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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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110/139

第110話 白狐神、夏祭りを約束する


 その夜、俺は夢を見た。最近の夢は、妙に具体的だ。夢だと分かっているのに、匂いがする。音が聞こえる。風の温度まで感じる。


 そして今回、最初に聞こえてきたのは――。ドン、ドドン。腹の底へ響く太鼓の音だった。


「……祭り?」


 気がつくと、俺は石畳の上に立っていた。空はもう暗い。なのに周囲は明るかった。頭上には提灯が何列も並び、参道の両側には屋台がずらりと続いている。


 焼きそば。たこ焼き。お好み焼き。焼きとうもろこし。フランクフルト。綿あめ。かき氷。金魚すくい。射的。ヨーヨー釣り。そして、どこからか聞こえてくる笛と太鼓。


「懐かしいな……」


 俺は自分の格好を見下ろした。


「って、浴衣?」


 紺色の浴衣に帯。足元は雪駄。いつ着替えたんだ?夢だから考えても仕方ないが。


「おっちゃん!」


 聞き慣れた声に振り返る。そこにいたのは――。


「おお……」


 ユキだった。白地に赤い金魚と小さな花模様の浴衣。帯は赤。いつもの白髪はそのままだが、耳の横に赤い花飾りまで付いている。


 もちろん頭には白い狐耳。後ろからは大きな白い尻尾。本人は自分の浴衣を何度も見下ろしていた。


「おっちゃん」


「何だ?」


「ユキ、これ、なに?」


「浴衣だ」


「ゆかた?」


「日本の夏に着る服だな。祭りとかでよく着る」


 ユキが両腕を広げた。


「ユキ、きれい?」


「ああ、綺麗だぞ」


 俺が即答すると、黒い瞳の金色の光彩が、提灯の光を反射する。


「もっと」


「大変、可愛いです」


「よし、えへへ」


 尻尾が大きく揺れた。いつものユキだ。ユキは、それから俺を上から下まで見る。


「おっちゃんも、ゆかた」


「ああ」


「きれい?」


「俺に綺麗は違うだろ」


「じゃあ……」


 少し考える。


「おっちゃん」


「結局そこかよ」


「おっちゃんは、おっちゃん」


「はいはい」


 俺が笑った、その時。


「ほほほほほ!」


 聞き覚えのある笑い声がした。嫌な予感がする。


「二人とも、似合っておるではないか!」


 振り返った。


「……えーと、どちら様?」


「何じゃと!」


 そこには一人の少女が立っていた。十代後半くらいだろうか。長い黒髪のツインテールに、紺地に白い朝顔模様の浴衣。帯は淡い水色。見た目だけなら、夏祭りに来た普通の少女だ。


