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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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113/139

第113話 白狐神が守りたいもの


 夕食が終わった。子供たちは食器を下げ、順番に風呂へ向かう。大人組も飲み過ぎない範囲で切り上げた。俺はバーモントへ声を掛ける。


「このあと、もう少し時間ある?」


「もちろん」


「バードとして聞いてほしい話がある」


 表情が変わる。


「分かりました」


 ガランにも声を掛ける。こびゃっこ、ユキも一緒に工事事務所へ戻った。


     ◇


「まず、先代白狐神しらゆきの件だ。この話はオリエント王国の王族として話を聞いて欲しい」


 ガランも頷き、俺が切り出すと、それまで商人の顔をしていたバーモント――いや、今は王直属密偵《バード》として話を聞いているロイドの表情が変わった。


「ガラン大使から、概要は聞いています」


「王国には、こびゃっこが約420年前に里を別世界へ逃がしたことまでは伝わってるんだよな?」


「はい。しらゆき様、橘宗一郎殿、そして当時の住民、建物、畑、設備まで可能な限り転移させた、と」


「そこから先が分かった」


 ロイドが姿勢を正した。


「詳しくお願いします」


「その前に、俺たちが最近見る夢について説明したい」


「夢、ですか」


「ああ。ただ、普通の夢とは少し違う」


 俺は隣を見る。ユキは椅子へ座り、俺の服の裾を握っている。こびゃっこは机の端へちょこんと座った。


「俺とユキとこびゃっこは、時々、三人で同じ夢を見る」


 ロイドが少し眉を上げた。


「同じ内容の夢を、偶然?」


「偶然じゃないらしい」


 俺の代わりに、こびゃっこが説明を引き取った。


「白狐神と、その加護を深く受けた者の間には《縁》ができるのじゃ」


「縁……」


「ヒカルはユキの名付け親であり、加護を受けておる。そして、びゃっこは白狐神に仕える守護神使じゃ。三者の繋がりが強くなったことで、眠っている間に記憶や感情が互いへ流れ込み、一つの夢として形になることがある」


「では、単純に三人が似た夢を見るという話ではない?」


「違う」


 俺は頷いた。


「起きた後に答え合わせすると、場所も、会話も、見た物も一致する」


「ユキも、おぼえてる」


 ユキが手を上げた。


「しらゆき、いた。ソウイチロウもいた」


「そういうことだ」


 俺は続ける。


「最初は、こびゃっこの日本時代の記憶が混ざった夢なんかもあった。ユキが知りたがっていた日本と、俺の記憶と、こびゃっこの昔の記憶が一緒になったらしい」


「びゃっこの原宿青春時代じゃな」


「今そこは詳しく説明しなくていい」


「重要な歴史資料じゃぞ」


「王への報告書に『原宿青春時代』って書かせるな」


 ロイドの口元が少し緩んだ。


「しかし、白狐神と守護者が夢を共有する前例は?」


「ある」


 こびゃっこが答えた。


「しらゆきと宗一郎も、時折同じ夢を見ておった。宗一郎の日本の記憶が多かったのう。幼い頃の家、雪、祭り、診療所、母親の飯……朝になって三人で、どの記憶だったのか話したこともある」


