25.気楽に
アウラード帝国の円卓会議。
重鎮たちが「カインの罪状」を捏造し、保身のために誰を切り捨てるかという醜い言い争いが最高潮に達したその時。
重厚な扉が、ふわりと開いた。
静かに、まるでそよ風が迷い込んだかのような自然さで、ルミナスが姿を現す。
「……あ、ごめんね。話し中だった?」
ルミナスは、刺すような視線も怒号も、春の陽だまりを歩くように受け流して歩を進める。
その後ろには、影のように寄り添うレイガル。彼は剣を抜くことも、威嚇することもしない。ただ、主が進む道の先にある椅子を引き、そこにルミナスを座らせる。その動作の一つ一つが、神聖な儀式のように洗練されていた。
「貴様、何者だ! ここは……」
「これ、カインの机の下に落ちていたよ」
ルミナスが、汚れ一つない白い手で差し出したのは、古びた一通の書状。
それは、カインを嵌めた重鎮たちの署名が入った「本物の証拠」だった。
「返してあげようと思って。あの子、ずっと泣いてたからさ。これのせいで、もうお菓子が焼けないって」
ルミナスの瞳には、怒りも嘲笑もない。
ただ「大切な子が困っているから、届けに来ただけ」という、あまりにも透明で純粋な善意。それが逆に、嘘と欲にまみれた重鎮たちの心に、冷たい刃のように突き刺さる。
一人の貴族が、焦ってその書状を奪い取ろうと手を伸ばした。
その指が書状に触れる寸前。
レイガルが、音もなくその者の前に立った。
「……主様のものに、汚れた手を伸ばすな」
低く、しかし骨を振るわせるような響き。
レイガルはただそこに立っているだけだ。しかし、彼から漂う「主を汚す者は一瞬で滅ぼす」という徹底した静かな守護。その圧倒的な格の違いに、貴族は腰を抜かして椅子から転げ落ちた。
「……やれやれ、お行儀の悪い。主様の慈悲を理解できぬとはな」
ゼノスが、会議室の四隅に魔力の結界を張り、外部との連絡を遮断する。
彼にとっても、この会議は「主様の散歩の邪魔」でしかない。
「(……ああ。そうだ、この人はこういう人だ)」
後方で見守るアルフレッドは、改めてルミナスという存在の異常さと、その美しさを思い知っていた。
ルミナスは、国を滅ぼそうなんて思っていない。ただ、身内が困っているのが嫌なだけだ。しかし、その「些細な願い」を叶えるために、世界最強の男たちが黙って従っている。
「はい、届けたよ。……ねえ、もうカインをいじめないでね。あの子が焼くパン、僕、好きなんだ」
ルミナスがふわりと微笑む。
その無垢な笑顔は、百の剣よりも鋭く、千の魔法よりも絶望的に、その場の大人たちの不正を暴いていく。
「……じゃあ、行こうか、レイガル。お腹空いちゃった」
「……御意。帰りに、主様がお気に召した街の菓子を買って参りましょう」
レイガルが、いつになく穏やかな――けれど、どこまでも盲目的な声で応じる。
後に残されたのは、自分たちが何に負けたのかさえ理解できず、ただ圧倒的な「光」に照らされて震えるだけの重鎮たちだった。




