第121話 白狐神と忘れられたご馳走
異世界生活89日目。
六の月18日。休日二日目の朝。
「……戦いは非情さ……」
「……じいじ、にげちゃ、だめ……」
「……当たらなければどうという事はない。……むにゃ……」
「……ながい、みみ……ゆみ……」
「……何の夢見てんだ、お前ら」
俺が目を覚ました理由は、右と左から聞こえてくる意味不明な寝言だった。
右腕には、いつものようにユキ。俺へ抱きついたまま、大きな白い尻尾を腹から脚へ斜めに載せている。
そして反対側。籐カゴの夜城から、こびゃっこの声。
「……あえて言おう、カスであると!……」
「完全に昨日の映画だな」
「……ええぃ!白狐神のゴロゴロは化け物か!」
「ただの重機だ。化け物にするな」
「……復活の呪文を間違えると魂が削れるのじゃ……」
「映画と全然関係ないだろ」
昨日は結局、三本も映画を見た。最初はこびゃっこの思い出のロボットアニメ。次に巨大怪獣映画。最後は俺が選んだファンタジー映画。
当然、子供たちは最後まで起きていられるはずもなく、途中からミーシャはリリアにもたれ、トトはスケッチブックを抱えたまま寝落ちしていた。
ニナは最後まで見ていた気がする。あいつの集中力は時々七歳とは思えない。
「……むれ……いっぱい……」
ユキが俺の腕をぎゅっと抱く。
「……ひとりじゃ、ない……」
「……」
こっちは笑えない寝言を言う。昨日の映画で一番印象に残ったのは、巨大な怪物でも剣士でも魔法使いでもなかったらしい。
仲間。つまり群れがあって一人じゃないこと。五歳児なりに、ちゃんと物語を見ていた。
「おっちゃん……」
「ん?」
「……つづき……」
「寝ながら予約するな」
「……やくそく……」
「はいはい」
「……なら、よし……」
また静かになった。その時。
「……同情するなら……油揚げをくれ……」
「惜しいな。そこは『カレーをくえ』だろ」
「むにゃ!?」
籐カゴの中で白い毛玉が跳ねた。
「な、何じゃ! 朝から騒々しい!」
「お前だよ!」
「びゃっこは静かに寝ておったぞ?」
「『戦いは非情さ』とか『同情するなら油揚げをくれ』とか言ってたぞ」
「……知らぬ」
「あと復活の呪文を間違えてた」
「……」
「昭和のゲーム事情まで入ってたぞ」
「……夢とは、まことに不可思議なものじゃな」
「他人事の様に分析するな」
ユキが薄く目を開けた。
「おっちゃん……」
「おはよう」
「こびゃっこ、うるさい」
「なぬ!?」
休日二日目の朝は、昭和の名残と昨日の映画が混ざった白い毛玉の寝言から始まった。
◇
休日二日目。今日も工事はない。重機も動かさない。CADも開かず溶接もしない。もちろん警備、馬の世話、診療所、充電などの最低限の生活維持は交代制だ。
昨日に続いて、食事も基本的には作らない。
朝食はスキル《グルメ》のお取り寄せ。今日はサンドイッチとホットドッグを中心にした。卵サンドとハムチーズ、ツナ、照り焼きチキン、野菜サンド。それにホットドッグ。プレーンとチーズ、少し辛めのソースを使った大人向け。ポテトとサラダ。
飲み物は牛乳、ジュース、コーヒー、紅茶、麦茶。食堂へ並べると、近衛組の視線が集まった。
「これが昨日話していたホットドッグですか?」
アルバートが一本持ち上げる。
「そう」
「パンの切れ目へ腸詰め肉を挟む」
「基本はな」
「簡単ですね」
「簡単だけど、こういうのは具とソースでいくらでも変わる」
ミレイがチーズ入りを持つ。
「これは朝食なのですか?」
「昼でも軽食でも食う」
「歩きながらでも?」
「食える」
「巡回にも向いていますね」
ハロルドまで反応した。
「やっぱりそこに行くか」