「つまり、白狐神と強く結ばれた者に起こり得る現象なのですね」


「かなり稀じゃろうが、そういうことじゃ」


 ロイドは少し考えてから頷いた。


「分かりました。その前提で聞きます」


     ◇


「今回の夢は、それまでとは明らかに違った」


 俺は机の上で手を組んだ。


「俺たちは最初、ユキが生まれた場所を見た」


「生まれた場所?」


「今の森の中にある大木だ。俺がこの世界へ来た初日に、ユキを見つけた場所でもある」


 その大木の根元。名前もなく、一人で生きていたユキの寝床。そして夢の中では、そのそばに白い光の渦が現れ、そこから幼いユキがこの世界へ送り出されてきた。


「次に、今の湖畔とは違う景色へ移った」


「違う?」


「420年以上前の白狐神の里だ」


 俺は、夢で見た風景を説明した。湖畔に並ぶ家々。家の間を走る石造りの水路。水車と高架水槽。畑と水田。共同炊事場と風呂。洗濯場。診療所。


 人族、獣人、エルフ、ドワーフが一緒に暮らしていた里。


「こびゃっこが以前話していた昔の湖畔そのものだった」


「びゃっこの昔の群れじゃ」


 こびゃっこの声が少しだけ低くなる。


「そして、そこに先代しらゆきと橘宗一郎さんがいた」


 ロイドの目が細くなった。


「過去の記憶として?」


「最初は俺もそう思った」


「しかし違った?」


「ああ」


 俺ははっきり頷く。


「こびゃっこと、しらゆきは互いを認識した」


「……認識?」


「会話し抱き合った。420年前に別れてから何があったのかを話した」


 ロイドの表情から、完全に笑みが消えた。


「……神使様」


「間違いない」


 小さな白狐の前足が、机の上でぎゅっと握られる。


「しらゆきじゃ。びゃっこが四百年以上仕えた主を間違えるものか」


「橘宗一郎殿も?」


「本人じゃ」


「俺とも話した」


 俺は続ける。


「宗一郎さんは俺が同じ日本人だと知った。俺のスキルや、今の湖畔についても話した。向こうの技術や暮らしについても直接聞いた」


「つまり」


 ロイドが慎重に言葉を選ぶ。


「過去の記憶を再生しただけでは説明できない?」


「できないと思う」


「ユキも、はなした」


 ユキが言う。


「しらゆき、ユキみた。ユキも、しらゆきみた」


「そこも三人とも覚えている」


 俺が補足する。


「翌朝、俺とユキとこびゃっこで夢の内容を照合した。三人とも、同じ場所、同じ会話、同じ情報を覚えていた」


 ロイドはしばらく黙った。


「それならば、王への報告では単なる夢として扱うべきではありませんね」


「そうしてほしい」


     ◇


「そして、しらゆきたちがいる場所も分かった」


「どこです?」


「別次元だ」


「……別次元」


「俺の世界の言葉なら、パラレルワールドが一番近いらしい」


「ぱら?ぱられる……ですか?」


 こびゃっこが補足する。


「420年前、びゃっこが開いた門は別大陸へ繋いだものではない。同じ世界の遠い土地でもない。別の次元に存在する、よく似た世界へ繋いだのじゃ」


「では、転移先は偶然ではないのですか?」


「半分は狙った」


「半分?」


「襲撃の最中じゃ。じっくり探す余裕などなかった」


 こびゃっこは前足で机を軽く叩く。


「それでも、可能な範囲でこの湖畔と同じ座標、同じような地形を探した。水源も土地も似ておれば、里ごと移した後に生活を再建しやすい」


「湖も?」


「ある」


「森も?」


「ある」


「小川も?」


「ほぼ同じじゃ」


 俺も説明を加える。


「向こうの世界には、今ここにあるのとほぼ同じ巨大湖、森、小川がある。細かな川筋や植物は違うが、大きな地形は一致してるそうだ」


「同じ場所に、別の世界が重なっているようなものですか」


「俺も、そんな感覚で理解してる」


「ただし」


 こびゃっこが言う。


「安全かどうかまでは分からなかった」


 ロイドがこびゃっこを見る。


「賭けだった?」


「うむ」


「残れば、ほぼ確実に全滅していた」


 俺が言う。


「だから、少しでも生き残れる可能性がある方へ送った」


「……なるほど」


 ロイドはそれ以上、軽々しく何も言わなかった。


     ◇


「結果として、転移は成功した」


 俺は続ける。


「しらゆき、宗一郎さん、住民たちは生き残った。しかも里そのものもかなりの範囲で転移していた」


「現在はどのような場所なのでしょうか?」


「人口およそ三万人」


「……三万人?」


 ロイドが初めて大きく反応した。


