第115話 白狐神、特使と二十人の騎士を迎える
異世界生活86日目。
六の月15日の朝。
俺は仮設厩舎の中で、昨日取り付けた馬房の腰壁を一つずつ確認していた。木部へ両手を当てて押す。ぐらつきはなし。次に角を確認。馬が身体を擦った時に傷を作りそうな出っ張りもない。ボルトの頭も、できるだけ馬房側へ飛び出さない納まりにしてある。
「……ここは大丈夫」
「ヒカル」
横からニナの声がした。
「ん?」
「ここ、もう一回」
「どこ?」
「下」
黄色いヘルメットを被ったニナが、腰壁の下端を指差している。俺はしゃがんで覗いてみる。
「ああ…」
鉄板床と腰壁の間。ほんの少しだが、ほかより隙間が大きい。
「蹄が入るほどじゃないけど……敷料が詰まりやすそうだな」
「うん」
「掃除もしにくくなるか」
「なる」
「直そう」
「しるし、つける」
ニナが腰袋から鉛筆を取り出し、木部へ小さく印を入れた。
昨日から始めた馬房工事は順調だ。屋根はすでに完成。馬房を区切る木製腰壁もかなり進んだ。扉も一部取り付け済み。
カイルとレイルは給水主管と各馬房への分岐を進めている。エリオットは照明位置と馬が触れそうな配線経路を確認中。三人にとっては異界の部品や部材を、俺が事前にレクチャーや実演しながら作業を進めてもらっている。
例えば、カイルとレイルには給水用のVP配管や継手などの部材の説明。接着剤などの取扱いや使用方法。配管の組み方や、サドルバンドや専用金具を使った配管の固定方法などだ。
エリオットにも、電気配線やそれを隠蔽するフレキ配管やケーブルモール、接続ボックスなどの部材を説明。同じく取扱いや固定方法などを教えた上で、内装職人としての経験を応用してもらう。
馬房として最適化した配線ルートを確認してもらった後は、実際の配線工事の際も手を貸してもらう段取りだ。
床のゴムマットは、完成した馬房から順次敷いている。だが――。
「まだ完成じゃないな」
「うん」
ニナが即答した。
「でも、つかえるところ、ある」
「そうだな」
完成済みの馬房だけなら、今日からでも何頭か入れられる。問題は、特使と近衛騎士団が二十騎で来る予定だということ。
現在、湖畔にいる職人達の荷馬車用の馬が三頭。そして商人バーモントが乗ってきた馬が一頭で、合計二十四頭。いや特使の馬車の馬を含めるとそれ以上になる。
全頭をきっちり収めるなら、あと一日か二日は欲しいところだ。
「今日、できるところまで進めるか」
「むりしない?」
「しないさ」
「まだできるとき、やめる」
「……そうでした」
最近、ニナも俺の安全管理をする様になってきた。まあ、お互いが注意する事で事故は減る。
◇
「おっちゃん!」
厩舎の外からユキの声がした。規制線の向こうには、青いライン入りの白いヘルメット。首には監督用ホイッスル。腰には小型無線を装着。最近の監督様スタイルだ。
「どうした?」
「みんな、おちゃとみずの、じかん」
「休憩?」
「きゅうけい」
ユキが自分の腕時計を指差す。自分の腕時計を見ると、時間は午前9時50分。
「よし、一回止めよう!皆んな休憩!」
「了解!」
グレゴールが充電式インパクトを止め、ドランもラチェットを腰袋へ戻した。ミネットも地上で腰壁材を運んでいた。
「屋根が終わると、空が遠いにゃ……」
「屋根職人が地上へ降りただけで詩人になるな」
「なんか物足りないにゃ」
「次に《始マリノ祠》の屋根がある。その後は大型ガレージや、食堂のウッドデッキの屋根工事もあるぞ」
猫耳がぴんと立った。
「元気出たにゃ!」
「単純だな」
少し離れた場所では、こびゃっこが三脚固定カメラへ飛んでいく。
「撮影一時停止を確認じゃ!」
「お疲れさん」
こびゃっこが胸を張る。
「そろそろ撮影主任復帰も近いのではないかのう?」
「まだ見習いな」
「人事評価が渋いのう!」
「勝手に人事制度を作るな」
俺たちは厩舎横の休憩用のタープテントへ移動した。皆椅子に座って麦茶やミネラルウオーターを飲む。
バーモントも近くにいた。今日は見学というより、折り畳み椅子へ座って王都へ持ち帰る報告書を整理している。
昨日渡したノートとボールペンは、もう使い慣れた様だ。
「異界の筆記具、ずいぶん気に入ったみたいだな」
「非常に」
「返してって言ったら?」
「当然買います」
「即答か」
「できればペンは十本ほど」
「まだ考えてないんだが」
「では五本」
「こちらの休憩中に交渉か」
「商人ですから」
こいつ、本当に商人の時が一番生き生きしてる気がする。
◇
休憩後、午前の作業は順調に進んだ。馬房扉を二枚追加し、給水主管の一部を接続。完成済み馬房へゴムマットを敷く。ニナとグレゴールで扉の開閉を確認。カイルとレイルが水の流れを確認。昼前には、使用可能な馬房が十二まで増えた。
「今日はここで午前作業終了!」
俺が言うと、ミネットが残念そうな顔をする。
「あと一ついけるにゃ」
