第119話 白狐神と群れの休日
異世界生活88日目。
六の月17日。
ロイドを見送って鋼橋から戻ると、湖畔が妙に静かだった。いや、人は多い。近衛騎士団二十人に、セレナと随員のファビイ、ビオラ。職人たちと《蒼岩の盾》のメンバー。それに、いつもの湖畔組。三日前までとは比べものにならないくらい人数は増えている。
なのに静かだ。理由は単純。今日は工事をしていない。
「……人数増えたのに静かって、変な感じだな」
「やすみだね」
隣を歩くユキが言う。
「そう。休み」
「おっちゃんも」
「はいはい」
「ほんとに?」
「分かってるって」
俺より先に、監督様が休日管理へ入っている。
◇
近衛宿の前を通ると、今日の警備担当は当然いる。湖畔全体が休養日でも、警備まで全停止するわけにはいかない。
《東風の牙》《蒼岩の盾》、近衛騎士団の警備担当は交代制。今日休む者。明日休む者。半日ずつ勤務をずらす者。夜警を担当する代わりに昼を休む者。
そのあたりは、ガランと近衛騎士団の戦闘班長ハロルド、防衛班長クラウディアたちが昨夜のうちに調整してくれた。
俺が近衛宿の前を通ると、ハロルドがこちらへ歩いてきた。
「ヒカル殿」
「おはよう。今日のシフトは大丈夫?」
「問題ありません」
腕には昨日渡したミリタリーウォッチ。もう自然に使っている。
「午前は私が担当します。午後は別班へ交代します」
「ちゃんと休める?」
「午後からは完全に外れます」
「ならいいんだけど」
ハロルドが少し困った顔をした。
「ただ……」
「何?」
「本当に休んでよろしいのでしょうか」
「またそこ?」
「派遣二日目ですよ?」
「昨日一日、拠点内の説明と巡回訓練をしたし、勤務表についてはレオン副団長の了解も得たんだろ?」
「はい」
「だったら今日は休める班から休んでもらうよ」
「しかし――」
後ろからクラウディアが言った。
「ハロルド」
「何だ」
「あなた、自分で勤務表を作ったでしょう」
「作った」
「休養欄も」
「作った」
「なら従いなさい」
「……はい」
「班長が守らない規則を、部下に守らせられないでしょう」
「……はい」
俺は笑った。
「湖畔へ来て二日目で、もう休ませる側が増えたな」
「ヒカル殿も対象ですよ」
「俺も?」
「ユキから頼まれました」
「いつの間に?」
横を見る。ユキが胸を張る。
「かんとく、たのんだ」
「ある意味、外交ルートまで使い始めたぞ、この監督様」
ハロルドが真面目な顔をする。
「我々近衛騎士団は、副団長以下、湖畔では守護者ヒカル殿の指揮系統に入っています。まず総指揮を執るヒカル殿が模範を示していただきませんと」
「……はい」
改まってそう言われると、何にも言えねえ。
◇
昼が近づく。さて、飯をどうするか。いや、今日はそこから仕事をしない。
「おっちゃん」
「ん?」
「おひる、つくらない?」
「作らない」
「マルタも?」
「作らない」
「リリアも?」
「作らない」
「ミーシャも?」
「やりたいって言っても、今日は休みだしな」
ユキが満足そうに頷く。
「よし」
「そこ採点する?」
食堂へ戻ると、すでにマルタが腕を組んで待っていた。
「ヒカル」
「何?」
「お取り寄せの飯にするんだろ?」
「そのつもり」
「今日は本当に厨房へ立たないね?」
「立たない」
「よし」
「マルタまでユキ化してきたな」
「休みの日くらい、人に飯を作らせるなって話さ」
正しい。
◇
問題は人数だ。以前スキルの《グルメ》を使った時より、今はかなり多い。
そこで今日は、一店舗の料理を全員同じにするのではなく、何軒かから好きな物を選べるようにした。スキルを使い、取り寄せ可能な店のメニューを出す。