「俺も同じ反応した」


「ユキは、いっぱいって言った」


「その表現の方が分かりやすいな」


「いっぱい」


 ユキが満足そうに頷く。


「向こうでは今、《白狐の里自治区》になっている」


「自治区?」


「どこの国にも完全には属していない。湖を挟んだ東西二つの国と協定を結んで、自治を認められている」


「二国との関係は?」


「良好らしい。どちらも多種族国家で、奴隷制度もない」


 ロイドが静かに息を吐いた。


「……それは、陛下がお聞きになれば喜ばれるでしょう」


「ああ」


「オリエント王国は四百年以上、白狐神の里を救えなかったことを悔やんできましたから」


「だからこそ伝えてほしい」


「必ず」


     ◇


「それと、向こうの里は単に生き残っただけじゃない」


「と言いますと?」


「ものすごく発展している」


 俺は夢で聞いた内容を整理して話した。宗一郎の知識。そこから始まった医療、衛生、農業、土木、建築、鍛冶。後進が育ち、その後進たちがまた次代を育てた。


 寺子屋のような教育の場が学校になり、やがて医学、工学、農学を中心とする高等教育機関――《白湖学府》へ発展したこと。


「大学まである」


「大学?」


「高度な専門教育をする学校だ」


「里の者だけが学ぶ?」


「いや、東西両国からも学生が来るそうだ」


「そこまで……」


「宗一郎さん自身が言ってたよ。今は自分が明日何もしなくても、診療所も、農地も、水路も、学校も止まらないって」


 こびゃっこが俺を見る。


「ヒカルが最も見習う部分じゃ」


「分かってるって!」


「おっちゃん、れんしゅうちゅう」


 ユキまで参加する。


「王直属密偵の前で俺の生活指導を始めるな」


 ロイドが笑いをこらえている。


「重要な統治情報として記録しておきます」


「そこは記録しなくていい」


     ◇


「技術についても、こっちよりかなり進んでる」


「どの程度です?」


「魔石と魔法陣を使った動力。水力発電。電気と魔道技術を組み合わせた生活用品。電話、電信」


「電話?」


「遠くにいる相手と声で話す道具」


「……それは凄い」


「車もある」


「ヒカルさんの車と同じ?」


「完全に同じじゃない。魔力や電気を使う向こう独自のものらしい。バスやトラックもある」


「鉄道もじゃ」


 こびゃっこが割り込んだ。


「魔道電化列車!」


「お前そこ好きだよな。実は鉄オタか?」


「なんじゃオタとは?浪漫じゃ!ちなみにびゃっこは、乗り鉄じゃ」


「充分知っているじゃねえか」


 ロイドが少し呆然としている。


「四百二十年で、そこまで……」


「一人で作ったわけじゃない」


 俺はそこを強調した。


「宗一郎さんが持っていたのは知識だ。それを実際の技術にしたのは、何世代もの職人や研究者、住民たちだ」


「知識を独占しなかった」


「そう」


「むしろ後継者を育てた」


「ああ」


 それこそが、向こうの里が420年続いた理由の一つだと思う。


     ◇


「それで、しらゆき様と橘宗一郎殿は、本当に現在も存命なのですね」


 ロイドが改めて確認した。


「そう認識してる」


「前回のように『過去の夢である可能性』を残す必要は?」


「今回は違う」


 俺は首を振った。


「俺たちは向こうの現在について話した。向こうも、今の俺たちのことを知った。宗一郎さんは今の里の人口や大学、鉄道について説明した」


「時間軸も現在と判断できる?」


「ああ」


 こびゃっこも頷く。


「少なくとも、ただの四百年前の記憶ではない」


「そして宗一郎殿が長命なのは?」


「しらゆきとの繋がりと加護の影響だそうだ」


「見た目は?」


「三十代くらい」


「四百年以上生きている人族……」


「俺もそこは驚いた」


「ヒカルもユキの加護で若返っておるから、他人事ではないぞ」


「俺は四百年生きる予定は立ててない」


「予定で決まるものでもなかろう」


 嫌なことを言うな。


     ◇


「それと、もう一つ。俺たちは、この繋がりに《始マリノ祠》が関係してるんじゃないかと思ってる」


「始マリノ祠?」


 ロイドが聞き返す。


「ああ。今の湖畔の森にある大木――俺がこの世界へ来て、最初にユキを見つけた場所だ」


「ユキの、さいしょのところ」


 ユキが付け加える。


「夢の中で見た昔の里には、その大木のそばに小さな祠があった。石碑には《始マリノ祠》と刻まれていた」


 こびゃっこも頷いた。


