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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第109話 白狐神、おっちゃんと思い出の写真を残す


 異世界生活83日目。

 六の月12日の朝。


 昨日、アルノとトトから報告を受けたとうもろこしを確認するため、朝食を終えた俺たちは畑へ向かうことにした。


「おっちゃん、きょう、とる?」


 食堂前で子供用の三輪自転車へ跨がったユキが聞いてくる。


「実入りを見てからだ。ちゃんと熟してたら収穫する」


「やきとうもろこし?」


「気が早いな」


「しょうゆ?」


「さらに気が早い」


 ユキの前かごには、小さな水筒と軍手。青ライン入り監督ヘルメットは被っていない。午前中は工事現場ではなく畑だからだ。隣ではミーシャとトトも、それぞれ子供用三輪自転車へ乗っている。


「私も採っていい?」


「もちろん。ただし、最初に採り方を見せる」


「うん!」


「ぼく、先に絵、描く」


「その方がいいな。収穫前の状態も残しておこう」


 アルノは大人用三輪自転車。俺、ロク、リーファ、ナージャはマウンテンバイクだ。ナージャが自分の車体を見下ろし、妙に満足そうに頷いた。


「もう自転車で畑まで行くの、普通になってきましたね」


「最初は転ばないだけで大騒ぎしてたっすけどね」


 ロクが言う。


「誰の話ですか?」


「ナージャの話っす」


「最初は誰でも初心者ですよ」


「その翌日から森の巡回へ入りたがったのは誰だったかしら」


 リーファまで加わる。


「……成長意欲が高いと言ってください」


「物は言いようだな」


 俺は笑いながら自転車を押し出した。


「じゃあ行くぞ。橋は徐行。子供組は前へ出すぎないこと」


「はーい!」


「うん」


「ユキ、あんぜん」


「それならよし」


     ◇


 朝の湖畔を自転車で走る。橋まではまだ道路はないが、いつの間にかその草地の間には俺たちが行き来した跡が出来始めていた。


 橋の手前で速度を落とす。ユキたち三輪組は一列になり、アルノが最後尾についた。


「橋ではゆっくりな」


「ユキ、じてんしゃだから、はしらない」


「そういう意味じゃない」


「こぐ?」


「ゆっくり漕げ」


「わかった」


 橋を渡り、砕石道路に入る。そのまま南側の畑へ向かう。畑が見えてくると、真っ先にユキの耳がぴんと立った。


「おおきい!」


 とうもろこしの列は、植えた頃とは別物だった。背丈を大きく伸ばし、葉を広げ、その途中にはふくらんだ実が何本もついている。先端から伸びた絹糸は茶褐色へ変わっていた。


「昨日より、ちゃいろい」


 トトが三輪自転車を降りるなり、畑へ視線を向ける。


「さすがに覚えてるな」


「描いたから」


「なるほど」


 写真とは違う記憶の残し方だ。俺たちは畑の入口で自転車を停めた。


「まず、採らずに確認する」


「はーい」


 俺は数本の実を見て回った。絹糸は十分に褐変している。外皮の上から触っても、先端近くまでしっかり膨らんでいる。一本だけ確認用に選び、外皮を少しめくると、黄色い粒が綺麗に並んでいる。


「おお」


 ナージャが覗き込んだ。


「これが、とうもろこし?」


「そう」


「全部食べるんですか?」


「芯は食べない」


「粒だけ?」


「粒を丸ごとかじってもいい」


「このまま?」


「焼いたり茹でたりする」


 ユキが横から顔を出す。


「しょうゆ!」


「はいはい、醤油も塗る」


「うん」


 粒を一つ指先で軽く押すと、乳白色の汁が滲んだ。


「いいな」


 俺は頷いた。


「収穫しよう」


「やった!」


 ミーシャが跳ねる。


「ユキ、とる!」


「待て。採り方を見せる」


 実の付け根を押さえ、下へ倒すようにしてひねる。パキッと音を立て一本が綺麗に外れた。


「力任せに引っ張らない。茎を折らないように、実を下へ倒してひねる」


 アルノが頷く。


「次の管理もありますからね」


「ああ。株そのものをぐちゃぐちゃにする必要はない」


 ミーシャが一本選ぶ。


「これ?」


「触って先まで膨らんでるか確かめて」


「……ある」


「じゃあやってみろ」


 両手で持ち、慎重に下へ倒す。パキッ!