 狐耳も尻尾もないが、腰に手を当てて胸を張る姿。そして、その喋り方。


「こびゃっこ?」


「びゃっこじゃ!」


「やっぱりか」


「何故、一瞬分からなかったのじゃ!」


「普段が手のひらサイズだからだよ」


 俺は思い出した。この姿。以前、夢で見た原宿の少女だ。こびゃっこが日本で生活していた頃、変幻していた姿。


「耳と尻尾は?」


「消しておる」


 こびゃっこが自分の頭を指した。


「当時の日本で狐耳と尻尾を出して歩けば、さすがに目立つからの。髪も黒髪じゃ」


「令和ならコスプレ扱いされるかもしれないけどな」


「時代が違うのじゃ」


 ユキがこびゃっこの周りを回る。


「こびゃっこ、おおきい」


「ふふん」


「でも、こびゃっこ」


「当然じゃ」


 ユキが鼻を近づけた。


「におい、おなじ」


「やっぱり匂いか!」


     ◇


「ここ、どこ?」


 ユキが辺りを見回した。


「笠間じゃ」


 こびゃっこが答えた。


「びゃっこが巫女をしておった神社の夏祭りじゃな」


「笠間……」


 俺も参道の先を見る。大勢の参拝客。その向こうには、灯りに照らされた社殿。さらに振り返れば――。


「とりい!」


 ユキが叫んだ。


「ああ」


「おっきい!」


 立派な鳥居が夜空を背負って立っている。ユキは口を開けたまま見上げた。


「おっちゃん!」


「いるよ」


「とりい、おっきい!」


「二回言ったな」


「こはんのより、おっきい!」


「そりゃそうだ」


 夢の再現だから、実際の時代や祭りの細部がどこまで正確なのかは分からない。でも、こびゃっこの記憶が元になっているのだろう。


 境内には人、人、人。浴衣姿の家族。手を繋いだ子供に友達同士の学生。そして年配の夫婦。屋台からは湯気が立ち、ソースの焦げる匂いが漂ってくる。ユキの鼻が動いた。


「……にく」


「神社より先にそっちか」


「にく、いる」


「いるな」


「あっち」


 指した先は焼き鳥。


「その隣も」


 フランクフルト。


「向こう」


 お好み焼き。


「高性能の肉探知機かよ」


 こびゃっこが胸を張った。


「祭りとは食文化の総合展示会でもあるからの。びゃっこが案内進ぜよう」


「それ、屋台へ行きたいだけだろ」


「何を言う。びゃっこは元巫女として、祭礼文化を――」


 グウウウ。こびゃっこの腹が鳴った。


「……」


「……」


「まずは屋台文化からじゃ」


「正直でよろしい」


     ◇


 夢なのに、何故か金を持っていた。俺はユキへ小さな焼き鳥を一本渡す。


「熱いから気をつけろ」


「うん」


 ふう、ふう。冷ましてから一口。


「タレのあじ!うんみゃあ!」


「良かったな」


「おまつり、えらい」


「評価が早い」


 こびゃっこは焼きそば。


「これじゃ! この香りじゃ!」


「この前、湖畔で食っただろ」


「場所が違えば味も違う!」


「夢だけどな」


「細かいことを言うでない!」


 ユキは次々と目に入るものへ反応した。


「おっちゃん、あれ!」


「綿あめ」


「くも?」


「砂糖」


「くも、たべる?」


「雲じゃない」


「あれ!」


「金魚すくい」


「おさかな、つかまえる?」


「紙の道具ですくう」


「たべる?」


「食べない」


「あれ!」


「射的」


「おっちゃんとおなじ、らいふる?」


「祭り用のやつな」


「あれ!」


「かき氷」


「こおり?」


「甘いシロップを掛ける」


「たべる!」


「はいはい」


 赤いイチゴ味のかき氷を渡す。ユキは一口食べた。


「つめたっ!」


「そりゃ氷だからな」


 でも、すぐ二口目。


「つめたい。あまい」


「ゆっくり食えよ」


「うん」


 三口目。急に額を押さえた。


「おっちゃん……」


「どうした?」


「ここ、いたい」


「だからゆっくり食えって」


