第108話 白狐神へ近づく騎士団一行
異世界生活82日目。
六の月11日の午後。
ヒカルたちが湖畔の倉庫作業場で《始マリノ祠》の部材を加工していた頃――。そこから約250キロメートル離れた、大湖の東側。
湖岸からさらに東へ1キロメートルほど入った草地に、オリエント王国の近衛騎士団20名と、特使セレナ・アルジェントの一行が到着していた。
◇
「……副団長」
「何だ、ベルタ」
「場所を間違えていませんか?」
「俺も今、同じことを考えていた」
近衛騎士団副団長レオン・ヴァルガは、馬上から目の前の光景を見渡した。
長い金髪を後ろで束ねた、30代半ばの人族男性。長身で肩幅が広く、いかにも騎士らしい体格をしている。そして、その顔には今、はっきりと困惑の表情が浮かんでいた。
ここは以前まで、湖畔方面への遠征や伝令の際に使われるだけの無人補給地点だった。簡単な井戸に馬を休ませる草地。荷を一時保管する小さな倉庫。それだけの場所だったはずだ。ところが今は違う。
「砦を作ってる……」
派遣隊最年少、猫族のミレイ・カッツが耳をぴんと立てた。草地の中央では、数十人の王国兵と職人が働いている。地面は広く整地され、杭と水糸が張られ、木材と石材が積み上げられていた。
すでに腰ほどの高さまで石積みが進んでいる場所もあり、さらに周囲には監視柵らしき支柱まで並び始めている。
「ここ、ただの中継地点じゃなかったんですか?」
「確かに、以前はな」
レオンが答える。すると、専用馬車の扉が開いた。銀灰色の長い髪と銀狐耳を持つ女性が降りてくる。
セレナ・アルジェント。28歳。今回、オリエント王国を代表して白き神獣の里へ派遣された正式特使だ。
「副団長。私は、出発前にここの概要の説明を受けました」
セレナは建設現場を見た。
「ガラン殿を大使として湖畔へ正式派遣したあと、ゼビウス軍務卿から進言があったそうです」
「軍務卿から?」
「はい。この中継地点を、常設の東岸拠点へ改編する、と」
レオンの横で聞いていた副官ベルタ・グレンが目を細めた。29歳のドワーフ女性。濃い赤褐色の髪を後ろで一つに束ね、体格は小さいが、立ち姿に隙がない。
腰には、自分で鍛え、10年近く使い続けている片手剣。だが彼女が今見ているのは武器ではなく、工事現場だった。
「常設……規模は?」
「王国兵を常駐させ、騎馬伝令も配置される予定です」
セレナが答える。
「湖畔と王国間の連絡、物資中継、緊急時の人員集結。そして有事の際には、王国外で活動する部隊を支援する前線補給拠点となります」
「白き神獣の里のための基地ですか?」
防衛班長クラウディア・ベルンが聞いた。28歳の人族女性。肩で切り揃えた濃茶色の髪。長剣と小型盾を装備し、短時間ながら幅約3メートルの面状防壁を展開できる魔術士でもある。
「違います」
セレナは即座に否定した。
「そこは重要です」
全員がセレナを見る。
「湖畔は王国領ではありません。王国の保護領でもありません。ですから、湖畔を監視する砦でも、白狐神を囲い込むための軍事拠点でもない」
「なら、表向きは?」
戦闘班長ハロルド・ケインが尋ねた。30代前半の人族男性。槍と盾を使い、派手な特殊能力こそ持たないが、夜間警備、交代勤務、門衛、馬匹管理など、野営部隊を実際に動かす能力に長けている。
「魔物討伐および王国軍遠征演習用の東岸補給基地です」
「実際には?」
「湖畔との連絡線を守ります」
セレナが静かに答えた。
「ただし、守るのは湖畔そのものではありません。王国側から湖畔へ繋がる道です」
ハロルドは頷いた。
「意味は分かります」
大湖の南西に白き神獣の里がある。そこから王国まで、普通なら何週間もかかる。その間に常設拠点が一つあるだけで、伝令、補給、傷病者の搬送、警備の意味は大きく変わる。
「それにしても」
ベルタは建設現場を見た。
「十日で、もうここまで?」
「王国の工兵と周辺都市から集めた職人を投入していますから」
「なるほど」
ベルタの目が少しだけ楽しそうになった。レオンが横目で見る。
「お前、普請や造営作事の現場を見ると顔が変わるな」
「副団長ほど剣を見ると変わりません」
「俺は普通だ」
「湖畔到着後、守護者ヒカルへ手合わせを申し込む回数を、今日まで何回頭の中で数えました?」