「採れた!」


「おお」


 ミーシャの猫耳が立った。ユキも挑戦する。


「ユキも」


「両手でな」


「うん」


 小さな手で実を抱え、身体ごと少し下へ。パキッ!


「とれた!」


「よし」


 ユキはとうもろこしを胸へ抱いた。


「つぶつぶ、いっぱい」


「まだ皮の中だけどな」


「なかに、えらいのいる」


「肉じゃないぞ」


「きょうは、やさいも、えらい」


 キャベツに続いて畑作物の地位が着実に上がっている。


     ◇


 その後は全員で収穫へ入った。トトは最初のうち、採るより記録を優先していた。スケッチブックには、収穫前の株。実の位置。絹糸の色。日付。畝番号。さらに簡単な風向きまで入っている。


「トト」


「なに?」


「今日は採った本数も書いておいてくれ」


「分かった」


「大きさも全部測る必要はないぞ。代表で何本かだけ」


「ぜんぶじゃなくていい?」


「全部やったら昼になっても収穫が終わらない」


「……それは、こまる」


「記録も目的に合わせるんだ」


 トトは少し考え、代表個体だけ測ることにした。アルノは収穫本数を台帳へ記入。ミーシャは実を採り、赤ワゴンへ運ぶ。


 ロク、リーファ、ナージャは警備を基本にしながら、周囲に異常がない時だけ収穫を手伝った。


「森側、異常なしっす」


「湖側も問題ないわ」


 リーファが答える。ナージャは畑の端で一本収穫しながら言った。


「警備しながら野菜採る仕事って、ハンターギルドにはないですね」


「湖畔専用任務だな。のどかなもんだろ」


「報酬、とうもろこし一本?」


「それは安すぎるだろ。せめて美味いのを食わせてやる。夕飯まで待て」


「焼くんですよね?」


「皆そこだけ覚えたな」


 豊穣の加護のおかげか、実入りはかなり良かった。全てを一度に採る必要はないが、今日の収穫適期に入っている分だけでもかなりの量になる。午前中いっぱいかけて作業し、畑倉庫前へ並べると、それなりの山になった。