 夢なのに、リアルすぎるだろ。


「こおり、こうげきした」


「違う」


 こびゃっこが笑う。


「それも夏祭りの醍醐味じゃ!」


     ◇


 境内の一角には舞台があった。舞台上では太鼓や笛の演奏や踊り。地元の人たちによる演目が次々と続いている。ユキは最前列近くで、じっと見ていた。


「いっぱい、ひと」


「ああ」


「みんな、たのしい?」


「そうだな」


「おまつり、だから?」


「それもある」


 俺は周囲を見る。神社の祭り。神様へ感謝し、人が集まり、食べ、笑い、踊る。詳しく説明することもできる。でもユキには、もっと単純でいい気がした。


「みんなで同じ日に集まって、楽しいことをするんだ」


「むれ?」


「ここまで多いと群れっていうか町だけどな」


「おっきい、むれ」


「まあ、それでもいいか」


 すると、近くを歩いていた女性がユキを見た。


「あら、可愛い」


 ユキが振り向く。


「狐さん?」


「うん、しろきつね」


「すごい。尻尾もふわふわ」


 夢だからなのか。白狐耳も大きな尻尾も、誰も本物とは思っていないようだ。今度は子供が寄ってくる。


「きつね!」


「しろい!」


「かわいい!」


 ユキが俺の浴衣を掴んだ。


「おっちゃん」


「大丈夫」


「ユキ、みんな、みる?」


「そうみたいだな」


 以前の原宿の夢でも似たようなことがあった。


「ユキ、なにもしてない」


「何もしなくても目立つんだよ」


「おっちゃんは?」


「俺は目立たなくていい」


 こびゃっこが腕を組む。


「ヒカルよ」


「何だ」


「白狐神と守護者が夏祭りへ現れる。絵になるのう」


「お前も神使だろ」


「今のびゃっこは美少女巫女枠じゃ」


「巫女服じゃなく浴衣だけどな」


「お主、夢の中でも細かいのう!」


     ◇


 やがて祭りの終わりが近づいた。提灯の向こうには大きな鳥居。そしてその先に夜空が広がる。ユキは俺の手を握っていた。


「おっちゃん」


「ん?」


「ユキ、これ、すき」


「祭り?」


「うん」


「そうか」


「みんな、ゆかた」


「ああ」


「ごはん、いっぱい」


「そこ重要なんだな」


「とりい、おっきい」


「ああ」


「たいこ、どんどん」


「そうだな」


「みんな、わらう」


 俺はユキを見る。


「そうだな」


 ユキがもう一度、境内を見渡した。


「こはんでも、する?」


「え?」


「おまつり」


 視界が白くなり、そこで夢が終わった。


     ◇


「おっちゃん」


「……ん」


「おっちゃん」


「……あと五分」


「ゆかた」


「……何?」


「ユキ、ゆかた、きる」


 その一言で目を開けた。目の前にユキの顔。


「近い」


「ゆかた」


「夢の話?」


「うん」


 やはり同じ夢を見ていたらしい。籐カゴの方を見ると……。


「……むにゃ……祭礼実行委員長は……びゃっこ……」


「お前もか」


「びゃっこの焼きそば二人前……予算計上……」


「どこの国会議員だ。寝言で不正予算を組むな」


 ユキが俺の胸へ乗り出す。


「おっちゃん」


「分かった分かった」


「ゆかた」


「浴衣は用意できると思う」


 関連ショップを探せばあるだろう。ユキの顔が明るくなる。


「おまつりは?」


「そっちもか」


「こはんで」


「……」


 夏祭り。そういえば以前、焼きそばを作った時にも、こびゃっこが似たような話をしていた。


 その時は保留にした。でも今は、人も増えた。職人たちや《蒼岩の盾》。近衛騎士団と特使一行も来る。湖畔は以前よりずっと賑やかになるだろう。


「本物の神社の祭礼みたいなのは無理だぞ」


「ちょっと?」


「ちょっとなら……」


「する?」


 まずい。逃げ道がなくなった。


「夏までにな」


「やった!」


 尻尾が布団を叩いた。バサッ!