「今日はここから好きな物を選んでくれ」
食堂に集まった面々がメニューを見る。出来たての弁当チェーン店。丼物専門店。蕎麦屋。ラーメン。ピザ。定食といろいろある。
すると――。
「……読めません」
ベルタが言った。
「だよな」
「これが、漢字なんですよね?」
「そうだ。こっちでは今は使われてないんだよな」
メニューには、
【唐揚弁当】【生姜焼弁当】【幕の内弁当】【海苔弁当】【焼肉弁当】【鯖塩焼弁当】と並んでいる。
シルヴァンが目を細めた。
「この複雑な文字が、料理名なのですか?」
「そう」
「一文字ずつ意味が?」
「だいたいある」
「……漢字、難しいですね」
こびゃっこがテーブルへ飛び乗った。
「そこで、びゃっこの出番じゃ!」
「嫌な予感するな」
「日本文字監修主任として――」
「文字監修主任は認定したから、そこは正式役職なんだよな」
「そうじゃ!」
「だから勝手に派生役職を増やすなよ」
「失礼な。びゃっこは役職を大切にしておる」
「増やしすぎなんだよ」
こびゃっこが普通サイズの箸を一本、両前足で持つ。指示棒代わりらしい。
「まず『唐揚』!」
「神使様、読めるのですか?」
特使随員の銀狐族、ファビイが思わず聞いた。
「当然じゃ。びゃっこは日本に長く住んでおったからの」
◇
「からあげとは!」
こびゃっこが箸を上げる。
「肉を油で揚げた、極めて偉大なる料理じゃ!」
「説明に主観を入れるな」
「のうユキ!」
「からあげ、かみのにく!」
「ほれ! 白狐神も認定しておる!」
「それはユキが付けた二つ名だから」
近衛側から笑いが起きる。
「では」
セレナがメニューを見る。
「こちらの『生姜焼』は?」
「しょうがやきと読む」
俺が答える。
「薄切りの豚肉を、生姜入りの甘辛いタレで焼く」
「なるほど」
「じゃあ、これは?」
ミレイが『幕の内』を指差す。
「説明が難しいな」
「まくのうち、じゃ」
こびゃっこが言う。
「いろいろなおかずを少しずつ詰めた弁当だと思えばいい」
「名前から中身が分からないんですね」
「日本人でも、名前だけじゃ細かい中身までは分からない」
「面白いですね」
アルバートが別の欄を指す。
「この『海苔弁当』は?」
「のりべんとう」
ユキの耳がぴんと立った。
「のりべん!」
「覚えてたか」
「たべた」
「そうだな」
「しろい、さかな。ちくわ。のり。ごはん」
「かなり正確」
こびゃっこが感慨深そうに頷く。
「昭和の魂じゃ」
「すぐ昭和にするな」
「のり弁は庶民の味方じゃぞ!」
「そこは否定しないけど」
◇
一番混乱したのは丼物だった。別の店のメニューを出す。
【親子丼】【カツ丼】【天丼】【牛丼】【玉子丼】
ユキが即座に反応した。
「おやこどん」
「ああ」
「とりさんと、たまご」
「覚えてるな」
「ちょっと、かなしい、なまえ」
「まだ言う?」
レオンが不思議そうにする。
「何が悲しいんだ?」
「親子だから」
「……ああ」
理解したらしい。レオンは眉間に皺を寄せる。
「料理名として聞くと、確かに少し物騒だな」
「戦闘態勢の顔で、あなたが言わないでください」
ベルタが即座に突っ込む。
「ではカツ丼は?」
「昨日食べたとんかつを」
俺が説明する。
「玉ねぎなんかと一緒に甘辛い汁で軽く煮て、卵でとじて、ご飯へ乗せる」
アルバートの顔が変わった。
「揚げた肉を、もう一度煮る?」
「そう」
「衣が柔らかくなりませんか?」
「なる」
「それでいい?」
「それがいい」
「……食べます」
「即決だな」
「研究です」
マルタが横から言う。
