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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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112/138

第112話 白狐神と初カレーの商人


 六の月13日、夕方。工事事務所での話を終えた俺たちは、食堂へ戻った。


 バーモント――本名ロイド・ゼビウス。王直属密偵《バード》。その正体を知っているのは、今のところ俺、ユキ、こびゃっこ、ガランだけだ。


 そして、湖畔のみんなへ紹介する時の名前は一つ。


 商人バーモント。これは偽の肩書きでもない。王都に店を構える《バーモント商会》の本物の会頭である。


「では、そこは間違えないようにお願いします」


 食堂へ向かいながらバーモントが言う。


「ロイド殿下、とか?」


「特にそれです」


「バードも?」


「もちろん」


「銀狐族なのも?」


「今は伏せてください」


 バーモントの頭には、もう銀狐耳はない。変幻魔法で人族の姿へ戻っている。ユキが俺の横を歩きながら、じっとバーモントを見た。


「でも、きつね」


「ユキ」


「ないしょ」


 ユキは自分の口へ人差し指を当てる。


「しー」


「そうそう」


 バーモントも笑った。


「お願いします」


「けぷと、おなじ」


「分類だけは変えていただけませんか」


 こびゃっこがふわふわ浮きながら言う。


「秘密とは、時にそのくらい身近な例えの方が理解しやすいものじゃ」


「お前がまともなことを言うと不安になるな」


「なんじゃと!びゃっこはいつでもまともじゃ!」


 食堂へ着くと、中からは、もうカレーの匂いが流れていた。その途端、バーモントの足が止まった。


「……これが?」


「カレー」


「匂いだけで、かなり強いですね」


「香辛料を扱う商人としてどう?」


「非常に興味があります」


 目が完全に商人になった。


     ◇


 食堂には、湖畔のメンバーと職人たちが集まっていた。夕食前だったこともあり、ちょうどいいと思い、俺はみんなの前に立った。


「皆んなに紹介したい。こちらは王都の《バーモント商会》会頭、バーモントさん」


 バーモントが軽く頭を下げた。


「バーモントです。香辛料、乾燥果実、保存食などを扱っています。今回、こちらの湖畔と取引について相談させていただくことになりました。しばらくお世話になります」


「バーモント商会?」


 声を上げたのはマルタだった。


「知ってるの?」


「知ってるも何も」


 マルタが驚いた顔でバーモントを見る。


「うちの店で使ってる香辛料の一部、バーモント商会から仕入れてるよ」


「おお」


 本人に聞くより先に取引実績が出てきた。バーモントも少し驚いた。


「お店は?」


「王都の《槌と麦酒亭》。私はマルタ」


「なるほど」


 バーモントが頷く。


「直接お会いするのは初めてですね。あちらは仕入れ担当の方との取引ですから」


「会頭が自分で毎回来るわけないものね」


「商売によっては行きますけどね」


「本当に商売好きなんだな」


 俺が言う。


「本業ですから」


 即答。ガランが何とも言えない顔になった。この人の正体を知っていると、商人としての本気度が余計におかしい。


「じゃあ、王都じゃ結構有名なのか?」


 グレゴールが聞く。


「香辛料を扱う商人なら名前くらいは知ってると思うよ」


 マルタが答える。


「それに、珍しい香辛料を探すなら一度は聞く名前だね」


 バーモントが少し照れたように笑った。


「ありがたい評価です」


「評判は悪くないよ」


「そこ、大事です」


「ただし値段交渉はしつこいって聞く」


「それも商売です」


「否定しないんだな」


     ◇


「じゃあ、夕食にしよう」


 今日の主役はカレーライス。昨日の夢のせいでもなければ、夏祭りの予行でもない。完全にバーモントという名前のせいである。こびゃっこが余計な連想をした結果だ。


 ただ、どうせ歓迎するなら賑やかな方がいい。カレーの横には大皿いっぱいの唐揚げ。さらにトッピング用に、昨日収穫したとうもろこしの粒。そしてポテトサラダ。飲み物も用意した。