「うおっ」


「おっちゃん、おまつり!」


「まだ企画段階!」


「ゆかた!」


「それもこれから!」


 籐カゴから、目が覚めたらしいこびゃっこが勢いよく浮上した。


「こびゃっこ、ここに就任じゃ!」


「祭礼実行委員長なら却下」


「まだ何も言っておらぬ!」


「寝言で言ってた」


「何じゃと!?」


「焼きそば二人前も予算に入れてたぞ」


「それは必要経費じゃ!」


「個人の食費だ!不正予算も却下」


     ◇


 つい、朝食の席で話したのが間違いだった。


「夏祭り?」


 ミーシャが目を輝かせる。


「何するの?」


「まだ何も決まってない」


「焼きそば!」


「ミーシャも覚えていたか。それはほぼ確定してる」


 マルタが即座に反応した。


「屋台料理は、厨房にある様な鉄板で客の前で焼くのかい?」


「そういうのもある」


「面白そうじゃないか」


「マルタまで乗るな」


「料理人が祭りの料理に乗らないでどうするんだい」


 グレゴールも興味を示す。


「夜にやるのか?」


「日本だと夕方から夜の祭りも多い」


「照明なら今の湖畔でもできるな」


「まだ設備計画へ入るな」


 ミネットが猫耳を動かす。


「浴衣って、どういう服にゃ?」


 ユキが言う。


「きれいで、かわいいふく」


「なら着てみたいにゃ」


 ナージャも頷く。


「私も興味ある!」


 ニナが小さく手を上げた。


「浴衣、工具、つける?」


「何故工具?付けない」


「そう」


「残念そうな顔するな」


 ユキが口を挟む。


「ニナ、ゆかた、きれいなふく」


 ニナが止まった。


「……そう?」


「うん」


「じゃあ、着る」


「決断早いな」


 こびゃっこは食卓の中央付近で前足を組んでいた。


「屋台、浴衣、盆踊り、提灯、花火……」


「おいおい」


「何じゃ」


「最後に危険物をさらっと混ぜるな」


「花火なくして夏祭りを語れるか!」


「できる!」


「玩具の花火でもよいぞ」


「それなら安全区域を作れば考える」


「ほほう!」


「まだ決定じゃない」


 ユキが手を上げる。


「はなび、なに?」


「夜に火を使って光らせるもの」


「きれい?」


「まあ、きれいだ」


「はなび、する!」


「だから決定じゃない!」


 いつの間にか夏祭りが、湖畔の正式なイベントみたいになっていた。


     ◇


 朝食後は厩舎工事に入る。祭りの話は一旦置く。仕事は仕事だ。倉庫作業場での祠製作は、休みとした。


 昨日までにポリカ波板はかなり張り進めてある。今日は残りを施工し、屋根を完成させる予定だ。


「まず昨日の固定部を確認する」


 俺は作業前に全員へ伝えた。


「いきなり続きから張らない。浮き、割れ、固定不足がないか見る」


「了解にゃ」


 ミネットが安全帯を確認する。高所作業の中心は今日もミネットで、グレゴールと俺がサポートしていく。ニナは地上で作業する。


「ニナ」


「うん」


「波板の枚数と金具の残数」


「もう数えた」


 手元のメモを見せる。


「波板、足りる。予備もある。金具も足りる」


「さすが」


「仕事」


「そうだな」


 ドランが横から覗く。


「ワシの出番は?」


「今日は地上で材料渡しと寸法確認をしてくれ」


「そうか」


「今日も屋根へ上がりたい?」


「いや」


「即答だな」


「屋根職人へ転職する必要はない。本職もいるしの」


「まあそうだな」


 ユキは今日も規制区域外。青ライン入りヘルメットを被り、首から小型双眼鏡を下げ監督用椅子に座る。


「かんとくさま、じゅんび、よし」


「よろしく」


 こびゃっこは三脚の横。


「撮影見習い、準備よし!」


「祭礼実行委員長は?」


「現在は撮影業務へ専念しておりますのじゃ」


「切り替えだけは早いな」


「職務分掌じゃ」


「難しい言葉を知ってるな」


     ◇


 屋根へ上がる前に、俺も固定状態を確認した。波板の重ねや軒先の出。通りと固定位置。そして勾配。昨日施工した部分に大きな問題はない。


「よし。続けよう」


 波板を一枚ずつ上げる。風が強くないことも確認済みだ。ポリカ波板は軽い。だからこそ高所で風を受けると危険になる。


「ミネット、無理に持たないでくれ」


「分かってるにゃ」


「風が出たら中止」


「はいにゃ」


 波板を重ね、位置を合わせる。いきなり全部固定せず、まず基準を取る。ミネットが慣れた手つきで位置を合わせた。


「こっち、あと少しにゃ」


「三センチ」


 地上のニナが言う。


「見えるのか?」


「印、つけた」


「ああ、昨日の基準か」


「うん」


 職人とニナの連携も、ずいぶん自然になった。俺が全部指示しなくても進む。それでいい。


     ◇


 昼前。最後の数列へ入った。


「あと二枚にゃ!」


 ミネットの声が上から聞こえる。


「焦るなよ!」


「分かってるにゃ!」


「最後だからって急ぐな!」


「ヒカルは心配性にゃ!」


「事故るよりいい!」


 最後から二枚目を固定。そして最後の一枚。位置を合わせ、重ね幅確認し軒先確認。ミネットが俺を見る。


「いいにゃ?」


「待って」


 俺は地上から全体を見る。


「……よし」


「固定するにゃ!」


 グレゴールがドリルビットを付けたインパクトドライバーで下穴を空けて、その後をミネットが、ボックスレンチを付けたインパクトドライバーで金具が締めていく。一か所、二か所、三か所。そして最後の金具を締める。