「昨日からずっと研究って言ってるね」
「任務が第一です」
「米は?」
「かなり迫っています」
◇
次に蕎麦屋のメニュー。
【ざる蕎麦】【天ぷら蕎麦】【きつね蕎麦】【たぬき蕎麦】【カレーうどん】
ここで銀狐族勢が一斉に反応した。セレナ。ファビイ。ビオラ。シルヴァン。
「きつね?」
セレナ。
「狐が入ってる料理じゃないから安心して」
「聞く前に否定されました」
「だいたい皆そこ気にするから」
こびゃっこが再び箸を構える。
「きつね蕎麦とは、甘く煮た油揚げを載せた蕎麦じゃ」
「なぜ狐なのです?」
ビオラが眼鏡を直す。
「諸説ある」
「諸説?」
「狐が油揚げを好むという俗信や、稲荷信仰との繋がりじゃな」
「実際には?」
「もちろんびゃっこは好きじゃ」
「神使様本人が肯定した……」
ファビイがメモを取り始める。
「歴史資料扱いするな」
「でも貴重です」
「もっと書くのじゃ」
「こびゃっこも乗るな」
◇
「じゃあ『たぬき』は?」
レオンが聞く。
「地域で違う」
「料理なのに?」
「日本はそこがややこしい」
俺が説明を始める前に、こびゃっこが胸を張った。
「関東と関西で、長きにわたる――」
「始めるな」
「重要な食文化論争じゃ!」
「休みの日の昼飯で地域論争を起こすな!」
◇
最終的に、昼は弁当中心にした。唐揚弁当に生姜焼弁当。のり弁、焼肉弁当。幕の内や焼き魚弁当。ユキは唐揚げとのり弁で最後まで悩んだ。
「おっちゃん」
「何?」
「ふたつ?」
「食べ切れるなら」
「……むり」
「賢明な判断だ」
「からあげ」
「決めた?」
「でも、のり……」
「半分ずつ交換する?」
ミーシャが言った。
「ミーシャ、のり弁にするよ」
「いいの?」
「うん」
「じゃあ、ユキ、からあげ」
「半分こね」
「うん!」
ミーシャありがとう。こういう解決が一番いい。
◇
昼食を購入する。容器に入った弁当と割り箸。小袋の調味料に紙のおしぼり付き。近衛たちには、それすら珍しい。
「この箱も使い捨てなのですか?」
ベルタが弁当容器を見る。
「そう」
「もったいない……」
「俺も今見ると、そう思う時ある」
「王都なら洗って何度も使いそうです」
「日本でも店内なら食器を使うよ。これは持ち帰り用だから」
「なるほど」
ニナは弁当箱の蓋を裏返している。
「ニナ」
「なに?」
「分解する物ないぞ」
「構造、見るだけ」
「ベルタと同じこと言い始めた」
「当然です」
ベルタが真顔で頷く。
「そこ結託しないで」
◇
昼食後。今日は本当に予定がない。だから自然に、やりたい人間がやりたいことへ散っていった。
湖岸では釣り。砂浜ではフリスビー。食堂ではポーカー。近衛の非番組も、それぞれ参加する。もちろん、遊びとしてだ。
◇
釣り組にはアルノ、トト、リーファ。そこへ今日はシルヴァンとセレナまで加わった。
「特使も釣るんですか?」
俺が聞く。
「休みですから」
セレナが笑う。
「王都ではあまり機会がありません」
「竿を持ったことは?」
「数回だけ」
「じゃあ、リーファに教えてもらって」
「はい」
シルヴァンは釣竿を見る目が、完全に武器を見る弓士だった。
「竿のしなりで力を逃がす?」
「そうよ」
リーファが教える。
「魚が強く引いたら、全部腕力で止めない」
「弓と少し似ていますね」
「似てるところはあるわ」
「糸が切れれば終わり」
「そう」
「なるほど」
何でも自分の専門へ置き換えるのは職人だけじゃないらしい。横でトトは釣竿を持ちながら、セレナの横顔を描いていた。
「トト」
「なに?」
「釣るの?」
「釣りながら描くの」
「器用だなあ」
◇