 大人組には、ビール、酎ハイ、ハイボール、ウイスキー。もちろん飲まない人用には麦茶やミネラルウオーター。子供たちはオレンジジュース。


「からあげ!」


 ユキの目が光る。


「今日はカレーも食えよ」


「からあげ、カレーに、のせる」


「その手があったか」


     ◇


「実は今日の唐揚げ、少し変えてあるよ」


 マルタが言った。


「変えた?」


「ああ。王都の店で使ってる秘伝の下味を少し混ぜたんだ」


「秘伝?」


「うちの店の肉料理用さ」


 醤油、酒、生姜、ニンニクを基本にした俺たちの下味へ、マルタが持参していた香辛料を加えたらしい。


「全部は教えないよ」


「そこは店の味だもんな」


「当然」


 マルタが胸を張る。


「でも、この世界の香辛料とヒカルの調味料を合わせたらどうなるか試してみたかったんだ」


「なるほど」


 俺は一個食べる。衣はさくっとしている。中は熱くて柔らかい。そのあとから、少しだけ香ばしい辛味と複雑な香り。


「……うまいな」


 いつもの唐揚げより、少し大人っぽい味だ。辛すぎるほどではない。ユキにも問題ない程度。その本人は――。


「……」


 唐揚げを一口。もぐもぐ。もう一口。そして目を閉じた。


「どうした?」


「……かみのにく」


「ああ」


 そこまではいつもの評価。ユキが目を開く。


「また、えらくなった」


「昇格したの?」


「うん」


 ユキがマルタを見る。


「マルタ、すごい」


「おや」


「かみのにく、もっと、かみのにく」


「意味はよく分からないけど、最高評価なのは分かるね」


 マルタが豪快に笑った。


「ありがとよ、ユキちゃん」


「うん」


 ユキはもう二個目へ行っていた。


     ◇


 バーモントは、しばらく喋らなかった。まずカレーを一口。止まる。


 次に唐揚げ。また止まる。


 そのあとカレー。唐揚げ。ポテトサラダ。とうもろこし。もう一度カレー。


「……」


「大丈夫?」


 俺が聞く。


「少し待ってください」


「辛かった?」


「違います」


 バーモントがスプーンを置く。


「頭の中で整理しています」


「何を?」


「香りを」


 さすが香辛料商人。食べながら分析していたらしい。


「カレーは複数種類の香辛料を混ぜていますよね?」


「そう」


「単独ではなく、最初から配合した調味料?」


「俺の世界では、家庭用に固めたカレールーが売られてる」


「固めた……」


「油脂や小麦粉、香辛料、調味料なんかを合わせてある」


「だから煮汁に溶けて、この濃度になる」


「そう」


 バーモントがまた一口食べる。


「甘味もあります」


「今日はリンゴとハチミツを少し」


 こびゃっこが得意そうに胸を張る。


「そこが重要なのじゃ」


「お前が作ったみたいに言うな」


「発案じゃ!」


「名前からの連想だろ」


 バーモントは今度、唐揚げへ視線を移した。


「こちらも面白い」


「マルタの秘伝スパイス入り」


「そのようですね」


 唐揚げを半分に割り、匂いを確かめる。


「……これは」


「分かるかい?」


 マルタが面白そうに聞いた。


「サルファの実。黒胡椒。それと……少量ですが乾燥セリナ種?」


「当たり」


「やっぱり」


「よく分かったね」


「うちの商品ですから」


 マルタが笑う。


「さすが会頭」


「扱っている香辛料の匂いが分からないと商売になりません」


 俺には全部「いい匂いの唐揚げ」なのだが、専門家ってすごい。


「それ、うちの店がバーモント商会から買ってるやつだよ」


「では、間接的に私もこの唐揚げへ参加していますね」


「商売人らしい言い方だな」


「それはもう」


     ◇


 バーモントがカレーを食べながら言った。


「これ、ククレにも食べさせてみたいですね」


「ククレ?」


 俺とこびゃっこが同時に顔を上げる。バーモントが小声で俺の耳元で囁く


「レイシス側で取引している商人です。今回の情報収集にも協力してくれた」


「……ククレ」


「なんです?」


 俺はこびゃっこを見る。こびゃっこも俺を見る。


「ヒカル」


「言うな」


「しかしのう」


「これ以上このネタを引っ張ると、二人の名前に伏せ字を入れないといけなくなる」


「何の話です?」


 バーモントさんが本気で分からない顔をする。こびゃっこが首を傾げる。


「となると、店員の名前はジャワとボンかのう」


「よせ!」


「じゃわ?」


 ユキが反応する。


「ユキは覚えなくていい」


「ぼん?」


「それも忘れろ」


 ガランが俺を見る。


「お前たち二人だけ分かっている時の会話は、本当に意味が分からんな」


「すまん。俺の世界の話だ」


「何かの商品ですか?」


「忘れてくれ」


「ますます商人として気になります」


 バーモントが身を乗り出した。


「気にしなくていいから」


 こびゃっこだけが腹を抱えて笑っていた。


「ホホホホ。バーモントとククレが並ぶとはのう」


「笑うな。俺も危ないと思ってるんだから」


「何が危ないんです?」


「大人の事情的な何か」


「……?」


「すまん。忘れてくれ」


     ◇


 食事が一段落したところで。俺はふと、大事なことを思い出した。


「バーモントさん」


「はい?」


「魔物の素材って扱える?」


「物によりますが」


「レイクサーペント」


 スプーンが止まった。


「……はい?」


「レイクサーペント」


「聞き間違いではないですよね?」


「湖にいた三十メートルくらいのやつ」


「それを?」