「終わったにゃ!」


 ミネットが手を上げた。地上から拍手が起こる。


「まだだぞ!」


 俺が止める。


「完成確認が先!」


「分かってるにゃ!」


 笑い声が起きた。全員が降りてから、屋根全体を確認する。


 通り。固定。波板の割れ。重ね。端部。雨仕舞。排水方向。屋根下からも光漏れや不自然な隙間を確認。グレゴールが腕を組んで見上げた。


「いいんじゃないか」


「俺もそう思う」


 ミネットが胸を張る。


「屋根は屋根職人へ任せるにゃ」


「はい。参りました」


「素直でよろしいにゃ」


 ドランが屋根を見上げる。


「これで雨が降っても作業しやすくなるな」


「ああ」


「馬房は明日からか?」


「その予定」


 俺は図面を確認した。


「明日以降、馬房の間仕切りと壁。それから給水設備、照明。床側のゴムマットと敷料も進める」


「まだ仕事はあるのう」


「屋根が終わっただけだからな」


「じゃが、一区切りついたのう」


「ああ」


 それは確かだ。


     ◇


「おっちゃん!」


 ユキが規制線の向こうから呼んだ。


「おわった?」


「屋根はな」


「できた?」


「できた」


「みんなで?」


 俺は一瞬だけ止まった。


「ああ」


 笑って答える。


「みんなで作った」


 ユキが満足そうに頷いた。


「なら、よし」


「監督検査は?」


 ユキは双眼鏡を構える。


「する」


「歩きながら見るなよ」


「わかってる」


 椅子に座ったまま屋根を見る。


「……」


「どうですか、監督様」


「ちゃいろ」


「そこ?」


「おおきい」


「うん」


「あめ、だいじょうぶ?」


「そのための屋根だ」


「なら、よし」


 簡潔な検査だが、監督のお墨付きを貰った。こびゃっこが三脚のカメラを止める。


「撮影終了じゃ!」


「お疲れさん。主任復帰の方は……」


 こびゃっこが期待した顔になる。


「まだな」


「何故じゃ!」


「お前から聞いてくる前に、俺から答えといた」


「ぬか喜びさせるでない!」


     ◇


 昼食をとるため、食堂へ戻る途中。ユキが俺の手を握った。


「おっちゃん」


「ん?」


「おまつり」


「覚えてたか」


「わすれない」


「そうだろうな」


「ゆかた、みんな?」


「希望者はな」


「ニナも」


「着るって言ってたな」


「ミーシャも、トトも」


「たぶん」


「リリアも」


「似合いそうだな」


「マリベルも」


「ああ」


「ガランも」


「男物もある」


「ドランも?」


 俺は浴衣姿のドランを想像した。


「似合いそうだけど、酒持ってそうだな」


「こびゃっこも」


「あいつは絶対着るな」


 後ろから声が飛んできた。


「当然じゃ!」


「聞いてたのか」


「祭礼実行委員長として当然――」


「まだ任命してない」


「では祭礼企画主任!」


「それも」


「夏祭り文化監修!」


「……文化監修くらいなら」


「認めたな!」


「しまった」


 こびゃっこが空中で一回転した。


「夏祭り文化監修こびゃっこ、ここに就任!」


「ただし勝手に買い物するなよ」


「予算は?」


「まだない」


「焼きそばは?」


「食事計画に入れる」


「日本酒は?」


「祭りと関係ないだろ」


「ある!」


「お前が飲みたいだけだ!」


 ユキが笑った。


     ◇


 俺は完成した厩舎の屋根を振り返った。茶色い波板が長く続いている。まだ壁もなく馬房もない。馬を入れるには、もう少し仕事が必要だ。それでも、昨日まで骨組みだった場所に、今日は屋根がある。


 明日は壁と馬房。その先には給水や照明。一つずつ完成へ近づいていく。そして仕事が一つ終わったと思ったら、今度は夏祭りが増えた。


「……また仕事増えたな」


「おっちゃん」


「何だ?」


「ひとりで、する?」


 俺はユキを見る。最近、何度も聞かれる質問だ。


「しない」


「だれと?」


「料理はマルタとリリア。屋台を作るならグレゴールたち。浴衣は……まずリリアに相談かな。安全関係はガランたちにも手伝ってもらう」


「こびゃっこは?」


「文化監修」


「びゃっこは総合祭礼文化監修主任じゃ!」


「増やすな!」


 ユキが満足そうに頷いた。


「なら、よし」


 夏は、まだ少し先だ。それまでには厩舎も完成しているだろう。《始マリノ祠》も進んでいる。畑では、これから別の野菜も収穫時期を迎える。


 近衛騎士団やセレナたちも、湖畔での暮らしに慣れていくはずだ。


 シオンのこともある。しらゆきたちのこともある。ニナの父親、ガルムのことも。全部が楽しい話じゃない。


 だからこそ――。みんなで笑える日を、先の予定へ一つ入れておくのも悪くない。


「おっちゃん」


「ん?」


「おまつり、たのしみ」


「ああ」


「ゆかた、きれい?」


「まだ買ってないだろ」


「でも、きれい?」


「はいはい。綺麗な浴衣を用意する」


「やった!えへへ」


 白い尻尾が嬉しそうに揺れる。湖畔の夏の予定表に、また一つ新しい項目が増えた。


 ――夏祭り。どうやら俺たちの群れは、馬の家だけじゃなく、思い出まで自分たちで作ることになりそうだ。


続く


⸻


【収支報告】


異世界生活84日目

日付:六の月13日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,127,873pt

円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当


今回の購入:

・なし

 0pt


※厩舎用ポリカ波板、鉄下地用波板取付ビス、施工工具は在庫品を使用。


今回支出合計:0pt


現在残高:3,127,873pt

円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当


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