フリスビー組はもっと騒がしい。ユキ、ミーシャ、ミネット、ロク、ナージャ、ミレイ。そして魔犬のミミとクロメ。
当然、白い毛玉が仕切ろうとする。
「白夜フリスビー部隊、第二次作戦開始じゃ!」
「まだその名前使ってたのか!」
こびゃっこがミミの小型鞍へ乗っている。
「今日は新兵がおる!」
「誰?」
ミレイが手を上げた。
「私です!」
「何で?」
「猫族として、こういう遊びは得意だと思うので!」
「また種族理論!」
同じ猫族のナージャまで胸を張る。
「同感!」
「お前ら昨日自転車でも似たこと言ってたぞ」
職人代表の猫娘ミネットがフリスビーを持つ。
「では猫族三人の投擲を見るにゃ!」
「ミミとクロメが取りやすい方向へ投げろよ!」
「分かってるにゃ!」
フリスビーが飛ぶ。クロメが走る。跳ぶ。ぱくっ。
「おお!」
ミレイが拍手する。こびゃっこがミミの上で叫んだ。
「ブンブンブブブン!」
「直管コールやかましい!それ要らないから!」
◇
一方、食堂タープ。
「レオン」
「何だ?」
「本当にやる?」
「もちろん」
「先に言っとくけど、金は賭けないぞ」
「分かっている」
今日は近衛からレオン、ベルタ、クラウディア。湖畔側から俺、ガラン、ニナ。そして途中からドラン。休日恒例になりつつあるポーカーが始まった。
「ベルタ強そう」
俺が言う。
「なぜです?」
「顔に出なさそう」
「任務中は、そうかもしれません」
「カードでは?」
「ポーカーは初めてですが、やってみれば分かります」
「怖いな」
レオンが笑う。
「ベルタは強いぞ」
「知ってるの?」
「近衛の宿直中に似た札遊びをすることがある」
「業務中じゃないよな?」
「休憩中だ!」
「ならいい」
◇
結果。ベルタは強かった。かなり強い。
「コール」
淡々。
「レイズ」
淡々。
「降ります」
淡々と顔が変わらない。ニナと同系統だ。
「ニナ」
「なに?」
「ライバル来たぞ」
「うん」
「嬉しい?」
「ちょっと」
その言葉の割に、三つ編みの先が少し動いた。ベルタの視線が、そこへ一瞬だけ落ちる。
「……なるほど」
まさか。もう気づいたのか?さすが、装備の壊れ方から使い手の癖まで読む女だ。観察力が高い。
「ニナさん」
「うん」
「次は二人で」
「いいよ」
ドランが割り込む。
「ワシも入るぞ!」
「顔に出る人だ」
ニナ。
「声にも出ますね」
ベルタ。
「初日で見抜かれた!?」
「昨日から分かっていました」
「昨日はポーカーしておらんぞ!」
「普段の言動からです」
「ぐぬぬ……!」
◇
レオンはというと。
「三十!」
「声、大きい」
ニナ。
「強い札ですね」
ベルタ。
「なぜ分かる!」
「副団長、顔」
「レオン、ドランと同じじゃん」
「一緒にするな!」
「わしも同じことを思ったぞ!」
「ドランまで!」
ガランが頭を抱える。
「お前、近衛時代からそうだったぞ」
「昔の話を持ち出すな!」
「変わってないんだよ」
◇
夕方。当然、夕食も作らない。今度はピザだ。これは以前にも湖畔組は食べている。だから今回は、近衛たちの反応を見る方が面白かった。
テーブルに並べた箱を開ける。
チーズ。照り焼きチキン。シーフード。ベーコンとコーン。トマト。さらにサイドメニューのポテト、チキン、サラダ。
「これがピザ……」
ミレイの猫耳が立つ。
「チーズが……」
一切れ持ち上げる。びよーん。
「伸びた!」
「やっぱりそこ喜ぶよな」
「伸びます!」
アルバートは生地を見る。
「パンに近い」
「近いけど薄い」
「上へ具を載せて焼く?」
「そう」
「窯があれば再現できますね」
マルタが横から言う。