「口には出していない」
「否定にはなっていません」
セレナが静かに付け加えた。
「到着直後は禁止ですよ」
「まだ覚えていたのですか?」
「忘れる理由がありません」
◇
一行は中継地点で一泊することになった。工事中とはいえ、伝令隊用の天幕と馬の係留場所は確保されている。
近衛隊も自分たちの大型天幕を設営した。湖畔へ到着すれば使わないかもしれないが、それでも持っていく。自分たちの寝床は自分たちで確保する。それが今回の派遣隊の基本方針だった。
「杭、あと四本」
ハロルドが指示を出す。
「ロープ張るぞ。馬の動線を空けろ」
「了解!」
派遣隊が手際よく動く。その横でベルタは荷馬車の帳簿と実際の荷を照合していた。
「予備天幕一。簡易寝台二十。毛布二十四。防水布……」
そこへレオンが近づく。
「そこまで今確認する必要あるか?」
「今使った分が、明日どこへ戻るか確認するためです」
「相変わらず細かいな」
「細かいから、足りなくならないんです」
「ガランと同じことを言う」
「ガラン大使は、もっと書類を嫌がると聞きましたが」
「昔は嫌いだったぞ」
「今は大使ですから、そうもいかないでしょう」
「人間、何があるか分からんな」
ベルタは荷札へ印を付ける。
「私は別の意味で湖畔が楽しみです」
「異界の道具だろ」
「はい」
「それと剣も」
「…興味はあります」
「ならヒカルと――」
「この間も言ったとおり、私は自分から手合わせを申し込みません」
「なぜだ」
「仕事があります」
「仕事が終わってからなら?」
「申し込まれたら受けます」
「お前、絶対やりたいだろ」
「副団長ほどではありません」
その会話を聞いていたシルヴァン・ルークが苦笑した。27歳の銀狐族男性。銀灰色の髪と耳。
背中には長弓と、通常より太い専用矢を背負っている。魔力を一射へ集中させることで、40〜50メートル先の厚い木材を貫通できる弓士だ。
「私は剣より、リーファ殿の方が気になりますね」
「同じ弓士だからな」
レオンが聞く。
「はい。ガラン大使の報告では、同じハンターパーティのリーファ殿が森林警戒を担当しています」
「王国の弓の名手と一緒に組みたいか」
「現地の森を知っている人の意見が最優先なだけです」
「殊勝だな」
「副団長も見習ってください」
「俺だって現地ルールには従う」
「手合わせの件以外は?」
「……」
「沈黙しましたね」
◇
別の天幕では、医療班長エレナ・フィオレが薬品箱を確認していた。30代前半のエルフ女性。王国軍でも数少ない上位回復術士である。
身体鑑定だけでなく、浅い切創や裂傷、軽い火傷程度なら直接治療できる。
「包帯、消毒薬、鎮痛薬……」
付き添いの衛生兵が聞く。
「湖畔には、診療所があるそうですね」
「ええ」
「異界人の医療技術だとか」
「楽しみです」
「マリベル殿も薬師でしたね」
「知っています」
「競うのですか?」
エレナが顔を上げた。
「何を?」
「回復魔法を」
「なぜ?」
衛生兵が困る。
「どちらが優れているか、とか」
「副団長と同じ事を聞くのですね。患者が助かるなら、どちらが上でもいいでしょう」
「……そうですね」
「むしろ、異界の医療と薬師の知識を組み合わせられるなら、その方が面白いです」
エレナは淡々と薬箱を閉じた。
「怪我人の治療は、競技ではありませんから」
◇
そして炊事用の天幕では――。
「アルバート」
「何でしょう」
「米はまだないぞ」
「分かっています」
「さっきから鍋を見比べているが」
「湖畔で米を炊く場合を想定しています」
「まだ着いていないぞ」
炊事担当アルバート・ロウ、28歳。人族男性。騎士の剣とは別に、大型包丁ケースを持ち歩く珍しい近衛騎士だ。
その横では、同じく炊事担当のミレイが、小さな保存菓子を数えていた。
「副団長。甘味が少なくなりました」
「甘いものは人気あるからな」
「湖畔には色々あるらしいから、分けてもらえるかもしれんぞ」
ミレイの猫耳が立つ。
「異界の甘味、楽しみです」
「任務が第一だぞ」
「もちろんです」
「本当か?」
「甘味は士気に重要です」
「本音は?」
「食べたいです」
「その辺はブレないな」