「片手で食べられるのは大きいです」
ロクも頷く。
「自分も前に食った時、巡回飯に良さそうって思ったっす」
「そういえば言ってたな」
レオンが一口。
「……うまい」
「普通の感想だな」
「いや待て」
もう一口。
「これ、かなりいいぞ」
「そこまで?」
「パンと肉を別々に持つ必要がない。ソースも最初から入ってる」
ベルタが横から言う。
「副団長、落としますよ」
「落とさん」
そう言った直後。ぽとっ。刻んだ玉ねぎが一粒、皿へ落ちた。
「……」
「落としました」
「一粒だ!」
「記録上は落下です」
「記録するな!」
朝から元気だな。
◇
ユキはホットドッグを両手で持っている。
「パンのふとんソーセージ」
「正式名称になったか」
ユキが一口。もきゅもきゅと口を動かす。
「……うんみゃあ。にく、パンと、いっしょ」
「ソーセージ好きだもんな」
「ケチャップ、ちょっとすっぱあまい」
「マスタードは?」
「からいのいらない」
「だよな」
こびゃっこは小型サイズに切ったホットドッグを前に、妙に懐かしそうな顔をしている。
「公園の売店や遊園地で食べるホットドッグも、また味があったのう」
「昭和の思い出か」
「昨日の余韻じゃ」
「夢にまで出てたからな」
「……知らぬ」
「まだ否認してる」
◇
朝食後、今日も予定はない。みんながそれぞれ好きに過ごす。昨日ポーカーをした奴が今日は釣りへ行き。釣りをした奴が今日は自転車で湖岸を回り。フリスビー組は相変わらずミミとクロメを巻き込んで遊んでいる。
俺はユキと一緒に湖岸を歩いていた。
「おっちゃん」
「ん?」
「きょうも、えいが?」
「夜にな」
「みっつ?」
「今日は一本か二本にしとこう」
「こびゃっこ、いっぱいって」
「こびゃっこの希望を全部聞いてたら三日徹夜になる」
「みっか?」
「やらないからな」
「むう……」
何でユキまで不満そうなんだ。
◇
湖岸の少し張り出した場所では、釣り組が並んでいた。アルノ、トト、リーファ。今日はマリベルもいる。
そして。
「ミネットもやるの?」
「休みだからにゃ」
猫族の屋根職人ミネットが、短めの釣竿を持っていた。
「屋根の上から釣らないぞ」
「何でも屋根基準で考えてないにゃ!」
「昨日映画の屋根に反応してただろ」
「あれは異界建築の研究にゃ」
「休日だぞ」
「見るだけなら休日にゃ」
「ベルタ系解釈が増えてきたな……」
少し離れたところで、ベルタがくしゃみをしたが、気のせいだろう。
◇
トトは今日はちゃんと釣竿を持っていた。
「今日は描かないの?」
「釣れたら描くの」
「順番逆にしたんだ」
「うん」
アルノはかなり慣れたものだ。実際、食材にしている魚の殆どはアルノが釣っている。
「このあたりは岸から少し深くなっていますね」
「根掛かりだけ気をつけろよ」
「はい」
リーファもベテランの域だ。浮きを見ながら、普通に周囲の警戒もしている。休みでもエルフの耳はよく働くらしい。
「今日は風も弱いし、釣りやすいわね」
「何か釣れた?」
「小さい銀鱗魚が二匹。逃がしたけど」
「食べない?」
「今日は昼も取り寄せでしょう?」
「その予定」
「なら急いで持ち帰る必要もないし」
「休日が浸透してるな」
いいことだ。
◇
その時だった。
「にゃ?」
ミネットの浮きが沈んだ。
「来た?」
「来たにゃ!」
竿がしなる。
「結構強い!」
俺も少し近づく。
「慌てるな。竿立てすぎるなよ」
「分かってるにゃ!」
ミネットがリールを巻く。一旦止め、また巻く。魚は岸へ寄ってくる。
「大きい?」
トトが覗き込む。
「銀鱗魚じゃないわね。虹マスかしら」
リーファが言った。