「午後がある」
「まだできるにゃ」
ニナが振り向く。
「まだできるとき、やめる」
「……はいにゃ」
「七歳相手に素直だな」
「最近、ニナ班長が厳しいにゃ」
「安全担当班長か。その役職いいかもな」
「やくしょく? こびゃっこみたい」
ニナが複雑そうな顔をする。
「役職を自称する事と、皆に認められての役職は重みが違うぞ」
こびゃっこが反応する。
「待てい! 今の発言には聞き捨てならぬ部分があったぞ!」
「どこだよ」
「自称と公認では重みが違う、のところじゃ!」
「そこか」
「びゃっこの役職も、かなりの数が実績に裏打ちされておる!」
「かなりの数って、自分でも全てじゃないって分かってるんだな」
「撮影担当! 文字監修主任! 夏祭り文化監修! 畑守り隊隊長!」
前足を一本ずつ折るように数えていく。
「撮影は今、見習いな」
「ぐっ」
「文字監修主任は認める」
「うむ!」
「夏祭り文化監修も、まあ認めた」
「うむうむ!」
「畑守り隊隊長も前からやってる」
「見たかニナ! びゃっこは公認役職持ちじゃ!」
ニナがこびゃっこを見る。
「でも、ふえる」
「なに?」
「かってに、ふやす」
「ぐぬ」
「撮影主任、映写主任、空撮主任、甘味監督、食文化監修、無線放送局長」
「よく覚えておるのう!」
「そこ感心するとこじゃないだろ」
ニナは少し考えてから、自分を指差した。
「ニナ、班長?」
「安全担当班長は、俺が今言っただけだけどな」
「みんな、いいなら?」
「仕事として必要なら、ちゃんと決めればいい」
グレゴールが腰道具を外しながら頷く。
「俺は賛成だ。ニナに『止めろ』と言われたら、大人も止まる。それくらいでちょうどいい」
ミネットも猫耳を立てる。
「私も賛成にゃ。実際、今止められたにゃ」
ドランが髭を撫でた。
「安全で年上も年下もないからのう。気づいた者が言える方がええ」
こびゃっこが前足を上げる。
「では、びゃっこも推薦するぞ! 湖畔安全管理――」
「長くするな」
「……安全担当班長ニナ!」
「それならいい」
ニナはしばらく黙っていた。
「班長、なにする?」
「危ないことに気づいたら言う。無理してる人がいたら止める。分からなかったら大人を呼ぶ。それだけ」
「責任者は?」
「大人」
「ニナ、ぜんぶ決めない?」
「決めない。子供にそこまで背負わせない」
ニナは俺を見上げる。
「でも、止めていい?」
「もちろん」
「おっちゃんも?」
横からユキが聞いた。
「俺も止めていい」
「じゃあ、だいじ」
「そこなのか!とりあえず監督様のお墨付きまで付いたな」
こびゃっこが胸を張った。
「これにて正式発足じゃ! 安全担当班長ニナ!」
「お前が任命するな」
「では監督様!」
笑顔でユキがニナを見る。
「ニナ、はんちょう」
「……うん」
ニナが少しだけ三つ編みを揺らした。
◇
昼食はいつも通りだった。白飯に豚汁と焼き魚。卵焼きに漬物。昨日の残り野菜を使った副菜。今日は工事を続けるので、俺は腹八分目。ユキは当然、肉の入った豚汁を重点的に攻略している。
「ジャガイモも食えよ」
「たべてる」
「肉ばっかり減ってるぞ」
「おにく、さき」
「なんで?」
「えらいから」
「野菜も偉いぞ」
「キャベツも、えらい」
「そこは覚えたんだな」
こびゃっこは小さな茶碗で白飯を食べながら言う。
「食事とは優先順位の芸術なのじゃ」
「お前の場合、酒と肉が上位にいるだけだろ」
「何を言う!米もじゃ」
「はいはい」
そんな、完全にいつもの昼食だった。だから、午後1時を少し回ったところで腰の無線が鳴った時も、最初は巡回報告だと思った。
『こちらリーファ。ヒカル、ガラン、応答を。どうぞ』
俺と、少し離れた席にいたガランが同時に顔を上げる。声がいつもより少し硬い。俺は無線を取った。
「こちらヒカル。聞こえる。どうぞ」
『南側湖岸。遠方に騎馬集団を確認。二十騎以上。中央に馬車一台。こちらへ向かっている。敵対行動は確認できない。どうぞ』
「二十騎以上?」
食堂の空気が少し変わる。ガランが立ち上がった。
「こちらガラン。旗は確認できるか。どうぞ」
『確認。オリエント王国旗。銀狐紋章あり。騎士装備は統一。おそらく特使と近衛騎士団。どうぞ』
「……来たか」
ガランが呟いた。俺は時計を見る。
「今日?」
「今日らしいな」
隣でバーモントが苦笑している。
「ずいぶん早い到着ですね」
「知ってた?」
「今日だとは聞いていません」
「お前も知らないなら、本当に予定外か」
「王国軍も、旅程が順調なら進めるところまで進みますからね」
ユキが椅子から降りた。
「とくしときし?」
「ああ」
「にじゅう?」
「二十人以上だ」
「おうまも?」
「二十頭……」
そこまで答えて、厩舎を思い出す。現在使用可能な馬房は十二。ユキも同じ方向を見た。
「きゅうしゃ……」
「分かってる」
「まだ……」
「分かってるって!」
ユキの尻尾が揺れる。