「収納に入れてある」


 バーモントは数秒、完全に無言になった。ガランが額へ手を当てる。


「ヒカル。お前はさらっと言うが、普通の商人相手なら腰を抜かすぞ」


「もう討伐した話は王都に届いてるんだろ?」


「ええ。牙一本が王城へ届いたそうで」


 バーモントがようやく復帰した。


「本体まで残っているとは聞いていましたが……本当に全身ですか?」


「ほぼそのまま」


「皮も?」


「ある」


「骨も?」


「ある」


「牙も?」


「ある」


「内臓は?」


「収納前に大きく傷んでない部分は残ってる」


「……」


 また黙った。


「買ってくれる?」


「私の商会では無理です」


「駄目?」


「いえ、価値が高すぎます」


「そっち?」


「バーモント商会は香辛料、保存食、薬材が中心です。大型魔物素材を扱う設備も人員もありません」


「なるほど」


「ですが紹介はできます」


「どこを?」


「王都に、魔物専門の素材商会があります」


 バーモントが指を折る。


「皮、骨、牙、爪、魔力器官、肉、薬材になる部位。専門の鑑定士と解体職人を抱えています」


「それなら助かる」


「ただし条件があります」


「何?」


「ヒカルさん自身が、レイクサーペントを王都へ持ってきてください」


「俺が?」


「それだけの大型魔物をこちらから運ぶ方が非現実的です」


「ああ、収納があるからか」


「はい。それに所有者本人が立ち会った方がいいと思います」


「解体にも?」


「少なくとも最初は」


 バーモントが真面目な顔になる。


「希少部位をどこまで売るか。何を残すか。どの部位を王家や神殿へ回す可能性があるか。現場で判断する必要があります」


「全部売ると?」


「かなりの額になります」


「かなり?」


「正確な鑑定なしでは言えませんが」


 少し間を置く。


「普通の職人へ何年か仕事を頼める程度どころではないでしょう」


「そんなに?」


「厄災級ですから」


 改めて、とんでもないものを収納してるんだな、俺。


「じゃあ王都へ行く時に相談するか」


「その時は私から紹介状を書きます」


「頼む」


「ただ、売却前に必ず残す部位を決めてください」


「例えば?」


「牙。鱗。皮。骨。魔力器官。記念品。研究用」


 ユキが聞く。


「へび、たべる?」


「そこも相談だな」


「にく?」


「食用になる部位が安全なら」


「えらい?」


「まだ鑑定前」


「よやく」


「何でも予約するな」


     ◇


 そんな話をしているうちに、夕食も終わりに近づいた。


 大皿いっぱいにあった唐揚げは、ほとんど残っていない。カレーの鍋もかなり軽くなった。子供たちは食器を片づけ始め、大人組も酒を追加する者と、そろそろ切り上げる者に分かれている。


 バーモントは最後にもう一口カレーを食べて、満足そうにスプーンを置いた。


「ごちそうさまでした」


「どうだった?」


「非常に面白い料理でした」


「面白い?」


「美味しいのはもちろんですが、商人としてです」


 やっぱりそっちもあるらしい。


「複数の香辛料を一つの味へまとめる考え方。それに、こちらの香辛料でも応用できそうです」


「もう商売考えてる?」


「当然です」


「本当にぶれないな」


「商人ですから」


 その横からマルタが言う。


「今度、持ってきた香辛料を見せてもらいたいね」


「喜んで。むしろ料理人の意見を聞かせてください」


「いいよ。ただし、安く仕入れられるならね」


「そこは交渉ですね」


「望むところさ」


 初対面のはずなのに、もう商談が始まりそうだった。考えてみれば、これは結構大きなことなのかもしれない。


 これまで湖畔では、必要な物の多くを俺のショップから出してきた。食料、工具、建材、衣類、機械。もちろん、これからも必要な物は買う。


 でも、人が増えれば、それだけでは駄目だ。


 王国で作られた物を買う。湖畔で採れた物や作った物を外へ出す。職人が仕事をし、商人が運び、金が動く。湖畔が本当に人の暮らす場所になるなら、そういう流れも必要になる。


「バーモントさん」


「はい?」


「あらためて、湖畔へようこそ」


 一瞬だけ、きょとんとした顔をしたが、すぐに笑顔になる。


「ありがとうございます」


 商人バーモント。香辛料を売り、料理の匂いを嗅ぎ分け、値段交渉がしつこいと評判で、レイクサーペントの事を話したら本気で商売を考える男。湖畔のみんなにとっては、彼は商人だ。


「おっちゃん」


「何だ?」


「バーモントさん、むれ?」


「まだ早いだろ」


「取引先くらいからお願いします」


 本人が即答した。


「そこは商人なんだな」


「信用は少しずつ積むものですから」


「なるほど」


 それは、俺にも分かる。


 今日、湖畔に新しい取引先が、香辛料の匂いと一緒に一つ増えた。。そして、この男にはもう一つの仕事がある。


 みんなが食事を終えたあと、今度は商人ではなく、王直属密偵《バード》として、聞いてもらわなければならない話があった。


続く


⸻

【収支報告】


異世界生活84日目

日付:六の月13日・夕方〜夜

オリエント王国歴952年


開始残高:3,127,873pt


今回の購入:


・なし 0pt


※夕食のカレー、唐揚げ、ポテトサラダ、とうもろこし、飲料類は既存在庫および湖畔収穫品を使用。

※唐揚げ用の秘伝スパイスはマルタが王都から持参した既存在庫を使用。


今回支出合計:0pt


現在残高:3,127,873pt


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