アルバートが深く頷いた。
「理解できる」
「あなたは米でしょ」
「米は主食であり、文化だ」
「甘味も文化です」
「そうかもしれない」
「二人とも」
セレナが天幕の入口から声をかけた。
「湖畔へ着いてすぐ、食べ物を要求しないでくださいね」
「もちろんです、特使殿」
アルバートが胸を張る。
「私は料理人として厨房の運用を――」
「米を見たいのでしょう?」
「……はい」
ミレイも手を上げる。
「私は子供たちの甘味配分について――」
「チョコレートを食べたい?」
「はい」
「素直ですね」
セレナは小さく笑う。そのセレナ自身も、一つだけ王から妙な任務を持たされている。
王国の伝承にもあった稲荷寿司。もし出されたら、味、保存方法、調理法を確認。そして――もし可能なら王への土産。外交特使の仕事として、それを正式任務へ混ぜてよいのだろうか。
「……陛下も人のことは言えませんが」
「特使殿。何か?」
「いえ」
◇
夕暮れ。中継地点の高い場所から大湖が見えた。ここから湖畔までは約250キロメートル。これから一行は南岸沿いに進む。馬と荷馬車の速度を考えれば、あと四日ほど。
「四日か」
レオンが湖の向こうを見ていると、ベルタが隣へ来た。
「どうしたんですか?」
「近衛騎士団を離れたガランと、また関わる日が来るとは思わなくてな」
「また酒場へ引きずるんですか?」
「当然だ」
「湖畔に酒場はありませんよ」
「食堂はあるだろう」
「出禁にならないでくださいね」
「俺を何だと思っている」
「ガラン大使の元親友」
「元ではない!」
「本人は元と言ったそうですが」
「照れ隠しだ」
「前向きですね」
その少し後ろでは、セレナが湖を見ていた。白狐神ユキと守護者のサコン・ヒカル。更に守護神使。王国の建国そのものへ繋がる存在たち。だが今回、自分がするべきことは彼らを崇めることではない。
まずは話を聞くこと。そして王国の考えを伝え、相手の考えを持ち帰ること。
「対等な友邦……」
セレナは小さく呟いた。簡単な言葉ではあるが、実際に対等であり続けることの方が、遥かに難しい。
◇
同じ頃。湖畔では――。
『こちらユキ。ヒカル、きこえる? どうぞ』
午後3時。倉庫内の作業場でグレゴール、エリオットと祠の部材を加工していた俺の腰から、無線機の声が響いた。俺はインパクトドライバーを止める。
「こちらヒカル。聞こえる。どうぞ」
『やねの、ほね、できた』
「屋根骨組み完成?」
『うん。ミネットが、やね、まだ?っていってる』
向こうから声が入った。
『言ってないにゃ! ……いや、少し言ったにゃ!』
「無線の後ろで主張するな」
『さっきもどった、こびゃっこも、さつえいしてる』
「了解。今から確認に行く。勝手に波板へ進まないこと。以上」
『こちらユキ。まってる。いじょ』
「完璧だな」
俺が無線を下ろすと、グレゴールが笑った。
「五歳児に工程の報告されるとはな」
「本人は監督だからな」
「かんとくさま、だろ?」
「本人の前で言ったら喜ぶぞ」
「あとで言ってやる」
「俺への工程管理が増えるからやめてくれ」
エリオットが加工した祠の部材を揃える。
「こっちは今日の予定まで終わったぞ」
「じゃあ片付けて、厩舎を見に行こう」
工具の電源を切り、ビットを外す。木屑を集める。作業台へ出していた部材は番号順にまとめ、次に戻った時そのまま再開できる状態へしておく。
「ヒカル」
グレゴールが言う。
「前なら屋根も祠も自分でやってたんだろ?」
「……たぶんな」
「今は違う、俺たちが来た」
「ああ。本当に助かっているし、安心して任せられる」
「それでいい」
そう言われると、少しくすぐったい。
◇
厩舎へ行くと、屋根の骨組みが完成していた。
「おっちゃん!」
規制線の外でユキが椅子から立ち上がる。青ライン入りヘルメット。無線機。ホイッスル。首には双眼鏡。完全に装備だけ見ると、小型現場監督である。
「できた!」
「ああ、そうだな。まず点検な」
「かんとくさまも、みた」
「何かおかしいところあったか?」
ユキはしばらく考えた。
「ミネット、たかいところで、うれしそう」
「いや、構造の話を聞いたんだが」
「そこも大事にゃ!」