「どうする?」
「使えるところから使う。残りは仮に繋ぐ場所を作る」
「ひとりで?」
「やらない」
「なら、よし」
来客二十人以上を迎える直前に、五歳児から仕事の抱え込みを確認される四十歳。何だろう、この生活。
◇
迎えは人数を絞った。俺、ガラン、ユキ、こびゃっこ。ロクとナージャには誘導へ回ってもらう。リーファはそのまま隊列を監視。
「バーモントはどうする?」
「私はここに残ります」
「いいのか?」
「表向きには、湖畔を訪れている一商人ですから」
「そうだったな」
「近衛の到着に合わせて先頭へ出れば、余計な説明が必要になります」
「なるほどな」
ガランも頷いた。
「それがいいだろう」
バーモントは表向き、王都の商人。王室の紹介を受けて来たとしても、王族ロイドでも、王直属密偵バードでもない。その秘密を知るのは今のところ、俺、ユキ、こびゃっこ、ガランだけだ。
特使や近衛騎士だからといって、全員へ話す理由はない。ガランが無線を取る。
「こちらガラン。ロク、ナージャ。南側の隊列へ接触し、湖岸側から南側道路入口へ誘導してくれ。リーファは監視継続。以上」
『こちらロク。了解っす。以上』
『こちらナージャ。了解。行ってきます。以上』
こびゃっこがふわりと浮いた。
「到着記録を撮影してよいかの?」
「先に相手へ確認」
「承知じゃ」
「勝手に空撮するなよ」
「せぬ!」
「成長したな」
「信用回復中じゃからの!」
◇
南側道路入口へバギーで出る。しばらく待つと、遠くに土埃が見えた。やがて馬の姿が一頭、二頭と見えてくる。
隊列は二列。装備は揃っている。盾と槍。剣に弓。先頭にはオリエント王国旗。その少し後ろには銀狐紋章。中央には箱型の馬車。前後を騎士が固めている。
「本当に来たな」
「ああ」
ガランの声が、少しだけ変わった。警戒する声ではない。懐かしいものを見るような声だ。先頭の騎士がこちらに気づく。長い金髪を後ろで束ねた、大柄な男。馬上でも分かるくらい肩幅が広い。その男が、俺たちを確認した。次の瞬間。
「ガラーン!」
「……」
まだかなり距離があるのに、はっきり聞こえた。俺はガランを見る。
「知り合い?」
「知ってるどころじゃない」
「仲良さそうだな」
「俺は普通の同期だと思っている」
「向こうは?」
「今も親友だと思っている」
「じゃあ親友なんじゃない?」
「違う」
「即答か」
◇
隊列は俺たちの手前で速度を落とし、整然と停止した。先頭の男が馬から降りる。レオン・ヴァルガ。近衛騎士団副団長。ガランの近衛時代の同期だ。王都報告の時に、ガランから散々、「面倒な男だ」と聞かされている。
「ガラン!」
レオンが満面の笑顔で歩いてくる。
「久しぶりだな!」
「レオン、待て」
「何だ?」
「今は公式任務中だ」
「分かっている」
レオンは両腕を広げた。
「分かってる人間の動きじゃない」
「十五年ぶりの再会だぞ」
「そんなに経ってないはずだぞ」
「相変わらず細かいな!」
「年数を盛るな!」
レオンがガランの肩へ手を伸ばす寸前。
「副団長」
低い女性の声が飛んだ。ぴたりとレオンの腕が止まる。声の主は、馬から降りた小柄なドワーフ女性だった。赤褐色の髪を後ろで一つに束ねている。
装備の位置まで几帳面に揃っているのが、一目で分かった。
「まず正式な到着報告と挨拶です」
「ベルタ。俺だって分かっている」
「でしたら、なぜガラン大使へ抱きつこうとしていたのですか?」
「抱きつくんじゃない。肩を組むんだ」
「違いを説明しなくて結構です」
ガランが俺へ小声で言った。
「な?」
「うん。面倒そう」
「聞こえてるぞ!」
「耳いいな」
ドワーフ女性が俺の前へ進み、一礼した。
「近衛騎士団派遣隊副官、ベルタ・グレンです」
「サコン・ヒカル。ヒカルでいいです」
「承知しました。ヒカルさん」
次にレオンが手を差し出す。
「レオン・ヴァルガ。近衛騎士団副団長だ」
「ヒカルです」
握手する。握力は強い。ただし、相手を試すような無駄な力は込めてこない。剣士らしい手だった。
「ガランから聞いている」
「何を?」
「剣が強い」
「……最初がそれ?」
「一度――」
「副団長」
「まだ何も言ってないぞ!」
ベルタが淡々と答える。
「手合わせを申し込む顔でした」
「ここにも顔を読む人がいるのか……」
バーモント、ニナ、ベルタ。この世界、商人とドワーフは顔を読む技能でも標準装備してるのだろうか。
◇
その時、中央の馬車の扉が開いた。銀灰色の長い髪に、銀狐族特有の耳。20代後半ほどに見える女性が、ゆっくり馬車から降りた。
姿勢は真っすぐ。服装も上質だが、華美ではない。王族や高位貴族によくある、「見せるための威圧感」がほとんどなかった。ガランが姿勢を正す。
「特使殿」
「ガラン大使。はじめまして」
女性は一度ガランへ頭を下げ、それから俺たちへ向き直った。
「オリエント王国正式特使、セレナ・アルジェントと申します」
