23.命知らず
カインの失踪(表向きは追放)から数週間。
ルミナスの城の平穏を切り裂くように、豪奢な馬車の列と、隣国の正規騎士団が領地の境界線に現れた。
馬車から降り立ったのは、燃えるような赤髪を高く結い上げ、傲慢な笑みを浮かべた女性。カインの義姉、第一王女エレノアだった。
「……まあ、こんな薄汚い森の奥に、これほど立派な城があったなんて。カインを匿っている不届き者が誰かと思えば、少しは趣味が良いようね」
エレノアは扇子で口元を隠し、城を見上げる。彼女の背後には、かつてアルフレッドが率いていたのとは別の、冷酷な精鋭騎士たちが控えていた。
城の広間で、ルミナスは気だるげに玉座に座り、彼女を迎え入れた。
その左右には、死神のような威圧感を放つレイガルと、不敵な笑みを浮かべるゼノスが控えている。
「それで、王女様がこんなところまで何の用だい? 僕、今は忙しいんだけど(※寝たい)」
「……っ、無礼な。……まあいいわ。不浄な魔術師、貴様に提案してあげる。その銀の髪と、底知れぬ魔力。……貴様を、私の『愛玩物』に加えてあげてもいいわよ。カインを引き渡せば、命だけは助けてあげる」
その言葉が落ちた瞬間、広間の気温が数度下がった。
レイガルは一言も発さなかった。
だが、彼が握る剣の鞘が、ミシリ……と悲鳴を上げる。彼の精悍な顔立ちは、影に覆われたように冷徹を極め、その視線はエレノアの喉元を正確に捉えていた。主を「コレクション」と呼んだ不敬。レイガルにとって、それはこの場で彼女の存在を消滅させるに十分な理由だった。
「……ほう。人間の女というのは、これほどまでに身の程を知らぬのか」
ゼノスが、肩を震わせて低く笑う。
「我が主を愛玩物だと? 面白い。ならば、貴様の魂を磨り潰し、主様の足元の泥にするのも一興だな」
「コレクションかぁ。それは困ったな。僕は誰のものにもなりたくないんだ。……ねえ、レイガル。僕、この人あんまり好きじゃない」
ルミナスが子供のような純粋さで、レイガルの外套の裾をちょんと引いた。
その瞬間、レイガルの内にあった「鉄の規律」が粉砕された。
「……ハッ。主様の視界を汚す者、今すぐ排除いたします」
レイガルが、音もなく一歩前へ出る。
エレノアは、その圧倒的な武の圧力に息を呑んだ。アルフレッドをも圧倒した「執着の騎士」の殺気が、自分に向けられているのだ。
「な、何よその目は! 私はこの国の……っ!」
「……主様の御心が決まった。これ以上、その口を動かすな」
レイガルの言葉は短く、冷たい。
彼は剣を抜くことすらせず、ただ一歩、また一歩と間合いを詰める。そのしなやかな体躯から放たれる圧に、エレノアの護衛騎士たちは金縛りにあったように動けなかった。
一方、その様子を陰で見守っていたアルフレッドは、「……まずい。あの王女、地雷を、それも超特大のやつを思いっきり踏み抜いたぞ……」と、絶望的な顔で額を押さえていた。