「……多いな」


 俺が呟くと、ユキが胸を張る。


「はたけ、えらい」


「今回は認める」


「にく、なくても、えらい?」


「たまにはいいだろう?」


「たまに……」


 肉同盟会長が微妙に納得していない。


     ◇


 正午近く。畑倉庫の固定無線から、リリアの声が入った。


『こちら食堂。畑のみなさん、昼食のお弁当ができました。取りに来られる方はいますか。どうぞ』


 俺は固定機を取る。


「こちらヒカル。了解。二人向かわせる。以上」


 振り返る。


「ロク、ナージャ。頼めるか?」


「了解っす」


「行きます」


「荷物があるから三輪の方がいいな」


 畑倉庫には、俺が以前使っていた大人用三輪自転車を運搬用として置いてある。もう一台はアルノが乗ってきたもの。


「俺の予備三輪と、アルノのを使っていい」


 ナージャが三輪自転車を見る。


「これ、前と後ろに結構荷物積めますよね」


「そう。速度はマウンテンバイクより遅いけど、荷運びは楽だ」


「じゃあ借ります」


 ロクとナージャが出発する。しばらくして戻ってきた時、二台の三輪自転車にはアルマイト製の弁当箱が積まれていた。


「これ、便利ですね!」


 ナージャの第一声がそれだった。


「止まっても倒れないし、荷物積んでも安定してるし」


「斥候としては遅いぞ」


「戦闘用じゃなくて生活用ですね」


「そういうこと」


「湖畔って、戦う道具以外の便利な物が多いですね」


 何気なく言ったナージャの言葉は、この拠点らしい評価かもしれない。


     ◇


 昼食は、畑倉庫前に張ったタープの下で食べた。今日の弁当はアルマイトの四角い弁当箱。白飯。豚の生姜焼き。千切りキャベツ。畑のトマト。


「しょうがやき!」


 ミーシャが蓋を開けて喜ぶ。ユキは最初に肉の量を確認した。


「おっちゃん」


「今度は何だ?」


「ユキのにく、おおい?」


「子供用の弁当だから、皆同じ量だ」


「なら、よし」


「毎食点検する必要あるのか?」


「だいじ」


 食、特に肉の監査だけは厳しい。俺たちはタープの下で食べ始めた。


「冷めてても美味いっす」


 そう言って、ロクが生姜焼きを頬張る。


「こういうのが弁当の強みだな」


 俺も白飯を口に入れた。少し冷めた飯に、生姜焼きのタレが染みる。これはこれで、妙に懐かしい。


     ◇


 一方、朝一番で俺から作業内容を聞いたグレゴールとエリオットは、倉庫作業場で《始マリノ祠》の部材加工を続けていた。


 厩舎ではドランが作業責任者兼監督。昨日施工した三列のポリカ波板を基準に、ミネットたちが屋根張りを進めた。


 こびゃっこは三脚固定カメラで全景を撮り、工事責任者の許可を得た時間だけ浮遊撮影。


 昼前になるとグレゴールとエリオットも祠作業を区切り、厩舎へ合流したらしい。


 食堂から弁当完成の連絡が入ると、今度はドランとミネットが赤ワゴンを引いて取りに行った。


「なぜワシの赤ワゴンが、弁当用の荷車扱いになっとるんじゃ」


 ドランはそう言っていたが、顔が嬉しそうだったので、ミネットは放っておいたらしい。


 厩舎現場では、食事前にこびゃっこが全員を並べた。


「はい! 屋根工事班、集合写真じゃ!」


「集合写真?」


 グレゴールが首を傾げる。


「昼飯前の記念じゃ。後でヒカルに印刷してもらう」


 勝手に俺の仕事を増やす様な事を言ったらしいが、後でその事を聞いて、そういう写真を残すという考え自体は悪くないなと思った。


     ◇


 食堂側では、ガランたち警備担当と、診療所で薬草の精製をしていたマリベルが昼食を取っていた。


 リリアとマルタも一緒だった。マルタはアルマイト弁当箱を眺めながら、冷めた白飯を食べたという。


「おにぎりだけじゃないんだねえ」


「はい。ヒカルさんの世界では、お弁当箱へご飯とおかずを詰める料理も多いそうです」


 リリアが説明する。


「肉、魚、卵、野菜。前の日のおかずを入れることもありますし、弁当用に作ることもあるそうです」


「冷めてても、これなら充分うまいよ」


「温めない前提で味を少し濃くする料理もあるみたいですよ」


「まだ種類があるのかい?」


「かなりあるそうです」


 マルタは頭を抱えたという。


「カレー。焼きそば。スパゲッティ。弁当……三か月って誰が決めたんだい」


「マルタさんのお店では?」


「……帰ったら相談だね」