丁寧に一礼する。
「国王セイラムより、白き神獣の里の皆さまへ、友好の言葉を預かって参りました」
その視線がユキへ向いた。ユキは俺の横にいる。最初は堂々としていたが、大人の騎士が二十人並んでいるせいか、俺の作業着の裾を少しだけ掴んでいる。
セレナはその様子を見ると、その場でゆっくり膝を折り目線を合わせる。
「白狐神ユキ様――」
「さま、いらない」
早い。セレナの銀狐耳がわずかに動いた。
「では……ユキさん?」
ユキが首を傾げる。
「ユキはユキ」
「ユキ?」
「うん」
一拍。セレナが柔らかく笑った。
「分かりました。ユキ」
「うん」
「私はセレナです」
「セレナ」
「はい」
それだけだった。神殿の儀礼もない。跪いて祈ることもない。ユキも満足したらしく、俺の服から手を離した。セレナが立ち上がり、今度は俺へ向く。
「そして、白狐神の守護者、サコン・ヒカル殿」
「ヒカルでいいです」
「……ヒカル殿?」
「もっと普通で」
セレナは少し考える。
「では、ヒカルさん」
「それでお願いします」
横でガランが小さく笑う。
「何?」
「予想通りだ」
「何が?」
「陛下から拝命した特使殿なら、その辺はすぐ合わせると思っていた」
セレナが言う。
「陛下からは、こちらの慣習を押しつけぬよう念を押されています」
「私たちは、ここを王国領へしに来たのではありませんから」
俺はその言葉に頷いた。最初の一言としては、それで十分だった。
◇
その後、近衛側の主要団員が紹介された。
「医療班長、エレナ・フィオレです」
30代前半ほどのエルフ女性。淡い金髪をまとめ、腰には剣と医療用らしい小型鞄。
「湖畔には診療所があると伺っています」
「あります。マリベルって魔術師兼薬師がいるので、医療の話なら彼女と話すのが早いです」
「異界式の医療設備もあるとか」
「一部だけど」
「ぜひ拝見したいです」
彼女の目が医者の目になった。次の団員が紹介される。
「防衛班長、クラウディア・ベルンです」
人族の女性で濃茶色の髪。長剣と小型盾を装備している。
「結界外周、避難経路、生活区画の防衛線を後ほど確認させてください」
「ガラン、ロク、リーファと相談してください。湖畔の巡回を一番知ってる」
「承知しました」
次の団員。
「弓士班長、シルヴァン・ルークです」
銀狐族男性。背には長弓と太めの矢。
「主に森林側警戒を担当する予定です」
「ここではリーファが森側を長く見てる」
「ぜひ同行させていただきたい」
次。
「戦闘班長、ハロルド・ケイン」
人族の男性。槍と盾を装備している。ほかの騎士より少し地味に見えるが、目がずっと馬と隊列を見ている。
「警備、門衛、野営、馬匹管理を担当します」
「馬を見てもらえるのは助かる」
「騎士団だけで二十頭おりますので」
「……厩舎、まだ十二房しか使えないんだが」
「……厩舎?厩舎があるのですか?」
ハロルドだけでなく、周りの騎士団全員が驚く。
「ああ。仮設だがとりあえず屋根はある。馬房を二十五頭以上を想定して、現在工事をしているが、出来ている分だけ使用して欲しい。後は完成次第、馬を入れてもらう形になる」
「……二十五頭以上?……あ、は、はい。入れない馬は仮設係留できます。水場と安全な地面があれば運用可能です」
さすがに厩舎が用意されているとは思わなかった様だ。だがありがたい。こういう人が一人いるだけで違う。
「厩舎脇で仮設係留は可能ですか?」
「場所は取ってある」
「水は?」
「給水タンクと水場がある」
「飼料置場は?」
「仮置場がある」
「まさか仮設の厩舎で排水までは……」
「側溝と排水桝まで施工済みだ」
ハロルドが深く息を吐いた。
「……到着初日に、馬の寝床を一から作らずに済むだけでも十分すぎます」
「馬も来るって分かってたからな」
「馬まで受け入れ対象として準備していただけたことがありがたいのです」
そう言われると、作っておいてよかったと思う。まだ未完成だけど。
そして。
「戦闘班員そして炊事担当、アルバート・ロウです」
人族の男性。腰には剣。背中には――どう見ても包丁ケース。
「騎士ですよね?」
「はい」
「料理人じゃなく?」
「騎士です。ただし炊事担当でもあります」
「なるほど」
「米があると聞いております」
「最初の質問がそこ?」
「もちろん任務が第一です」
一拍置いて…。
「米は第二です」
「だいぶ近いな」
最後。
「ミレイ・カッツです!」
若い猫族の女性。近衛の中でもかなり若い。猫耳が元気よく立っている。
「担当は?」
「警戒と伝令補助。そして炊事担当です!」
「なるほど」
「異界の甘味があると聞きました!」
「そっちが本題?」
「士気維持も重要です!」
「本音は?」
「食べてみたいです!」
「素直でよろしい」
横からユキが言った。
「チョコレート、すき?」
ミレイの猫耳がさらに立った。
「あるんですか!?」
「ある」