「何か細いですね」
マリベルも水面を見る。そして、ぬるっ!細長い黒褐色の身体が水面へ現れた。
「……あ」
俺はそれが何かすぐ分かった。そして次の瞬間。
「にゃあああああああ!?」
湖畔に猫族の悲鳴が響いた。
「何!?」
「へびにゃ!」
「違う違う!」
「長い! ぬるぬるしてるにゃ!」
「ウナギだ!」
「うなぎ!?」
ミネットが竿を持ったまま後ずさる。岸へ上がったウナギが、草の上でぐねぐね暴れる。
「にゃああ! 動くにゃ!」
「落ち着け!魚だから動く!」
「サカにゃの形じゃないにゃ!」
「ウナギはそういう魚!」
「ヒカル! どうにかするにゃ!」
「はいはい!」
◇
俺はタオルを出し、ウナギを押さえるが、ぬるっと滑る。
「うわ、久しぶりに触ったけど本当に滑るな」
「おっちゃん」
ユキが近づいてくる。
「へび?」
「魚」
「ほんと?」
「本当」
「ながい」
「そう」
「ぬるぬる」
「そう」
ユキが指を伸ばしかける。
「触る?」
「……やめる」
俺は鑑定をかける。
――――
【鑑定結果】
名称:湖水ウナギ
分類:淡水魚
状態:健康
全長:約六十五センチ
食用:可
特徴:湖西水域に生息。体表に多量の粘液を持つ
備考:脂肪分が多く、加熱調理に適します
――――
「やっぱりウナギだな」
「食えるの?」
マリベルが聞いた。
「食える。むしろ俺の国じゃかなり人気の魚」
一斉にみんなの顔が歪んだ。ミネット、リーファ、アルノ、マリベル。少し遅れて来たロクや近衛のシルヴァンも。
「……これを?」
信じられない顔のアルノ。
「これを」
「ぬるぬるですよ?」
「ぬるぬるだな」
「細長いですよ?」
「細長いな」
「食べるんですか?」
「食べる」
「……」
信用されてない。
◇
「おおおお!」
そこへ白い毛玉が飛んできた。
「ウナギではないか!」
「知ってるよな、やっぱり」
「知っておるとも!」
こびゃっこがウナギの周囲をくるくる飛ぶ。
「懐かしいのう!」
「昔からいたの?」
「もちろんおったぞ」
俺が聞き返す。
「この湖に?」
「うむ。ただし数は多くなかった」
こびゃっこの声が少し変わる。
「白狐の里でも、たまにしか獲れなんだ」
「じゃあ、四百年以上前から?」
「当然じゃ」
アルノが反応する。
「白狐の里では食べていたのですか?」
「食べておった」
「これを?」
また一斉にみんなの顔が歪んだ。
「皆でそんな顔をするでない!」
こびゃっこが怒った。
◇
「宗一郎の好物じゃった」
空気が少し変わった。
「宗一郎さんの?」
「うむ」
橘宗一郎。明治時代の日本からこの世界へ来た医師。先代白狐神しらゆきと共に白狐の里を支えた男。そして今も、別次元の白狐の里で生きている。
「どうやって食べてた?」
俺が聞く。こびゃっこが得意そうに胸を張った。
「しらゆきとびゃっこは蒲焼きじゃ!」
「やっぱり」
「甘辛いタレを塗って焼いたものじゃな」
「宗一郎さんは?」
「白焼き」
「渋いな」
「白焼き?」
マリベル。
「タレを付けずに焼くんだ」
「それだけですか?」
「ウナギ自体に脂があるからな。薬味や塩、わさび、醤油なんかで食べる」
「このへびみたいなサカにゃ……」
ミネットがまだウナギを見る。
「これを焼くと?」
「うまい」
ミネットは信じていない。
◇
こびゃっこが懐かしそうに言う。
「しらゆきは蒲焼きの匂いがすると、厨房の前から動かなくなってのう」
「今のユキじゃん」
「似ておる」
「ユキ?」
ユキが自分を指す。
「先代の白狐神も、食べ物が焼けるまで待てないタイプだったらしい」
「む。ユキ、まてる」
「肉だったら?」
「これにく?」
「魚」