屋根側からミネットが降りてきた。フルハーネス型墜落制止用器具を装着したまま、ヘルメットを脱ぐと猫耳だけ妙に得意そうだ。
「屋根職人は高い所で元気になるにゃ」
「猫だからじゃないよな?」
「屋根職人だからにゃ」
「本当か?」
「……半分くらい猫族だからかにゃ?」
「どっちだよ」
こびゃっこがカメラを抱えて飛んできた。
「びゃっこは空から確認済みじゃ」
「また飛んだのか?」
「許可を取ったぞ」
「誰に?」
「かんとくさまじゃ」
ユキが胸を張る。
「ユキ、きょかした」
「工事責任者の許可は?」
「取ったのじゃ!」
ドランが向こうから笑う。
「ちゃんとワシに言ってきたぞ」
「ならいい」
「信用回復ポイント、加点じゃな?」
「ポイント制じゃないから」
「主任復帰まであと何点じゃ」
「そもそも点数を決めてない」
「ブラックボックスな評価じゃのう!」
「そもそもお前が勝手に役職を名乗ったのが始まりだろ」
◇
骨組みを確認し、通り。勾配。クランプ。支柱との接続。ぐらつきと固定を見る。何か所か増し締めが必要だったが、大きな問題はなかった。
「よし。今日は波板を三列だけ貼って終わろう」
「三列?」
ミネットが耳を倒した。
「もっといけるにゃ」
「もう午後3時過ぎだ」
「まだ明るいにゃ」
「初めての工法で、一気に全面やらない」
「むう」
「最初に三列。実際に固定して、割れ、浮き、ビスの締め具合を見る」
ミネットは少し考えた。
「……分かったにゃ」
「納得が早くなったな」
「屋根で失敗すると全部剥がすことになるにゃ」
「それが分かってるなら十分だ」
ポリカ波板を屋根へ載せ、重ね代を確認。俺が下穴を開ける。
「鉄下地だから、いきなり取付ビスを無理に押し込まない。まず下穴」
ドリルビットを当て穴を一つ空ける。次も同じ様に下穴位置を揃えていく。
「ビスは波板の山側」
ミネットが答える。
「谷じゃないにゃ」
「そう」
「座金付きのボルトビス」
「そう」
「締めすぎたら波板が潰れるにゃ」
「完璧だ」
ミネットの猫耳が立った。
「屋根職人にゃ」
「初めて使う材料だろ」
「屋根は屋根にゃ」
「確かにそうだが、材料と道具の使い方で仕上がりは大きく変わる」
ミネットはインパクトドライバーへボックスレンチを取り付けた。
「これ、やっぱり面白いにゃ」
「何が?」
「先が回るのに、手首が回らない」
「ちゃんと両手で支えないと、持ってかれるぞ」
「分かってるにゃ」
事前練習はしてある。それでも最初の一本は慎重だった。ウィン。カカカッ。
「……よっ」
ミネットがトリガーを離す。
「どう?」
俺は座金を見る。
「もう少し」
少し締める。
「そこで止め」
「にゃ」
「よし。いいな」
ミネットが満面の笑顔になる。
「屋根に異界のネジが刺さったにゃ!」
「歴史的瞬間みたいに言うな」
側でふわふわ浮いているこびゃっこが、即座にカメラを向けた。
「歴史的瞬間じゃ! 題して『異界波板第一号』」
「大袈裟だっつーの。普通に工事記録でいい」
「主演ミネット!」
「主演?舞台女優にゃ!」
「乗るな!」
グレゴールも別の位置で作業する。下穴を確認し、ビスを垂直に当てインパクトを短く回す。
「なるほど」
「どう?」
「木工ネジより締め加減が分かりやすいようで、難しいな」
「波板を潰さないところで止める必要がある」
「手で締める時と感覚が違うな」
「そこは慣れだな」
「面白い」
「お前もか」
「職人だからな」
◇
三列貼ったところで、今日は終了。
「もっと貼りたいにゃ」
「明日」
「あと一列」
「駄目」
「半列」
「交渉するな」
横でユキが言った。
「ミネット」
「何にゃ?」
「まだできるとき、やめる」
ミネットが固まった。
「……それ誰の言葉にゃ?」
「ニナ」
少し離れた場所で、ニナが頷いた。
「止めるのも、しごと」
ミネットは屋根とニナを見比べる。
「五歳と七歳に言われたにゃ」
「効いただろ」
「効いたにゃ……」
こびゃっこがふわふわ浮く。
「これぞ湖畔名物、幼女による安全管理じゃ」
「言っとくが、責任者は大人だからな」
「しかし子供は核心をつくのじゃ」
「それは否定しない」
ユキが得意そうに言う。
「かんとくさまも、やめるっていった」
「よし。今日は撤収」
「はいにゃ」