「ユキ様!」
「さま、いらない」
「ユキ!」
「うん」
早くも一人、距離の詰まり方がおかしい。
◇
挨拶が一通り終わったところで、セレナが湖畔側を見回した。
「それでは、まず野営地を指定していただけますか?」
「野営?」
俺は聞き返すと、ベルタが当然の様に説明する。
「大型天幕、簡易寝台、毛布、防水布、炊事用品、保存食等を持参しております」
「二十人分?」
「はい、あとは特使殿と随行の方二人分です」
「計二十三人……」
俺はガランを見る。ガランも俺を見る。よく考えてみたら、この短期間で宿舎が用意されているとは思わなかっただろう。
「何か?」
ベルタが首を傾げた。
「いや」
「はい?」
「宿、あるけど」
「……宿?」
「特使一行と近衛騎士団用」
レオンが反応する。
「両方?」
「騎士団は二十人分宿泊が可能だ。特使一行は職人宿舎に空きがある。」
「二十人?」
「一階に男性十人。二階に女性十人」
沈黙。
「もしかしてトイレなんかも?」
「ある」
「まさか、風呂場などは?」
「ある。トイレも含め、男女別に用意してある」
「寝台?」
「ある」
「寝具?」
「二十人分以上ある」
ベルタが完全に真顔になる。
「ガラン大使」
「何だ?」
「出発時の報告では、宿舎は検討の段階だったと記憶しております」
「その時点ではな」
「いつ完成したのです?」
「二週間以上前だ」
「……我々が王都を出発する前にもう?」
セレナが片手を額へ当てた。
「陛下から、『湖畔へ最新情報を持って行っても、着いた頃には古くなっている可能性がある』と言われました」
「王様、理解してるな」
「冗談だと思っておりました」
「設置した本人も未だにそう思う時がある」
◇
湖畔へ戻る。到着が昼過ぎだったため、特使一行と近衛騎士団側は道中で簡単な昼食を済ませていた。
それでも長旅の直後だ。食堂へ案内すると、リリアとマルタが麦茶や軽食を出してくれた。
「騎士団二十人と特使一行が今日来るなら、昨日言ってほしかったよ!」
マルタが俺へ言う。
「俺も今知ったんだ」
「じゃあ仕方ないね。計二十三人増えたんだね。よし、任せな!」
「切り替え早いな」
「人数が分かったなら、夕飯の段取りを変えるだけだよ!」
「助かる」
「材料の肉、増やすよ!」
ユキの耳が立った。
「マルタ。にく、ふえる?」
「ユキの分が増えるとは言ってないよ!」
耳が戻った。
「……」
「もう、そんな顔しないの!」
「マルタ」
「何だい?」
「にじゅうさんにん、ふえた」
「そうだね」
「おにくも、ふえる」
「料理全体では増えるよ」
「ユキも?」
「同じ量だよ」
「むう……わかった」
公平とは時に厳しい。
◇
軽食として大きな皿におにぎりや菓子類を出した。移動直後だから、無理に重い食事を食べさせない。
塩むすびや鮭、口に合うかわからないが、梅や昆布のおにぎりを用意した。アルバートが、おにぎりを前に完全停止した。
「……これが、米」
「ああ。おにぎりって言うんだ」
「米を……握ったもの?」
「そう」
「手で直接?」
「もちろん調理の際は、きちんと手は洗浄して清潔な状態で作る。ラップという物を使って、手を直接触れないで作る事もある」
「……らっぷ?手を触れずに?魔法で作るんですか?」
「そういうのとは違う。まあいずれ説明するよ」
「は、はあ……ところで中に何か入っています」
「違う食材の具が入っている」
「米だけで完成ではない……凄い」
「そこまで感動する?」
「古文書では、米は『白く炊く穀物』としか書かれていません」
「そうなんだ」
「それを握り、中へ具を入れ、これは携帯食にもなります……」
アルバートは一つ手に取る。
「これは合理的です」
そして言いながら食べると、顔の表情が止まった。
「どう?」
「……任務は第一です」
「うん」
「米がかなり迫ってきました」
「……頑張って一位を守ってくれ」
ミレイは小さなチョコレートを一個だけ渡され、大事そうに口にすると両方の猫耳がピンと立った。
「これがチョコレート。ただ甘いだけじゃない。……」
「とりあえず一個だけにしといてな」
「……は、はい!」
「夕飯前だから」
「……」
「今もう一個だけって考えた?」
「少しだけ」
「正直だな」
◇
休憩後、近衛隊はすぐに動き始めた。そこは、さすがに近衛騎士団だった。宿があると分かっても、
「では全部お願いします」
にはならない。ベルタが荷物の確認。ハロルドが馬を担当。クラウディアが宿周辺と緊急時の集合場所を確認。
シルヴァンは早速リーファと森側へ向かう。エレナはマリベルに案内され診療所へ。
アルバートは――。
「厨房を見せていただけますか?」
もうマルタについて行った。早いな、おい。ミレイも荷物を自分の部屋へ運んでいる。
「甘味は荷物整理のあと!あとで好きなだけ……」
……と自分へ言い聞かせていた。そこは偉いが、好きなだけ食べるつもりなのか?
