第105話 白狐神と実りのキャベツ
シオンの悲しみを夢の中で感じた夜が明けた。
朝食の時には、ユキも普段通りに戻っていた。俺とリリアが配膳していると椅子に座り、テーブルに並べられた皿の、焼きソーセージの本数を数えている。
「おっちゃん」
「何だ?」
「これ、ユキの?」
「そうだ」
「こっちは?」
「ニナの」
「これは?」
「トトの」
「なら、よし」
「何の確認だ?」
「かず、おなじ」
どうやら配分確認だったらしい。昨夜泣いていたことを思えば、こうして食事へ集中してくれる方がありがたい。
ただ、時々、ユキの白い耳が少し下がる。忘れたわけではない様だ。こびゃっこも今日は珍しく静かだった。
「こびゃっこ。稲荷寿司もう一つ食うか?」
「……うむ」
「元気ないな」
「食欲はあるぞ」
「そこは安心した」
「食欲がなくなった時こそ、びゃっこの一大事じゃ」
「それもどうなんだ」
少しだけ、いつもの調子が戻った。
◇
朝食が終わったあと、俺はガランへ声を掛けた。
「ガラン、少し話がある」
「夢の件か?」
「分かったのか」
「今朝のユキを見ればな」
ガランは食堂の端にある長机へ移動した。こびゃっこも側でふわふわ浮いている。ユキは俺の横。シオンと面識のあるアルノも同席して、記録用のノートを開いた。
「昨夜、夢を見た」
俺はガランへ、明け方のことを説明した。シオンらしい感情と強い恐怖、悲しみ。そして、シオンが何度も謝っているような感覚。ユキとこびゃっこも同時にそれを感じたこと。
「具体的な場所や状況は?」
「分からない」
「姿は?」
「見ていない」
「声は?」
「はっきりしたものじゃない。感情に近い」
ガランは腕を組んだ。
「なら、夢だけを根拠に場所を絞るのは難しいな」
「ああ。だから調べてほしい」
「もちろんだ」
「まずは、昨日話したしらゆきたちの件と含めて、王国へ知らせて欲しい」
ガランの表情が変わった。
「セイラム王へ伝えてほしい」
「ああ。必ず伝える」
「そして、ニナの父親ガルムの件」
少し離れたところで、自分の工具箱を確認していたニナの手が止まった。
俺は続ける。
「個人的な案件を含めて、三つまとめて頼むことになるが」
「こちらとしては、まとめた案件として受けるつもりはない」
ガランが言った。
「別々の案件として動かす」
「その方がいい?」
「ああ。しらゆき様の件は王と神殿、外交上の最重要情報になる。シオンは神務院の動向調査。ガルムは個人の捜索だ。担当も情報の入り口も違う」
「なるほど」
「一つの書類へ全部詰め込むより、別々に動かした方が早い」
「そこは大使に任せる」
「任された」
ガランは少し考えてから言った。
「ただ、シオンについては一つ安心材料がある」
「何だ?」
「おそらく王国は、すでに動いている」
「もう?」
「ああ」
ガランが声を落とす。
「これは機密事項になるが、オリエント王国には、レイシス皇国内に情報網がある」
「密偵?」
「それだけではない」
「協力者とか?」
「いるらしい」
俺は少し驚いた。
「レイシスの人間が?」
「レイシス皇国の人間すべてが、今の制度を支持しているわけではない」
「……そりゃそうか」
「奴隷制度を嫌う者もいる。神務院を警戒する貴族も、商人も、軍人もいる。オリエントとの戦争を望まない者だっている」
「でも、その人たちが見つかったら?」
「危険だ」
ガランは短く答えた。
「当然俺も名前や詳細は知らない」
「大使でも?」
「知らない方がいい事もある」
「なるほどな」
「少なくともシオンについては、俺が前に王都へ戻った時、陛下へ直接報告している」
「そうか、それからひと月は経つな」
「狐族の少女が神務院へ連行され、こびゃっこ殿と夢で繋がっていた可能性がある。それは陛下も把握している」
「じゃあ」
「王国側で調査に入っている可能性は高い。成果がこちらへ届いていないだけだ」
「時間がかかる?」
「敵国の内部調査だからな」
当然だ。ネット検索ではない、電話一本でもない。それどころか、下手に聞いただけで協力者の命に関わる。
「焦るな、とは言わない」
ガランが俺を見る。