「私が覚える予定だよ」
「私も!」
「炊事班、休みの日も仕事熱心だな」
「いえ」
アルバートが真顔でピザを持ち上げる。
「食べることが休みなんです」
「便利な理屈だ」
◇
夕食が終わった頃。こびゃっこが、朝からずっと狙っていたらしい話を始めた。
「さて」
「嫌な『さて』だな」
「本日の夜間娯楽についてじゃ」
「夜間暴走は禁止だぞ」
「違うのじゃ!」
こびゃっこが前足で工事事務所を指す。
「映像鑑賞会じゃ!」
「ああ、それか」
「昭和じゃ!」
「範囲が広すぎる」
「映画とアニメじゃ!」
「もっと絞れ」
元々は、こびゃっこのリクエストで、工事事務所の四十二インチテレビを使って何本か昭和の映画でも見るつもりだった。
DVDプレーヤーもある。椅子を追加すれば、十人ちょっとなら何とかなる。ところが。
「映画とは、昨日見せてもらった映像とは違うのですか?」
セレナが聞いた。
「昨日の観光映像みたいな記録映像じゃなくて、役者が演じる物語ですね」
「物語? 舞台演劇ですか?」
「舞台と似てるけど、役者が演じたものを映像として記録して、場面を切り替えたり、実際にはない景色や出来事まで本物みたいに見せるんだ」
「戦いの物語もあるのか?」
レオン。
「作品による」
「異界の剣士も?」
「出る作品もある」
「見たい!」
早いな。
「魔法は?」
マリベルまで入ってくる。
「そういう映画もある」
「異界人が考える魔法……」
何か興味の方向が斜め上だ。
「建物は?」
グレゴール。
「当然映るよ」
「異界の家や建築も?」
「作品によっては」
「それは見たいな」
ミネットの猫耳も立つ。
「屋根も映るにゃ?」
「映ると思う」
「見るにゃ」
ベルタも手を上げる。
「異界の乗り物は?」
「出る」
「機械は?」
「いっぱい出る映画もある」
「見ます」
「即答!」
アルバート。
「料理が出る映画は?」
「ある」
「見ます」
ミレイ。
「お菓子は?」
「あると思う」
「見ます!」
「待て待て待て」
俺は両手を上げた。気がつけば、さっきまで休憩していた近衛や職人まで集まっている。
工事事務所の四十二インチテレビで見る人数じゃない。
「これ、事務所に入り切らないぞ」
ガランも周囲を見る。
「無理だな」
「二十人どころじゃないもんな」
「全員参加ではないとしても、興味を持っている者が多すぎる」
「だよなあ」
こびゃっこが前足を上げた。
「では上映会場を拡張じゃ!」
「工事はしないぞ」
「設備を置くだけならよかろう!」
「……」
言われて、食堂タープを見る。今ならここが一番広い。テーブルを少し寄せれば、かなりの人数が座れる。
「スクリーンとプロジェクターか」
「ぷろじぇくたー?」
ユキが聞く。
「大きな絵を壁みたいな布へ映す機械」
「てれび、おおきくなる?」
「まあ、だいたいそんな感じ」
「にくも、おおきくなる?」
「……見る映画に出れば、かなり」
ユキの目が輝く。
「みる」
決定らしいが、画面の肉は食えないぞ。
◇
俺はスキルショップを開いた。選んだのは家庭用としては明るめのプロジェクター。DVDプレーヤーと接続可能。
食堂タープで使うので、映像が見やすいよう百インチほどの自立式プロジェクタースクリーン。
それに長めの映像ケーブルと電源タップ。転倒防止用の簡易スタンドと固定用品。
「購入」
ポイントが減る。収納へ届いた物を、食堂タープの端へ出した。
「これが?」
ベルタが早速プロジェクターを見る。
「映像を映す機械」
「この小さい箱で?」
「そう」
「開けて――」
「駄目」
「まだ最後まで言っていません」