◇
近衛騎士団の宿舎へ案内したベルタは、しばらく戻ってこなかった。やっと戻って来たと思ったら、半ば呆れた様な表情で言った。
「ヒカルさん」
「どうだった?」
「……本当に全部揃っていますね」
「言っただろ」
「簡易寝台ではなく、王都の宿舎でも見たことのない立派な寝台でした」
「三か月くらいはいるんだろ?」
「その予定です」
「だったら、毎日簡易寝台じゃ疲れるだろ」
「それは、そうですが」
ベルタは少しだけ言葉を探した。
「通常、派遣先でここまで整っていることはありえません」
「俺としては普通のものを用意したつもりだったんだが」
「その『普通』が怖いと、先ほど特使殿も言っていました」
「バーモントも似たようなこと言ってたな」
ベルタは改めて頭を下げた。
「ですが、ありがとうございます。ありがたく使用させていただきます」
「どうぞ」
「ただし、部屋の清掃、共用部、寝具管理、消耗品管理は近衛隊で行います」
「そうしてもらえると、こちらも助かる」
「当然です。私たちは宿屋の客ではありませんから」
いい。そこはかなり大事だ。
「洗濯も自分たちで?」
「もちろんです。場所や決まりをご説明いただければ」
「洗濯機がある」
「洗濯……機とは?」
「あとでリリアに説明してもらう」
ベルタの目が少し変わった。
「異界の機械ですか?」
「またその顔」
「どの顔です?」
「見たい顔」
「……否定はしません」
◇
厩舎へ行くと、ハロルドはすでに完成済み馬房を確認していた。まず十二頭を先に入れ、残りは厩舎脇に仮設係留。長旅の疲労が大きい馬を優先して馬房へ入れることになった。
「体格の大きい馬は、端の広い馬房へ入れてくれ。体調不良馬が出た時に使う予定だった場所だ」
俺が言う。
「なるほど、ちょうど良い広さです」
ハロルドは馬房を一つずつ見ていく。
「床が鉄板で、滑り止め付き、その上へ何か弾力のある敷物が?」
「ゴムマットだ。馬房部分だけに敷いてある」
「ご、ごむと言うのですか?敷料は?」
「これから用意する」
「あるのですか?ありがとうございます。それとここには排水溝まであるんですね」
「ああ。洗えるようにした」
「灯りは、こちらでランタンを用意しますが……」
「ランタンはこちらで充電式…火を使わないランタンを用意しよう」
「……それって魔道具ですか?」
「そちらで言うところの異界の道具だ。魔道具ではない。それから馬が驚かない程度の明るさの照明を取り付ける予定だ」
「……」
「仮設だが、どうだこの厩舎?」
「よくできています」
「まだ途中だけど」
「だから驚いています。途中でこれなら、完成後はもっと使いやすい」
その横で、副官のベルタが腰壁を見ていた。横にニナもいる。
「この印は?」
ベルタがニナ聞く。
「なおすところ」
「誰が見つけたのですか?」
「ニナが見つけた」
「どうして?」
「すきま、大きいとごみ、つまるから」
ベルタがしゃがみ腰壁の下端を見る。
「なるほど、確かに」
次にニナの腰道具へ視線が向く。
「その工具は?」
「ラチェット」
「見せていただいても?」
ニナが無言でベルタを見る。
「こわさない?」
「壊しません」
「勝手に、分解しない?」
ニナは何故かドランの方を見た。遠くで作業をしていたドランの声が飛んだ。
「なぜそこでワシを見る!」
「ドラン、しそう」
「保証が切れるからせん!」
「ラチェットには保証がないと思うが、理由そこなの?」
ベルタが少しだけ笑う。
「分解もしません」
「なら、いい」
ニナがラチェットを渡した。ベルタが握り、カチカチと動かす。反転レバーを確認して、またカチカチと動かす。
「……こんな工具見たことありません。
これはきっと便利ですね」
ニナが小さく頷く。
「うん。べんり」
二人でラチェットを見る。俺は思った。たぶん、この二人は相性がいい。
◇
その一方。厩舎の近くにいたレオンが、ガランに大声で話しかけた。
「ガラン!」
「何だ」
「今夜飲むぞ!」
「勤務配置や調整が先だろ」
「勤務表なら後で俺が組む!」
「私用のために後回しにするな!」
「心配するな合理的な配置をするだけだ!」
「お前の合理性には。如何に素早く酒にありつけるかが含まれてるだろ!」
レオンがガランから離れない。近衛騎士たちは、全員見ないふりをしている。
「いつもあれ?」
近くにいたベルタへ聞く。
「はい、特に自分の親しい方にはあんな感じです」
「止めないの?」
「必要な時は止めますが……」
「今は?」
「ガラン大使が処理できています。さすが大使は心得ています」
「処理って言った」
「適材適所の関係だと思うのですが」
ガランがこっちを見る。
「いや、助けろ!」
「二人とも適材適所らしいぞ」
「ヒカル!」
レオンまで俺を見る。
「そうだ、ヒカル殿!」
「嫌な予感しかしない」
「初顔合わせの記念に剣も交え――」
「副団長!」
ベルタが遮る。
「いくらなんでも到着初日は不可です」
「まだ最後まで言ってない!」
少し離れたところからセレナも言う。
「レオン副団長。まず本日の任務整理をお願いします」
「特使殿まで!」
「陛下からも、到着直後の手合わせは禁止と厳命されています」
「む。陛下まで!?」
そこまで釘を刺されていたのか。ガランが疲れた顔で俺に言った。
「だから面倒だと言っただろ」
「ああ、分かったがガラン。俺の剣術スキルの話をしたお前も悪い」