「だが焦ってこちらから動けば、相手にこちらの情報源を教えることにもなる」
「分かってる」
「近衛騎士団が到着したら、湖畔の警備体制を引き継げる部分が増える」
「ああ」
「その調整後、俺は王都へ向かう。全部の報告を持って」
ニナがこちらを見た。
「父さんも?」
「ああ」
ガランが頷く。
「鍛冶師組合、鉱山関係、債務奴隷記録。王国側から照会できる線は増やす」
「……うん」
ニナはそれだけ言って、工具箱へ視線を戻した。でも、三つ編みが少しだけ揺れていた。
ユキが俺の服を引く。
「シオンも?」
「ああ」
「さがす?」
「探す」
「ガルムも?」
「探す」
ユキは少し考える。
「おっちゃん、ひとりで?」
「やらない」
即答した。
「ガランが王国へ依頼し、アルノが記録をまとめる。ドランも職人の伝手を使うそうだ。俺は必要な情報を整理する」
「なら、よし」
「最近、その確認多くないか?」
「ユキ、かんとく、そっちもだいじ」
朝から監督判定を受けた。
◇
午前中は厩舎工事だ。昨日までに単管パイプの壁側骨組みはほぼ完成している。
今日は屋根。厩舎は20頭以上の馬を収容するため横に長い。屋根材はブラウン系のポリカ波板。だが、波板を載せる前に屋根を受ける単管骨組みを完成させる必要がある。
「今日は高所作業が入る」
作業開始前、俺は全員を集めた。
「地上班と高所班を分ける。勝手に上へ行かない」
ミネットが猫耳をぴんと立てた。
「やっと屋根にゃ」
「張り切るのはいい。ただし張り切りすぎるな」
「屋根職人に屋根で張り切るなは無理にゃ」
「安全帯は?」
「あるにゃ」
「フックの掛け先は?」
「強度確認した親綱か固定された単管」
「よし」
「もう覚えたにゃ」
「だからって省略はしない」
「そこまで含めてヒカルらしいにゃ」
屋根は片流れを基本にしている。雨水を決めた側へ落とし、厩舎周囲の排水へ流す。自然勾配任せではなく、骨組みの段階で高さを決める。
「ここと、向こうで高さが違う」
ニナがコンベックスを持ちながら言った。
「そう。屋根に勾配をつけるからな」
「水、流れる」
「正解」
ニナは地上作業だけだ。高い場所へ上げるつもりはない。
「ニナは下側の組み立てと寸法確認」
「分かった」
「ドランは?」
「屋根骨組み側へ入るぞ」
「高所は大丈夫か。酒は抜けているか?」
「抜けておる!」
俺は手本として、屋根側の単管を数本取り付けることにした。支柱から横架材へ直交クランプを取り付ける。
仮締めして高さ確認と通りを見る。勾配を確認してから本締めする。
「他と同様に、最初から全部締め切らない」
俺が説明すると、グレゴールが頷く。
「木組みと同じだな。逃げがなくなる」
「そう。一本ずつ完全固定すると、最後に寸法が合わなくなることがある」
「一度全体を組んでから追い込む」
「その方が修正しやすい」
ドランがラチェットを動かす。
「このクランプ、何度使っても便利じゃな」
「規格が揃ってるからな」
「鍛冶屋泣かせじゃ」
するとボルガが鼻を鳴らした。
「鍛冶屋が作る物がなくなるわけじゃない。別の物を作ればいいさ」
「その通りじゃな」
「珍しく素直だな、ドラン」
「おぬしが言うと説得力がある」
◇
数か所を実際に組んだところで、俺は作業を止めた。
「ここからは任せる」
グレゴールがこちらを見る。
「もう行くのか?」
「ああ。畑を見て、その後は祠の図面を仕上げる」
「ならこっちは進めておく」
「変更が必要なら無理に合わせないで止めてくれ」
「分かってる」
ドランも頷いた。
「屋根骨組みはワシとニナで地上側を進める。上はミネットたちじゃ」
「ニナに高所作業させるなよ」
「分かっとる」
ニナ本人も言う。
「上、行かない」
「よし」
「下も、いっぱいあるし」
「そうだな」
ユキは規制線の外で青ライン入りヘルメットを被り、双眼鏡を胸へ下げて監督用の椅子に座っていた。
「おっちゃん、いく?」
「畑へ行ってくる」
「かんとくさま、ここいる」
「頼む。何かあったらグレゴールとドランに伝えてな」
「ユキは、みる」
「それでいい」
