵舎にもあったぞ」
ドラン。
「酒場にも置いてあるのう」
「うそぉ……」
思わず声が出た。
「おっちゃん」
後ろからユキ。
「どうした?」
「夢が一個死んだ」
「ゆめ?」
「異世界でリバーシを発明して儲ける夢」
ガランが笑う。
「お前、そんなこと考えてたのか」
「一瞬だけ……」
こびゃっこが腹を抱えている。
「ふぉっふぉっふぉ! 異世界定番、敗北じゃ!」
「うるさい!」
◇
「じゃあ囲碁は?」
俺が聞く。
アルノ。
「あります」
「……将棋は?」
「ショーギもありますが、異界のものと完全に同じかは分かりません」
「囲碁って名前も?」
「イゴです」
「そのまま!?」
ファビイが興味を持つ。
「やはりヒカルさんの世界にもイゴがあるのですか?」
「逆だよ! 俺の世界のやつ!」
ビオラが眼鏡を直す。
「こちらでは、過去の異界人が伝えたと言われてますね」
「……ああ」
そういうことか。長いこの世界の歴史の中で、地球から来たのは俺だけじゃない。宗一郎もいる。もっと古い時代にもいた可能性が高い。
「囲碁もリバーシも、誰かが持ち込んだのか」
「伝承では」
アルノ。
「盤遊戯のいくつかは『異邦の知恵』と呼ばれる古い記録があります」
「うわあ……」
商売ネタ。死亡……チーン。
◇
「ヒカル」
ガランが笑う。
「何だよ」
「そんなにがっかりするな」
「ちょっとだけ夢見たんだよ!」
「何を?」
「王都で『異界の新ゲーム!』って売れるかなって」
「もう売ってるな」
「言うな!」
「欲をかいたのう。ふぉっふぉっふぉ」
「こびゃっこ笑いすぎだぞ!」
◇
「でも」
ベルタが俺の持っている盤を見る。
「何?」
「それ、かなり綺麗ですね」
「え?」
「盤面」
よく見る。俺が出したのは、日本で普通に売られている中価格帯のリバーシセット。折り畳み盤でマス目は均一。石も全部同じサイズ。黒と白の表面は滑らか。収納ケースもちゃんとしている。
「こちらの物より精度が高いです」
「そう?」
「駒の厚みが全部同じです」
ニナまで来た。
「ほんと」
「お前も見るの?」
「見る」
「休日だから分解はなし」
「分解するところない」
「確かに」
ドランが石を一枚取る。
「この表面も均一じゃの」
「成形品だからな」
「成形?」
「型を使って同じ形を大量に作る」
「なるほど」
ベルタの目がまた職人になった。
「つまり」
「うん」
「ゲーム自体ではなく、道具の品質に価値がある」
「……あ」
◇
こびゃっこが胸を張る。
「異世界定番、復活じゃ!」
「お前が勝ち誇るな」
「商売は中身だけではないぞ!」
「それは分かるけど」
アルノも盤を見る。
「王都の高級盤より、こちらの方が均一ですね」
「そんなに?」
「木製の高級盤は美しいですが、駒の寸法は職人差があります」
「そりゃまあ」
「これは大量に同品質を作れる」
「日本じゃ普通だからな」
「そこが普通ではないのですよ」
またこれだ。俺が当たり前だと思っている部分を、この世界側が別の価値として見る。
◇
「じゃあ囲碁も見る?」
「お願いします」
今度は囲碁セット。簡易だけど、それなりにちゃんとした盤。碁石に碁笥。出した瞬間。
「……綺麗ですね」
アルノ。
「石の大きさが全部同じ」
ベルタ。
「丸い」
ニナ。
「それは見れば分かる」
「でも、全部同じ」
「そっちか」
ドランは碁石を一個つまむ。
「こっちの安物は、石を削って軽く研磨しただけの物もあるからの」
「高級品は?」
「貝や石を使う」
「日本も似たようなもんだな」
◇
「やる?」
俺が聞くとアルノは。
「囲碁をですか?」
「いや、今日はリバーシ」
「私が相手をしましょう」
「強い?」
「普通です」
嫌な言い方。こういう奴の「普通」は信用できない。
◇
結果。
「……負けた」
「ありがとうございました」
「普通って言ったよな?」
「昔の仲間内では、普通だったと思いますが」
「基準がおかしい!」
こびゃっこが笑う。
「異世界定番、二度目の敗北じゃのう」
「黙れ!」
ニナが盤を見る。
「次、ニナ」
「お前もやる?」
「うん」
「ルール知ってる?」
「今見た」
「それだけ?」
「分かった」
怖い。
◇
ニナ対アルノ。序盤は静か。中盤も静か。そして終盤。
「……」
アルノの顔が少し真剣になった。
「お?」
ベルタ。
「ニナさん、強いですね」