「俺は陛下に包み隠さず報告する義務があった。その辺りは理解してくれ」
「それも分からんではないが……はあ。正直厄介だな」
◇
色々とバタバタして、午後三時を過ぎる頃には、ようやく受け入れの形ができた。
まず馬十二頭を馬房へ。残りは仮設係留。水桶設置し飼料置場確認。馬具置場を確保し宿泊部屋も決定した。
持参品は近衛騎士団側で管理。大型天幕は当面使わず、緊急時用として収納しておく。警備については、今日からいきなり全部任せない。
まず今夜は既存の《東風の牙》《蒼岩の盾》ハンターチーム主体で行う。近衛騎士団は長旅の疲れを考慮して、宿舎周辺警備と厩舎の馬の夜間確認だけ行なってもらう。
明日以降、湖岸、森、南側道路や畑、橋から生活区画。それぞれの巡回経路を実際に歩いてから分担する。
「到着したその晩から、二十人全員を警備へ入れる必要はないと思うが、どうだ?」
俺が言うと、戦闘班長のハロルドも頷いた。
「賛成です。地形を知らない者を夜間巡回へ出す方が危険です」
「明日、昼間に覚えてもらおう」
「その方が良いでしょう」
こういうところも話が早い。
◇
装備の無線機についても、最初から二十台は渡さず班長級だけに、支給ではなく貸与する。レオン。ベルタ。ハロルド。クラウディア。シルヴァン。エレナ。まずこの辺りへ操作方法とチャンネル運用を説明する。
「離れた場所と会話できるのですか?」
副官のベルタが小型無線機を手にしながら言った。目が少しやばい。
「ああ」
「魔力なしで?」
「なし」
「魔石もなし?」
「なし」
「内部構造を理解する上――」
「分解禁止」
「まだ言っていません」
「間違いなく言う目だった」
ベルタが俺を見る。
「なぜ分かるのです?」
「ドランとボルガで鍛えられた」
「誰じゃと!」
「アタシも聞こえたぞ!」
二人のドワーフの声が同時に飛んできた。
「……なるほど」
ベルタは思わず苦笑いする。
◇
セレナとの正式な外交協議は、今日は行わないことにした。工事事務所へ案内した時、セレナ自身から言い出した。
「王書と正式な盟約協議については、明日以降にお願いいたします」
「いいんですか?」
「今日着いたばかりですから」
「俺は助かるけど」
「私自身、先にこの湖畔を理解したいと思っています」
セレナは窓の外を見る。近衛騎士団たちが荷を運び、職人たちが厩舎工事の片付けをしている。ユキがその横で監督ヘルメットを被って、工事バリケードを担いだミネットと会話をしている。
こびゃっこはふわふわ浮きながら、固定された三脚のカメラのファインダーを覗いている。その横でニナはベルタに自分の工具箱を見せて説明している様だ。
その風景を見ながら、セレナが言った。
「ここへ来たばかりですが、実際に湖畔の状況を見て確信しました。王国側の資料だけで判断して盟約を結ぶのでは、対等とは言えません」
「なるほど」
「生活規則や警備体制。日常の仕事や食事。子供たち。そして職人たち。王国から来た者はどう振る舞うべきか。しばらく様子を見させていただきたいのです」
「そこまで?」
「そこまでです」
セレナは静かに笑った。
「陛下からも、『白狐神だけを見るな』と言われています」
俺は少し驚いた。それは昨日、バーモントが報告書へ書いていた内容とよく似ている。
「では今日は休んでください」
「はい」
「夕飯はみんなと食べてもらいますけど」
「もちろんです。特別扱いは不要です」
そこへユキが入ってきた。
「ごはん、だいじ」
「はい。大事ですね」
「セレナ」
「はい?」
「なに、すき?」
「料理ですか?」
「うん」
セレナは少し考えた。
「魚料理が好きですね」
ユキの耳が動く。
「さかな、うんみゃあだけど、にくは?」
「好きですよ」
「なら、よし」
ユキが頷いた。
「何の合格判定だ?」
「にく、だいじ」
「それで全部済ませるな」
セレナが笑う。王国の正式特使が、湖畔へ着いて最初に受けた審査は、肉同盟会長の基準らしい。
◇
夕方。俺は厩舎の前から湖畔を見た。人が増えた、本当に増えた。最初は俺とユキだけだったが、そこへ仲間が増えた。こびゃっこ、リリア、ミーシャ、トト、ニナ、アルノ。そして《東風の牙》に職人七人。《蒼岩の盾》とマルタ。今は商人のバーモントまでいる。
そして今日。オリエント王国の近衛騎士二十人と、正式特使セレナと随員二名が来た。
「おっちゃん」
横からユキ。
「ん?」
「セレナ、きた」
「来たな」
「きしも、きた」
「来たな」
「いっぱい」
「いっぱいだな」
「おうまも、いっぱい」
「ああ」
「きゅうしゃ、まだ?」
「そこはもう言わなくていい」
「でも」
ユキが厩舎を見る。
「つかえた」
「そうだな」
完成していなかったが、でも十二房は使えた。残りも仮設係留で対応できた。宿は完成しているし、風呂もあってトイレもある。食事も出せるし、医療設備もある。何より、足りない部分を誰か一人が全部埋める必要がない。
ハロルドが馬を見て、ベルタが荷物を整理する。エレナはマリベルと診療所へ、医療体制も充実するだろう。シルヴァンはリーファと森を見て、クラウディアはガランと地図を見る。警備体制も充実する。炊事担当のアルバートとミレイは厨房へ。
そして近衛騎士団副団長のレオンは――。
「ガラン! 今夜一杯だけでも付き合え!」
「お前の一杯は一杯で終わったためしがない!」
あそこだけは何とかしてほしい。