 滞在延長への熱が、また一段上がったらしい。


     ◇


 昼食後。収穫したとうもろこしを仕分ける。


「これは長期保存……」


 品質の良いものをまとめ、俺の異空間収納へ入れる。時間経過がほぼ止まるので、保存設備としては反則級だ。


「こっちは今日と数日分」


 ミーシャとトトの赤ワゴン二台へ積む。さらにミーシャ、トト、ユキの三輪自転車の前かごにも数本ずつ。


「ユキ、いっぱいもつ」


「前かごから飛び出しすぎるな。ハンドル取られるぞ」


「これくらい?」


「それならいい」


 赤ワゴンは、俺とアルノの大人用自転車へ牽引具で接続した。


 ロクが後ろから確認する。


「速度出さない方がいいっすね」


「ああ。荷物が揺れるからな」


 空になった弁当箱は、一旦俺の収納へ。


「帰るぞ」


「とうもろこし、かえる」


 ユキが言う。


「とうもろこしに家があるみたいだな」


「きょう、ごはんになる」


「それは帰宅なのか?」


「おなかに、かえる」


 ユキが真顔で言った。


「哲学的にするな」


 畑から食堂まで、黄色い実を載せた小さな自転車隊が帰った。


     ◇


 食堂へ着くと、今日使う分だけ残した。


「皮むき、お願いしていい?」


「任せてください」


 リリアが答える。マルタも一本持つ。


「これを全部剥くのかい?」


「外皮とひげを取る」


「了解」


 ミーシャとトト、アルノも手伝う。


「ミーシャ。ひげは残しすぎないようにな」


「うん!」


「トト、葉っぱを引っ張る時に実を落とすなよ」


「だいじょうぶ」


 俺はユキを見る。


「俺たちは厩舎へ戻るぞ」


「かんとく?」


「午後は監督を頼む」


「いく」


     ◇


 厩舎へ戻ると、昨日三列だけだった屋根が大きく伸びていた。


「おお」


 ブラウン系のポリカ波板が、長い厩舎の屋根を半分以上覆っている。まだ全部ではないが、一気に建物らしくなった。


「ヒカル!」


 ドランが屋根の下から手を挙げる。


「どうじゃ!」


「進んだな」


「昨日の三列でやり方は掴んだ」


「締めすぎは?」


「確認しとる」


 ミネットが高所から答える。


「浮きも割れもなしにゃ!」


「雨仕舞は?」


「重ね代も揃えてるにゃ」


「ならよし」


 今日は俺がいなくても、ちゃんと進んでいる。それが、少し前までとは大きく違う。すると、こびゃっこがカメラを抱えて降りてきた。


「ヒカル!」


「何だ?」


「写真じゃ」


「グレゴールから聞いた。昼に集合写真を撮ったって?」


「そうじゃ。皆で弁当を持って、屋根の下で撮った」


「いいんじゃないか」


「印刷してほしい」


「分かった」


 こびゃっこの目が輝く。


「おお!」


「そこまで喜ぶのか?」


「写真は撮って終わりではないのじゃ。画面だけの写真は味気なくてのお」


「珍しく正論だな」


「故に夕食時にも撮る」


「まあ、それもいいな」


「そして欲しい者へ配るのじゃ」


「いいぞ」


「これで撮影主任復帰かえ?」


「それとこれとは別」


「ぬうう……!」


 だが写真を配る案は気に入った。工事記録とは別だ。誰がそこにいたのか。何を食べて、どんな顔をしていたのか。そういうものも残しておきたい。


「夕飯の時、スナップを撮ろう」


「任せよ!」


「ただし食事中の変な顔を勝手に狙うな」


「自然な瞬間こそ――」


「プライバシーを覚えろ」


「撮影見習いに厳しいのう」


「お前は前科がある」


「ぐぬぬ」


     ◇


 屋根工事は午後も順調に進んだ。高所班はミネットを中心に波板を固定。地上側では材料を揃え、ビスと工具を渡す。


 ドランが作業全体を見ながら、締め付け、重ね、通りを確認する。昨日施工した三列が基準になっているため、今日は迷いが少ない。


「明日で屋根は終われそうだな」


 俺が言うと、ミネットが屋根の上から叫んだ。


「終わらせるにゃ!」


「安全に終わらせる、だ」


「分かってるにゃ!」


「昨日より返事がいい」


 ユキが規制線の外から言う。


「まだできるとき、やめる」


「覚えてるにゃ!」


「よし」


 完全に安全監督の言葉として定着していた。


     ◇


 夕方。厨房の外へ、以前使ったバーベキューコンロを出した。炭を起こし、その上へ皮を剥いたとうもろこしを並べる。