ミネットが名残惜しそうに屋根を見る。
「明日全部貼ってやるにゃ」
「全部とは言ってない」
「屋根が待ってるにゃ」
「屋根は逃げない」
「職人の心が急ぐにゃ」
「気持ちは分かるが、楽しみは残しておけ」
「はいにゃ……」
◇
夕食前。工具を片付けて食堂へ戻ると、アルノとトトが待っていた。
「ヒカルさん」
「どうした?」
「畑の件です」
トトがスケッチブックを開いた。描かれていたのは、とうもろこし。上の雄穂。実から伸びる絹糸。その絹糸が茶色く変わっている様子。さらに横には、日付と畝の位置。
「これ、今日?」
「うん」
「絹糸、かなり褐変してるな」
アルノが頷いた。
「いくつか確認しました。実もかなり膨らんでいます」
「粒は?」
「一本だけ外皮を少し開いて確認しました」
「どうだった?」
「張っています」
「じゃあ、そろそろだな」
俺はトトの絵を見る。植えた時は、まだ小さな苗だった。あれから豊穣加護を受けて、ここまで来た。
「明日の朝、俺も畑へ行く」
「収穫?」
トトが聞く。
「実入りを確認して、良ければ採ろう」
ミーシャが食堂の向こうから聞きつけた。
「とうもろこし採れるの!?」
「ああ、多分な」
「焼く?」
「採れたらな」
「やった!」
ユキの耳が立つ。
「きいろい、つぶつぶ?」
「そう」
「しょうゆ、ぬる?」
「前に試食したよな」
「うん、うんみゃあ、だった」
こびゃっこがテーブルへ着地する。
「焼きとうもろこしかえ!」
「食べ物になると反応が早いな」
「夏の王道じゃぞ!」
「夏祭りはやらないからな」
「鉄板! 焼きとうもろこし! 焼きそば! ラムネ!」
「だから、話を祭りへ広げるな」
「浴衣!」
「増えたよ」
「金魚すくい!」
「金魚がいない」
「型抜き!」
「昭和か!誰が用意するんだよ」
ミネットが横から顔を出した。
「焼きとうもろこしって、そんなにうまいのかにゃ?」
ユキが真剣に頷く。
「うんみゃあ」
「どれくらい?」
「つぶつぶ、あまい。しょうゆ、いいにおい」
「それはうまそうにゃ」
ミネットの猫耳が前へ向く。
こびゃっこが胸を張る。
「焼きとうもろこしを食いながら屋根を眺めるのは格別じゃぞ」
「経験者の様に語るな」
「職人の夏の定番じゃ」
「そんな定番ないから」
ユキが俺の袖を引く。
「おっちゃん」
「何だ?」
「あした、はたけ」
「ああ」
「ユキもいく」
「朝だからな。ちゃんと起きたら」
「おきる」
「ついでにこびゃっこも起こしてくれ」
「びゃっこは早起きじゃぞ」
「今朝、起きたと思ったら、俺の額の上でまた寝ただろ」
「あれは神力充填じゃ」
「世間では二度寝と言う」
「充填じゃ」
「口から『あと五分』って聞こえたぞ」
「昭和から続く由緒正しい充填呪文じゃ」
「ただの寝坊だ!」
食堂に笑いが広がった。明日は、とうもろこしの初収穫になるかもしれない。厩舎の屋根も進む。午後は《始マリノ祠》の組み立てを続ける予定だ。
◇
ヒカルたちはまだ知らない。湖のはるか東側で、近衛騎士団20名と銀狐族の特使が、すでに最後の中継地点まで到着していることを。
彼らが、大型天幕や簡易寝台まで山ほど積み、湖畔へ着いたら、自分たちで野営地を作ると本気で考えていることも。
その20人分の二階建て宿舎が、とっくに完成していることを知った時、どんな顔をするのもまだ分からない。
ただ一つ確かなのは――。四日後に湖畔の群れはまた一気に増える。しかも今度は、馬20頭付きで。
続く
⸻
【収支報告】
異世界生活82日目
日付:六の月11日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,127,873pt
円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当
今回の購入:
・なし
0pt
※厩舎用ポリカ波板、鉄下地用波板取付ビス、単管資材、インパクトドライバー、ドリル類は既購入品・在庫品を使用。
今回支出合計:0pt
現在残高:3,127,873pt
円換算目安:3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当




