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26.王女撃墜

静まり返った円卓会議の広間。ルミナスが立ち上がり、出口へと向かおうとしたその時。


「あ、そうだ。……言い忘れてた」


ルミナスはふと思い出したように、足を止めて振り返りました。その瞳には策も計算もなく、ただ伝え忘れたことを口にするような、掴みどころのない平穏さがありました。



「……魔術師! 逃がさないわよ……ッ!」


扉が乱暴に蹴り開けられ、髪を振り乱したエレノア王女がなだれ込んできました。執念で追ってきたのか、その瞳は怒りと屈辱で血走っています。


「よくも私をあんな目に……! お父様、重臣の方々、今すぐこの無礼者たちを捕らえて! この男のすべてを奪って、私の足元に跪かせるのよ!」


エレノアがヒステリックに叫び、ルミナスを指差します。しかし、それを受けたルミナスの反応は、彼女の予想とは全く異なるものでした。



ルミナスは、怒り狂うエレノアを不思議そうに見つめ、少し首を傾げました。


「……ええと、ごめんね。君、誰だっけ? どこかで会ったこと……あったかな」


「な……っ!?」


エレノアの言葉が喉で詰まります。

殺意を向けられるより、罵倒されるよりも残酷な、完全なる「忘却」。ルミナスにとって、彼女の存在は道端に落ちている石ころと同じくらい、記憶に留める必要のないものだったのです。


「……黙れ。主様が覚えておいででないなら、貴様などこの世に存在せぬも同然だ」


レイガルが、一歩前に出てエレノアの視線を遮りました。

その瞳は、もはや彼女を人間として見ていません。主の視界を遮る不浄なノイズ、排除すべき「無」として、冷徹な殺意を湛えていました。


【ゼノスの嘲笑と常識人の悟り】

「ククク……傑作だな。これほどの執念を燃やしながら、当の主様は顔すら覚えていないとは。虚しいものよ」


ゼノスが、エレノアの足元の影を僅かに蠢かせます。それだけで、彼女は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなりました。


その後ろで、アルフレッドは深く溜息をつき、静かに首を振りました。

(……王女、貴女の負けだ。憎まれているうちはまだ望みがあるが、この人は……自分に関係のないものは、本当に、欠片も残さず忘れてしまうんだ)



「ねえ、レイガル。なんだか疲れちゃった。早く帰って、カインの焼きたてパン食べようよ」


「……ハッ。すぐに。不快な羽虫は、私がこの場の者共ごと処理しておきます」


「ダメだよ、処理なんて。……もう行こう?」


ルミナスがレイガルの袖を軽く引くと、死神のようだったレイガルの表情が、瞬時に柔らかな「従者」のそれに変わりました。


「……仰せのままに。カイン殿には、主様の好みの蜂蜜を用意させておきましょう」


ルミナスは一度も振り返ることなく、叫び声を上げるエレノアを背後に残して、軽やかな足取りで広間を去っていきました。

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