「これが今日採ったやつか」


 グレゴールが珍しそうに覗く。


「そう」


「……見た目は妙だな」


 ボルガも一本を見る。


「黄色い歯が並んでるみたいだ」


「食欲なくなる表現するな」


「だってそう見えるだろ」


 マルタは粒を指先で触る。


「これ、本当に甘いのかい?」


「食えば分かる」


 最初は軽く火を通す。表面に焼き色がつき始めたところで、醤油を薄く塗る。ジュウウウウ!香ばしい匂いが一気に広がった。


「……!」


 ミネットの猫耳が立ち、ナージャも振り返った。


「何にゃ!」


「何ですか、その匂い!」


「醤油」


「とうもろこしの見た目への不安が全部消えました」


「焼きそばの匂いもやばかったけど、この匂いもやばいにゃ!」


「匂いに弱いな」


 セルドが無言で近づいてくる。


「あのう……まだ?」


「ユキみたいなこと言うな」


 ユキ本人はすでにコンロの前へ椅子を持ってきて、座ってこちらを凝視している。


「おっちゃん」


「まだ駄目」


「まだ、なにもいってない」


「顔に『まだ?』って書いてある」


「む。まだ?」


「ほら言った」


 こびゃっこまで浮いてくる。


「祭りの匂いじゃあ……!」


「今日は祭りじゃない」


「焼きもろこしがある時点で半分祭りじゃ!」


「理屈が雑だぞ」


     ◇


 夕食には、とうもろこし料理が並んだ。まず焼きとうもろこし。そして、粒を外してベーコンとアスパラガスと一緒にバターで炒めたもの。


 市販のコーンスープには、今日採れたとうもろこしの粒を少し足した。


「このバター炒めは、ご飯にかけても合うぞ」


 俺が説明すると、ドランが早速白飯へ載せ一口食べる。


「おおっ!こりゃうまい!」


「早いな、おい。まだ乾杯前だぞ」


「試すのが職人じゃ!」


「食事で職人気質を使うな」


「コッペパンへ切り込みを入れて、これを挟んでもいい」


 マルタがすぐ反応する。


「パンにも?」


「ああ。マヨネーズを少し足してもいい」


「また店向けだね」


「全部持って帰るつもりか?」


「使える物は全部だよ」


 マルタは真剣だった。さらに俺は、収穫の一部を乾燥させる案を出した。


「とうもろこしは乾燥させて粉にもできる」


「粉?」


 マルタの目が変わる。


「小麦粉みたいに?」


「性質は違うけどな。パンケーキみたいに焼いたり、粥にしたり、薄く焼いたり、団子状にしたりする料理もある」


「麺には?」


「配合次第だな。俺の世界の地域によっては主食でもある」


「これが穀物になるのかい」


「そうだ」


 マルタはとうもろこしを一本持って、しばらく眺める。


「小麦だけが粉になるわけじゃない……」


「米も粉にできるぞ。パンだって作れる」


「……」


「どうした?」


「三か月」


「またか」


「本当に短いねえ」


「そこは店主と相談してくれ」


     ◇


 全員へ飲み物が行き渡る。大人にはビールや缶チューハイ、ハイボール。子供たちはジュースや麦茶。


「じゃあ、初とうもろこし収穫に」


 俺が缶を上げる。


「かんぱい!」


 ユキが先に言った。


「乾杯!」


 食堂に声が重なった。焼きとうもろこしへかじりついたミネットの目が丸くなる。


「甘いにゃ!」


「だろ?」


「しかも醤油の焦げたところが、すごくうまいにゃ!」


 グレゴールも頷く。


「見た目で損してるな、これ」


「初見だとそうなるか」


 セルドは一本を一気に食べそうな勢いだ。


「うまいです!」


「芯まで噛むなよ」


「食べません!」


「勢いが不安なんだよ」


 ユキは小さな両手でとうもろこしを持ち、端から綺麗にかじっている。


「うんみゃあ」


「どうだ?」


「きいろい、えらい」


「とうもろこしも昇格したな」


「しょうゆも、えらい」


「それは前からだ」


     ◇


 食事の途中、こびゃっこが小型カメラを持って飛び回った。


「一枚!」


「食べてる途中だぞ」


「それがよいのじゃ」


 俺とユキ。焼きとうもろこしに夢中のミネット。大盛りの白飯にバター炒めを載せたドラン。料理についてマルタと話すリリア。トトが皿の横へスケッチブックを置いているところ。ニナがボルガの横で、王都の鍛冶工房の話を真剣に聞いているところ。