こびゃっこは三脚の横でカメラを操作している。
「ヒカル、行ってこい。こちらは撮影見習いこびゃっこが、歴史的屋根施工を記録しておく」
「見習いを自分で強調するの珍しいな」
「信用回復期間じゃからの」
「ちゃんと台帳書いた?」
「書いた!」
「許可は?」
「グレゴールにも取った!」
「ならよし」
「主任復帰の日も近いのじゃ」
「それは別審査だ」
「何じゃと!」
背後で騒いでいたが、俺は畑へ向かった。
◇
畑では、ちょうど収穫が始まっていた。
「ヒカル!」
ミーシャがこちらへ手を振る。赤ワゴンの中には、大きなキャベツがいくつも積まれている。
「おお。結構採れたな」
「まだあるよ!」
「そんなに?」
畑を見ると、葉を大きく広げたキャベツが、畝にずらりと並んでいた。
豊穣の加護、おそるべし。アルノが記録帳を持って近づいてきた。
「ヒカルさん。今日、収穫適期のものから順に採っています」
「傷んでるのは?」
「殆どありません」
「トトは?」
「あそこです」
見るとトトがしゃがみ込み、収穫前のキャベツを描いていた。横には数字と直径。葉の状態と風向きの矢印が、書き込んである。
「また記録が細かくなってるな」
トトが顔を上げる。
「ナージャが、場所も描くといいって」
「これは後で役に立つぞ」
少し離れた場所では、ナージャが周囲を見回している。
「教えた本人は警備中か」
「仕事ですからねー」
ナージャが猫耳を動かす。
「畑仕事に夢中になって後ろ取られたら、斥候として格好悪いですし」
ロクも鼻をひくつかせた。
「森側、今のところ異常なしっす」
リーファは弓を背負い、畑の外周から周囲を確認している。
「獣の動きも少ないわ」
セルドはキャベツ入りのかごを運んでいた。
「俺、今日は完全に荷運び役ですね」
「すまんが、警備も頼むぞ」
「もちろんです!」
「声大きいな」
「すみません!」
「もっと大きくなった」
ナージャが笑った。
◇
俺も収穫したキャベツを一つ持ち上げる。
「重いな」
「おもい」
ミーシャが頷く。
「でも、おいしそう」
「キャベツで何作りたい?」
「焼きそば!」
「最近そればっかりだな」
「だって覚えたいもん」
「マルタに習ってな」
「うん!」
アルノが収穫数を確認する。
「今日中に食べきれる量ではありません」
「そりゃそうだな」
キャベツは保存が利くとはいえ、今後人数が増える。ただし全部を外へ置いておく必要もない。
「長期保存分は収納する」
俺の異空間収納なら、時間経過がほぼ止まる。
「料理用と数日分は外へ残そう」
「どの程度ですか?」
「厨房側と相談して決める」
マルタとリリアが調理に使う分。職人たちと子供たち。これから人数も増える。食材在庫は、増えれば増えるほど「何がどれだけあるか」が重要になる。
「アルノ、収納した分も台帳へ頼む」
「もちろんです」
「トトの収穫記録とも合わせよう」
「分かりました」
俺は保存分のキャベツを一つずつ確認して収納へ入れていった。残りは赤ワゴン。今回も子供たちが自分たちで運びたいらしい。
「重くしすぎるなよ」
「だいじょうぶ!」
ミーシャが引き手を握る。
「坂はゆっくり」
「うん」
トトは後ろからワゴンを押す。セルドが横についた。
「俺も付きます」
「頼む」
「護衛任務がキャベツ護送になった」
ナージャが言う。
「重要物資だぞ」
「じゃあ護衛対象、キャベツ十数玉」
「食料警備も立派な仕事っす」
ロクが真顔で言うと、セルドも姿勢を正した。
「了解しました!」
「だから声が大きい」
◇
昼過ぎ。俺は工事事務所へ戻り、《始マリノ祠》の図面を開いた。先日の夢で見た形を思い出しながらCADへ落とし込む。完全な復元ではないが、これは今の湖畔へ建てる祠だ。
大木の根を傷めない位置と雨水の流れ。湿気、風、将来の補修。参拝する人の動線、そして、元の《始マリノ祠》の形。
「鳥居は、この位置……」
大木から少し離す。根元を深く掘らずに基礎も独立させる。小さな祠だが、ただ置くだけでは長く持たない。
俺は平面図、正面図、側面図を書き、基礎伏図も作る。途中で一度手を止めた。
「全部俺が作る必要はない」