「うん」
「自分で言う?」
最終的にはアルノ勝利。ただし僅差だった。
「もう一回」
ニナ。
「喜んで」
完全にハマった。
◇
そこへビーチバレー組も流れてくる。
「俺もやるぞ!」
レオン。
「副団長は顔に出ますが、盤ゲームなら関係ないですね」
ベルタ。
「そうだ!」
「ただし考えている方向は顔に出ます」
「結局出るのか!」
ガランが笑う。
「お前は何やっても分かりやすい」
「うるさい!」
◇
夕方近く。湖岸ではまだビーチバレー。食堂ではリバーシ。一部はポーカー。残りの釣り組も戻ってきた。
ミネットは結局、午後は魚よりボールの方へ夢中になり、釣竿をマリベルへ預けていた。
「釣りは?」
「今日は十分にゃ」
「ウナギ一匹で?」
「精神的には十匹分にゃ!」
「そんなに」
◇
もう一度、湖岸へ行く。
「おっちゃん!」
ユキが手を振る。
「次やる!」
「まだやってたの?」
「うん!」
「疲れてない?」
「ちょっと」
「なら休め」
「あといっかい」
「最後な」
「うん!」
こびゃっこがネットの上へ浮いている。
「最終決戦じゃ!」
「お前はネット上にいると反則」
「審判じゃ!」
「いつから?」
「今から球技審判主任じゃ!!」
「勝手に役職増やすな!」
◇
最後は全員混ぜた。大人、子供、魔犬、神使。ルールはもうかなり適当だ。ボールが飛ぶ。
「ユキ!」
「はい!」
ぽん。
「ミネット!」
「任せるにゃ!」
ぽん。
「ロク!」
「自分っす!」
ぽん。
「ミミ!」
「わふ!」
ぽん。
「ニナ!」
「うん」
ぽん。
「セレナ!」
「え、私ですか!?」
ぽん。
「上手!」
◇
笑い声や叫び声、魔犬の鳴き声と、こびゃっこの実況が響く。
「白狐神側、返した! 近衛側、受ける! 猫族組、跳んだ!」
「実況うるさい!」
「試合には実況が必要じゃ!」
◇
日が少し傾いてきた。そろそろ夕食の時間が近い。俺はネットの支柱を見る。
「片付けるか」
「明日も?」
ユキ。
「明日は仕事」
「じゃあ、つぎのやすみ?」
「そうだな」
「また、する?」
「やりたければ」
「する!」
ミーシャ。
「私も!」
トト。
「僕も」
ニナ。
「うん」
ミネット。
「私もにゃ!」
ナージャ。
「私も」
ミレイ。
「絶対やります!」
ロク。
「自分もっす!」
セルド。
「面白かったな」
レオン。
「次は本気で――」
「本気は禁止!」
「なぜ!」
「ビーチボールが破裂する!」
◇
俺は思わず笑った。昨日まで、この世界には無かった遊び。今日、適当に始めた球遊び。それが半日も経たないうちに、次の休日の予定へ入っている。
リバーシは逆だった。俺が持ち込めると思ったら、とっくの昔に誰かが持ち込んでいた。新しいものを持ち込む日もあれば。自分より先に誰かが残したものを見つける日もある。
ウナギも囲碁もリバーシもそうだ。この世界には、俺が来るずっと前から、誰かの足跡がある。
そして今日。そこへビーチボールが一個、増えた。
「おっちゃん」
「ん?」
「おなかすいた」
「結局そこ?」
「いっぱい、うごいた」
「そりゃそうだ」
「よるごはんは?」
「まだ決めてないが、取り寄せだから安心しろ」
「うんみゃあ?」
「それは後のお楽しみ」
夕日を受けた湖畔で、ビーチボールが一度だけ風に転がった。ミミが追いかけそうになる。
「ミミ!」
ユキに呼ばれて止まった。
「ミミ、かたづけ」
「わふ」
こうして湖畔の休日には、また一つ遊びが増えた。
続く
⸻
【第122話・収支報告】
異世界生活89日目
日付:六の月18日・午後
オリエント王国歴952年
開始残高:3,125,061pt
今回の購入:
・ポータブル・ビーチバレーネットセット
簡易支柱、ネット、固定ロープ、ペグ、収納ケース、高さ調整機構付き
165pt(約16,500円)
・リバーシセット
折り畳み盤、専用石、収納ケース付き
18pt(約1,800円)
・簡易囲碁セット
盤、碁石、碁笥付き
35pt(約3,500円)
※ビーチボールは既存保有品のため新規支出なし
今回支出合計:
218pt(約21,800円)
現在残高:
3,125,061pt − 218pt = 3,124,843pt
円換算目安:
3,124,843pt × 100円 = 約312,484,300円相当