「じゃあ、まてる……でも」
ユキは即答するが、一瞬考える。
「うなぎも、えらい?」
「料理次第だな」
「じゃあ、ちょっと、まてる」
待ち時間が少なくなった。
◇
アルノがこびゃっこへ尋ねる。
「その料理は、王国へ伝わらなかったのですか?」
「恐らくの」
「稲荷寿司は残ったのに?」
「ウナギは数が少なすぎたのじゃ」
こびゃっこが湖を見る。
「白狐の里でも滅多に獲れぬ魚じゃった。宗一郎も『毎年は食べられないでしょう』と言っておったわい」
「なるほど」
「油揚げは材料さえあれば作れる。寿司飯も米と酢があれば再現できる。じゃがウナギそのものがおらねば、蒲焼きは作れぬ」
「食材そのものが普及を止めたわけですね」
「そういうことじゃろう」
アルノは納得したように頷く。
「王国の古い料理記録でも、細長い淡水魚をこのように食べる料理は記憶にありません」
セレナも、いつの間にか来ていた。
「私も聞いたことがありません」
「じゃあ完全に途切れたか」
「おそらく」
こびゃっこが少しだけ寂しそうに言った。
「まあ、稲荷寿司ほど皆に振る舞える料理でもなかったからの」
◇
「ところで」
こびゃっこの細い目が俺へ向く。
「なんだ」
「昼も近い」
「そうだな」
「お主はスキル《グルメ》がある」
「あるな」
「うな重じゃ」
「やっぱり」
こびゃっこが両前足を上げる。
「この無知な者たちへ、うな重を食わせるのじゃ!」
「言い方な」
「絶対に気に入る!」
「そこまで言う?」
「断言する!」
周りを見る。全員、まだ草の上でぐねぐねしているウナギを見ている。かなり怪しい顔で。
「……これが?」
ミネット。
「美味しい料理なる」
「ほんとに?」
「なる」
「別の魚と取り替えるんじゃないにゃ?」
「異世界で食品偽装しないから」
ベルタまで聞く。
「形は残るのですか?」
「開いて、骨を取って、焼く」
「皮も?」
「皮も」
「……」
「その顔やめて」
◇
俺は釣ったウナギを締めた後、いったん収納する。今日は休日だ、今から自分で捌いて蒲焼きを作るつもりはない。第一、天然ウナギの処理を休日イベントで始めたら、そこから完全に仕事になる。
なので。スキルの取り寄せメニューを開く。
「おお」
ちゃんとある。老舗系や専門店。テイクアウトのうな重、うな丼、蒲焼き、白焼き。肝吸いもある。
「思ったより選べるな」
「特上!」
こびゃっこ。
「即答するな」
「こういう時にケチるでない!」
「人数考えろ」
今日は休日組だけでも相当いる。警備交代組にも後で食べられるよう、少し多めに注文して収納しておけばいい。
「初めてだし、まず普通のうな重でいいだろ」
「特上……」
「自分の体のサイズを考えろ」
「神使差別じゃ!」
「胃袋どうなってんだよ」
◇
昼。食堂のテーブルへ、黒い重箱がずらりと並んだ。山椒の小袋に、お吸い物と漬物。中身を知らない者からすると、何が入っているのか分からない。
「これが?」
レオンも食堂にやって来た。
「うな重」
「先ほどの長い魚?」
「そう」
「本当に?」
「蓋開けてみろ」
一斉に蓋が開く。途端に甘辛いタレと炭火で焼いたような香ばしい匂いが、食堂へ広がった。
「……」
ユキの耳が立った。大きな白い尻尾まで、ぴんと上がる。
「おっちゃん」
「何?」
「このにおい」
「分かった?」
「たれあじのやきとり!」
「近い!」
正確には焼き鳥そのものではない。でも醤油と砂糖を使った甘辛いタレ。焼けた香ばしさ。ユキには似た系統として認識されたらしい。
「これ、うなぎ?」
「そう」
「ほんと?」
「本当」
ユキはさっきまで湖岸でぐねぐねしていた姿を思い出したのか、重箱と俺を交互に見る。他の連中も似たようなものだ。