先日、宗一郎にも言われたばかりだ。俺は図面の余白へ担当候補を書いた。
木工――グレゴール。
内部仕上げ――エリオット。
屋根――ミネット。
石碑、敷石――バドル。
文字――こびゃっこ。
必要な金具――ドラン、ボルガ。
現場位置、排水――カイル、レイル。
俺は設計と全体調整。
「……うん」
これならいい。
◇
夕方近く。厩舎側の作業を終えたグレゴールが事務所へ入ってきた。
「終わったぞ」
「屋根骨組み?」
「予定区画までな。明日には波板へ入れる」
「早いな」
「人数がいるからな」
「そうだった」
「また一人で作る計算してたか?」
「してない」
「一瞬間があったぞ」
「気のせいだ」
その後ろから、こびゃっこも飛んでくる。
「撮影記録、提出完了じゃ!」
「お疲れさん。」
「台帳記入と機材清掃。メモリーカードも返却確認したのじゃ」
「合格」
「主任復帰?」
「まだ」
「ちっ、ケチじゃのう」
「神使が舌打ちするな」
俺は二人へ図面を見せた。
「これが《始マリノ祠》」
グレゴールの顔が職人のものになる。平面。柱。屋根。軒。鳥居。大木との位置関係。
「小さいが、作りはちゃんとしてるな」
「長く残したいからな」
「なら、なおさらだ」
こびゃっこが図面の上へ降りる。
「ここじゃ」
「何が?」
「軒の出」
「違う?昨日言われて直したんだが」
「今度は夢で見た物より、わずかに長いと思うのじゃが」
「雨対策で少し伸ばした」
「ほう。ならよい」
「形を変えていいのか?」
「同じ意味を残すのであれば、今の土地に合わせればよい」
「宗一郎さんと同じこと言うんだな」
「数百年一緒におったからの」
こびゃっこの声が少しだけ柔らかくなった。
「しらゆきも、きっとそう言う」
俺は頷いた。
「明日から組み始めたい」
グレゴールが図面を見る。
「場所は森だろ?」
「現地ではまだ組まない」
「作業場でか?」
「ああ。まず倉庫内で部材加工と仮組みをする」
「なるほど」
「午前中は厩舎。午後から俺とグレゴール、エリオットで祠本体」
「屋根は?」
「本体が組めたらミネットへ渡す」
「石仕事はバドル」
「そう」
「金具が必要になればボルガとドラン」
「そうする」
グレゴールがにやりとする。
「じゃあ、やっと俺もインパクトドライバーを好きなだけ使えるか?」
「大工がそこを楽しみにするのか」
「王都じゃ見たこともなかった道具だからな」
「お前、初日から触ってただろ」
「触るのと、仕事で使うのは違う」
「充電式インパクトを使うために祠を建てるなよ」
「逆だ。祠を建てるから使うんだ」
「ならいい」
こびゃっこが胸を張った。
「びゃっこは文字監修主任じゃな」
「それは認める」
「即答じゃと!?」
「文字だけは本当に信用してるからな」
「だけは余計じゃ!」
◇
夕食。食堂へ入ると、甘く煮込んだような匂いが漂っていた。
「早速、今日のキャベツ使ったのか?」
「使いました」
リリアが笑う。
「マルタさんと相談して、ロールキャベツにしました」
大鍋には、肉を包んだキャベツが並んでいる。
スープを吸って柔らかくなった葉。
横にはコールスローサラダ。
そして大皿にはスパゲッティミートソース。
「三品ともキャベツ?」
「スパゲッティには入ってないわよ」
マルタが笑った。
「さすがに全部キャベツにする必要はないだろ」
「確かに」
「だが、今日の主役はキャベツだ」
グレゴールが椅子へ座りながら言った。
「畑で採れた物をその日のうちに食う。いいもんだな」
「王都じゃ珍しいのか?」
「農村なら普通が、王都だと少し違う」
マルタがロールキャベツを一つ皿へ取った。
「しかし、葉で肉を包んで煮込むとはねえ」
「似た料理はない?」
「肉や穀物を葉で巻く料理ならある。でも、こうやってキャベツ丸ごとの葉を使って、ひき肉を包むのは店じゃやらないね」
「味を見たか?」
「ああ。もう食べたよ」
「早いな」
「料理人が味見しないで出せるかい」
マルタが胸を張る。
「うまいよ。これも店へ持って帰る」
「三か月後、槌と麦酒亭の料理が、別の店のメニューになってそうだな」