「しらゆきたちが暮らす別次元の湖畔にも、同じ場所に祠が残っておる。向こうでは何度も修繕されながら、四百年以上守られてきたそうじゃ」


「同じ場所に、二つの祠……」


「そうだ」


 俺は頷く。


「しかも、ユキがこの世界へ現れた場所もそこだった。だから単なる昔の建物じゃなく、二つの世界と白狐神を結ぶ《縁の拠り所》みたいな役割があるんじゃないかと考えてる」


「確証は?」


「まだない」


 そこははっきり答えた。


「元々作るつもりだったが、それを調べるためにも、今こっちの世界で《始マリノ祠》を作り直してるところだ」


「復元するのですか?」


「完全な復元じゃない。夢で見た形を基本にしつつ、大木の根を傷めないようにして、排水や湿気、補修性も考えた今の湖畔用の祠だ」


「ヒカル一人で作っておるわけでもないぞ」


 こびゃっこが胸を張る。


「職人たちも総出じゃ。木工、屋根、石、金具、文字。それぞれ得意な者へ仕事を分けておる」


「おっちゃん、ひとりで、してない」


 ユキが得意そうに言った。


「そこは今、報告に必要か?」


「だいじ」


「……まあ大事だけど」


 ロイドが小さく笑った。


「では、その祠が完成すれば、しらゆき様たちとの繋がりがさらに安定する可能性がある、と」


「可能性はある。でも期待しすぎないようにはしてる」


 夢を見るための装置を作っているわけじゃない。ただ、四百年以上前から二つの湖畔に残る同じ場所。同じ大木。そして同じ《始マリノ祠》。


 そこに何の意味もないとは、もう思えなかった。


「完成したら、何か分かるかもしれない」


 俺がそう言うと、こびゃっこが静かに頷いた。


「しらゆきへ続く道なのか。それとも、ただ縁を強くする拠り所なのか。それはまだ分からぬ」


「でも」


 ユキが言った。


「また、あえたら、いい」


「ああ」


 それが一番だった。ロイドはしばらく黙ってから、机の上のメモを整理した。


「陛下へは、こう報告します」


「聞かせて」


「白狐神ユキ様、守護者サコン・ヒカル殿、守護神使こびゃっこ殿の三者には、白狐神との《縁》によって同一の夢を共有する現象が確認されている」


「うん」


「この現象には先代白狐神しらゆき様と橘宗一郎殿にも前例がある」


「そうじゃ」


「そして今回の共有夢の中で、三者は別次元へ退避したしらゆき様、橘宗一郎殿と直接意思疎通した」


「その通り」


「しらゆき様、橘宗一郎殿、旧湖畔住民の子孫を中心とする共同体は現在も存続。《白狐の里自治区》として人口約三万人へ発展」


「ああ」


「転移先は、この湖畔とほぼ同一座標・類似地形を持つ別次元世界」


「うん」


「自治区は周辺二国と友好関係を持ち、医学、農業、工学、教育、交通その他の技術が大きく発達している」


「そこまででいいと思う」


「技術詳細は別紙扱いにします」


「それがいい」


「そして何より」


 ロイドが俺とこびゃっこを見る。


「オリエント王国が四百二十年間、最も知りたかったこと」


 少し間を置く。


「白狐神の里は滅びていなかった」


 こびゃっこの耳が小さく震えた。


「……うむ」


「しらゆき様も」


「生きておる」


「橘宗一郎殿も」


「元気そうだった」


 ユキが手を上げた。


「しらゆき、しっぽ、ふわふわ」


「それも報告する?」


「いや、そこは王への口頭補足で」


「何でだよ」


「陛下なら喜ぶかもしれません」


「報告書に『尻尾ふわふわ』はやめてくれ」


「だいじ」


 ユキは真剣な顔で言った。


「ユキにとってはな」


 ロイドが小さく笑った。


「では、その情報は最高機密の口頭報告にしておきます」


「そこまで格上げするな」


 少しだけ空気が緩んだ。だが、こびゃっこは静かに言った。


「ロイドよ」


 初めて本名で呼んだ。


「何でしょう」


「セイラム王へ、きちんと伝えてほしい」


「はい」


「オリエント王国は、四百年前に間に合わなかったことを今も悔いておるのであろう」


「その通りです」


「ならば――」


 こびゃっこは一度、目を閉じた。


「しらゆきらは、生き延びた」


 そして目を開く。


「里も、なくなっておらぬ」


「……必ず伝えます」


 ロイドの返事は、密偵でも商人でもない。王族としてのものに聞こえた。


「陛下も、きっとその報告を待っておられます」


 俺は頷いた。四百二十年前の救援は間に合わなかった。でも、救えなかったと思われていた人たちは、生き延びていた。しかも、その先で暮らしを続け、子供が生まれ、人が増え、三万人の里にまで育っていた。