「……別物に見えますね」
ベルタ。
「料理だからな」
「先ほどは細長かった」
「開いたから」
「ぬるぬるしていた」
「処理するから」
「色も違う」
「焼いてタレを塗ってるから」
「本当に同じ魚ですか?」
「鑑定する?」
「いえ。ヒカルさんを信じます」
「その言い方だと半分疑ってるだろ」
◇
誰も最初の一口へ行かない。近衛も、職人も、《蒼岩の盾》も。さすがに、さっきまで生きてぬるぬるしていた魚の印象が強すぎる。
「何じゃお主ら!」
こびゃっこが自分用の小さな重箱の前で怒る。
「この香りを前にして、なぜ箸が動かぬ!」
「お前は知ってるからだろ」
「しらゆきなら既に半分食っておるぞ!」
「先代を比較に出すな」
「宗一郎なら白焼きを頼んでおる!」
「今日は蒲焼き」
「びゃっこは蒲焼き派じゃ!」
「知ってるよ」
その時。
「ユキ、たべる」
一番最初に箸を取ったのはユキだった。
「お?」
「やきとりの、におい」
「だから魚だぞ」
「でも、うんみゃそう」
判断基準は匂いだが、食欲が増した様だ。
◇
「ほねは?」
「大きい骨は取ってある。細かい骨は残ってるけど、ちゃんと調理されてるから気をつけてゆっくり食べれば大丈夫」
「かわ?」
「食べられる」
「しっぽ?」
「今日は切り身だから分からない」
「じゃあ」
ユキは小さく切った蒲焼きを箸で持ちつつ口へ。
「……」
すると耳が立ち、尻尾が揺れる。
「うんみゃあ!」
来た。
「どう?」
「やわらかい!」
「だろ」
「おさかな?」
「魚」
「にくみたい」
「脂が多いからな」
「たれ、うんみゃあ!」
「ご飯も一緒に食べてみ」
今度はタレの染みたご飯と蒲焼きを一緒に口へ運ぶ。
「……!」
「どう?」
「もっと、うんみゃあ!」
「良かったな」
「うなぎ、えらい!」
◇
ユキが食べると、空気が変わった。
「ユキが食べて大丈夫なら」
ミーシャが箸を持つ。
「私も」
「俺もいくっす」
ロク。
「では」
そしてセレナ。みんな少しずつ、箸が動く。
◇
最初はセレナが一口。
「……」
「どうです?」
ファビイが聞く。
「柔らかい」
「でしょう?」
「表面は焼けているのに、中はかなり柔らかいですね」
「蒸してから焼く店もあるからな」
「蒸す?」
また料理研究が始まりそうなので、今日は流す。
「味は?」
「美味しいです」
「おお」
「ただ」
「ただ?」
「湖岸で見た姿との落差が大きすぎます」
「それは分かる」
◇
レオン。
「では俺も参る!」
「ここは合戦場か!」
一口。
「……」
「どう?」
もう一口。
「これ、本当にあれか?」
「だからそうだって」
「もっと生臭いと思っていた」
「ちゃんと処理して焼けばこうなる」
「タレがいいな」
「米にも合うだろ」
「かなり」
アルバートがそこへ割り込む。
「米!」
「また米」
「このタレがご飯へ染みています!」
「そこ大事」
「魚単体より、ご飯と一緒に食べる方が美味しい」
「うな重だからな」
「……覚えたい」
「休日だぞ」
「食べるだけです!」
「目が研究者」
◇
ミレイは蒲焼きを慎重に噛む。
「甘い」
「甘辛いだな」
「魚なのに、お菓子っぽい甘さも少しある」
「砂糖使ってるからな」
「でもご飯に合う」
「そう」
「不思議」
マルタが隣で頷く。
「タレの味も強いね」
「ウナギ自体の脂に負けない味にしてるんだと思う」
「なるほどねえ」
「マルタ」
「何だい」
「今日は覚えなくていいからな」
「食べてるだけさ」
「その顔で?」
「食べるだけなら休みだよ」
便利な言葉として定着しつつある。
◇
ドランは一口食べて黙った。