「店主に泣いて喜んでもらうさ」
「泣く理由が料理の増えすぎじゃないといいな」
◇
「いただきます」
全員で食べ始める。ユキはロールキャベツを箸で突いた。
「これ、やさい?」
「外はキャベツ」
「なかは?」
「肉」
耳が立った。
「やさい、にく、まもってる」
「そういう料理でもないけど、まあ合ってる」
ユキが一口食べる。
「うんみゃあ」
「どう?」
「キャベツ、えらい」
「畑の評価が上がったな」
こびゃっこも小さな皿でロールキャベツを食べている。
「これはよいのう。柔らかいキャベツが汁を吸っておる」
「お前、今日は酒なし?」
「おお、そうじゃった。飲むぞ」
「聞かなきゃよかった」
ドランはビールを一口飲み、ロールキャベツを食べる。
「うまい!」
続けてコールスロー。
「これもよい」
そしてスパゲッティを巻こうとして失敗した。
「この麺は、どう食えば格好よく見えるんじゃ」
「普通に食え」
「フォークで巻くのだろう?」
「それ巻きすぎだろ」
巨大な麺の塊がフォークに絡みついている。ボルガが横から見ている。
「それ、口に入るのかい?」
「入る!」
「やめなさい。喉につまらせるわよ」
マリベルが一言で止めた。
「……少し減らす」
「素直でよろしい」
◇
マルタはミートソースを食べながら、何度も頷いている。
「この麺も覚えたいね」
「スパゲッティは焼きそばと違うぞ」
「分かってるよ。茹で方から違う」
「ソースの種類も多い」
「また増えるのかい?」
「かなり」
「三か月じゃ足りない」
「前にも聞いたぞ」
「滞在延長を店主に相談するかね」
「職人たちより先に定住しそうだな」
ミーシャもスパゲッティを食べながら聞いている。
「私も作れる?」
「まず茹でるところからな」
「ソースも?」
「そのうちな」
「やる!」
やっぱり食べるより作る方へ興味が向くらしい。トトは赤いミートソースをじっと見てから、ノートへ何か描き始めた。
「今日は何色?」
俺が聞く。
「赤と、茶色」
「匂いが?」
「うん。キャベツは、薄いみどり」
トトは頷く。俺には分からないが、本人にははっきり見えているらしい。
◇
食事の終わり頃、ユキが俺を見る。
「おっちゃん」
「何だ?」
「あした、ほこら?」
「午後からな」
「しらゆきの?」
「同じ形を参考にした、今の湖畔の《始マリノ祠》だ」
「ユキの、さいしょのところ」
「ああ」
「こびゃっこも?」
「もちろんじゃ!」
こびゃっこが前足を上げる。
「歴史監修、文字監修、神事監修――」
「役職増やすな」
「では総合監修主任」
「一つにまとめればいいって話じゃない」
ユキが小さく笑う。今朝はシオンのことで泣いていた。まだ何も解決していない。ガランが王都へ行くのも、近衛騎士団が来て警備体制を整えてからだ。
しらゆきたちと再び会える保証もなく、ガルムの居場所も分からない。神務院が何をしているのかも、まだ見えない。
それでも今日、厩舎の屋根は少し進み、畑ではキャベツが採れた。祠の図面が完成し、夕食には、畑の野菜が並んだ。
一つずつだ。全部を今日解決することはできない。だったら、できる順に進める。
「おっちゃん」
「ん?」
「キャベツ、にく、まもった」
「まだ言ってるのか」
「シオンも、まもる?」
俺の箸が止まった。
「ああ」
「どうやって?」
「それを今、調べてもらってる」
「ガラン?」
「ガランと、王国の人たち」
「むれ?」
「向こうにも協力してくれる人がいる」
ユキは少し考えた。
「じゃあ、ひとりじゃない」
「ああ」
「シオンも?」
俺はユキを見る。
「そうだ」
今すぐ本人へ伝えることはできないけれど。
「シオンも、一人じゃない」
ユキは小さく頷いた。
「よし」
明日から、《始マリノ祠》を作り始める。別次元のしらゆきたちへ繋がるかもしれない場所。そして、この世界の湖畔で、ユキが最初に生きていた場所。
その一方で、遠く離れたレイシス皇国では、シオンが俺たちを待っている。
仕事は増えている。でも今度は、一人で全部抱えるつもりはなかった。俺にはもう、頼める相手がいる。それも、段取りのうちだ。
続く