 失われた歴史だと思っていたものが、本当は別の場所でずっと続いていた。それを知るだけでも、王国にとっては大きな意味があるはずだ。


「次に」


 ガランが机の上へ別の報告書を置いた。アルノが纏めたものだ。


「ニナの父、ガルムについてだ」


 俺たちは、次の案件へ話を移した。


     ◇


「ガルム。ドワーフ鍛冶師」


 ロイドは密偵バードとして、報告書を読む。


「債務奴隷として鉱山へ……」


「はい」


 ガランが補足する。


「こちらで分かっている経緯はまとめた」


 工房を経営し、大量の発注を受け借金。だが、取引先が倒産。債務奴隷に陥る。ニナを施設へ預けるための金は仲介業者が着服し、ニナは奴隷に売られる。


 続けてガランが言う。


「神務院との関連はないと思う」


「おそらくそうでしょう」


 バードが頷く。


「何でも神務院へ繋げると、逆に本当の経路を見失います」


「俺もそう思う」


「王都へ戻ったら、鍛冶師組合、鉱山記録、債務奴隷登録を当たらせます」


「自分でやるのか?」


「全部自分で調べるほど暇ではありません」


「ですよね」


「適切な人間へ頼みます」


 俺は思わず笑った。


「何です?」


「いや」


 また似たようなことを言ったからだ。


「誰へ何を任せるかまでが段取り」


「良い言葉ですね。商人も密偵も、段取りが命です」


「俺は最近ようやく覚えた」


「四十歳で?」


「うるさい」


 ガランが報告書を差し出す。


「個人的な話かもしれんが、この件は陛下へも」


「承知しました」


 バードは収納魔法へ報告書を入れた。


     ◇


「それで」


 ガランが聞く。


「王都へはいつ戻る?」


「三日後」


「三日?」


「はい」


 バードが答える。


「明日、明後日は湖畔で情報を整理します。バーモント商会として取引候補も見たい」


「商売もするのか」


「もちろん」


「密偵としては?」


「そちらもします」


「休まないの?」


「寝ますよ」


「そういう意味じゃない」


 本人は平然としている。


「三日後に王都へ向けて出発。陛下へ直接報告します」


 バードが一本ずつ整理する。


「第一に、シオンの生存と現在位置」


「うん」


「第二に、神務院の湖畔調査計画。《奴隷供給》《術式試験》《赤眼》《銀環》」


 こびゃっこが黙って頷く。


「第三に、神務院がすでに湖畔を偵察し、白狐神らしき存在や異界技術を確認していること」


 俺も頷く。


「第四に、先代白狐神しらゆき様、守護者橘宗一郎殿、旧湖畔住民の子孫について。別次元の湖畔で現在も存続していること」


「確認手段が共有夢だという点は、必ず明記してほしい」


「もちろん」


「第五に、ガルムの捜索依頼」


「頼む」


「それから」


 バードが俺を見る。


「湖畔とバーモント商会との交易についても報告します」


「王様に?」


「王国と湖畔の関係に影響しますから」


「商売まで王へ報告がいる?」


「湖畔から異界商品が王国内へ入るんですよ」


「ああ」


「むしろ報告しない方が問題です」


「なるほど」


「ただし、王家専売にするつもりはありません」


「それは困る」


「陛下もそういう囲い込みはしないでしょう」


 ガランも頷く。


「湖畔は王国領ではないからな」


「その前提は崩しません」


 バードは明確に言った。


「商売は商売。外交は外交です」


「本当にその辺は分けるな」


「混ぜると後で必ず揉めますから」


 さすがだ。


     ◇


「三日後か」


 俺は予定を考える。その頃には――。


「近衛騎士団が先に着くかもしれないな」


「その可能性は高いです」


 ガランが答える。


「セレナ特使一行も一緒だ」


「ちょうどいいですね」


 バードが言う。


「正式特使と近衛の到着を確認してから出発できます」


「湖畔の現状説明と警備引き継ぎもできる」


「はい」


 つまり。近衛とセレナ到着。湖畔側の警備再編。その後バードが王都へ。流れとしては悪くない。


「馬は?」


「今日乗ってきた馬で帰ります」


「休ませろよ」


「もちろん」


「急ぐからって無理させるな」


「そこは商人より騎手として常識があります」


 俺は少し安心した。


「三日間なら厩舎にも入れられるか」


「厩舎?」


「今作ってる」


「……さっき見えた大きな屋根の建物?」


「そう」


「何頭用です?」


「二十頭以上」


「……」


 また黙った。


「どうした?」


「近衛騎士団の馬まで想定済み?」


「そうだけど」


「あの二階建て宿舎も?」


「二十人分ある」


「風呂は?」


「ある」


「トイレ?」


「男女別である」


 バードが額を押さえた。


「何?」


「陛下から聞いてはいましたが」


「うん」


「湖畔の『準備する』は、私たちの『準備する』より二段くらい先ですね」


「そう?」


「普通、二十人来ると聞いて二十人分の宿と二十頭分以上の厩舎を先に建てません」


「寝る場所が必要だろ」


「それはそうなんですが」


「馬も屋根があった方がいいだろう」


「その理屈がそのまま建築物になるのがおかしいんです」


 こびゃっこが胸を張る。


「湖畔は段取りの里じゃからの」


「初めて聞いたぞ、その呼び方」


     ◇


 事務所を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。ポールライトに食堂の灯り。住居ユニットの窓。遠くには完成したばかりの厩舎の屋根。その向こうには暗い湖が広がる。