「どう?」
「……飯」
「飯?」
「ウナギ一口で、白飯が止まらん」
「合うじゃろ」
「分かるけど、白飯のおかわりはないぞ」
「今日は休日じゃ。飯は炊いとらんぞ」
「む。ウナギを前に酷じゃのう」
◇
ボルガは皮側をじっと見ている。
「皮まで柔らかいね」
「店によって焼き方は違うけどな」
「ぬるぬるだった部分だろ?」
「そういう言い方すると食欲なくなるから」
「でも味はいい」
「だろ」
「鍛冶と一緒だね」
「どうして?」
「元の形みただけじゃ完成品は分からない」
「料理を鍛造に例えたか」
「職人だからね。この変わり様は通じるものがあるよ」
◇
そしてミネット。問題は釣った本人だ。
「……」
箸を持ったまま動かない。
「ミネット」
「なんにゃ」
「食わない?」
「食うにゃ」
「怖い?」
「怖くないにゃ」
「さっき悲鳴上げてたけど」
「あれは突然ぬるぬるした長いのが出たからにゃ!」
「同じ魚だぞ」
「言うなにゃ!」
目を閉じる。
「そこまでしなくても」
「いただくにゃ!」
一口食べると、そのまま止まる。
「……」
「どう?」
「……ずるいにゃ」
「何が?」
「見た目で損してるにゃ!」
食堂が笑う。
「美味しい?」
「うまいにゃ!」
「釣った魚も後で食べるか?」
ミネットが湖岸の方向を見る。
「……捌いてあるなら」
「条件付きになった」
「生きてぬるぬるしてる時はヒカルに任せるにゃ」
「俺?」
「釣ったのはミネットだろ」
「屋根職人にウナギ処理を要求するなにゃ!」
「俺も本職じゃないんだけど」
◇
アルノは料理と歴史の両方に興味を持った。
「この料理が王国へ伝わっていれば、かなり人気になったでしょうね」
「そう思う」
「でも食材がない」
「そこが問題だな」
こびゃっこが蒲焼きを食べながら言う。
「宗一郎も、それを嘆いておった」
「日本では一般的だったんですか?」
「時代にもよる」
俺が答える。
「昔から食文化としてはかなり有名。でも希少になった時代もあるし、値段も安くない」
「なるほど」
「だから、この湖にいるからって大量に獲るつもりはないぞ」
こびゃっこが頷く。
「それでよい」
「繁殖してるかも分からないしな」
「まず数を調べる必要があるのう」
「それは休日明け」
「うむ」
「今、珍しく素直だったな」
「ウナギの未来が懸かっておる」
「食欲由来でも保全意識あるならいいか」
◇
俺は収納に入れた天然ウナギを思い出す。食べるのは後でいい。まず、この湖にどれくらいいるのか。
昔から生息しているのか、繁殖場所はどこか。数が少ないなら、食材として扱わない方がいい。こびゃっこの話では、四百年以上前から獲れるのは稀だった。なら、なおさらだ。
「おっちゃん」
「ん?」
「おかわり」
「考え事を全部飛ばしたな」
「うなぎ、もうちょっと」
「半分なら」
「うん」
「いっぱい食べると夜入らなくなるぞ」
「よるも、うなぎ?」
「まさか。違う」
「むう」
「そんなに気に入ったの?」
◇
こびゃっこは小さな重箱を綺麗に空にし、満足そうに腹をさする。
「ふう……」
「出るか?」
「何がじゃ」
「うなぎ系びゃっこのためいき」
「びゃっこはゲップなどせぬ!」
「自分から文化にしただろ」
「それはユキじゃ!」
「こびゃっこが命名した」
「……そうだったかのう」
ユキが後ろを向いて口元を押さえる。
「……けぷ」
「出たか」
「おっちゃん、ないしょ」
ユキが慌てて、小声で囁く
「はいはい。内緒な」
「みんな、きいてない?」
俺が後ろを振り向くと、食堂にいる全員が無言で首を横に振る。
「聞いてないみたい」
「なら、よし」
みんな。ありがとう……。