「ベルタ、分解禁止」
ニナまで言った。
「……分かっています」
「本当に?」
「今日のところは……」
「明日もだよ!」
◇
スクリーンを広げる。白い大きな面が立ち上がると、周囲から声が上がった。
「でかいにゃ」
「これ全部に映像が?」
セレナが聞く。
「その予定」
「テレビよりずっと大きいですね」
「映画を見るなら、こっちの方が迫力ある」
レオンがスクリーンの前へ立つ。
「ここへ剣士が実物大で?」
「作品によっては、それ以上になる」
「おお!」
「近づきすぎるなよ」
「なぜ?」
「影になる」
「……なるほど」
ドランがプロジェクターの後ろへ回る。
「光を飛ばすのか?」
「そう」
「魔法なしで?」
「電気で」
「やはり異界の道具は訳が分からんのう」
「今さらだろ」
◇
俺は工事事務所からDVDプレーヤーを持ってきた。
「おっちゃん」
「ん?」
「しごと?」
ユキがじっと俺を見る。
「違う」
「ほんと?」
「遊ぶための準備」
「……なら、よし」
「判定が厳しいな」
テーブルの端へプロジェクターを置く。DVDプレーヤーとプロジェクターのケーブルを接続。電源は食堂側のポータブル電源から取る。
配線は人が歩く場所を横切らないよう端へ寄せて……そこだけは休日でも適当にはできない。
「ニナ」
「なに?」
「ケーブル踏まないように、ここだけ見てて」
「うん」
ニナが配線を見て、
「ここ、ひっかかる」
「だよな」
少し取り回しを変える。ベルタが横から頷いた。
「休みでも安全確認はするのですね」
「休みだから怪我していいわけじゃないからな」
「確かに、手順は重要です」
「そこ、気が合うよな」
「私もそう思います」
◇
最後にDVDプレーヤーとプロジェクターを繋ぐ。電源を入れるとプロジェクターのランプが点灯した。
食堂タープの白いスクリーンへ、青い待機画面が大きく映る。
「おおお!」
一番声が大きかったのはレオン。次がユキ。
「おっちゃん!」
「映ったな」
「おっきい!」
「百インチくらいあるからな」
「ひゃく?」
「数字は気にしなくていい」
こびゃっこが、ふわりとスクリーンの前へ浮いた。
「これぞ湖畔大映写会じゃ!」
「まだ一本も上映してないぞ」
こびゃっこが胸を張る。
「では、映写主任として――」
「待て」
「なんじゃ」
「お前、撮影見習いだろ」
「映写は別部署じゃ!」
「部署を増やすな!」
食堂タープに笑いが広がった。スクリーンには、まだ何も映っていない。どの映画を見るかも、まだ決めていない。なのに、その前へ集まった連中はもう楽しそうだった。
どうやら今日の休日は、まだ終わりそうにない。
続く
⸻
【第119話・収支報告】
異世界生活88日目
日付:六の月17日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,127,873pt
今回の購入:
・昼食、夕食のお取り寄せ一式
各種弁当、ピザ、サイドメニュー、飲料等
1,090pt(約109,000円)
・家庭用高輝度プロジェクター
480pt(約48,000円)
・約100インチ自立式プロジェクタースクリーン
180pt(約18,000円)
・映像接続ケーブル、電源タップ、簡易スタンド、転倒防止・配線整理用品一式
45pt(約4,500円)
今回支出合計:
1,795pt(約179,500円)
現在残高:
3,127,873pt − 1,795pt = 3,126,078pt
円換算目安:
3,126,078pt × 100円 = 約312,607,800円相当