 バードは商人バーモントの顔に戻り立ち止まった。


「……明るいですね」


「夜だからな」


「そういう意味ではありません」


 湖畔を見渡す。


「王国での話と敵側の話を聞いた時には、どんな場所なのか分からなかった」


「今は?」


「普通に人が暮らしている場所ですね」


「普通か?」


「建物や機械は普通ではありませんが」


「だろうな」


「でも」


 バーモントが食堂を見る。中からまだ笑い声が聞こえる。


「暮らしとしては普通です」


 その言葉は少し嬉しかった。ユキが俺の手を握った。


「ここ、おうち」


「そうだな」


 バーモントがユキを見る。


「だから守りたい?」


 ユキは少し考えてから首を横へ振った。


「ちがう?」


「ここも、まもる」


「はい」


「シオンも」


「……はい」


「ニナの、おとうさんも」


 俺を見る。


「みんな」


「そうか」


 バーモントが小さく笑った。


「欲張りですね」


 ユキは意味が分からない顔をした。


「よくばり?」


「たくさん守りたいってこと」


「だめ?」


「いいえ」


 バーモントが答える。


「その方が、私は好きです」


「なら、よし」


 ユキがいつものように頷いた。


     ◇


 住居へ戻る前、俺は食堂へ寄った。マルタが明日の仕込みを確認している。


「マルタ」


「何だい?」


「今日の唐揚げ」


「うまかったろ?」


「かなり」


「だろ?」


「ユキが『かみのにく、またえらくなった』って言ってたな」


「最高の褒め言葉だね」


「秘伝スパイス、教えてくれとは言わないけど……」


「おや、聞かないのかい?」


「店の味だろ」


「そうだよ」


「でも、また作ってくれよな」


 マルタが笑った。


「それくらいなら何度でも」


 その横から、白い毛玉が出てくる。


「毎日でもよいぞ」


「お前、まだ食う気か?」


「明日は明日の唐揚げじゃ」


「同じ料理だろ」


「同じ日は二度と来ぬ」


「急に人生論みたいにするな」


 ユキまで横へ来る。


「ユキも、あした」


「お前も?」


「かみのにく」


「カレーまだ残ってるぞ」


「カレーも」


「両方か」


「うん」


 何だかんだ言って、いつもの夜だった。今日、この湖畔には一人の商人が増えた。


 本当は王族だが、密偵でもあり、王と湖畔を繋ぐ連絡員だ。しかも香辛料を扱う商人でもある。


 三日後には王都へ戻り、シオンや神務院、しらゆき、宗一郎、ガルムのことを王へ報告する。


 やるべきことは増えているが、以前と違う。全部俺が動く必要はない。王へ届ける人がいて、情報を探す人がいる。報告書を作る人がいて、料理を作る人がいる。更に厩舎を作る人もいる。


 そして俺は、必要なところを繋いでいけばいい。


「おっちゃん」


「ん?」


「バーモントさん、また、カレーたべる?」


「ああ。だいぶ気に入ったみたいだぞ」


「シオンとガルムも?」


 少しだけ考えた。


「いつか、ここで一緒に食えたらいいな」


「うん。ニナ、よろこぶ」


「そのためにも、急がず準備する」


「だんどり?」


「ああ」


 ユキが満足そうに頷く。


「なら、よし」


 近衛騎士団と特使がそろそろやって来るだろう。そしてバードが王都へ走る。湖畔と王国。湖畔とシオン。湖畔と、まだ見えない別世界。少しずつ道が増えていく。道路だけじゃない、人と人を繋ぐ道だ。そして、その道の一本に今日、香辛料の匂いがする商人が加わった。


続く


⸻


【収支報告】


異世界生活84日目

日付:六の月13日・夜

オリエント王国歴952年


開始残高:3,127,873pt


今回の購入:・なし 0pt


今回支出合計:0pt

現在残高:3,127,873pt

円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当

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