◇
昼食後。釣り上げたウナギについて、アルノが記録を残した。食用可能な湖水ウナギ、湖での生息を確認。ただし数は不明。現時点で積極的な漁獲はしない。
昔の白狐の里では稀に食べられていた。先代白狐神しらゆきと、こびゃっこは蒲焼き派。橘宗一郎は白焼き派。
「そこまで記録する?」
「歴史資料として」
「好みまで?」
「後世では、そういう部分が一番残らなかったりします」
「まあ……確かに」
こびゃっこが胸を張る。
「一次資料じゃ!」
「昨日からその言葉好きだな」
「千年以上の一次資料じゃぞ!」
「はいはい」
◇
ミネットは自分が釣ったウナギの絵を、トトへ頼んでいた。
「ぬるぬる感は少なめに描くにゃ」
「なんで?」
「思い出すからにゃ」
「でも、ぬるぬるしてた」
「そこは芸術的配慮にゃ!」
「トト、見たまま描いていいぞ」
「ヒカル!」
トトは既に、かなり正確な細長い魚を描いている。横には小さく。
【ミネット、にゃあああ】
「そこまで記録するなにゃ!」
「トト、それは残そう。一番重要だ!」
「ヒカルまで!」
◇
ユキは食堂タープを出ると、湖を見た。
「おっちゃん」
「ん?」
「うなぎ、ここに、いる?」
「いるみたいだな」
「いっぱい?」
「それはまだ分からない」
「いっぱい、とる?」
「取らない」
「なんで?」
「少なかったら、いなくなるから」
ユキが湖を見る。
「いなくなる、やだ」
「だろ?」
「じゃあ、ちょっと」
「そうだな。食べるとしても、ちゃんと調べてから」
「だんどり」
「そう」
ユキは頷いた。
「うなぎも、むれ?」
「……どうだろうな」
「むれなら、だいじ」
「群れじゃなくても大事だけどな」
「じゃあ、だいじ」
「そういうこと」
◇
湖の水面は穏やかだった。昨日は映画の中で、宇宙へ行き、巨大怪獣が街を壊した。架空の異世界では、エルフやドワーフが旅をした。
今日は朝からホットドッグを食べて、ミネットがウナギを釣って悲鳴を上げて、四百年以上前、この湖畔で宗一郎やしらゆきたちが食べていた料理の話を聞いた。
何だか休日の方が、昔と今が混ざる。仕事をしている時は、明日のための物を作っているのに。
でも休んでいると。忘れていたものが、向こうから出てくることもあるらしい。
「おっちゃん」
「何?」
「よる」
「ん?」
「えいが」
「覚えてたか」
「うん」
「二本な」
「みっつ」
「交渉するな」
「こびゃっこ、みっつって」
「あいつを基準にするな」
背後から飛んできた白い毛玉が叫ぶ。
「本日は続編含む三本立てじゃ!」
「まだ昼だぞ!」
「上映計画は早めが肝要じゃ!」
「休日まで段取りするな!」
「昨日お主が言うておったではないか!」
「俺の言葉を乱用するな!」
ユキが笑った。湖岸の向こうでは、ミネットがまだトトへ、
「悲鳴の文字は消すにゃ!」
と訴えている。どうやら休日二日目も、静かには終わりそうになかった。
続く
⸻
【第121話・収支報告】
異世界生活89日目
日付:六の月18日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,125,946pt
今回の購入:
・朝食用サンドイッチ、ホットドッグ、ポテト、サラダ、各種飲料
265pt(約26,500円)
・昼食用うな重、吸い物、漬物、山椒等
620pt(約62,000円)
今回支出合計:
885pt(約88,500円)
現在残高:
3,125,946pt − 885pt = 3,125,061pt
円換算目安:
3,125,061pt × 100円 = 約312,506,100円相当