「おっちゃん」
「何?」
「きょうもひとりで、しなかった」
俺はユキを見る。
「ああ」
「ちゃんと、できた」
「まあ、予定外だらけだったけどな」
「でも、できた」
「そうだな」
ユキが満足そうに頷く。
「なら、よし」
「お前、その言葉好きだな」
「だいじ」
そうかもしれない。完璧じゃなくてもいい。予定通りじゃなくてもいい。必要な時に、必要な人が動ける。それで回るなら十分だ。
◇
「ヒカル!」
こびゃっこが小型カメラを抱えて飛んできた。
「どうした?」
「撮影許可申請じゃ!」
「珍しくちゃんとしてるな」
「失礼じゃぞ!」
「何撮るの?」
「特使一行と近衛騎士団到着記念集合写真!」
「ああ。いいかもな」
「湖畔全員と特使と近衛一同じゃ!」
「人数すごいぞ」
「広角を使うぞえ!」
「お前も入る?」
「当然じゃ!」
「じゃあ誰が撮るんだよ」
「……」
こびゃっこが固まる。
「三脚に普通のカメラでセルフタイマーだろ」
「その手があったか!」
「お前撮影担当だよな?」
「集合写真は別腹じゃ!」
「食い物みたいに言うな。カメラのセッティングはニナに手伝ってもらえ」
ユキが手を上げる。
「ユキ、まんなか」
「まあ湖畔の主役だからな」
「びゃっこも中央じゃ!」
「お前は小さいから前列」
「神使席じゃ!」
「好きにしろ」
ミレイが走ってくる。
「写真がどういうものか、職人さんたちに聞きました。私もユキの近くでいいですか?」
「ユキに聞け」
「ユキ?」
「いいよ、ミレイ、ユキのとなり」
「やった!神獣様と一緒に絵に描かれる」
ミレイがユキに聞こえない様に小声で拳を上げる。写真の事を少し誤解している様だが。
セレナも近くまで来た。
「写真?ですか。私たちも参加してよろしいのですか?」
「もちろん今日の主役ですから」
「正式記録になりますね」
「いや、そんな堅い写真じゃなくて」
「では?」
俺は少し考える。
「今日、みんなここにいたって残す写し絵みたいなものです」
セレナが一瞬だけ目を細めた。
「……いいですね」
「でしょう?」
工事の完成記録じゃない。外交文書でもない。軍事記録でもない。今日、人が来て一緒に飯を食べた。馬を入れて荷物を運んだ。そんな普通の日を残す写真だ。
◇
全員を集めるのに結構時間がかかった。結局俺が仕切っている。
「ドラン、酒瓶持つな!」
「まだ飲んでおらん!」
「写真に持ち込む必要ないだろ!」
「歓迎の象徴じゃ!」
「置いてこい!」
「ミネット、屋根に登るな!」
「後列が見えないにゃ!」
「地面から写るから降りろ!」
「レオン、ガランの肩に腕回すのはいいが、くっつき過ぎだ」
「十五年ぶりだぞ!」
「近いって!」
「こびゃっこ、そこで浮くな! ユキの耳に被る!」
「神使の威厳ある配置を――」
「ユキ!こびゃっこを抱えて」
「わかった。こびゃっこ、こっち」
「ぬう!」
集合写真一枚でこの騒ぎだ。ようやく位置が決まる。
中央にユキ。こびゃっこを抱えている。その横に俺。近くにセレナ。ガランとレオン。子供たち。職人。ハンターたち。騎士。料理人。湖畔の仲間たちだ。
こびゃっこが一旦、三脚カメラのセルフタイマーを確認して、急いで前列へ飛んでくる。
「十秒じゃ!」
「間に合う?」
「神速じゃ!」
「浮いてるだけだろ!」
「八!」
「カウントするな!」
「七!」
ユキが笑い、ミーシャも笑う。ニナは無表情のままだが、三つ編みが少し揺れている。トトは隣を見ている。セレナも笑っていた。レオンは結局ガランの肩へ手を置き、ガランは嫌そうな顔をしている。
「三!」
「こびゃっこ、こっち!」
「二!」
こびゃっこがユキに抱えられる。
「一!」
カシャ。
◇
また一枚。湖畔の普通の日が残った。今日来た人たちは、王国の正式な特使と騎士だ。でも、この湖畔が王国の領地になったわけじゃない。
ユキが誰かの臣下になったわけでもないし、当然俺も同じだ。ただ――。これから友人になれるかもしれない人が増えた。仕事を一緒にする人が増え、困った時に互いに手を貸せる人が増えた。
それで十分だと思う。
「おっちゃん」
「ん?」
「しゃしん、みる」
「まだ撮ったばかりだぞ」
「みるの!」
「はいはい」
俺はユキと一緒に、カメラのところへ歩いていく。今日の予定表には、近衛騎士団到着なんて一文字も書いておらず、予定外の一日だった。
でも、こういう予定外なら、悪くないと思った。
続く
⸻
【収支報告】
異世界生活86日目
日付:六の月15日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,127,873pt
円換算目安:
3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当
今回の購入:
・なし 0pt
※昼食・夕食・到着時の軽食は既存在庫および湖畔収穫品を使用。
※近衛宿の寝具・生活用品は既購入済み。
※厩舎工事の木材、金具、ゴムマット、給水設備、照明資材等も既購入品・在庫品を使用。
※近衛騎士団は大型天幕、簡易寝台、毛布、防水布、炊事用品、保存食等を自前で持参。
今回支出合計:0pt
現在残高:
3,127,873pt
円換算目安:
3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当