 笑っているミーシャ。グレゴールとエリオットが今日の祠の部材について話している場面。ロクとナージャが三輪自転車の荷台の便利さについて言い合っているところ。


 こびゃっこは、工事記録とは違う写真を撮っていく。俺やニナも手持ちのカメラで、こびゃっこが撮影をしている姿や皆の写真を撮った。


「おっちゃん」


 ユキが聞いた。


「しゃしん、なんで?」


「ん?」


「こうじじゃない」


「ああ」


 俺はカメラを見た。


「俺のいた世界では、こういう普通の日も写真に残してたんだ」


「ふつうのひ?」


「そう。旅行とか祝い事だけじゃなくて、ご飯を食べた日とか、どこかへ行った日とか」


「なんで?」


「あとから見た時に思い出せるからだ」


「きょう、とうもろこし、たべた」


「そう」


「ユキ、うんみゃあ、いった」


「それも残る」


「おっちゃんも?」


「ああ」


 ユキは少し考えてから、こびゃっこを見る。


「こびゃっこ」


「なんじゃ?」


「ユキと、おっちゃん、とって」


「任せるのじゃ!」


「変なポーズさせるなよ」


「では自然体で」


「急にプロっぽいこと言うな」


 俺の横へユキが寄ってくる。大きな白い尻尾が椅子の後ろへ回った。


「おっちゃん」


「何だ?」


「とうもろこし、もつ」


「はいはい」


 二人で焼きとうもろこしを一本ずつ持つ。カメラがこちらを向いた。


「はい、白狐神と守護者、初収穫記念――」


「普通でいいから」


「では――はい、チーズ!」


「そこは昭和なんだな」


 パシャ!小さな電子音が鳴った。何でもない一日の一枚。


 道路工事の出来形でもない。祠の図面でもない。畑の生育記録でもない。でも、こういう写真も必要なんだと思う。誰がここにいて、誰と笑って、何を食べたのか。


 こびゃっこが四百年以上前の湖畔を覚えているように、俺たちも今の湖畔を残していけばいい。


「後で欲しい写真を選んでくれ。プリンターで印刷する」


「写真って、紙で本当に貰えるのか?」


 グレゴールが聞く。


「ああ。一人何枚かなら問題ない」


「なら、屋根班の昼のやつが欲しい」


「私は焼きとうもろこし持ってるやつにゃ!」


「びゃっこは全部じゃ!」


「お前も選べ」


「歴史資料じゃぞ!」


「王都の落書きの様な黒歴史になるかもしれんぞ」


 食堂がまた笑いに包まれた。


 明日も仕事はある。厩舎の屋根は、あと一日ほどで終わりそうだ。《始マリノ祠》の組み立ても続く。


 シオンやガルムの問題も、しらゆきの世界への繋がりの謎もまだ解決していない。


 それでも今日、とうもろこしを収穫し、皆で運んで、皆で食べて、写真に残した。


 俺一人では作れなかった一日だ。それでいい。むしろ、今はその方がいい。ユキが最後の一粒をかじり取って、満足そうに言った。


「おっちゃん」


「何だ?」


「とうもろこし、また、あした?」


「明日は今日採った分がまだある」


「じゃあ、あしたも、えらい」


「毎日食べる気か」


「うん」


「即答かよ」


 その横で、こびゃっこが満腹そうにお腹をさすった。


「夏はとうもろこし、秋は芋。日本人の心じゃのう」


「お前は神使だろ」


「心は昭和の日本人じゃ」


「まあ、そこは否定できない」


 湖畔の夜に、また一つ笑い声が増えた。


続く


⸻


【収支報告】


異世界生活83日目

日付:六の月12日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,127,873pt

円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当


今回の購入:

・なし

 0pt


※厩舎用ポリカ波板、鉄下地用波板取付ビス、施工工具、バーベキューコンロ、食器類、アルマイト弁当箱等は既購入品・在庫品を使用。

※生姜焼き等の弁当食材、夕食用ベーコン・アスパラ・市販コーンスープ等は既存在庫を使用。

※とうもろこし、キャベツ、トマトは湖畔畑の収穫品。


今回支出合計:0pt


現在残高:3,127,873pt

円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当

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